ある日、私はとある決断を下した。
動画の再生数は好調。だが、それに甘んじている場合ではない。
「家の中」だけでの動画は、いずれマンネリ化する。視聴者は飽きっぽい生き物だ。常に新しい刺激、新しい恐怖*1を提供し続けなければ、すぐにオワコンになってしまう。
それに、私の野望はもっと大きい。
タワーマンションの最上階で、回らないお寿司を死ぬほど食べたいのだ!
そのためには、もっと攻めるしかない。もっと稼ぐしかない!
「……行くわよ、みこ」
私は縁側に立ち、夕日に向かって宣言した。
その背中には、覚悟と強欲のオーラが立ち昇っている。
「へ? どこにですか?」
「外よ、外! スタジオ*2を飛び出して、ロケに行くのよ!」
私はお祓い棒をビシッと突きつけた。
指差した先は、山の向こう。
地元では「入ったら二度と戻れない」「夜な夜なうめき声が聞こえる」と噂される、ガチの心霊スポット──『Sトンネル』の方角だ。
「企画名は『最強巫女が行く! 心霊トンネルの悪霊を物理的に説教してみた』よ!」
「ええええええ!!? やめましょうよぉぉぉ!!」
みこが全力で拒否する。顔面蒼白だ。
当たり前だ。あそこは「遊び半分で行ってはいけない場所」ランキング不動のNo.1。
だが、今の私には最強のスタッフがいる。
「大丈夫よ。私たちには『専門家』がついているもの」
私はニヤリと笑い、背後を振り返った。
「伽椰子さん、俊雄くん。あんたたちも来るのよ。ボディガード兼、威圧係としてね」
「……あ、あ、あ……(イエス、ボス……)」
「ニャァ! (ラジャー!)」
伽椰子がやる気なさそうに頷き、俊雄がパンツ一丁で敬礼する。
最強の布陣だ。悪霊vs悪霊。毒を以て毒を制す。
貞子はWi-Fiルーターなので留守番。美々子は庭の草むしりがまだ終わっていないので居残りだ*3。
「みこはカメラマンお願いね。手ブレ補正、頼んだわよ」
「そ、そんなぁ……。私、帰りたい……」
涙目のみこを半ば強制的に連れ出し、私は一歩を踏み出した。
「さあ、出発よ! 悪霊どもを震え上がらせて、再生数を稼ぐわよ! 目指せ、急上昇ランク1位!」
こうして、最強の巫女(偽)と、涙目の女子高生、そしてガチの怨霊親子による、最悪のピクニックが始まったのだった。
♢
現場に着くと、そこには先客がいた。
チャラチャラしたファッションに、派手な髪色。手には高そうなハンディカメラと照明機材。
見るからに「やってみた系」のYouTuberグループだ。男三人、女一人の四人組。
彼らは神聖なる?心霊スポットの入り口を占拠し、我が物顔で騒ぎ立てていた。
「うぇーい、ここが噂のSトンネル! マジ雰囲気あるわー。これサムネ映え確定っしょ!」
「ちょ、タクヤ君待って〜。ここマジ無理なんだけどー。キャー怖いー(棒読み)」
「大丈夫だって! 俺らがついてるからさ! もしオバケ出ても、俺の筋肉でボコるし(笑)」
大声で騒ぎながら、トンネルの入り口で自撮り棒を振り回している。
私はピクリと眉をひそめた。
マナーがなってない。心霊スポットにも礼儀というものがある。何より、大声と照明で場の空気が台無しだ。
そして一番許せないのは、私の撮影の邪魔だということだ。
「……あ、あの、霊夢さん。人がいますよ。怖そうな人たちです……帰りましょう?」
みこが小声で提案してくる。彼女は不良っぽい見た目の人種が苦手なのだ。
だが、私は首を横に振った。
ここで引いたら、この一等地*4と再生数を彼らに奪われることになる。それは、事業主として許されない。
私はズカズカと彼らに近づいていった。
「ちょっとあんたたち。そこ、邪魔なんだけど」
私が声をかけると、リーダーっぽい金髪の男が、カメラを回したまま不機嫌そうに振り返った。
「あぁん? なんだガキ。迷子か?」
「おいおい、こんな時間に子供だけで肝試しかよ。親御さん心配してるぞー?」
「ていうか、今いいとこ撮ってんだよ。映り込むなよな、シッシッ」
あからさまな威圧。そして嘲笑。
女の方も「えー、なにあの子たち。服ボロボロじゃん。コスプレ?」とクスクス笑っている。
私のこめかみに、青筋がピキリと浮かんだ。
(ガキだぁ? ボロボロだぁ? どの口が言ってんのよ)
(こっちは命がけで生活費稼ぎに来てんだよ! 遊び半分で動画撮ってる素人連中と一緒にすんな!)
