魔法少女アギア・ケルベロス~俺は地獄の番犬ではない   作:dwwyakata@2024

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効果的な戦略を打ち続ける邪神。

更に根の国のさらなる強力な援軍も姿を見せます……






3、将棋ではないが先の先を読む

邪神の周囲に、数体の蛇神がとぐろを巻いている。

 

既に同盟を組んでいた、伊弉冉の側近達。通称「八雷神」である。

 

根の国の重鎮でもある彼らは、神話的には大きな意味を持つ存在ではあるものの、それはそれとして日本ではほとんど知られていない。

 

日本神話の神格であるのにだ。

 

こいつらの存在もある。

 

流石にあの狼王ほどではないにしても、戦力に不足は感じていない。それほど、この神々は強いのである。

 

「それで次はいかがする。 道教系か、それとも新しい方の一神教か。 他の雑多な魔祓いか」

 

「いや、これだけでかまわん。 次の手に取りかかる」

 

「貴様は既に大駒をあらかた失っていると聞く。 天津の忌々しい神々を引きずり下ろすのは我ら根の国の悲願だ。 天岩戸の時には、あと一歩でそれをなせたのだが」

 

「……ただ、燐火とやらに言われたのだろう。 それはどう解決する?」

 

皮肉交じりに邪神が言うと。

 

雷神達は黙り込む。

 

まあ、そういうものだ。

 

所詮は古い時代の冥界。設定が練り込まれきっていない。

 

死んだ人間は皆根の国に行く。

 

その設定よりも、善行を積めば極楽浄土に行ける。死後は公正な裁判の末に、その後の所業が決まる。

 

その思想の方が、支持されるに決まっているのだから。

 

人間は死んだら終わり。

 

現時点では、科学的にはそうだろう。

 

だが、故にいまだに信仰は健在だ。

 

悪人は何をやっても法で裁かれない限りはやり得。

 

弱者はどれだけ虐げられても誰も見ていない。

 

そういった現実に対して、人間は素直に受け入れられるほど心など強くは出来ていないのである。

 

死ねばみんな冥界行きで、陰鬱な世界で暮らす。

 

そんな設定を、人間が支持するわけがない。

 

価値観の逆転を達成したとしても。

 

少なくとも、今のままでは根の国が復権することはない。

 

所詮は人間の信仰に依存しているのが神々であり神話なのだから。神話の存在も、それは同じだ。

 

「伊弉冉尊のお方どのにお伺いをかけてきてはどうかな? 今では素戔嗚尊も根の国との交渉はしてくれるだろう?」

 

「分かっている。 既に我らの一柱がどうするか、相談に向かった後だ」

 

「ならばそう慌てることはあるまい」

 

「ちっ……」

 

誰かが舌打ちする。

 

まあ、それもそうだろう。

 

こいつらにとって、天津と対立したというだけの邪神は、所詮利害が一致しているだけの存在に過ぎない。

 

根の国から出られない伊弉冉の指示で従ってはいるものの。

 

伊弉冉の側近である自負がある以上。

 

このような事は、屈辱でしかないのかもしれない。

 

まあ、どうでもいい。

 

散々神話の時代から魔祓いとやり合ってきた邪神だ。屈辱なんて、なんどでも舐めてきた。

 

それでも立ち上がってきたのは。

 

このままでいてなるものかと思い続けてきたからだ。

 

そして、今度こそ、それに手を掛けている。

 

ダイモーンという便利極まりない霊的接着剤を手に入れた今こそが。世界に対しても、価値観の逆転を引き起こす好機だった。

 

 

 

杏美が道路に飛び出そうとしたので、即座に止める。

 

子供は視野が狭く、こういうことを平気でする。

 

中には車の前に意図的に飛び出し、それを度胸試しと称する阿呆もいるが。そうならないようにしなければならない。

 

杏美に対して怒るのはおかあさんの仕事だ。

 

今のはなぜいけないのか。

 

言い聞かせる。

 

保育園は使わない予定だ。おかあさんはもう専業主婦でやっていくつもりのようだし。それで面倒を見させるのもおかしいというのだろう。

 

