魔法少女アギア・ケルベロス~俺は地獄の番犬ではない 作:dwwyakata@2024
最終日合宿。
燐火は好成績を収めた結果、かなり手強い最終試験を受けることになります。
最終日。
燐火が案内されたのは、寺の境内である。
他の皆も、それぞれ別々の場所に案内されたらしい。其処で一対一の魔祓いをして、最終的な採点を行い。
それぞれがアドバイスを受けて、帰路につくということだった。
燐火は昨日はしっかり眠れて、コンディションは問題ない状態だ。
境内で、しばし正座して待つ。
目を閉じて精神集中して、精神を練り上げる。
辺りの雑音を断ち。
危険な気配だけを察知する。
これは五感を研ぐことで出来るようになる。霊的な力云々はあまり関係がなかったりする。
ケルベロスがその辺りの話はしてくれた。
視線を感じるとか気配を感じるというのは、結局五感で察知していることであることがほとんどらしい。
つまり五感の錬磨が十分でないと、どうしてもそういうので誤検知をしてしまうということだ。
あらゆる五感に無駄はない。
だから、燐火はこうして五感をしっかり研いでおく。
やがて、時間が来た。
魔法のステッキ(鉄パイプ)を手に立ち上がる。
ストレッチは充分してある。ベストパフォーマンスで動ける。
境内に人影が現れる。
それは、おそらくだが。
燐火とある程度、似た姿をしていた。
「先に説明をする」
境内に声がする。
監督役の声だろう。燐火は頷いていた。
「ダイモーンとして強力な魔は確保できなかった。 そもそもダイモーンが希少な魔であるのでこれは仕方がない。 そこで、捕獲した弱めのダイモーンを、別の魔で覆った。 それはダイモーンを、物理的に包んだ存在だ。 まずは傷をつけて、それから魔祓いをすれば倒せる」
「ありがとうございます。 そんなに丁寧なアドバイスをいただいて良いんですか」
「構わない。 なぜならその肉は、私の式神が制御をしているからだ」
そうか、今度の監督役は陰陽師か。
いずれにしても、燐火が普通に倒せば良いだけのこと。
すっと青眼に構える。
相手は下段に構えた。
無言で向かい合った後。
音も無く、両者が接近する。
速い。
燐火はがっと、相手の剣を受け止める。なるほど、ここで監督役をする人の式神だ。弱いわけがないか。
そのまま、間合いを計りながら、鋭い一撃を応酬する。
かすめる。
それだけで、肌が裂ける。
別に痛みはどうでもいい。昔受け続けていた痛みに比べたら、こんなものはなんでもない。
ただ記号として処理する。
がっと、面狙いの一撃がぶつかり合う。
影が、にっと笑ったのが分かった。燐火に似た影は、どうやら戦いを楽しんでいるらしい。
ただ邪悪という雰囲気ではない。
ダイモーンを用いてこの形を構成しているとは言え、これそのものは式神であって、どちらかといえば善神の類なのだろう。
すり足で近づくと、三度、連続で面を入れる。
だが、その全てを的確に防いでくる。
火花が散る攻防。
汗が飛び散る。そのまま、燐火は鋭い声とともに、胴を払いに行くが、的確に食い止められる。
距離を取る。
体力的に厳しいか。
だが、相手にも少しずつ傷がついている。
すっと、大上段に構えてくる影。
なるほど、一撃必殺に来たか。大上段は非常にリスキーだが、火力はとてつもない。燐火も慎重に足運びを選びながら、相手との距離を伺う。
大上段に構えた影は、踏み込むと同時に、裂帛の気合いで一撃をたたき込んできた。
速い。
しかも重い。
だが。
師範のに比べれば、まだまだだ。
気合いとともに、はじき返す。手にびりびりと痛みが走る。これは、久々に明日は筋肉痛か。
しかし、それで体勢を崩す影。
踏み込むと同時に、再び面を入れる。これを、相手は防ぎきれなかった。
ガンと、鋼鉄でも叩いたような音がした。
数歩下がる間に、燐火は聖印を切る。
それで、わずかに露出したダイモーンが、はじけ飛んだのが分かった。影が崩れていく。
それまで。
