魔法少女アギア・ケルベロス~俺は地獄の番犬ではない 作:dwwyakata@2024
燐火とフルーレティの一対一の対決には、誰も割り込みません。
入ってはいけない場所。
そういうものは確かにあるのです。
決戦の場所に到着。ドミニオンに指示して壁を張る。これで邪魔は入らない。
カトリイヌは事前に言われていた。
燐火は、フルーレティとの決着は一人でつけると言っていた。
危険すぎると反対したが。
そうしないと、フルーレティは確実に逃げる。
フルーレティは燐火に興味を持った。
燐火と決着をつけることを望んでいる。
それはフェアな武人としての勝負で、という意味ではおそらくない。フルーレティは本物になりたがっている。
燐火を本物として認めて。
燐火を倒すことで、その足がかりとしたい。
そういう理由からだ。
それでフルーレティを釣れるなら、話は楽だ。だから、戦いの邪魔はしないでほしい。
フリッグ一派の凶行は目に余る。
ダイモーンを制御して悪運をばらまき、日本中で不幸をまき散らしている。
奴らを片付けきるには、少しでも手札を早く削るしかない。少なくともフルーレティはかなり大きな手札の筈で。
それを失えば、奴らの計画が具体的になんだかは知らないが。
大きく後退するはずだ。
燐火はそう言っていた。
まだ小六で、やっと中学に上がる年なのに。
完全に覚悟が決まったその目は。
相変わらずの死んだ魚みたいな目だったけれども。
それでも、安易な自己犠牲に基づくものでもなかった。
燐火は不正義をこれ以上もないほど憎んでいる。
自分が正義ではないことも理解はしているようだ。
だからこそに。
できる限りの不正義を打ち砕きたいのだろう。それが分かるから、カトリイヌは燐火をどうしても、子供というように安易に言えなかったし。
その決断を止められなかった。
凄まじい戦闘の余波が、壁にまで来る。
ドミニオンがぼやく。
「カトリイヌ様。 いざという時は介入した方が良いでしょう。 如何に実態がないとはいえ、相手はあのベルゼバブの側近。 燐火嬢は短期間で強くなってきていますが、それでも……」
「勝ちますわ」
「しかし……」
「剣道で充子さんと何度か剣をあわせてみて、剣道は侮れないと悟りましたのよ」
勿論剣道家にもよるだろう。
だが、武道としての剣道を修めて、いずれは頂点に行く相手だという事は、一発で分かった。
カトリイヌも腕はまだまだだが、それでもフェンシングでものすごいストイックな達人から教わったのだ。
あの人も。
同じくらい、求道的だった。
そんな充子が、とても剣を交えるのを楽しみにしている相手。
剣道だけでは無く、複数の武道を高レベルで修めて、それを融合させている燐火は。
心は生き急ぎすぎていて。
もはや子供とは離れてしまっている。
それは悲しい過去に起因しているとしても。
今はその心を尊重すべきだ。
だからこそ、壁を張って、そして見守る。
それだけが、カトリイヌに出来ることだ。
ドミニオンはそう告げると、分かりましたとぼやく。勿論決着をつけた後は、魔祓いに出向く。
それだけだ。
この戦いで、カトリイヌがやって良いことは。
凄まじい氷の凶器の塊になったフルーレティが、飛びかかってくる。先より更に速度が上がっている。
そして、目には明らかに。
愉悦ではない。
純粋な楽しさが浮かんでいた。
「人間どもが適当に設定を作って、悪魔として形を為してどれくらいになるんだろうな! その間設定だけが一人歩きして、神話としての裏付けがある他の悪魔から、ずっと半端者呼ばわりされてきた! でも、今はそれが悔しくて、散々鍛えてきた価値があるように思う! 技を試せる! 試しても壊れねえ! 今までの魔祓いを自称する雑魚どもと、おまえは違う!」
「ありがとうございます」
凄まじい冷気だ。
はじくたびに、辺りが凍り付くようだが。
燐火はそれをことごとく捌きながら、確実に順番に準備を進めていく。
ケルベロスが、アドバイスしてくれる。
「あの奥義は、準備がとにかく大変だ。 そして実践を明確に意識していたものだ。 最近の鍛錬で燐火はそれを出来るようにまで昇華させた。 いつも通りやれ。 それだけで、大丈夫だ」
「分かってる」
「フルーレティを、終わらせてやれ。 哀れな魂だ」
「そうだね……」
フルーレティを魔祓いしようとしたエクソシストは、この様子だとことごとく返り討ちに遭ったのだろうが。
