魔法少女アギア・ケルベロス~俺は地獄の番犬ではない 作:dwwyakata@2024
ダイモーンが増加する状況。
しかしそれを餌に燐火も更に力を増しています。
今までは倒せなかったような相手も、対応できるようになっていく。
この年頃の子は、成長が早いのです。
早朝だが、走る。
かなり強力なダイモーンだ。
起き出して、即座に出た。朝食をとっていないが、それでもこちらが優先である。
幸い、即座に起きて、目を覚ます訓練は既に出来ている。起きるとなると、一瞬で目を覚ますことが可能だ。
まだ夜明け前だが、既に春も半ばを過ぎていることもあって、白仮面の格好でもそれほど寒くはない。
山の中を走る。
目の前に小さなカナヘビがいたので、勿論踏まずに飛び越える。
市原さんと話すようになってから、更に気をつけて生物と接するべきだと思った。
生きるために殺さなければならない命はどうしてもある。
だが、それだけではない。
だからこそ、むやみに殺してはいけない命もある。
そう考えるようにならないとならない。
逆に、何があっても始末しなければならない命もまたある。
金木一族のような、である。
燐火は走る。
やがて、悪い気配がある。
燐火にも、わかるようになってきていた。
混合型でないといいんだが。
悪神が暗躍していることがわかった。
それもあって、どうしても警戒してしまう。
山を抜けて、霧が薄く出ている中、道路に飛び出し、更にガードレールを越える。
そして、物陰から、それを見つけた。
長い長い首を持つ、髪を振り乱した女性……のように見えるけれど。顔にあたる部分は、まんま突起になっている。
それだけ。
人間に似ているが、なんというか極めていびつだ。
そしてかなり強力なカコダイモーンだ。
頭のような部分から、多数の髪を思わせる触手が伸びていて、蠢いている。
そいつは、誰かの家に張り付いていた。
すっと聖印を切る。
爆ぜる。
悲鳴を上げるカコダイモーン。
容赦をする理由はない。立て続けに印を切る。
こっちを見るカコダイモーン。顔みたいな部分が左右に分かれると、大量の悪運をぶちまけてきた。
さっと飛び退く。
数度飛び退いて、全弾回避。
あんな大きな予備動作の攻撃、もらうか。
そのまま、飛び退きながらも更に聖印を切る。
魔法のステッキ(鉄パイプ)は更にキレを増していて、それでカコダイモーンの全身が次々に破裂。
そして、最終的に砕けていた。
同時に、ものすごい大音量が聞こえ始める。
なんだあれ。この早朝に。
ケルベロスが不愉快そうに言う。
「確かハードロックだったか。 別にどんな音楽を楽しもうと勝手だが、この時間にこの音量でばらまくだと……」
「放っておこう。 どうせろくなやつじゃない」
「……そうだな」
カコダイモーンが消えたことで、悪運はなくなった。
それにこの様子では、やっている奴はカスだ。後は警察に任せておけばいいだろう。
家に着くと、さっさと朝ご飯を食べる。
おとうさんはそろそろ配信を終えて出てくる頃。
おかあさんの様子を見るが、ちょっとつらそうだな。おとうさんが起きてきたら、状態は引き継ぎしよう。
外で朝の鍛錬をする。
重りを更に増やした竹刀で、的を打つ。あらゆる角度から、的を撃ち抜く。
音が漏れると面倒なので、小屋の中で訓練できるようにした。
ここは都心ではないこともあって、それが出来るスペースがある。
淡々と百回的を打ち。
その後は正拳。
投げ。
合気。
それぞれの練習をこなす。
ちょっと物足りないか。ケルベロスが、丁寧に指導をしてくれる。
「更に体力に余裕が出てきたな。 リストバンドを買って、普段はリミッターを掛けておくか」
「片手に一㎏ずつとかだっけ」
「今の燐火だと、両足にもそれをつけていいだろうな」
「そうだね」
ただ、いつでも外せるようにはした方が良いだろう。
燐火はいじめを行ったようなクソ生徒を散々締めてきた。この間は、下級生をぶん殴って黙らせた。
