魔法少女アギア・ケルベロス~俺は地獄の番犬ではない   作:dwwyakata@2024

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小川先輩と鈴山さんの空手大会を燐火は見に行きます。

この世界では学校の部活対抗での地方大会とかなくなっているので、基本的に同年齢帯の人間が大会をするルールに変わっている状態ですね。

まだ野球などでは閉鎖的な高校野球部などが一部残っていますが、甲子園は既に学校関係ないチーム戦となっており、野球部なら何をやっても許されるみたいな空気は既に失せています。そして皮肉なことに学校関係なしに子供が集まるので、却って質は上がっています。





3、短時間の努力の限界

空手の地方大会の前。

 

ダイモーンに対応する。

 

合宿から帰ってきて、すぐである。

 

燐火は参加しないが、それでも鈴山さんと小川先輩が出るのだ。行っておくべきだろうと燐火は思ったのだが。

 

ダイモーンが途中で出たので、祓いに行った。

 

かなり古いダイモーンだったようで、大量の悪運をため込んではいたが。はっきりいって、たいした相手ではなかった。

 

倒した結果、膨大な悪運がばらまかれたが、それも自分で全部祓ってしまう。

 

滝行でかなり地力が上がったようである。

 

本当に凄い霊水だったのだなと思うのと同時に。

 

元々引き出し切れていなかった力を、あの滝行である程度引き出しただけ、というのも聞いているので。

 

要はこれ以上伸ばすには、毎日のルーチンを続けていくしかないということだ。

 

無駄になっていた分を、的確に引き出しただけなのだから。

 

「基礎的な魔祓いの底力は上がっている。 とりあえず、それで今は満足しよう」

 

「うん。 でも力が上がってきて分かってきたけれど、日女さんや菖蒲さんの方が全然格上だね」

 

「日女も菖蒲もそうだが、後はエヴァンジェリンやカトリイヌも、生まれたときから魔祓いの鍛錬をしている相手だ。 流石に短時間の努力では追いつけないさ。 その代わり、燐火は肉弾戦が出来る強みがある。 ともかく、行くぞ」

 

ケルベロスに言われて、さっさと着替え直す。

 

会場に到着。

 

一回戦はあらかた終わった。

 

流石に空手の地方大会程度では、観客はそれほど多くはないので、普通に座ることが出来た。

 

小川先輩は、勝ち残ってるな。

 

鈴山さんは。

 

良かった、勝ち残ってる。

 

参加者は300人くらいはいる。

 

まあ一回戦は、勝ち残れて順当だろう。

 

問題はここからだ。

 

二回戦で、鈴山さんが、明らかに勝てそうにない相手にあたる。

 

あれはどう見ても、ガチガチに小学生から空手をやっている相手だ。鈴山さんはちょっと相手が悪いだろう。

 

ちなみに今日は、涼子を誘っている。

 

涼子にとってこれは気分転換らしい。

 

六法全書を覚えるのがとにかく大変なので、気晴らしには良いだろうと来てくれたのだけれども。

 

会場に暗記用のシートを持ち込んでいるので。

 

ちょっと苦笑いしてしまった。

 

ともかく鈴山さんは、必死に善戦するが。

 

速度からして全然違う。

 

女子の空手大会でも、これほど力の差が出るものなんだなと燐火は思った。

 

「あの相手、強いね」

 

「うん。 うちの部長ならなんとか勝てる、くらいだね」

 

「そんなに強いんだ」

 

「うん。 かなり」

 

全く興味がなさそうな涼子に、解説もしなければならないか。

 

ちなみに涼子は投薬治療を続けていて、フリッグに仕込まれたニンフォマニアの改善を進めているが。

 

まだ完治にはほど遠いという。

 

例のアホな父親も、また悪い女に引っかかりそうになっており。

 

最近では連絡を細かく入れて、馬鹿なことをしていないか逐一チェックまでしているようだ。

 

一歩間違えばいわゆるメンヘラだが。

 

