現代怪異社会の博麗霊夢(偽)   作:拓拓

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第3話

 拝殿の縁側に腰掛け、私はひとまず深呼吸をした。

 みこは少し離れた場所に、膝を揃えてちょこんと座っている。その距離感が、彼女の警戒心と敬意の絶妙なバランスを物語っていた。

 手元には、さっきの五百円玉。

 茶葉はない。湯呑みもない。あるのは朽ちかけた神社と、腹を空かせた私だけ。

 

「あの……」

 

 沈黙を破ったのは、みこの方だった。

 彼女は私の顔と、その紅白の衣装を交互に見つめ、意を決したように口を開いた。

 

「霊夢さんって……何者、なんですか? その力……普通の人間じゃ、ないですよね? もしかして、この神社の……神様、とか?」

 

 神様。

 その響きに、私は内心で盛大に吹き出しそうになった。

 

(ぶっ! 神様だって! 受けるー! まあ確かに? さっきの無双っぷりは神懸かってたけどさ!)

(中身はただの東方オタクの社畜です、なんて口が裂けても言えないわ……!)

 

 正体がバレたら、この「最強巫女」のメッキが剥がれ、ただのコスプレ不審者扱いされてしまう。

 それは死活問題だ。

 私は咳払いを一つして、居住まいを正した。

 フッと前髪を払い、ミステリアスな微笑みを浮かべる。

 

「神様なんて、そんな大層なものじゃないわ」

「え……じゃあ……」

「ただの巫女よ。……まあ、ちょっとばかり『妖怪退治』が得意な、ね」

 

 あえて言葉を濁す。

 多くを語らず、想像の余地を残すのがカリスマの鉄則だ*1

 みこは「退治……」と呟き、さっきの光景を思い出したのか、ゴクリと唾を飲み込んだ。

 

「(あんな恐ろしい怪異を『ゴミ』みたいに退治するなんて……やっぱり、只者じゃない……)」

 

 みこの心の声が聞こえてきそうなほど、彼女の瞳には尊敬と畏怖がにじんでいた。

 よし、騙せた。チョロい。

 私は満足げに頷くと、話を切り替えることにした。

 

「……で、貴方。一体どこから迷い込んだの?」

 

 私はなるべく威厳のある声を出し、話を切り出した。

 ここが何処なのか、それとなく探りを入れる必要がある。

 みこはビクッと肩を震わせ、俯きがちに答えた。

 

「えっと……学校の帰り道で、いつも通らない路地に入ったら、急に霧が出てきて……気づいたらここに……」

「ふーん。神隠しみたいなものね」

 

 適当に相槌を打ちながら、私は内心で首を傾げる。

 路地裏から異界へ。ありがちな展開だけど、問題はこの場所の「住所」だ。

 

「スマホ、持ってるんでしょ? 圏外じゃなかったら地図でも見てみなさいよ」

 

 私の言葉に、みこは「あ、はい!」と慌ててブレザーからスマホを取り出した。

 その画面が光った瞬間、私は思わず身を乗り出して覗き込んでしまった。

 

(うわー! スマホだ! 文明の利器だ! なんだか久しぶりに見たわ液晶画面!)

(ていうか、電波入ってんの? マジ? じゃあUberEats頼めるんじゃね!?)

 

 文明への渇望が爆発しそうになるのを必死に堪え、私はみこのスマホ画面を凝視する。

 彼女がマップアプリを開く。

 現在地を示す青い丸が表示される。

 そこには──

 

「……え?」

 

 みこの声が裏返った。

 私もまた、言葉を失った。

 画面に表示されていたのは、見慣れた東京の地図だった。

 新宿、渋谷、池袋……山手線の路線図もしっかりと見える。

 

 だが。

 私たちのいる「現在地」だけが、ぽっかりと空白になっていた。

 まるで、そこだけデータが欠落したように。あるいは、何者かが意図的に地図から消し去ったように。

 周囲はビル街や住宅地で埋め尽くされているのに、この神社の敷地だけが、不自然な緑色──いや、何もない「グレーの領域」として表示されている。

 

「ここ……東京、ですよね? 新宿のすぐ近く……?」

 

 みこが震える指で画面をタップするが、何度更新しても結果は変わらない。

 この場所は、地図に存在しない。

 

(はぁぁぁ!? 嘘でしょ!? 東京のど真ん中!?)

