魔法少女アギア・ケルベロス~俺は地獄の番犬ではない   作:dwwyakata@2024

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子供の頃の一学期二学期はとても長いものです。

これは時間の感覚が大人とは違うからですね。

二十歳までの体感時間と、残りの人生の体感時間は同じ。

そういうものです。





3、懸念の先に

二学期もそろそろ終わる。

 

この時期になると、部活の三年生は既に部活を切り上げている。高校だと既に三年がいない場合もある。

 

引き継ぎが行われていて。

 

小川先輩が、部長がやるべきことを次々に仕込まれているようだった。

 

部長は来年から、高校での空手部が楽しみらしい。

 

まあそれはそうだろう。

 

八子さんが親族にいる。

 

そして高校生になると、あまり大人と体格も代わらなくなってくる。うまくすると、大学生などと組み手出来るかもしれない。

 

それはとても面白い事なのだろうと思う。

 

空手が好きであるのなら、だ。

 

燐火は黙々と的の調整をしたり、ルーチンを部活でこなす。

 

昔の部活みたいに、一年は延々と球拾いだけとか、雑用だけとか、そういう馬鹿みたいな事をやらせた挙げ句。

 

社会に出たときの訓練がーとか抜かして、子供の大事な時間を棒に振らせるような部活は既に存在が許されていない。

 

そういった部活が実際に性犯罪などを起こしまくって、社会問題になったという事も理由としてはある。

 

国が重い腰を上げて、やっと改革をしてくれたのだ。

 

良くしたもので、それで地獄のようだった教師達の負担も相当に減ったらしい。更に雇用も創出されたようだから、良いことだらけだったのだ。

 

ルーチンをこなして、それで終わり。

 

小川先輩もだいたい引き継ぎは終わったようだ。

 

ただ、やはり悪評は絶えない。

 

部活に男がいるとか。

 

パパ活しているとか。

 

そういう心ない噂を流している輩はどうしてもいるのだが。

 

燐火が側にいることもあって、下手に手を出せないらしい。

 

燐火の噂は飛び火していて、半グレも燐火の名を聞くと恐れて逃げるだとか。反社の人間が怯えて土下座したとか、そんな話が出回っている。

 

それもあって、燐火の側にいるというだけで恐れられる状態だが。

 

逆にそのおかげか。

 

日根見ちゃんとかは、非常にのびのびとやれているし。

 

真面目清楚系とか言われて、変な目で見られていた鈴山さんも。燐火と一緒に帰っているのを目撃されてからというもの。

 

下心丸出しの男子が明確に近寄ってこなくなったらしく。

 

非常に快適になったそうだ。

 

ともかく、である。

 

部活は極めて快適に終わったので、後は家に戻る。ちなみに期末試験はまたほぼ満点だった。

 

ミスはケアレスミスだけ。

 

今の時点では、難癖をつけて点数を下げてくるようなアホ教師もいない。

 

杏美がどんどん歩くようになってきて、手が掛からなくなり始めていることもある。ただ、歩けるようになってくると。

 

今度は交通事故とかが怖い。

 

まだ外にデビューするのは早い。

 

おかあさんが、落ちているものを絶対に口に入れてはいけないと、徹底的に仕込んでいる。

 

言葉がある程度理解できるようになってきたので、杏美はたまにすねながらも、ちゃんと話は聞いている。

 

だが、外に出ると子供は悪いことから優先して覚えていく。

 

それもあって、自由をきちんと認めながらも。

 

色々と気をつけなければならないのも、事実だった。

 

おかあさんの体の方も、だいぶ回復してきたようである。最近ではまた鍛錬をよく見てくれるようになった。

 

まだまだ細かいところで修正がいる。

 

ケルベロスが、おかあさんが見てくれたあと、どういう風に修正すれば良いかを細かく追加でアドバイスしてくれるので、非常に助かる。

 

まだ背が伸びている事もある。

 

プロフェッショナルによるアドバイスはありがたかった。

 

取り合えず、竹刀を振るっていると。

 

ケルベロスが言う。

 

「時に燐火」

 

「うん」

 

「エヴァンジェリンが言っていたこと、覚えているな」

 

