魔法少女アギア・ケルベロス~俺は地獄の番犬ではない 作:dwwyakata@2024
食肉目……犬猫熊などですが、現在武装した人間を除くと最強の陸上肉食獣がこれから排出されています。その中で最強は、恐らくですがシベリア虎でしょう。
ガタイはコディアックベアやホッキョクグマの方が三倍くらい有るんですが、シベリア虎はとにかく機動力と殺傷力に特化している、極大サイズの暗殺者です。実際シベリアで羆は良くシベリア虎のおやつにされているのが現実です。
まあそれも現在だから偉そうに出来ているだけで、恐竜がいた時代だったら恐竜のおやつにされるだけだったでしょうが。
いずれにしても武装した人間を除けば陸上最強の肉食獣、虎の魔が姿を見せます。
杏美が歩いた。
それだけで、おとうさんとおかあさんは大喜びだ。
二学期の半ばほど。
燐火が中間テストでほぼ満点を取って、戻った翌日のことだった。
まだ食べているのは離乳食だが、それでもぶきっちょに歩いているのを見ると、燐火としては確かに親が喜ぶのも分かる。
ただ、燐火はこういうのとは無縁だった。
それにまだ長時間は歩けない。
もう少しすれば、助けがなくても歩けるようになるだろう。
勿論、燐火のテストの結果も褒めてもらえた。
ちゃんとおとうさんとおかあさんは、それを立派にやってくれる。それだけで、充分なくらいだ。
涼子からメールが来る。
テストの内容も、やはりかなり難しいようだ。
話を聞く限り、やり方を事前に知っていないと絶対に解けないような問題がかなり出てくるらしい。
数学なのに。
実際は暗記問題だ。
そう言って、涼子が愚痴っている。
暗記暗記で流石にうんざりしているようだった。
「これじゃ科挙試験だよ。 あっちほど酷くはないけど」
「ああ、あの悪名高い」
科挙試験。
中華で隋の時代から始まった国家試験制度だ。
誰でも受けられ。
合格者は誰でも高官に抜擢される。
それもあって、誰もが受けに行った、といえば聞こえは良いのだが。その実態は、大いに問題があるものだった。
内容が、暗記主体だったのだ。
それも儒教道徳関連の教養本が主体だった。
凄まじい量の文章を丸暗記しなければならない試験で、幼い頃から専門の講師について、二十歳で受かれば良い方。
苦学して受かった例もあるにはあるが。
極めて少ない例外中の例外である。
ちなみに唐の時代に日本から遣唐使で渡ってコレに受かった人間がいる。阿倍仲麻呂という人物である。天才だったのだろう。
いずれにしても、これでは富裕層の人間しか実際にはほぼ受からないし。
何より受かったところで、儒教道徳を洗脳に近い形で丸暗記しただけの人間が高官に抜擢されるだけである。
試験制度、誰でも受けられる、という点では極めて画期的だった。
それについては全くの事実だろう。
その内容についてはあまり最後まで改められず。
最終的には、清の時代までこの問題だらけの科挙は続いていくことになる。
涼子はそれに例えた。
確かにやり方を知っている、普通では思いつかない問題を解かせるのは、それは学習と言えるのだろうか。
著しく疑問だ。
確かに高等数学などは、そういった数学を独自の発想ですらすら解いていく事が必須かもしれないが。
それが出来ることは、「頭が良い」というよりも。
それに特化した頭を持っている、事になる。
涼子がぼやくのも当然だろう。
高級官僚に高学歴が多いのに。
アホが多いのも、色々と納得させられてしまう。
「そちらの中学だと、まだ上に二人いる状態ですか?」
「いや、一人はこの間追い抜いたよ」
「それは良かった」
「司法試験を大学の在学中には取りたいんだ。 そのためには、まだまだ足踏みなんてしていられないからね。 それに馬鹿親の監視もしないといけないし」
男性の中では性豪とかいって、下半身にだらしない人間を褒めちぎる風潮が一定数あるらしいが。
燐火としては、こういう被害者を見ていると反吐しかでない。
ともかく、いくつか話をしたあと、外に出る。
気配で分かった。
かなりやばいのが出た。
複合魔か、どこかの悪神だろう。それもダイモーンの気配があるとしたら。
スコルの一派かもしれない。
杏美はおかあさんが面倒を見ている。
