魔法少女アギア・ケルベロス~俺は地獄の番犬ではない 作:dwwyakata@2024
星神を追い詰めたものの、対ダイモーン能力を奪われた。
実質的な負けです。
更に星神の計画は進まず、世界の混乱は更に加速しています。
目を覚ます。
病院かと思ったが違う。自宅だった。体は、ある程度は無事だ。だが、なんだか力が入らない。
いや、力は入るが。
どうにも妙だ。
ケルベロスの声が聞こえる。
「起きたか」
「うん。 星神の仕業だね。 みんなは無事?」
「全国で多数の魔祓いが倒されたようだ。 一線級の魔祓いは全員が行動不能。 林西も入院だ」
「……」
そうか。
燐火が生きていると言うことは、イオラーオスさんが実体化出来ないほどにダメージを受ける代償のケラウノスを放った事により、なんとか撤退したのだ。
冷静に体の状態を確認。
星神との戦いの場にいた皆は全員生きているそうだが。
まともに動けそうなのは日女さん、カトリイヌさん。エヴァンジェリンさんだけらしい。
そして、燐火のこの状態。
「呪いだ」
「呪い……」
「魔祓いとしての力を封じ込まれた。 魔は見えるし、鉄パイプは無事だが、聖印を切れないはずだ。 解除は出来るだろう。 苦し紛れの一撃だったからな。 だが、恐らく一年か二年はかかってしまうだろうな」
そうか。
最悪の事態だ。
起き出すと、おかあさんがいた。
大丈夫かと聞かれたので、大丈夫と答える。
ぼろぼろの日女さんが担いできたらしい。
なんでも他流試合でぼろぼろになったとか言っていたらしいが。まあおかあさんには見抜かれているだろう。
現時点で、燐火をここまでのせる格闘家なんか、プロくらいである。
多少かじった相手程度だったら、高校生だろうが大学生だろうがもう負けることはない。
それについては、亜眼威眼兄弟との戦いではっきり理解できた。
何かがあったのだ。
それを把握したからこそ、おかあさんの表情は険しかった。
「燐火、何があったの」
「手強い相手でした。 それも、どうしようもない理由も抱えていました。 だから、格上であっても、勝たなければならなかったんです。 それが……」
「分かった。 休みな」
久々に敬語で喋ってしまったが。
おかあさんは、それをとがめることもなかった。
トイレと風呂を済ませてから、山ほど来ているメールを見る。
いくつかの国では暴動が始まっている。
教会やモスクが燃えている。
集団リンチもあちこちで起きているようだ。
非常事態宣言を出している国がいくつもある。
また、国境紛争から、全面戦争に突入している国もいくつもあるようである。
星神のやりたい放題が成功している。
その上、である。
ヘラクレスさんは、八雷神を相手に、ほぼ相打ち。
八雷神を倒すことには成功したようだが。
代わりにほとんどの力を失い、公安の秘匿部署と合流したようだった。
連絡を入れる。
日女さんは既に起きていた。日女さんもこっぴどくやられたようなのに、それを感じさせないのは流石だ。
家族全員、浅くはない傷を負っていると日女さんは冷静に事実を告げてくる。日女さん以上の魔祓いであるおばあさんも、茨城の方で多数の予母都志許売と戦い、今は病院だそうだ。
この国の一割の現役魔祓いが命を落とし。
二割が引退に追い込まれ。
六割が病院行きにされた。
今、自衛隊と公安の秘匿部署が連携して、必死に星神の居場所を探しているが。見つけたところでどうにかなるかどうか。
星神はケラウノスの直撃を受けた。
如何にケラウノスが本家本元ではない弱体化しているものだと言っても、イオラーオスさんが実体化と数百年分の地上での活動を引き換えに放った一撃だ。その破壊力はミョルニルにそう劣らない。
効いていないはずがない。
燐火の魔祓いが出来ない状況は、どうにかするしかない。問題は、相手がダイモーンを取り込んでいること。
魔祓いが出来ないと、多分倒せない。
ぐっと歯を噛むと。
ケルベロスが、仕方がないとぼやくのだった。
「燐火、日女」
「どうしたの」
「短時間だったら、燐火の魔祓いが出来るように俺が手を打つ」
「……」
なんだかとても嫌な予感がする。
だが、ケルベロスは、来るときが来ただけだとぼやいた。
それよりも、ケラウノスが致命傷になった保証はない。それを考えると、急がないとまずいともケルベロスは言う。
それもまた事実である。