杏美の手が掛からなくなったら、また仕事に出るつもりではあるようで。

 

燐火の鍛錬を細かく時々見てくれる。

 

杏美も燐火と一緒におかあさんが鍛錬する様子を見ていて、よく分からないようだが手を叩いて喜んでいる。

 

やってみたいようだが。

 

まだ早いというとむくれる。

 

まあ、これは仕方がないだろう。

 

黙々と燐火は鍛錬と勉学をしながら、毎日を過ごす。やはり日本を離れる魔祓いが増えている。

 

黄泉軍(よもついくさ)といわれる、予母都志許売とならぶ黄泉の先兵が現れ始めたのだ。

 

これも伊弉諾を追い回した根の国の兵隊だが。

 

予母都志許売と違って、数を売りにしている。

 

このため、単独での戦力はあまり高くない。高くない、そのはずなのだが。

 

古めかしい骸骨が鎧を纏った姿に油断した魔祓いが、再起不能レベルの重症を負うケースが続出。

 

雑魚と言っても、ここは地元だ。

 

それだけ手強いと言うことである。

 

これはまずいと、泡を食った海外の魔祓いが離れている。

 

日本神話系の魔祓いが来るまで、時間を稼ぐのも立派な仕事だし、それでお給金も出るのだが。

 

それでも、これは流石に対応できないと、逃げ出すものが増えていた。

 

カトリックもプロテスタントも、神父と牧師が次々日本を離れている。

 

どれも戦力としては二線級の魔祓いばかりだったが。

 

それでも数が集まれば壁をしっかり展開できるし。守護天使がいれば、その防御能力は更に高くなる。

 

いなくなられるのは、単純に損失だ。

 

一神教だけではなく、雑多なマイナー信仰の魔祓いも似たような状況になっているらしく。

 

これも損害だ。

 

同じ文化圏の魔祓いでなければ、その魔には対応できない。

 

燐火がギリシャ系のダイモーン対策で重宝されているのと同じである。

 

マイナーな文化圏の魔祓いほど、むしろ重宝されるのだ。

 

それが逃げ出されると、マイナーな文化圏の魔が出た場合に、対応が難しくなる。力が弱くても、祓えないとなると。

 

途端に無力化のハードルが上がるのだから。

 

かくして、各地で一線級の魔祓い達の負担が増えている。

 

良くない傾向だ。

 

相手は狼王ロボと同等の知恵者とみて良いだろう。更には、恐らくだが。

 

あの狼王は、最後は負けることも前提に動いていた。

 

燐火が会得途中の奥義についても、既に解析された可能性が高い。そうなると、最悪邪神が使ってくる可能性すらある。

 

狼王ロボは、最後まで諦めなかったし。

 

倒れてもただでは転ばなかったのだ。

 

しかしながら、新しい技を身につけるというのはあまりにも安直だ。それで通じる相手でもないだろう。

 

今は、この奥義を。

 

極めるしかない。

 

師範のところでも、調子は見て貰う。

 

充子も中一になったこともある。そろそろ段位を取れる年だ。ちなみに燐火はこの間取ってきた。

 

試験官はこれで初段かと目を見張っていたが。

 

まあ五段相当と言われているので。今後も年を取ったら、着々と段位を進めていくだけである。

 

燐火の動きを見ると、師範は考え込んでから、細かく調整を入れてくれた。

 

短期間で背が大分伸びている。

 

160を超えてからもまだ伸びているから、それもあって調整が必要だということだろう。

 

本当に、幼い頃伸びることが出来なかった鬱憤を晴らすように背が伸びてくれていて。

 

その分体も重くなっている。

 

重さの大半は筋肉と骨によるものだが。

 

それでもそもそも動物は、小さい方が筋肉の対費用効果が高いのだ。

 

筋肉は断面積が強さに直結することもあり、三次元体ではどんどん強力な力を発揮できなくなっていく。

 

昆虫が凄まじい力を持っていると誤解されているのは有名な話だが。

 

昆虫以外にも、ノミなども凄まじい跳躍力を誇り、同じ大きさならばと思われるかもしれないが。

 

実際には同じ大きさになっても、其処までの力は発揮できないのである。

 

