現代怪異社会の博麗霊夢(偽)   作:拓拓

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第9話

 秋の日は釣瓶(つるべ)落としと言うけれど、本当にその通りだ。

 怒涛の大掃除という名の強制労働が終わる頃には、空は鮮やかな茜色から、夜の帳が下りる群青色へと変わりつつあった。

 ひぐらしの声が、心地よい疲労感と共に鼓膜に染み渡る。

 

「……ふぅ。とりあえず、人間が生存可能なレベルにはなったわね」

 

 私は社務所の畳*1に、大の字になってゴロンと寝転がった。

 背中に伝わる感触が、昨日のザラザラした不快感とはまるで違う。

 鼻をつくカビと埃の死臭は消え去り、代わりに使い古された畳のい草の香りと、ほんのり漂うファブリーズの残り香が混ざり合っている。

 

 天井を見上げれば、シャンデリアのようだった蜘蛛の巣は一つもない。伽椰子がその長い髪の毛をモップ代わりにして、梁の裏側まで完璧に拭き清めたからだ。

 縁側の向こうに見える庭も、鬱蒼としたジャングルから枯山水のような風情ある空間に変わっている。美々子が包丁二刀流で根絶やしにしたからだ。

 

 完璧だ。

 労働基準法を完全無視し、怪異たちの人権*2を踏みにじった成果がここにある。

 

「お疲れ様です、霊夢さん。……本当に、見違えるように綺麗になりましたね。まるで狐につままれたみたいです」

 

 みこが、持参した魔法瓶から注いだ温かいお茶を差し出してくれた。

 彼女の視線の先では、労働を終えたスタッフたちが思い思いに寛いでいる。

 伽椰子は正座して上品にお茶を啜り*3、俊雄は縁側で体育座りをして月を見上げ、貞子はテレビ画面の中で待機モードに入り、美々子は包丁を丁寧に研いでいる。

 絵面は最悪の百鬼夜行だが、環境だけは最高にホワイトだ。

 

「ええ。これなら冬も越せそうよ。隙間風も俊雄くんに埋めさせたしね。……ありがとう、みこ。貴方が手伝ってくれなかったら、今頃私は埃に埋もれてハウスダストで窒息死してたわ」

「い、いえ! 私は雑巾を絞ってただけですから……。実際に動いてたのは、その……あの方たちですし」

 

 みこが謙遜して微笑む。

 天使か。この子の爪の垢を煎じて、そこにいる怨霊どもに飲ませたい。いや、飲ませたら浄化されて成仏しちゃうか。

 

 私はお茶を一口啜り、ズズッという音と共に、ほうっと息を吐いた。

 平和だ。

 しかし、平和だからこそ、直面しなければならない現実がある。

 

「……で、問題はここからよ」

「えっ? 何か問題が? 掃除も終わりましたし、寝床も確保できましたよ?」

「甘いわ、みこ。衣食住の『住』が整っただけじゃ、人は生きていけないのよ。……金よ、カネ」

 

 私はガバッと起き上がり、あぐらをかいて熱弁を振るった。

 

「掃除は終わった。住環境は整った。……でもね、それだけじゃ腹は膨れないし、文化的な生活は送れないのよ!」

 

 そう。

 私は現代っ子だ。元アラサーの社畜だ。

 電気もガスも水道も、契約するには金がいる。今は井戸水と、佐伯邸から略奪したカセットコンロで凌いでいるが、カセットボンベだって消耗品だ。冬になれば灯油代も(かさ)むだろう。

 

 何より──私は娯楽に飢えている。

 新作のゲームが欲しい。週刊誌が読みたい。ネット回線を引いて、推しの情報を摂取したい! ソシャゲのログボを受け取りたい! ガチャを回したい!

 

(オタクとしての尊厳を守るためには、最低限の文化的な生活水準*4が必要なのよ! ネットのない生活なんて、酸素のない宇宙空間と同じよ!)

 

「みこ。貴方、何かいい金策ない? 即金で、リスクが少なくて、ガッポリ稼げるやつ」

「ええっ、そんな虫のいい話、私に聞かれても……。私、高校生ですし、アルバイトくらいしか……」

「バイトかぁ……」

 

 私は腕を組み、唸った。

 見た目は小学生*5。労働基準法的に雇ってくれるまともな場所なんてない。

 それに、最強の巫女がコンビニで「いらっしゃいませー」なんてやってられるかというプライドもある。

 

「……やっぱり、本業を活かすしかないわね」

 

 ボソリと呟く。

 

「本業って……巫女さんの?」

「そう。霊感商法」

 