「今の星神は、ヘラクレスの無力化、燐火の魔祓いの能力喪失と、戦略的目的を果たした状態だ。 だが一方で、星神自身もケラウノスの直撃を受け、亜眼威眼の兄弟を失っており、手札の根の国の軍勢も喪失したはずだ。 奴の居場所さえ見つけ出させれば、決して勝てない状態ではない」
「今涼子ちゃんから連絡が来たけれど、八カ所目での紛争が始まったって。 それも国境紛争じゃすまない規模みたいだよ」
「……元々世界情勢は混沌の極みだった。 ガソリンは撒かれていたのだ。 其処に奴は火をつけた。 それだけだ」
それに、とケルベロスが付け加える。
狂信……特に一神教によって広められた、唯一絶対の思想は、いずれ何かしらの方法で駆逐しなければならなかったのだと。
現在多様性を謳うポリコレなどというものが広まっているが、こんなものは「自分たちが考える多様性」という絶対正義を押しつけているだけにすぎず、結局唯一絶対の思想から一歩も踏み出せていないという。
確かにそれはそうだ。
宗教の話題はするべきではない。
それは面倒なトラブルを避けるための基本的な知識だ。
だが、それが悪党どもが跋扈する国際情勢を作った。
誰もが避けたがる場所に住み着いた悪党どもは。
いつの間にか言いたいことも言えない場所を作り上げ。
それに反発する人間を片っ端から阻害し殺すようになった。
卑近な例ではスクールカーストもそれに近い。
スクールカーストを受け入れていた者達は、長い努力と苦労の末にようやく勝ち取った自由と平等を、自ら放り捨てていた。
燐火が自分で実際に見てきた事だ。
「それで、燐火が短時間力を発揮できるようにするとして、星神の居場所を突き止めるのも必須だよな」
「そうなるな。 手がかりはあるか」
「俺もただやられた訳じゃねえ。 あいつは凄まじい強さだったが、一つだけ打てた手があった」
日女さんは言う。
やられる寸前、貰っていた式神を星神にくくりつけたという。
式神と言っても借り物であり。
その居場所はGPSで公安の秘匿部署にも伝わっている。
途中で連絡が途絶えたが。
それが星神に気づかれて焼き切られたからか。
それとも星神が何かしらの場所に隠れたのか。
そこまでは分からないという。
「連絡が途絶えたのはどこだ」
「山梨だ」
「山梨……」
「正確には黒川金山跡だな」
黒川金山。
そういえば、涼子が言っていたっけ。
戦国時代は日本でゴールドラッシュが起きていたが。その一つ。武田家が躍進するきっかけとなった大金山。
残念ながら武田信玄の時代に金は激減してしまったようだが、それでも武田家が圧倒的な経済力を得る原動力になった金山の一つ。金山そのものは江戸初期まで続いたという。
そしてここが閉山する時。
様々な血なまぐさい事が起きたと伝承で知られている場所でもある。
それ故関東最強の心霊スポットとか言われているそうだが。
実際に非常に峻険な地形による場所で、遊び半分で足を踏み入れると遭難待ったなしだとか。
「あそこは魔祓いが何度となく浄化して、今ではもう悪霊はいないんだがな。 ただ心霊スポットとか言われて、それが原因で次から次に悪霊が集まってくるから、定期的に浄化はしていたんだ」
「今はどうなっている」
「ここ数年はダイモーン騒ぎで特に何もしていなかったはずだ。 いずれにしても、あそこで式神が消えたことは公安の秘匿部署が動いてくれている。 だが……」
魔祓いの九割が行動不能な状態にされたのだ。
特に一線級の魔祓いは全員病院から出られない。
それもあって、仮に星神がいても。
追撃は出来ない。
ヘラクレスさんですら、深手を負ってすぐには動けない状況なのである。
だとしたら。
燐火達がやるしかない。
ただしそれは、相手の位置を確定できてからだ。
「ともかく、今は公安の秘匿部署が動いてる。 おまえ自身も相当にダメージを受けている状態だ。 今日は焦らずに休め」
「……日女さんは大丈夫ですか」
「俺は……なんとかする。 それに、星神の動きも確認した。 あいつもやっぱり元は人間の信仰だ。 人間の影響を多大に受けている。 格闘戦だけで考えれば、手が届かない相手じゃねえ。 菖蒲姉がいたら、林西さんがいたら……多分圧倒できた」
そうか。
だからこそ、星神は二人を行動不能に追い込んでいたのだろう。
つくづく戦略的な観点で隙がない相手だ。
頭にくるくらい、的確な手を打ってきている。