ともかく、調整を済ませる。

 

パワーはついてきているが、今までと違って軽さを生かした速度が出なくなるから気をつけるようにとは言われた。

 

分かっている。

 

それについては、パワーで補うしかない。

 

勿論重くなるから、その分転んだときとかのダメージも大きくなる。

 

それを考えると、動きなども全て変えていかなければならない。

 

フルーレティが奥義で致命傷を受けたときの事を思い出す。

 

あのとき、フルーレティは長身の青年の姿で、しかも全身に氷の鎧を纏っていた。それが致命傷を誘発した。

 

燐火も、それは他人事ではなくなる。

 

良くしたもので、ボディビルダーは筋肉を維持しているが、それが強さにはまったくつながらず。

 

むしろ体は弱くなってしまうそうである。

 

調整が終わった後、日根見ちゃんと充子を交えて話す。

 

ちなみに日根見ちゃんはどんどん成績が上がっているようだ。毒親から解放されて、本当に全てがうまく進んでいる。

 

充子もお姉ちゃんが出来て、色々と変わったようである。

 

姉妹仲は良好なのが見ていて分かる。

 

「剣道は本気でやってみるつもりはありますか?」

 

「うーん、一応二段まではとるつもり」

 

「簡単ではないですよ」

 

「身を守るにはそれくらいはほしいから。 でも、二段あればちゃんと剣道をやっている襲撃者以外には負けないでしょ」

 

そういう簡単な話ではないのだが。

 

ただ、剣道の経験者が、そうでない人間に対してアドバンテージがあるのは事実だ。特にナイフを持った相手に対しては、かなり強く出ることが出来る。

 

日根見ちゃんの力量だと、来年初段をとれるかとれないか、くらいだろう。

 

ちなみに燐火は県大会に出ないかと学校で言われたが、断った。空手部でも出ないことにしていると言った。

 

これは変なところで目立たないためだ。

 

それに時間を取られるのも困る。

 

毎日のルーチンをこなすのは得意だが。それ以上を求められると、魔祓いに支障が出てくるのだ。

 

「充子ちゃんは勉強についてはどうですか」

 

「問題ありません。 出来れば学校は燐火さんやお姉ちゃんのところに行きたかったですが……」

 

「学校では問題はない?」

 

「ありません。 同級生にあまり品がない子はいないのが理由です」

 

そうか。

 

小学時代は充子もいろいろあったのだが。

 

とりあえず、話は終わったので帰る。

 

多少リフレッシュできた。それだけでよしとする。

 

問題は、帰路で。

 

ついに黄泉軍が現れたことだが。

 

 

 

すぐに着替えて現地に向かう。

 

小さな廃ビルが閉鎖されていた。なんでも不良がたまり場にしていたらしいのだが。そいつらが大けがをして逃げ出してきたのだそうだ。高校生の不良の中には、指を何本か失った者もいた。

 

中で色々悪さをしていたらしいので自業自得ではあるが、内部に一人取り残されているという。

 

しかもそれは不良どもが連れ込んだ近くの中学の女子生徒であるらしく、これは仕方がない。

 

燐火は制服に着替えると、内部に。

 

一応記憶操作の能力を持つ魔祓いがいるので、不良達には中で見た化け物は全て忘れて貰う事になる。

 

内部に連れ込まれていた女子生徒も、である。

 

それにしても凄まじい気配だな。

 

公安の人が、内部の状況を軽く説明してくれる。

 

「平坂さんだね。 内部には現在、最低でも十体の黄泉軍がいるそうだ。 今日女さんが向かっている。 しかし、内部に取り残された人員をできるだけ……助けたい」

 

「そのつもりです。 というか、恐らく撒き餌でしょう。 うまく立ち回れば救出は可能です」

 

「……気をつけて。 魔を相手に我々に出来ることはないからね」

 

「大丈夫です。 専門家にお任せを」

 

エヴァンジェリンさんが来ていた。燐火と頷きあう。

 

この間のリベンジだと息巻いている。

 

相手がこの間は雷神だった。それもこの土地の、である。

 

流石に相手が悪かった。

 