そいつは先生からも目をつけられていたらしく。
燐火がいじめの証拠も映像として提出すると、徹底的に絞られて。以降は厳重に監視されている。
やはりこの手の輩はどうしても自分が悪いという発想には至れないらしい。
反省の色は皆無のようだ。
それで、最近中学生くらいの奴が数人、こっちを伺っている。
燐火の噂は既に広まっているらしく、燐火には手を出せないと判断しているようだが。
涼子や市原が襲われたら、対応は出来ないだろう。
いずれぶっ潰すか。
その時には、流石にハンデつきはまずい。
家にはいると、ちょうどおとうさんがくたくたで防音室から出てきた。それで、おかあさんの状態を引き継ぐ。
おとうさんも長時間の配信で相当に疲弊しているが、頷いていた。
必死に稼いでくれているのだ。
それを燐火はわかっているから、おとうさんを責めるつもりはない。
世の中にはこうやって必死に働いている夫を尻目に浮気して、しかも夫が相手をしてくれないとか抜かすアホがいるらしいが。
そんなのの気が燐火には知れない。
ただ、心が弱るとそうなるのかもしれないし。燐火はまだ子供だ。いずれ考えが変わるのかもしれないが。
とりあえず、そろそろ産婦人科に入院だろうか。
自宅分娩というのもあるらしいが。
それは結構命が危なかったりするものであるらしい。
だったら、危険なんぞ犯さない方が良い。
ちゃんとした病院で、ちゃんと産むのが一番だろう。
黙々と学校の準備をしていると、充子から連絡が来た。
久々に道場に来ませんか。
そういう内容だった。
ふむと燐火は唸る。
充子はあまり同年代の友達がいないと聞いている。まあ、あの浮世離れした様子ではそうだろう。
それに、嫌な予感がする。
充子はいじめを受けたりするタイプではないとは思うが、同時に周囲に対等な友人がいないだろう。
学校なんかでは特にそうの筈だ。
燐火はたまたま涼子がいたからよかったが、同年齢の子と充子が何か話があうとはとても思えない。
精神年齢も違いすぎるだろう。
燐火も色々みてきたから、そういう風に思うようになっている。
それにだ。
何よりも、色々悲惨な事を経験したから、人間の悪意も知っている。
だが充子はどうなのだろう。
とりあえず、行くことにはする。
いずれにしても、連絡は入れておく。
どうせ、近いうちに少し剣を見てもらおうと思っていたのだから。
久々に道場に出向く。
道場ではまた人が大分入れ替わっていたけれど。それでもそれなりの人数がいて、それぞれ切磋琢磨しているようだった。
燐火が顔を出すと、充子は少しだけ表情が明るくなったようだった。
すぐに試合をする。
防具を着けるのは久しぶりだが。
動きについては、以前より鋭くなった自信がある。これも実戦を経験しているからだろうとは思う。
ただ、充子は。
更に技を磨いていたが。
瞬く間に一本とられる。
少し背が伸びた充子は、更に動きが鋭くなっていた。
これは、すごいな。
燐火も背が伸びて、筋力がついて。実戦も経験したし、毎日の修練だって欠かしていないのに。
充子は間違いなく天才に属する人間だろう。それが剣のことだけ考えて修練をすると、ここまで強くなるのか。
面白い。
ふっと息を吐いて集中する。
相手の方が格上なのはわかりきっている。だからこそ、試してみる。
二試合目。
同時に仕掛ける。
相手がスローに見えるくらいに集中する。
勿論こっちがその分早く動いているわけではない。
スローに見えるほど集中して、なおも凄まじい充子の動きだが、一瞬だけブレが生じた。
其処に生じる。
面、一本。
鋭い声が上がり、わずかに道場の空気が動いた気がする。動揺が走ったのかもしれない。
充子がここ最近、一本を師範以外に取られていない。
恐らくは、そういうことなのだろうと思う。
下がり、三試合目。
わずかな時間なのに、猛烈に消耗する。
間合いとかでは燐火が有利な筈だが、何しろ技量が相手の方が高い。何よりも、相手は天才。
