魔法少女アギア・ケルベロス~俺は地獄の番犬ではない 作:dwwyakata@2024
古くは日本の山にはニホンオオカミがいました。
同時に山犬と言われる野犬も多く住んでいました。
山犬は人間を知っているので一切恐れることがありません。脅威としては、野犬の方が危険だったのです。
このため野犬がモデルになった妖怪は、それなりに数がいます。
山犬。狼と同一視されることもある、日本の怪異であり、山に住んでいた犬の総称でもあり。
時には神とあがめられることもあった存在だ。
正体はまんま山にて繁殖した野犬だったようだが、古くはこれらが害を為すことも多く。積極的に駆除された。そのため、ニホンオオカミが歴史から消えた頃には、野犬も政府が管理できるレベルにまで減ったようだった。
それでも狂犬病などを媒介する場合がある。
今でも野犬は群れになると危険なこともあって、駆除対象であることに変わりはないのだが。
それが、わっと襲いかかってくる。
だが、こいつらは半端に人間の要素が入り込んでいる、野生の獣とは違った存在である。そこが、隙になる。
すっと歩法を駆使して、まずは先頭の一体に間を詰め、横殴りに鉄パイプで一撃。頭を直撃された中型犬は、それだけで半ば消し飛ぶ。続けて右、左、下。斜め左後ろ。連続して、鉄パイプを振るう。
これはただの鉄パイプじゃない。
フリッグやフルーレティを倒してきた神具だ。
既にそれにふさわしいだけの力を手に入れている。倒したダイモーンの数に至っては、既に燐火も覚えていない。
ケルベロスは山犬どもにはそれほど注意を払っていない。
残った力を振り絞って、愛染明王を下ろした菖蒲さんの全力を迎え撃っている、ケルベロスとキマイラを取り込んだ銀白狼の動向に注意しているようだが。
不意に、殺気。
横殴りに跳んできたものすごい一撃を、燐火はかろうじて鉄パイプで防ぎつつ、ずり下がる。
山犬は雑魚ばかりだったが、なんか一体、おかしいのが入り込んでいる。
冷静に弾きながら、燐火は思い出す。
欧州では、正体不明の狼(とされる獣)によるとんでもない食害事件が起きたことがあるのだ。
15世紀のパリなどでも多数の狼が人々を襲った記録があり、これはシートン動物記などでもクルトーという狼として扱われている。誇り高いロボと違い、ひたすらに残虐で復讐に生きる殺戮魔としての描写がされていた。
またもっと下った時代には、ジェヴォーダンの獣と言われる存在が、記録的な数の人間を殺した話が残されている。
だが、これらは日根見ちゃんによると、かなり疑わしいという。
まず狼は襲うにしても家畜がほとんどで、わざわざ人間を襲うようなマネをしないという。
襲うとしたら。それは野犬だ。
野犬は基本的に人間を一切恐れていないこともあり、一度野生化すると人間に対して極めて危険な存在になる。
此奴は、恐らくそれが魔として扱われた存在だな。
そう判断すると、飛びかかってきた一体を受け流して、鉄パイプで一撃。立て続けに四体を打ち砕く。
後ろから飛びかかってきた奴をすっとよけて。そのまま中空にホームランしてやる。山犬はまあこんなものか。
まだまだ周囲は獣だらけ。
体力を使うわけにはいかない。
呼吸を整えると、ほうと面白そうに言いながら、間を詰めてくる魔。大型犬より更に大きい。
普通、大型犬が本気になったら人間なんて瞬殺である。
軍用犬のシェパードなどは、人間の腕など骨ごとかみ砕くパワーを持っている。それくらい凄まじい身体能力差があるのだ。
だが、相手は知恵を得た代わりに獣の力を減らした魔。
一瞥。
日女さんは、巨大な山猫と、熊の魔を同時に相手にして、押し気味に戦っている。
菖蒲さんも相当に戦っているが、あれは限界が近い。
此奴を下して、一気に戦況を変える。だが、そう思った瞬間、後ろから凄まじい勢いで何か襲いかかってきた。
全力で受け流しつつ、地面にたたき伏せる。
その瞬間。
間近にまで、もう一体が来ていた。
踏み込む。すっと立ち位置を変える。だが、相手が鉄パイプに食いついてくる。凄まじい駆け引きを秒の間にこなしつつ、六度のフェイントを流して、がっと弾き合う。
たたき伏せたもう一体は、更に大きいが。
立ち上がってくる。
そして二体が融合していた。
「クルトーよ。 こやつはどうやら私が食い荒らしてきた魔祓いどもとは比較にならんようだ。 連携するぞ」
「ジェヴォーダンの。 くれぐれも足を引っ張るな」
