魔法少女アギア・ケルベロス~俺は地獄の番犬ではない   作:dwwyakata@2024

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苛烈な邪神の攻撃が続く中。

燐火の夏休みは飛ぶように過ぎていきます。

魔祓いとして過酷な戦いをしていても、普通の生活もまたしているのです。






3、夏は飛ぶように過ぎていく

空手の試合を見に行く。

 

その前に、徒手の黄泉軍とやりあったばかりだ。燐火も徒手で相手をして、それで倒したが。

 

凄まじい使い手だった。

 

今までで最強だったかもしれない。

 

魔からは絶対に一発も貰うな。

 

そう言われていたのに、何発かいいのを貰ってしまった。ただ、相手はそれで何かしらの搦め手を仕掛けて来る事もなかったし。

 

日女さんに見てもらって、問題ないことも確認できていた。

 

ともかく、空手の地区大会が始まっている。

 

基本的に同じ学校の人間などは、トーナメントで端どうしに配置されるようになっている。

 

まあ決勝近くまで行くとそうもいかなくなるのだが。

 

ともかく、鈴山さんも順調に勝ち上がってきていた。

 

鈴山さんは、真面目に空手を続けていて、どんどん競技空手の腕を上げている。既に六回戦だが、これは来年からはシード選手だな。

 

シード選手の相手に、辛勝。

 

だが、その次で負けた。流石にここまでだ。

 

そして小川先輩だが。

 

優勝候補と二回戦であたってしまった。前回の冬大会で、決勝でぶつかった相手である。本来ならシード選手でもっと後に出てくる相手の筈なのだが、相手の選手が敢えて今回シード選手扱いを辞退したらしい。なぜそんなことをしたのかは、周囲の誰も知らなかったが。

 

相手は更に腕を磨いていたが、小川先輩の鍛錬と努力がついにそれをしのいだ。

 

優勝候補と激戦の末に、ついに勝利すると、歓声が上がっていた。

 

なお敗者復活戦があるので。

 

恐らく優勝候補はそれで三位にはなるだろう。

 

ただ、本当にがっかりしているようだった。

 

小川先輩の見かけを、非常に疎んでいたようだ。

 

遊びほうけている相手に負けた。

 

そう思っているのだろう。

 

だが、そんな風に見かけで判断していたから負けたのだ。燐火はそう思って、何も言わなかった。

 

ここからだ。

 

小川先輩は、二回戦で消耗したものの、シード選手も下してどんどんと勝ち上がっていく。そして今、決勝戦にいた。

 

相手は四位以内常連の選手。

 

前回では、優勝者に負けて小川先輩とはあたらなかった。

 

相手はそれほどの消耗をするような激戦をしてこなかったらしく、気力は充実している。それに対して、小川先輩はかなり疲弊の色が濃かった。

 

さて、どうだ。

 

小川先輩が、それでも攻める。

 

苛烈な攻め。

 

だが、相手は冷静に立ち回って、体力の消耗を明らかに狙っている。

 

ケルベロスが呻く。

 

「これはまずいな。 相手はしっかり敵選手を観察し、分析しているタイプだ。 苛斂が消耗しきっているのを見て、自滅に誘い込もうとしている」

 

「そうだね。 だけど、小川先輩も、それは理解しているみたいだよ」

 

「地力では苛斂の方が上と俺は見る。 後は苛斂が冷静に立ち回れば……」

 

その通りだ。

 

激しい駆け引きのあと、審判が二人を引き離す。

 

かなり疲弊している小川先輩に、続行するかと声を掛けているようだ。審判はあれはかなり出来る。

 

年配の空手熟練者が、こういった試合で審判をすることは良くあるそうだ。

 

小川先輩は、オスと激しく声を出していた。

 

審判は少し心配そうだったが。

 

それでも行ってこいと、小川先輩を試合場に送り出していた。

 

さて、これは。

 

恐らく即座に決めに来るな。

 

相手選手はフルコンタクトでは通用しないだろうが、競技空手だったらかなり出来るタイプだ。

 

実戦にはむかないが。

 

それでも良い技を的確に打てる。

 

小川先輩は正確に間合いを詰めて打ってくる技に、しばし防戦。

 

