現代怪異社会の博麗霊夢(偽)   作:拓拓

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R8.2.7改稿


第15話

 数日後。

 博麗神社の社務所には、お通夜のような空気が流れていた。

 いや、実際に死人*1はそこにいるのだが、それ以上に私の心が死んでいた。

 

 PC画面に表示された、無慈悲なメール通知。

 

『お客様のチャンネルでの収益化は承認されませんでした』

『理由:繰り返しの多いコンテンツ、暴力的な描写、衝撃的なコンテンツ』

 

「……は?」

 

 私は震える手でマウスを握りしめた。

 嘘だ。嘘だと言ってよバーニィ。

 再生数は合計100万回を超えた。登録者も3万人を突破した。

 なのに、収益化ゼロ? 0円?

 

「ふざけんなぁぁぁぁ!! YouTubeの運営(AI)は節穴か!?」

 

 私の怒号と共に、ドォォォォンッ!! と大気が震えた。

 ちゃぶ台を叩いたわけではない。私の体から噴出した「怒りの霊圧」が、物理的な衝撃波となって社務所内を駆け巡ったのだ。

 

 バリバリバリッ!

 障子が裂け、窓ガラスにヒビが入る。

 貞子が「ヒィッ!」と短い悲鳴を上げてテレビ画面のノイズの奥深くに逃げ込み、天井裏で昼寝をしていた俊雄が、ボトッと床に落ちて白目を剥いて硬直した。

 

「暴力? 除霊よ! 正義の鉄槌よ! 衝撃的? そりゃ本物の幽霊なんだから衝撃的でしょうよ!」

 

 納得がいかない。

 私の華麗な一本背負いが暴力判定? 伽椰子さんの階段落ちがショッキング映像?

 ……まあ、冷静に考えればそうかもしれない。

 でも、私の生活がかかってるのよ! 伽椰子たちの給料(煮干し)も払えないじゃない!

 

「ど、どうしましょう霊夢さん……。お、落ち着いてください……神社が壊れちゃいます……!」

 

 みこがオロオロと、しかし必死に声をかけてくる。

 だが、今の私は怒りと絶望で頭がおかしくなりそうだ。

 

(もうだめだ。地道に賽銭を集めるしかないのか……?)

(いや、この神社の立地じゃ、一日10円入ればいい方だ。餓死する。確実に餓死する)

 

 私が人生二度目の終焉を感じていた、その時だった。

 

「──おやおや。随分と湿っぽい空気だねえ。ここだけ梅雨が戻ってきたのかと思ったよ」

 

 聞き覚えのある、軽薄で、それでいて妙に安心感のある声。

 ふと顔を上げると、開け放たれた障子の向こう、縁側に「彼」が座っていた。

 くたびれたグレーのスーツ。安っぽいピンクのネクタイ。

 そして手には、黄色と赤のロゴが眩しい、ミスタードーナツの箱。

 

「霊幻……新隆……!」

 

 私の口から漏れた名は、怨嗟ではなく、感嘆と尊さに震えていた。

 傾きかけた夕日が、古びた神社の境内を朱色に染め上げる中、彼はそこに立っていた。

 逆光を背負って現れたその姿は、私にとって天照大神よりも眩しかった。

 いや、正確に言うなら、彼が小脇に抱えている『ミスタードーナツ』のロゴ入りボックスが、だ。

 

「よお。近くまで来たもんでね。……差し入れだ」

 

 霊幻がニッと口角を上げ、白い歯を見せて笑う。

 その瞬間、私の身体から立ち昇っていた禍々しい紅白のオーラが、シュン……と音を立てて霧散した。

 怒り? 絶望? YouTubeの収益化?

 そんな些末なことはどうでもいい。今は目の前の「ポン・デ・リング」が最優先事項だ。

 

「……師匠? 何しに来たのよ」

 

 私は努めて冷静を装い、縁側に座り直した。

 内心では「よくやった! 褒めて遣わす!」と拍手喝采だが、この胡散臭い男に媚びるのは癪だ。

 だが、身体は正直だ。私の視線はどうしても、その小脇に抱えられた箱に吸い寄せられてしまう。

 

「おっと、随分とつれない挨拶だな。……おや? そちらのお嬢さんは?」

 

 霊幻の視線が、私の背後でへたり込んでいる女子高生──四谷みこに向けられた。

 みこは涙目で、私の袖をギュッと握りしめたまま、見知らぬ大人の登場に警戒心を露わにしている。

 

「あ、あの……四谷、みこです……。霊夢さんの、お友達……というか、その……」

「スポンサーよ」

「えっ……」

 

 私が即答すると、みこが露骨にシュンと悲しそうな顔をした。

 ……あーもう、そんな捨てられた子犬みたいな目で見ないでよ。私の良心が痛むじゃない。

 それに、私の可愛い推しを曇らせるのは本意ではない。

 私はドーナツを咀嚼しながら、視線を逸らしてぶっきらぼうに付け足した。

 