「くくくっ、魔になって、実際の肉を味わうことは出来なくなったが、代わりに恐怖と絶望がこれほどうまいとは思わなかった。 このすかした顔を恐怖に染め上げた時、どれほどうまかろうか」
「……くだらんな」
大きいのがジェヴォーダンか。
ジェヴォーダンの獣には、一説にはアフリカから持ち込まれたハイエナ説があるらしい。ハイエナは小さいと勘違いされているが、大型犬以上のサイズを持ち。生態系の激戦区であるアフリカで、ライオンらの猛獣としのぎを削っている優秀なハンターだ。死肉食いのイメージがあるが。
実際にはライオンなんかよりよっぽど高い狩りの成功率を誇る。
二体が融合すると、凄まじい気迫がほとばしる。
人間を殺す。それに特化だけしたイヌ科の伝説二体が融合。それは手を抜くわけにはいかないな。
ケルベロスが、アドバイスしてくる。
「初撃は必ず防げ」
「わかった」
「行くぞ! 極上の絶望を見せろっ!」
距離を取った、強いて言うなら「人食い狼王」。実体がないからこそ、それはもはや魔であると言える。
そもそも此奴、狼ではない。
分かっているから、日根見ちゃんから聞いた情報を元に、すっと態勢を低くする。
それで、相手が躍りかかってくる。
普通イヌ科は基本的に押し倒しに来る。人間を倒してしまえば、その戦力が半減することを知っているからだ。
足を狙ってきたりもするが。
いずれにしても、基本はまず倒すこと。それが最上であることを知っている。
だが、燐火は低い態勢まで伏せた。だから、敢えて上から飛びかかってくる。だが、これは。
伸び上がるようにして、上体を跳ね上がる。
文字通り、孤月を描くようにして、全力の一撃を振るい上げる。
剣道にはないが、剣術にはあるいくつかの技は、見て覚えた。どれも実戦で使うつもりはないが、使えるタイミングはあるかもしれないと思ったからだ。
そこで人食い狼王が、体重に任せて潰しに来るが。
それが狙い。
初撃が、振るい上げた体を捕らえ。そして伸びきった体を押さえ込むようにして、人食い狼王が傷を受けるのを気にせず来るが。
其処で不意に全力を引き、今度は下に抉りこむようにして、たたきつける。
切り上げて、切り下げる。
いわゆるツバメ返しだ。
しかもツバメ返しに使ったのは、あまたの魔を打ち砕いてきた神器鉄パイプ。地面を砕きながらめり込んだ人食い狼王は、あからさまに悲鳴を上げたが。
それでも倒しきれず、がっと鉄パイプを跳ね上げてくる。
だが、その時。
燐火は既に、移動していた。
一瞬燐火を見失った人食い狼王が首を上げた瞬間、その首を真横から鉄パイプでフルスイングする。
歩法によって、立ち位置をずらし。
燐火を探すために首を上げる事を想定した地点に立ち位置を変えていたのだ。
首が吹っ飛ぶ。
だが、即座に首が生えてくる。
恐らくジェヴォーダンが今ので戦闘不能になり、内部にいたクルトーに切り替わったのだ。
即座に凄まじい速度で、押し倒しに掛かってくる。
それが狼だったら。
本物の狼であったのだったら、対応できなかっただろう。
ぬるりと燐火は動く。
歩法は工夫次第でこういうことが出来る。
速度を任意に調整することで、相手の視覚を攪乱する技だ。これによって打撃点をずらし、相手に瞬時に接近してきたように、離れたように錯覚させる。
通称縮地。
極めて地味な技だが、それでもクルトーが、鋭い牙をむき出しに飛びかかってくるのを。直撃点を避け。
抉り上げるようにして、その体の真下から、一撃をたたき込む。
跳ね上がるクルトー。
だが手応えがぬるい。
しかし、落ちてきたところに、とどめの一撃を入れる。
横殴りの一撃を受けたクルトーが。にやっと笑った気がした。そして、その体が砕けていた。
即座にダイモーンを祓う。大量のダイモーンを祓った。「魔」そのものだった人食い狼王も、それに山犬も。燐火のやり方では殺しきれない。
今のは恐らくだが、動きを見るための捨て駒だ。
即座に動く。
熊の魔を、そのまま蹴り砕いた日女さん。全身が燃え上がるように凄まじい熱を放っている。
其処になめらかに襲いかかろうとする山猫だが、間に燐火が回り込むと、すっと離れていた。
ネコ科の方が犬科よりもこの辺りは上手だな。
そう思いながら、周りにまだまだ湧いてくる獣の魔を見る。
菖蒲さんはそろそろ攻勢限界だ。
「あの猫強いぞ。 熊の方はたいしたことがなかったんだがな」
「現実でも熊は人間がその気になれば絶滅させるのは難しくありません。 アフリカでも古くは存在していた熊も、生存競争に敗れて滅びた事実があります」
