現代怪異社会の博麗霊夢(偽)   作:拓拓

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第11話

 ある日、私はとある決断を下した。

 動画の再生数は好調。だが、それに甘んじている場合ではない。

「家の中」だけでの動画は、いずれマンネリ化する。視聴者は飽きっぽい生き物だ。常に新しい刺激、新しい恐怖*1を提供し続けなければ、すぐにオワコンになってしまう。

 それに、私の野望はもっと大きい。

 タワーマンションの最上階で、回らないお寿司を死ぬほど食べたいのだ!

 そのためには、もっと攻めるしかない。もっと稼ぐしかない!

 

「……行くわよ、みこ」

 

 私は縁側に立ち、夕日に向かって宣言した。

 その背中には、覚悟と強欲のオーラが立ち昇っている。

 

「へ? どこにですか?」

「外よ、外! スタジオ*2を飛び出して、ロケに行くのよ!」

 

 私はお祓い棒をビシッと突きつけた。

 指差した先は、山の向こう。

 地元では「入ったら二度と戻れない」「夜な夜なうめき声が聞こえる」と噂される、ガチの心霊スポット──『Sトンネル』の方角だ。

 

「企画名は『最強巫女が行く! 心霊トンネルの悪霊を物理的に説教してみた』よ!」

「ええええええ!!? やめましょうよぉぉぉ!!」

 

 みこが全力で拒否する。顔面蒼白だ。

 当たり前だ。あそこは「遊び半分で行ってはいけない場所」ランキング不動のNo.1。

 だが、今の私には最強のスタッフがいる。

 

「大丈夫よ。私たちには『専門家』がついているもの」

 

 私はニヤリと笑い、背後を振り返った。

 

「伽椰子さん、俊雄くん。あんたたちも来るのよ。ボディガード兼、威圧係としてね」

「……あ、あ、あ……(イエス、ボス……)」

「ニャァ! (ラジャー!)」

 

 伽椰子がやる気なさそうに頷き、俊雄がパンツ一丁で敬礼する。

 最強の布陣だ。悪霊vs悪霊。毒を以て毒を制す。

 貞子はWi-Fiルーターなので留守番。美々子は庭の草むしりがまだ終わっていないので居残りだ*3

 

「みこはカメラマンお願いね。手ブレ補正、頼んだわよ」

「そ、そんなぁ……。私、帰りたい……」

 

 涙目のみこを半ば強制的に連れ出し、私は一歩を踏み出した。

 

「さあ、出発よ! 悪霊どもを震え上がらせて、再生数を稼ぐわよ! 目指せ、急上昇ランク1位!」

 

 こうして、最強の巫女(偽)と、涙目の女子高生、そしてガチの怨霊親子による、最悪のピクニックが始まったのだった。

 

 ♢

 

 現場に着くと、そこには先客がいた。

 チャラチャラしたファッションに、派手な髪色。手には高そうなハンディカメラと照明機材。

 見るからに「やってみた系」のYouTuberグループだ。男三人、女一人の四人組。

 彼らは神聖なる?心霊スポットの入り口を占拠し、我が物顔で騒ぎ立てていた。

 

「うぇーい、ここが噂のSトンネル! マジ雰囲気あるわー。これサムネ映え確定っしょ!」

「ちょ、タクヤ君待って〜。ここマジ無理なんだけどー。キャー怖いー(棒読み)」

「大丈夫だって! 俺らがついてるからさ! もしオバケ出ても、俺の筋肉でボコるし(笑)」

 

 大声で騒ぎながら、トンネルの入り口で自撮り棒を振り回している。

 私はピクリと眉をひそめた。

 マナーがなってない。心霊スポットにも礼儀というものがある。何より、大声と照明で場の空気が台無しだ。

 そして一番許せないのは、私の撮影の邪魔だということだ。

 

「……あ、あの、霊夢さん。人がいますよ。怖そうな人たちです……帰りましょう?」

 

 みこが小声で提案してくる。彼女は不良っぽい見た目の人種が苦手なのだ。

 だが、私は首を横に振った。

 ここで引いたら、この一等地*4と再生数を彼らに奪われることになる。それは、事業主として許されない。

 私はズカズカと彼らに近づいていった。

 