私の内なる怒りのボルテージが沸点を超えた。
私は冷ややかな目で彼らを見上げた。身長差はあるが、精神的優位はこちらにある。
「ここ俺らのシマだから。部外者は立ち入り禁止な」
「シマ? 笑わせないでよ。ここが誰の管轄だと思ってんの?」
「は? 管轄? 何言ってんだこのガキ。頭湧いてんのか?」
「ここはね……」
私は背後の闇を親指で指し示した。
そこには、闇に溶け込むように佇む、白いワンピースの女と、白塗りの少年がいた。
伽椰子と俊雄だ。
彼らは私の合図を待ち、ゆらりと前に出てきた。
「『本物』の仕事場よ」
伽椰子が喉を鳴らす。
カカカカッ……あ、あ、あ……。
その音は、彼らが用意したチープな効果音とは違う、生理的嫌悪感を直接刺激する「死」の響きだ。
俊雄が大きく口を開け、猫のような、しかし獣とも人間ともつかない威嚇音を発する。
作り物ではない、本物の瘴気と殺意が、YouTuberたちを包み込んだ。
「ひっ……え、なに、あれ……?」
「おい、演出か? 誰か仕込んだのか? タクヤ、お前?」
「いや、聞いてねぇよ! 俺知らねぇし!」
「ていうか、顔……顔がヤバいって! メイクじゃねぇぞアレ!」
彼らの顔色が、見る見るうちに土気色に変わっていく。
カメラを持つ手が震え出し、後ずさりする。
照明が伽椰子の顔を照らし出す。血走った目、ひび割れた皮膚、そしてこの世ならざる怨念の眼光。
無理もない。解像度が違う。存在感が違う。
これが、Jホラーのレジェンドが放つ「格」だ。ぽっと出のインフルエンサー風情に耐えられるはずがない。
「ひ、ひぃぃぃ! き、来た! こっち来んぞ!!」
「逃げろ! やべぇ、マジでやべぇ!!」
パニックになった彼らは、我先にと逃げ出した。
しかし、私は逃さない。
「あら、撮影したいんじゃなかったの? 許可料払ってもらおうかしら? 出演料も込みで」
私はニッコリと、悪魔のような笑みを浮かべて手を差し出した。
伽椰子もそれに合わせるように、「あ、あ、あ……」と手を伸ばして追いかける。
「う、うわぁぁぁぁ!! 助けてくれぇぇぇ!!」
「ママ───ッ!!」
彼らは悲鳴を上げ、高価な機材を放り出して、蜘蛛の子を散らすように夜の山道へと消えていった。
後に残されたのは、静寂と、転がったカメラ、そして置き去りにされた照明機材だけ。
「……あらら。機材、置いてっちゃった」
私は地面に転がっていたカメラを拾い上げ、ホクホク顔で確認した。
4K対応の高級機だ。レンズもいいやつが付いている。これならもっと高画質で、伽椰子の肌の質感まで鮮明に撮れる。
照明もある。これで夜の撮影もバッチリだ。
「ラッキー。臨時収入ゲットね。これ、中古で売ったらいくらになるかしら……あ、違う違う、撮影に使わなきゃ」
「れ、霊夢さん……。それ、完全に窃盗じゃ……」
「落とし物よ。あとで交番*5に届けておくわ。それに、不法投棄は犯罪だから、私がリサイクルしてあげるの。感謝されこそすれ、文句言われる筋合いはないわ」
私は悪びれもせずに言い放ち、トンネルの奥へと視線を向けた。
