魔法少女アギア・ケルベロス~俺は地獄の番犬ではない 作:dwwyakata@2024
空手部の生徒達は幸い燐火を受け入れてくれましたが、力量が決定的に足りません。
燐火は自分なりに部活の面子を手伝うことになります。
空手だけの技量で言うと部長の方が強いのですが、部長はあまり指導にむいていない性格を自覚していますし。
何より数年前の体育会系丸出しの嫌な空気を知っているので、そうならないように下手な口出しをしていないのです。
最初小川先輩に悪い遊びに誘われるのではないかと不安だったのだが、そういうことは全くなかった。
小川先輩は日根見ちゃんの言うことをいちいち感心して聞く度量を持っていたし、嫌っている様子もなかった。
グループに入り込んで乗っ取るような奴はいるらしいのだが。
日根見ちゃんと別れたあと、即座に悪口を言い出すようなこともない。
それにだ。
本当に真面目だった。
鈴山さんに対しても、面倒見がとてもいい。
これは、見かけと中身が全く一致しないタイプだと、燐火は思った。
いちおうおかあさんにも聞いてみたが、小川先輩の悪い噂は聞いていないという。
燐火の方が派手に暴れていたくらいだと言われて、苦笑いしてしまう。
少しずつ表情が出せるようにはなってきたが。
自然に笑えるようには、まだならない。
それでだ。
空手の師匠を紹介してほしいと懇願された。
小川先輩の話によると、今通っている道場は、良い先生がいるらしい。だが、先生はいい人なのだが、指導が下手で、空手も弱いのだとか。
それもあって、まったく今まで手応えがなかったらしい。
ただそれでも、見かけが派手な小川先輩をまっとうに扱ってくれただけでもマシだと思って通い続けているが。
まるで技量が伸びないので、他の先生の意見も聞きたいところだったそうだ。
おかあさんに相談すると、杏美の世話をしながら、燐火に言う。
「分かった。 連れてきて。 今は杏美の世話があるからどうしても大変だけれども、それでも基礎くらいは体系的に教えられるよ」
「わ……わかった。 つれ、てくるね」
「よし、偉い」
敬語を使わないだけで偉い扱いされるのだから、困ってしまうのだろうか。
だが、燐火としても、勉強より敬語を使わずに接する方がどうしても難しいというのもある。
今まで生きてきた時間では、抑圧されて迫害されてきた年数の方が長いのである。
どうしてもそれを考えると、これは大変なのかもしれない。
杏美がぐっすり眠ったので、その間に勉強を進めておく。
そして外で鍛錬をする。
歩法の鍛錬も入れている。
フル-レティを倒したとき。
まだまだ無駄が多かった。
それについては、理解できている。だから、その無駄を徹底的に減らす。なくす。そうすることでさらなる高みに行く。
燐火は黙々と鍛錬し。
そして、ケルベロスが声を掛けたので、即座に飛び出していた。
ダイモーンだ。
雑魚の日もあるが。
勿論強力な日もある。
捕まっているのがほぼ確実の迷子は、毎日ダイモーンを生み出しては、こうやってばらまいて。
それが各地で害を為している。
今日のは幸いそれほど手強くはなかった。
魔祓いを終えると、隣に降り立ったのはヘラクレスさんだった。
「久しぶりだな燐火」
「お久しぶりです」
「この年頃の子は成長が早いな。 見違えたぞ」
「ふふふ、そうだろう。 フルーレティを単騎で倒したときより、更に力が上がっている」
ケルベロスが自慢げだ。
まあ燐火の師匠のようなものだ。
自慢げにしてくれるのは嬉しい。
森の中から、ダイモーンがばらまいた悪運を浄化しつつ、話す。
ヘラクレスさんは、腕組みしながら教えてくれる。
「桁外れの魔が動き始めた」
「桁外れですか」
「うむ。 獣という範疇では、魔の中でも最強に属する存在だろうな。 まだ正体の特定は出来ないが……あれはネメアの獅子よりも数段格上だとみていい」
「それほどですか」
ネメアの獅子は、ヘラクレスさんの纏う衣でありいかなる武器も通さない最強の皮の持ち主だった魔獣だ。十二の難行で絞め殺してヘラクレスさんが倒した相手である。
それを遙かにしのぐというと。
生半可な神格では倒せないのではないか。
そう話すと、頷かれる。
「私も聞いているが、ヴィーザルが倒されていたのだろう」
「はい。 残滓を確認はしました」
「そしてガルムも出たと。 ……どうにも嫌な予感がする。 気配からして、生半可な存在ではなかった。 この国の一線級の魔祓いが、必要になってくるだろうな。 それも複数だ。 あのドルイドの愉快な娘だけではとても手に負えまい」