体力を消耗しきったと判断した相手選手は、一気に来たが。

 

その瞬間、待ちに待ったと言わんばかりに。

 

小川先輩が、カウンターの正拳を入れていた。

 

勝負あり。

 

わっと試合会場が沸く。

 

燐火はふうと嘆息すると、小川先輩の勝利を素直に喜んでいた。

 

身内だから、ではない。

 

どれだけ努力したか。

 

どれだけ偏見と闘ってきたか。

 

それを知っているからだ。

 

同時に、相手の選手を馬鹿にするつもりもない。あれだけ的確に理詰めで攻めてきていた選手だ。

 

きっと良い選手になるはずだ。

 

燐火はあまり興味がない競技空手だが。それに人生を賭ける人だっている。今は存在しないが、プロリーグもいずれ出来るかもしれない。

 

これで小川先輩は全国進出だが。

 

はっきりいって全国での活躍は厳しいだろう。

 

それでも、数日後の全国大会で、小川先輩は三回戦まで勝ち進んだ。それだけでも、充分な結果だったと、燐火は思った。

 

 

 

待っていた。

 

そういうように、立て続けに黄泉軍が来る。

 

同時に、各地で一線級の魔祓いが幾度も襲われた。

 

燐火には黄泉軍を差し向け。

 

魔祓い達には、予母都志許売を差し向ける。

 

あの邪神が、極めて厄介な戦略の下で動いているのが分かる。こうやって、どんどんこちらの戦力を削るつもりなんだ。

 

それと平行して、ダイモーンも出してくる。

 

流石に一線級の魔祓いは、簡単に敗れるような事はないし。この連続襲撃で、公安の方でもどんどん戦力を増強して魔祓いを守っているが。

 

それでも魔祓い関係者に犠牲者が立て続けに出ていた。

 

これはとてもやっていられない。

 

そういって、二線級三線級の魔祓いが辞めていく。

 

そして邪神は狡猾だから、そういった魔祓いに追撃はしなかった。

 

もしもここで戦線離脱する魔祓いを追撃していたら、それらが必死に抵抗してきただろう。

 

だが敢えて追撃しないことで、組織の崩壊を加速させる。

 

非常にまずい事態だ。

 

夏休みの終わり少し前。

 

四人目の、一流どころの魔祓いが引退に追い込まれた。他にも多数の魔祓いが。命を落としたり、負傷する事態になっていた。

 

海外の魔祓い達は完全に二の足を踏んでいる。

 

残っているのはカトリイヌさんと護衛達。それにエヴァンジェリンさん。他にはわずかな、日本に恩義があって個人的に残っている魔祓いだけ。

 

日本の魔祓いの質は高いが。

 

それでもこれをしのぎきるのは極めて厳しい。

 

問題は、根の国と邪神がどれくらいの連携をしているか、だ。

 

現在公安の方でも何もしていない訳ではなく、根の国がこの世界に顕現する兆候などを調べているようだが。

 

現時点でその可能性は低いらしい。

 

つまり根の国は兵力を邪神に貸してはいるが。

 

恐らくは、江戸時代に起きた総力戦もあって、伊弉冉尊が回復しきっていないのだろう。

 

そういう話がされていた。

 

その時の戦いでは、天照大神を当時最強の魔祓いが下ろして、根の国の軍勢にも大打撃を与えたという。

 

六割近い魔祓いを失った凄惨な戦いではあったが。

 

それで数百年単位で身動きできなくなったのは、根の国も同じ。

 

恐らくは精鋭を出す余裕はあっても。

 

伊弉冉尊が出現するのは、かなりハードルが高い。

 

そういう結論らしい。

 

ともかく、燐火もリモート会議に参加して話を聞く。おとうさんとおかあさんに貰った自分の部屋、おとうさんに貰ったお古のPCを使って会議をする。お古と言ってもいわゆるゲーミングPCであり、性能は充分すぎるレベルだ。

 

燐火のところに来る黄泉軍の対処は問題ない。

 

たまに日女さん以外の魔祓いも来て、燐火が倒した後は祓ってくれる。

 

問題は、このままこの状況が続くか、だ。

 

