魔法少女アギア・ケルベロス~俺は地獄の番犬ではない 作:dwwyakata@2024
豪雨だ。
凄まじい雷が降り注いでいる。
そして、まだ離れているのに、途方もない気配だ。気配は二つ。どうやら、とうとう最悪の事態が起きたようだった。
自衛隊の車に乗せて貰って、現地に急ぐ。
カッパを着込んでいるのは、そうするしかないからだ。
現地では封鎖が行われ。
この辺りの魔祓いが、全員集められていた。
エヴァンジェリンさんも既に来ている。そして、燐火が来ると、咳払いした。顔が青ざめている。
仕方がない。
連絡は来ている。
どうやらオーディンがしびれを切らしたらしく、最大の手札をついに切ったらしかったのだ。
オーディンの最大の手札なんて、誰か決まっている。
雷神トール。
オーディンが信仰された時代には、オーディンの息子という設定にされた、世界でも最強の雷神の一角。
ゼウスと並ぶ、もっとも著名な雷神だろう。
ノルマンの凶猛な民が大喜びする要素を全部のせした、破壊の権化。
個人武勇をもてはやした時代の亡霊とも言える信仰。
それでありながら航海の神でもあり、農耕の神でもある存在。
「ちょっと近づける気がしませんね。 これは……」
「うかつに近寄るな。 トールは必殺必中の逸話を持つ、ミョルニルを持っている」
ミョルニル。
通称トールのハンマー。
トールですら、特別なベルトと手袋をして、それでやっと振るう事が出来る最強のハンマーであり。
投げれば必ず命中し、そして相手を必ず殺す。
オーディンの槍であるグングニルもほぼ同じ性能を持っているが。
それより更に荒々しく。
必殺というよりも、必ず破壊するとでも言う方が正しい代物である。
エヴァンジェリンさんが警告するまでもなく、距離を取って見張っている皆が、緊張している。
ここで気配を感じ取れないような魔祓いは。
呼ばれていないのだ。
林西さんが来た。
菖蒲さんもいる。
他にも、林西さんと同レベルの魔祓いが二人。
ともかく壁を展開して、それからだ。
林西さんが、作戦について説明しようとしたその瞬間。
更に、もう一柱。
何かが出現したようだった。
「!」
「これはまずい」
「どうしたの」
「ヒドラだ。 今、俺がヘラクレスを呼ぶ。 絶対に手を出すな」
ヒドラ、か。
燐火も調べた。
ヘラクレスですら滅ぼせなかった、十二の難行における最強の怪物。
9とも100とも言われる首を持ち、首を切り落とされても即座に再生するだけではなく。
一番大きい首は不死であり、何をやっても殺せなかったため、石で潰して封印するしかなかった最強の怪物だ。
ケルベロスにとっては兄弟であり。同じくテューポーンとエキドナの子である。
そして、その性質は。
即座に林西さんに話す。
燐火がギリシャ系の魔祓いだと言うこともある。林西さんが即座に信じてくれた。それだけ、燐火が戦績を上げているという理由もある。
何より、だ。
「トールを倒したのは、ヨムルンガルドの毒です。 そしてヒドラは不死の怪物。 トールとは相性が最悪です」
「そうなると……」
「前線で、状態を確認した方がいいと思います。 物語に墜ちているという点では、トールもヒドラも同じ。 だとすると……」
「本命の相手はヒドラか」
ケルベロスによると、ヘラクレスが来てくれるまで五分。
それまで、待つしかない。
凄まじい雷が落ち続けている。
これは、もう戦いが始まったな。
横殴りに、鼓膜が破れそうな稲妻と、更には衝撃波と光。
恐らくは、ミョルニルが直撃したのだ。
ヒドラは、だが。
不死だ。
不意に、ばつんと音がして、雷が止んだ。豪雨も止まる。
これは。
気配が、一つ消えた。
ヘラクレスさんが来るまで、最悪足止めをしなければならない。ヒドラなんか市街地に放ったら、どんな被害が出るか分からないのだ。