というと、北欧系か。
北欧の魔は極めて強力だ。
ガルムにしたって、天空の神であり法の神でもあるテュールを打ち倒すほどの存在だったのだ。
燐火が交戦したガルムは恐らく分霊体だろうが、それでもあの強さ。
更に格上となると、警戒を厳にしないと危険だろう。
もう行くと言って、ヘラクレスさんはかき消える。
今のはちょっとだけ動きを見ることが出来たが、驚異的に早いな。そして、それでも敵は逃げ切っている。
なるほど、現状で満足なんてしていられない。
もっと上を目指さなければならないな。
そう燐火は思った。
既に悪運の処理は終わった。
帰りながら、軽く話す。
「やっぱりまだまだ基礎を鍛え上げなければ駄目だよね」
「当たり前だ。 燐火は出発点が遅い。 これからも、更に人一倍やらなければ、高校くらいでやっと普通の人間なら確定で勝てるくらいにまでしか育たないだろう」
「魔祓いとしてはそれではまずいか……」
普通の人間といっても、師範とか充子とか、ちょっと次元違いの人がたまに混じっているけれど。
あの人たちは普通とカウントしなくて良いだろう。
ともかく家に戻ると、鍛錬のルーチンを丁寧にこなす。
しかも、ケルベロスが丁寧に管理してくれる。
これ以上の回数をやると、過剰負担になる。
そういって、説明をしながら、どうして休まなければならないのかも説明してくれるのでありがたい。
燐火の精神は子供から大分離れてしまっているが。
それでも子供に必要なのは納得だ。
そうケルベロスは考えて、行動してくれているのだと思う。燐火としてはありがたい話である。
黙々淡々と鍛錬を終えて、それで風呂に入る。
杏美を一緒に風呂に入れる訓練を何回かしたが、おかあさんと最初のうちは練習を一緒にした。
赤ん坊は目を離してはいけないのだ。
燐火は恐らく放っておかれて、泣く度に殴られて。投げやりに最低限の栄養しか得られなかったのだろう。
実の両親のカスぶりを知った今では、そうとしか思えない。
だから、杏美は絶対に同じ目にあわせない。
とにかく湯の温度とかも気をつけながら、風呂で体を洗う。
おかあさんもじっと見ている。
首はもう据わったけれど、まだまだ安心できる状態ではない。
赤ん坊は一瞬で死ぬのだ。
ともかく、丁寧にお風呂に入れて。それで出る。
まだ喋ることは出来ないが、愛想を撒くことは出来ている。絵本を読むと喜ぶが、内容は恐らく理解できていない。
家族の声が聞きたいのだ。
それについては分かっているから、一切求めるつもりはない。
才覚が分かるようになるのはこれから。
それは別に、多少遅くても構わないのである。
ともかく、数日以内に小川先輩を家に連れてくるか。
ただあの手の人ははやりに敏感だ。
防音室とかに気づかれないように、色々気をつけなければならないが。
数日後。
小川先輩とともに家に。
ちなみになぜか、カトリイヌさんが来ている。道着は持っているようで、どうしてか自信満々である。
なんでいるのかよく分からないのだが。
文武両道が必須とかで、カトリイヌさんも空手はやっているらしい。
欧州ではシラットも人気らしいのだが。
それはそれとして、空手も根強い人気があるそうだ。
庭にある鍛錬用の的を見て、小川先輩が感心する。
「燐火っち、これずっと使い込んでるの? すっご。 家にサンドバックとかおいてる系?」
「あら、面白い方ですわね」
「いや、カトリイヌぱいせんも大概……」
「ぱいせん! 先輩の略語ですわね! そんな風に呼ばれたのは初めてなので、感動ですわ!」
この二人。
相性抜群か。
ともかくおかあさんが来たので、三人そろって礼。
どうして増えているんだとおかあさんは困惑していたが。杏美はおとうさんに預けてきて出てきたようだ。
おとうさんも配信が終わった直後で疲れているが、杏美の笑顔を見ていると疲れもとれると言っていた。
勿論比喩だ。
疲れは休まなければとれない。
時間は無駄に出来ない。
まずは、基礎的な動きや歩法を見る。
燐火が見たところ、カトリイヌさんは、これは思ったよりずっと出来る。
剣道でもかなり進歩が早かったが、空手は欧州では人気があるとも聞いている。相応の先生についていたのかもしれない。
暴力を振るう事が大前提になっている空手はあまり一神教徒の聖職者には好まれないのかと思ったのだが。
