魔法少女アギア・ケルベロス~俺は地獄の番犬ではない   作:dwwyakata@2024

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決戦の中で。

ついに「狼」がその正体を現すことになります。

実在したその者は、人間と最も苛烈な激戦を行い、そして敗れました。

今、その全てを覆すべく。

人間に挑んできたのです。







3、狼王の正体

真正面から、林西さんがケルベロスキマイラの猛攻を受けて立つ。まるで千手観音か何かが戦っているかのようだ。

 

その隙を燐火はうかがう。

 

冷静に立ち回れ。

 

ケルベロスはそう言う。至近距離で何度も致命的な攻撃が炸裂する。何度も蛇が食いついてくるが、林西さんが不動明王とともに捌く。

 

「ほう! 以前以上に腕を磨いているな!」

 

「この間は不意打ちであっただろうが!」

 

「そうかそうか、それはすまなかったな。 俺はあくまで獣の論理で動く。 おまえ達が「人間化」したとしてもだ」

 

「……」

 

抉り上げるような蹴りを林西さんがたたき込むも、ケルベロスキマイラは多数の蛇を盾に使い。しなやかな体を使って受け流す。

 

戦いはほとんど動かないケルベロスキマイラと、林西さんの横綱相撲に見えてきていたが。

 

実態は違う。

 

カトリイヌさんが、やっと菖蒲さんの側に到達。

 

エヴァンジェリンさんごと、ドミニオンが壁を作ってシェルターにする。エヴァンジェリンさんは、ルーンを詠唱開始。

 

印を複雑に組んでいた。

 

周囲はありとあらゆる獣の魔が、一斉に襲いかかってくる地獄絵図。日女さん、エヴァンジェリンさんの護衛二人が、絶倫の体術で捌いているが、それもあまりの凄まじい物量に飲み込まれそうだ。

 

その中で異彩を放っているのがイオラーオスさん。

 

剣を振るって、淡々と突っかかってくる獣を切り倒している。余裕綽々という感じだが、あれは違うなと燐火は判断。

 

ケルベロスキマイラも明らかに警戒している。

 

ヘラクレスの甥で、今は一種の分霊として活動しているイオラーオスさんだ。その戦闘経験や知識をある程度引き継いでいるのが想定される。

 

しかも想定外の不確定要素。

 

あの狡猾さだからこそ。

 

警戒を必ずする。

 

燐火は動く。

 

足下から食いついてきた蛇の魔。半透明なそれは、明らかに食いつかれるとまずい牙をむき出しに襲いかかってきたが。動きを冷静に見切って、鉄パイプではじき返す。ばちんとはじかれたそれに、至近距離から聖印を打ち込む。

 

ケルベロスキマイラから分離したそれは。いや、これ自体が何かしらの神格だとみていい。

 

「アペプよ。 その娘を押さえ込め」

 

「良いだろう」

 

「気をつけろ燐火! そいつはエジプト神話の大邪神だ!」

 

エヴァンジェリンさんが警告してくる。

 

そうか、そんな神格まで取り込んでいるのか。

 

だが。

 

感じる力が、あまりにもか細い。エジプト神話は既に信仰する存在さえおらず、物語とさえ親しまれていない。

 

アペプは名前を聞いたことがある。

 

太陽神を毎晩襲撃する魔で、倒されても即座に復活する。これは日中と夜の交代を神話化したものとされていて。世界の終わりにはアペプが太陽神を倒してしまうという話もある。

 

とはいっても太陽神はそもそも神話でセトに殺されている。不滅とはエジプト神話では設定されているが、毎回殺されてもいる。

 

つまり、その力は限定的だということだ。

 

立て続けの残像を作っての猛攻を防ぎつつ、フェイントからの一撃を鉄パイプで受けると、ひねって地面に放り投げる。弧を描いたアペプは、空中で鉄パイプを放すと、毒液を吐いてきた。

 

毒吐きコブラか。

 

強烈な毒を放ってくるコブラで、現実にも実在している。

 

その毒は正確に目を狙ってくる上に、目に入ったら失明確実。

 

ましてやアペプが放つ毒など、どれほどの危険性があるかしれたものではない。歩法を駆使して、回避する。

 