「同じ行動を邪神が続ける可能性は低いとわしは見ている」

 

林西さんが言う。

 

実際問題、邪神は極めて狡猾だ。何かしらの戦略的課題を順番にこなしているとみて良いだろう。

 

それは恐らく、悪神化フリッグやフルーレティ、狼王までもを巻き込んだものだったと見て間違いない。

 

狼王は邪神の盟友であり同盟者だったようだが。

 

それでも行動を戦略に組み込んでいたはずだ。

 

エヴァンジェリンさんが挙手。

 

「まだ邪神に手札がある可能性があると天才たる私は見ている。 狙い撃ちにされている優秀な魔祓いを、どうにか守らないとまずいだろう」

 

「それは分かっている。 しかし手が足りない。 一カ所に集まって貰うのも、それはそれで危険だ」

 

「強力な霊的防御がされているような地はないのか。 私の国にもいくつか存在していたのだが」

 

「そういった場所を根城にしている魔祓いが、片っ端から襲われたのだ」

 

むうとエヴァンジェリンさんも呻く。

 

実際公安の秘匿部署は無能じゃない。

 

警察のキャリアは無能で知られているようだが。

 

この国の最暗部で、ずっと霊的防御を担当してきた組織だ。色々と大きなトラブルに対処もしたし。

 

経験は積んできているのだろう。

 

だからこそに、今回の猛攻を捌ききれないのが、とにかく痛いのである。

 

無言で黙り込んでいた菖蒲さんが挙手。

 

「既にこの国の一線級の魔祓いは半減。 恐らく次の手に邪神が出る頃だと見て良いかと思います」

 

「具体的には」

 

「今回の一連の事件では、ダイモーンが霊的接着剤として使われています。 そしてダイモーンにまともに対処できるのは燐火さんとヘラクレスさんしか存在しません」

 

さんをつけてくれているのは、公式の場だからだ。

 

こういう場では、日女さんも俺という一人称を使わない。

 

それだけ公式の場で切り替えているのだ。

 

「恐らく、次の手は、ヘラクレスさんか燐火さんを集中狙いしてきます。 何かしらの対策を考えた方が良いでしょう」

 

「ヘラクレスと連絡は取れているのか」

 

「それは滞りなく」

 

「……分かった。 いくつか策を練り、そして反撃につなげる準備とする」

 

通信終わり。

 

連絡をきる。

 

いくつかのセキュリティツールを噛ましている。独自開発のツールであり、基本的にLinux系のシステムなので、ハッキングも難しい。

 

通信を終えたあと、嘆息して部屋を出る。

 

少し疲労した。

 

菖蒲さんでもあの雷神相手には大苦戦を余儀なくされていた。もしもあいつが燐火のところに現れたら。

 

無言で外に出てルーチンを始めるが。

 

ものの五分で、嫌な予感が的中していた。

 

すぐ近くに、魔の気配。

 

これは恐らく、予母都志許売だ。住宅街を狙う位置にいる。さっさと来ないと襲撃する。そういう意図を隠してもいなかった。

 

「まずいな。 燐火の戦力を見切った上で、確実に殺せる戦力を用意してきたとみて良いだろう」

 

「だったら返り討ちにすれば、大きく戦力をそげるね」

 

「……それも計算の内かもしれん。 とにかく慎重に行くぞ。 総力戦だ。 呼び出せる人間、全てを集めておけ」

 

ケルベロスのアドバイスに頷くと、燐火は走る。

 

この気配。

 

まがまがしいなんてレベルじゃない。

 

根の国のダークサイドは、仏教で言う地獄が近いのかもしれない。地獄と言っても理不尽な場所ではなく、あくまで罪人を罰する場所ではあるのだが。

 

しかしその住人が、地上に顕現すると。

 

こうも邪悪な気配を発するのかもしれなかった。

 

走る。

 

走りながら理解する。相手の数は三ないし四。予母都志許売は単体で黄泉軍よりも相当に実力が上回る。

 

それにだ。

 

黄泉軍や雷神なども含め、更に増援が来てもおかしくない。

 

この様子だと、他も襲撃を受けているかもしれなかった。

 