いや、自衛のためには必須なのだろう。
「そこまで。 カトリイヌさんは充分だね。 これ以上強くなるつもりだったら、基礎鍛錬を徹底的にやること。 あそこにいるおじいさんに教われば、充分すぎるかな」
「あら、見抜いておられましたか」
「当然。 あの人ものすごく強い。 現役時代の私でも勝てるか微妙だね」
「え……」
カトリイヌさんが逆に絶句。
おかあさん、そういえば状況が許せばオリンピックに出られるかどうかという話があったのだったか。
全国でも通用する実力だったらしいが。
恐らく燐火がそういう話を学校でしたりしないか見極めるためだったのだろう。
その話を聞かされたのは、最近だ。
続いて小川さんだが、指導が滅茶苦茶丁寧である。ケルベロスが、非常に勉強になるから聞いていろと言って。
燐火もカトリイヌさんも、ついでにカトリイヌさんに憑いているドミニオンまで頷いていた。
ドミニオンも思わず頷いてしまうくらいの説得力があるということだ。
基礎的な鍛錬はよく頑張っているらしい。
だが、いくつも小さな悪い癖があって、それが伸びない原因だという。
熱意はある。
しかしその熱意のため、基礎鍛錬にある穴を見逃して、強くなるのを妨げてしまっている。
そういう状況らしい。
「こう踏み込むッすね」
「そうそう、飲み込みが早い。 今までの歩法に、ここ……ここね。 ここを意識して、力を入れるように。 それを素直に出来るようになると、こういう風に動けるようになるからね」
「はいっ!」
あれ、小川先輩。
本気で真面目かこの人。
クラスで小川先輩についての噂を聞いたが、パパ活だとかいう売春をしているとか。小学校時代は最悪の不良のレッテルを貼られていたらしい。
実際都会では、小学校でパパ活をするようなカスがいるらしいので。
そういう観点では、悪い意味で小川先輩の見かけに沿った噂なのかもしれないと燐火は思ったが。
いずれにしても、この真面目な取り組みよう。
この人。
ひょっとして、本当に見かけとかしゃべり方が派手なだけで。
中身は極めてまともなのではないのか。
「よし、良く出来ているね。 今の歩法を駆使して、正拳をこの的に打ってみよう」
「オス!」
「いい気迫だ。 燐火、カトリイヌさんも一緒に」
大丈夫。的はある。
燐火がいくつも作ったのだ。
前に壊してから、用途に沿っていくつも作った。背が伸びてきているのもあって、余分を用意してある。
それで、今三人並んで出来る。
ズドンと、凄まじい音が少しずつずれてする。
おかあさんが、続いて見本を見せる。
ケルベロスが見事と言うほどの、あまりにも美しい正拳だ。美しいだけではなく、この破壊力だと、人間程度だったら筋肉の鎧をどれだけつけようが、骨も内臓も砕ける。勿論通れば、だが。
おかあさんは杏美を産んだばかりでまだ本調子ではない。
それでもこれか。
惚れ惚れするほどの一撃だ。燐火の自慢のおかあさんである。
「すっご……!」
「素晴らしいですわ」
「大丈夫。 しっかり鍛錬すればこれくらいは出来るようになる。 小川さん、貴方はとにかく、基礎をしっかり修正すること。 メモをしておいたから、気になったらそれを見て。 それと、回数は厳守。 やり過ぎると体壊すからね」
「オス!」
小川先輩、気合いが入ってるな。
それはそうだろう。
いくつも道場を巡って、それでやっとまともな先生に出会えたのだから。
おかあさんはこのほかにも合気も柔道も同レベルで取得しているわけで。
警察が手放したがらなかったのも、それはそれで納得である。
良いことではないとしてもだ。
「カトリイヌさんは、あの人に細かく見てもらいながら、基礎を続けて。 それでもっともっと強くなれる」
「分かりましたわマスター!」
「マスターは恥ずかしいな。 でもあの人は、今の私以上の使い手だからね。 多分立場的にはカトリイヌさんの方が上なのだろうけれど、絶対に敬意を忘れないようにして」
「はい!」
カトリイヌさんも気合いが入っているな。
武の高みを見たのだ。
空手を少しでもやっている人間だったら、それもまた自然なことなのだろう。
二人が帰る。
おかあさんが、寸評をした。
「第一印象が大事だとかいう話があるけれど、小川さんは本当に見かけで損をするタイプだね。 あの子は悪い子じゃない。 良縁を大事にするんだよ」
「うん」
「燐火の方は、私が今どうこういう欠点はないかな。 燐火が前に言っていた師匠と相談しながら、基礎を徹底的に極めて、少しずつ応用をやっていく。 それで充分だろうね」