涼子の家の場合、父親が下半身関連ではまごうことなくアホなので、これは仕方がないだろう。

 

ただ。涼子としてもこのままではまずいと判断しているらしく。

 

高校からは寮に通い。

 

興信所をずっと雇って、父親の監視をさせるつもりらしかった。

 

これについては、父親をあらゆる意味で信用していないからと言っていた。

 

まあ、気持ちは分かる。

 

いずれにしても、鈴山さんは敗退だ。

 

圧倒的な判定負け。

 

手も足も出なかった。

 

肩を落としているが、もしも燐火が基礎を教える前だったら、多分瞬殺だっただろう。それをあそこまで食いついたのだ。

 

良くやったと思う。

 

小川先輩の出番だ。

 

二回戦の相手。あの様子だと知っている相手か。

 

相手があからさまに侮っているが。小川先輩は、凄まじい勢いで間を詰めると、ほとんど完璧な正拳をたたき込んでいた。

 

瞬殺である。

 

判定で圧倒的な勝ち。

 

相手は納得いかないと顔に書いていた。

 

この様子だと、小学校くらいで知り合いだったか、今までにどこかの空手教室で顔を合わせた相手だったのかもしれない。

 

だとすると、前はお世辞にも力量が優れているといえなかった小川先輩のこの進歩。

 

それは納得も行かないだろう。

 

だが、あれは。

 

力に驕ったというのだ。

 

ケルベロスも、それをズバリ指摘する。

 

「中途半端な実力しかないのに、相手を侮るような悪癖を出したな。 あれは苛斂が勝つのも妥当だ」

 

「小川先輩、頑張っていたもんね」

 

「ああ。 さて、大分数が減ってきたな」

 

三回戦。

 

ここからシード選手が出てくる。シード選手は前回の大会で好成績を上げた選手達であり。

 

中には優勝者も混じっている。

 

その優勝者にあたって早々に退場したものの。

 

かなりいい動きをした選手もシード選手に混じっているそうだ。

 

試合を見る。

 

小川先輩は、まだそういう強力な相手にあたっていない。

 

だがこの辺りからは、油断している選手は一人もいないようだった。

 

かなりの激戦になる。

 

小川先輩は、それでも嬉しそうだ。

 

前だったら、絶対勝てなかった相手だろう選手に、食い下がっている。それどころか、押し始めた。

 

数分の激闘の結果、競り勝つ。

 

小川先輩はかなり汗だくになったようだが、それでも、勝利は勝利。辛勝だったが。

 

休憩に入って、スポーツドリンクを飲んでいるのが観客席からも見えた。

 

「あの派手な人、とても堅実な動きだね」

 

「見かけで損している人なんです。 うちに鍛錬に来たときも、おかあさんのアドバイスを丁寧に聞いていましたし。 部活に来た外部委託の講師からも、熱心にアドバイスを受けていました」

 

「あ、先生に恵まれなかったタイプ?」

 

「そうです」

 

そういう観点では、昔の燐火と同じだ。

 

燐火の場合は先生どころか親にも恵まれなかった。

 

今のおとうさんとおかあさんのところに来て、やっと人生がまともになったと言える。

 

小川先輩は、ある程度は家庭はまともらしいが。

 

ただ。それでも先生に恵まれなかったし。

 

学校にも恵まれなかった。

 

遅咲きなのだ。

 

しかも、最近やっとまともな講師に巡り会えた。

 

だとすれば、この程度が限界だろう。

 

四回戦。

 

小川先輩の相手はシード選手だった。

 

優勝者ではないが、一目で格上だと分かる。これは、燐火でも勝てるかちょっと分からないな。

 

こういう猛者をおかあさんは現役時代、ちぎっては投げしていたわけだ。

 

そういえば来る前に調べたのだが、地方大会の優勝者を、数年間おかあさんが独占していた時代があった。

 

あんまりにも強すぎるので、四回戦からのシード選手にされていたらしい。

 

