魔法少女アギア・ケルベロス~俺は地獄の番犬ではない 作:dwwyakata@2024
エヴァンジェリンさんの推測により、敵首魁の一角「魔獣」が混合魔である可能性が浮上。
であるのならば。
罠を仕掛けて、その正体をあぶり出す必要があります。
獣を狩るのに、人間はずっとそうしてきました。
序、罠の下準備
緊密に連絡を入れながら、混合魔との対戦に備える。そもそも相手がスコルだけでも相当な強敵だ。
もしも想定している存在だとすると。
世界中にある獣の魔が、全て融合したような存在だと考えるべきなのかもしれない。
もしそうだとすると厄介極まりない。
その中心に狼がいるのは。
人間の味方として犬を産みだし。
それでありながら、もっとも憎まれた生物として、妥当なのかもしれなかった。
燐火は冬休み最後の日、あちこち走り回ってダイモーンを駆逐して回った。その過程で、日女さんに呼ばれて悪霊退治を見てきた。
悪霊は、いる。
だが地獄の入り口を見てきた燐火がいうのもなんだが。
想像しているものとはだいぶ違っていた。
そもそも人は死ぬと霊になる、というわけでもないらしい。
悪霊はいずれもが姿が歪んでいて、どれもが魔に比べるととても力が弱かった。
なるほど。
これを相手にしている魔祓いが、自分は凄いと勘違いして。
魔や悪神と出会った場合の絶望を考えると、容易に心が折れるのも納得である。
悪霊はあくまで残された思念の形。
だから見える人には、全て違って見えてしまう。
三大怨霊と言われる存在が、日本では悪神よりも恐れられてきたが。
実際は元になった三名は、いずれもが優れた武将だったり、優れた文化人だったり、心優しい皇族だったりした。
それらが三大怨霊と恐れられるまでになったのは。
それらの存在がとにかく人々の畏敬を集めたから。
故に本来の「霊」を飛び越えて、圧倒的な祟り神へと変じた。
その過程は、今まで様々な神話存在を見てきて理解できた。
ケルベロスも、悪霊に関しては哀れなものだと言っていたし。祓うのも、燐火でも簡単だった。
実際問題、悪霊がもし人間に害をなせるのなら。
文明の形は大きく変わっていただろう。
死者への畏敬は更に強く持たなければならなかっただろうし。
対策する魔祓いは、もっと公的に認められていたはずだ。
ともかく、である。
ダイモーンを始末して、家に戻る。
三学期は期間的にも短い。
途中、一回小川先輩が稽古に来た。巡さんも一緒に。
それで、鍛錬をして、調整をした。
楽しく鍛錬をするという小川先輩の発想には、なかなか燐火はたどり着けないが。いずれにしても、鍛錬の時に凄く進歩しているのを見て、おかあさんが驚いていた。これは小川先輩は、いずれオリンピッククラスの大会に出るかもしれない。
それくらい、伸びていると言うことだった。
ともかく、三学期の準備を終える。
勉強も進めていると。
涼子から連絡が来ていた。
大きな獣の目撃例、多数ありと。
あくまで人に害が報告されてはいないが、それでも熊のように大きかったというのである。
恐らくは仕掛けてきた。
コヨーテによる事前工作は、あくまで下準備。
こっちが本命の工作だ。
大量の分霊体を放ち。
それを目撃だけさせる。
警察も慌てて対応しなければならない。
近年自然のバランスが崩れて、熊による被害が大きくなっている事もある。それもあって、警察もどうしても動かなければならないのだ。
熊であることが確認された場合は、当然猟友会も動かなければいけないし。
それらを考えると、ただでさえ摩耗しているマンパワーが、どんどんとられていくのである。
そしてまた、別の場所に分霊体を出す。
それだけで、どんどん世相を混乱させ。
ついでに大きな獣がいるという噂を加速させることが出来る。
そんなものの痕跡が発見できなかったという話が出ても。今はそういった公的発表への信頼性が落ちている。
SNSなどでは、噂が加速する一方だろう。
日根見ちゃんもメールを送ってきた。
