魔法少女アギア・ケルベロス~俺は地獄の番犬ではない 作:dwwyakata@2024
対ダイモーンの使い手になっている燐火を防ぎつつ、確実に日本の魔祓いの力を削いでいく。
邪神の行動は極めて戦略的です。
結果、被害がうなぎ登りに増えていくことになります。
恐山が襲われた。
霊山として恐れられる恐山だが、魔祓いとしても活用している土地である。
幽霊が普通にいる場所と言われているが、実際には日本神話系の魔祓いが常に巡回しているらしく。
霊場としては重宝されているものの。
悪霊が好き勝手に闊歩しているような場所ではないらしい。
そこにいたイタコと呼ばれる人たちを魔祓いが何名か護衛しているのだが。その魔祓い達が、予母都志許売に襲撃を受けたのである。
即座に援軍が向かったそうだが。
予母都志許売をどうにか迎撃を出来たものの、警備に当たっていた魔祓い数名が再起不能の重症を受け。
統括していた魔祓いである神道系の一線級で活躍している魔祓いが、引退に追い込まれるほどの手傷を受けることになった。
それだけではなく、イタコをしていた人が何人か殺され。
二目と見られないほどの悲惨な死に方をしたと言うことだった。
ついに始まったのだ。
燐火はどうすることも出来なかった。
距離が遠すぎるからだ。
流石に青森まで出かけていくのは現実的ではない。
損害を聞いて、燐火は慄然とするしかなかった。
神道系の魔祓いですら、それほどの目に遭わされることとなった。
それに、予母都志許売との戦闘で、その恐ろしさを思い知らされたのだろう。なんとか生き残った魔祓いは、廃業を決めて辞めていったそうだ。
邪神は狡猾だ。
確実に手を進めてくる。
燐火は嘆息すると、遊びに来た(鍛錬が主目的だが)小川先輩と一緒に、おかあさんの手ほどきを受ける。
夏の試合で全国大会に出ると小川先輩は気合いを入れているが。
おかあさんは、動きを見ると、数日休むようにと即座に指示していた。
「鍛錬をやり過ぎたね。 このまま行くと、試合中に筋肉を断裂したりして、下手すると二度と空手を出来なくなるよ」
「えっ……」
「鍛錬のメニューを超えて動いていたね?」
「……すみません。 行けると思ったんすが」
小川先輩がしゅんとする。
燐火としても、他人事ではないなと思う。
おかあさんが、いくつかアドバイスをする。ともかく数日は鍛錬は絶対にしない事。それと、後の時間はマッサージに費やされた。
夏の試合では、鈴山さんも出るらしい。
鈴山さんも冬は一年の時の夏よりも好成績を出したのだ。
次はシード選手に勝ちたいと意気込んでいる。
小川先輩は、数日後にもう一度来るようにと言われながら、マッサージを受けている。
時々痛そうにしていると言うことは。
おかあさんが言うとおり、割としゃれになっていない状態だったのだろう。
燐火も心配になったが。
ケルベロスが無用と言った。
「あれは必要な失敗だ。 燐火と出会ってから、苛斂は何もかもうまくいきすぎていた。 それもあって、こういう失敗はしておいた方が良い。 試合で失敗をするよりも何倍もマシだ」
「そっか」
「燐火はまだ機動力が足りない今の状態を悔しく思うか」
「思う」
青森の件は、国がヘリでも用意してくれればどうにかなったのだろうか。そうとはとても思えない。
実際の戦闘は一時間も掛からなかったらしく。
増援の日本神話系の魔祓いが到着した頃には、既に現場は地獄絵図だったそうである。
そんな状況で何かが出来たとも思えない。
流石にあの予母都志許売が数体がかりで襲ってきたら、燐火もいなせる自信はあまりない。
地元の魔。
それがこれほど強大だとは、燐火も思っていなかった。
油断がどこかにあったのかもしれなかった。
ともかく、鍛錬を黙々とする。
今はそれしかない。
精神修養もする。
夏休みに入る前にやるべき事は全て済ませる。今年は夏合宿にも出ないようにと言われているから。
自宅で勉強と鍛錬をし。
近場に出る魔を祓うだけだ。
夏に入ってから、数度黄泉軍の精鋭らしい魔が現れる。どいつもこいつも手強く、燐火との戦いを楽しみにしていたようだった。
戦いが好きと言うことを、否定する気はない。
人間は古くから戦争が大好きだ。
どれだけその非合理性と悲惨さを知っていても、どうしても戦争を元にした娯楽は絶えない。
それだけ好きなのである。
古代だったら、今よりもその傾向はどうしても更に顕著になっていただろう。価値観が違ったと言うことだ。