二歩、三歩、立て続けに下がって、それで滑るように回避。同時に残像を作って迫ってくるアペプ。

 

毒吐きは連続では出来ないはずだ。

 

そのまま躍りかかってくるが、速度に関しては悪いが見切った。

 

躍りかかってきたところに、すっと受け流し。首をつかむと、地面に躍り込むようにして、ねじ砕いていた。

 

しばし暴れていたアペプだが、それで動かなくなる。聖印をたたき込んで、そして祓う。

 

完全に滅ぼすのはエジプト系の魔祓いがいるだろうと思ったのだが、聖印が思った以上に効く。

 

アペプが消えていく。

 

「ギリシャ神話とエジプト神話はかなり近い。 それに……」

 

「どういうこと?」

 

「アペプはこんな程度の魔ではない。 恐らくだが、抜け殻に近い状態を、ダイモーンと融合させることで無理矢理に実体化させていたのだろうな」

 

そうか。

 

立ち上がると、アペプに黙祷。

 

そして、再び襲いかかってきた何かの犬の魔を、鉄パイプで無造作に粉砕していた。圧倒的な物量に、とにかく距離が開くばかりだ。林西さんとケルベロスキマイラの戦いには。ちょっと立ち入れそうにない。

 

だが、その時。

 

イオラーオスが弓矢を取り出す。

 

瞬間、ケルベロスが好機と叫んでいた。

 

燐火も即座に動く。

 

知っている。ヘラクレスの最大武器。それは、ヒドラの毒を塗った矢だ。本人自身が天空を支えるほどの剛力の持ち主だが、ヒドラの毒は不死者をもって不死を解除して殺してくれと懇願するほどの地獄をもたらす。

 

ギリシャ神話系の神格が、それを知らないはずがない。

 

明確に警戒したケルベロスキマイラが一瞬だけ注意をそらした瞬間、懐に潜り込んだ林西さんが、渾身の正拳をたたき込む。

 

それで、巨体が揺らぐ。

 

林西さんに、頭上から多数の蛇をたたき込むケルベロスキマイラだが、それを不動明王が燃える剣で一瞬で焼き払う。

 

崩れる均衡。

 

だが、燐火が射程圏内に入った瞬間。

 

悪魔化ケルベロスとキマイラが分離。キマイラは大ダメージで動けない様子だ。悪魔化ケルベロスに、燐火は即座に間合いを詰める。

 

キマイラに、矢が突き刺さる。

 

燐火が体勢を立て直そうとする三つ首の悪魔犬に、至近距離から聖印をたたき込みつつ走る。

 

炎を吐いて迎撃に来る悪魔化ケルベロスだが。

 

こいつの本命は雷の筈だ。

 

すっと息を吸い込むと。

 

かっと、全力で喝を放って炎を吹き飛ばす。目くらましを利用して、やはり三つ首の中央から、雷撃を放とうとしていた。

 

一瞬の均衡を。

 

燐火から崩す。

 

素早く左右に歩法を駆使して移動。悪魔化ケルベロスが白濁化している目でそれをにらみつつ、雷撃を放ってくるが。

 

割り込んできたのは、ドミニオンだ。

 

盾を展開。

 

雷撃を防ぎ抜く。

 

「なんだとっ!」

 

「雷は我々の専売特許。 一神教に取り込まれた以上、貴様は我らには勝てぬ!」

 

「お、おのれ! 勝手に悪魔化した上に、そのような……っ!」

 

その時。

 

燐火が間近に。

 

ケルベロスが、冷酷に吐き捨てていた。

 

「さらばだ偽りの俺」

 

「ち、ちくしょ……」

 

鉄パイプの一撃が、悪魔化ケルベロスの背骨を打ち砕いていた。そのまま、倒れ込んだケルベロスに、聖印を連続してたたき込む。

 

更に、カトリイヌさんが、突貫してきて。

 

何かの剣で、悪魔化ケルベロスを突き貫いていた。

 

凄まじい悲鳴を上げながら、悪魔化ケルベロスが消えていく。

 

やはり突き技が本命か。

 