「俺だ。 今、うちの神社に予母都志許売が出やがった。 迎撃する! そっちに行く余裕はない! 耐えてくれ!」

 

「こちら林西。 同じく寺に予母都志許売多数。 迎撃に入る。 これは厄介な仕事であるな……」

 

「こちら菖蒲」

 

菖蒲さんは、来てくれるという。

 

ただし、通信が不意に不安定になった。

 

そして、戦闘音が聞こえてくる。

 

これは待ち伏せされたな。

 

現地に到着。

 

予母都志許売が四体。いずれもが、老婆の姿をしているが、口からだらだらとよだれを垂れ流していた。

 

一体は手を赤くしている。恐らく野ウサギでも捕まえてむさぼり食ったのだろう。

 

乱暴なバイクの音。

 

乗り入れてきたのは、カトリイヌさんの若い方の護衛。サイドカーに乗っているのは、カトリイヌさんだ。

 

近くに降り立ったのはセバスティアンさん。

 

背負っているのは、エヴァンジェリンさんだった。

 

「燐火さん。 日女さんや菖蒲さん、林西さんは」

 

「襲撃を受けています」

 

「早速か。 動きが速いではないか」

 

エヴァンジェリンさんが若干もたもたしながらセバスティアンさんの背から降りる。いずれにしても、これはまずい。

 

日本神話系の魔に対応できる人員がいない。

 

それに対して、予母都志許売は四体。

 

こっちは五人だが、こいつらはそもそも五人で一体を相手にするレベルの魔だ。それも、今までのよりも更に気配がまがまがしい。

 

「魔祓いは食って良いのであったな」

 

「ああ。 待ち焦がれた地上の肉だ。 地下の食い物は味がしなくてなあ」

 

「肉汁がうまい。 はやく食いたい」

 

「待っていろ。 今、来る」

 

やはりまだ来るのか。

 

予母都志許売達の背後から、ぬっと現れたのは。一段と背が高い巨大な予母都志許売だった。

 

腕が四本も生えている。

 

これは恐らく違う。

 

ダイモーンだけではなく、何かしらの混合魔だとみて良い。

 

「待たせたなあ……おまえのいう正々堂々で勝負してやる。 分かったことがある」

 

「……何がですか」

 

「おまえの武術は人間の技の領域を超えていない。 高度な戦闘経験と才能、それに努力と訓練。 既に生半可なプロ格闘家だのでは相手にならないだろう。 だが、それはあくまで常識の範囲内での話だ。 このような姿の相手と戦えるかな?」

 

「あの大きいのは私めがやりましょうか」

 

この中で最強であろうセバスティアンさんが前に出る。

 

だが、うけけけと予母都志許売が笑う。

 

「別に構わんが、正々堂々の姿勢を崩したら、即座にあの集落にいる人間どもを無差別に食らってやる。 実力差からして、それくらいは簡単なのでな。 我ら一人でも逃がしたら、その時点で数十人は死ぬと知れ」

 

「セバスティアンさん。 あの大きいのは燐火が相手します」

 

「正気ですか。 ただでさえ前に現れた個体よりも明らかに手強い予母都志許売、しかもあの姿は……!」

 

「問題ありません」

 

実際には問題大ありだが、とにかくやるしかない。

 

こちらが手段を選ばない場合には、相手も手段を選ばないことを見せる。そうして戦略の幅を狭める。

 

邪神は狡猾だ。

 

ずっと黄泉軍を燐火にぶつけてきたのは。

 

こちらの対応力だけじゃない。

 

根本的な観点で、燐火が不正義を許さない性格だと言うことを見極めるためだったのだ。

 

それを逆用してきた。

 

ただし。

 

そうしてきた以上。

 

こちらも、その上を行かせてもらうだけだが。

 

すうと息を吸う。

 

さっと、皆が散開する。

 

問題はカトリイヌさんよりもエヴァンジェリンさんだ。直接戦闘力がかなり問題がある。あのフィジカル面で凄まじい力を発揮する予母都志許売を抑えきれるかどうか。

 

日根見ちゃんから聞いたのだが、カトリイヌさんは何度も師範のところに来て、剣道を鍛えていると聞く。

 