邪魔者は消えた。機材もグレードアップした。スタッフ*6の士気も十分だ。
さあ、ここからが本番だ。
私は最新鋭のカメラをみこに手渡し、細かく画角の指示を出した。
「いい? 私はあくまで『仕事で来た最強の巫女』っていうテイでいくから。私が可愛く、かつ最強に見えるアングルで撮るのよ。あ、ライティングはちょっと逆光気味にして、神々しさを演出してね」
「えっ、あ、はい……。が、頑張ります。このカメラ、重いですけど……」
「あとローアングル禁止ね。スカートの中映ったらチャンネルBANされるから。うちは健全な心霊チャンネルを目指すわよ」
みこが引きつった顔で頷く。
強奪した照明をセットし、伽椰子と俊雄を配置につける。
「伽椰子さんは奥の物陰から『いないいないばあ』する感じで、徐々に恐怖感を煽って。俊雄くんは天井に張り付いてて、タイミングよく驚かせて」
「あ、あ、あ……」
「ニャァ」
よし、スタンバイOK。
私はお祓い棒を構え、前髪を整えてから、カメラに向かってバッチリとキメ顔を作った。
「アクション!」
俊雄がカチンコ代わりの板切れ*7を、バキャッ! と生々しい音を立てて鳴らす。
「はい、回ってる? ……どうも。博麗神社の巫女、霊夢よ」
私は声を張り上げず、少し気だるげに、それでいて確かな自信を滲ませた口調で語り始めた。
そう、これは「演出」だ。キャピキャピしたハイテンション動画なんて三流のやること。
本物は、淡々と、静かに仕事をこなすものなのだ。
画面越しの
「今日はこの、えーっと……Sトンネル? に来てるわ。随分と空気が澱んでるわね。これだから管理されてない心霊スポットは嫌なのよ。肌が荒れそう」
わざとらしく周囲を見回し、やれやれと肩をすくめる。
その時、トンネルの深淵から、ズズズ……と湿った足音と、地を這うような低い呻き声が近づいてきた。
演出ではない。このトンネルに元々巣食っていた、名もなき雑魚悪霊の群れだ。
腐敗した肉と泥の混じったような異臭が漂い、複数の影がゆらりと闇から滲み出てくる。
(キタキタキター! エキストラさん入りまーす! ノーギャラ出演ありがとうございます!)
(タイミング完璧! こいつら空気読めるわー! 待ってましたと言わんばかりの登場! さあ、私の踏み台になりなさい!)
内心では歓喜のあまりブレイクダンスを踊りたい気分だが、表情筋は鉄の意志で固定する。
私は眉をひそめ、さも「面倒な仕事が増えた」と言わんばかりに小さく舌打ちをした。
「……あら、お出ましか。挨拶もなしに土足で踏み込んでくるとは、マナーのなってない連中ね」
背後の闇から、ヌルリと青白い腕が伸びてくる。
作業服を着た男の霊か、それとも事故死した若者か。
みこが「ひぃっ!」と息を呑むが、カメラはブレさせない。根性がある。いい子だ。
悪霊の手が私の肩に触れようとした、その瞬間。
私は振り返りもせず、その冷たい腕をガシッと掴んだ。
「気安く触らないでくれる?」
そして、流れるような動作で一本背負いを決めた。
霊力を込めた足腰のバネを使い、悪霊の重心を崩して宙に舞わせる。
ドォォォン!!