燐火も今日は何も出来ない。
日根見ちゃんが連絡を入れてきていた。
なんでもどこかの国の、貴重な動植物がいる自然保護区が、紛争に巻き込まれそうらしい。
紛争の当事者達は、戦車まで持ち出して、背教者を殺すと息巻いているそうで。
文字通り、貴重な動植物は蹂躙されるしかない。
何も出来ない。
SNSを見ると、凄まじい罵詈雑言が飛び交っており、皆辟易しているようだ。
ブロック機能、鍵アカウント機能、全てが機能していない。
各SNSの企業は必死に停止しようとしているようだが、仮想サーバに切り替わっているSNSはそれらの行動にうんともすんとも言わない。それどころか、過去に消した発言なども全てよみがえっているようだ。
それらもあって、炎上は世界規模で広まっている。
地獄絵図だ。
今の時代のSNSは、基本的に現実世界の延長線上である。
それもあって、現実に問題が飛び火するのは分かりきっている事だった。
おとうさんがかなり疲れた様子で部屋から出てくる。
配信をできるだけ明るくしようと頑張っていたようだが。
この世界情勢だ。
地獄の釜が開いてしまった。
必死に盛り上げようとしても、コメント欄での喧嘩が凄まじく、収拾がつかなかったようである。
それもあって、本当に疲れ切っていた。
杏美の面倒はおかあさんが見ている。
牛乳を渡すと、無言で飲み干した。
ブラック企業を経験し、地獄を見てきたおとうさんが、本当に疲弊しきっているのを見ると悲しくなる。
「大丈夫?」
「大丈夫だよ。 Vtuberの業界も、最初の頃は本当に酷かったんだ。 その頃と比べれば、まだマシさ。 いずれにしても、数日配信は停止だね。 暴れるコメント欄の厄介なユーザーをブロックも出来ない。 これじゃあ、配信を楽しみに来ている人たちを守れないんだよ」
無力感におとうさんは打ちひしがれている。
良く、人間はその本音を隠しているから。全てをあけすけにすれば幸せになれるなんていうけれど。
その結果がこれだ。
人間全部がテレパスになったら、これより更に酷い状態になるのだろうと思うと、何もかもうんざりする。
燐火も早く休むようにと言われたので、そうすることにする。
今日は、勉強も最小限だけにする。
多少は仕方がない。
遅れは、後で取り戻せば良いのだから。
今は、休まなければならない。
星神との、決戦に備えるために。
夢を見た。
平原で、軍勢が戦っている。
片方は数も多く、明らかに士気も高い。ここを制圧すれば、後は終わりだという気迫がみなぎっている。
もう片方は、敗残兵の寄せ集めだ。
堅牢な地形に閉じこもって、必死に守りを固めている。
ただし、数は少なくとも。
率いている将軍を信頼しているのが分かった。
「ヤマトの奴らは勝ちに驕っている! 我らに味方してくれたミカボシ将軍から奴らのやり口は聞いている! 勝ちに驕った軍勢の上に、長い距離を遠征してきた連中だ! ここの守りを徹底的に固めれば、必ず撃退できる!」
「おおっ!」
「勝つぞ! 勝手にされてたまるか! ここに先に住んでいたのは俺たちだ!」
戦が始まる。
ヤマトの軍勢は山津波のようだったが、それでも必死に守り側が防ぎ抜いた。
激戦でどちらも多くが死んだ。
だが、より多く死んだのはヤマトの軍勢だった。
攻めあぐねたヤマトの軍勢が引いていく。カラスが死体をついばむ中、戦死したミカボシ将軍を、指揮官の将軍が弔っていた。
「大星将軍!」
「いかがしたか」
「ヤマトから使者が参りました」
「……」
使者は狡猾そうな女性だった。
手紙を見せられる。
見事な戦いだったことを褒めた後、姫巫女を皇族の嫁に迎えたい事。これ以上抵抗しないのなら、以降悪いようにしないこと。
それらが記されていた。
わかりきった懐柔策だ。
だが、これ以外に手はない。ミカボシ将軍は戦死し、戦士達も多くが倒れた。
しかも逃げ込んできた者達の話では、ヤマトはその気になればまだまだ軍勢を出せるという話だ。
次は撃退できるかもしれない。
だが、その次はあるかどうか。
なんでも大陸の方がきな臭くなっているらしく、ヤマトは統一を焦っているらしいという話がある。
晋という大国が潰れた後は、誰が味方か敵かも分からない殺しあいが続いていて、下手するとこのあきつの地に飛び火しかねないのだとか。
だからヤマトは統一を急いでいる。あきつの地を日本としようとしている。