ただ、こっちは懐疑的だ。
「目撃報告は大げさに盛られる可能性が高いとは言っても、これはいくら何でもおかしすぎるよ。 動物園から大量に動物が逃げたりでもしていない限りは、この数はあり得ないだろうね」
「それはそうだと思います」
「ただ、万が一もあるかもしれないから、燐火ちゃんも気をつけて。 私もできるだけ外には出ないようにするから」
「分かっています」
残念だが。
燐火はそういう立場ではいられないのである。
そして、人々の恐怖を集めれば集めるほど。
あの狼の魔は、力を増していく。
もしも巨大な狼として街を闊歩でもされたら、大変なことになるだろう。
ともかく今は。
燐火は仕込みを待つしかない。
それがもどかしい。
翌日には、三学期が始まった。
一気に去年から今年にかけて背が伸びたが、それでも155を少し超えたくらいである。まだ伸びる余地がある。
今までが小さすぎたのだ。
それもあって、体がそれを取り返そうとしているように思える。
人によっては二十歳くらいまで伸びるらしいが。
燐火の場合はどうだろう。
170はほしいな。
そう思いながら、三学期の説明を受ける。
短い期間だが、それでも中一の締めくくりである。中一は色々と有意義な時間が多かった。
後は。
充子のところに行って。
師範に稽古をつけて貰うことにする。
日根見ちゃんの生活の様子も見てきたい。
うまくやれているようだが。
それでも不便があったら、助けたいからだ。
既に学校では、三年生が高校に向けて動いている。涼子の学校では、ほぼ進学先が決まっているそうだ。
とりあえず、次の土曜日だ。
その間も、着々と罠の準備が進んでいる。
学校によっては、大型動物の闊歩を警戒して、休校にしている場所もあるようだ。
だが、うちの近辺では目撃されていない事もある。
今の時点では、問題はなかった。
「さて、罠だがうまくいくかな」
「行かせるしかない。 今の時点で、着実に積み重ねが進んでいるからね」
「うむ……」
ケルベロスと話しつつ、日根見ちゃんと今日はそのまま道場に向かう。小川先輩も興味を示したが。剣道だというと、ちょっと違うかと言って。今度また普通に遊びに行くと言っていた。
まあ、それはいい。
道場に出ると、相変わらずの熱気だ。
師範代(四段)と、充子が向かい合っている。試合だが、師範代が既に完全に格下である。
段位を取れるのはもう少し先の年齢だが。
既に、充子の方が上だ。
天才というのはいる。
それを見ていて、理解できる。
攻め込んだ師範代が、鋭い面を決められる。立て続けに三本。それで、試合終わり。師範代が自信をなくしたように、ため息をついていた。
充子は丁寧な礼をしていて。
追い越した相手にも、礼を欠かしていない。
この子は、いずれ剣道という分野を背負って立つ人間になる。
現在の年齢制などの段位取得条件を取っ払ったり。
あるいは更に入りやすく、学ぶ効率を上げる方法を思いつくかもしれない。
元々剣はとても極めるのが難しい武芸だ。
それでも、これくらいの天賦の才能を持っていれば。
あるいはその常識を変えられるかもしれなかった。
燐火も防具を着けて、礼。
久々に充子と立ち会う。
やはりまだまだ差があるな。差がなかなか縮まらない。だが、リーチという明確な利点も出来た。
果敢に攻め込む。
パワーも既に燐火が明確に上。
問題は、反応速度と技の練度。明らかにそれらは、充子が段違いで上。
それも師範代は燐火以上のパワーとリーチがある。それをいなすレベルでの上だ。つまり、まだまだ全然勝ち目はない。
激しい試合を数度繰り返すが。
まだ三度に一回、一本を取れれば良い方だな。
それでも一本を時々取る燐火を見て、門下生がおおと声を上げる。
日根見ちゃんはまだまだ全然ビギナーだ。門下生に混じって練習している。かなり進歩しているようだが。
充子がいる地点に行くには、まあ大人になるまでは最低でも掛かるだろう。