だが、今度はそうはいかない。

 

この間、借りていたアイドルにちょっとした工夫をした。それもあって、役に立てる筈だ。

 

二人で内部に。

 

ルーンを展開するエヴァンジェリンさんが、即座に相手の位置を特定した。

 

「一階に四体、二階に三体、三階に五体、四階に二体、屋上に三体」

 

「かなり多めですね」

 

「いや、ここは天才たる私が見る限り、既に魔界になっている。 このまま放置しておくと、更に増える」

 

「要救助者は」

 

四階で、生きているらしい。

 

既に地図は確認した。まず仕掛けてくるならば。

 

鉄パイプを振るい上げる。

 

物陰から、さびた槍を突き込んできた骸骨。身に纏っているのは、和鎧より明らかに古い代物だ。

 

がっとはじき返しつつ、返す刀で頭を粉砕する。更に蹴り飛ばして、突っ込んでこようとしたもう一体にぶつける。

 

二体まとめて、がしゃがしゃと嫌な音を立てた。

 

更に背後から一体。

 

恐らく古い時代の……枝分かれした剣を振るい下ろしてくる。だが、エヴァンジェリンさんがルーンを展開、壁を作り出してがちんとはじき返していた。

 

すっと相手の間合いに入り込むと、胴を入れて粉砕する。

 

古い鎧がひしゃげて、骸骨が吹っ飛ぶ。

 

楽に倒しているわけじゃない。

 

いずれの動きも、剣道有段者くらいの鋭さはある。しかも、この武器の火力。生半可な魔祓いの壁くらいは簡単に貫くはずだ。

 

その辺の悪霊だのを相手にしている魔祓いが、大けがをする訳である。

 

そのまま二歩下がりつつ、上から襲いかかってきたもう一体に、フルスイングをたたき込む。

 

奇襲としては悪くなかった。

 

実際、燐火も一瞬早く気づいただけだ。

 

二年前だったら、貰っていただろうな。

 

そう思いながら、倒れている骸骨……黄泉軍を片っ端から叩き潰して、行動不能なまで粉々にしておく。

 

これで後方からの奇襲は防げるはずだ。

 

更にエヴァンジェリンさんが拘束のルーンをかけていた。魔祓いはできなくても、動きは封じられるはずである。

 

「見たか! 私は天才だ! 褒めろ褒めろ!」

 

「上の階の敵に変動はありますか」

 

「……二階に増援。 六体になっている。 三階、四階は据え置き」

 

「まずいですね」

 

一体ずつだったらこうしてどうにかなるが、槍を主兵装にしている敵を複数同時に相手取るのは不可能だ。

 

剣豪ですら、剣で槍と戦うなと言い残しているレベルで、槍と剣では力に差がある。

 

ましてや槍は集団戦を最も得意とする武器であり、囲まれたら対処のしようがないのである。

 

階段を上がる。

 

コレは凄いな。

 

どんどん魔の気配が強くなる。

 

ケルベロスが呻いていた。

 

「タルタロスに気配が近くなっている。 面倒だぞ。 できるだけ迅速に人質を救出しないと、取り返しがつかなくなる」

 

「分かってる」

 

「来たぞ。 三体だ」

 

槍持ちが三体か。

 

頷くと、エヴァンジェリンさんにハンドサイン。頷いたエヴァンジェリンさんがルーンを組むのを見ながら、躍り出る。

 

廊下で三体が、槍をそろえて待っている。普通だったら真っ正面からの特攻は自殺行為だが。

 

この狭い廊下だ。

 

槍の動きが限られる。

 

それでもリーチの差が面倒だが。

 

ばちんと、激しい斥力が、黄泉軍の中で生じて。陣列が乱れていた。エヴァンジェリンさんが、ルーンで援護射撃をしてくれたのだ。倒すことは出来なくても、これくらいなら出来る。

 

其処に潜り込むと、燐火は立て続けに二体を粉砕。三体目は槍を向けてくるが、廊下では槍のリーチを生かし切れない。

 

懐に入ると、合気をたたき込む。

 

吹っ飛んだ骸骨は壁にぶつかると、力なく倒れていた。

 