ランニングしてくる。
そう言って、外に出る。
さて、無事に戻れるか。だが、スコルの背後にフェンリルがいた場合。もしも好き勝手にさせたら、はっきり言ってこの町くらい一瞬で滅びるだろう。なすすべすらもないはずだ。
フェンリルは(実際には武勇に別に優れていないとはいえ)主神オーディンを食い殺すほどの存在だ。
フェンリルが本当に背後にいるのかは分からないが、それくらいの警戒はしないとまずい。
現地に向かう。
日女さんから連絡が入る。
「具現化したのは恐らくインド系だ」
「インド系ですか」
「幸い、仏教はインド起源だ。 菖蒲姉と林西さんで対応できる。 ただ……」
「なんでしょうか」
どうも獣の魔であるらしい。
また獣か。
いずれにしても厄介な話だ。ともかく現地に急ぐ。今回は一柱だけのようだが。
それでも、かなり危険な相手だとみて良いだろう。
現地近くで、日女さんと合流。
インド系だということで、仏教系の魔祓いが主体で集められたようだ。
魔が降臨した山は封鎖されていて、自衛隊が守りを固めている。自衛隊も色々特殊装備はしているようだが。
流石に自衛隊と一目で分かる格好はまずいのか。
工事業者を装っているようだ。
いずれにしてもダイモーンを媒介の一つにしている以上、燐火が出ざるを得ない。
エヴァンジェリンさんも来ていた。
寝起きでかなり機嫌が悪そうでむくれているが、これは相手にスコルが加わる可能性があるから、である。
「結界、展開完了!」
「民間人避難完了!」
「魔祓い、突入開始します!」
「了解! 武運を祈ります!」
敬礼を受けながら、林西さんを戦闘に、敵地に向かう。
たくさんダイモーンがいる。
右に左に聖印で打ち払うが、たいした奴はいない。強大な魔は山頂付近に陣取っており、非常に危険な気配がする。
ケルベロスが警戒しろと敢えて言ってくる位だ。
燐火も、これはまずいと即座に判断していた。
山の上では、凄まじい悪運が漂っている。ダイモーンと融合しているのだろうが。それにしても、この力は。
即時で展開。
そこにいるのは、虎だった。
生半可な虎ではない。
明らかに、魔たる存在だった。
既に林西さんと菖蒲さんはそれぞれ明王を展開している。インド系で虎というと。
林西さんが、先に正体を当てていた。
「貴様ドゥルガー神の乗騎であるドゥンだな」
「然り。 我は偉大なる戦いの神であるドゥルガー神の乗騎ドゥン。 この国に少しばかり用事があって参った」
「よりにもよって虎、しかもあのドゥルガーの関係者か」
ぼやく日女さん。
燐火も神話は調べているから分かる。
ドゥルガーは元々インドで信仰されていた神をヒンドゥーに取り込んだもので、神々の怒りから生じた神とされる。シヴァの妻の一人であり、パールバティの化身とされることもあるが。
その性質は残虐な戦いの神であり、乗騎である虎ドゥンにまたがり、あまたの神々の敵を屠ってきた凶暴な戦神である。
更にこのドゥルガーの怒りから生じたカーリー神に至っては、もはや破壊と殺戮の権化であり、敵の血を啜り尽くして倒したりと、もはや神とは思えない残虐性を持っている。更にはカーリーと言えば、インドに実在した暗殺集団タッグともタギーとも言われる存在の信仰母体であり。
この集団は6世紀近くにわたって活動を続けた挙げ句、合計して百万以上とも言われる被害者を出した筋金入りのカルトである。
つまりインド神話の暗黒面の象徴とも言える存在で。
それの乗騎となると。
当然、破壊と殺戮が先に出るわけだ。
何より虎は、単騎の肉食獣としては雄ライオンと並ぶかそれ以上の最強の生物であり、熊を更に上回る戦闘力を持つ。
何もかもが最悪だ。
油断などすれば、一瞬で食い殺されるだろう。
全員が警戒する中、ドゥンはふんと鼻を鳴らす。
随分と余裕があることだ。
「先に我の同志であるウェウェコヨトルが受け入れられたと聞いたが、それは本当か」
「……この国の信仰に受け入れられることを了承した。 今はそれで、神社で祀ることにしたが」
「それは重畳。 やはり八百万の神を信仰するこの国は懐が広いな。 ムスリムと苛烈な争いをし、他の信仰を追い出し続けたインドの地とは随分と違う」