それだけではなく、貪欲に武術もやっているようだ。

 

きっと燐火の姿勢を見て、そうしないとまずいと悟ったのだと思う。

 

ただのお嬢様だったら出来なかったことだ。

 

だからカトリイヌさんは心配していない。

 

見上げるような巨体に、四本の腕に剣を持った予母都志許売が、凄まじい雄叫びを上げていた。

 

勿論霊的な感応力がないものには聞こえない。

 

燐火は無言で近づいていく。

 

凄まじい勢いで、四つ腕の予母都志許売が襲いかかってきた。

 

 

 

カトリイヌが手にしているのは、レイピア。刺突剣だと思われがちだが、実は古くのレイピアはそうではなかった。

 

刺突で相手を殺しに行くのは、実は日本刀も同じ。

 

レイピアもちゃんと斬ることが出来るのだ。

 

そもそもとして決闘用の剣として発展したレイピアは、それが戦場では使えない時代に作り出された。

 

バリバリに実戦用として使われていた日本刀に比べると、儀礼型のレイピアが劣るのはどうしても仕方がない。

 

それでも、儀礼用として。

 

魔祓いの護衛用として。

 

カトリイヌの実家では、数々の魔を祓った聖剣として、今カトリイヌの手にあるものが受け継がれてきた。

 

兄たちは日本に来ることを拒否した。

 

今の状況では、生きて帰れない可能性が高い。

 

そういう理屈だった。

 

それを聞いて、カトリイヌは所詮兄たちもか、と思った。

 

バチカンの権力闘争で、優位を取ることが目的。

 

魔祓いはあくまで実績を適切に積めばいい。政治の道具に過ぎない。

 

古くは魔祓い達は多くの悪魔を倒してきた。祓って、災厄を取り除いてきた。犬猿の仲であるイスラム教徒とでさえ、魔祓いという観点では連携したことがある。今ではかなり難しいのだが。

 

長い歴史を積み重ね。

 

だいたいの有名な悪魔や、それに神すらも封じた魔祓い達は。

 

今や堕落してしまっている。

 

実家はまだマシな方。

 

これでも、まだマシな方なのだ。

 

類を見ない実績を上げているセバスティアンが、結局のところ使用人止まりであるのがそれを示している。

 

実力主義など存在していないのだ。

 

だからこそ、カトリイヌは名家として有るべき姿であろうと思う。

 

燐火に才能で勝てない事はとっくに理解している。

 

既に背丈も並ぼうとしている。

 

だから一緒に練習して、必死にその強さを取り込もうとした。ケルベロスのアドバイスを燐火が適切に受けているとしても、やれることは有るはずだ。

 

迫ってくる、巨大な獰猛な老婆。

 

予母都志許売の猛烈な一撃を、ドミニオンが光の壁で防ぐ。

 

カトリイヌは素早く立ち位置を変えながら、伝家の聖剣を連続して突く。剣道での突き技は禁止されている事も多いが、刺突剣の使い方はこれが主流だ。

 

予母都志許売がひょいひょいと一撃を回避。

 

だが、舐め腐っているその懐に入り込むと、剣道で学んだ逆胴を入れていた。

 

刃が食い込む。

 

「むっ!」

 

「これ、斬れるんですのよ」

 

「ほう……」

 

ブンと無造作に音がして、腕が振られる。

 

間一髪逃れたが、そうでなければ首が飛ばされていただろう。

 

他を見ている余裕はない。

 

連続して刺突を入れるが、やはり予母都志許売は舐め腐っている。今の逆胴も偶然とみているのだろう。

 

だったら。

 

気合いとともに持ち替えて、面を入れる。

 

予母都志許売の、たくさん目がついているおぞましい顔に刃が直撃。更には、ドミニオンが多数の光の槍をたたき込む。

 

蹈鞴を踏んで下がる予母都志許売だが、追撃はしない。下がりつつ、空気ごとえぐり取るような腕力で腕を振るってきていたからだ。実際、それがかすっただけで木がえぐれていた。

 

「うおのれ、いくらわしがばばあとは言え顔に傷をつけよったなあ」

 

「貴方はご老体でしたの? そうはとても見えませんでしたわ。 その動き、とても若々しくてよ」

 