「わかり……分かった。 そうするね」
頷くと、おかあさんは杏美の世話に戻る。
やっぱり凄いな。
ケルベロスが嘆息していた。
「幸運を操作しているとは言え、燐火の周囲には神々も驚嘆する使い手が集まるな。 古代ギリシャにも戦う女性はいたが、篠葉の力量は図抜けている。 あれは女神アルテミスも瞠目するレベルだ」
「そう言ってもらえると燐火が嬉しいな」
「そうか。 そうだな」
ケルベロスの言葉が優しい。
おかあさん、篠葉という名前だが。
ケルベロスがその名前を口にするときは、基本的に敬意に満ちている。これほどのあまたの人を見てきた存在が、敬意を払うのだ。
それだけの武道の極みにいると言うことだ。
ただ、それでも子供を産むとあれほどに消耗する。
燐火は、色々と思うところも多かった。
「杏美が生まれたとき、少しだけ俺は心配していた。 平坂家にとって燐火が邪魔になるのではないのかとな。 実際そういうトラブルは今に始まったことではない。 だが、あの二人なら大丈夫だ。 これからも、親孝行してやれ」
「分かってる。 世界で一番大事だよ」
「うむ……」
さて、鍛錬を続けるか。
細かい鍛錬の調整を、ケルベロスが指導してくれる。とにかく的確なので、燐火はそれに沿って鍛錬するだけだ。
それが終わったら学問もする。
今、高校二年の勉強をしているが、英語がとにかく苦手である。単語を多数覚えて、それで対応するしかない。
日本語も大概難しいのだが。
英語は元々フランスの宮廷言語と、イギリスの現地言語が混ざって出来たものだ。あらゆる点で未完成である。
これは涼子ちゃんとやりとりをしていると、時々愚痴られる。
それに涼子ちゃんが受けるようなテストだと、ネイティブでも分からないような問題や単語が出てくるらしく。
それをやって何の意味があるのかと、時々ぼやかれる。
燐火も問題を見せて貰うが、まだちょっと歯が立たない。
ともかく苦手でも、やっていくしかない。
歴史や科学はむしろ得意だ。
魔祓いをしている燐火がいうのも何だが、科学は誰から見ても同じ結果になるというのが素晴らしい。
個人依存がどうしても強い武術や魔祓いと違って、科学は本当にそういう点では優れている。
個人武勇の時代が終わり。
科学的な装備の時代がやがて来たのも、納得がいく話である。
勉強をして、宿題を終えて。
それで泣き出した杏美の面倒を見る。
これは小便だな。
おむつをテキパキと替えるのにも慣れてきた。おかあさんには、おむつを替えておいたことを話す。
昔は使い捨ての紙おむつが多かったが、おかあさんは布おむつを使っている。こっちの方が洗って済ませられるのでいいらしい。
今は燐火もある程度家事を担当しているので。
三人で分散すれば早い。
後は弁当だが。
まだ全部燐火は単独で作れない。
これをこなせるようになれば、もう言うことはないのだが。ダイモーンが早朝に出ることもあって。
まだまだ全部こなすのには、さらなる修練が必要だろう。
風呂に入って、そろそろ休むか。
そう思ったときに、メールが来る。
鈴山さんだった。
鈴山さんは小川先輩から話を聞いたらしく、時間があるなら自分も教えてほしいということだ。
まあ、良いだろう。
おかあさんの指導を間近で見るのは、今でも充分に勉強になる。
どんな天才でも、技をみる事は決して無駄にならない。
一発で全部習得できるような人でもだ。
燐火はそうではないし。
あの練り上げられた究極の武技を見る限り、無駄なんて一つもない。だから、鈴山さんを連れてくるのも悪くない。
交友関係が広がりつつある。
燐火は小学生時代よりも更にクラスでは恐れられるようになった。
今では三年の不良も燐火の名前を聞くと、こそこそと逃げ出すようになっている。明らかに学校の治安全体が良くなったという話もあるようだ。
燐火が抑止力になることで。
泣く人間が減るのなら、それはとても好ましいことだ。
燐火は淡々と鍛錬を続ける。
そして、少なくとも。
相手がカスでない限りは。
来る者は拒まないつもりだった。
鈴山さんについて
空手部の同級生です。こっちも見た目で損をしているタイプですね。
真面目清楚系とか言われて、中学くらいからそういう目で見られるようになったタイプです。
ちなみに真面目ではありますが勉強は燐火や涼子ほどは出来ないですね。
これには色々と事情があったりします。