声が掛かり、燐火は礼をして。残心して。正座していた。
手強い相手だった。
影が再び形を為す。
それは、厳つい……大鎧というのだろうか。燐火ではいつの時代のものかは判別できなかったが。
立派な鎧を着た武者だった。
口ひげを蓄えていて、いかにも武士という雰囲気の精悍な人物だった。
「見事。 その年でそこまでやれるのであれば、言うこともなし! わしが生前だったら是非ともと妻にしていたところよ」
「ありがとうございます」
「はっはっは。 まあ、わしも異国の悪霊を核にした状態では本気は出せなかったがな。 励め! そなたは更に先に行けるであろう!」
式神が消える。
嘆息すると、陰陽師の人が境内に来る。今まで見た監督役で一番若く、多分三十路になったかならないかの男性だ。
「まさか勝つとは思わなかったぞ」
「負けさせるつもりだったんですか」
「ちょっとこの研修で加点ばかりだったからな。 だから最後に負けを経験させておきたかったのだが。 まあ、これなら充分だ。 ただ、来年の研修ではもっと厳しくしごかせてもらうぞ」
「お願いします」
燐火としてもためになった。
それから、寺の客間に移る。
既に終わった人もちらほらいる。ただ勝った人ばかりではないようだった。
日女さんも菖蒲さんもいない。
二人とも相当手強いのをあてがわれたとみて良さそうだ。二人とも魔祓いとしては燐火より格上なのだ。
当然の処置だろうと思う。
ともかく、しばらく正座で待っていると。
やがて、採点が終わったらしく、最終的な指導するので来るようにと言われて。それで別室に移る。
そこで林西さんにずらっと細かい項目が並べられた用紙を渡された。これから、マンツーマンで最終評価と言う訳だ。
順番に採点の基準について説明される。
実戦での度胸などは高評価が与えられているが、まだ自分の勘に頼るところが大きく、それは減点されていた。
他にも最後の式神との戦いで、何発かもらった事も減点。
魔の中には、触れた相手に致命的な疾患などを与える存在もいるらしく。魔に触られる事は何があってもならないのだと採点にある。
なるほど。
確かに言われた通りかもしれない。
素直に話を聞く燐火に、林西さんは最後まで丁寧に説明をしてくれた。
その後で言う。
「現時点では出来すぎているほどだが、やはり魔祓いとして本格的な行動を始めたのが小四というのが痛い。 最初からまともな環境にいたのであれば、どれほど伸びたのかが惜しくてならん」
「そうですね。 そればかりはどうしても」
「ただ、短時間でここまで伸びたのは立派だ。 来年もこの研修に来なさい。 その時は更に厳しく鍛えてやろう」
「お願いします」
それで、終わりである。
昼少し前に、全員分が終わった。
研修が終わって、魂が抜けたようになっている人も結構いる。カトリイヌさんは普段の高笑いもなく、げっそりした様子でリムジンに乗り込んでいた。軽く挨拶はしたが、へろへろになっていて、あまりいつもの元気はなかった。
あれは帰りはずっと寝ているだろうな。
そう思って、無言で見送る。
燐火は林西さんの車で、菖蒲さんと日女さんと一緒に戻る。
エヴァンジェリンさんも、別ルートで帰るようだった。
電気は普通にあったし、wifiもあったので、スマホについては問題なく使えたが。メールなどのチェック以外には使わなかった。
軽く確認するが、追加で問題も起きていない。
おかあさんの予定日は再来月だし、多分まだ大丈夫ではあるだろうと思うけれども。一応合宿が終わった連絡をおとうさんに入れておく。
おとうさんも無事に帰っておいでと返してきたが、配信中に返事を受けるわけにはいかないのだろう。
連絡が来たのは、車で山奥を発ってから二時間後だった。
それも仕事だから仕方がない。
燐火は別にそれについては、なんとも思わない。
ただ、神楽坂輝さんにたまたま会って、サインを貰った事は告げておく。
流石におとうさんも驚いていたようだった。