「相手は複合魔だって話だったね。 ひょっとすると、ウェウェコヨトル、ドゥン、コヨーテ、全てあいつから分離された存在なのかもしれない」

 

その通りだとケルベロスは言う。

 

更にだ。

 

今まで見た魔。

 

ガルムや。

 

あるいはスコルもそうかもしれないとケルベロスは言う。

 

さらっと言われたが。

 

もしそうだとすると、それらの神話的特性があらかた詰まっていることになる。手強いとかそういう次元の相手ではないだろう。

 

倒せるのか。

 

しかし、疑念もある。

 

それほどに強大な魔であるのだとすれば。

 

どうしてもっと真正面から攻めてこないのか。

 

奴は大量のダイモーンを取り込んでいた。それは間近で見て確認した。日本神話系の邪神もそれは同じだった。

 

ダイモーンなど。それほど強大な魔が必要とするか。

 

そもそも、目的がオーディンと同じだとするのであれば、だが。

 

もしも同じだった場合は、この国であがめられるようになる事を目的としているのかもしれない。

 

あれほどの様々な魔を取り込んでいた体だ。

 

何かしらの形で、あっさりあがめられる側に回ることは出来るはずだ。

 

そもそも仏教も、道教由来の神も、本来は外来種だ。

 

だが日本では問題もなく受け入れられている。

 

そういう懐の深い国で、そもそも争ってまで何かをする意味があるのか。競合していたにしても、オーディン一派を殲滅したのには、何か理由があったのではないのか。

 

ただ、その理由は。

 

恐らくだが、人間に対して良いものではないだろうとも燐火は思うのだが。

 

「嫌な気配は実はあのとき俺も感じてな」

 

「どんな気配?」

 

「俺だ」

 

「!」

 

恐らくだが、悪魔化されたケルベロス。

 

ダンテの神曲などに登場する、「地獄の番犬」という後で歪曲されたイメージ。それが、あの銀白の狼にはあったという。

 

だとすると。

 

今後は、下手をするとケルベロス……悪魔化した……それと戦わなければならない可能性すらあるのか。

 

ちょっとそれはぞっとしない。

 

しばらくルーチンを黙々とこなす。

 

それを終えてから、話す。

 

今は精神を落ち着かせた方が良いからだ。鍛錬を終えたあと、心を静かにして話すべきである。

 

「相手が悪魔化されたケルベロスだとして、何かまずい点はある?」

 

「俺が相手になっている場合は、ガルムやヘルハウンドと同一視されている可能性がある」

 

「ガルムは北欧神話の地獄の番犬だったよね」

 

「正確には「ヘル」のな。 地獄の語源となった場所だ」

 

ヘル。

 

ロキのこの一人であるヘルが支配する冥界。

 

基本的に勇敢な戦士以外は其処に落ちるとされる場所で、北欧神話の地獄に相当する。北欧神話では価値観が極めて脳筋で、勇敢な戦士が戦場で死ぬと天国であるバルハラに、それ以外は全部ヘルに落ちる。

 

ヘルはそういう意味で、地獄ではあるのだが。

 

バルハラがスポーツとして延々と戦士達が殺し合いを続け、死んでも復活し。その果てにはラグナロクにかり出され、それで全滅するというはっきりいって世界の神話でも一番行きたくない天国の一つであるため。

 

他に選択肢はないのかと色々考え込んでしまう話だ。

 

「ガルムは凶暴な地獄の番犬で、俺とは違う。 ラグナロクの際にはテュールと相打ちになって倒れるほどの凶悪な魔だ」

 

「ヘルハウンドは?」

 

「もう少し後の時代に考案された存在だ。 当時は悪魔として考えられていたギリシャ神話のへカーテ神の眷属だな。 へカーテ神はギリシャ神話の冥界のNo3だが、魔女信仰と結びつけられて悪魔化された経緯がある。 実際には欧州に存在していた魔女信仰というのは、本来土着の神であったハッグ神などを中心とした神々を信仰するもので、ギリシャのへカーテ神とはなんら関係もなかったのだがな」

 

「一神教にとってはどうでも良かったんだねその辺の神話的事情は」

 