恐らくはたいしたエクソシストはいなかったのだろう。
誰か一人でも、フルーレティの凍った乾きを癒やせるほどの使い手がいれば。
いや、それはもう仕方がない。
燐火は踏み込むと、がつんとはじき返す。
立て続けに三回。
フルーレティを守っている氷の鎧が、粉砕され。辺りに散らばる。
フルーレティが作り出しているから、だろう。
それはフルーレティの体を離れると。一瞬で溶けて砕けてしまう。そして冷気も即座に消えていく。
制御を失った不自然な存在だからだ。
「せあっ!」
気合い一閃、面を入れる。
フルーレティは後ろ回し蹴りで迎撃、足にまとった氷を相打ちに、それを防いでみせる。なかなかやるな。
リーチもパワーも相手が上。
だが、燐火はそれと互角に今のところ渡り合っている。
それも、ここまでだ。
すっと、動く。
歩法開始。
フルーレティが、なんだと顔に書いたが。歩法はうねるように、下がるように進むように、まるで相手に規則性を見せない。
1234,5678。そうつぶやきながら、正確に歩法をトレースする。
師範は言っていた。
達人になれば、この歩法の意味が分かってくる。
達人でなければ、それまででけりがついている。
燐火は、フルーレティを達人だと判断した。
だからこそ、今これを使う。
フルーレティは下がろうとした。
賢明な判断だ。
だが、それは出来ない。
変幻自在の歩法を見て、下がることを体が拒否する。仕掛けようにも、変幻自在すぎて、それもできない。
ぐっと歯を噛むフルーレティ。
犬歯がのぞいていて、それは人間のものとも思えない。
だが、その凄まじい形相が、今自身が術中にはまったことを、理解したものだというのは分かる。
「くそっ!」
それでも、無理矢理仕掛けてきた右腕での一撃を、燐火は流れるように回避して、一息にへし折った。
ぐうと呻きながらも、フルーレティは必死に体勢を立て直す。
そして棒立ちになる。
燐火もこれは消耗が凄まじい。
これは完全に同じ歩法でやればいいわけでは無く、相手の動きを見ながら歩法を変えなければならないのだ。
「け、剣舞か? いや違う。 そんな甘ったるいものじゃねえ! く、くそ、それは、貴様が生み出したものじゃないな、平坂燐火!」
「現在でも過去でも通じる達人が託してくれた宝です」
「……っ! 良いだろう、破ってやる!」
雹を大量に発生させようとしたフルーレティの脇腹に、胴を入れる。
ぎゃっと悲鳴を上げながら蹈鞴を踏むフルーレティは、かろうじて続いての逆胴は回避したが。
これは体術にもつなげられるのだ。
すっと距離をゼロにすると、丹田に合気をたたき込む。
それで、吐血するフルーレティ。
下がりつつも、それでも体幹を維持して、必死に燐火と向き直る。
全身に冷や汗を掻いているが、それでも笑っているのは。
燐火の消耗が凄まじいこと。
それを見切っているからだろう。
「どうやら時間切れがあるらしいな! 俺はそれまで耐えれば良い!」
「耐えられますか?」
「いや、その前にその技を解析してやる! 達人を越えれば、俺はまさに本物になれるんだ!」
「出来ませんよ」
解析など即座に出来るものか。
本物の達人である師範が作り出した、それも人生を賭けて作り出した本物の奥義だ。理論を教わったからできるだけ。
練度も師範に比べたらまるで及ばない。
汗が飛ぶ。
これは長いことは続けられないな。
だが、後三手。
フルーレティが残った力で、全身に氷をまとい直す。だが、それは悪手だ。歩法を続けながら、ぬるりと近づく。今ので残り二手。
どこから仕掛けてきても、一手は防げる。
そう考えたのだろう。
だが、違う。
燐火の歩法を見て、ついにフルーレティは悟る。
そして、その瞬間が終わりだった。
後一手。
ふわりと、優しい音すら立てて、燐火が至近に。
フルーレティは、それで。
全力で、背中から地面に、己をたたきつけていた。
それが致命傷になる。
生やしまくった氷が、全身を却って傷つけたのだ。凄まじい絶叫を上げるフルーレティの全身から、氷が消えていく。
そして、燐火は。
冷静に聖印を切っていた。
ダイモーンが消し飛ぶ。
フルーレティは、燐火から見ても分かるくらいに、この戦いに全てを賭けてきていた。分霊の類は使っていない。
分霊を切り離して勝てる相手ではない。
そう判断したからだろう。
光栄な話だ。だからこそ、ここで終わらせる。
荒い呼吸で、体が崩れつつあるフルーレティが呻く。