呼吸を整えながら、カトリイヌさんが頷く。

 

さて、どうなった。

 

キマイラが、消えていく。

 

だが、ケルベロスキマイラの形態を解除した「狼」のプレッシャーは衰えていない。それどころか、林西さんを圧倒せんばかりに押し込んできている。

 

それは巨大な犬であり、炎を纏いながら突貫しては林西さんにぶつかっていた。不動明王が防ぐのが必死の一撃だ。

 

カハハハハと、笑う。

 

「さあて今度は何であろうな!」

 

「中華の天狗、それもその首領たる存在だな」

 

「ふっ、知っていたか! 月を食らい、流星の王たる存在の一撃、どこまで防げるかな!」

 

多芸な相手だ。

 

燐火は走る。

 

林西さんは、何か読経をしている。これは、狙いがある。

 

凄まじい速度で暴れ狂う天狗化「狼」は、四方八方を燃え上がらせながら、猛攻を仕掛けてくる。

 

キャラがどんどん変わるな。

 

早すぎて、イオラーオスさんも弓矢を下ろして、剣に切り替える。

 

多数の獣はまだまだいる。

 

日女さんもそろそろ危ないか。

 

だが、その時。

 

たんと、地面にエヴァンジェリンさんが手をついていた。

 

「大地の神々よ! 大地に縛られし獣たちに、ルーンの束縛を!」

 

「!」

 

見るからに凄まじい大技が炸裂する。

 

燐火は走りつつ、動きが止まった大物を、数体鉄パイプで殴り倒す。天狗がなんだととぼやくと、舌打ちして林西さんに突貫。

 

これは、最初から捨て石としての形態だな。

 

カトリイヌさんも数体の獣をなんだか凄い刺突剣で貫いていたが。

 

燐火の動きを見て走る。

 

そして、凄まじい流星となって林西さんに突貫してきた天狗に対して、ドミニオンが壁を展開。

 

そんな壁。

 

打ち砕いてくれるわ。

 

そう叫んだ天狗が、突貫するが。

 

その壁を撃ち抜いた瞬間。

 

完璧に呼吸を合わせた燐火が、天狗の顔面に、フルスイングで鉄パイプをたたき込んでいた。

 

態勢を完全に崩した天狗は、自分の速度もあって自爆。

 

其処を、不動明王に一刀両断されていた。

 

だが、天狗がかき消えると同時に、内部からまた何かが現れる。

 

流石に燐火もそろそろまずい。体力を冷静に分析できるようになってきている燐火は、それが判断できる。

 

着地したそれは、いや、あれはなんだ。

 

もやもやではない。

 

形がよく分からない魔ではないが、それはそれとして、形容しがたい姿をしていた。

 

それは四つ足ではあるのだけれど、不可解な動きで、こちらに迫ってくる。毛が抜け落ちていて、そして目がらんらんと輝いていた。

 

イヌ科か、あれは。

 

だけれども、どうも妙だ。

 

「……何かのイヌ科の怪異だな。 それも非常に新しいぞ」

 

「分かった。 とにかく対応……」

 

反応できたのは、奇跡に近い。

 

いきなり真後ろにそれが移動して、食いついてきたのだ。一瞬遅れれば、確定でやられていただろう。

 

鉄パイプで防ぐが、凄まじいパワーで押し倒しに来る。

 

それだけじゃない。

 

さっと離れると、また姿を消す。

 

右往左往しているカトリイヌさんに、今度は襲いかかるそれ。

 

ドミニオンが食いつかれる。

 

見る間にドミニオンがダメージを受けていくのが分かる。

 

「ぐっ……! き、貴様現代怪異だな……!」

 

「くくく、そうだ。 チュパカブラという」

 

「な、なんだそれは」

 

「UMAとして一時期騒がれた存在ですわ! 放しなさい!」

 

鋭い刺突を、空間転移で交わすチュパカブラ「狼」。

 

すっと地面に降りると、また空間転移する。

 

名前は聞いたことがある。

 

中南米に出現する不可解な生物として話題になった存在だ。一時期は宇宙人ではないかとか、どこかから逃げ出した生物兵器ではないのかとかも言われたようだが。

 