「ほう、面白いことを言ってくれる。 若いと言われるのはこの年になっても嬉しいものよな。 しわが伸びる気分という奴かな。 それでどうする。 所詮貴様等の聖言などわしには効かんが?」

 

そうだろうな。

 

今浴びせた数太刀も、手傷と言うほどのものとなっていない。

 

頑強すぎるのだこの魔は。

 

巨人などの魔はカトリイヌも見た。散々邪神一派が繰り出してきたからだ。だが、それらは見かけ倒しだった。

 

此奴は違う。

 

大きい以上に、実体化の濃さが違うというのか。

 

今までのが見かけ倒しに過ぎなかった事を考えると、此奴は本物だ。この国の忘れられた冥界の魔。

 

それならば、恨みもひとしおであろう。

 

「さて、腹も減った。 若いと言ってくれた礼に、せめて苦しまないように食らってやろうか」

 

「お断りしますわ」

 

「ま、断っても食うが」

 

「やれるものならやってみなさい」

 

即座に突貫してくる予母都志許売。体の前面が全て口になって、開く。まるごとカトリイヌをひと噛みに出来る大きさの口だ。

 

だが、それを待っていたのだ。

 

相手は勝ちを確信している。

 

そこに最大の隙が生じる。

 

踏み込むと、敢えて口の中に踏み込むようにして、連続突きをたたき込む。さっきまでの戦いで、この予母都志許売の動きは理解していた。

 

だから、その動きにあわせて。

 

急所全てを、瞬く間に刺突。

 

体の前面全てが口になるような怪物であっても。その口の内側から、むしろ柔らかくなっている口の中から。

 

人体急所を貫かれれば。

 

ぎゃっと悲鳴を上げて、口を閉じられずに下がる予母都志許売。

 

其処に最大出力のドミニオンの光の槍が突き刺さる。勿論致命傷にはならない。だが、それでも尻餅をついた予母都志許売。

 

印を組む。

 

ドミニオンの力が膨れ上がり、光が予母都志許売を拘束した。

 

まぶしい苦しいと呻く予母都志許売。

 

呼吸を整えながら、さっき数㎝まで迫っていた乱ぐい歯を思い出して、カトリイヌは今更ながら身震いしていた。

 

「ドミニオン、そのものを抑えて!」

 

「承知。 しかしお嬢様は如何に……」

 

「……」

 

周りを見る。

 

エヴァンジェリンが一番まずいかと思ったのだが、様々なルーンを駆使して思った以上に善戦している。

 

森の中はドルイドに取って味方であるらしい。

 

様々な作物が次々に実り、それに気を取られた予母都志許売に、何度も拘束のルーンが仕掛けられている。

 

勿論予母都志許売を完全拘束は出来ていないが、あっちは大丈夫だ。

 

護衛二人は。

 

問題ない。互角に戦っている。あの二人が負けるわけがない。だとすると。

 

燐火は、どうやら互角以上にやり合っているようだ。この場合は、状況を崩すしかないだろう。

 

全力で燐火の方に走る。

 

山の中を走るのは、ここ数年、日本に来てから練習した。

 

勿論欧州にも山はたくさんあるけれど。

 

それでもここまで山の中での戦闘が多くなったことはなかった。

 

黒い森と言われた、ドイツ全域を覆っていた深い森。リスが木を降りずに欧州を渡りきれるとまで言われた森は、既にこの世界にない。

 

それがゲルマンの民をローマ帝国から守り。

 

欧州の古くの信仰を、一神教から守った。

 

カトリイヌは、今は一神教は絶対正義だとは思っていない。色々な信仰と魔祓いを見て、この世に絶対に正しいものなんてない事を理解した。

 

だからこそ、連携して戦える。

 

カトリイヌが来るのを見て、四本腕の予母都志許売が、焦りを顔に浮かべる。こんな筈では。そう顔に書いている。

 

燐火を四腕で攻めきれない。

 

それぞれの腕に巨大な武器を持っているのに、どうして。

 

そう顔に書いているが。

 

当たり前だ。

 

人間の影響をどうしても受けるのが魔だ。

 