ドゥンは今のところ話を聞くつもりのようだが。
スコルがオーディン一派の戦力を削り続けているのと、これは一致した行動であるのだろうか。
ちょっと分からない。
ともかくとして、無言で周囲を囲む。
いつでも戦闘を行えるように張り詰める中。
ドゥンは、やはりよく分からない行動に出た。
「それでは我も受け入れてくれないだろうか。 我の主であるドゥルガー様ですら、仏教の眷属神格として受け入れられていると聞いている。 我もまた、受け入れられることは可能だろうか」
「……貴様を呼び出した存在について話すことは出来るか」
「残念ながら我にも仁義がある。 それは出来ない。 ただし、この国で祀ってくれるというのであれば、人間には一切害を為さないと約束しよう。 我は魔に近い存在ではあるが、其処のケルベロスと同じく神の側の存在だ。 ここにいる使い手達はかなりの腕とみるが、我と戦って被害をなしで抑えきれるかな? 交渉としては悪くないと思うがね」
「分かった。 交渉を頼もう。 ただ、ダイモーンは祓わせて貰う」
くつくつと、人間らしく笑うドゥン。
燐火がダイモーンを祓うと、別に痛みを感じている様子もない。一応、燐火としてもこの戦闘神格の乗騎に聞きたいことがあった。
「さっき散々ばらまかれていたダイモーンは、貴方がばらまいたものですか?」
「そうだ。 こちらとしても交渉をしたかったのでな。 手っ取り早くこの国の手練れを集めたかった。 人がいないところにばらまいたのだ。 理性的だろう?」
「人がいないところであろうが、爆弾をばらまくようなものですが」
「そうだな。 それは失礼した。 我は交渉を飲んだぞ。 そちらは約束を果たしてくれるのだろうな」
林西さんが連絡をつけたらしい。
神社を建てて祀ることに決めたそうだ。
虎の神となると、日本では被害が出ていないこともある。それなりに信仰は集まるだろうという話であり。
実際方角神の一角である白虎など、実際に信仰されている虎の神格はいる。
ドゥンはそれを聞いて喜んでいた。
「ドゥルガー様は信仰を受けているが、我はあくまで乗り物だ。 我を独自に信仰してくれる存在はありがたい。 やはり呼ばれて良かったな」
「ドゥルガー神はそれを許したんですか」
「あのお方はすっかり今や力と情熱の象徴としてあがめられている。 カーリー様と同じでな。 戦場を駆け敵を討ち取る存在ではなくなった。 我の出番は既にないのだ」
「……」
そういう意味では、物語に堕した存在達と同じか。
ヒンドゥーは未だにインドで信仰はされているが。
そのあり方には、カースト制などの悪しき側面が伴っており、それもあって反発もまだまだ多いようだ。
仏教がまたインドで少しずつ勢力を広げようとしているようだが。
それでカースト制という最悪のシステムが排除されるのであれば、いいのだけれどと燐火も思う。
ドゥンがおとなしくついていく。
これから地鎮祭をやって、神社を建てるそうだ。
虎をトレードマークにしている野球球団がいるそうなので、其処の信仰対象に虎神社として建てるとか。
その正体が残虐な戦神の乗騎であるなど、誰も気にしない。
まあ、それくらいの緩い信仰で良いのだろう。
日本に入ってきた外来系の神々なんて、元はそういった輩が幾らでも存在していたのだから。
さて、これで終わり、とはならない。
これほど強力な手札を、敢えて相手は放り捨てたとみて良い。
ウェウェコヨトルだって決して弱い悪神だった訳ではないはずだ。
ドゥンに至ってはインド神話でも上位に入る戦神の乗騎である。弱いわけがない。
それを立て続けに捨てた。
何を相手はもくろんでいる。
ただ内部から自壊して、どんどん人材が流出しているというのならそれは良いのだけれども。
どうにもそうとは思えなかった。
後は地鎮祭と護衛班に任せて、休憩を入れる。
家に戻ろうかと思った瞬間、また強い気配が現れる。
またか。
即座に腰を上げるが。
今度は、カトリイヌさんがこれは、と声を上げていた。
「今度は悪魔か?」
「いえ、気配に覚えがあります。 これは北米系のネイティブ信仰の気配ですわ」
「北米系か」
北米のネイティブでは、いわゆるアミニズムに始まり、動物信仰などが行われていた。