それは燐火も分かっている。
だから、それについてどうこうというつもりはない。
相手の得物も、古めかしい剣だけではない。
槍や矛、槌、中には徒手なんて例もあった。体格も様々で、男性の黄泉軍だけではなく、女性の戦士もいた。
ただ女性だからといって弱いわけでもなく。
しっかり強かった。
その全てを打ち倒していくが、どうしても疲弊がたまるのは避けられない。一度に複数出てこないのも、確定でそう狙っているとみていい。
敢えて燐火の性格を利用している。
手駒はそれこそ幾らでもいるのだろう。
だからその手駒を使って、徹底的に対ダイモーンの専門家である燐火を封じに掛かっている。
しかも燐火が受けて立つのを知った上で、だ。
その上出てくる黄泉軍は、いずれもが達人ばかり。混合魔も、どれも人間時代の戦力を再現するためだけに使っている。
燐火も腕を上げているが、これほどの力量の相手ばかりが出てくると。
骸骨の状態でも、燐火がどうにか勝てるかという相手だった亜眼威眼兄弟が、もしも同じように人間時代全盛期の姿で出てきたらどうなるか。
はっきりいって、あまり対処できる自信はなかった。
そうして、また一線級の魔祓いが落とされる。
今度は仏教系だ。
九州にある寺が襲撃された。
かなりの数の魔祓いが集結していたのだが。黄泉軍200体以上と、更にはホテルに出現したあの雷神も出たようだ。
激しい戦いの末にどうにか撃退は出来た。出来たが。六人の魔祓いが殺され、寺を守っていた名物住職だった魔祓いも左腕を雷撃で吹き飛ばされ。引退を余儀なくされることとなった。
非常にまずい状態だ。
魔祓いを統括する公安の秘匿部署が現在連日会議を開いているらしい。
あちこちで専属の魔祓いも動いているが。
公安に専属だからといって優秀と言う訳でもなんでもなく、各地にいる一線級の魔祓い達と連携を密にすることしか現時点では出来ていない。
それを考えると、恐らく今追い込まれている。
敵は多くの黄泉軍と、予母都志許売を失っているが。
それは必要経費として充分だと言うことだ。
それに、である。
狼王ロボとの交戦で、この国の現時点での一線級の魔祓いは、あらかたその戦力を把握された。
日本政府も必死に海外の一線級の魔祓いを招聘しようとしているようだが。
この状況で、来てくれる魔祓いは決して多くはない。
それどころか、予母都志許売の実力を見て、恐れて逃げ帰ってしまう者が続出する有様だった。
文化圏が同じであれば対処も出来たのかもしれない。
だが、違う文化圏のこれだけ強い魔だ。
対応できないと投げ出すのは、あまり責められなかった。
いずれにしても、燐火も無為に過ごすわけにはいかない。
そう思って、道場に出向く。
師範に、相談したいことがあったからだ。
日根見ちゃんと軽く話して、しばらく忙しくなることは言っておく。
充子と手合わせもする。
今日は道場を開いていないらしく、一対一でしばし延々と試合をした。
相変わらず充子の腕前は凄まじく、これだけ実戦を積んだ今でも、まだまだ一本を取るのは至難だ。
それでも三回に一回はとれるか。
気迫が師範に似てきていると思う。だが、格上との戦いは、決して無駄にはならないはずである。
連続して試合をして。
十試合を終えて、礼。
結局十一本を取ったが、十九本を取られた。
審判はいらない。
たがいにそれが判断できるので、それで全く問題はなかった。
試合を終えた後、師範に見てもらう。
やはり細かいところでかなり指示が入った。体が大きくなってきているからだ、動かし方、足の運び方なども、細かいが厳しい指導が入る。
「力がついてくるとどうしても雑に勝てるようになる。 それで勝ち癖をつけると、同格以上の相手にあたったときにてもなくひねられることになる。 くれぐれも、丁寧な立ち回りを忘れないようにせよ」
「分かりました」
「ただここしばらくで、立て続けに優れた使い手と立ち会ったようだな。 剣筋が更に磨かれている。 段位の取得に経験年数がなければな……」
現時点で充子が六段相当、燐火は五段相当。だが、この先は壁が厚く、恐らくは簡単にはそれ以上にはいけないそうだ。
頷くと、聞く。
奥義についてだ。
「奥義の精度を上げたいと考えています」
「それほどの相手が控えていると言うことか」
「はい」
「……分かった。 使って見せよ」
勿論竹刀での立ち会いだ。
しかも、これはとても危険な技なので、外ではやらない。
屋内で、畳の上でやる。