同業者でも、現在屈指のチャンネル登録者数を稼いでいる有名人であるらしいので、それはそうだろう。
何かあったら困るから、その話は外では絶対にしないようにとも言われる。
涼子には話してもいいかなと思ったが、確かにやめた方が良いだろう。
涼子も今、心療内科で治療を受けているそうだし。
余計な負担は掛けたくはなかった。
帰路で、いくつか話をする。
日女さんは、高校に上がってからは、更に魔祓いとしての仕事を本格化させるつもりであるらしい。
菖蒲さんくらいは働きたいと言っていたので。
あらあらと菖蒲さんは上品に笑っていた。
林西さんはガールズトークとやらには興味がないようで、ひたすら安全運転を続けているが。
途中で、不意に空気が変わった。
「おるな」
「高速道路だってのに面倒だな。 林西さん、途中でインターに入った方がいいんじゃないのか」
「その通りだ。 悪いが帰る時間が少し遅れるぞ」
燐火も感じた。
後方から追跡してきている魔の気配。それもこれはダイモーンが混ざっている。結構手強い奴だ。
明らかに殺気をまき散らしながら迫ってきているから、下手をするとたくさん巻き込まれる。
それを避けるためにも、一旦インターに降りて、其処で迎撃するしかないだろう。最悪インターから外れて、人気のない場所に誘い出すしかない。
「気配からしてこれは西洋の悪魔じゃないのか」
「面倒ね」
「全くだ。 とりあえず菖蒲、一神教系の魔祓いに連絡を」
「今やっています」
流石だな。連携が完璧だ。
昨日のあの四人組はなんだったんだと思ってしまう。
とりあえず、インターに降りる。高速道路はちょっと渋滞が始まっていて。はっきりいってこれでは更に帰りが遅れそうだが、それどころではない。
インターに降りて、さっと散開する。
荷物は残していこうかと思ったが、持ち歩いた方が安全だと途中で思い直したので、背負ったままだ。
ついてきている奴が見える。
翼持つ人影。
わかりやすいほどに、西洋の悪魔だ。それが、かなり遠くではあるが。明らかに燐火と目が合っていた。
狙いは燐火か。
しかもダイモーンの気配がある。
そうなると、フリッグのお仲間だろう。
だけれども、気配がずっと小さい。
「あれは名前があるような大悪魔ではないだろうな。 だが油断はするでないぞ」
「全く、フリッグを倒したのに、それより格下を送り込んで来るなんてな」
「日女ちゃん、何かしらの陽動かもしれない。 今、各地に連絡を入れているから、油断はしないで」
「ああ。 菖蒲姉の冷静さが助かる」
燐火も既にインターから飛び出していた。
この辺りは山深く、インターを出ると山の中だ。敵を誘引するには、これ以上もないほど適している。
山の中に走り込むと、悪魔らしいのが速度を上げる。
林西さんもいるし、まあ負けることはないだろうとは思うが。
だが。
反射的に飛び退いていた。
噛みついてきたそれに、下手をすると腕を食いちぎられるところだった。
魔法のステッキ(鉄パイプ)を構える。
追いついてきた日女さんが、ぱんと胸の前で手を合わせて、神おろし開始。相手は、あれはなんだ。
「ギリシャ系の魔祓いとはまた珍しい。 久々に新鮮な人肉にありつけそうで有りがたい話だ」
「けけけ、呼ばれて集まって良かった良かった」
燐火の腕を食いちぎろうとしたのは、長い首を持つ女の魔だ。
それに、左右からぞろぞろと、人間と動物を適当につなぎ合わせたようなのがわらわら現れる。
菖蒲さんがたんと着地した。
辺りは腐葉土なのに、着地は澄んだ音がしたが。何かしらの特殊な体術を使っているのかもしれない。
「西洋系の魔か? どれも雑多な連中のようだが」
「これは妖精ねえ」
菖蒲さんがいう。
妖精、か。
元々西洋における妖精は、日本における妖怪くらい多種多様で、様々なのがいるとは聞いている。
虫の羽のある小さな子供、なんてのはいわゆるフェアリーという存在らしく、別に一般的でもなんでもない。
中には通り魔が元になったレッドキャップという残虐な奴や。
