現代怪異社会の博麗霊夢(偽)   作:拓拓

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第7話

 小鳥のさえずりが、これほどまでに憎たらしいと思ったことはない。

 天井の穴から差し込む朝日は、私の節々の痛みを強調するためだけのスポットライトのようだった。

 

「痛たたた……。腰が、腰がマジで爆発する……」

 

 拝殿の硬い床板の上で、私は生まれたての小鹿のような無様さでのたうち回った。

 昨夜は結局、丸めたボロ布を枕にして寝たけれど、睡眠の質は最悪だ。湿気とカビの匂いで鼻はムズムズするし、夜中に床下から「カサカサ」とも「ミシミシ」ともつかない異音がするしで、安眠なんて夢のまた夢。

 

(なによこれ。異世界転生特典の「ふかふかベッド」は? 優しいメイドさんは? 運営、お問い合わせフォームどこよ? 星1レビュー不可避なんだけど!)

 

 内面で荒れ狂う不満をなんとか抑え込み、私はよろよろと立ち上がった。

 鏡なんてないけれど、今の私はきっと相当ひどい顔をしているだろう。目が死んでるどころか、霊安室から出てきたばかりの死体の方がまだ血色がいいかもしれない。

 

 けれど、嘆いていても腹は減るし、環境は改善しない。

 私は、昨日拾ったお祓い棒(ただの枝)を手に取り、決意を新たにした。

 

(ダメだ。こんな不衛生な場所で生活してたら、怪異に殺される前に過労とハウスダストで死ぬわ!)

(やるしかない。このボロ屋を、私の手で「人が住める場所」……いや、「最強の博麗神社」に作り変えるのよ!)

 

 昨日の決意は揺らいでいない。

 まずは掃除だ。徹底的な断捨離と清掃で、この澱んだ空気を浄化する。

 そうと決まれば──まずは腹ごしらえだ。

 

「……くんくん。……え、待って。この匂い、まさか」

 

 私の鼻が、参道の先から漂ってくる「ある匂い」を敏感に察知した。

 それは、焦げたマフィンの香ばしさと、ジャンキーなソーセージパティの脂、そして──ハッシュポテトの暴力的な油の香り。

 

(朝マックだぁぁぁぁ!! キタコレ!! この匂い、絶対にソーセージエッグマフィン!!)

 

 私の脳内にある、現代日本のファストフード・データベースが即座に正解を叩き出した。

 振り返ると、鳥居の向こうから、見慣れた制服姿の少女がビニール袋を提げてやってくるところだった。

 

「あ……霊夢さん! おはようございます!」

 

 みこちゃん。マジで女神。マジで救世主。

 私は思わず「結婚して!!」と叫びそうになったが、間一髪で最強巫女のロールプレイがブレーキをかけた。

 

 だが、近づいてくる彼女の様子がどこかおかしい。

 顔は土気色で、肩をすくめるようにして、一歩進むたびに背後をチラチラと気にしている。その震える手元、提げられた袋のすぐ後ろに──。

 

(……うわぁ。ついてきてるわね、特盛サイズが)

 

 みこの背後には、節々が奇妙な方向に曲がった、巨大な老婆のような影がべったりと張り付いていた。

 老婆は「お、い、し、そ、う、だ、ねぇ……」と、この世の終わりみたいな擦れ声で呟きながら、みこの首筋に青白い指を這わせている。

 

「霊夢さん、あの……これ……」

 

 みこは私の目の前まで来ると、ガタガタと膝を震わせ、今にも泣き出しそうな顔で袋を差し出してきた。

 視線は老婆と合わないように必死に逸らしているが、限界なのは丸わかりだ。

 

「……ああ。貴方、また来たの? 物好きね。おまけに、随分と行儀の悪い連れを連れてきちゃって」

 

 私はあえて不機嫌そうに、鼻先で彼女をあしらってみせた。

 内心では「それ!! 今すぐその袋を私に献上して!!」と猛獣のように叫んでいるが、外面はあくまでクールな巫女だ。

 

「あの……昨日は本当にありがとうございました。これ、お礼というか、その……朝ごはんです。お口に合うかわからないんですけど……」

 

 みこが差し出した袋の上から、老婆の顔がニョキッと突き出し、私をギロリと睨みつける。

 

「……うるさいわね。食事の邪魔」

 

 私は気怠げにため息をつくと、右手で朝マックの袋をひったくるように受け取り、空いた左手を老婆の眉間に向けて、パチン、と指を弾いた。

 

 ──パンッ!