そういう観点では、この辺りが落としどころだ。
姫巫女様と話す。
姫巫女様は、分かったと答えた。
若くても指導者だ。星の神を祀る大いなる責任は理解している。だからこそ、自分の事よりも、民を優先できる。
大星が、姫巫女様を命を賭けて守ることが出来るのも。
そういうお方だからだ。
かくしてヤマトに大星は下った。
民は悪くはされなかった。だが、その後、星の神は邪神とされ、アマツミカボシとされた。
信仰していた神を邪神とされる悲しみ。
そして、民を守ろうと抵抗した者達の話は、強大な邪神として貶められた。
大星はそれを、どういう気持ちで見れば良いか分からなかった。民を守ることは出来たが。
文化は、守れなかったのだ。
目を覚ます。
この夢、恐らく星神と関係ある夢だろう。随分とクリアに覚えていた。
ケルベロスも、燐火が見ていた夢の内容は把握していた。起き出して、歯を磨いている燐火に、静かに言う。
「あの夢の話だがな」
「……」
「ギリシャの地でも良くあったことだ。 ギリシャ神話での悪役である存在は、だいたいああいった征服された者達だった。 メデューサなどもそうだ」
「どこも同じか……」
だからこそに。
あの星神は、善悪の逆転を狙ったのだろう。
顔を洗い、スマホを確認。問題は発生していない。だとすれば、やるべき事は待つだけである。
外でルーチンをこなす。
体はちゃんと動く。
特に異変は起きていない。ただ、魔祓いの力だけ、制限が掛かってしまっている状態だ。
鉄パイプも持ってみる。
いつもみたいなパワーが感じられない。
やはり、あの星神の呪いは、相当に厄介なものだったのだろう。思わず、無言になってしまう。
学問をしながら、軽くニュースを見る。
世界情勢は完全に大爆発している。特にイスラム圏は、もはや収拾がつかない状態のようだ。
核兵器すら出てくるかもしれない。
そういう話が持ち上がってきている。
長引けば長引くほど世界情勢は爆発に向かうだろう。
元々無理が来ていたのだから。
黒川金山はどうなっている。
精神修養をしていなければ、外を走り回っていたかもしれない。
だが、それでも。
燐火は今まで鍛えた精神で耐え抜く。
魔祓いの力が押さえ込まれていたとしても。
それでも、やれることはやるべきで。
今それは、ベストコンディションを保つことだ。
無言で待つ。
程なくして、連絡が入っていた。
「燐火さん」
「カトリイヌさん。 ご無事でしたか」
「どうにか。 黒川金山の件は聞いておりますわね」
「はい」
当たりだとカトリイヌさんは言う。
星神も、流石にケラウノスの直撃を受けた後では、式神に構っている余裕はなかったらしい。
痕跡が残されており。
黒川金山跡から出た様子もなかったそうだ。
つまり、黒川金山跡で仕留める。
それ以外にはない。
ケラウノスの直撃で、多大なダメージが入っている今。一線級の魔祓いが、あらかた行動不能な今でも勝てる可能性がある。
現在、動ける魔祓いのうち、戦闘向けの人員を必死に集めているそうだ。
ついに来たか。
勿論燐火も出る。
戦闘は出来る。
鉄パイプは無事だ。それに、体もしっかり動く。
今、林西さんが夏休み最後の林間合宿の話をおとうさんとおかあさんにしてくれているが。
二人とも、流石に信じていないと思う。
だが、どうにか納得して貰うしかない。
最後の戦いで、ダイモーンがらみの騒動に決着をつける。
不安要素はケルベロスが言っていたことだ。
今、魔祓いの力を封じられている燐火だが。この呪いをどう解除するか。それが問題である。
「これが最後の戦いになりそうだね」
「ああ」
「恐らく星神がいるのであれば、迷子も捕らえられているよね」
「ほぼ間違いなく。 黒川金山とは盲点だった。 確かにあまたの欲望が蠢き、悲劇の源泉ともなった場所だ。 アマツミカボシの元となった邪神が潜伏し、力を蓄えるには最適な地だっただろう」
もっとも、そういう意味での負の霊場はいくらでもある。
悲惨な事故が起きれば新たに生じもする。
それを考えると、流石にそういった場所を探し当てるのは至難であるのも本当であるのだろう。
しばし考えたあと、燐火は言う。
「そろそろ教えて。 迷子って、一体だれ?」
「そうだな。 もう黙っていなくても良いだろう。 燐火は俺が数年見てきたが、もっとも信頼できる人間の一人だ。 口は堅いし、その信念も強い。 俺が探している迷子は、ギリシャ神話の冥界のナンバー2」
