現代怪異社会の博麗霊夢(偽)   作:拓拓

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第12話

「……誰?」

 

 暗闇から歩いてきたのは、ランドセルを背負った、小さな少女。

 ツインテールの髪を揺らし、胸には奇妙なほどボロボロで、お札だらけの不気味なぬいぐるみを抱きかかえている。

 そして何より目を引くのは、その瞳だ。

 深い闇のような瞳孔の中に、妖しく輝くドクロの形をしたハイライトが宿っている。

 

 寶月夜宵(ほうづき やよい)

『ダークギャザリング』の主人公にして、悪霊を収集し、共食いさせて最強の霊を作り出そうとする、狂気の小学生。

 

(……は? え? 嘘でしょ?)

(アイエエエ!? 夜宵ちゃん!? 夜宵ちゃんナンデ!?)

(ここ、あんたの巡回ルートだったの!? ていうか、ここ『ダークギャザリング』の世界線とも繋がってるの!?)

 

 私の思考がフリーズする中、夜宵は無表情のまま私を見上げ、口を開いた。

 その声は鈴を転がしたように可愛らしいが、抑揚がなく、どこか人間味を感じさせない。

 

「……すごいね。物理干渉型の除霊……初めて見た」

 

 その言葉には、純粋な称賛の色が混じっていた。

 しかし、そのドクロの瞳の奥には、珍しい昆虫を見つけた子供のような、底知れぬ好奇心の光が宿っている。

 

「その霊力……『卒業生』とも違う、純粋なエネルギー体。……興味深い」

 

 夜宵が、抱きかかえていたぬいぐるみをギュッと抱きしめ直す。

 そして、まるで新しいオモチャを見つけたかのような顔で、私を指差した。

 

「決めた。あなた、私の研究対象にする」

 

「……は?」

 

 私はポカンと口を開けた。

 研究対象? 何を言っているんだこの小学生は。

 私が困惑している間に、夜宵は満足げに頷き、くるりと踵を返した。

 いや、返していない。私の隣に並んだだけだ。

 そして、当たり前のように並んで歩き出す。

 

「え、ちょっと。何してるの?」

「帰るんでしょ? 私も行く」

 

 当然のように言い放つ夜宵。

 みこが「えっ、えっ?」とオロオロしている。

 伽椰子と俊雄も、得体の知れない少女の接近に少し距離を取っている*1

 

(待って待って、なんでついてくんの!?)

(研究対象って何!? 観察されるの!? 私のプライバシーは!?)

(ていうか、この子を連れて帰ったら絶対ヤバいことになる予感しかしないんだけど!)

 

 私の心の警報が鳴り響くが、夜宵は全く動じない。

 

 ♢

 

 ──そして、現在。

 博麗神社、社務所。

 夜も更け、フクロウの声が響く静寂の中、異様な光景が広がっていた。

 

 ちゃぶ台を囲むのは、私とみこ、そして勝手についてきた寶月夜宵。

 夜宵は我が物顔で座布団に座り、ランドセルを開けると、中からゴソゴソと何かを取り出した。

 それはまるで、四次元ポケットのように無限にアイテムが出てきそうなランドセルだった。

 

 ドサッ。ドサッ。ドサッ。

 

 ちゃぶ台の上に雪崩れ落ちたのは、山のようなお菓子だった。

 そのラインナップが凄まじい。

 一粒数百円はするであろう高級洋菓子店のマカロン、金箔が乗ったデパ地下のトリュフチョコ、予約困難な有名店のクッキー缶、そして庶民には手が届かない、コンビニ限定のプレミアポテチ*2

 極めつけは、桐箱に入った「とらや」の羊羹だ。

 甘く芳醇な香りが、部屋のい草の香りを暴力的に上書きしていく。

 

「……女子会」

 

 夜宵が短く、しかし儀式のように厳かに宣言した。

 

「は?」

「品評会。これ、全部食べていい」

 

 夜宵は無表情のまま、マカロンを一つ掴んで口に入れた。サクッ、という上品な音が響く。

 私もみこも、状況が飲み込めずにポカンとしている。

 

(え、これ全部? タダで? 本気?)