「ちょっとあんたたち。そこ、邪魔なんだけど」

 

 私が声をかけると、リーダーっぽい金髪の男が、カメラを回したまま不機嫌そうに振り返った。

 

「あぁん? なんだガキ。迷子か?」

「おいおい、こんな時間に子供だけで肝試しかよ。親御さん心配してるぞー?」

「ていうか、今いいとこ撮ってんだよ。映り込むなよな、シッシッ」

 

 あからさまな威圧。そして嘲笑。

 女の方も「えー、なにあの子たち。服ボロボロじゃん。コスプレ?」とクスクス笑っている。

 私のこめかみに、青筋がピキリと浮かんだ。

 

(ガキだぁ? ボロボロだぁ? どの口が言ってんのよ)

(こっちは命がけで生活費稼ぎに来てんだよ! 遊び半分で動画撮ってる素人連中と一緒にすんな!)

 

 私の内なる怒りのボルテージが沸点を超えた。

 私は冷ややかな目で彼らを見上げた。身長差はあるが、精神的優位はこちらにある。

 

「ここ俺らのシマだから。部外者は立ち入り禁止な」

「シマ? 笑わせないでよ。ここが誰の管轄だと思ってんの?」

「は? 管轄? 何言ってんだこのガキ。頭湧いてんのか?」

「ここはね……」

 

 私は背後の闇を親指で指し示した。

 そこには、闇に溶け込むように佇む、白いワンピースの女と、白塗りの少年がいた。

 伽椰子と俊雄だ。

 彼らは私の合図を待ち、ゆらりと前に出てきた。

 

「『本物』の仕事場よ」

 

 伽椰子が喉を鳴らす。

 

カカカカッ……あ、あ、あ……。

 

 その音は、彼らが用意したチープな効果音とは違う、生理的嫌悪感を直接刺激する「死」の響きだ。

 俊雄が大きく口を開け、猫のような、しかし獣とも人間ともつかない威嚇音を発する。

 作り物ではない、本物の瘴気と殺意が、YouTuberたちを包み込んだ。

 

「ひっ……え、なに、あれ……?」

「おい、演出か? 誰か仕込んだのか? タクヤ、お前?」

「いや、聞いてねぇよ! 俺知らねぇし!」

「ていうか、顔……顔がヤバいって! メイクじゃねぇぞアレ!」

 

 彼らの顔色が、見る見るうちに土気色に変わっていく。

 カメラを持つ手が震え出し、後ずさりする。

 照明が伽椰子の顔を照らし出す。血走った目、ひび割れた皮膚、そしてこの世ならざる怨念の眼光。

 無理もない。解像度が違う。存在感が違う。

 これが、Jホラーのレジェンドが放つ「格」だ。ぽっと出のインフルエンサー風情に耐えられるはずがない。

 

「ひ、ひぃぃぃ! き、来た! こっち来んぞ!!」

「逃げろ! やべぇ、マジでやべぇ!!」

 

 パニックになった彼らは、我先にと逃げ出した。

 しかし、私は逃さない。

 

「あら、撮影したいんじゃなかったの? 許可料払ってもらおうかしら? 出演料も込みで」

 

 私はニッコリと、悪魔のような笑みを浮かべて手を差し出した。

 伽椰子もそれに合わせるように、「あ、あ、あ……」と手を伸ばして追いかける。

 

「う、うわぁぁぁぁ!! 助けてくれぇぇぇ!!」

「ママ───ッ!!」

 

 彼らは悲鳴を上げ、高価な機材を放り出して、蜘蛛の子を散らすように夜の山道へと消えていった。

 後に残されたのは、静寂と、転がったカメラ、そして置き去りにされた照明機材だけ。

 

「……あらら。機材、置いてっちゃった」

 

 私は地面に転がっていたカメラを拾い上げ、ホクホク顔で確認した。

 4K対応の高級機だ。レンズもいいやつが付いている。これならもっと高画質で、伽椰子の肌の質感まで鮮明に撮れる。

 照明もある。これで夜の撮影もバッチリだ。

 