その通りだとケルベロスは言って。

 

それで不機嫌そうになった。

 

いずれにしても、へカーテの眷属の犬たちは別に邪悪な存在でもなんでもないそうである。

 

元々へカーテそのものが、ギリシャ神話よりも更に古い神話の神々をベースにしているそうであり。

 

一神教が適当にレッテルを貼って貶めたことを、ケルベロスは良く思っていないらしい。

 

そもそも冥界のNO3という話だから、身内をけなされているようで面白くはないのだろう。

 

「そもそもヘルハウンドなどという呼び方が気に食わん。 ヘルは北欧神話の地獄であって、ギリシャ神話とは関係がない。 適当な名前をでっち上げおって……」

 

「とりあえず、それらの要素が混じった相手の可能性が高いとみて良いとすると、悪魔の一種と判断するべきかな」

 

「そうだな。 あの愉快なカトリイヌらが特攻となるだろう」

 

「これで一つ弱点はとれる、と」

 

問題は、あの銀白の狼が複合魔だということだ。

 

まだ多数の「獣」が混じり込んでいる可能性が高い。

 

ケルベロスに、いくつか思い当たる気配があった事を聞かされる。その中には、スキュラのものもあったという。

 

スキュラとは何か。

 

確認すると、丁寧にケルベロスは教えてくれた。

 

「いくつか逸話があるのだが。 スキュラは元は美しいニンフ(ギリシャ神話の妖精)でな。 其処をグラウコスという神に見初められた。 だがグラウコスがあまりにも醜かったため、スキュラは逃げ出してしまう。 グラウコスは困り果ててキルケーという魔女に惚れ薬の作成を頼むのだが。 キルケーはグラウコスに恋慕していたのだ」

 

「ドロドロだね」

 

「ああ。 その上スキュラーが水浴びをする泉に、グラウコスはキルケーから貰った「惚れ薬」を入れた。 結果、スキュラは下半身が複数の犬が融合した怪物に変化してしまった。 そしてその姿を見たスキュラは発狂し、人々を襲う怪物となってしまった。 一説には、沖合に住まう巨大な頭足類がモデルにもなっているそうだ」

 

それは酷い話だ。

 

完全にとばっちりの上に、スキュラにはなんら罪がない。

 

ただ魔と化しているのであれば。

 

人を襲う前に倒さなければならないだろう。

 

悲しい話ではあるが。

 

「スキュラを元のニンフに戻してあげることはできないの?」

 

「案外優しいな」

 

「いや、燐火は悪党以外にはそれほど暴力的に振る舞うつもりはないけれど」

 

「……今の時点では、聖印をたたき込んで無力化するしかない。 スキュラほどの魔だと厄介だが、それでも今の燐火だったら、強力なダイモーンと同程度の消耗で倒せるはずだ」

 

話を聞く限り、人々を襲う魔と化しているスキュラだ。

 

倒すしかないだろう。

 

とばっちりで怪物にされてしまったとしても、である。

 

酷い話ではあると、燐火も思った。

 

それから、更にいくつか話をしておく。

 

家に戻り、風呂で汗を流して。夕食を取る間にも、ケルベロスと心中で色々と会話をしていた。

 

杏美はまだあまり堅いものを食べさせる訳にはいかないので。話は途切れ途切れにはなるが。

 

またこのくらいの年から苦手な食い物が出てくる事もある。

 

そういうのも、できるだけ克服させた方が良いだろう。ピーマンやトマト、にんじんなんかも上手に克服できれば、後の食生活が豊かになる。

 

ちなみに燐火は食べ物はなんでも平気だ。

 

というか、平坂家にくるまでまともな食事なんてほぼしていなかった。

 

後から聞いたのだが、あの金木家に支配されていた街の学校では、給食業者がいわゆる中抜きをしていたらしい。

 

それも金木家が吸い上げていたそうだ。

 

その結果、金木家の人間にだけ豪華な給食が出て。

 

他の生徒は残飯同然のものを食べさせられ。

 

それに文句すら言えない環境が作られていた。

 

この業者は金木家の破綻と会社の倒産にともなってこれらのスキャンダルが流出し、関係者が多数逮捕されたそうだが。

 