人を容赦なく殺すような妖精もたくさんいるらしい。
それらの多くは雑多な信仰の神々だった者が貶められたり、人々が奔放な想像力から作り出したものらしいが。
見た感じ、こいつらはどれも殺傷力が高い妖精ばかり集められたようである。
既に菖蒲さんは、こういう妖精特攻のエヴァンジェリンさんに声を掛けてくれているようだが。
あの疲れ切った様子で、更に仕事をさせるのはちょっと忍びないな。
それに、である。
本命が降りてきた。
翼持つ人は、全裸であり、男性器をこれ見よがしにぶら下げている。顔は山羊と人間を合わせたようで、角も勿論生やしていた。
「うまそうな雌がいるな。 あれは俺のだ。 他は適当に食い散らかしていいぞ」
「旦那ぁ、それはないっすよ。 あれが一番うまそうじゃないっすか」
「この国にわざわざ呼んでやったんだ。 それくらいは我慢しろ」
「へえーい」
ざっと見たところ、妖精は二十か三十程度か。
まあ、これなら勝てるな。
それに林西さんは、敢えて坂の上で見ている。
これは合宿の最終試験となりそうだ。燐火は鉄パイプを構えると、それを見て妖精達が笑った。
そんな非力な棒で、何が出来る。
そう思っただろう一体の頭を、即座にたたき割る。
勿論殺すことは出来ない。
これは欧州系、それも一神教系かドルイド系の魔祓いでないと倒せないだろう。だから、動けないようにダメージを与えるしか出来ない。
立て続けに、数体を殴り飛ばす。
既に魔法のステッキの破壊力は、合宿で更に強化されていることもある。一撃で燐火より頭二つ大きい妖精が白目をむいたのを見て、妖精達が慌てるが。
其処に躍り込んだ日女さんが、文字通りちぎっては投げ、ちぎっては投げ始める。本当に手足を引きちぎっているので、さっきのふざけた三下言動が本気で頭にきていたらしいのは見て分かる。
手足が千切れ飛ぶ中、舌なめずりした悪魔が、菖蒲さんに向かう。
あれは放っておいても大丈夫だな。
そう判断して、燐火は聖印を切る。
やはり妖精達がダイモーンと混じっている。ダイモーンを浄化すると、それだけ妖精が弱体化する。
既に空気が変わっていた。
なぶり殺しの焼き肉パーティーだと思っていたのに。
逆に殴り殺される虐殺現場に出くわしてしまったと悟った妖精達が、悲鳴を上げて逃げ散ろうとするが。
多分林西さんが張ったのだろう。
見えない壁に阻まれて、べしゃっと潰れていた。
奇声を上げながら飛びかかってきた四腕の妖精を、真正面から叩き潰す。後ろから飛びついてきた奴をかわして、後頭部に魔法のステッキを振り下ろす。頭蓋骨が砕けた手応え。人間だったら仕留められているのだが。妖精はこれでは倒しきれない。
倒し次第、聖印を切ってダイモーンを消し飛ばす。
それで、更に弱体化する。
妖精のリーダーらしいのが、話が違うとか喚いた瞬間、日女さんの飛び膝を顔面に食らって。
更には全身バラバラに引きちぎられて、悲鳴を上げていた。
容赦は微塵もないな。
まあそれはそうだろうなと思う。
牙だらけの顔の妖精が、破れかぶれに襲いかかってくるが、合気でそのまま受け流し。蹴りで宙に浮かせて。そのまま魔法のステッキでホームランする。透明な壁にぶち当たった妖精は、破裂した風船のような音を立てて爆ぜていた。
あれでも死なないのだから面倒だな。
燐火は鉄パイプをふるって、更に聖印を切る。
ダイモーンによる強化実体化を失った妖精達は、体が縮んだり、弱体化したりで、悲鳴を上げていた、
さて、悪魔の方は。
あれは相手が悪い。
菖蒲さんの愛染明王に、餅つきされている。
何がどうしてと顔に書いている悪魔は、愛染明王にバックブリーカーされた挙げ句、地面にたたきつけられ。
更には男性器を睾丸ごと握りつぶされて。悲痛な悲鳴を上げていた。
無言で聖印を切る。
数に頼った相手。
知らない地形。
悪い足場。
それを三人で始末する。
合宿の最終試験としては悪くない。ただ、この程度で終わるか。何かしら仕込んでいるのではあるまいか。