数本試合をした後、師範のところに行く。
充子と一緒に、軽く見て貰う。
師範は充子に対して、細かい指導をして。調整をするようにと言っていた。充子も背が伸びている。
背が伸びると同時に、色々と調整をしなければならないのだ。
背が伸びれば、出来ることは増える。
だが、体が重くもなる。
フィギアスケートなどはこれが顕著で、女子選手は特に加齢とともに高難易度のジャンプが跳べなくなる傾向がある。
剣道も同じだ。
体が二次性徴を迎えると、様々な調整をしなければならなくなってくる。
それもあって、調整を細かく毎日しなければならないのだ。
燐火のも見てもらう。
師範は随分と厳しい視線を注いでいた。
咳払いして、充子を下がらせる。
そして、二人きりになると言う。
「実戦を何度も経験しておるな。 相手は人……ではないようだが」
「そんなことまで分かりますか」
「ああ。 私も色々と仕事でやっているのでな。 その歩法の練り込み、相応の達人か、それに近い相手で実戦を積んだ進歩をしている。 ただ、少し調整が必要だ。 言うとおりに」
「分かりました」
流石だな。
ケルベロスも凄いなと何度も相づちを打っていた。
いくつかの細かい指示の後。
ひときわ険しい目で言われた。
「剣筋に曇りはないが、曇りがないと同時に躊躇なく命を刈り取る剣筋でもある。 くれぐれも、人を殺してくれるなよ」
「分かっています。 師範の剣を穢すような真似はしません」
「うむ……。 相手が人ならぬ者、人と呼ぶに値しないものであればそれは致し方がない事もあろう。 だが、人に対しては気をつけよ。 既にそなたの力量は五段相当。 しかも剣道以外も修めている。 もし真剣を持てば、十人単位で切り捨てる事が可能な力量だ。 生半可な大人では止められまい」
それについても自覚している。
燐火も逆鱗があることは、この間コヨーテにそれを触れられて悟った。
精神修養の結果、瞬間沸騰でキレることはなくなった。
だが、それでも。
相手が非道な場合は、頭をかち割る方向で動く可能性はある。
ただその場合は、剣は駄目だ。
鉄パイプだと、今の力量だと頭蓋骨を容易に粉砕する事が出来る。それも初太刀で、である。
師範が懸念しているのはそれだ。
それが分かるから、燐火は素直に話を聞く。
「今、目撃されているというあやかしの獣か。 相手は」
「すみません。 答えられません」
「よい。 獣は全てがすべからく達人の動きをなせる。 それを理解した上で、更に歩法を磨け。 守る者が出来ることで、人は強くも弱くもなる。 だが力を振るうことに愉悦を覚えたとき、人は畜生以下になる。 私はその手の畜生以下を斬ってきた。 おまえをその一人にしたくはない」
やはりか。
師範も、人を斬っていたんだ。
だから、燐火の事は色々と分かっていたのだろう。
頭を下げる。
剣を穢さない。
それについては、絶対だ。
それから、細かい調整を受ける。ケルベロスの指示はほぼ完璧であったこともあって、本当に細かい指示をいくつか受けた。
それで終わりだ。
後は、自分で鍛え上げていくしかない。
その後は、日根見ちゃんも加えて、軽く菓子をつまむ。師範はこれで甘いものがすきなようだった。
充子は一生せんべいをかじっていて。
親子であまり嗜好は似なかったようだ。
一方で日根見ちゃんは、料理にどんどん挑戦しているらしい。クッキーを焼いてきたのを見て、ケルベロスが期待したようだ。
「最初は焦げたり生焼けだったり散々だったんだけど、最近はちゃんと食べられるのが出来るようになってきたんだ。 食べてみて」
「いただきます」
まあ、余程酷くなければ大丈夫。
食べてみると、まあ……お店に売っているクッキーが、如何に完成度が高いのか一発で分かるものだった。
それでも劇物ではないし。
生焼けでも焦げてもいない。
お菓子作りは軽量の世界だと聞くが。
色々細かく覚えるのが好きな日根見ちゃんが短時間でこれだけクッキー作りの腕を上げたのだとすると。