予母都志許売にくらべるとぐっと戦力が落ちるな。やはりこれは数を主体にしている訳だ。

 

すうと息を吸い込むと、燐火は喝を入れて、不意打ちを仕掛けようと忍び寄っていた一体を牽制。

 

動きが止まった瞬間に、面を打ち込んで粉砕。

 

後二体。

 

背後、上、同時。

 

下がりつつ、槍をいなし、肘打ちをたたき込む。更には動きが止まったところで跳び下がりつつ、立て続けに前に出る。

 

体勢を崩している一体を踏み砕きながら、上から来た最後の一体に真正面から突貫。そのまま、槍を跳ね上げ、一刀を胴に打ち込んでいた。

 

だが。更に一体。

 

追加入ったわけだ。

 

背後からの鋭い一撃。回避しきれない。

 

しかし一瞬だけ、アイドルが力を発揮して、ルーンの壁が出来る。北欧系の魔だったらもっと効果てきめんだっただろうが。それでも黄泉軍は槍をわずかにそらされる。燐火は踏み込むと、立て続けに頭を砕いていた。

 

拘束のルーンだけエヴァンジェリンさんが打ち込んで、三階に。

 

三階にいる黄泉軍は、雰囲気が違う。

 

二体とも、大きな剣を手にしていた。鎧も心なしか豪華なようだ。

 

同時に相手にするのは厳しいか。

 

しかも三階は五体最低でもいる筈。

 

ここを短時間で突破するのは難しい。だが、やるしかない。

 

狭いビルの通路を利用する。

 

エヴァンジェリンさんがルーンを組む。

 

踏み込んできた黄泉軍が、かっと鋭い叫びとともに、大きな剣を振り下ろしてくる。それを鉄パイプではじき返す。

 

重い。

 

がっと火花が散った。

 

踏み込みつつ面を入れるが、それを的確に防ぎつつ、返しの刃を入れてこようとする。すっと下がりつつ、胴を入れに行くが、今度は自分から飛んで下がる。

 

打撃は入る。だが浅い。

 

威力を殺しつつ、骸骨の戦士は笑ったようだった。

 

「ほう。 我らが呼ばれたわけだ。 今の時代にもなかなかのますらおがいるではないか」

 

「……名前のある方ですか」

 

「俺は亜眼。 そちらは弟の威眼。 漢字は当て字だ。 人質を取ればおまえが来ると言われていてな。 どれほどの近接戦能力を持つか確かめてこいと言われていたが、これだけ出来れば充分だろう」

 

「平坂燐火です。 よろしく」

 

くはははと、亜眼は笑う。

 

骸骨だが、明確に感情はある。

 

そして、撤退だと弟に言った。弟は不服そうだったが、もう一度撤退というと、しぶしぶ従い、先に消えた。

 

「すまんな。 根の国で雑魚どもを鍛えるくらいしかする仕事がなかったからな。 俺も弟も戦に飢えているのだ」

 

「燐火であればいつでも相手になります」

 

「頼もしい言葉だ。 貴様のような若者が更に増えてくれれば、腑抜けたこの国の未来も少しは安心できるのだがな。 ここに連れ込まれた娘を強姦しようとしていた連中は適度に痛めつけたが、娘の方には何もしていない。 それは安心せよ」

 

そして、兄の方も消えた。

 

エヴァンジェリンさんが、冷や汗を拭っていた。

 

「燐火、今のに勝てたか」

 

「一対一であればどうにか。 ただ魔祓いは厳しかったでしょうね」

 

「だろうな。 あの気配、前に故郷で実際に見たヴァイキングのベルセルクの悪霊のものに近かった。 純粋戦士そのものだった」

 

「……」

 

元々この国は戦士の国だった。

 

あのモンゴルを撃退した数少ない国である。

 

それもあって、ああいう古代の者が、今を憂うのも分かるのかもしれない。

 

無言で燐火は先へ行く。

 

明らかに気配が薄れている。

 

幸い、倒れている人質は意識がないが、これはちょっと様子がおかしいな。狭い部屋の中で、人質が転がされているが。服も何カ所か破られ下着も脱がされているというか剥がされているようだし、むしろ危ないところだったのかもしれない。黄泉軍がこなければ、この程度ではすまなかっただろう。