「……燐火、菖蒲姉の加勢を頼めるか」
「承知」
即座に飛び離れる。
日女さんに、多数の獣が群がるが、ドゴンと凄まじい音がして。まとめて吹き飛ばされていた。
あの魔猫の得意技は遅滞戦術とみる。
だとすれば、燐火が道を切り開くしかない。
突貫。
「行くぞ、俺の偽物!」
「神話で分裂や習合は日常茶飯事! これもまた、ケルベロスの姿よ!」
「黙れッ!」
ケルベロスが、怒号を張り上げながらも、右と叫ぶ。
ステップ。
間一髪でかわしたそれは、キマイラについている……いやケルベロスのぶんかもしれない。蛇による一撃だった。
しかも此奴は蛇が体の一部になっているから、恐らくスタミナ切れを気にしなくても良いはずだ。
菖蒲さんに変わって、燐火が前に出る。
凄まじい巨大な前足を振り下ろしに来るケルベロスキマイラ。
だが、燐火はその一撃を、紙一重で交わす。風圧が凄まじく、かすっただけで即死だと分かる。
しかしここからが本番だ。
抉り上げに来るケルベロスキマイラ。
だが、次の瞬間、飛び退いていた。
地面を何かが抉っていた。
凄まじい爆風に、ケルベロスキマイラまでも飛び下がる。だが食肉目らしいしなやかな動きで、丁寧に間合いを計り直す。この辺りは、巨大化しても神話の獣か。
降ってきたのは林西さんである。こきこきと肩をならす。菖蒲さんが、ふっとその場に倒れていた。
下が腐葉土だから大丈夫だろうが。
本当にギリギリまで、体を削って頑張ってくれたのだ。ここからは、燐火達が頑張らなければならない。
「わしの寺をよう好きかってしてくれたな犬っころ。 その上スキュラだのガルムだの分霊とはいえややこしいのを多数差し向けおって」
「思ったより三十秒ほど早いな。 ダメージも想定より大分少ないようだ。 思ったより出来るではないか」
「ふん……」
燐火を一瞥する林西さん。
この人と連携して、どうにか勝てるか、という相手だ。
しかも今の形態で、である。
菖蒲さんが力を使い切ってダウンした今、戦況は決して良くなっていない。
だが、其処に。
更に戦力が来る。
光が降り注ぎ、辺りで魔のいくらかが蒸発した。上空に強烈な光を放つそれがいて、降りてくる。
ソロネである。
ということは。
エヴァンジェリンさんが、ひいひいと息をつきながら、木の陰にいる。そして、カトリイヌさんも、同じくらいへばった様子で現れる。
本命は護衛の二人。
ただ、エヴァンジェリンさんにもカトリイヌさんにも、重要な役割がある。
ケルベロスキマイラがふっと鼻で笑う。
「これで役者がそろったな。 ヘラクレスはどれだけ頑張ってもここには来られん」
「……」
「俺の相方が相手をしているからな。 流石にヘラクレスの相手となると、命がけの陽動ではあるが」
「ならば貴様を倒せばそれでこのふざけた異変には終止符を打てそうではあるな」
林西さんが構えをとる。
燐火よりも数段格上の使い手だと一目で分かる。この年齢でも、徒手空拳だけで人はここまでやれるのか。
そう師範といいこの人といい、感心させられるばかりだ。
日女さんが、化け猫を追い込んでいるが、しかしあれは日女さんを消耗させるためだけの存在だ。
どこの化け猫かは分からないが、かなり強力な個体だろう。だが、それはつまり。
手札の多くを、この魔獣の王は既に失ったことを意味している。
だが、これまでは恐らく奴の手のひらの上だ。ここから、何かしらの想定外の手がなければ、恐らく負ける。
燐火は冷静にそれを悟っていた。
「さて、そろそろ名乗るとしようか。 失礼にあたると思っていたから、これでようやく俺も気が楽になる」
「……」
「俺の名は「狼」。 人間が悪魔化した狼そのものだ」
なるほど。
エヴァンジェリンさんの仮説がやはり的中したか。複合魔。それもかなりたちが悪い存在だったと言うことだ。
狼の魔は世界中にいる。
北欧神話の強大な狼の魔、フェンリル。
その子ら。
圧倒的な強さを誇るそれだけではない。狼は牧畜圏で嫌われ、多数の魔として貶められた。
それらに加え、食肉目の魔が大量にいたわけだ。
狼のようという表現が使われるほど、狼は人間に嫌われ。そして悪魔化された。
だから、それらの悪魔化された狼の混合体。
それが此奴というわけだ。
だが、それにしては力が弱すぎる。フェンリルがいるだけで、手に負えないと燐火は思ったが。