 

 澄んだ乾いた音が境内に響き渡る。

 その瞬間、みこの背後にいた老婆の影が、まるで熱湯をかけられた雪のようにシュン、と霧散した。

 恨みがましい断末魔すら残させない、文字通りの「消滅」。

 

「えっ……?」

 

 みこが呆然として、軽くなった自分の肩を触る。

 つい先ほどまで、鉛を背負わされていたような重圧、そして首筋に感じていた氷のような冷気が、嘘のように消え去っていた。

 

「あ……消えた。本当に、消えたんだ……」

 

 みこは震える手で自分の肩を抱きしめ、信じられないものを見るような目で私を見つめた。

 その瞳には、恐怖を塗りつぶすほどの深い感謝の色が浮かんでいる。

 

「霊夢さん、本当に……本当にありがとうございます! ずっと怖くて、誰にも言えなくて……。私、救われました。霊夢さんは、私の恩人です!」

 

 みこが感極まった様子で一歩踏み出し、私の手をぎゅっと握りしめた。

 

(うっわぁ、みこちゃんマジでいい子! こんなガチの感謝されたら、前世の冴えないオタクの私が成仏しちゃいそうなんだけど!)

(恩人とか言われちゃったよ。最高かよ。これからは毎日朝マック届けてくれるって信じていいのよね!?)

 

 内心ではニヤニヤが止まらない。あまりの多幸感に、全身の毛穴から霊力がハッピーオーラとして漏れ出しそうだ。

 だが、私はあくまで「最強の巫女」を貫かなければならない。

 

 私は冷たく手を振りほどき、即座に袋を開けた。

 中には、まだ温かいソーセージマフィンとハッシュポテト、そしてオレンジジュース。

 完璧。パーフェクト。みこちゃん、分かってる。貴方、私の好みを完全に把握してるわね。

 

(尊い……。この赤い袋が、今の私には三種の神器より神々しく見えるわ……!)

 

「……ふん。わざわざ供物を持ってくるなんて、感心な心がけね。受け取ってあげるわ」

「霊夢さん……何か、これから始めるんですか? その、腕まくりをして……」

 

 みこが、私の格好を見て不思議そうに尋ねる。

 私はマフィンを一口頬張り、ジュワリと溢れ出すジャンクな幸せに打ち震えながら、ビシッと参道の先を指差した。

 

「ええ。今日からここは『博麗神社復興プロジェクト』の現場よ。でも、掃除用具もなければ修繕費もないけどね」

 

 私は飲み込んでから、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。

 ここにあるのはボロボロの箒一本だけ。これでは戦えない。

 ならばどうするか。答えは簡単だ。あるところから調達すればいい。

 

「だから、まずは『仕入れ』に行くわよ」

「えっ、仕入れ? 買い物ですか?」

「いいえ。もっと手っ取り早くて、エコロジーな方法よ。……昨日見かけた、あそこのデカい洋館を覚えてる?」

 

 みこの顔がサッと青ざめる。

 無理もない。あそこは一目見ただけで「関わっちゃいけない」とわかる、特級の事故物件だ。

 

「あそこなら金目の物の一つや二つ、転がってそうじゃない? 家具とか、家電とか、もしかしたら『労働力』とかね」

 

 私の強引かつ不穏すぎる理屈に、みこは「ええぇ……?」と引きつった声を上げた。

 こうして、最強の巫女(偽)と最強の見える子による、「資材調達*1ツアー」が幕を開けたのだった。

*1
という名の空き巣&人材ハンティング

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