博麗神社*1の朝は、相変わらずカオスだった。
庭では美々子が包丁でリズミカルに雑草を刻み、縁側では伽椰子が洗濯物を干し、リビングでは貞子がテレビ画面を拭いている。
完全に「魔界のシェアハウス」として定着してしまった日常。
そんな中、ランドセルを背負った夜宵が、玄関で靴を履きながらボソッと言った。
「……今日、授業参観」
私は朝食の食パン*2を齧りながら、気のない返事をした。
「ふーん。行ってらっしゃい」
「……来て」
「は?」
私はパンを喉に詰まらせそうになった。
夜宵が、無表情のままじっと私を見つめている。そのドクロの瞳が、無言の圧力を放っている。
「保護者、来ない。……空席、目立つ。嫌だ」
珍しく殊勝なことを言う。
確かに、彼女の両親は既に亡くなっているはず。
(でも待って。保護者役なら他にも適任がいるじゃない。従姉妹の
(あの二人はどうしたのよ。大学の講義? それとも新たな心霊スポットでデート中? ……まあ、あの狂った連中よりは、私の方がまだマシな保護者役ってことかしら。都合が悪いなら仕方ないけど)
少しだけ同情心が湧きかけた。
だが、私は首を横に振った。
「無理よ。私、見た目はあんたと同じ小学生よ? 保護者席に座ってたら、迷子のコスプレイヤーだと思われるわ」
「……大丈夫。これ着て」
夜宵がランドセルを開ける。そこはまるで四次元ポケットのように、お菓子以外の「何か」も詰まっているらしい。
彼女が取り出したのは、黒いレースをあしらった上品なワンピースと、つばの広い女優帽、そして顔の半分を覆うような大きなサングラスだった。
どこから調達したんだ。サイズ感も妙に子供用サイズに調整されている気がする。
「これなら、不審……じゃなくて、ミステリアスな未亡人に見える。海外セレブ風」
「今『不審者』って言いかけたわよね? 絶対言いかけたわよね?」
私はジト目で睨んだが、夜宵は手品のように懐から桐箱を取り出した。
ズシリと重いその箱には、『アンリ・シャルパンティエ』のロゴが輝いている。
高級フィナンシェ詰め合わせ。しかも一番高いやつだ。
「……報酬。日当。あと、これも」
さらに、ポチ袋に入った「お車代*3」が追加される。
私の手が、勝手に箱と封筒を受け取っていた。
悲しい。社畜の習性が、DNAレベルで染み付いている。
「……わかったわよ。行けばいいんでしょ、行けば」
私はため息をつきながら、黒いワンピースに袖を通した。
鏡を見ると、そこに映っていたのは「背伸びして母親の服を着た子供」……ではなく、意外にも様になっている「訳あり風の幼妻*4」だった。
中身のアラサー精神が、妙な色気と哀愁を醸し出しているのかもしれない。
サングラスをかけると、完全に芸能人の変装スタイルだ。
「よし、完璧。……行くわよ、夜宵」
「ん。……あと、みんなも」
夜宵が指差したのは、家事をしていたJホラーオールスターズだった。
「はぁ!? こいつらも連れて行くの!? 学校パニックになるわよ! 110番と119番と住職が一斉に来るわよ!」
「大丈夫。霊的に隠蔽する。……私の『
伽椰子が「あ、あ、あ……*5」と嬉しそうに頬を染めてエプロンを整え、俊雄がどこからか持ってきたランドセル*6を背負って敬礼する。
貞子に至っては、ビデオカメラを構えて「運動会の撮影係」みたいなポーズを取っている。
やる気満々だ。止める術はない。
こうして、私たちは「地獄のアダムス・ファミリー」として、小学校の門をくぐることになった。
小学校の教室は、独特の緊張感と熱気に包まれていた。
黒板の後ろには、スーツやオフィスカジュアルに身を包んだ保護者たちがずらりと並んでいる。
その一角だけ、気温が5度は低い場所があった。
私たちだ。
黒尽くめの喪服のような私。
その背後に佇む、幸薄そうな白いワンピースの女──伽椰子。彼女は時折、関節をボキボキ鳴らしながら「あ……あ……」と保護者たちに会釈している。
足元でうずくまる、白塗りの少年──俊雄。彼は机の下に潜り込もうとして私に止められている。
そして、長い髪の隙間から恨めしげな視線を送りつつ、手ブレのない完璧なカメラワークで授業を撮影する女──貞子。
周りの保護者たちが、あからさまに距離を取っている。モーゼの十戒のようにスペースが空いている。
「関わっちゃいけない人たちだ」「ある種の方々かしら」「劇団の人?」というヒソヒソ話が聞こえてくるが、全て無視だ。
私は女優帽を目深に被り、口の中でフィナンシェのバターの風味を反芻して耐えた。
給料分は働く。ただ立っているだけの簡単なお仕事だ。
♢
キーンコーンカーンコーン。
チャイムが鳴り、ガラリと教室のドアが開いた。
「はーい、席につけー。授業始めるぞー」
入ってきた担任教師を見て、私はサングラスの下で目を見開いた。
息が止まるかと思った。
黒いワイシャツに、白いネクタイ。
特徴的な太い眉毛。
そして、左手には黒い皮手袋。
(ぶっ……!!)