実際には病気で毛が抜け落ちたイヌ科の動物が、そう誤認されただけというのが真相であったらしい。

 

だが、その神出鬼没ぶりを、空間転移に応用したか。

 

更に、横殴りにドミニオンに食らいつくチュパカブラ。首筋をもろに抉られたドミニオンが消えていく。

 

断末魔も残せないが、カトリイヌさんが力を注げば復活はさせられるはず。

 

しかし後見人に等しいドミニオンを倒されたカトリイヌさんが、激高する。それを狙っていたはずだ。

 

鋭い一撃が、チュパカブラを抉る。

 

燐火はその間、冷静に周囲を確認。

 

日女さんは熊の魔を四体同時に相手取っている。

 

カトリイヌさんの護衛二人も、かなり強大な獣の魔の相手で手一杯。

 

エヴァンジェリンさんは全域への支援と壁の展開で限界。それに、恐らくは最後の切り札を今練り上げているはず。

 

そして、である。

 

まずいことに、林西さんはさっきの天狗との戦闘でのダメージで、かなり参っているようだ。

 

イオラーオスさんがカバーに入り、立て続けに襲いかかってくる魔をいなし続けているが。

 

まずい。

 

完全に相手のペースだ。

 

一人倒されれば、一気に崩される。

 

だからこそ、燐火は。

 

冷静さを失い、辺りにイタリア語らしい言葉で何か叫んでいるカトリイヌさんに歩み寄ると。

 

その首を横から食いちぎりに来たチュパカブラ「狼」に対して、回し蹴りをたたき込んでいた。

 

全員の立ち位置、更に対応できない地点。

 

その全てを読んだ上で行動だ。

 

蹴りが完璧に入り、チュパカブラ「狼」が一瞬だけ、動きを止める。其処に、振り返ったカトリイヌさんが、裂帛の気合いとともに刺突剣での一撃を入れていた。

 

にっと笑うと、チュパカブラ「狼」がかき消える。

 

そして、凄まじい威圧感が噴き出していた。

 

雷が落ちるようにして降臨するそれ。

 

銀白の狼。

 

間違いない。

 

あれがフェンリルだ。

 

恐らく「狼」の切り札。

 

そしてこれを出すまでに、林西さん、菖蒲さんを消耗させつくし。日女さんも押さえ込み。カトリイヌさんもドミニオンを失った。

 

更に言えば、燐火も消耗が激しい。

 

歩法をずっと使い続けていたのだ。

 

前にフルーレティ相手に実戦投入したときとは体力も練度も段違いに上がっているが、それでも全然足りない。

 

呼吸を整える。

 

訳が分からない能力持ちの相手ばかりだ。

 

一撃でも貰うわけにはいかない。

 

だからその代償として、猛烈に体力を消耗し続けた。そう長くは戦い続けられない。それが分かっているからこそ。

 

このタイミングで、満を持してフェンリルが出てきたことは非常にまずい。

 

「それでは仕上げと行こうか。 まずはこの、くだらんルーンからだ!」

 

うぉん、と。

 

凄まじい気迫を込めてフェンリルが吠える。

 

それだけで、エヴァンジェリンさんが用意していたルーンが消し飛んでいた。

 

獣たちが一斉に攻勢を強める。

 

世界でも最強の獣の魔の、雄叫びに答えるように。

 

エヴァンジェリンさんが壁を解除。

 

それも読んでいたようだった。

 

「前にスコルに使ったあれはグレイプニルだな。 だが、知っているはずだ」

 

「……ラグナロクの時、フェンリルはグレイプニルを引きちぎってしまう」

 

「その通り! スコルやハティならともかく、俺にあれは効かぬ!」

 

「それはどうだろうな! 天才たる私を」

 

エヴァンジェリンさんを、その時日女さんが一喝した。

 

熊の魔三体をたたき伏せ、残る一体から熊パンチの一撃を貰い。吹っ飛ばされ。それでも立ち上がりながら、だ。

 

「よせ! それが狙いだ!」

 

「っ……」

 