今の隙を一瞬で潰してきた。
それで、瞬く間に一本を取られた。
ここまでだ。
礼をして、それで終わり。残心して、それで軽く感想戦をする。
やはり充子も、先の隙については反省点だと思っているようだ。燐火としても、あれを突けなければ勝ちなんぞ微塵も見えなかった。
他の選手が試合を開始するので、一度道場を出る。
そこで、軽く話をした。
「何かあったんですか?」
「学校でずっと一人です」
「……」
やはりか。
直接暴力などでいじめられることはないようだ。
充子は運動神経も優れていて、とにかく優等生である。
それがむかつくとかでいじめをする輩もいるようだが、充子には隙がない。それもあって、とにかく周りは無視することに決めたらしい。
どうしようもない連中だなと燐火は思ったが。
今までたまに話していたような子まで、充子に近づかなくなったらしい。
その原因が、にらまれるのが怖いから、だとか。
これは充子にではなく。
充子を空気扱いしている輩に、である。
やはり現時点での学校は、いじめと称する犯罪をする人間にとってとことん有利に出来ているんだな。
それをまた思い知らされて、燐火は慄然とする。
ともかく、師範に話した方が良い。
そう言うと、充子は口をつぐむ。
わかっている。
親に言うと、それが卑怯だという空気がある。だけれども、それはいじめを行う人間に有利なだけのものだ。
子供が犯罪をしていて、その犠牲になって。
それを親に言って何がいけないのか。
そのような空気を作ること自体が犯罪だ。そのような空気なんぞ読む必要はないだろう。
嘆息すると、燐火はいじめを行っている人間の名前を確認しておく。
写真も見せてもらう。
ああ、なるほど。
充子が行っている学校は、それなりに良いところのボンが通うところだという話を聞いているが。
そういうのがろくでもないケースが珍しくもないことは、燐火も金木一家の件で知っている。
これは同類だ。
あそこまで邪悪ではないかもしれないが、それは「やったか」「やれるか」の違いでしかない。
金木の一族は、「やれる」から「やった」だけ。
問題が起きて学校を放り出されたら、その時点で問題になるような金持ちだったら。それは「やれない」。だからやっていない。
代わりに陰湿ないじめをすると。
とりあえず頭を鉄パイプで全員砕いてこようかなと一瞬だけ思ったが。
ケルベロスにやめろといわれて、そうだなと思い直す。
流石にそれはやり過ぎか。
別に燐火はどうでもいいが、おとうさんとおかあさんに迷惑が掛かる。それだけは困るのだ。
とりあえず相手等の素性はわかった。
充子とは、その後道場で散々練習を一緒にやる。
充子には及ばないが、それでももう師範代達でも手に負えないようだから、良い刺激になるらしい。
実際高校生の男子でも、充子相手だと一本も取れないようだ。
それもあって、燐火との鍛錬は、刺激になるし。
気晴らしにもなるようだった。
道場を出て、さてと。
まずは調べた連中の家を見に行くか。
ケルベロスが呆れる。
「確かに充子に解決できる問題ではないだろうな。 だからといって、本気で殺すなよ」
「わかってる。 今度の連中は、「機会がないから殺っていない」からね。 殺っている連中だったら、躊躇なく殺すんだけど」
「はあ。 それでどうするつもりだ」
「そんな連中のところには、ひょっとしたらいるかもしれないでしょ」
ケルベロスが黙り込む。
この辺りには、豪邸もちらほらとある。
どうやって稼いだのか、それとも資産を引き継いだのか知らないが。
燐火の家もそれなりに敷地があるが、これについてはおとうさんが散々苦労して稼いだ結果だ。
資産管理とかのほぼ実際には何もしていない事で金を得たわけではない。
さて、一人目。
いた。
ダイモーンだ。それもかなり大きい。
近くに気配があったから、まさかとは思ったのだけれど。ただ、どうしてケルベロスが気づけなかった。
