現代怪異社会の博麗霊夢(偽)   作:拓拓

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R8.2.4 改稿


第5話

「……おや。お戻りかな?」

 

 くたびれたグレーのスーツに、安っぽいピンクのネクタイ。

 少し長めの金髪を、わざとらしく手櫛でかき上げている。

 その口元には、自信と胡散臭さが絶妙なバランスで混ざり合った、営業用スマイルが貼り付いていた。

 

 その姿を見た瞬間。

 私の脳内データベースが、けたたましい警報音と共に検索結果を弾き出した。

 

(は……? え、嘘でしょ?)

(げええええええ!!? れ、霊幻新隆!!?)

 

 時が止まったかと思った。

 知ってる。この顔、この立ち方、そしてこのあふれ出る「インチキ臭」。

 間違いない。『モブサイコ100』の師匠こと、霊幻新隆だ。

 

(待って待って、世界線どうなってんの!? ここって『見える子ちゃん』の世界じゃなかったの!?)

(なんで別作品のキャラがここにいんの!? しかもよりによって、霊能力「ゼロ」の一般人が!)

(まさか、ここはオカルト作品のごちゃ混ぜクロスオーバー世界!? それとも単なるファンサービス!?)

 

 内心で大パニックを起こし、絶叫しながらタップダンスを踊り出したい衝動に駆られる。

 本物だ。画面の向こうにいた、あの「師匠」が目の前にいる。

 感動で涙が出そうだ。サイン欲しい。一緒に塩撒きたい。

 

 私が硬直しているのを「畏怖」と受け取ったのか、霊幻はスッと滑らかに近づいてきた。

 そして、まるで手品のような手つきで懐から名刺を取り出し、私の目の前にビシッと差し出した。

 

「私はこういう者だ。『霊とか相談所』所長、霊幻新隆。……お嬢ちゃん、この神社の関係者かい?」

 

 名刺には、デカデカと『除霊(マッサージ)』の文字。

 ああ、やっぱりだ。ブレないな、この人。

 怪異が跋扈(ばっこ)し、命が紙切れより軽いこの殺伐とした世界で、唯一「霊能力ゼロ」の人間が、堂々と営業をかけてきやがった。

 その胆力だけは、間違いなく「最強」クラスだ。

 

(うわぁ……本物だ。本物の詐欺師*1だ……! 生で見ると胡散臭さが4K画質だわ……!)

 

 感動と呆れ、そして「コイツに関わったら絶対に面倒なことになる」という野生の勘が、私の中で激しくせめぎ合う。

 霊幻は私の沈黙を気に留める様子もなく、ふと視線を逸らし、神社の境内とその向こうに広がる景色を見渡した。

 

「それにしても……妙な場所だな、ここは」

 

 彼は大げさに肩をすくめた。

 

「来る途中、スマホの地図アプリを確認したんだがね。……この場所、地図上に表示されてないんだよ。新宿区のど真ん中、地価高騰の一等地に、これだけの敷地を持つ神社が存在しないことになってる」

 

 霊幻は、遠くに見える高層ビルの明かりと、この薄暗い廃神社の対比を指差した。

 

「GPSもズレるし、タクシーの運転手も『そんな道はない』の一点張りだ。……まるで、都市開発のエアポケットに迷い込んだようだ」

 

(……ッ!)

 

 私は息を呑んだ。

 こいつ、霊能力はないくせに、そういう「違和感」にはめっぽう鋭い。

 そう、ここは物理的にも霊的にも隔離された「空白地帯」。

 普通なら、そもそも認識すらできないはずの場所なのだ。

 

「ま、都会の喧騒から離れた隠れ家的な? そういうスピリチュアルな演出としては悪くないがね」

 

 霊幻はニッと笑い、私の顔を覗き込んだ。

 霊的な結界云々ではなく、「土地の権利関係が複雑なんだろう」程度に解釈しているようだ。その一般人メンタルが逆に怖い。

 

「ふむ……見たところ、君、相当肩が凝ってるんじゃないかな? 表情も硬い。それは単なる疲れじゃない、悪い霊の仕業かもしれないよ」

 

 霊幻は私の肩あたりを指差し、もっともらしい顔で頷いた。

 

「今なら特別価格で、私のオリジナル必殺技『ソルトスプラッシュ除霊』を体験できるコースがあるんだが──どうだい? 身体も心も軽くなること請け合いだよ」

 

 ペラペラと回る舌。よどみない口調。

 こいつ、相手が見た目小学生だろうと、容赦なくカモにする気だ。

 こちとら正真正銘の貧乏巫女だぞ。毟れる毛なんて一本もないわ!

 

(落ち着け私。相手は一般人。霊力で吹き飛ばすのは簡単だけど、それをやったら私が悪者だ)

(ここは「最強の巫女」として、格の違いを見せつけて追い返すのが正解……!)