いずれにしても、小川先輩はこれは勝てない。

 

それでも、瞬殺はされず。

 

必死に食いついていく。

 

だが、結果は見えていた。

 

 

 

鈴山さんと、小川先輩と、会場外で会う。

 

「負けた負けた!」

 

そうは言うが、小川先輩は満足げだ。実は去年も大会に出たらしいのだが、一回戦負けだったらしい。

 

しかも空手道場の連中にそれを大笑いされたそうだ。

 

さっき、二回戦であたったのがそれ。

 

逆にそいつを瞬殺したこともある。

 

リベンジは果たせた、ということなのだろう。

 

鈴山さんも、二回戦にまで行けたのだ。立派である。

 

ちなみに涼子は試合が終わると、早々に帰った。

 

小川先輩達と交流する気がないのではなく、単純に勉強を進めたいらしかった。

 

「シード選手なだけあるわ。 ちょっと勝ち目なかった。 でも、一回かなり惜しいの入れられた。 それで今回は充分だわ」

 

「そうですね。 本格的に始めたのはつい最近も同然ですので、来年は好機があると思います」

 

「来年は部長やるわ。 今度は最低でもベスト4まで行ってやる」

 

意気込みが凄いな。

 

鈴山さんはちょっと所在なげにしていたけれど、小川先輩が褒める。

 

去年は小川先輩は一回戦敗退だった。

 

二回戦まで行って、しかもかなり力戦した。

 

始めたばかりも同然の状態であれは凄い。

 

しかも運動神経がそこまで良い訳ではないのだから、なお凄い。

 

そう丁寧に褒めていた。

 

後は、帰る。

 

小川先輩はすっきりした様子だった。四回戦まで行けたのなら今回は充分。しかも、今まで小川先輩をずっと馬鹿にしていた相手にリベンジを果たせたのだ。

 

フルコンタクトだともっとやれるかもしれないが。

 

それについてはまだ良いらしい。

 

身を守るための空手。

 

いたずらに暴力の手段として用いるつもりはないらしい。

 

それを聞くと、本当に見かけで損しているんだなと思って、色々悲しくなる。

 

燐火ですら、見た目で相手を判断する要素は、どうしてもあるのだ。他の人間は。特にスクールカーストに毒されきっているタイプは、それを正義とすら考えている時代である。だとすれば、あらゆる意味で小川先輩は不利だ。

 

高校辺りに入っても、どうせ見かけが派手だから、で。色々と陰口をたたかれるのだろう。

 

実際問題、それでろくでもない男ばっかり近づいてくる事もあって、小川先輩は男嫌いになりかけているらしい。

 

まあ気持ちは分かる。

 

これ以上事態を悪化させないように、何かしらの工夫がいるのかもしれないが。

 

こればっかりはどうしようもないというのが、燐火の本音だ。

 

帰路で別れる。

 

鈴山さんは、ずっと喋らなかった。

 

まあ、一回戦を勝ち、二回戦であれだけの接戦に持ち込んだのだ。はっきりいって、今回は充分だろう。

 

無言で帰路を行くが、ケルベロスに言われる。

 

「急に増えたな」

 

「今日二回目だね」

 

ダイモーンだ。

 

これは行き帰りで、退治していくことになりそうだった。

 

 

 

ダイモーンはどこかの民家に張り付いていた。

 

見かけは、あれはなんだ。

 

何かの虫だろうか。

 

最近、教養を身につけた方が良いと言われて。涼子から進められた本をたまに読んでいるのだが。

 

カフカという人の変身という小説をつい最近読んだばかりだ。

 

ダイモーンはどうしても人間的要素が出てくる。

 

それもあって、巨大なゴキブリに人間の要素が混じっているかのようなあの姿。あまり、関心は出来なかった。

 

日根見ちゃんに聞いている。

 

昆虫をはじめとする節足動物は、世界でもっとも繁栄している種族だと。

 

