現代怪異社会の博麗霊夢(偽)   作:拓拓

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第14話

 あれ以来、夜宵は頻繁に博麗神社に入り浸るようになった。

 お菓子という名の「家賃」を持って。

 おかげで私の血糖値は常に高止まりだが、生活水準は劇的に向上した。

 今日は、その夜宵とみこを連れて、駅前の地下街へ買い出しに来ていた。

 

「重い……。なんで私が米10キロを持たなきゃいけないのよ」

 

 私はブツブツ文句を言いながら、地下通路を歩いていた。

 両手にはスーパーの袋。背中にはリュック。完全に荷運び要員だ。

 夜宵はランドセル*1を背負っているし、みこはトイレットペーパーや洗剤を持っているから、消去法で一番力持ち*2な私が米担当になったのだ。

 

「ご、ごめんなさい霊夢さん。でも、特売だったから……」

「霊夢、頑張れ。帰ったら『ハーゲンダッツ』あげる」

「……期間限定の抹茶味なら許す」

 

 チョロい。自分でも思うが、私は餌に弱い。

 そんな軽口を叩きながら、私たちは長く伸びる白いタイル張りの地下通路を歩いていた。

 

 カツン、カツン、カツン。

 

 足音が、やけに高く反響する。

 ふと、違和感を覚えた。

 さっきから、同じ景色が続いていないか?

 無機質な黄色い点字ブロック。どこまでも続く白い正方形のタイル。等間隔に並んだ天井の蛍光灯。

 そして、壁に貼られた「アルバイト募集」の色褪せたポスター。

 既視感が凄い。というか、さっき通り過ぎた場所と全く同じシミが壁にある。

 

「……ねえ。このポスター、さっきも見なかった? まるでコピペしたみたいに」

 

 私が足を止めると、みこが不安そうに頷いた。

 

「わ、私も思ってました。……それに、なんか人がいないというか……。駅の近くなのに、誰ともすれ違わないなんて変ですよね?」

「……異界化してる」

 

 夜宵が冷徹に告げた。

 彼女のドクロの瞳が、通路の奥を油断なく見据えている。

 

「ここ、閉じ込められた。……終わりのない回廊」

 

(はぁ!? また!?)

(今週何回目よ! 私の人生、イベント発生率が高すぎてクソゲーなんだけど! オートセーブ機能ついてないの!?)

 

 私は盛大に舌打ちをした。米袋を持つ手が震える*3

 そして、前方からコツコツと歩いてくる人影が見えた。

 白シャツに黒のスラックス、片手にスマホを持ち、鞄を提げた、何の特徴もない中年男性。

 通称「おじさん」。

 彼は私たちを無視して、機械的な歩調で通り過ぎていく。

 

(……待って。この強烈な既視感)

(白いタイル、無限に続く通路、無表情で歩いてくるおじさん……)

 

 私の脳内ライブラリが、瞬時に検索結果を弾き出した。

 これ、Steamで流行ったウォーキングシミュレーター『8番出口』じゃん!

 異変を見つけたら引き返す、なければ進む。シンプルだが精神を削られるあのゲームだ!

 

(うわー! 聖地巡礼! 今度はインディーズゲームかよ! 誰得コラボだよ!)

(ってことは、異変を見つけたら引き返せばいいのね? ルールは把握したわ。私はこの手のゲーム、配信で予習済みよ!)

 

 私はニヤリと笑い、みこと夜宵に向き直った。

 勝算はある。攻略法を知っている強みだ。

 

「大丈夫よ。これは『間違い探し』みたいなもの。異変があったら引き返す、なければ進む。それだけで出られるわ。簡単よ」

 

 私たちは慎重に進み始めた。

 目を皿のようにして、ポスターの顔、防犯カメラの向き、タイルの枚数、そしておじさんの顔色をチェックする。

 

 ……しかし。

 

 十分後。

 私たちはまだ通路にいた。

 二十分後。

 景色は変わらない。

 三十分後。

 おじさんが五回目の通過をする。

 

「異変がない! 異変がないのよ!!」

 

 私は叫んだ。

 ポスターの顔が大きくなるとか、蛍光灯が消えるとか、天井に顔が浮かぶとか、そういう分かりやすいイベントが起きない。

 ただひたすらに、同じ景色がループしている。

 おじさんも相変わらず無表情で、微妙に避けるのが面倒な絶妙なコース取りで通り過ぎていくだけだ。

 

「霊夢さん、疲れました……。もう歩けません……。足が棒のようです……」

 

 みこがへたり込む。精神的な摩耗が激しい。

 夜宵も少し飽きてきたのか、ランドセルからスルメを取り出して齧り始めた。

 そして何より、私の肩に食い込む米袋の重みが限界に達しつつあった。

 重い。痛い。そして腹が減った。

 

(イライラする……!)