そういうこともある。

 

平坂家にくるまでに食ったものを考えれば、ここで食べられるものは何でも大変においしい。

 

ただ、それはそれで。

 

燐火は食にあまりこだわりはなかったが。

 

寝る前に宿題を確認して、終わっているのをチェック。

 

後は寝る。

 

寝る前に思考するのはやめておけとケルベロスに言われているのでそうしている。比較的眠れる方だが。

 

今でも悪夢は見る。

 

ただ、今は。

 

悪夢の中で、延々と戦い続けている事が多い。

 

相手は金木家の人間で。全部鉄パイプで殴り殺しても立ち上がってくる。それを延々と殺し続ける。

 

どれだけ磨き抜いた太刀筋でも、鍛えた技を打ち込んでも。

 

殺しても殺しても起き上がってくる。

 

恐怖は感じない。

 

ただひたすら徒労感がある。

 

起きると、汗を掻いている事もある。そういうときは、ケルベロスが酷い夢を見たな、とだけ言ってくれる。

 

それだけで、大分気分が楽だった。

 

 

 

二学期が終わって、短い休みに入る。

 

三学期はすぐに終わるので、一年もそろそろ終わりか。

 

そういえば、一年になってすぐにぶちのめしたあのボクシング部に入れられた亀野。

 

腕のリハビリが終わった後、すっかり人間が代わったようになって。それまで塞ぎ込んでいたのを、ちゃんと今まで自分が痛めつけた相手に、自主的に謝りに回っていったらしい。以前祖父と一緒に謝りに回ったときは、反省していなかった。そう自省して、改めて殴られるのも覚悟の上で全員に謝りに行ったそうだ。直接暴力を振るっていなかった相手にも、謝りに回ったそうである。

 

燐火のところにも謝りに来た。

 

別人のように変わっていて驚いた。

 

その後は、ボクシングに極めて真面目に取り組んでいるそうである。

 

カスだった。

 

燐火がぶちのめした時は。

 

だが、それから更生できた。

 

それはとても良いことなのだろう。

 

勿論それからも警戒は解いてはいないが。それはそれとして、もしも更生したのなら。少し考えを改めなければならないかもしれなかった。

 

カスも更生できるというのは、あるのかもしれないと。

 

短めの休みだが、その間にダイモーンを片っ端から片付ける。

 

あの北欧神話の神々の壊滅以降、獣の魔は姿を見せていない。だが、あいつは。銀白の狼は。

 

明確に燐火を敵視しているとみて良い。

 

話しているときは、それほど意識している様子はなかったが。

 

後でケルベロスに、明確に意識していたと言われて。それでぞくりと来たのである。

 

あいつはまだ燐火が単騎で対処できる相手ではない。

 

話は嘘ではなかった。

 

コヨーテがとんでもなく強いと言っていたが、話通りである。問題は、その後どう動いてくるか、だが。

 

鍛錬をしていると、日女さんから連絡が来る。

 

「急いできてくれるか」

 

「分かりました。 複合魔ですか」

 

「ああ。 それも林西さんの寺に直に来やがった。 今、林西さんと菖蒲さんが応戦中だ。 下手をすると死者が出る。 急いでくれ」

 

即座に飛び出す。

 

連絡が他からも来る。

 

涼子からだった。

 

涼子の家からは、林西さんの寺が見えるのだが。そちらで大きな音がしたそうである。ドゴンと、何か崩れたかのような音であったらしい。

 

これはまずいな。

 

燐火はそう判断して、全力で現場に急ぐ。

 

公安の迎えは間に合わないだろう。走った方が早い。

 

今日は着替えている余裕もないな。

 

そう思いながら、全力で疾走する。

 

途中で繁華街を走り抜ける。ケルベロスが道をナビしてくれるが、かなり個性的なルートを用意してくれる。

 

壁を蹴って跳び、たむろしていた不良を飛び越えて行く。

 

呆然としていた不良どもが、燐火を見てひっと声を上げていた。恐らく以前燐火にぶちのめされた連中だろう。

 

逃げ出したようだが、どうでもいいので放っておく。

 