しばし、黙々と歩法を駆使して、師範と互いの攻撃予測をぶつけ合う。精度がどうしても足りていない。
根本的な技量も違う。
師範はどこまで強いのか。
これだけ腕を上げてきても、全く近づける気がしない。
なんども床にたたきつけられる。
これはそういう奥義だ。
だが、自分でそれを食らうことによって発見だって有るはずだ。
それを理解しつつ、何度でもたたきつけられる。受け身は取る。というか、受け身をとれるだけの余裕を師範が持たせてくれているのだ。
奥義に名前なんかない。
師範は必要ないと言っていた。
しばし、奥義どうしをぶつけ合って分かるのは。
力量の差が、奥義の精度に直結する、ということだった。
礼をして、残心する。
あちこち打ち身が痛むが、この程度で動けなくなるほど柔な鍛え方はしていない。座って、向かい合って話す。
「今ので分かったと思う」
「はい。 この歩法、尋常な武術で破ることは不可能です」
「その通りだ。 私が達人殺しとして編み出したものだからな。 ただし、相手も同じ事をしてきた場合は……」
「純粋な精神力が試されます」
然り、と言われた。
燐火もそれが分かるくらいには腕を上げた。
五段相当だが、五段でもピンキリだという。五段最上位くらいには入ると師範は言う。充子は六段最下位くらいだそうだが。
そうなると、この先の剣の腕は文字通り魔境というのがふさわしいのだろうと燐火も思い知らされる。
「精神修養をもう少し積んでおけ。 もしもこれ以上この奥義の精度を上げるのであれば、それしかない」
「はい」
礼をして、道場を出る。
ケルベロスが喜んでいた。
「素晴らしいますらおだ。 生きている時代が違ったら、剣豪の一人として数えられていただろうな」
「何かの開祖になっていたかもね」
「うむ……」
「それで分かったことがある。 剣道だけじゃなくて、他の武道でも多分この奥義、再現できると思う。 練習がいるけど」
それが、切り札になる。
恐らくだが、狼王ロボは奥義の詳細を邪神に伝えたはず。
そして邪神は甘い相手じゃない。
黄泉軍を差し向けながら、燐火の剣の癖などを正確に分析させているはずだ。最終的には、あの亜眼威眼兄弟をも捨て駒にして、燐火を確実に潰しに来る可能性が高い。もしもその時には。
剣の腕で、完全に燐火を上回っている相手と、歩法で対処しなければならなくなり。
最悪、相手も使ってきた場合。
今度は燐火が逆に、今までとは真逆に奥義に封じられることとなる。
だが、それを逆手に取る。
しかしながら、黄泉軍の中には徒手のものさえいた。この事すら、読まれている可能性がある。
そうなると問題はやはり精神力か。
師範はあるいはだが。
奥義をある程度解析してくるような相手と立ち会ったことを見抜いているのかもしれない。
だとすると、どんな相手と今まで立ち会ってきたのだろうと思う。
真の達人。
空恐ろしくなるほどだ。
家に戻ると、精神修養に入る。
ルーチンは勿論こなす。それはそれとして、とにかく精神を徹底的に練り上げる事を最優先とする。
この奥義。
まだまだ未完成にもほどがありすぎるのだ。
黙々と精神修養を続ける。
ケルベロスが、いくつかの話をしてくれる。
「俺も様々な精神修養を見てきたが、中にはただインスタントに神秘体験だけを出来るようなものもある。 今やっているのは、精神修養の結果、精神を鋼のように研ぎ澄ますものだ。 だが……」
「何か問題があるの?」
「人間は堕落するときはあっという間だ。 年を取ると精神の箍が外れて、若い頃の英明さが嘘のように堕落する者は幾らでもいる。 聖職の者でもそうだし、それ以外の誇り高かった者だってそうだ。 若い頃、精神を鍛えすぎるのは逆効果かもしれないと俺は考えている」
「……」
確かに。
燐火もそういうのは目にしている。
大声でがなり立てるばかりの老人が、若い頃はとても理性的でしっかりしていたという事があるそうだ。
年を取ると今まで我慢していたことを一切我慢しなくて良くなってしまう。
それもあって、精神の箍が壊れてしまう。
結果として起きるのは。
今まで我慢していたことを、一切我慢しない。
つまり年だけ取った幼児。それもしつけが一切なっていない……の誕生である。
しかもこれは老人だけの話ではなく、酷い場合には三十路くらいからこうなる事すらあるそうだ。
そういう話をされると、燐火は恐ろしい話だと思った。