「ここで多少まだ頭に血が上っていない奴がいたか。 まあいい。 まとめてひねり潰すだけのことよ。 フェンリルの強さは知っておろう。 止める手立てが、あると思ってくれるなよ?」

 

歩き出すフェンリル。

 

まずいと判断したか、カトリイヌさんの護衛の若い方が前に出る。ソロネは獣を押さえ込むので手一杯。

 

だが、フェンリルがふっと息を掛けるだけで吹っ飛ばされていた。

 

冗談じゃない。

 

これほどまでか。

 

これで弱体化しているのか。

 

それにだ。「狼」が、化身を倒しても倒しても弱らない理由がようやく理解できた。フェンリルが電池になって、力を供給し続けていたのだ。それは雑多な魔なんか、どれだけ束になっても操れるわけだ。

 

これはまずいぞ。

 

そう燐火は悟る。

 

林西さんは襲いかかってきた獣との戦いで手一杯。

 

セバスティアンさんも、十体近い魔と戦闘し続けていて、こちらに手を出す余裕がない。

 

ふらふらの上に、まだ頭に血が上っているカトリイヌさんに、燐火は声を掛ける。

 

「あいつ、何かを狙っています。 恐らく決定的な損害を払わせるつもりだと思います」

 

「分かっていますわ! どうしてそんなに冷静でいられますの!」

 

「負けたら死ぬからです」

 

「……」

 

元々、一度は死んだ身だ。

 

燐火は生まれながらにして、人生に見放された存在だった。それが、ケルベロスのおかげでやっとまともな人生を送り始めることが出来た。

 

だから、だからこそだ。

 

ここで、ケルベロスが。おとうさんとおかあさんが。杏美が。

 

涼子をはじめとする友達が。

 

くれたものを台無しにするわけには行かない。

 

集中。

 

奥義に出る。

 

戻ってきたカトリイヌさんの若い方の護衛が、ソロネを側に呼び寄せる。一瞬だけ、時間を作る。

 

そういう意図が分かった。

 

フェンリルは平然と歩み寄ってくる。

 

其処に、カトリイヌさんの護衛が突貫。ソロネが、強烈な光をたたき込む。だが、フェンリルは悠然と歩いてくる。

 

それだけじゃない。

 

ただ一喝するだけで、ソロネが消し飛んでいた。

 

「それで?」

 

「Amen!」

 

鋭い一撃。

 

浄化の光が完全に入るが、フェンリルは涼しい顔である。

 

更には、絶倫の技量で、フェンリルにあらゆる体術がたたき込まれる。だが、まるで素手で熊に立ち向かうように。

 

フェンリルはうるさいといわんばかりに、カトリイヌさんの護衛を吹き飛ばしていた。

 

カトリイヌさんの護衛が弱いわけじゃない。むしろあの人、林西さんと並ぶくらいの使い手だ。

 

フェンリルがやばすぎるのだ。

 

分析を続ける。

 

というか、今ので、分析は出来た。

 

なるほど、そういうことか。これほど強いのだったら、最初から出してきてしかるべきだったのだ。

 

それをしなかったのには、理由があったのである。

 

燐火はついに看破する。

 

先に決めておいたハンドサインを出す。

 

エヴァンジェリンさんは、それを見て頷いていた。

 

カトリイヌさんに耳打ち。

 

いつの間にか、背丈の差も、だいぶ縮まっていた。まだカトリイヌさんの方が背が高いが。

 

同時に仕掛ける。

 

フェンリル「狼」が、そのまま進んでくる。

 

裂帛の気合いとともに、イオラーオスさんが後方から矢を放つが、尻尾を振るうだけでそれをたたき落とす。

 

更には時間差でイオラーオスさんが恐らくヒドラ毒を塗っている剣をたたき込むが、毛皮を貫通さえできなかった。

 

フェンリルは神々が総出でも殺せず。

 

ラグナロクの時まで、鎖でしばるしかなかったほどの魔だ。

 

圧倒的すぎるその強さは、ここで顕現されている。

 

ましてやラグナロクでフェンリルを倒したヴィーザルが既に倒れてしまっている今。

 

フェンリルは文字通り無人の野を行くだけなのである。

 