これは北海道のアイヌの信仰などにも似た部分がある。
北米は今や一神教による独壇場の地だが。
ネイティブはかなり頑強に抵抗を続け、今でも一定数が生存し、信仰を守ることに成功はしている。
そういう点では、信仰を全て奪われ、皆殺し同然の目に遭った南米の文明よりは状況がマシかもしれない。
「対応できる魔祓いは」
「こちらから連絡しますわ。 幸い北米ネイティブの魔祓いは、多少は数がいますのよ」
「父はドゥンの護送。 私が行くけれど、この気配だと対応できるかな」
「菖蒲姉が対応できなかったら、この場の誰にも勝てねえよ」
日女さんがぼやく。
このタイミングでの連続出現、恐らく偶然ではないだろう。
しかも、場所はさっきドゥンが出現したのと同じ地点だ。自衛隊もあわててバリケードを張り直しているようである。
家に連絡。
少し遅くなると連絡は入れておく。
嘆息すると、即座に山に。
今度のは、さっきのドゥンと違って、なんだか妙な気配だ。こっちを馬鹿にしているというかなんというか。
また山登りで、カトリイヌさんが結構バテている。
それなりに鍛えている筈なのに、体力がないなあ。護衛の人も、今日はセバスティアンさんだけだ。
若い無口な方がいない。
「北米ネイティブの魔祓いはいつ頃到着しそうだ」
「ちょ、ちょっとお待ちください、まし。 さ、三時間、くらいで、ヘリで」
「そうか。 背負ってやろうか」
「結構ですわ!」
日女さんに、カトリイヌさんが流石に怒るが。
エヴァンジェリンさんがちょっと遅れているのを見ると、どっちも燐火は心配になってくる。
今回は菖蒲さんだけが来ていて、ほかの仏教系魔祓いは下で壁を展開している。
ともかく、またダイモーンの気配がするし。
燐火が行かなければまずい。
連続で出現か。
また面倒なことをしてくる。
敵の手札は思った以上に豊富なのかもしれない。
厄介な話である。
不意に、何かが側に来た。
即座に鉄パイプをたたき込むが、それはアニメみたいな……それも大昔のカートゥーンみたいな動きで回避すると、ゲラゲラ笑いながら森の奥に消える。
イヌ科に見えたが、なんだあれ。
ともかく、極めてトリッキーだ。
今度は上か。
手が伸びてきて、カトリイヌさんの貫頭衣を引っ張ろうとした。それもスカートをだ。
カトリイヌさんがなんかかわいい悲鳴を上げるなか、日女さんが即応。
即座に回し蹴りをたたき込むが、やっぱり手がするっと消えていく。
げたげた。
笑い声が続く。
菖蒲さんが、即座にエヴァンジェリンさんを抱き寄せる。
地面から生えてきた巨大な口が、エヴァンジェリンさんがいた地点をばくんとかみつぶしていた。
これは、なかなかにまずいな。
ずっと響いている笑い声も、頭がおかしくなりそうだ。
セバスティアンさんが、連絡を入れる。
これは三時間耐えるのは、厳しいかもしれない。
「思ったよりやるねえおまえ達。 僕ちんがちょっと様子見に来たけれど、それで正解だったかな?」
「貴方は。 私は平坂燐火と言います」
「おお、ちゃんと名乗るねえ。 僕ちんは名前なんかないよ。 強いて言うならコヨーテだね」
けきゃきゃきゃきゃと、甲高い笑い声。
コヨーテ。
北米ネイティブに伝わるトリックスター。
神格としてはずる賢さの象徴のようなもので、欧州、一神教における狐のようなものである。
とりあえず、死角をなくすように陣を組む。
ずっと響いてくる笑い声が集中を乱すのもあるが。
何をしてくるか分からないし。
何より北米ネイティブの魔祓いが来ないと、有効打を入れようがない。
ただ、既にルーンを切っているエヴァンジェリンさん。これは、何かしら対策があるのかもしれない。
「ロキやヘルメスのようなトリックスターだな。 とにかく気をつけろ。 予想もしない戦術で来るぞ」
「分かってる」
ケルベロスの警告はよく分かる。
集中。
今の時点でダイモーンを潰されるとまずいはずだ。それもあって、最終的に燐火を狙ってくる筈。
周りは、他の人に任せる。
今は。とにかくだ。
剣道で師範と向き合ったとき。
充子と向き合ったとき。
そういった時の、極限集中を維持する。
左。
日女さんが対応した。