「……兼、私の『特別』よ。代わりなんていない、私だけのもの。この子がいないと、ほら、私の身の回りの世話とか、メンタルケアとか……いろいろ困るのよ」

 

 嘘は言っていない。金銭的な意味でも、精神安定剤的な意味でも、彼女は私にとって手放せない、大切な存在だ。

 

「──ッ!!」

 

 途端に、みこの顔がボンッ! と音を立てんばかりに赤くなり、緩みきった表情で身をくねらせ始めた。

 

「と、特別……! 私だけのもの……つまり私がいないと生きていけない*2……ああっ、霊夢さん……!」

 

 チョロい。実にチョロいが、その嬉しそうな顔を見ると、胸の奥が少しだけ温かくなるのを感じる。……まあ、悪い気はしない。

 

「へえ、親友みたいなもんか。俺は霊幻新隆。『霊とか相談所』の所長をやってる」

 

 霊幻は怪しさ満点の営業スマイルで名刺を差し出した。

 みこはおずおずとそれを受け取り、小声で呟く。

 

「霊とか……相談所? じゃあ、この人も霊能者……?」

 

 みこの琥珀色の瞳が、ジッと霊幻を見つめる。

 彼女には「視える」。

 霊幻の背後に霊がついているか、あるいは彼自身から霊力が溢れているか。

 しかし、彼女の反応は微妙なものだった。

 

「(……きれい。この人、なんにも憑いてない……。霊夢さんみたいにバカでかいオーラもないし、伽椰子さんたちみたいな淀みもない。……ただの、サラリーマン?)」

 

 みこの心の声が聞こえてきそうだ。正解だよ、みこ。師匠はただの一般人だ。

 

「ほら、受け取りな。期間限定の新作も入ってるぞ。お嬢さんも災難だったな、霊夢の癇癪に付き合わされて」

「あ、ありがとうございます……」

「……ふん。気が利くじゃない。特別に受け取ってあげるわよ」

 

 言葉とは裏腹に、私の手は神速で箱へと伸びていた。

 プライドなどという概念は、空腹の前では無力だ。

 霊幻が苦笑しながら差し出した箱を、私は引ったくるように確保し、ガバッと蓋を開けた。

 

 ふわぁ……と広がる、甘く香ばしい小麦と砂糖の香り。

 黄金色に輝くオールドファッション、艶やかなコーティングのフレンチクルーラー、そしてもちもちのポン・デ・リング。

 宝石箱だ。これは宝石箱だ。

 

(うわぁぁん! 会いたかった、夢にまで見たよポン・デ・リングちゃん! 怨霊と貧乏神しか友達がいないこの殺伐とした世界において、ミスタードーナツの存在こそが唯一の希望の光! ああ、この文明の香りが私を生の実感へと引き戻してくれる……!)

 

 私は涙目でポン・デ・リングを一つ掴み、大きく口を開けてかぶりついた。

 みこも、勧められるままにおずおずとフレンチクルーラーを手に取る。

 私は涙目でポン・デ・リングを一つ掴み、大きく口を開けてかぶりついた。

 もちっ、むにゅっ。

 独特の弾力と、砂糖蜜の甘みが脳髄に染み渡る。怒りでショート寸前だった脳細胞が、急速に回復していくのが分かる。

 

「んん〜〜っ! もちもちぃ〜〜!」

「だろ? 糖分は脳のガソリンだ」

 

 霊幻が縁側に腰掛け、スーツのポケットからハンカチを取り出して私の口元の砂糖を拭ってくれた。

 その慣れた手つきに、みこが少しだけ目を見開く。

 

「……霊夢さん、この人とどういうご関係で?」

「腐れ縁よ。時々こうして餌付けに来るの」

「餌付けって……」

 

 みこが呆れたように私を見る。

 しかし、彼女もまた一口ドーナツを食べると、緊張が解けたのか、ポツリと漏らした。

 

「……でも、助かりました。霊夢さん、収益化落ちてからずっと荒れてて……伽椰子さんたちに八つ当たりするし……」

「おっと、そこまでよ、みこ。私の名誉に関わるわ」

 

 私はドーナツを頬張りながら、恨み言を吐き出した。

 

「YouTubeのAIが悪いのよ! 『暴力的』だの『衝撃的』だの……。本物の幽霊を使ったガチ動画なのに!」

「ほう。どんな動画を?」

「『【閲覧注意】貞子がテレビから出てくる瞬間を4Kで撮ってみた』とかよ!」

「……そりゃ落ちるわ」

「ですよね……。私、カメラ係やらされたんですけど、スマホ越しに目が合って……死ぬかと……」

 

 みこが身震いしながら同意する。

 霊幻はやれやれと首を振った。

 

「いいか霊夢、そしてみこちゃん。今のネット社会は潔癖なんだ。……ま、最初から楽して稼ごうなんて考えが甘いってことだ」

 