(……もしかしてこの子、友達作りたいだけとか? それとも餌付け? 私たちは野良猫か何か?)

 

 いや、その目は観察者の目だ。私を餌付けして、データを取ろうとしている。

 だが。

 目の前のトリュフチョコが、艶やかな茶色で私に「食べて」と囁いている。

 その香りは、私の理性を溶かし、本能を直接刺激する麻薬のようだ。

 私の喉がゴクリと鳴った。

 

「……ま、まあ? 労働の後の糖分補給は必須だし? いただいてあげなくもないわよ?」

 

 私は震える手でチョコを掴み、口に放り込んだ。

 パクッ。

 濃厚なカカオの香りと、とろけるような甘さが脳髄を直撃する。

 

「んまあぁぁぁぁっ!!! なにこれ神の食べ物!?」

「……とらやの羊羹もある」

「いただきまぁぁぁす!!」

 

 プライド? 警戒心?

 そんなものは糖分と一緒に溶けて消えた。

 私は次々とお菓子を口に放り込み、至福の表情で悶絶する。

 

「みこ! 食べなさい! これは正義よ! 資本主義の味がするわ!」

「え、ええ……? あ、ありがとうございます……」

 

 みこも恐る恐るマカロンを手に取る。

 その背後では、伽椰子や貞子たちが、羨ましそうにこちらをジッと見つめていた。

 特に俊雄は、指をくわえてよだれを垂らしそうだ。

 

「あ、あんたたちは仕事! 休憩はまだよ! 俊雄、そこ食べこぼさないで! 床が汚れるでしょ!」

 

 私が口の周りをチョコまみれにして一喝すると、怨霊たちはシュンとして作業に戻った。

 最強の小学生と、最強の巫女(偽)と、最強の見える子。

 そして背景で働くJホラーオールスターズ。

 

 奇妙で、カオスで、そして甘い。

 そんな博麗神社の夜は、ゆっくりと過ぎていくのだった。

 

 ♢

 

「……で、次は」

 

 お菓子を粗方食べ尽くしたところで、夜宵がおもむろに立ち上がった。

 

「パジャマに着替える」

「は?」

「女子会といえば、パジャマパーティー。これ、常識」

 

 夜宵はランドセルから、これまたどこに入っていたのか謎なほど圧縮された布を取り出した。

 広げると、フリルとレースがあしらわれた、可愛らしいネグリジェだった。

 しかも三人分ある。準備が良すぎる。

 

「……用意周到すぎない? いつから計画してたの?」

「サイズは目測で合わせた。着て」

 

 有無を言わせぬ圧力。

 みこが「え、えっと……」と戸惑いつつも、夜宵のドクロ目に見つめられて断れずにいる。

 私も、お菓子の恩がある手前、無下にはできない。

 

「……わかったわよ。着ればいいんでしょ、着れば」

 

 こうして、私たちはぼろぼろの巫女服と制服を脱ぎ捨て、フリル付きのネグリジェに着替えることになった。

 鏡*3に映る自分を見る。

 ……うん、悪くない。というか、悔しいけど似合っている。中身はアラサーだけど、ガワは美少女なのだ。

 

「みこさん、似合う」

「あ、ありがとうございます……夜宵ちゃんも可愛いよ」

「霊夢は……うん、素材はいい。中身以外は」

「中身以外は、って何よ! 余計なお世話よ!」

 

 キャッキャウフフ(?)な着替えタイムが終わり、私たちは布団*4の上に車座になった。

 部屋の明かりを消し、中央に置いた懐中電灯だけをつける。

 典型的な「怪談話」の雰囲気だ。

 ただし、周りには本物の幽霊がいるけれど。

 

「じゃあ、始める」

 

 夜宵が低い声で言った。

 その顔が、下から照らされて不気味に浮かび上がる。

 ドクロの瞳が、闇の中で怪しく光る。

 

「……私が、まだ小さかった頃の話……」

 