その完成度は極めて高いのだと。

 

確かに人間が核戦争で滅びたとしても、ゴキブリが滅ぶことはないだろう。それくらい強靱な種族だ。

 

燐火としては気持ち悪いとか云々以前に、そういう話を聞いているから、種に対する冒涜だと感じてしまうのだ。

 

ともかく祓うか。

 

さっと聖印を打ち込む。

 

かなり育ったダイモーンだが、今の燐火はそれ以上に育っている。すぐに全身が破裂し始めたダイモーンは、うるさそうにこちらを見て、羽を広げた。顔はまんま福笑いみたいに造形が崩れた人間の顔みたいになっている。

 

人によっては不気味だとかおぞましいだとか感じるかもしれないが。

 

燐火としては、馬鹿にしているのかと苛立つばかりである。

 

日本に住んでいるゴキブリの中で有害で、人家に入り込んでくるのは四種類。

 

クロゴキブリ、チャバネゴキブリ、ワモンゴキブリ、ヤマトゴキブリだけである。

 

他の種類は森などで穏やかに暮らしている種族で、人間とはなんの関わりもない。

 

害にしても病原菌を媒介する蚊などとは比較にもならない程度の低脅威に過ぎず。ただ不快害虫だとか言うカテゴリに入れられている存在。

 

要は人間の傲慢さが、ゴキブリという存在を、必要以上に悪にしていると言える。

 

そういう種に対する冒涜を何重もの意味で感じ取った燐火は、立て続けに聖印をたたき込む。

 

冷静さは失っていない。

 

此奴は、さっさと滅ぼさないと駄目だ。

 

そう判断しただけである。

 

立て続けの聖印で、体が砕けながらも、奇声を上げつつダイモーンは迫ってくる。

 

虫が苦手な人はいる

 

それは分かるが、燐火としてはそれ以上に怒りが勝る。

 

立て続けに聖印をたたき込み。

 

やがて真ん中から、ダイモーンは爆ぜていた。

 

消耗はほとんどしていない。

 

広がった悪運を、さっと祓っておく。

 

問題は、此奴じゃない。

 

振り返る。

 

その先には、銀色の狼がいた。スコルか。

 

「フルーレティを倒したときより更に力が上がっているようだな」

 

「失った足は再生したようですね」

 

「うん? ああ、これは再生したのではなく、継ぎ足したのだ。 魔というのは色々と便利でな。 再生も出来るが、悠長に待ってもいられないからな」

 

「……」

 

消耗はしているが、さて。

 

連絡はダイモーンが出た時点で入れている。

 

こっちに日女さんが向かっている。

 

菖蒲さんは、昨日やっと日本に戻ってきた。海外で面倒な仏教系の魔が出たらしく、退治に出ていたのだ。

 

確か餓鬼の王であるサンニヤカーだったか。

 

正確には仏教系ではないらしいが、餓鬼は仏教でも存在する概念でもあるので、それをたどって打ち倒してきたとか。

 

いずれにしても、菖蒲さんもそう時間を掛けずに来てくれる筈。

 

ただ、スコルはそれを理解しているはずだ。

 

マグニを瞬殺した時の狡猾な立ち回りからして。

 

此奴が、危険を考えずに、燐火の前に姿を見せるはずがない。

 

「それで何のようですか?」

 

「温存していたそこそこ強めのダイモーンを二体同時にぶつけてみた。 おまえがどれほどの脅威になるのか、しっかり見極める必要があるからな。 分霊体とはいえあのガルムを倒し、ウェウェコヨトルをたらし込んだ相手だ。 俺たちとしても、侮るわけにはいかないのよ」

 

「で、戦いますか」

 

「いや、やめておこう。 おまえが呼んだ増援がもう近くまで来ている。 いずれにしても、貴様は簡単には仕留められないと判断した。 それに更に短時間で力が上がっているのも分かった。 だとすれば、こちらもそれなりの力をそろえて仕掛けるだけよ」