カトリイヌさんが、イオラーオスさんが吹っ飛ばされると同時に刺突を連続で仕掛ける。その全てが、目を狙っていたが。

 

銀白の毛皮どころか、眼球にさえ傷一つつけられなかった。

 

それだけじゃない。

 

ふっと息を吐くだけで、台風なみの風が起きる。

 

フェンリルの戦力は、近年粗製濫造されている小説に出てくるような「なんだか強い狼魔物」なんて次元じゃない。

 

文字通りの大魔王なみ。朝飯前に国複数を蹂躙し尽くすほどのものだ。

 

物語に堕してもこの強さ。

 

だが、この強さ、弱点がある。

 

爆風の中、燐火が迫る。

 

鉄パイプを、脳天にたたき込む。ふんと笑うフェンリル。それで、何か言おうとした瞬間だった。

 

エヴァンジェリンさんが、何かしらのルーンを発動する。

 

それを受けたのは。

 

カトリイヌさんだった。

 

「!」

 

何か言おうとしたフェンリルの口に、カトリイヌさんが手を突っ込む。その瞬間、しまったと顔に書いたフェンリルだったが。

 

次の瞬間、その口は、上下に鋭い音とともに、引き裂かれていた。

 

飛び離れる。

 

カトリイヌさんが、大きく肩で息をついている。

 

そして、へたり込んでしまう。

 

限界を超えたらしい。エヴァンジェリンさんも、無理をしていた中、これだけのルーンを放ったのだ。

 

力なく、ぱたんと倒れていた。

 

フェンリルが消えていく。

 

燐火は見切っていた。フェンリルは衰えきった力を、防御と攻撃、それぞれにその瞬間集中することで発揮していた。

 

だから達人の攻撃でさえいなしきり。

 

その後の反撃で吹き飛ばしていた。

 

ゆっくり歩いていたのは、余裕からじゃない。そうすることしか出来なかったのである。

 

達人がやるような、後の先、という奴だ。

 

獣はそれそのものが達人である。

 

師匠が言っていた。

 

それだけじゃない。狼は、様々な化身を使って、燐火達の動き、戦術、全てを学習していた。

 

それもあって、多少のイレギュラーはあれど、それでもどうにもならなかったのだ。

 

だが、その後の先を利用した。

 

エヴァンジェリンさんは、ルーンを用いて、ヴィーザルをカトリイヌさんに憑依させたのである。既に実体化状態で倒されていたヴィーザルに、エヴァンジェリンさんのルーンに対抗する力はなく、強制的な神おろしは成功したのだ。

 

フェンリルはそれで口を引き裂かれて倒れた。

 

だが、まだまだ周りにいる獣たちは元気だ。少なくとも、疲弊しきった日女さんと、セバスティアンさんを圧倒し。

 

林西さんもイオラーオスさんも動けなくする程度には。

 

降臨する。

 

奴の本体が。

 

それは、狼だった。若干黒ずんだ灰色。そして、その大きさは、大型犬の比ではない。

 

燐火は、そいつの正体を看破していた。

 

「狼王ロボ……!」

 

「そうだ。 俺は狼王ロボ。 人間に妻を殺され、復讐のためにこの地に来た」

 

「貴方はどちらかというと誇り高い狼王として伝承に残り、シートンの作った物語で知られているはず。 なにゆえにこのようなことを」

 

「それはあくまで人間の視点による敬意だ。 北米を好き勝手に荒らし、俺たちの生活を滅茶苦茶にした挙げ句、悪魔呼ばわりして追い回し。 そして俺の妻まで殺した。 俺はただ、狼の群れの長として、その場にいたかった。 その、ただの狼の長としての座を、俺は取り戻す。 俺はただ、それだけが願いだ」

 

そうか。

 

この狡猾すぎる知性。

 

スコル程度で再現できるわけがないのは、どうして看破できなかったのか。

 

専門家であるシートンですら翻弄した、最強の知性を持つ狼。人間のあらゆる罠を看破し、妻の死で動揺するまでは一切の攻撃を退け続けたまさに狼の中の狼。

 

フェンリルですら物語の存在に過ぎないのに対して。

 