 

エヴァンジェリンさんがコートを脱ぐと、酷い姿の意識を失っている人質にかぶせる。そして、まだまだだ。

 

屋上から降りてきたのは、大きな骸骨の塊だ。四つ足の獣の態勢を取っているが、体を構成しているのは古めかしい鎧と人間の骸骨だ。

 

あの兄弟の指揮官らしい黄泉軍が残していったのだろう。これくらい、倒して見せろと言う訳だ。

 

ルーンを切るエヴァンジェリンさん。

 

燐火は無言のまま、すり足で相手に間合いを詰める。

 

うなり声を上げながら、巨大な腕を振るい下ろしてくる

 

下がれば人質は助からない。

 

一喝とともに、燐火は武芸の全てを巨大な黄泉軍にたたき込んでいた。

 

 

 

日女さんが来る。頭から血を流している。これは、日女さんも襲われたのか。

 

燐火もかなり最後の奴を相手にするのと、悪運を祓うので疲れた。

 

魔界になっていたビルを浄化するのは。

 

浄化が出来るようになってきた今でも、かなり骨だった。

 

エヴァンジェリンさんもかなり参ったようで、ハンカチを被って横になっている。

 

日女さんが来ると、苦笑いしていた。

 

側に散らばっている巨大な骸骨の獣の残骸は、エヴァンジェリンさんのルーンで封じ込んではいるが。

 

日女さんが魔祓いをして、消し飛ばす。

 

日女さんが、改めてそれで話してくれる。

 

三十体近い黄泉軍に襲われたらしい。

 

神おろしを全力で展開して倒したものの、消耗が激しく、こちらに来るまで時間が掛かってしまったそうだ。

 

すまないと言われたので、問題ありませんと答えておく。

 

相性が良いはずの日女さんでこれだ。

 

燐火達が、相手を撃退できただけでもよしとすべきである。しかも人質は助かったのだから。

 

人質を救急隊員が運び出していく。

 

警察もつきそう。

 

あの不良どもは県外から来た連中らしく。無差別にあちこちで悪さをしていたそうだ。

 

今回も「ナンパをしたらついてきた」とかほざいているらしいが。

 

明らかに強姦寸前だった事。

 

強烈な睡眠薬を嗅がせて、それで眠らせた形跡があった事。

 

ついでに手慣れていたこともあって、常習犯であることは確定らしい。

 

高校生から中学生のグループのようだが、全員逮捕、良くても少年院行き。悪ければそのまま実刑判決は確定だろうと言うことだ。

 

この街ではダイモーンを片っ端から祓って悪運を浄化している事もある。

 

反社の類はほとんどいなくなったのだが。

 

いなくなっても、よそから流入はしてくる。

 

それを思い知らされる。

 

やっぱり機動力が必要だな。

 

この街の事だけではなく、世界を救うなんて事は流石に燐火も考えてはいない。ただ、出来る範囲で出来ることはしたい。

 

とりあえず免許を取れるようになったら早めに取るべきだな。

 

そう考えながら、公安の人と軽く話をして。

 

レポートを書く事にする。

 

家に戻った後は、かなり疲れていた。

 

黄泉軍には、ダイモーンが入っていなかった。入っている場合もあったが、入っていなくてもあれだけ強い。

 

そして敵の傾向からして。

 

恐らくこれから、予母都志許売や黄泉軍との混合魔が出てくるとみて良い。

 

ダイモーンを接着剤代わりにして、複数の魔を混合させるタイプだ。

 

予母都志許売だけであの強さである。

 

黄泉軍も決して侮れない相手だ。

 

レポートを書いていると、体力の限界を感じる。さっさと仕上げて、それで今日は休むことにする。

 

体力を使い切ると色々とまずい。

 

風呂に入って疲れを流すが。

 

それが出来るのは、今だけだとケルベロスに言われた。

 

「肉体的に若い時期にしか、風呂に入って疲れを流すようなことは出来ない。 年を取ると疲れはどんどん蓄積するようになる。 それは、今のうちから意識しておいた方が良いだろうな」