「い、今のは気当たり、か、何かか」
「教えられません。 それにちかいもの、だとは言っておきます」
「く、くそっ、やはり俺は偽物だったか。 偽物のまま、終わるのか」
「いえ、そもそも達人でなければ、今のは掛けられませんでした。 貴方は達人ですよ。 設定におごっただけの三下悪魔なんかより、よっぽど本物だったと思います」
スマホで、カトリイヌさんを呼ぶ。
既に消えかかっているが。
フルーレティを完全に魔祓いする必要がある。
勝負は。
燐火の勝ちだ。
そして、最後の小学生としての魔祓いになる。
明日からは、中学生として、より強力な魔祓いに挑むことになるだろう。
「俺は、一瞬だけでも、達人になれたのか」
「ええ」
「……そうか」
フルーレティが泣いている。
それは、明らかに歓喜のものだった。
フルーレティが悪行の限りをフリッグらとともに重ねたのは全くの事実だ。許すことは出来ない。
だが、この点だけは。
本物になりたいと願うどうしようもない心だけは、燐火も同情に値すると思った。
崩れ、人間の形を保てなくなりつつも、フルーレティは言う。
「俺に勝った褒美だ。 一つ教えてやる。 残りの俺の仲間は今は二柱だ。 どっちもフリッグなんか問題にならないくらいの神格だ。 俺に勝ったんだ。 負けるんじゃねえぞ……」
「分かりました。 せめて楽に終わらせてあげます」
「そうだな。 助かるよ。 平坂燐火、俺は最後の相手がおまえで良かった。 最後の最後に本物に……」
それで、もう言葉はなかった。
カトリイヌさんが来て、魔祓い。
最後の残滓を消し飛ばす。
フルーレティはこれで死んだ。
悪魔だから、そのうち復活するかもしれないが。今、何か処置をしているし、簡単に復活はできないだろう。
そのまま、側にある岩に座り込む。
ケルベロスが採点してくれる。
「まだ、師範が見たら甘いというだろうな。 あの奥義、まだまだあんなものではないぞ」
「分かってる。 実戦での初使用としては、うまくいったというところだね」
「そうだな。 フルーレティめ、哀れな奴であったな。 行動は許せなかったが、それでも憎みきれぬ」
「……」
カトリイヌさんが、スポーツドリンクをくれたので、ありがたくいただく。
残りのフリッグ一派は現時点で二柱。
どちらも極めて強力。
それは分かった。
更にそれに仲間が加わるかもしれない。
フルーレティは本物になりたいと吐露していた。
フリッグもおそらくだが、本質的には同じだったのだろう。
フレイヤから派生した、後付け設定の神。オーディンの配偶者でありながら、ただそれだけの設定しかなかった神。
それが本物になりたいと願うのは、おかしな事ではなかったのかもしれない。
悪神ではなく、信仰される本物の神に。
設定しかない薄っぺらい存在ではなく、しっかりした土台のある本物の悪魔になって恐れられる。
それらがフリッグとフルーレティの目的だったとしたら。
文字通り、世界の秩序をひっくり返すことが。
フリッグとフルーレティが所属していた集団が、目指している事なのかもしれない。
そんなことをどうすれば出来るのかはよく分からないが。
いずれにしても、ダイモーンを大量に生産してまき散らすことがそれにつながるのだとすれば。
阻止しなければならないだろう。
世の中の人間の大半がカスよりだというのは燐火だって嫌になるほど分かっている。スクールカーストなんてカスみたいな代物を、無批判に受け入れてしまっている人間が多数だという時点でそれは明らかすぎるほどだ。
それでもマシな人はいる。
燐火が守るべきは。
そういうマシな人だ。
やがて、動けるようになったので、とりあえず迎えに来た日女さんと菖蒲さんと一緒に、レポートを書く。
これについては、中学になったら出来るようにと言われたので、やり方を教えて貰って、これから出来るようにする。
パソコンは幸い使える。
おとうさんは結構高性能なのを使っているし、スマホでは限界があるからと。燐火に型落ちのをくれたのだ。
最近はパソコンを使って、ある程度は作業が出来るようになっている。
問題なくキーボード入力を出来るのを見て、日女さんは安心していた。
「このテンプレートが用意してあるから、それに沿って書いて。 それで指に朱印をつけて、ここで指紋を押す」
「なるほど、こんな感じで大丈夫ですか」
「ああ、問題ない。 飲み込みが早くて教える方としても助かる」