(ていうか、ここ新宿区!? マジで言ってる!? 地価いくらよ! 固定資産税どうなってんの!?)

 

 私の脳内で、そろばんを弾く音が高速で鳴り響いた。

 田舎の廃神社だと思っていた場所が、まさかの一等地。

 だが、同時に背筋が凍るような事実にも気づいてしまった。

 

(待って。東京のど真ん中に、こんな広大な森と廃神社があって、地図に載ってない?)

(……それってつまり、ここはガチの『結界』の中か、あるいは認識阻害の術式が張られてる『特級呪物』レベルの土地ってことじゃん!)

 

 UberEatsが届かないどころの話ではない。

 ここは、物理的にも霊的にも「隔離」された、現代社会のバグみたいな場所なのだ。

 私が冷や汗をかいていると、みこがおずおずと顔を上げた。

 

「あの……霊夢さん、ここって……」

「……どうやら、ただの迷子じゃ済まないみたいね」

 

 私は精一杯の虚勢を張り、腕を組んでみせた。

 内心では「お母さーん! おうち帰りたいー!」と絶叫しているが、顔だけは歴戦の勇者のように険しく。

 

「ここは『境界』の隙間。地図に載るわけがないわ」

 

 それっぽいことを言って煙に巻く。

 みこは「境界……」と呟き、ゴクリと唾を飲み込んだ。

 その反応を見て、私は確信した。

 この子はチョロい。そして、この「勘違い」こそが、私がこのヤバい土地で生き残るための唯一の武器になると。

 

「ちなみに、詳しい住所は出ないの? タクシー呼ぶにしても必要でしょ」

 

 私が尋ねると、みこは「あ、そうですね」と頷き、詳細情報をタップした。

 しかし次の瞬間。

 

 ザザッ……!

 

 スマホの画面に、不気味なノイズが走った。

 住所が表示されるはずの欄が、まるで生き物のように蠢き、真っ黒な文字列で埋め尽くされる。

 

『■■区■■■■■ 呪呪呪呪呪呪死死死死死■■■ ミテルゾ』

 

 血のような赤文字が、一瞬だけ浮かび上がっては消えた。

 まるで、私たちが「見てはいけない場所」を覗き込んでしまったことを警告するかのように。

 

「ひっ!!」

 

 みこが短い悲鳴を上げ、スマホを取り落としそうになるのを、私が慌ててキャッチする。

 液晶画面はすでに元の地図アプリに戻っていたが、私の手のひらに残る嫌な冷たさは消えなかった。

 

(ギャァァァァ! 出た! Jホラー特有の電子機器バグ演出! やめて! そういうの心臓に悪いから!)

(絶対ウイルスだよ! 呪いのウイルス! 私の時代にはなかった恐怖!)

 

 内面ではガクガク震え、なんならスマホを放り投げて逃げ出したかったが、ここでビビったら「最強の巫女」のメッキが剥がれる。

 私は震える指先を必死に抑え込み、努めて冷淡に言い放った。

 

「……ふん。文明の利器じゃ、ここの座標は測れないってことね」

 

 スマホをみこに放るように返却する*2

 みこは涙目でスマホを受け取り、ブレザーのポケットにねじ込んだ。もう二度と見たくないという顔だ。

 

 しかし、住所がわからないというのは由々しき事態だ。

 何が困るって、出前が取れない。宅配便も届かない。

 そして何より──

 

『グゥ〜〜〜……』

 

 私の腹の虫が、三度目の正直とばかりに咆哮した。

 限界だ。思考よりも先に、胃袋が生存戦略を決定した。

 住所なんてどうでもいい。霊的な結界とか呪いとか、今は知ったことじゃない。

 私が欲しいのは、情報ではなくカロリーだ。

 

「……地図がダメなら、検索ワードを変えなさい」

 

 私は低い声で命じた。

 みこがビクッとして顔を上げる。

 

「え、あ、はい……何を調べれば……?」

「『コンビニ』よ」

 

 私の瞳は、猛禽類のように鋭く輝いていた*3

 みこは戸惑いながらも、恐る恐るスマホを取り出し、震える指で検索窓に入力する。

 

『現在地周辺 コンビニ』

 

 検索ボタンを押す。

 グルグルとロード中のアイコンが回り──

 ピン、という軽快な音と共に、結果が表示された。

 

『セブンイレブン ■■店 距離:300m』

 

(あったぁぁぁぁ!! 文明! オアシス! 角煮まん! ナナチキ!)