「ラッキー。臨時収入ゲットね。これ、中古で売ったらいくらになるかしら……あ、違う違う、撮影に使わなきゃ」

「れ、霊夢さん……。それ、完全に窃盗じゃ……」

「落とし物よ。あとで交番*5に届けておくわ。それに、不法投棄は犯罪だから、私がリサイクルしてあげるの。感謝されこそすれ、文句言われる筋合いはないわ」

 

 私は悪びれもせずに言い放ち、トンネルの奥へと視線を向けた。

 邪魔者は消えた。機材もグレードアップした。スタッフ*6の士気も十分だ。

 さあ、ここからが本番だ。

 

 私は最新鋭のカメラをみこに手渡し、細かく画角の指示を出した。

 

「いい? 私はあくまで『仕事で来た最強の巫女』っていうテイでいくから。私が可愛く、かつ最強に見えるアングルで撮るのよ。あ、ライティングはちょっと逆光気味にして、神々しさを演出してね」

「えっ、あ、はい……。が、頑張ります。このカメラ、重いですけど……」

「あとローアングル禁止ね。スカートの中映ったらチャンネルBANされるから。うちは健全な心霊チャンネルを目指すわよ」

 

 みこが引きつった顔で頷く。

 強奪した照明をセットし、伽椰子と俊雄を配置につける。

 

「伽椰子さんは奥の物陰から『いないいないばあ』する感じで、徐々に恐怖感を煽って。俊雄くんは天井に張り付いてて、タイミングよく驚かせて」

「あ、あ、あ……」

「ニャァ」

 

 よし、スタンバイOK。

 私はお祓い棒を構え、前髪を整えてから、カメラに向かってバッチリとキメ顔を作った。

 

「アクション!」

 

 俊雄がカチンコ代わりの板切れ*7を、バキャッ! と生々しい音を立てて鳴らす。

 

「はい、回ってる? ……どうも。博麗神社の巫女、霊夢よ」

 

 私は声を張り上げず、少し気だるげに、それでいて確かな自信を滲ませた口調で語り始めた。

 そう、これは「演出」だ。キャピキャピしたハイテンション動画なんて三流のやること。

 本物は、淡々と、静かに仕事をこなすものなのだ。

 画面越しの視聴者(カモ)たちに、「こいつは只者じゃない」と思わせるのがミソだ。

 

「今日はこの、えーっと……Sトンネル? に来てるわ。随分と空気が澱んでるわね。これだから管理されてない心霊スポットは嫌なのよ。肌が荒れそう」

 

 わざとらしく周囲を見回し、やれやれと肩をすくめる。

 その時、トンネルの深淵から、ズズズ……と湿った足音と、地を這うような低い呻き声が近づいてきた。

 演出ではない。このトンネルに元々巣食っていた、名もなき雑魚悪霊の群れだ。

 腐敗した肉と泥の混じったような異臭が漂い、複数の影がゆらりと闇から滲み出てくる。

 

(キタキタキター! エキストラさん入りまーす! ノーギャラ出演ありがとうございます!)

(タイミング完璧! こいつら空気読めるわー! 待ってましたと言わんばかりの登場! さあ、私の踏み台になりなさい!)

 

 内心では歓喜のあまりブレイクダンスを踊りたい気分だが、表情筋は鉄の意志で固定する。

 私は眉をひそめ、さも「面倒な仕事が増えた」と言わんばかりに小さく舌打ちをした。

 

「……あら、お出ましか。挨拶もなしに土足で踏み込んでくるとは、マナーのなってない連中ね」

 

 背後の闇から、ヌルリと青白い腕が伸びてくる。

 作業服を着た男の霊か、それとも事故死した若者か。

 みこが「ひぃっ!」と息を呑むが、カメラはブレさせない。根性がある。いい子だ。

 悪霊の手が私の肩に触れようとした、その瞬間。

 

 私は振り返りもせず、その冷たい腕をガシッと掴んだ。

 

「気安く触らないでくれる?」

 

 そして、流れるような動作で一本背負いを決めた。

 霊力を込めた足腰のバネを使い、悪霊の重心を崩して宙に舞わせる。

 

 ドォォォン!!