「ありがとうございます」
日女さんも、これは苦労しているらしい。
苦笑いされたので、燐火も大変だなと思った。
そして、これからダイモーンを退治する度にこれを書くのかと思ったが。まあ、それは仕方がない。
いざという時に、家族を助けられるための資産をそれで作れるのだと思えば。
安い話だ。
疲れ果てている事もある。
日女さんが送ってくれる。
流石に菖蒲さんの大型二輪に乗せて貰うのはやめた方が良いだろう。サイドカーだったらちょっと乗ってみたい気持ちはあるが。
家に戻ると、疲れ切った体で、まずはお風呂にする。
汗を流す。
あれほどの冷気使いと間近で対戦していたのに、凍傷の類は一つもない。
夏の合宿で教わった。
魔とやり合うときは、とにかく絶対に一発も貰うな。
どんな変な能力を持っているか、分かったものじゃない。
それを燐火は愚直に守り。
一発も貰わない代わりに、体力を最後の一滴まで絞りきったのだ。それで、充分すぎる結果となった。
「腹筋がまた逞しくなってる」
「良いではないか。 無駄に筋肉をつけすぎるとそれは美しくはないが、燐火の筋肉程度ならむしろ美しい部類だ」
「そういえばケルベロスに裸を見られるの別に平気だね」
「それはそうだろう。 犬を風呂に入れて恥ずかしいか? 俺としても、別に燐火の裸に何も感じるものはない」
まあ、それもそうか。
燐火は体を洗い、湯船につかって疲れを落とす。
後最低でも二体。
勿論相手が増援を追加する可能性もある。
だが、その二体は、少なくともフリッグなど問題にもしないほどの高位の悪神か魔という話だった。
だとすると、決して楽な戦いになどはならないだろう。
嘆息を一つ。
まだまだ。楽になどならない。
それに問題は中学だ。
ケルベロスがしっかり幸運を操作すると言っていたけれど、それでもどんな事が起きるかは分からない。
舐めた奴がいたら、早々にぶっ潰す必要が生じるかもしれない。
いずれにしても、ケルベロスはまだまだ迷子を見つけられていない。
だとすれば、燐火も迷子捜しを手伝うだけだ。
必要なことを、全てやっておく。
中学は、日根見ちゃんと一緒に行くと決めている。
涼子とは、これからはスマホのメッセージ機能で話をすることになると思う。
いずれにしても、やっと長い長い小学時代は終わった。
燐火は生き急いでいるかもしれないが。
それでも、これから出来ることが増える。
その出来ることを。
最大限、燐火は良い方向で使っていきたかった。
電柱に座って、平坂家を見つめるもの。
悪魔、マルコキアス。
ソロモン王72柱の一角である大悪魔である。
犬の姿をしたマルコキアスは、優れた戦士であるという逸話を持っている。古くには別に絶対悪とはされていなかった悪魔。
それを象徴するような存在だ。
側に気配。
舌打ちしたマルコキアスは言う。
「なんだ。 他者の感慨を邪魔するな」
「そういうな。 同じ犬の系統であろうが」
「貴様と一緒にして貰っては困るな。 力は貴様の方が上かもしれないが、な」
「くくく、分かっているなら何よりだ。 あそこにいるのが、フルーレティの小僧っ子を倒した娘か。 まだ子供ではないか。 しかも一対一で討ち取っただと。 子供とはいえ侮れぬな……」
マルコキアスの隣に浮かんでいるのは、白銀の毛皮を持つ巨大なオオカミ。
おそらく、犬系統の魔では。
いや、魔というカテゴリでも、世界屈指の逸話を持つ最強に近い存在。
だが、あまりにも強大すぎるが故に魔祓いに何度となく叩き潰され、今では全盛期の三分の一も力を残していない。
物語と成り果てた今としてはなおさらだ。
「フルーレティの敵でも討ちに来たのか」
「いや、興味があるから見に来ただけだ。 それに……厄介なのがついているな」
「ケルベロスに、それに……」
マルコキアスとそれは、即座に離れる。
接近してくる存在に気づいたからだ。
流石にあのもの……ヘラクレスとやりあうのは分が悪い。力を失っているそれも、流石に厳しいだろう。
姿を消す前に、マルコキアスはもう一度だけ平坂家を見た。
勝てよ。
俺たちにとっても、八百万の神々を受け入れるこの国は心地が良いんだ。好き勝手にさせるな。
そうつぶやきながら。
フルーレティは倒れました。
フリッグと全く違う相手。
敵でありながら、燐火を認め、最後まで堂々と戦った相手。
既に燐火は、フルーレティを憎んではいませんでした。