「あいつおかしくない?」
「……そうだな。 だが、混ざり物の気配はない。 さっさと片付けてしまってくれ、燐火」
「わかった」
あの家に、悪運を注いでいる。
充子にくだらん嫌がらせをしている輩の家に。
すっと、魔法のステッキ(鉄パイプ)を取り出す。聖印を切るのに、なんらためらいはない。
別に金持ち全員が悪党だとかいうつもりはない。
おとうさんだって金持ちだ。
お父さんは悪党じゃない。
家族のために必死に働いている立派な人だ。
だが、性根が腐った子供がいる家の親だったら、あまり性格は変わらないだろう。あんな大きなカコダイモーンに悪運を注がれているような輩は、なおさらである。
爆ぜる。
以前だったら勝てそうにない大きさのカコダイモーンだが、聖印を連続できると、全身が立て続けに破裂していた。
舌なめずりして、そのまま連続して聖印をたたき込む。
心をできるだけ無にする。
憎悪があると、それだけ聖印の効果が鈍る。ケルベロスに言われたことだ。燐火もなんとなく理屈はわかる。
ギリシャの神々はどう考えても「よき神々」などではなく、身勝手で悪い意味で人間くさい者達だが。
それでも光に属する存在だ。
憎悪はそれに起因する聖印の効果を鈍らせる。
立て続けに砕かれたカコダイモーンが、凄まじい雄叫びを上げる。辺り全てが崩落しそうな。
だが、燐火はひるまない。
カコダイモーンがぶちまける、とんでもない量の悪運。それらが、まるで吸い込まれるように、あの家に注がれていく。
充子をいじめている奴だ。
家からへらへら笑いながら出てきた。
どばどばすごい量の悪運を浴びている。それも気づけていない。
タクシーを呼んで、それに乗ってどこかに行くようだ。多分高級タクシーだろう。別に駅まで歩いて行けない距離でもないだろうに、馬鹿みたいな事に金を使っている。
カコダイモーンはヘドロの塊のように家に覆い被さっていたが、ダメージに耐えかねたのか。燐火の方を向く。
それは、多数の眼球が連なった、極めてグロテスクなものだった。
だが燐火は、もっとグロテスクな人間の心というものを幾らでも見てきた。そんなものにひるむか。
聖印を切る。
目玉が破裂する。大量の悪運をぶちまけながら、巨大なカコダイモーンが家に崩れ伏す。
飛び散った悪運が、辺りに飛んでくる。
本能的に避ける。
あれは出来れば浴びたくない。
最後の聖印を切ると、少し疲れていた。
この家は、いじめをやっている連中のリーダー格の家だ。此奴が怖くて、他は従っている可能性が高い。
それにしても。
悪運がコールタールのようになって、家を覆っている。
それがたちまちに消えていく。
菖蒲さんだった。
菖蒲さんが、愛染明王とともに、凄まじい速度で悪運を祓っていく。それが溶け消えていくのをみて。
燐火はちょっとだけ安心した。
菖蒲さんに事情を話しながら、帰路を行く。
ちなみに充子を無視させていた他の奴の家に、ダイモーンはいなかった。
ただ。
この住宅街のあちこちに、転々とダイモーンがいた。その全てを魔祓いして、随分と疲れたが。
菖蒲さんは、笑顔を浮かべながら言う。
「あの学校かー。 評判がよくないのよねえ」
「そうなんですね」
「先代の理事長は立派な人だったらしいんだけれどね。 今の理事長になってから、愚民を管理するのはエリートの仕事だ、などとか言い出して。 それで金持ち相手の馬鹿みたいな方針を出して、生徒をとるのに親の年収を条件にしていたりとか、ろくでもないみたい」
なるほどね。
なんでそんなところに充子を入れているのか、師範にちょっと問いただしたくなったが。菖蒲さんが心を読んだように教えてくれる。
なんでも剣道に関しては名門らしい。
その剣道も、最近ではさっぱりだそうだが。
「エリート意識をこじらせたアホばっかりだから、それは学校もおかしくなるよ」
「それにしても詳しいですね」