 

 私はスッと目を細め、最強巫女モードの鉄仮面を装着した。

 憧れのキャラだろうが何だろうが、今の私は博麗霊夢。

 こんな安っぽい口車に乗せられるほど、チョロい女じゃない*2

 

「……肩、凝ってないんで」

 

 吐き捨てるように言い放ち、私は彼の手にある名刺を無視して、拝殿へと歩き出した。

 塩対応。これに限る。

 興味がないフリをして素通りする。これが一番ダメージが少ないはずだ。

 

「おっと、待った待った! 凝ってない自覚こそが一番危険なんだよ! 無自覚な憑依こそが、真の恐怖の始まりなんだ!」

 

 しかし、霊幻はめげない。むしろ勢いづいて、私の前を塞ぐように回り込んできた。

 

「それにこの神社、ちょっと瘴気が溜まりすぎじゃないかな? 君一人で抱え込むには荷が重すぎる。ここらで私のプロフェッショナルな浄化が必要だと、君の背後霊も言っているよ!」

 

 しつこい。そして声がデカい。

 背後霊なんていない。いるとしたら、私の背後にあるのは「空腹」と「貧乏神」くらいだ。

 私は足を止め、盛大にため息をついた。

 

「しつこいわね。言っておくけど、お金なんて一銭もないわよ」

 

 これは事実だ。全財産*3は、さっきナナチキに変わった。

 金のない客に用はないはずだ。さっさと退散してくれ。

 

 しかし、霊幻はニヤリと不敵に笑った。

 

「フッ……金がない? それは問題じゃない」

 

 彼は大げさな動作で、私の目の前に人差し指を立てた。

 

「私が言いたいのは、君のその『顔色』だ。……随分と悪いものが憑いているようだな」

「はぁ? 何も憑いてないわよ」

「いや、憑いている。私には見えるぞ。君の背後に、どす黒いオーラが渦巻いているのがね。……それは、君の生気を吸い取り、思考を鈍らせ、不幸を呼び寄せる最悪の悪霊だ」

 

 霊幻は真剣な眼差しで、私の顔を覗き込んだ。

 その目は、獲物を狙う詐欺師の目というよりは、どこか子供を案じる大人の目のように見えた。

 

「その名も……『空腹虫(ハングリー・バグ)』!!」

 

(……は?)

 

 思考が停止した。

 こいつ、今、私の腹の虫を悪霊扱いした?

 

「放置しておくと危険だ。今すぐ除霊*4しないと、倒れてしまうぞ?」

 

(……何言ってんのこの人。適当なこと言って……)

 

 呆れて反論しようとした、その時だった。

 

『グゥゥゥ〜〜〜……』

 

 私の腹の虫が、霊幻の言葉を肯定するかのように、盛大に鳴り響いた。

 さっきナナチキを食べたばかりなのに。私の燃費の悪さは異常だ。

 

 そう、ナナチキ。確かに美味しかった。

 あの溢れ出す肉汁、絶妙なスパイスの刺激、そして「今まさに私は文明を食べている」という圧倒的な肯定感。

 

 でも、所詮はコンビニのホットスナック一つ。私の、この「博麗霊夢」という器が必要とするエネルギーの足しにすらなっていなかったのだ。

 むしろ、中途半端に消化器官を叩き起こしてしまったせいで、眠っていた空腹の怪物が牙を剥き出しにして暴れだしている。

 

(足りない……全然、満足には程遠いわ……!)

(むしろ、ナナチキのせいで『もっと美味しいものがある』って胃袋が気づいちゃったじゃない!)

 

 静寂が訪れる。

 私の顔が一気に沸騰する。

 

「……あ」

 

 霊幻が得意げにニッと笑う。

 

「ほら見ろ。悪霊が暴れだした」

「……う、うるさいわね! これは生理現象よ!」

 

 私は真っ赤な顔で睨みつけたが、霊幻はポケットに手を突っ込み、やれやれと肩をすくめた。

 

「やれやれ、これほど強力な悪霊とはな。……これは、専門家の私が『供物』を用意して鎮めるしかなさそうだ」

「……供物?」

「ああ。……すぐそこに、美味そうな『たこ焼き屋』が出てたな。あそこのたこ焼きを捧げれば、悪霊も満足して静まるだろう」

 

 彼はくるりと背を向け、手招きした。

 

「ついてきなさい。初回カウンセリングは無料だ。……奢ってやるよ」

 

(……あ)

 

 その瞬間、私は悟った。

 この男は気づいていたのだ。私の顔色の悪さが、霊的なものではなく、単なる栄養失調寸前の「空腹」であることに。

 そして、「お腹が空いているからご飯を食べさせてあげる」と直接言うのではなく、「悪霊のせい」という嘘をつくことで、私のプライドを守りながら助け舟を出したのだ。

 

 子供に惨めな思いをさせないための、優しい嘘。

 霊能力なんてないくせに、人の心の機微には誰よりも聡い。

 

(……ああ、そうだった)

(霊幻新隆って、こういう男だったわね)

 

 原作でもそうだった。彼は嘘つきで、セコくて、逃げ足が速い詐欺師だ。

 でも、強大な力に翻弄される弟子に対して、「嫌な時は逃げてもいい」と教え、大人の責任として矢面に立つことができる、誰よりも人間臭い「師匠」だった。

 霊能力者としては偽物でも、大人としては本物なのだ。

 

(……くっ、悔しいけど……カッコいいじゃん……!)

(ていうか、たこ焼き奢り!? ラッキー!!)

(師匠、一生ついていきます! たこ焼き万歳!)

 

 感動もそこそこに、私の現金な脳みそは即座に損得勘定を弾き出した。

 プライド? そんなもので腹は膨れない。

 この人の好意と財布には、全力で甘えるのが礼儀というものだ。

 

「……仕方ないわね。除霊に協力してあげるわ」

 

 私は上から目線で言い放ち、小走りで彼の背中を追った。

 今日の夕飯はたこ焼きだ。

 この世界も、案外捨てたものじゃないかもしれない。

*1
師匠

*2
中身はチョロいけど!

*3
みこの五百円

*4
エネルギー補給

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