(嘘でしょ!? ぬ~べ~!? 鵺野鳴介先生じゃん!!)
私の脳内データベースが、90年代ジャンプ黄金期の記憶を鮮烈に呼び覚まし、歓喜のファンファーレを鳴らす。
本物だ。あの日本一有名な霊能力教師だ。
まさか夜宵ちゃんの担任だったとは。世界線がクロスオーバーしすぎている。このクラス、霊的偏差値が高すぎる。
(ヤバい、サイン欲しい! 鬼の手見せてほしい! ゆきめさんは!? 玉藻先生は!?)
私がミーハー心を爆発させていると、教壇に立ったぬ~べ~先生の視線が、ビシッと私の方に向けられた。
その表情が、一瞬で険しいものに変わる。
獲物を狙う猛禽類のような、鋭い眼光。額に滲む脂汗。
「(……なんだ、この邪気は!? この教室に、とてつもない悪霊の群れが入り込んでいる!?)」
聞こえるはずのない彼の心の声が、オタクとしての共感能力によって聞こえた気がした。
ぬ~べ~先生はチョークを置き、授業そっちのけで、教室の後ろまで大股で歩いてきた。
生徒たちがざわつく中、彼は私の目の前で立ち止まる。
「……失礼ですが」
低い声。プロの霊能力者の声だ。
周りの保護者たちが息を呑み、さらに距離を取る。
「お母さん……ではありませんね? 貴方は……」
バレたか。変装は完璧なはずだが、やはり霊気までは隠せないか。
私が言い訳をしようと口を開きかけた時、ぬ~べ~先生が私の肩をガシッと掴んだ。
その手は熱く、力強い。
「君! 大丈夫か!?」
「は?」
「気づいていないのか!? 君の背後に、とてつもない数の悪霊が憑いているぞ!!」
ぬ~べ~先生が、私の背後の伽椰子、俊雄、貞子を指差して叫んだ。
その声は教室中に響き渡る。
「この女の霊*7……凄まじい怨念だ! とてつもない業を感じる! 子供*8も完全に悪霊化している! それにこっちの髪の長い女*9……呪いのビデオの波動を感じるぞ! 井戸の底から這い上がってきた執念だ!」
的確すぎる霊視。さすが本職。
教室中が悲鳴に包まれる。
子供たちが「キャーッ!」「お化けだー!」とパニックになり、机の下に隠れる。
夜宵だけが、席で我関せずと教科書を読み、時折チラリとこちらを見てニヤついている。
「待って先生、誤解よ! これは私の──」
「スタッフです」と言おうとしたが、ぬ~べ~先生は聞く耳を持たなかった。
彼の正義感あふれる瞳には、私が「強力な悪霊軍団に取り囲まれ、今にも憑依されかけて魂を食われそうな、哀れな美少女*10」に映っているらしい。
生徒と子供を守ることを信条とする彼が、それを見過ごすはずがない。
「安心してくれ! 先生がすぐに楽にしてやるからな! 悪霊退散!!」
ぬ~べ~先生が、左手の黒い手袋に手をかけた。
バリバリバリッ!!