(なんなのこのクソゲー! 難易度調整ミスってんじゃないの!? バグ? 進行不能バグなの!?)

(こっちは早く帰って、風呂入ってアイス食べて寝たいのよ! 同じとこグルグル回らせて、私の貴重な可処分時間を奪う気!? タイムイズマネーよ!)

 

 ブチッ。

 

 私の脳内で、何かが切れる音がした。

 忍耐の糸だ。

 私はドサッと荷物を床に置いた。米袋が鈍い音を立てる。

 

「……やめた」

「えっ? 霊夢さん?」

「付き合ってらんないわよ、こんなチマチマしたルール!」

 

 私はお祓い棒(枝)を構え、壁に向かって仁王立ちになった。

 ゲームのルールに従う? 開発者の掌で踊らされる?

 冗談じゃない。私は博麗霊夢だ。ルールは私が作る。

 

「出口がないなら、作ればいいじゃない!」

 

 マリー・アントワネットもびっくりの暴論。

 だが、今の私*4には、それが唯一絶対の正解に思えた。

 

「みこ、夜宵! 耳塞いでなさい! 衝撃に備えて!」

 

 私は懐から、とっておきのスペルカード*5を取り出した。

 霊力を全開まで高める。

 通路の蛍光灯がバチバチと激しく明滅し、通りすがりのおじさんが初めて「ヒッ」と顔を引きつらせて逃げ出した。

 遅い。もう遅い。

 

「この無限回廊ごと、ねじ伏せてやるわ! 空間の歪みごと吹き飛びなさい!」

 

 私は叫び、スペルカードを壁に叩きつけた。

 

「霊符『夢想封印・発破(ダイナマイト)』!!」

 

 ドォォォォォォンッ!!

 

 鼓膜をつんざく爆音が轟き、地下通路が激しく揺れた。

 白いタイルが粉々に砕け散り、鉄筋コンクリートの壁が粉砕される。

 空間維持のための結界ごともっていかれたのだろう、視界が歪み、ノイズが走る。

 もう「間違い探し」どころではない。「地形が変わる」レベルの異変だ。RTA(リアル・トンネル・アタック)だ。

 

 土煙が晴れると、壁には人が三人並んで通れるほどの大穴が空いていた。

 その向こうに見えるのは──夕焼けに染まる、見慣れた神社の裏山。

 そして、新鮮な外の空気。

 

「……開通」

 

 私はパンパンと手を払った。

 最短ルートの完成だ。

 正攻法? 知るか。結果が全てだ。

 

「さ、帰るわよ。アイスが溶けちゃう」

 

 私は米袋を担ぎ直し、瓦礫の山を踏み越えて穴の向こうへと歩き出した。

 みこと夜宵が、呆然とした顔で口を開けている。

 

「……霊夢さん、これ、器物損壊じゃ……」

「異界だからセーフよ。……たぶん。それに、閉じ込めた方が悪いのよ」

 

 背後で、崩れかけた地下通路が、まるで幻のように揺らぎ、ノイズ混じりに消えていくのが見えた。

 どうやら、私の暴力的な解決策に、空間そのものが「参りました」と降参したらしい。

 ゲームオーバーではなく、強制クリアだ。

 

(ふん、ルールなんて弱者の戯言よ)

(力こそパワー。……さあ、帰って抹茶アイス食べるわよ! 大盛りで!)

 

 こうして私たちは、難攻不落のループ迷宮を、実力行使によりクリアしたのだった。

 8番出口のおじさんも、きっと草葉の陰で泣いているに違いない。

 いや、そもそも最初から泣いていたのかもしれないけれど。

*1
中身は悪霊

*2
霊力強化

*3
怒りで

*4
空腹+疲労+理不尽への怒り+米の重さ

*5
ただの折り紙に呪文を書いたもの

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