 

すっと、スコルが消える。

 

燐火はふと疑問に思う。

 

スコルばかりが出てくるのはなぜだ。

 

ガルムを倒した後、スコルばかりが暗躍を続けている。

 

スコルにはハティという兄弟もいるし。

 

なんなら背後にフェンリルがいてもおかしくない。

 

フェンリルの実力は、かなり弱体化しているらしいが、それでもこの国の一線級の魔祓い数人がかりでやっとという相手らしいし。

 

出てこられたら、燐火なんてあっという間に倒される可能性を否定できない。

 

勿論あっさりやられてやるつもりはない。

 

だが、どうも妙に感じるのだ。

 

側に着地したのは日女さんだ。

 

この間マグニ戦で受けた手傷は回復している。ますます見かけがワイルドになっているが。

 

「この気配、スコルだな。 逃げたのか」

 

「はい、残念ながら。 燐火の魔祓いの力量を見極めるつもりだったようです」

 

「狡猾な奴だ。 狼は知能が高いが、それにしても少しばかり知能が高すぎるな」

 

「手強い相手ですね」

 

とりあえず、他の知り合いにはまとめて連絡を入れておく。

 

スコルがまた出たと言うことで、それなりに警戒度を引き上げなければならない。

 

失った足も、何か継ぎ足したという事だったが。

 

ともかく、これは悪い意味で暑い夏休みになりそうだった。

 

 

 

剣道道場に出向く。

 

充子が嬉しそうにしてくれるので、こちらも嬉しい。

 

見ると、門下生に混じって日根見ちゃんも剣道を始めたようだ。まだ手習いのレベルではあるが。

 

せっかくなので、剣道のルーチンは今日はここでやっておく。

 

重りをつけたまま素振りをするが。

 

ヒュン、ではなく。

 

最近はウォンと唸るような音がするようになっていた。

 

とにかく剣道は、うまくなるのに時間が掛かる。

 

槍がもてはやされたのはこれも理由の一つだ。槍はその辺の農民兵を集めて、短時間で覚えさせることが出来る上に。

 

基本的に多数であたるものであるので、素人集団が達人を仕留めることだって普通に出来るのである。

 

要はコスパが実戦では合わなすぎるのだ。

 

それでも剣を燐火がやるのは。

 

相手が槍衾をそろえてくるような軍勢ではないこと。

 

魔祓いにも近接戦では充分に役立てるし。

 

何よりも、精神修養にも活用できるからだ。

 

他の道場はどうだか知らないが。

 

少なくとも師範はそれを仕込んでくれた。

 

だから、師範には感謝している。

 

いずれ、師範に勝つという形で礼をしたいが。

 

それはまだまだ、当面先だろう。

 

今回から、師範代が燐火の相手になってくれるようだ。四段相当と師範に燐火は言われた。

 

それを前提に、師範代が相手をしてくれる訳だ。

 

それを不満そうに見ていた高校生くらいの門下生だが。

 

燐火が師範代相手に互角に打ち合っているのを見て、すぐに黙る。

 

師範代はちょうど四段である。

 

燐火はあの歩法は見せびらかすものではないと判断しているので、道場での試合では使わない。

 

ましてや燐火は、奥義を師範から教わったときより実力を伸ばしている。

 

三本勝負で、二本とって勝ち。

 

師範代と礼をして、残心した。

 

少し休憩を入れて、充子と勝負する。

 

今度はかなり押し込まれる。

 

やはり強いな。

 

燐火も腕を上げている筈なのに、充子は更に腕を磨いている。これは生半可な高段位持ちでは既に勝てないだろう。

 

日本でも数少ない八段持ちの師範の子で。

 

その教えを、幼い頃からずっと受けていて。

 

大真面目に鍛錬を続けている、文字通りの剣の申し子だ。

 

燐火がここまで食い下がれているだけでも奇跡に近いと言える。

 

ただ、わずかに差は縮まったか。

 