手袋が引き裂かれ、禍々しくも神々しい、異形の腕が露わになる。
地獄の鬼を封じ込めた、最強の武器。
『鬼の手』。
「宇宙天地、妖気悉く滅ぶべし……!!」
経文が教室に響き渡り、鬼の手が赤く発光する。
その圧倒的な霊圧に、伽椰子が「ギャァッ!」と悲鳴を上げて後ずさりし、貞子がカメラを落として頭を抱えた。俊雄は完全にビビって伽椰子のスカートの中に隠れた。
本物だ。あれで殴られたら、私の大切な労働力たちが、文字通り消滅してしまう!
私の掃除要員が! Wi-Fiが!
(ちょ、待って! やめて! 貴重な人材なのよ! 採用コストかかってるのよ!)
私は慌ててぬ~べ~先生の前に立ちはだかり、両手を広げた。
「ストップ! ストォォォップ!!」
「退くんだ少女! そいつらは君を食い殺そうとしている悪霊だ! 騙されるな!」
「違うの! 食い殺そうとしてるんじゃなくて、ただの『家事代行サービス』なの! 契約社員なの!」
「……は?」
ぬ~べ~先生の手が止まる。
振り上げられた鬼の手が、空中でピタリと停止する。
教室中の時間が凍りついた。
「家事……代行……?」
「そうよ! この人は掃除係! この子は隙間の埃取り係! こっちはWi-Fiルーター係兼カメラマン! ちゃんと給料も払ってるホワイト契約よ!」
私は早口でまくし立てた。
必死すぎて、自分が何を言っているのか半分わからなくなっているが、とにかく止めなければならない。
教室中の視線が、私と、背後の「ヤバい見た目の幽霊たち」に注がれる。
沈黙。
気まずい沈黙。
やがて、ぬ~べ~先生が困惑しきった顔で、鬼の手をゆっくりと収めた。
「……君は、一体何者なんだ? 霊能力者……なのか?」
「……通りすがりの、ただの巫女*11です。あと、夜宵の保護者代理です」
私は女優帽を目深に被り直し、小さく答えた。
顔から火が出そうだ。
授業参観は、最悪の空気のまま再開された。
黒板に向かうぬ~べ~先生が、時折チラチラとこちら*12を見てくるのが気まずくて仕方がない。
伽椰子も気まずそうに視線を泳がせている。
そして夜宵は、そんな私たちを見て、教科書の陰で小さくガッツポーズをしていた。
(……あの子、絶対楽しんでるわよね? これも「実験」の一環ってわけ?)
私の胃袋の中で、高級フィナンシェが鉛のように重たく居座っていた。
♢
授業参観という名の公開処刑を終え、私たちは逃げるように学校を後にした。
だが、悪夢は終わっていなかった。
校門を出たところで、背後から野太い声が追いかけてきたのだ。
「待ちなさーい!!」
振り返ると、息を切らせたぬ~べ~先生が走ってくる。
左手には黒い手袋が戻っているが、その瞳には「教育者の責任感」という名の燃え盛る炎が宿っている。
「……で、どうしてついてくるのよ」
博麗神社への帰り道。
私の隣には夜宵、後ろにはげっそりと疲弊したJホラーオールスターズ*13。
そして、そのさらに後ろから、黒いシャツの男が、まるで刑事が犯人を尾行するかのような神妙な面持ちでついてきていた。
「いや、教師として、夜宵の家庭環境を確認する義務があるからな。それに……」
ぬ~べ~先生は、私の背後の伽椰子たちをチラリと見て、顔を引きつらせた。
「あの悪霊たちを野放しにするわけにはいかない。君が使役していると言っても、いつ暴走するか分からないだろう? 監視が必要だ。……それに、あの数の悪霊を従えている君のことも、心配だ」
正論だ。ぐうの音も出ない正論だ。
この人、本当にいい先生なんだろうな。霊能力者としても超一流だし、子供を守るためなら命を張れる人だ。
でも、今の私にとっては「世界一面倒な査察官」でしかない。
だって、見られたらマズいものが多すぎる!
(うわぁ、ガチの家庭訪問だ。部屋片付けてないよ? いやゴミは捨てたけど、物がなさすぎて逆に不自然だよ!)
(ていうか、神社の実態バレたら児童相談所に通報されるんじゃ……? 「悪霊とルームシェアしてる小学生」なんて、即保護案件でしょ!)