「んー、実はね。 理事長に今回のとは別件の悪神が憑いてた」
「!」
祓ったのは菖蒲さんらしい。
それで、理事長は近々クビだそうだ。
とにかく様々な悪事を働いていたらしく、袖の下をもらって成績を偽造したり、問題行動をもみ消したりしていたそうで。警察からも目をつけられていたとか。
海外でも裏口入学は問題になっているそうだが。
この理事長は裏口入学御用達とか言われていたらしく。
それもあって、政府でも目をつけていて。
それで林西さんが見に行ったら案の定。
元々性根が腐りきっていた理事長に、更に悪神が憑依した、という状態であったらしい。
林西さんとしては経験を積ませるつもりであったそうで、菖蒲さんが祓ったらしいが。
それなりに手強かったし。
悪神を引き剥がした影響で、理事長の寿命は多分十年以上縮んだのだとか。
「それにこの様子だと、ダイモーンもそいつと無関係とは思わない。 ひょっとして、色々と面倒なことになっているのかもね」
「他人事みたいな言い分ですね」
「いや、ケルベロスに言ってる」
「……そうだな。 俺が探している者は、或いはだが……何かに捕らえられ、利用されているのかもしれない。 先のダイモーンは、俺が感知できなかった。 しかし燐火の聖印は効いた。 ということは……俺が感知できない仕掛けをされていた可能性がないとは言えない」
いずれにしても厄介な話だ。
涼子に悪戯をしている悪神と、オーディンだけが問題かと思っていた。
だけれども、それだけでは話が済まないかもしれない。
だとすると、今後はどうすればいい。
悩む燐火に、菖蒲さんは笑いかける。
「今回の件はもう国が問題視して動いているからね。 それなりに出来る人がそれなりに動いているから。 ただ、ダイモーンは燐火ちゃんしか対応できないから、急に声が掛かるかもしれない。 それは覚えておいて」
「わかりました」
まあ、ヘラクレスさんも対応できるのだが。
それは今は、言わなくても良いだろう。
ともかくあちこちを回って、潜んでいたダイモーンはあらかた片付けてしまう。
それで家に戻る。
さて、これでどうなるか。
問題は、ここからだ。
翌夕方。
充子から連絡があった。
学校で全校集会が行われたそうだ。突然理事長が退任して、それで新しい理事長が来たらしい。
厳しそうな人で、その理事長が、名指しで複数の先生を即座に退職させた。
これらの先生は、テストの成績を改ざんするなどの行動をしており、学校の名誉を傷つけること甚だしい。
更に何人かは警察に捕まったという。
充子が行っている学校は小中高とエスカレーター式で行く学校なのだが。
逮捕された先生は、生徒に手を出したりとか色々やっていたことが判明したらしく。中には保護者の親と「不適切な関係」になる代わりに、成績をよくしていた者までいたらしい。
お金持ち学校の実態がこれか。
新しい理事長先生は、本当に今まで申し訳ないことをしたと謝り。
生徒全員に頭を下げたそうだ。
ちなみに充子をいないものとして扱っていた生徒もいなくなっていた。
なんでも会社がとんでもない事を起こしたそうだ。
なんだかしらないが、それで家宅捜索も会社への捜査もはいったらしく、学校どころではなくなったのだとか。
恐らくはもう学校に来ないだろう。
そう新しい、厳しそうな担任の先生は言ったそうだ。
それで、いきなり空気が軽くなった。
今までいじめ主犯格の手下になっていた「スクールカースト上位」の者達は、隅っこで小さくなって震えるばかり。
充子に怖くて話しかけられなかった生徒が、今までのことを謝ってきたという。
もしも充子に話しかけたらどうなるかわかっているのだろうな。
そういうことを言われていたらしく、泣きながら謝ってきたそうだ。
親も会社に色々と関係があったらしく、それもあってどうにもならなかったらしい。
充子はかなり困惑した。
ただ、別にどうでもよかった。
無視されるのは困ったが。