後ろ。
菖蒲さんがはじき返した。
そして、来る。
二歩下がりつつ、鉄パイプを抉り上げる。
斜め上から狩りに来たコヨーテの爪が、完全に砕け割れていた。
「いってえええっ!」
「入りましたね」
「て、てめ、やりやがったなあ! 僕ちんになんで攻撃が入るんだよ!」
「攻撃の瞬間だったからですよ」
飛び退こうとするコヨーテに、そのまま聖印をたたき込む。ダイモーンが爆ぜるのが分かった。
これはまずいと判断したのか、コヨーテが逃げに掛かるが。
次の瞬間、光のひもをエヴァンジェリンさんが出現させ、コヨーテを縛り上げていた。抜け出そうとするが、地面に墜ちて転がるコヨーテ。
「な、なんだよコレ!」
「さて何だろうな。 天才たる私が……」
「なーんてな」
コヨーテの口から、中身が飛び出す。
それは更に小さいコヨーテだった。小さいコヨーテは多数に分裂。四方八方に逃げ散っていた。
これは、追えない。
「厄介な相手だ……」
「でも、戦闘神格としての力は失ったようですね。 あれは戦闘を出来る肉体ではないですよ」
日女さんに、燐火が逃げていくコヨーテたちを見送りながら言う。
倒れている縛られたコヨーテは、熊ほどもあるサイズだ。
脱皮するように戦闘神格を捨てていき。
代わりにトリックスターとしての本体だけで逃げていったのか。
厄介な奴だ。
「燐火は戻ります。 それで、どうしますこれは」
「こちらで責任を持って処理しますわ。 予定通りきちんと魔祓いは来てくれるようですので」
「それにしても面倒な奴だ。 トリックスターは何をしでかすか本当に分からん」
「……ここだけの話、北欧系の魔で最後まで一番魔祓いを苦労させたのはロキだったらしいのだ」
エヴァンジェリンさんが言う。
今のルーンについての話はしない。
あれがグレイプニルだったのかは分からない。ただ、前に言っていた作成期間を考えると、もう完成していてもおかしくないはずだが。
「今逃げ散ったコヨーテは集合体としての魔だった。 悪神に近いとも言える。 だが、人間に実害を与えるというよりも、恐らくは西洋の悪魔のように、悪意を耳に注ぎ込んで、悪行をさせるタイプだ。 天才たる私は見ていたが、十二体はいた。 あれを全部倒さない限り、この辺りは安全とはとても言えないだろうな」
「それに今ここに出現したのも気になりますね。 ドゥンに対処させて、弱ったところで仕掛けてきたのじゃないでしょうか」
「その可能性はある」
日女さんが、とりあえず戻ろうと言う。
それで戻ることにする。
とにかくぐっと疲れる相手だった。
もしも敵が、遅滞戦術目的でコヨーテを出してきて。
あのコヨーテは、特性を生かしてやりたい放題をしてくるとなると。
燐火だけでは対処できない。
ともかく今は、北米系ネイティブの魔祓いの到着を待ち。
反撃に出るしかなかった。
分裂したコヨーテの一体を追い詰める。
北米ネイティブの魔祓いが、とにかくおちょくって回るそいつに対して、何かしらの印を突き止め。
そして言葉を放つと。
コヨーテは、風船のように破裂して、何もいなくなった。
「これで三体目か」
「厄介な話だ。 これほどの数のコヨーテが一度に現れた例は、近年米国でもない」
そういったのは、逞しい肉体を持つ壮年男性の魔祓いである。
いかにもネイティブという格好はしておらず、ジーンズにシャツというアメリカンスタイルだ。
ネイティブの文化を継承してはいるが。
今のアメリカのあり方を拒絶もしていない。
そういう風に振る舞うことで。
反発を受けず。
ネイティブの中からも認められる。
そういうあり方を目指しているそうだ。
四角い顔のごついおじさんだが、とてもよく考えていると言って良い。
アメリカではFBIが魔祓いの部署を作っているらしいが、ネイティブ系の魔が出た場合は、いの一番に投入され。
給金も下手な士官より貰っているそうだ。
今まで、街に散ったコヨーテは、とにかく悪さの限りを尽くしていた。
人を殺すような真似こそしていないが。
電子機器を狂わせたり。
人間が何もないところで転ぶように仕掛けたり。
明確な悪戯である。
何か恐ろしいものがいる。
そう錯覚するように、幻覚も見せているようだ。