冷や汗を滝のように流しながら、神社の石段を登る。
一歩一歩が重い。処刑台への階段のようだ。
鳥居をくぐると、そこにはいつもの光景が広がっていた。
「……ただいまー」
「おかえりなさい、霊夢さん! あ、お疲れ様です! 早かったですね」
割烹着に三角巾という、昭和のオカン装備に身を包んだみこが、パタパタと社務所から駆け寄ってくる。
手にはエコバッグと大根。今日の夕飯はおでんだろうか。
「……え?」
ぬ~べ~先生が絶句する。
みこの背後。
縁側では、留守番をしていた美々子が、研ぎ澄まされた包丁で大根をリズミカルに刻んでいた。
トントントントン。
ホラー映画の効果音ではなく、完全に料理番組のそれだ。
ぬ~べ~先生の左手がピクリと反応する。
「なっ、何だあの少女霊は! 包丁を持っているぞ!」
「あ、大丈夫です先生! 彼女は調理担当なんで!」
私は慌てて説明するが、先生の顔色は青ざめている。
そこへ、帰宅したJホラーオールスターズがくつろぎ始める。
「……こ、これは……一体……。さっきの霊たちが……くつろいでいる!?」
ぬ~べ~先生の目が泳ぐ。
そこにあるのは、血塗られた邪悪な儀式の場でも、地獄の風景でもない。
ただひたすらに「生活感」が溢れ出し、昭和の貧乏長屋のような温かみすら感じる、カオスな日常風景だった。
悪霊たちが、あまりにも自然に「家族」として機能している。
「ようこそ、我が家へ。……お茶くらいしか出せませんけど」
私は観念して、縁側に彼を招いた。
どうにでもなれだ。
伽椰子が「あ、あ、あ」と関節をボキボキ鳴らしながらお盆を運び、俊雄がペタペタと走っておしぼりを持ってくる。
そのお茶請けには、夜宵が持参した高級羊羹「夜の梅」が添えられていた。
「……い、いただきます」
ぬ~べ~先生は、震える手で湯呑みを受け取った。
目の前には、日本を震撼させた伝説の悪霊・伽椰子。横のテレビには貞子。庭には包丁を持った少女霊。
そして、それらを「家族」として受け入れ、平和にこたつを囲んでいる巫女と女子高生と小学生。
彼の脳内で、「霊能力者としての常識*14」と「教師としての常識*15」が、激しくコンフリクトを起こしているのが手に取るようにわかった。
左手の鬼の手が、行き場を失ってピクピクと痙攣している。
攻撃すべきか、守るべきか、それともただ受け入れるべきか。
「あの……先生?」
「……あ、ああ。すまない」
ぬ~べ~先生は羊羹を一口食べ、その上品な甘さに目を見開いた後、遠い目をして呟いた。
「……世の中には、私の知らない『愛』の形があるんだな……。悪霊すらも改心させ、家族として迎え入れる……これこそが、真の『除霊*16』なのかもしれない……」
(いや違います。愛じゃなくて労働契約です。完全歩合制の雇用関係です)
(改心じゃなくて、物理的にしばいて従わせてるだけです)
喉まで出かかったツッコミを、羊羹と共に飲み込む。
ここで誤解を解くメリットは何もない。
「愛」という美しい勘違いのまま、帰ってもらうのが最善手だ。
その後、ぬ~べ~先生は「もし何かあったら、すぐに連絡しなさい。力になるから」と、私に直筆の連絡先を渡し、フラフラと千鳥足で帰っていった。
去り際、鳥居の前で一度だけ振り返り、見送りに出ていた伽椰子に向かって「……奥さん、お茶、美味しかったです。お子さんも元気そうで何より」と深々とお辞儀をしていた。
……いい人だ。マジでいい人だ。
心が洗われるようだ。
私は彼から貰った名刺を、お守りのように懐にしまった。
これで、いざという時の「最強の助っ人」確保だ。いざとなったら「先生助けて!」と泣きつけば、鬼の手でワンパンしてくれるだろう。
「さあ、夕飯にしましょ! 今夜はみこ特製の『悪霊も成仏するほど美味いおでん』よ!」
「わーい!」
私の号令に、Jホラーオールスターズも嬉しそうに声を上げた。