それに、反省しているという子らも、実際にそうかはかなり疑わしい。
充子は剣道を通して、精神修養をしているタイプだ。
だからわかる。
こいつらは、所詮巻き込まれたくないだけ。
今回新しい教師が来て、旧弊を一掃するべく来た。
それに対して、一番問題を起こしていたのがいなくなった。自分がそれに巻き込まれるかもしれない。
事実高校では、一クラス丸々解体されて、別のクラスに振り分けられたところまで出ているという。
四人が退学処分を受けた。
全員がテストで不正をしていて。それで好成績をとっている連中だった。
エスカレーター校だ。
そういう事件はすぐに伝わる。
それもあって、震え上がっているだけだと、充子は看破したようだった。
燐火は、其処までわかっているのなら、何も言うことはないように思ったが。ケルベロスは憮然としている。
こういうときは、背中を押してほしいのだ。
そう付け加えてきた。
「背中を押してほしい、ですか」
「そうだ。 充子はあの年で精神修養をして、子供らしからぬ精神を身につけている。 だが大人であろうがなんであろうが、どうしても最後の決断に手間取る者はいる。 師範には恐らくはもう話したのだろう。 それで何かしらの意見は貰っているはずだ。 充子からして、師範と同じように相談するに足る人間……それが燐火という事なのだろう」
「……わかった」
それならば、燐火がする事は決まっている。
一度風呂に入ってくる。
それで頭をすっきりさせて。それから、返信をする。
「決断をするのは充子さんがするべきです。 ただ燐火であったなら、次にやったら許さないし、反省していなくても許さないと、多少の脅しは掛けておきます。 精神的に動揺している今であれば、それがこれ以上もなく刺さるでしょう」
それで、充子は納得したようだった。
実は師範にも同じ事を言われたらしい。
何もしていないからいじめではない。
そういう極めて悪辣な行為を行い。
更には頭がいなくなった瞬間ころっと宗旨替えをして、ついでに泣き落とし。確かに許される行動ではない。
だから、それがどれだけの意味がある行為だったのかを思い知らせる。
そうしないと、悪しき成功体験を積んで、何度でも繰り返す。
それが、燐火の学びだ。
充子はこれで良いだろう。聡明な子だ。自分で判断できるはず。判断した後は、適切に行動だって出来るはず。
無言で燐火は勉強を進める。
既に中二の勉強までは進めた。中三の勉強は、英語がとにかく苦戦中だ。だけれども、これは出来るようにしておきたい。
今のうちにここまで進めておけば。
いずれ自分が、この社会を変える側に回れる。
ケルベロスがいなくなって、幸運が味方してくれなくなった時。
自分の力だけで、全てをひっくり返さなければならない時が来る。
その時燐火は。
自分の足で立っていたい。
恐らくは、充子もその側の筈だ。
なれる機会を得た。
ならばなりたい。ただそれだけ。
金を持っているだけの猿にはなりたくない。それも、ずっとここ最近、見ていて思っていることだ。
返事を見て、ケルベロスは納得したようだった。
「それでいい。 燐火、よく判断できたな」
「うん。 それはそれとして」
「うむ?」
「やっぱり判断に背中を押して貰うってのは、充子ちゃんくらいの子でも必要になるんだね。 燐火も時々ケルベロスに押して貰っているのかな」
ふっとケルベロスが笑った。
そうか、押して貰っていたのか。
まだ燐火は自分のことすら理解しきっていない子供。
それがわかればいい。
少し前にならったことがある。
今の中華ではすっかり廃れてしまった言葉だ。
彼を知り己を知れば百戦危うからずや。
孫子という昔の大軍略家が残した言葉。燐火はまだまだ、己を知らなければならないのだなと思った。
自立志向が強い燐火ですが、それを後押ししているのはケルベロスです。
相棒である以上に、親以上に燐火を見守っているのは。
甘党であり人情家の、冥界の番犬なのです。