興味もない。

 

そのまま走る。

 

音が聞こえてきた。戦闘音だ。

 

林西さんと菖蒲さんがいる寺に直に仕掛けてくるとは、凄まじい。勝つ自信があって来たのか、それとも。

 

走ってきた日女さんと合流。

 

「エヴァンジェリンさんとカトリイヌさんは!」

 

「これから合流する!」

 

「分かりました!」

 

既に公安が出て、自衛隊も動いている。周囲から人を遠ざけているようだ。

 

バリケードの中に、身分証を見せて入る。

 

ここまで走ってきたが。

 

戦いに支障が出るほど消耗はしていない。

 

ただ、問題なのは。

 

この気配、ちょっと大きい。

 

林西さんと菖蒲さんが二人がかりで戦闘して、まだ倒せていない訳だ。それも納得の気配である。

 

全力で神おろしした日女さんと一緒に、現場に乗り込む。

 

そこでは、二体の明王と、巨大な……なんだろう。よく分からないものが、対峙していた。

 

「思ったより早かったな。 この国でも一線級の魔祓い二人の実力を直接確認しておきたかった。 おまえ達の実力も見ておきたい。 ああ、名乗っておこう。 俺の名は、黒い犬とでも呼んでくれ」

 

「ヘルハウンドとも呼ばれる存在ですね」

 

「おや、勉強しているではないか」

 

「林西さん、菖蒲さん、日女さん。 抑え込んでください。 対応します」

 

此奴自身は英国起源らしいのだが。

 

そもそもへカーテ神の眷属として作り上げられた存在だ。

 

もやもやだが、動くのを見ると若干犬らしいのが分かる。

 

ケルベロスが、不可解だとぼやくが。

 

菖蒲さんと林西さんが総力で抑えこみに掛かるのを、するりするりとあざ笑うように抜け。

 

それでいながら、日女さんの猛攻を片手間にいなしている。

 

魔女の手下の黒犬。

 

その程度にしては、強すぎる。

 

明王は別宗教の神格との交戦を想定した神々だ。それがこうも押されるとは。今も林西さんが冷や汗を掻き、菖蒲さんが全く余裕がない様子で立ち回っている状況だ。

 

日女さんが、振るわれた鞭みたいな尻尾をつかんで、押さえ込みに掛かるが。

 

メリメリと、凄まじい音がする。

 

八幡神の加護を受けているにもかかわらず、押さえ込むだけで筋肉が悲鳴を上げているのだ。

 

聖印を連続してたたき込む。

 

たたき込む度に、ダメージは確実に入っている。

 

それは分かる。

 

だが、そこからがおかしい。

 

どうも本丸に届いていないというか。ケルベロスも気づいているようだ。

 

「軽い。 ブラックドッグそのものは恐らく一神教系の魔祓いが来ないと対応できないだろうが、それにしてもダイモーンやへカーテ神の配下という点ではダメージが入る筈だ。 異常なこの実力といい、おかしすぎる」

 

「連続して聖印を切っていく」

 

「ああ、徹底的にたたき込め」

 

既に数十回、聖印を打ち込んでいる。

 

その間も明王を体に下ろした林西さんが、凄まじい打撃を連続して黒犬にたたき込む。だが、その全てをいなしながら、菖蒲さんの愛染明王の連続斬撃を綺麗に回避する黒犬。

 

逃れた先に飛び込んだ日女さんが、しなりをいれて回し蹴りを入れる。

 

勿論神おろし込みのものだ。

 

直撃すれば、アフリカ象が一撃で砕け散るほどの代物だが。

 

それを受け手も、もやもやが少し薄れてきた黒犬が、明らかににやりとしたのが分かった。

 

まずい。

 

押し切られる。

 

その時、場に複数の目を持つ異形の天使が飛び込んでくる。

 

お出ましだ。やっと来てくれたか。

 

「Amen!」

 

異形の天使、ソロネによる光の一撃。それが、真上から黒犬を押さえつける。

 

しかも二体がかりだ。

 

更に、天秤を持った天使。

 

ドミニオンが、剣を抜き、突貫。

 