「お、おの、おのれ! こうなったらぁ!」
悪魔が周囲の妖精を吸い込み始める。全部まとめて吸収するつもりか。確かに全部一体化されると面倒だが。
その時、鋭い声が響き渡っていた。
「Amen!」
相手は悪魔だ。
文字通り効果てきめん。
全身が炸裂した悪魔は、悲鳴を上げながら浄化されていく。あまりにも情けない有様に、燐火はちょっとやりすぎかなと思った。
一緒に連れてこられたカス妖精どもも、全部浄化されていく。
視線をずらす。
どうやら、急いで駆けつけてきてくれたカトリイヌさんが、真っ青な顔のまま。胸を張っていた。
「おーっほっほ……ゲホゲホぉ! と、とにかく、ま、間に合ってよ、良かったですわ」
「お嬢様、息を整えなさいませ」
流石に呆れたか、セバスティアンさんがたしなめる。
もう一人の無口な護衛が、とどめの祈りをたたき込む。悪魔も妖精も、それで全部消し飛んでいた。
しかも林西さんの結界がある。
誰も逃げられはしなかった。
とりあえず、勝利は勝利。カトリイヌさんが一も二も無く来てくれたのはありがたい話だった。
いや、あれは。ヘリだ。それも自衛隊の。
菖蒲さんが、どうやら魔祓いの国の機関に連絡してくれたらしい。
まあ判断としては悪くないと思う。実際問題、あの妖精達は放っておけば人を大量に食い散らかしていた可能性すらあったのだ。
セバスティアンさんが後始末をする中、前にちらっとみたおじいさんのドルイド系の魔祓いが来た。
そして妖精の魔祓いの後始末をしてくれる。
一神教系だけだと祓いきれないらしい。
まあ、あの程度の妖精では、このおじいさんでも大丈夫だろう。
ただかなり不安そうな顔をしている。
「欧州でもこんなに仕事をしたことはないのう。 とにかく急がしくて、目が回りそうだよ」
「お給金は出ているでしょう」
「出てももうこの年では使い道もない。 娘はフェミニストだのになって絶縁状態だし、妻はとっくに旅だった。 わしは一体なんのためにこの年まで頑張ってきたのだろうな」
そういう話をされると、少し考えてしまう。
海外でもフェミニストだのを拗らせた人々が社会に強烈な実害を出しているのは分かっているが。
このおじいさんも例外ではなかった、ということだ。
ともかく、後始末は任せる。
状況を見ていた林西さんが、レポートは書いてくれると言うことだったので、助かる。それぞれの活躍についても、客観的に説明をしてくれるそうだ。
後は少し時間は取られてしまったが、帰り道でちょっとトラブルがあって遅れると家に連絡は入れておく。
それで、家についたのは、夜七時だった。
予想ではもっと遅れることも想定していたので、これならば充分だろう。
合宿であったのは間違いない。
ただ林西さんが、勉強の強化合宿だと説明していて。燐火もそれにあわせるようにしていたので。
遅れたことに関しては、素直に謝ったが。
ただ、本当のことを言えないのは少し心苦しい。
ともかく、家についてほっとした。
今では、やはりここが燐火の家なのだと思って、少しだけ安心する。
疲れは思ったほどたまっていない。
風呂に入って、それから少しだけ勉強しようかと思ったが、今日は休むようにとケルベロスに言われる。
「勉強は充分すぎるほど進んでいるし、夏休みの宿題だって終わっている。 だったら今日くらいは休め」
「良いのかな」
「構わん。 合宿中にもルーチンにしている鍛錬はこなしていた。 だったらそれで遅れが出ることもない」
「そっか。 分かった、そうするよ」
一応、疲れを取るためのいくつかの食べ物を重点的に食べておく。
魔祓いを連続でやったし。
本物の侍が入っていた式神と、ガチンコで接近戦もこなした。
それを考えると、良くやれた方だと思う。
布団に入ると、後はぐっすり眠れる。
昔の悪夢を思い出すことは、ほとんどなくなってきていた。
眠りについた燐火を見て、ケルベロスはため息をつく。