林西さんが、燐火と日女さん、菖蒲さんとエヴァンジェリンさんに声を掛ける。カトリイヌさんも行くと行ったが、壁を展開してくれと頼まれて。しぶしぶ背後を守る。燐火はついていく。
山の上では。
雄々しい雷神が、巨大な蛇に巻き付かれ。
その首筋に、食いつかれていた。
「こ、これが不死の者にすら極限の苦痛を与え続けるという……ヒドラの毒か」
「然り。 そして貴様のハンマーは、不死には無力だ。 残念だったな、世界最強の雷神。 残念ながらおまえを殺し尽くすことは出来ないし、俺も物語に墜ちた身だ。 不死は完全ではないが、おまえを数百年は顕現させないレベルのダメージを与えることができただろう」
「ぐっ……オーディンの腹黒親父めに言われて、息子の仇を取りに来たが、それすらかなわぬか……」
「諦めろ。 この国の神々に俺は干渉するつもりはない。 戻ったらオーディンの腹黒に伝えるのだな。 手札をなくした今、老醜のおまえ自身が来るか、それとも諦めるか。 もっともこちらには、オーディンの天敵がいるが」
フェンリルの事だな。
しかもヴィーザルがやられた今、フェンリルに対応できる存在はいない。
横に、降り立った。
ヘラクレスさんだ。
その偉容に、おおっと声が上がる。
日女さんですら驚いていた。
散開。
声が掛かると、消えていくトールを締め付けていたヒドラから、皆が距離を取る。ヒドラも見た感じ無事ではない。
信仰されていた時代だったら話は別だったのだろうが。
ヘラクレスさんが声を掛ける。
「久しいなヒドラ」
「ヘラクレスか。 あの時は俺の友を良くも踏み潰してくれたな。 おまえにも必死に立ち向かった気の良い奴であったのに」
「ああ、非力だが勇敢な者だったな。 故に気の毒であったから星座にしただろう」
「ふん……」
ヒドラが、舌をちろちろと出しながら、ヘラクレスさんに向き直る。
ミョルニルの直撃で無事ではなかったようで、首は一つを除いて焼き切れていた。
ただ、これは。
ヒドラもまた消えていく。
「俺は雇われてきただけなのでな。 この国では俺が愛されているようで、居心地がいい。 ヒドラという種族だと勘違いされているのは癪だが、それでも八百万の神々という考えは好きだ。 だから、多少気にくわなくても雇われてやった。 仕事はこれだけだ。 帰る」
「……」
「そこのギリシャ系の魔祓い。 ケルベロスと共にあるもの。 兄弟が力を貸している者のよしみで教えてやろう。 俺を雇った奴は、生半可な魔ではない。 そして、おまえが想像している者でもない」
「!」
さらばだというと、ヒドラが消えていく。
どういうことだ。
フェンリルではない、ということか。
フェンリル以上の魔獣なんて想像も出来ないのだが。
あるいは……。
ともかく、戦いは避けられた。オーディンは恐らくだが。もう恐ろしくて介入できないだろう。
トールという最強の手札を失った上に、フェンリルがいる可能性があるからだ。
だが、それは。
そんな危険な相手に。しかも今のヒドラの言葉からして、下手をするとフェンリル以上の存在に。
燐火が挑まなければならない事も意味していた。
(続)
※北欧神話の神々の弱点について
不死だの無敵だのの設定が飛び交う神話の世界ですが、北欧神話の神々は普通に老います。
これは普段は女神イズン様(一部でポンコツと知られ、一部でアイドルとして知られる)の管理されているリンゴで若返っているからで、このリンゴがなくなって神々が大慌てする逸話があるほどです。
更にはラグナロクの時には多くの神が魔の手に掛かって殺されます。
北欧神話の神々は強力な設定を持っていますが、不死でも不老でもありません。
そういう相手と戦う場合は、極めて不利です。
たとえ世界で最も有名な雷神、トールであっても……
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