凄まじい衝撃音と共に、悪霊がコンクリートの地面に叩きつけられる。
物理的な痛みが通じるのか、悪霊が「グェッ」と呻き声を上げた。
私は倒れ伏した悪霊を冷ややかに見下ろし、懐から取り出したお札を構えた。
「セクハラは重罪よ。……消えなさい」
パンッ。
柏手を打つように、お札を悪霊の額に叩きつける。
カッ! と閃光が走り、悪霊が光の粒子となって霧散していく。
あっけない。弱すぎる。これがレベルの差だ。
「……弱すぎ。これじゃ撮れ高足りないんじゃないの?」
私はつまらなそうに呟き、カメラに向かって軽く手を振った。
(今の撮れた!? めっちゃ今のカッコよくない!? 完璧な塩対応! クールビューティー巫女爆誕!)
(サムネ確定演出キタコレ! タイトルは『【閲覧注意】最強巫女、悪霊を一本背負いで瞬殺してみた【ガチ】』で決まりね! 再生数100万回は堅い!)
私の脳内は、再生数と広告収入、そして
恐怖など微塵もない。あるのは、溢れ出るアドレナリンと、底なしの承認欲求だけだ。
さあ、次はどいつだ。除霊祭りの時間よ! 伽椰子も俊雄も、サボってないで働きなさい!
♢
「カット! ……ふぅ、お疲れ様」
私は大きく腕を振り上げ、撮影終了を宣言した。
みこが震える手でカメラを下げ、その場にヘナヘナと座り込む。
「ふぅ……お疲れ様。いい画が撮れたわ」
私は額の汗を拭い、満足げに頷いた。
トンネル内の撮影は順調だった。いや、順調すぎた。
Jホラー界のレジェンド、伽椰子と俊雄の「本物の威圧感」に、雑魚悪霊たちは戦慄し、逃げ惑うYouTuberたちのリアクションも最高だった。
そして何より、私の一本背負いが完璧に決まったシーン。あれは間違いなく今回のハイライトだ。
(編集でスローモーションにして、テロップ入れて……BGMはあえてコミカルにして……。よし、再生数100万回は堅いわね。スパチャの通知音が止まらない未来が見えるわ!)
脳内で札束を数える音がチャリンチャリンと鳴り響く。
私はニヤニヤしながら、カメラのプレビュー画面を確認した。
映像は鮮明だ。4K画質恐るべし。伽椰子の血糊の質感までバッチリ映っている。
「れ、霊夢さん……。本当に、無事に終わってよかったです……。私、もう寿命が縮んで……」
みこが涙目で訴えかけてくる。
彼女には悪いことをしたが、これも博麗神社復興のためだ。
「何言ってるの。これからが本番よ? 編集して、サムネ作って、拡散して……。忙しくなるわよ」
私はみこの肩をポンと叩き、撤収の準備を始めた。
伽椰子は相変わらず「あ、あ、あ……」と喉を鳴らしながら虚空を見つめ、俊雄はトンネルの天井からぶら下がって遊んでいる。
すっかり我が家のスタッフとして馴染んでいるのが、なんだかおかしくて、そして頼もしかった。
機材をまとめ、トンネルを出ようとしたその時だった。
パチ、パチ、パチ、パチ。
乾いた拍手の音が、闇の奥から響いてきた。
誰もいないはずのトンネルの深淵から。
伽椰子が喉を鳴らすのを止め、ピタリと動きを止める。
俊雄がサッと天井から降りてきて、私の後ろに隠れるようにしがみついた。
先ほどのYouTuberたちに向けられたものとは違う、本能的な「警戒」の色が彼らから滲み出ている。
「……誰?」
私はお祓い棒を構え、闇を見据えた。
カツン、カツン、という小さな足音が近づいてくる。
やがて、スマホのライトの明かりの中に、一つの人影が浮かび上がった。