黒犬に切りつける。

 

カトリイヌさんと護衛二人の到着である。そして文化圏的に一致する。特攻効果が入る筈だ。

 

流石にこれは、ダメージになる。全力で押し込まれる黒犬だが。

 

なんと、押し返し始める。

 

「くっくっく、だいたい力は分かった。 今までの威力偵察で把握した力で間違いないな。 後は成長曲線も含めれば、充分に対応できそうだ」

 

「まずい! 壁に切り替えて!」

 

日女さんが飛び退き、カトリイヌさん達が壁を展開する。林西さんと菖蒲さんも、同じく。

 

直後、寺の一部が、消し飛んでいた。

 

爆発を壁で押さえ込んだから、爆風は全部上に逃げた。だが、これは。寺は全部直さないといけないだろう。

 

消えていくのは、黒犬の気配。

 

黒犬は、今ので仕留めた。

 

だが、明らかに笑っている声がする。それが、消えていく。

 

「お遊びはここまでだ。 これからは本格的に活動を開始する! 俺の正体も含め、止められるものなら止めてみるがいい! 俺はフリッグのようなあばずれの半端物や、フルーレティのような小僧めとは違うぞ。 おまえ達は優れた戦士であり、全員が集まれば危険であることは把握できた! だが、そこまでだ! ここから俺に手を出せば、その時は死が待つと知れ!」

 

「人の家を吹き飛ばしておいて、言いたい放題言ってくれるね」

 

がれきを押しのけて立ち上がり。

 

菖蒲さんが、埃を払いつつ言った。

 

日女さんはへたり込むと、限界だとぼやく。

 

流石に現状の戦力では、日女さんもこれ以上の神おろしは無理だろう。

 

燐火もあれを相手に、肉弾戦で勝つ自信はない。

 

実力がついてきた。

 

だから相手の実力は分かるのだ。

 

これは、より一層の鍛錬がいる。

 

そう燐火は思った。

 

 

 

消防が来て、それで寺の「事故」が爆発事故として報じられる。ガスが原因とされたが、流石にキノコ雲まで上がった状態では無理がある。

 

どこかの国のミサイル攻撃ではないかとかいう陰謀論まで上がったが。それはそれで無理がある。

 

現在国際状況は極めてよろしくない。

 

大国同士が一触即発の状態だ。

 

実際、いくつかの文化圏の魔祓いは、相互交流が絶えているし。例えばいくつかの文化圏の魔祓いは、帰化している人間が呼ばれている。

 

国に戻ったら殺されるからだ。

 

ともかく、燐火は杏美の世話をしながら、考え込む。

 

黒犬……ブラックドッグ、そしてヘルハウンドとも言われる存在。

 

それと戦ってみて、分かった事がある。

 

あの中には、確かに気配があったのだ。

 

スコルの。

 

だとすると、敵は想像以上に危険なのかもしれない。

 

「ケルベロス、燐火の意見を言うね」

 

「ああ」

 

「今までスコルだと思っていた存在が、敵の本丸なんじゃないのかな」

 

「……俺も同じ意見だ。 あのスコルは、恐らくは表に出してもっとも効率的に動ける姿、なのだろう。 黒犬の姿を失っても平然としていたあの様子。 更には悪魔化された俺も内部に存在していたようだった。 だとすれば……」

 

相手は。

 

食肉目。まあ犬猫熊などが属している分類だが。

 

それらの魔の集合体なのではあるまいか。

 

だとすると、ウェウェコヨトルやドゥン、更にはコヨーテは、そこから切り離されたのかもしれない。

 

しかし、どうしてそういった存在が集合体になったのか。

 

恐らく食肉目の魔として最強なのはフェンリルだろう。

 

それについては異論の予知がない。

 

神々が総出でも押さえつけるのがやっとであり、最終的にラグナロクではオーディンを手もなく食い殺してしまうのだから。

 

「ちょっと強大すぎない?」

 

「いや、それにしては感じる力が弱すぎた。 はっきりいって、もしもフェンリルが中核にいるのなら、あの程度では済まなかったはずだ。 全世界の魔祓いが結集しても勝てるかどうかという相手だっただろう」