ロボは実際に生きた狼であり。その写真も剥製も残されている。つまり、実在した本物の狼王。

 

人間が想像した凄い狼なんかよりも、数段格上の、文字通りの「本物」なのだ。それが貶められた。

 

フルーレティがなりたかった存在だと言ってもいい。

 

貶められた者だと言う点では、共通しているが。

 

人間が如何に敬意を払おうが。それはあくまで人間の視点。

 

ロボの怒りと悲しみが消えるわけがない。ロボを討ち取ったシートンは後悔しその誇り高さを物語に残したが、ロボはただ己を取り戻したかったのか。

 

「もう一柱、日本神話の邪神がいましたね。 あの方と手を組んだ理由は」

 

「このために手を打ってきた。 ダイモーンなんて代物も散々取り込んだし、横やりを入れてくるオーディン一派も始末した。 ここまでで、貴様には既に理解できているのではないのか」

 

「……善悪の反転、価値観の変遷ですか」

 

「そうだな。 その通りだ。 この国にダイモーンを大量展開し、更には世界中に広げることで。 今の善悪の基準を壊す。 それから、俺たちの本当の時代がやってくる。 残念ながらこの世界は人間の観測によってある程度決まっている部分がある。 だったらそれを現実的に利用してやるだけだ」

 

狼王ロボはそう言うと。

 

ふっと悲しげに笑った。

 

人間の価値観が今のままである以上。特に万物の霊長とかいうふざけた価値観が蔓延している以上。

 

人間にこの先はない。

 

狼王ロボは、最強の動物の怨霊と言える。

 

日本では怨霊が圧倒的な力を持つが。それもあって、この地では想像以上の力を発揮も出来るのだろう。

 

燐火は構える。

 

最後の奥義で相手をする。

 

狼王ロボは、それをするのにふさわしい相手だ。最強の手札であるフェンリルさえも、勝つために全て切り捨てた。そんなクレバーさすら持つ圧倒的な狼。全てを出し切らないと勝てない。

 

師範から授かった奥義は、まだ未完成だが。

 

それでも、ここでその最後まで、見せる必要がある。

 

フルーレティとの戦いでは、その一端を見せたに過ぎない。今までの戦闘で使っていたのは、余技に過ぎない。

 

今、動けるのは燐火だけ。

 

他の皆はもう限界だ。

 

ロボもロボで、使える手札を使い切り。

 

燐火を倒せる状態を作り出したと言える。だったら、ロボに見せていない奥義が勝負の決め手になる。

 

今までのスコルや他の魔の獣との戦いは。

 

全てロボに記憶されている。

 

そしてすべからく猛獣は達人と同じ動きが出来るという師範の言葉の通り。今目の前にいるロボは、本物の達人が命を賭ける価値がある相手だ。

 

燐火は息を吐き出す。

 

「平坂燐火。 貴様を必ず殺すための態勢を作り上げたのは、貴様がダイモーンに対する特攻兵器となりうるからだ。 ヘラクレスですら及ばぬ対ダイモーンの特攻存在にいずれなる。 だから俺が勝たなければならない。 この人間どもの観測で動いている世界で、せめて元の姿を取り戻すために!」

 

「……行きます」

 

「来い」

 

ロボは知っている。

 

既に燐火が入っている事に。

 

超集中状態。

 

そして、歩法の体力消耗が尋常ではなく、それほど長い時間戦うことが出来ないという事をだ。

 

勝負は一瞬になる。

 

持久戦を選択すれば、ロボは確定で勝てた。

 

だがイオラーオスさんの参戦もあり、そのもくろみが崩れた。だったら、ロボも一瞬での燐火の抹殺。

 

喉笛を食いちぎる手に出るはず。

 

勝負は一瞬だ。

 

動く。

 

先に仕掛けたのは燐火。緩急をつけつつ、歩法でロボに迫る。

 

ロボはその動きを冷静に見ながら、すっと下がろうとして、それで足を止める。気づいたか。

 

この辺り、フルーレティより格上だ。

 

だが、これは対達人用の歩法。

 

ロボは明らかにおかしいと悟ったのだろう。下がるのをやめて、それで。燐火に接近を許す。

 