 

 凄まじい衝撃音と共に、悪霊がコンクリートの地面に叩きつけられる。

 物理的な痛みが通じるのか、悪霊が「グェッ」と呻き声を上げた。

 私は倒れ伏した悪霊を冷ややかに見下ろし、懐から取り出したお札を構えた。

 

「セクハラは重罪よ。……消えなさい」

 

 パンッ。

 柏手を打つように、お札を悪霊の額に叩きつける。

 カッ! と閃光が走り、悪霊が光の粒子となって霧散していく。

 あっけない。弱すぎる。これがレベルの差だ。

 

「……弱すぎ。これじゃ撮れ高足りないんじゃないの?」

 

 私はつまらなそうに呟き、カメラに向かって軽く手を振った。

 

(今の撮れた!? めっちゃ今のカッコよくない!? 完璧な塩対応! クールビューティー巫女爆誕!)

(サムネ確定演出キタコレ! タイトルは『【閲覧注意】最強巫女、悪霊を一本背負いで瞬殺してみた【ガチ】』で決まりね! 再生数100万回は堅い!)

 

 私の脳内は、再生数と広告収入、そして投げ銭(スパチャ)の計算でフル回転していた。

 恐怖など微塵もない。あるのは、溢れ出るアドレナリンと、底なしの承認欲求だけだ。

 さあ、次はどいつだ。除霊祭りの時間よ! 伽椰子も俊雄も、サボってないで働きなさい!

 

 ♢

 

「カット! ……ふぅ、お疲れ様」

 

 私は大きく腕を振り上げ、撮影終了を宣言した。

 みこが震える手でカメラを下げ、その場にヘナヘナと座り込む。

 

「ふぅ……お疲れ様。いい画が撮れたわ」

 

 私は額の汗を拭い、満足げに頷いた。

 トンネル内の撮影は順調だった。いや、順調すぎた。

 Jホラー界のレジェンド、伽椰子と俊雄の「本物の威圧感」に、雑魚悪霊たちは戦慄し、逃げ惑うYouTuberたちのリアクションも最高だった。

 そして何より、私の一本背負いが完璧に決まったシーン。あれは間違いなく今回のハイライトだ。

 

(編集でスローモーションにして、テロップ入れて……BGMはあえてコミカルにして……。よし、再生数100万回は堅いわね。スパチャの通知音が止まらない未来が見えるわ!)

 

 脳内で札束を数える音がチャリンチャリンと鳴り響く。

 私はニヤニヤしながら、カメラのプレビュー画面を確認した。

 映像は鮮明だ。4K画質恐るべし。伽椰子の血糊の質感までバッチリ映っている。

 

「れ、霊夢さん……。本当に、無事に終わってよかったです……。私、もう寿命が縮んで……」

 

 みこが涙目で訴えかけてくる。

 彼女には悪いことをしたが、これも博麗神社復興のためだ。

 

「何言ってるの。これからが本番よ? 編集して、サムネ作って、拡散して……。忙しくなるわよ」

 

 私はみこの肩をポンと叩き、撤収の準備を始めた。

 伽椰子は相変わらず「あ、あ、あ……」と喉を鳴らしながら虚空を見つめ、俊雄はトンネルの天井からぶら下がって遊んでいる。

 すっかり我が家のスタッフとして馴染んでいるのが、なんだかおかしくて、そして頼もしかった。

 

 機材をまとめ、トンネルを出ようとしたその時だった。

 

 パチ、パチ、パチ、パチ。

 

 乾いた拍手の音が、闇の奥から響いてきた。

 誰もいないはずのトンネルの深淵から。

 伽椰子が喉を鳴らすのを止め、ピタリと動きを止める。

 俊雄がサッと天井から降りてきて、私の後ろに隠れるようにしがみついた。

 先ほどのYouTuberたちに向けられたものとは違う、本能的な「警戒」の色が彼らから滲み出ている。

 

「……誰?」

 

 私はお祓い棒を構え、闇を見据えた。

 カツン、カツン、という小さな足音が近づいてくる。

 やがて、スマホのライトの明かりの中に、一つの人影が浮かび上がった。

*1
と笑い

*2
神社

*3
ノルマ未達成

*4
撮影スポット

*5
私の懐

*6
怨霊

*7
その辺に落ちてた腐った木片

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