(300m!? 近っ! 結界とか言いつつめっちゃ近所じゃん! よかった、まだ日本だった!)

 

 内心で歓喜のダンスを踊り狂う。

 300mなら、子供の足でも5分もあれば着く。

 救われた。これで餓死エンドは回避できる。

 私はニヤリと口角を上げ、目の前の「金ヅル(みこ)」を見た。

 

 この子なら、一人でコンビニに行けるはずだ。

 だってもう怪異は退治したし*4、300mだし。

 私はこの神社を守らなきゃいけないし*5、何より巫女姿でコンビニに行くのはちょっと恥ずかしい。

 完璧な作戦だ。

 

「……みこ」

 

 私は彼女の名前を、あえて優しく呼んだ。

 みこが「は、はい!」と背筋を伸ばす。

 

「貴方、喉乾いたでしょ? お腹も空いたんじゃない?」

「え、あ、いえ、私は……」

「遠慮しなくていいのよ。ほら、そこにお金もあるし」

 

 私は自分の懐から、さっき巻き上げた五百円玉を取り出し、みこの目の前でヒラヒラとさせた。

 元は彼女の金だが、今は私の所有物だ。

 それを「貸してあげる」という(てい)で、パシリに行かせる。

 我ながら悪魔的発想だ。

 

「行ってきなさい。私の分も、適当に見繕ってきていいから」

「えっ!?」

 

 みこの顔が絶望に染まった。

 無理もない。ついさっき死にかけた場所から、一人で外に出ろと言われているのだ。

 

「む、無理です! 絶対無理です! 一人でなんて歩けません!」

「なによ、たかだか300mじゃない。子供のお使いだってできる距離よ」

「距離の問題じゃなくて! さっきの白いのも怖かったけど、この周り、もっとヤバいのがウジャウジャいる気がして……!」

 

 みこが半泣きで首を振る。

 彼女の「見える目」には、私には見えていない(見たくない)何かが映っているらしい。

 チッ、使えない。

 いや、ここで無理強いして、途中で彼女が食われたり、あるいは逃げ帰ったりしたら元も子もない。

 五百円玉という貴重な財源と、今後スポンサーになり得る人材を失うリスクは避けるべきだ。

 

 私は盛大に舌打ちをしそうになるのを堪え、深い溜息をついた。

 仕方ない。ここは「最強の巫女」としてのアフターケアも含めて、同行してやるしかないか。

 それに、よく考えたら私も自分で商品を選びたい。

 肉まんか、ピザまんか。おにぎりならツナマヨか、それとも鮭か。

 その選択権を他人に委ねるのは、グルメとして許されない。

 

「……はぁ。仕方ないわね」

 

 私は立ち上がり、パンパンと袴の埃を払った。

 そして、まだ怯えているみこに手を差し伸べる。

 

「特別に、私が護衛してあげるわ。……その代わり」

 

 私はニヤリと笑った。今度は、隠しきれない欲望が顔に出ていたかもしれない。

 

「お釣りは全部、賽銭としていただくからね」

 

 みこは私の差し出した手を、まるで救いの糸のように両手で握りしめた。

 その手は温かく、そして小刻みに震えていた。

 

「はいっ……! お願いします、霊夢さん……!」

 

 こうして、最強の巫女(偽)と最強の霊感少女による、「はじめてのおつかい(ハードモード)」が始まった。

 目指すは聖地セブンイレブン。

*1
と、好きな漫画で読んだ

*2
本当は怖くて持っていたくなかっただけ

*3
空腹で

*4
くねくねだけだけど

*5
働きたくないし

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