それはなかなか頑張ったのだと言えるだろう。
まあ、おいしくはないが食べられるので、燐火は文句なくいただく。充子も食べてくれている。
師範も無言。
日根見ちゃんは食べてみて、まだ満足は行っていないようだ。ただこの程度で満足されては困る。
ケルベロスがしゅんとしているのが分かる。
すくなくとも、ケルベロスは蜂蜜入りのが食べたかったようだ。
まあ、それは仕方がない。
最初から出来る奴なんていないのだから。
とりあえず、帰ることにする。
充子に日根見ちゃんの事を聞くと、こくりと頷く。
「私は剣以外はあまり出来ないので、頼りになるお姉さんです。 教えてくれる事も、とても興味深くて、いつも刺激になります」
「良かった。 自分が知らないことを知っている相手を気持ち悪いとか貶める輩がいるのですが、やはり充子ちゃんはそうではないですね」
「そんな連中がもしお姉さんをいじめた場合は、充子がたたきのめします」
「燐火も加勢します」
ぐっと、握手する。
とりあえず燐火の友人に何かする奴が出てきた場合は。
剣道六段相当の充子と、現時点で師範曰く五段相当の燐火が、全力で相手をさせて貰うことになる。
さて、家に戻る。
帰路で、エヴァンジェリンさんから連絡が来た。
準備完了。
後は、罠を使って。
奴を追い込んでいく。
了解と頷く。
中一での最後の戦いは、あの獣の王が相手になるだろう。そしてそれは、今まででももっとも厳しい戦いになる事が、疑いなかった。
罠を張っているな。
そう銀白の狼は判断していた。
それで構わない。
狼は高い知能を持つ存在だ。銀白の狼の中にいる狼たちも、それは共通している。
人間と共存することを唯一選んだ生物、犬を排出した種族。それが狼。
犬が出現したその後も、別に狼は人間に対して優先的に攻撃を仕掛けたりはしなかった。
ただ、人間の側に問題があった。
今でも昔でも、それは変わっていない。
最近動物の命を守る云々の思想を持った環境テロリストだとかいう連中が勃興してきているが。
それも結局は、イデオロギーに動物を利用しているだけである。
適切に食べ、適切に食べられる。
それが生態系だ。
バランスを崩す存在が出ると、凄まじいバランス崩壊が起きる。生態系の上位者ほど、その破綻で一瞬にして破滅する。
それを考えると、人間がそもそもその破綻者であり。
銀白の狼はそれを知っているが故に、人間を嫌っていた。
人間が作り出した存在であったとしてもである。
さて、どうするか。
善悪の逆転。
それが現在の思想だ。
そして、燐火の戦力の増大を見ると、今が好機だというのはあの邪神とも意見が一致している。
ここは敢えて罠に掛かってやるか。
恐らくだが、今回出てくる一線級の魔祓いは、この間対峙した連中に+α程度ですむだろう。
それだったら、燐火を仕留められる可能性が高い。
最大の懸念点であるヘラクレスは、陽動でどうにかするしかないだろう。
腰を上げると、邪神が声を掛けてくる。
「行くのか狼よ」
「ああ。 恐らくケルベロスは、偶然あの娘を見いだしたのだろう。 それが、あまりにもこちらに不利に働いた」
「社会のバランスを崩して、ろくでもない輩が得する社会に時間を掛けてしてきた。 それがどうにも崩れつつある。 確かにあの娘が起点になって、それが決定的に壊れると厄介だ。 私も出ようか」
「不要だ。 俺も久々に楽しい戦が出来そうなのでな。 せめてやらせてくれ」
邪神がふむとつぶやいた後。
武運をと言った。
頷くと、出る。
罠が仕込まれているのは承知の上。最後の狼王は、その罠を散々打ち砕いて。愛するものを奪われるまでは無敗を誇った。
今、銀白の狼は。
その再来となるのか。それとも罠を食い破るのか。勝負の時が、来ようとしていた。
魔獣との激突が近づいています。
魔獣は狡猾ですが、決して卑劣ではありません。
オーディン一派を片付けた今。
もう一つの不安要素を片付けに、ついに魔獣自身が出撃するのです。