周りの子供らが奇声を上げて走り回っているのに、この子は生き急ぎすぎている。色々あったから仕方がないが。
もう精神的には大人になりかけだ。
これでもケルベロスは長い年月人間を見続けていた。
女の方が速く精神的に大人になる、なんてのは大嘘だ。
どっちもほとんど生涯ガキのままである。
体が成長すれば性欲が追加されるが、その程度の差しかない。
しいていうなら女は地位確認に必死になるし。
男は女あさりに必死になる。
どちらにも明確な欠点があり。そういう意味で人間が考えているような「立派な大人」なんてものはケルベロスもほとんど見たことがない。
冥界の番犬として仕事をしてきたから、冥界に来た人間の経歴も知っている。
聖人として周りから尊敬されていた人間が、実際はただのカスだった事も一度や二度ではないし。
大哲学者と言われていたような人間が。
実際は屁理屈をこねくり回しているだけの例も、嫌になるほど見てきているのだ。
燐火は、どうなのだろう。
大人っぽいというのとは、少し違うだろう。
燐火自身が自覚しているように、この子は壊れている。
心を作り損ねた。
だが、その心が、まっとうな人間に、まっとうに備わっているのか。
それは否だ。
昔から、スクールカーストに近いものはどこにでもあった。
しかし今の時代のスクールカーストの邪悪さはどうだ。
この国に来て、そのおぞましいまでの悪辣さに、ケルベロスはこれを持ち込み定着させた人間は、全部地獄送りで良いだろうとさえ考えている。
燐火のような犠牲者を見ると。
あのようなものはただの権力の担保に過ぎないし。
無法を正当化する悪だとしか断言できない。
無言で、側で寝ている燐火を見ている。この子は、いずれどうなるのだろう。
迷子を……いや、おそらく捕らえられてしまっているあのものを助け出した後。
ケルベロスは帰らなければならない。
ただでさえギリシャの神々は弱体化が著しいのだ。物語と成り果ててしまっているのだから。
ケルベロスが帰った後。
この孤独な子は、やっていけるのだろうか。
友達はいる。
大事にするようには言っている。
だが、燐火はどうしても、その性質が孤独だ。
だが、「社交的」とされる人間が実際にはただイエスマンを侍らせているだけだったり。
自分の感覚的に気が合うと思う者を侍らせているだけだったり。
そういうのを見ていると、どうしても燐火は孤独でも良いのでないかと思うし。
それならば、一人で生き抜く方法をたたき込んでいくので良いのではないかとも思うのだ。
それでも、ケルベロスは心配だ。
今の時代の人間がなくしてしまった心。
そういうものなのかもしれない。
さて、と。
外で伺っている悪魔が一体いる。
今日倒した悪魔といい、かなり数が多いな。
とりあえず、外に出ると、逃げる隙も与えず瞬時にかみつぶす。
そしてカトリイヌのところに飛んでいって、守護天使であるドミニオンに引き渡した。
カトリイヌはふらふらで戻り、ぐっすりのようだが。
ドミニオンは起きていて。ケルベロスが下級の悪魔を咥えてきたのを見て、驚いていた。
「それはどうしたのだ」
「どうやら次の奴は燐火の隙をうかがっているらしい。 俺には無力化までしか出来ない。 そちらで処分しておいてくれ」
「分かった」
「巡回を増やせ。 ちょっとばかり悪魔が多すぎるぞ」
ドミニオンはその通りだと思ったのか、すまないと素直に謝る。
ただ、若者ですら教会に行かなくなったのは一神教も同じだ。
天使も弱体化が避けられないのだろう。
今や誰も天使なんて信じてはいない。
そういう意味では、信仰が人間の文明の発展に寄与したなんて寝言は、大嘘であるとよく分かる。
燐火の元に戻る。
今回の相手は、燐火を狙ってきているだけ、フリッグよりはマシだが。
自分の欲求を満たすことに忠実だったフリッグよりも。
狡猾極まりなく。
より厄介な相手だなと、ケルベロスは思っていた。
合宿後、休む暇もなく悪魔との交戦……!
それでも燐火は対応できるほどに、既に力をつけてきています。