 

「だとすると、あれはなんなんだろう」

 

「分析を進めなければならないな。 日根見が言っていただろう」

 

そうだ。

 

正確な姿を知るには、正確な分析がいるんだ。

 

例えばペンギンだが。

 

骨格だけを見ると、とてもペンギンだとは思えない。

 

それくらい、荒々しく恐ろしい姿の骨格なのだ。

 

だが、我々はペンギンという動物を知っている。

 

ただ、地上ではよちよち歩いているか弱い鳥、というのは大嘘だ。ペンギンの翼は泳ぐのに特化しており、パワーも凄まじい。

 

大型種のペンギンになると、あの翼で叩かれると人間の骨くらいは簡単に折れるくらいのパワーがある。

 

また水中では凄まじい速度で泳ぎ回り、陸上での非力さが嘘のようである。

 

つまり、ペンギンという生物を、みためだけでか弱い存在と決めつけるのは間違っているし。

 

骨格から見て凶悪な化け物と決めつけるのも間違っている。

 

日根見ちゃんは生き生きと毎日新しい情報を手に入れていて、面白いと思ったデータはこちらに共有してくれている。

 

それで燐火も知識が増える。

 

無駄な知識なんて一つもない。

 

そう考えているから、燐火はあらゆる情報を、いつも新鮮に取り入れることが出来るし。それでどんどん出来ることも増える。

 

他の子がショート動画とかで暇つぶししている間に。

 

燐火はどんどん先に進んでいるのだ。

 

ただ、それでもなお。

 

まだ非力すぎると思う。

 

特に今回は相手が悪すぎるのだ。

 

それに、である。

 

もう一体の邪神。

 

あれは下手をするとフェンリル以上かもしれない。

 

日本神話の神々、特に天津神は。基本的にあらゆる戦いに勝っている。戦勝という観点では、これ以上勝利を重ねている神々は珍しい。内部分裂も起こしていない。天照大神と素戔嗚尊の諍いくらいだが、それも最終的には圧倒的な結果で天照大神がねじ伏せている。それくらい天津神は強いのだ。

 

だが、あの邪神がもしも想定している存在だとすると。

 

その強力な神々に、数少ない土をつけた相手になってくる。

 

もしもそうだとすると。

 

この国の魔祓いが、ずっと祓えず苦戦してきた相手、ということだ。

 

それほどに強大な相手だと判断して良いだろう。

 

「燐火。 楽観は甘えだが、悲観はそれはそれで良くない。 重要なのは客観だ」

 

「うん。 孫子の言葉だね」

 

「そうだ。 彼を知り己を知れば百戦危うからずや。 これを紀元前に唱えていたのだから、凄まじい軍略家だな。 クラウゼヴィッツがごく最近の軍略家であり、ほぼ同じ論を唱えていたことを考えると、そのすさまじさが分かる。 そして孫子が言っているのは、客観を常に持て。 それだけだ」

 

「……」

 

孫子は密偵の重要性についても触れている。

 

それだけ多角的な情報を得て、敵だけではなく味方の戦力も正確に分析せよと唱えていた人物だ。

 

それを考えると、確かにケルベロスが諭した通りである。

 

頷くと、燐火は軽くトレーニングをすることにする。

 

杏美がおねむなので寝かせる。

 

そろそろベビーベッドは卒業だが、そうなるとしばらくはおかあさんとおとうさんが一緒に寝ることになるだろう。

 

燐火はそれで構わない。

 

今は世話をされる時期だ。

 

そして世話をしかるべき時にしかるべき相手にされないと、燐火みたいになる。だから、杏美はそうなってほしくない。

 

おかあさんに杏美を預けると、外で鍛錬をする。

 

まずは少しでも差を埋めることだ。

 

師範から貰った奥義。

 

完成度をもっともっと磨く。

 

まだ一割程度しか力を出せていないとみていい。その力、少しでも引き出せないと。

 

あいつには。

 

魔の獣には、勝てない。






第三勢力を排除したことで、ついに前面に出てくる魔獣……!

その実力はまさに圧倒的。

今のままでは勝てないと、燐火も悟らされるほどの相手です。



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