五回やって一回は一本を取れる。

 

これは恐らくだが、燐火の背が伸びているのが大きい。充子も背が伸び始めているが、まだまだ足りていないのだ。

 

ともかく、試合が楽しくてならない。

 

充子も、既に師範代では相手にとって不足になっているようで、燐火と何度でも立ち会いたいようだった。

 

激しい立ち会いを続ける。

 

六試合やってそれで一旦切り上げる。

 

日根見ちゃんが、褒めてくれた。

 

「話には聞いていたけど、凄いね燐火ちゃん。 私なんて、充子ちゃんとやりあうと毎回瞬殺だよ」

 

「しょうがないですよ始めたばかりなんですから」

 

「うん。 でも、何かお姉ちゃんとしてやってあげたいなと思って」

 

「勉強について聞かれたら教えてあげる、くらいで大丈夫だと思います」

 

そのあと、ルーチンをこなしながら日根見ちゃんの鍛錬に付き合う。

 

これは悪くない剣筋だ。

 

恐らく師範から教わっているからだろうが、剣筋はとにかく美しい。ただ、速度が致命的に足りない。

 

集中力が低い。

 

それに運動神経が足りていない。

 

それがあって、この美しい剣筋を活かせていない。

 

ただ、日根見ちゃんは既に並よりずっと運動神経が良くなっている。

 

必ず、いずれは役に立てるはずだ。

 

燐火はその辺りを、丁寧に説明する。

 

そうすると、自信なさげだった日根見ちゃんは、少し嬉しそうにするのだった。

 

達人の武技は美しい。

 

最初からそれを見ることが出来ている。

 

とても幸運なことだ。

 

武道もスポーツもそうだが、始めるのは早いほうが良いとされる。フィギアスケートに至っては、幼稚園くらいから始めるのが望ましいそうだ。

 

剣は十年やってものになれば良い方とかいう話もあるらしく。

 

それはケルベロスから、古今東西どこでもそうだと聞いている。

 

だから天才の素質がない状態で、すぐに出来るわけがない。

 

そうやって、ある程度線引きをしておくべきだろう。

 

とにかく速度と集中力。呼吸とタイミング。

 

それについて理解したようなので、後は鍛えるだけだ。

 

ただ日根見ちゃんは、このまま知識を磨いていった方が良いと思う。

 

生物に関する知識は同世代の女子とはだいぶレベルが違うし。

 

まあ上を見れば幾らでも上がいるのだが。

 

それでも、これからそういった最高位にいるような存在に追いついていけばいいのだから。

 

それから、師範に呼ばれた。

 

裏庭で軽く立ち会う。

 

充子も一緒だが。はっきりいって。差が埋まる気がしなかった。相変わらずとんでもない強さだ。

 

軽く立ち会っただけで、師範はそれでも的確に評価してくれた。

 

「伸ばすための努力を可能な限りしているな。 まだまだ燐火は強くなるだろう」

 

「ありがとうございます」

 

「うむ。 そのまま励め。 ただ、凶剣に踏み込んではならん。 その先にあるのは、ただの無だ」

 

そうか。

 

修羅の道すらない。

 

実際にはただ無があるだけなのか。

 

それを聞くと、色々と複雑な気分となる。

 

「師範はそういう方と会ったことがあるんですか」

 

「ある」

 

「……」

 

「今まで三度、私が剣士として引導を渡した。 殺したわけではなく、二度と剣を握れないようにした」

 

三度も。

 

やはりそういった仕事をしているのか。

 

ただ、日本でそうだとは考えづらい。

 

或いは海外での話かもしれないが。まだ剣が現役で暴を振るえる場所は存在しているかもしれないし。

 

そういった場所では、戦国乱世が終わった後、剣豪が活躍した時代みたいな。剣の道を持て余すような凶剣の持ち主がいるのかもしれない。

 

それらを三度も無力化して、二度と剣を握れないようにしたとすると。

 