それで化け物が出たと、騒ぎになっている。
そういう騒ぎで人間が驚いて慌てるほど、コヨーテの力になる。
全部倒したときには、どれほど力を増している相手とやりあわなければならないのか。少し心配だ。
「次が見つかった!」
「すぐに行く」
休憩している時間もないな。
燐火も当然出向く。
ダイモーンと融合しているのだ。燐火がいかないと、完全に祓うことは出来ないのである。
今度の奴は道路のあちこちに穴を掘って、モグラ叩きみたいに顔を出して、人間を脅かしていた。
訳が分からない生き物がいる。
そう通報があって、発覚したのだ。
これでは見つけてくださいといわんばかりである。
十二体が分裂したようだが、その後更に分裂している可能性も捨てきれない。
毎度力を増しているとすれば。
倒して弱体化するかも怪しい。
そしてまた合体して、戦闘神格になる可能性もある。
ともかく、今は少しでも相手の手数を減らさなければならない。
日女さんが押さえ込んでくれていた。
だが、それでもかなり厳しい状態だ。
モグラ叩き同然に、住宅街の道路にあいた穴から、次々とコヨーテが顔を出し。古くのカートゥーンみたいにベロベロバーとして。
それで日女さんをおちょくりまくっている。
時々日女さんも痛打を入れているようだが。
それでもどうしても簡単にはいかないようだし。
負傷した一神教系の魔祓いが、引っ張られて後方に下げられているのも見えた。文字通り遊んでいる。
そして負傷させて、それでこちらのリソースを割いている。
コヨーテ、侮れないな。
此奴、いやこいつらか。近代戦術を知っている。
即座に対処に掛かる。
日女さんが、燐火達が到着したのに気づくと、今まで四方八方から攻撃を受けていたのを一転。
神おろしの出力を上げて、コヨーテの背後を取り。
一気につかんで締め上げた。
コヨーテはそれからするりと抜け出したのだが。その瞬間、ネイティブの魔祓いの人の言葉が炸裂し。
コヨーテの顔面がザクロみたいに爆ぜた。
更には燐火も魔祓い。
ダイモーンを消し飛ばす。
それでコヨーテが消えていく。
四体目か。
尻餅をつく日女さん。
最近では神おろしの負担がだいぶ減ってきているようではあるのだが。それでもかなり負担はあるようだ。
ましてや今日は、何度も使っているのである。
前は全力展開で翌日全身筋肉痛だと言っていたが。
今もかなり負担は大きいようだ。
「きりがない」
「そうだな。 まだ気を抜くな」
「!」
反応は燐火と日女さんが同時。
一緒に来ていた自衛隊員の後ろから、抜き足差し足で忍び寄り、角材を振り下ろそうとしていたコヨーテ。
それに日女さんが蹴りをたたき込み、角材を燐火が鉄パイプでたたき落とす。
コヨーテは、わあ見つかったあとか大げさに言いながら、カートゥーンみたいに逃げようとするが。
それも残像を作って回り込んだネイティブの魔祓いの人が。
たくましい筋肉をむき出しに、地面にたたきつけ。直に聖なる言葉をぶち込んでいた。燐火も即時で聖印を切る。
立て続けに二体。
でも、今のは力が弱かったように思う。
それは、既に懸念している事態。
分裂している可能性があるということだ。
「こちらを翻弄して、徹底的に疲弊させるつもりみたいですね」
「絵に描いたような遅滞戦術だ。 戦術を知っていやがるし、自分の体を切り捨てることをなんとも思っていねえ。 厄介な奴だ」
「動物としてのコヨーテと違い、魔としてのコヨーテはこういう輩だ。 ただ、最終的には敗れる。 そういう存在だ」
ネイティブ系の魔祓いが、座り込むとスポーツドリンクを飲み干す。
日本製のスポーツドリンクだが、これが大のお気に入りらしく、日本に来てから大量に買い込んで飲んでいるそうだ。
ともかく、消耗が激しいが、それでも動かなければならない。
程なく、また連絡が来る。
すぐに動かなければならなかった。
※コヨーテについて
北米神話のトリックスターです。北米神話と言っても色々あるので、一概に全てでそうではありません。中には文化英雄であるケースもあります。
このコヨーテは以前別の自作でも扱ったことがありますが、本作ではトリックスターらしい戦い方を見せて燐火を翻弄することになります。