今日も博麗神社は、ギリギリのバランスと数々の勘違いの上で、平和を保っている。
♢
嵐のような一日が終わり、夜が訪れた。
博麗神社の社務所。
ちゃぶ台を囲むのは、私とみこ、そして全ての元凶である寶月夜宵。
「……ふぅ。どっと疲れたわ」
(ぬ~べ~先生の『鬼の手』のプレッシャー、半端なかった……)
私は畳に突っ伏した。
精神的な疲労が半端ない。寿命が三年くらい縮んだ気がする。
すると、夜宵がランドセルを開け、中から慎重に、しかし手際よく箱を取り出した。
コトッ、コトッ。
ちゃぶ台の上に並べられたのは、まるでホテルのラウンジかと思うような光景だった。
『千疋屋』のロゴが入ったフルーツポンチの瓶詰め。
有名パティスリーのホールケーキ(イチゴ満載)。
そして、極めつけは桐箱に入った最高級カステラ。
甘く、そして「高い」香りが、貧乏な社務所を満たしていく。
「……慰労会。あと、餌付け」
夜宵が短く言った。
「は? なにこれ、貴族の遊び?」
夜宵は無表情のまま、フォークでケーキのイチゴを突き刺して口に入れた。
私はガバッと起き上がり、夜宵を凝視した。
「あんたねぇ! 私をモノで釣ろうなんて……」
言いかけた言葉が、カステラの黄金色の輝きに吸い込まれて消えた。
底にザラメがついているタイプだ。間違いない。あれは美味いやつだ。
今日の精神的苦痛の対価としては、あまりにも、あまりにも魅力的すぎる。
私の手が、意思とは裏腹にカステラへと伸びる。
私は一切れ掴み、口に放り込んだ。
卵の濃厚な風味と、ジャリッとしたザラメの食感。
脳髄が痺れるほどの幸福感。
(……くっ、悔しい。けど、私の脳が『糖分ウマー』って感じちゃう……!)
ホールケーキを半分ほど平らげたところで、夜宵がじっと私を見つめてきた。
そのドクロの瞳が、妖しく、そして期待に満ちた光を放っている。
「……ねえ、霊夢」
「なによ、もうお代わりは入らないわよ」
「……あなたの実力、わかった」
夜宵はケーキの最後の一口を飲み込むと、唐突に真剣な声で言った。
その双眸に宿るドクロが、ゆらりと揺らめく。
「さっきの先生の『鬼の手』……あれと対峙しても、霊夢の霊力は全く揺らいでなかった。むしろ、押し返してた」
「はぁ? 何の話?」
私はとぼけたが、夜宵は見透かすように続けた。
「それに、あのJホラーの怨霊たち……普通なら触れるだけで死ぬレベルの特級悪霊。それを物理的に従わせてる」
夜宵が、ランドセルの奥底から一通の封筒を取り出した。
そこには『叙々苑』のロゴと、『お食事券 10万円分』の文字が輝いている。
「……お願いがある。私の『保険』になってほしい」
「保険?」
「私、これからもっと危険な場所に行く。神様クラスの悪霊を狩りにいく。……でも、もし私の『卒業生』でも手に負えないような事態になったら」
夜宵は封筒をちゃぶ台の上に滑らせた。
「その時は、霊夢に助けてほしい。切り札として」
私の動きが止まる。
みこが「あ……」と察したような声を出す。
私の脳裏に、網の上で焼ける極上のカルビ、タン塩、そしてハラミの映像が走馬灯のように駆け巡った。
(神様クラスの悪霊? 絶対にヤバいやつじゃん。関わりたくないNo.1じゃん)
(でも……10万円分の焼肉……!!)
資本主義の犬である私の脳内会議は、0.1秒で決着した。
「──契約成立」
「えっ、霊夢さん!?」
「いいわよ。あんたがピンチになったら、私がその神様ごと物理的に吹き飛ばしてあげる。……だから、そのチケット寄越しなさい!」
私はガバッと身を乗り出し、封筒をひったくった。
夜宵がニヤリと、無邪気かつ邪悪に笑った。
「交渉成立。……よろしく、パートナー」
こうして、最強の巫女(偽)と最恐の小学生による、奇妙な共犯関係が結ばれたのだった。
博麗神社の夜は、焼肉への欲望と不穏な未来の予感を孕んで、更けていく。