 

「そうだね。 それにしても……」

 

「うん?」

 

「価値観の変遷が起こった世界って、一体どうなるんだろうね」

 

ケルベロスはしばらく黙ってから。

 

実例をいくつか話してくれる。

 

多神教が当たり前だった世界に、一神教が現れた時。

 

最初は決してそれは強い勢力ではなかった。

 

だが、とにかく馬鹿を支配するにはとても都合が良い思想だというのが、悪い連中には魅力的だった。

 

ローマ帝国が一神教に乗っ取られたのが転換点だった、とケルベロスは言う。

 

以降は一神教の偏狭な思想が、他の思想を全て排除していく事になり。

 

その偏狭極まりない思想は、世界中の文明の進展に、明らかな害を及ぼすことになっていった。

 

近年だとイデオロギーによる世界の変遷があるが。

 

それも決して良い方向にばかり進んだわけではない。

 

どのような論理的に優れているイデオロギーであろうと、いきなり持ち込めば大きな害を及ぼすことが多い。

 

残念ながら人間はそんなに優れている生物ではないのだ。

 

今後も価値観の変遷で文明にブレークスルーが起きる可能性はある。

 

だがそれは必ずしも良い方向に歴史が動くとは限らないだろう。

 

そうケルベロスは淡々と話してくれた。

 

分からないでもない。

 

燐火もテロリストが自爆テロをしたり。自爆テロを子供なんかにさせたり。人間を奴隷として売り飛ばしたり。

 

そういった事例は実際にごく近年起きている事を知っている。

 

先進国と言われるような国でも。

 

多様性を口にしながら、敢えて醜い造形を作って、これがスタンダードだと喚き散らしたり。

 

そういった連中がわんさかいる事も知っている。

 

多様性が良いのであれば、様々な要素の中に美しさを作り出していけばいいものを。

 

そうしないのは、ただの逆張りである。

 

それがもしもブレークスルーを引き起こしたりしたら。

 

差別が世界を苦しめている現実よりも。

 

更に良くない時代が来るのは、想像に難くない。

 

それにだ。

 

そういう馬鹿げた活動をしている連中は。

 

あるいは、そんな風なろくでもない世界が来る事こそを、望んでいたり。

 

背後に政治的な思惑があって、色々な利害の末にそうしているのかもしれないが。

 

ただ、何かしらの良い価値観の変遷が起きることだって、当然あるだろう。

 

それは止めてはいけない。

 

しかしながら、だ。

 

ダイモーンを用いて悪運をばらまき。

 

やりたい放題を尽くしている邪神たちの行動が、世界をよくするとはとても思えないし。

 

そういうことをする存在が、もしも世界のスタンダードになったりしたら。

 

それこそ世界は今以上の地獄になるのではないのだろうか、と燐火は思ってしまうのである。

 

とりあえず、さっさと寝て疲れを取る。

 

既に梅雨に入っていることもある。

 

翌日は雨だった。

 

雨でも、外でルーチンの鍛錬はこなせる。

 

ちなみに杏美は雨が大好きなようで、雨が降っているときゃっきゃっと喜ぶ。

 

まだ幼稚園は早いが。

 

おかあさんが世話をしながら、色々確実に教えている。

 

燐火もそのうち、簡単なことを教えるように頼まれるかもしれないが。

 

基本的に頼まれるまではしないつもりだ。

 

鍛錬をして、迷いを払う。

 

今は、迷いを捨てるべきだ。

 

敵にも本物になりたかったフルーレティや、ただ愛する者といられる世界がほしかった狼王ロボがいたが。

 

それはそれとして、あの悪神化フリッグの邪悪さは、看過できないものだった。

 

最後に恐らく残っただろう大物である、日本神話の邪神らしき存在は。

 

その正体が想定されるものだったとしたら、とてつもない災厄を起こしかねない。

 

今はただ、少しでも技を磨く。

 

そうして、対処するしか手はなかった。







苛烈になり続ける攻撃。

今までのは遊びだったと言わんばかりの状況。

燐火にも大きな精神的肉体的な負担が掛かっていくことになります。



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