「燐火は温室栽培ではなく、世の中のろくでもないものを幾らでも見てきている。 だから誇り高い聖人が現実を見て腐っていくような事はないだろう。 だが、何かしらの強烈な欲求とかはないか」
「うーん……」
燐火としても、自分の分析はしている。
三大欲求については、それほど強い方ではない。
そういう自己分析も出来ていた。
まあ睡眠欲はないと困るのだが。
食事は粗食でも全然平気だし。
周囲の女子が色気づいていて、この年くらいで既に男性経験を持っている事を自慢しているような輩がいるが。
だから何だとしか思わない。
というか、異性にしろ同性にしろコントロール出来ないくらいの性的な興味を持った事がない。
今後はそれも変わるのかもしれないが。
今の時点ではそうだ。
蓄財なども興味がない。
金なんか必要なだけあればいいと思っている。
これは実は武力についても同じ。
貪欲に強くなってはいるが、実は強さに対しての渇望というものはほとんど存在していない。
必要だから鍛えている。
それだけである。
強いて言うなら、一つ強い欲求がある。
それは、悪に対する怒りだ。
「手の届く範囲にいる悪党は、根こそぎにしたいとは思う」
「そうだな。 それは俺も見ていて知っている。 その思想を暴走させると極めて危険なのは分かっているな」
「うん」
歴史上独裁者はたくさんいる。
暴君や暗君と言われる存在だってたくさんいる。
だが、分かっていることがある。
最初から暗君で、最後まで暗君だった君主というのは意外と少ないのだ。
むしろ何かしらの意欲に燃えて改革をしようと志した人間が、現実を見てどうにもならなくなり。
全てを捨てて投げやりになったり。
あるいは暴虐の化身になったり。
そういうケースがむしろとても多い、というのが現実なのだ。
歴史を勉強しているから、燐火もそれは知っている。
歴史の一面的なことしか教えないような教師は三流だと考えているが、それは歴史は多層的に見て理解がやっとできるものだからだ。
税制度が西暦何年に始まったとかよりも。
どうしてその税制度が開始されて。
具体的にどういう効果をもたらしていったのか。
それを知った方が、何十倍も有意義だと言える。
事実、涼子も歴史の勉強の仕方として、横展開が必須だと言っていた。
同じ時代に何が起きていたのか。
どうしてそういう英雄が出たのか。
そういう事を知っていると、色々と多層的に覚えられるのだと。
ただそれでもあくまで一面をしるだけの事に過ぎず。詳しく深掘りしていくときりがないのだが。
ともかくだ。
名君になろうとして暴君になってしまう例は。
燐火もいくつも知っていた。
「燐火は持っている側だ。 俺も最近は、教えることがほとんどなくなってきている。 だが、完璧な人間などこの世には存在していない。 それは燐火だって例外ではない」
「うん、分かってる」
「それを絶対に忘れるな。 妥協がない悪党は確かにたくさんこの世にいる。 死んだ方が良い輩もな。 だが、悪事をするのにどうしようもない理由があって、それで苦悩の末に悪事をしているような輩に出会って、価値観がかき乱されるような時が一番危ないのだ」
それも分かる。
おかあさんは警察で、本当にどうしようもないキャリア組を見てきたし。
本当にどうしようもない理由で人を殺したような人間も見てきたそうだ。
明らかに被害者の方が悪いケースも散々見てきた。
そういうとき、法とは一体なんだったのだろうと。おかあさんは何度も苦悩したらしい。
おとうさんだって、必死に仕事をして、一切報われないブラック企業時代には。何度も似たような苦悩を味わったそうだ。
それを聞いていると、燐火も今後は気をつけなければならないと分かる。
「邪神は恐らく燐火を味方に引き込もうとしてくる。 それを忘れるな」
「うん……分かってる」
燐火も分かっている。
今までとは比較にならないほど狡猾にそれをやってくるだろう事も。
だが、それでも必ず打ち勝つ。
世の中の腐敗と堕落を諦めることを、大人になるという風潮は。燐火としては容認できないから。
それだけの理由からだった。
ちなみに黄泉軍と書いて、よもついくさと読みます。
前にも説明したとおり、本来こちらは伊弉諾尊の手下の雑兵ですね。
ただし雑兵と言うことは数がいます。
そしてずっと暇だった冥界で、徹底的に武術を鍛えこんでいるので、とても強いです。
古い時代には戦争が本当に好きな人間が相応にいました。燐火に挑んできているのは、そういう人間達のなれの果てです。