 夜宵が語り始めたのは、よくある学校の怪談などではない。

 彼女自身が体験した、両親を奪った「空亡(くうぼう)」との壮絶な記憶。

 そして、これまで収集してきた悪霊たちとの、血で血を洗うような捕獲劇の数々。

 

「……その霊は、生きたまま皮を剥がれて、その皮を自分の子供に着せられて……」

「……トンネルの中で、何百人もの手足が融合して、巨大な肉団子になって……」

 

 内容がガチすぎる。

 描写がリアルすぎる。

 洒落になっていない。

 みこはすでに白目を剥いて気絶寸前だ。私も、背筋が凍りついて鳥肌が止まらない。

 さっき食べた高級スイーツの味が、鉄の味に変わりそうだ。

 

(怖い! 怖いってば! なんでそんな淡々とエグい話できるの!?)

(それ実話でしょ!? ノンフィクションはやめて! 創作怪談でいいから!)

 

 私の心の悲鳴などお構いなしに、夜宵の話は淡々と続く。

 窓の外では風が唸り、伽椰子の「あ、あ、あ……」という声が効果音のように響く。

 最高のロケーションで、最恐の怪談を聞くパジャマパーティー。

 それは、私の人生で最も長く、そして最もカオスな夜となるのだった。

 

 ♢

 

 深夜の博麗神社。

 草木も眠る丑三つ時、社務所の一室だけが、不気味なブルーライトに照らされていた。

 

「よし、カット編集終わり! テロップ挿入完了! サムネの彩度爆上げOK!」

 

 私はみこから借りたノートPC(「動画編集するなら必要でしょうから」と持ってきてくれた。女神か?)のエンターキーを、ッターン! と小気味よく叩いた。

 画面には、赤い文字でデカデカと『投稿完了』の文字。

 

 動画タイトル:

【神回】心霊スポットの悪霊を物理で成仏させてみた【ガチ映像】

 

 サムネイルは、私が悪霊を一本背負いしている瞬間のスクショに、赤文字で「※スタントなし」「※ガチ除霊」と煽り文句を入れたものだ。

 ちなみに編集作業は、貞子に手伝わせた。

 彼女の念動力によるキーボードタイピング速度は秒間50打鍵を超え、エンコード処理も呪いの力で爆速化されている。最強の編集アシスタントだ。

 

「……ふふふ。これで勝つる」

 

 私はコンビニで買ってきたエナジードリンクをプシュッと開け、勝利の美酒に酔いしれた。

 隣では、みこが疲れて机に突っ伏して寝ている。

 伽椰子と俊雄は、部屋の隅でバッテリー切れのように動かなくなっている*5

 

「さあ、回れ回れ……! 私の生活費よ!」

 

 F5キーを連打する。

 再生数:10回

 再生数:105回

 再生数:5,300回

 

「……キタコレェェェェ!!」

 

 初動からバズった。

 さすがJホラーオールスターズ。そして私のカリスマ性。

 コメント欄が滝のように流れていく。

 

『うっわ、マジもんじゃんこれ』

『巫女さんの背負い投げキレすぎワロタwww』

『後ろに映ってる白い親子、質感がヤバい。特殊メイク?』

『CG乙……と言いたいけど、影のつき方がリアルすぎる』

『このチャンネル登録したわ。更新楽しみ』

 

 称賛、驚愕、そして考察。

 ネットの住民たちは、私の動画に食いついている。

 承認欲求という名の脳内麻薬がドバドバ溢れ出し、私はニマニマと画面を見つめ続けた。

 

(よしよし、いい子たちね。もっと拡散して、もっと広告を見て、私を養いなさい!)

 

 夜が明ける頃には、再生数は10万回を突破し、急上昇ランキングに食い込んでいた。

 私は確信した。

 これで勝てる。この世界で、私は「霊能力系インフルエンサー」として成り上がれると!

 私は、夢見心地気分で、回らないお寿司を死ぬほど食べる夢を見た。

*1
ビビってる? 

*2
トリュフ塩味

*3
佐伯邸から略奪したアンティーク

*4
これも佐伯邸から

*5
死んでるけど

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