人間は残念ながら、二本の腕と二本の足ですら持て余すような生物なのである。それが四本。

 

攻撃は単調になる。

 

何よりも、腕が増えたら、残りの腕も明らかに邪魔になる。

 

つまり四本の腕をうまく活用するには。

 

肩から四本を生やすのでは無理で。昆虫のような形にでもするしかない。

 

恐らく予母都志許売はインド神話系の魔か神格と混合したのだと思う。それであのような姿になった。

 

更には、それで万能感を刺激された。

 

図体が大きくなったのも、その一因だろう。

 

鋭い小手が連続で決まり、予母都志許売が二本の武器を立て続けに取り落とす。カトリイヌが背後に回っているのに焦り、更に燐火の猛攻を許す。

 

吠え猛る予母都志許売。

 

「な、なぜだ! これなら勝てる筈だ!」

 

「速度も技術も達人にほど遠い。 生半可な使い手だったらパワーで押し切れたでしょうけれども。 生憎燐火は、人中の虎に教えを受けました。 それだけの話です」

 

「何よりそんな人体構造を無視した体では、まともな動きなんて出来ませんことよ!」

 

面がもろに入って、予母都志許売がぎゃっと喚く。

 

カトリイヌが刺突剣でチャージの態勢に入ると、備えようとして、更に注意が散漫になる。

 

燐火が立て続けに人体急所を鉄パイプで撃ち抜いていく。あれはもう、あまたの魔を打ち砕いてきた聖なる武器。

 

そしてそれには、ここしばらくの根の国というこの国の古い冥界の魔達も含まれている。

 

威力偵察で燐火の力を分かったつもりだったのだろうが。

 

それが逆に失敗したのだ。

 

雄叫びを上げると、燐火は更に四本の腕をたたき伏せる。既に全ての武器を取り落としていた予母都志許売は、明らかに恐怖の声を上げていた。

 

その背中に、カトリイヌがレイピアをたたき込む。

 

悲鳴を上げた予母都志許売が、突っ伏して、倒れ込んでいた。

 

後は各個撃破だ。

 

日女がしばしして、ボロボロになって到着。二体の予母都志許売に時間差で襲われたらしい。

 

それでも倒したのは流石だ。

 

それぞれ身動きできなくなったり、倒れている予母都志許売を、順番に日女が祓っていく。

 

それを見ながら、カトリイヌは座り込んでいた。

 

今更心臓がばっくんばっくんと胸の中ではねている。

 

予母都志許売のあの口の中。

 

閉じ合わされる一瞬の間に、完璧に急所を内から貫かなければ、今頃は餌になっていた。それを思うと、恐怖でちびりそうだ。

 

それでも、勝った。

 

過去にルシファーなどの強大な魔を封じ込んだ魔祓い達は、勝ったときにこんな気持ちだったのだろうか。

 

勝利の高揚なんてない。

 

今は、ただ何も考えず。

 

何も食べたくなるくらい甘い菓子でも食べて。

 

それで頭をまっさらにしたかった。

 

「これだけの予母都志許売を打ち倒した。 少しは戦況は楽になるのではないか」

 

「どうだろうな。 一線級の魔祓い達のところに現れた予母都志許売達の実力が、この程度だったとは俺には思えないが」

 

エヴァンジェリンさんに、日女さんが答える。

 

燐火は座ると、休憩をしていた。追撃があるかもしれない。そう思っているのだろう。

 

菖蒲もほどなく合流。

 

手ひどく傷を受けていたが、どうにか勝ったようだ。ただ、これから魔祓いは日女がやらなければならないが。

 

苦笑いを浮かべる菖蒲。

 

手傷があまりにも酷いのを見て、悟る。

 

本命は燐火だけじゃない。菖蒲にも、行動不能レベルの手傷を与えること。そして見た感じ、菖蒲はしばらく動けない。

 

確実にあの邪神は、魔祓いの力をそいでいる。悔しいくらいに、狡猾な相手だった。







燐火の周りの戦力も、邪神は削ぎに来ています。

文字通りの時間差各個撃破ですね。

良くある戦術ですが、良くあるのは効果があって使われやすいからです。

更に言えば、対処も難しいのです。



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