 正論だ。ぐうの音も出ない。

 すると霊幻は、懐から一枚のチラシを取り出した。

 

『業務提携のご案内 ~霊とか相談所・博麗神社支部~』

 

「私と組まないか? ……お前さんのその桁外れの『力』と、私の巧みな『話術』。……そして、ここにいる優秀なスタッフたち。これらを組み合わせれば、もっと効率よく稼げる」

 

 霊幻が視線を向けた先には、部屋の隅で正座している伽椰子と、天井の梁から逆さにぶら下がっている白塗りの俊雄がいた。

 普通の人間なら、視界に入っただけで悲鳴を上げて逃げ出すような、特級の異形たちだ。

 しかし彼は、そんな怪物たちを見ても、眉一つ動かさなかった。

 いや、むしろ──

 

「そこの劇団員の方々も、お疲れ様です。……メイク、崩れてますよ? いやあ、最近の特殊メイクは凄いな。本物みたいだ」

 

 霊幻は伽椰子に向かって、労いの言葉をかけたのだ。

 

(……ぶっ!)

 

 私は危うく、口の中のドーナツを吹き出しそうになった。慌てて飲み込み、むせ返る。

 

(劇団員!? この人、こいつらを劇団員だと思ってるの!?)

(いや、違う……。師匠は『見えていない』フリをして、彼らを油断させているだけかも? それともガチで、自分の都合のいいように世界を解釈してるの!?)

 

 どっちだ。どっちなんだ。

 彼の底知れなさに戦慄する。

 

「げ、げきだんいん……? あの……霊幻さん? あれが、劇団員に見えるんですか……?」

 

 みこが震える指で伽椰子を指差す。

 伽椰子は「あ、あ、あ……」と呻きながら、首をあり得ない角度で曲げている。どう見てもこの世のモノではない。

 

「ん? ああ、最近の役者志望は気合が入ってるな。そのコンタクトとか特注だろ?」

 

 だが、霊幻はスタスタと伽椰子の前まで歩いていくと、箱に残っていたフレンチクルーラーを一つ掴み、彼女の差し出した手──腐敗し、血に塗れた手──の上にポンと乗せた。

 

「ほら、差し入れだ。……いい演技だったよ、動画見たけど。あの関節の動きとか、相当訓練しないと出来ないだろ。プロ根性を感じたね」

 

 伽椰子が、ドーナツを持ったまま硬直する。

 その白濁した虚ろな瞳が、パチクリと瞬きをした。

 普段なら触れただけで呪い殺すはずの怨霊が、ドーナツ一つと、そして何より「演技を褒められた」ことによって、完全に毒気を抜かれている。

 

「……あ、あ……*3

「おう。次も期待してるぞ」

 

 霊幻はポンと伽椰子の肩を叩き(!)、爽やかに振り返った。

 その背中には、一切の恐怖も迷いもない。

 

「ひっ……!」

 

 みこが悲鳴を上げて私にしがみついてくる。

 

(れ、霊夢さん! この人ヤバいです! 見えてない以前に、距離感がおかしいです! 普通、あんな禍々しいものに触れますか!?)

(……私も同感よ。ある意味、最強よね)

(あの伽椰子にボディタッチして、五体満足で生還した一般人、人類史上初めて見たわ)

 

 私は小声で返しつつ、戦慄した。

 この男の「鈍感力」あるいは「詐欺師としての胆力」は、私の霊力とは別のベクトルで最強だ。

 

「……で、どうする? 霊夢。悪い話じゃないと思うが」

 

 霊幻が手を差し出してくる。業務提携の誘いだ。

 

「霊夢さん、やめた方が……この人、なんかズレてますよ……?」

 

 みこが心配そうに耳打ちしてくる。

 彼女の言うことはもっともだ。

 でも、一人で収益化の壁にぶつかって悩むより、この胡散臭いけど頼れる大人と一緒にいた方が、きっと退屈しない。

 何より、またこうしてドーナツが食べられるかもしれない。

 

 私は指についた最後の砂糖を丁寧に舐め取り、ニッと不敵に笑って、彼の手を強く握り返した。

 まだ少しベタベタする手で。

 

「……いいわよ。乗ってあげる」

「うわ、汚ねっ! お前なぁ、拭いてから握れよ!」

「契約成立ね! 返品不可よ! まずは支度金として、そこの残りのオールドファッションもよこしなさい! みこ、あんたも証人になりなさい!」

「ええぇ……巻き込まないでくださいよぉ……」

 

 霊幻が嫌そうな顔でハンカチを取り出し、手を拭う。

 その横顔を見ながら、私は確かな予感を感じていた。

 

 こうして、博麗神社は「霊とか相談所」と業務提携をすることになった。

 最強の巫女と、最強の詐欺師。そして巻き込まれ体質の女子高生。

 この奇妙なトリオが、現代怪異社会に新たな伝説を刻む……かもしれない。

*1
伽椰子たち

*2
そこまで言ってない

*3
あり、がと……

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