のこり、三手。

 

ロボは燐火の動きをそれでも冷静に見る。

 

人間なんて問題にもならない猛獣が、凄まじい集中で燐火を見ている。そして、ここで生きてくる。

 

本来のロボだったら勝てない。

 

それは分かっている。

 

だが今のロボは、シートンの動物記の影響をどうしても受けている存在だ。狼王という、人間の思想が入り込んでいる。

 

だから本来以上に知恵は回るが。

 

野生動物としての力は落ちている。

 

だがそれでも、燐火の幻惑する歩法から、最善手で回避。

 

次の瞬間、分かっていたはずなのに、全身を地面にたたきつけていた。

 

のこり、二手。

 

跳ね起きながら、ロボはダメージに明らかに困惑する。だが、即座に立て直す。これはまずいと判断したのだろう。

 

困惑しつつも、それでも立て直すのが早い。

 

打撃を受けてももう構わない。

 

そう判断したロボが、歩法の幻惑から逃れようと動いた瞬間、また燐火が間合いを詰める。

 

間合いを詰め合った燐火とロボ。だが、こういうときに、頭が回りすぎる事が弱点になる。

 

ロボは明確に、無理に体をひねる。

 

あと、一手。

 

「おおおおおっ!」

 

多数の何かが、ロボから射出される。その中には、白い毛並みの狼がいた。恐らくは、ブランカ。

 

ロボの妻だったという、美しい狼だ。

 

ロボが敗れるきっかけになった存在でもある。

 

恐らく、ロボの群れの狼たち。その攻撃で、燐火の歩法を乱すつもりだ。燐火が全て紙一重で回避する。

 

これで、先手を取り戻したと判断しただろうロボ。

 

だが、その瞬間。

 

ロボは、また地面に激しく体をたたきつけていた。

 

「なっ……!」

 

踏み込むと同時。

 

渾身の、大上段からの一撃をたたき込む。

 

ロボの頭に吸い込まれる鉄パイプの一撃。二度の渾身での自爆が、それを回避する力を、ロボから奪っていた。

 

詰みだ。

 

直撃。

 

完全に入った一撃が、ロボの頭を砕く。

 

その瞬間。

 

ふっと、ロボが笑った気がした。

 

「理解したぞ今の技! 最後の俺の同志には、この技の詳細を伝えてやる! 俺は勝てなかったが、捨て石として機能した! 俺の願いは、あいつが必ず叶えてくれる! 人間どもよ呪われろ! 価値観の逆転に苦しみ世界を焼き尽くせ! それが、俺の……おれ……の……」

 

聖印を切る。

 

ダイモーンに依存していたロボの力が、一気に爆発し、四散していく。

 

同時に、辺りに無数にいた魔の獣が、制御を失う。

 

そして、ちりぢりにかき消えていった。

 

片膝をつく。

 

呼吸を整えるが、意識がこれは消し飛ぶな。

 

ロボが消えた場所に、そのまま倒れ伏す。

 

ケルベロスが、意識が消える前に。見事、とだけ褒めてくれた。







※狼王ロボ

シートン動物記に登場する狼です。勘違いされがちですが、実在の狼であり、写真や剥製が今も残されています。

シートン動物記を読むとその凄まじい知略がよく分かります。狼退治になれている筈のカウボーイ達が手も足も出ず、専門家であるシートンが退治に出向いたほどの圧倒的知恵者であり、しかも結局自分の知略で敗北する事は最後までありませんでした。狼王ロボはつがいである白い狼ブランカを罠に掛けられ、そして心を乱したところで敗れてしまったのです。

この凄まじい戦いを経たシートンは深く後悔して狼王ロボの物語を描き、動物の偉大さを世界に伝えましたが。

それはそれとして、狼王ロボからすれば勝手な理屈で住処に入り込んできた挙げ句、愛する妻を奪った人間を良く思っている筈がありません。

狼王ロボにとって、これは尊厳を取り戻す戦いだったのです。

そしてこの戦いのキーになる燐火の奥義を体を張って見破り、同志である邪神に伝えたことで、役割を果たしたのでした。



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