やはり師範はとんでもない高みにいるんだなと、感心する。

 

この人が嘘をつくとも思えない。

 

ケルベロスも、捕捉していた。

 

「今のは嘘ではないだろう」

 

「分かってる」

 

「……先人の話は聞いておけ。 これほど尊敬できる先人は、そういるものではないだろうからな。 特にだ」

 

頷く。

 

そして、それから細かい調整をいくつか受けた。

 

とにかく鍛錬についてはほぼ完璧に出来ているので、たまに生じる悪い細かい癖みたいなのを調整するくらいで良いらしい。

 

とにかく燐火はまだまだ背が伸びているので、それに沿って微調整をしていく必要があるそうだ。

 

その指示は、細かく聞く。

 

恐らく手足と背が伸びきるまでは、こんな調子でやらなければならないだろう。

 

充子もこうやって、ずっと細かく指導を受けているのであれば。

 

天才の素質も合わさって、強いのも納得である。

 

礼をして、それで帰る。

 

有意義だった。

 

歩法についても見てもらったが、更に進歩していると太鼓判を押してくれた。

 

それだけで随分と助かる。

 

無言で家に戻ると、剣道のルーチンは終えているので、他の武道のルーチンをこなし。更には勉強もやる。

 

杏美はだいぶ泣かなくなってきたが。何にでも興味を示すし、片言で喋るようになってきているので。

 

ケルベロスが見張ってくれている。

 

まだまだベビーベッドからは出られないが。

 

それでも背負ったりして構っていると、油断すると色々と口に入れかねないのだ。

 

子育てってこんなに大変だったんだな。

 

そう燐火は思う。

 

エゴを最優先するようになった今の人間が、耐えられないのも色々納得できる。それでも、杏美が育った時のために、今やっておかなければならない。

 

燐火のように。

 

杏美をしてしまってはいけないのだ。

 

笑顔一つ浮かべられず、家族にも敬語を崩せない。

 

こんな人間にしてはならない。

 

だから、できるだけ杏美には構う。

 

それと同時に勉強を進めなければならないが。

 

集中力を発揮しているときには、どうしても杏美の変調には気づけない。それもあって、ケルベロスの支援がとても助かっていた。

 

とりあえず勉強終わり。

 

英語はどうにかこつをつかんできたが、それでもまだまだ難しい。

 

単語は毎日少しずつ確実に覚えていく。覚えた単語は復習して、それも徹底的に頭にたたき込んでいく。

 

実のところ、単語を覚えるだけである程度は何を言っているか分かってしまうのが英語である。

 

これは日本語もある程度共通している。

 

それ以外の勉強は、それほど難しくない。

 

歴史の勉強には、教科書だけではなく学漫も使う。

 

実は教科書レベルの内容は、だいたい学漫に書かれている。今ではかなり学漫をネットで見る機会が多く。

 

無料で配布されているものを見て、勉学に役立てる。

 

勿論公式で配布されているかをチェックする。

 

こうして、ネットでの危険回避も同時に勉強しておくのだ。

 

「ここまでだ。 ルーチンはこなした。 前倒しはこれくらいにしておけ」

 

「そうだね、分かった」

 

ちょっと頭がほかほかしてきたか。

 

夏休みとは言え、いつもとやっていることは代わらない。

 

むしろ学校よりも、ルーチンを増やしている分忙しいかもしれない。

 

ただ、夏休みの間、ダイモーン退治が思ったほど多くはなかったし。

 

悪神も目立って出なかった。

 

宿題なんて最初の数日で終わらせている。

 

後は、夏休み最後まで。

 

ろくでもない悪神が出なければ良いのだが。そう思うばかりだった。







師範の強さの秘密を知る燐火。

秘密を明かしたと言うことは、既に運命共同体も良いところであり、弟子であると見なしているということです。

現時点での剣の腕は師範の方が圧倒的に上。

師範は燐火の行動次第では自分の手で引導を渡すつもりです。


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