実際問題、世界中の食肉目の魔が全部融合した存在なんて。それこそ名高いルシファーが震え上がって即座に逃げ出すほどの相手だろう。あのフェンリルだけでもルシファーをしのぐ戦歴を上げているのだから。
なぜこれほど弱体化している。間合いを取りながら、「狼」の様子を探る。それぞれが仕掛ける機会を狙う。狼の眷属で、ソロネの一撃に耐え抜いた魔達も。
其処に、降り立ったのは。
鋭い剣を持った、彫りの深い顔立ちの男性だった。それを見て、ちょっとだけ狼は驚いたようだった。
イオラーオス。
ヘラクレスの甥であり、その力の一部である。
やはりな。ヘラクレスが力の一部だけでもよこしてくるのは想定外だったのだろう。
「……予想外の増援だな。 だが構わん。 いくぞ」
「来るぞ! 総力戦!」
林西さんが叫ぶ。
同時に、燐火の経験した戦いの中で、最も厳しく激しい戦いが始まろうとしていた。
ダイモーンを片っ端から倒していたヘラクレスの元に、日本神話系の邪神が姿を見せる。
その力は圧倒的。
ヘラクレスも、思わず足を止め。そして、纏っているネメアの獅子の毛皮をに手を掛けていた。
世界でもっとも高名な英雄の一角と。
この国で無敗を誇った邪神の中の邪神。
しばし対峙した後。
笑ったのは邪神だった。
「ヘラクレスよ。 人間などの味方をする意味はあるのか?」
「くだらん問答だな」
「そうか。 迷いがない事は良いことだ」
「……私は古くは狂気に苦しめられ、愚かしい人間の業を散々見てきた。 今更、という話でな」
くつくつと笑う邪神。
ヘラクレスも苦笑い。
両者の間が帯電し、雷が落ちそうであるが。
しかしどちらも仕掛けない。
仕掛けた瞬間、総力戦になるのがわかりきっているからである。
邪神は手を広げて言う。
「いっそこちらに加わらないかヘラクレスよ。 貴様にとっても都合が良い話はいくらでもあるが」
「……神話から物語に堕したことで、私には良かったことがいくつかある」
「ふむ?」
「私は神話の時代は獣も同然の存在だった。 ヘラのせいで狂気に苦しめられた? 違うな。 私は獣性の権化であり、それが狂気という形で現れただけだ。 英雄? それはあくまでネジが外れたただの凶猛な存在に過ぎない。 魔をただ殺すだけの装置に私はすぎなかったのさ。 だが、物語になって、私は行儀が良い存在だと思われるようになった。 奇しくも、私がなりたかった存在に、私はなることができたのさ」
それを聞いて。
邪神はぴくりと眉を動かしていた。
そして、高笑いを始める。
ヘラクレスも、同じように高笑いを始めていた。
「そうかそうか。 物語と堕す事で、むしろ望み通りの存在になれたか! それは希有な例であろうな!」
「あの冷厳なゼウスは剽軽なスケベ親父に、あの淫乱の権化であったアフロディーテは美の化身と生まれ変わった。 奴らはそれを納得していなかったようだが、私はそれを見て良かったとさえ感じたよ。 勿論奴らの神話は残っている。 だから奴らの実像、実際の信仰を知っている者達もいる。 だが既に少数派だ。 私は、今のあり方であれば、人間に与するのも悪くはないと思っているさ」
「未だに西欧圏では貴様等ギリシャ神格のことを邪神扱いしている場合もあるようだがな。 ゲームなどでも、マイナーな戦神に貴様が惨殺されたりするようなものもあるようだが?」
「ゲームで言うならば、私の栄光というゲームもあるらしいぞ。 私がそもそもヘラの栄光という意味の名だから、栄光と栄光が被ってしまっているがな」
双方、現在文化にはそれなりに知識がある。
だから、邪神はそれでぴたりと笑うのを止めた。
距離を取ると、それぞれがにらみ合いに入る。
会話は止まった。
ここからは千日手だ。
戦いになれば、最終的にはヘラクレスが勝つだろう。だが邪神は邪神で、手札をいくつも持っている。
この国の天津の神々が倒しきれなかったその実力は伊達ではない。
単純な力で言うと、ヘラクレスは圧倒的だが。
それでも邪神の実力は、それに決して劣るものではないのだ。
「さて、ケルベロスは燐火とともに戦えているかな。 私はこの邪神を押さえ込むだけでいい」
内心でヘラクレスはそうつぶやいていた。
ダイモーンは心配だが、各地に展開している魔祓いの実力は想像以上だ。
層が厚いこの国の魔祓いは、ヘラクレスを、もってしても。
侮りがたしと言えるほどの実力を有しているのだった。
盟友のために自ら動いた邪神とヘラクレスの死闘……!
次々と様々な魔の獣を繰り出してくる「狼王」、いや「狼」との激戦……!
更に死闘はヒートアップしていきます。