「……ペルセポネ!」
「そうだ」
ハデスの妻、ペルセポネ。
温厚で心優しい神であるハデス。
後の時代には「冥界の王」というイメージから極悪人のように思われがちだが、いわゆるオリンポス十二神の中ではヘスティアと並ぶもっともまともで良識的な神である。他の神があまりにもいかれているのが原因であるのだが。
ただそのハデスがおかした過ちが、ペルセポネだった。
ペルセポネを見初めたハデスはいわゆる略奪婚を行い。
それがギリシャ神話における大きな火種となる。
ただ夫婦仲は決して悪くはないのだと、ケルベロスは言う。
「ペルセポネ様は無邪気なお方でな。 冥界の住人になった後も、ギリシャの神話が物語と成り果てた後も、決して何か恨んだりすることもなく。 年に一度母であるデメテル様に会いに行き、そしてその後はふらふらとあちこちを興味のまま見て回る事が多かった。 今回は東洋で珍しい植民地化されなかった土地である日本を見に行ってな。 そこで消息を絶ってしまった」
「ああ、その時に偶然星神に捕まってしまったんだね」
「恐らくな。 元々冥界の住人であるペルセポネ様だ。 冥界に戻らなければ、不都合が出てくる」
燐火も知っている。
恐らくいわゆるヨモツヘグイの事だろう。
日本神話でもあるのだが。冥界の食事をすると、以降はそれしか食べることが出来なくなる神話がある。
確かペルセポネもそうだし、似たような冥界が絡む話であるオルフェウスの物語でもそういった内容があったはずだ。
「ペルセポネ様は、長期間冥界に戻らないと、本来だったら季節が完全に破綻するところだった」
「それは……まずいね」
「歴史上何度か起きていたいわゆる小氷河期が発生していたかもしれないな。 ただ、既に物語と化したペルセポネ様は、それがダイモーンを生じさせるものへと変わってしまっていたのだ」
「……」
なるほど。
しかもそれは、決してペルセポネのためにならない筈だ。
できるだけ急いで。
ペルセポネを冥界に戻さなければならないだろう。
「ペルセポネを見つけたら、帰るんだね」
「そうなる。 もう燐火は、俺がいなくてもやっていけるはずだ。 両親を大事にしろ。 二人とも、滅多にいない立派な者達だ」
「うん。 分かってる。 燐火にとっての最初の親は、薬で野垂れ死んだカスだった。 次の親代わりはあの反吐が出る孤児院の院長だった。 それで燐火は一度死んだ。 でも、そのおかげで今のおとうさんとおかあさんと……ケルベロスに出会えた。 やっと運が回ってきたんだね」
ケルベロスはそうか、とだけいった。
燐火にとって、
三番目の親はみな当たりだ。
おとうさんもおかあさんも。
そしてケルベロスもだ。
大きくため息をつく。
中二となると、そろそろ親離れをしなければならない時期でもある。だが燐火は、あらゆる意味で、必要な年齢で必要な経験が出来なかった。
そのいびつな成長の結果は、今でも心身に大きな影を落としている。
「俺の幸運操作の能力は残る。 燐火が意図して発生させることは出来ないがな」
「……分かった」
「今の時代は自由度が高い。 結婚して子供を作るなり、一人の人間として社会に大きな寄与をするなり、自由にすると良いだろう。 いずれにしても、燐火。 おまえにはそれを甘受する権利がある。 それだけ酷い人生を送ってきたからだ。 そのためにも、星神に勝とう。 俺が出来る最後の手伝いを、その時させてもらう」
「うん」
明日、出る。
そして、当日には決着がつくはずだ。
明日、ケルベロスと分かれることになる。
それを理解すると。
凍ったはずの色々なものが。
少しずつ、溶けるような気がした。
燐火も分かっている。ケルベロスは、イオラーオスさんのように、全てを犠牲にして燐火を勝たせるつもりだ。
勿論神格だし、相応の知名度もある。
お化けは死なない、ではないが。
数百年実体化出来なくなるだけだろう。
だが、それでももう側にいなくなるのもまた、事実だ。
嘆息すると、燐火は覚悟を決める。
今、世界が音を立てて崩壊しようとしているのを止めるためにも。燐火は、やらなければならないのだ。
こんな世界であっても。
それでも、完全破綻するよりは、まだマシなのだから。
勝つための。
終わらせないための。
最大の代償。
まだ本来は少し早い。
それでも、親離れの時が近づきつつあります。