 みこが「言い方……」と引いているが、気にしない。

 除霊とか、お守り販売とか、祈祷とか。元手がかからず、利益率が高い。

 しかし、ここには致命的な欠陥がある。

 

「でも、この立地じゃ客が来ないわね」

 

 ここは地図にない空白地帯。Googleマップにも載っていないし、ストリートビューも入れない。

 飛び込みの客なんて期待できないし、そもそもこんな怪異だらけの山奥の神社に来る物好きは、世界広しといえど、みこくらいのものだ。

 

「じゃあ、出張除霊とかどうですか? 霊夢さんなら、どんな悪霊でもイチコロですし、噂になれば依頼も増えると思います!」

 

 みこの提案はもっともだ。

 だが、それには現代社会において必須のツールが欠けている。

 

「営業ツールがないのよ。スマホもなければPCもない。依頼を受ける窓口がないんじゃ、商売にならないわ」

「あ……」

「公衆電話から営業かけるわけにもいかないし、狼煙を上げるわけにもいかないでしょ?」

 

 私はチラリと、部屋の隅にある赤いガラケー*6を見た。

 あれは着信専用だし、そもそも「死の予告」しか受信しない呪われたアイテムだ。あんなので営業したら、逆に客が死ぬ。

 

「……うーん」

 

 私たちは同時に腕を組み、沈黙した。

 カエルの鳴き声だけが虚しく響く。

 その時、ふと私の脳内に、前世の記憶──社畜時代にネットサーフィンで培った、浅はかだが実用的な知識が蘇った。

 

(待てよ。……現代には『動画配信』という、一攫千金の錬金術があるじゃない)

 

 私はバチンと指を鳴らした。

 電流が走った。これだ。これしかない。

 

「これよ! YouTuber!」

「えっ!? 霊夢さんがですか!?」

「そう! ジャンルは『心霊系』! タイトルは『ガチで出る心霊スポットに住んでみた』とか、『本物の幽霊とルームシェアしてみた』とか! 絶対バズるわよ!」

 

 さらに、私の本業を活かした『悪霊退治』動画も鉄板ね。

『【閲覧注意】悪霊を素手で成仏させてみた』とか、『【ASMR】お祓い棒で悪霊をしばく音【立体音響】』とか。

 なんならスペルカードの実演もいいわね。ド派手な弾幕で悪霊が「ピチューン」って消滅する瞬間なんて、最高にスカッとする映像になるじゃない!

 

 素材なら売るほどある。

 伽椰子の階段落ちチャレンジ(NGシーン集)。

 貞子のテレビ脱出RTA(リアルタイムアタック)。

 俊雄の「猫のモノマネしてみた(本気すぎて怖い)」。

 これらを編集してアップすれば、再生数爆上がり間違いなしだ。

 今の時代、本物の心霊映像は喉から手が出るほど需要がある。CGなし、演出なしのガチ映像だ。スパチャで大富豪も夢じゃない。

 

「で、でも……撮影機材はどうするんですか? それに、ネット環境も……」

 

 みこの冷静なツッコミが、私の野望に冷や水を浴びせる。

 そう、カメラがない。編集用PCもない。そして何より、ここには電波がない。

 

「……ッ、くそぅ! 結局は初期投資が必要なのね! 世の中、金がなきゃ金も稼げないってこと!? 無課金勢には人権もないの!?」

 

 私は畳をバンバン叩いて悔しがった。

 資本主義の壁は厚い。スタートラインに立つことすら許されないのか。

 

「あの……スマホなら、私の古い機種が家にあったと思うので、貸しましょうか? 画質はそこそこですけど、動画くらいなら撮れると思います。……Wi-Fiはないですけど、格安SIMなら私のお小遣いで契約できるかも……」

 

 みこが恐る恐る、しかし力強い提案をしてくる。

 神か。この子は女神か。後光が見える。

 

(好き。愛してる。もう一生離さない。結婚しよ? いや結婚してください! 婚姻届どこ? 役所行こう今すぐ行こう! 私の人生の共同経営者になってくれぇぇぇ!!)

 

 私はみこの手をガシッと両手で握りしめ、涙目で訴えた。

 

「採用! 貴方を博麗神社の『広報担当兼・筆頭株主(スポンサー)』に任命するわ!」

「ええっ!? い、いつの間に役職が……」

「機材はなんとかなった。あとはネット環境ね。SIMじゃ通信制限が怖いわ。動画投稿なんてしたら一瞬でギガが死ぬ」

 

 私は部屋を見渡した。

 何か、使えるものはないか。

 電波。電波。電波……。

 

(……待てよ。『電波』?)

 

 私の視線が、部屋の隅のブラウン管テレビに吸い寄せられた。

 そこに映っている、古井戸の底。

 そういえば、『リング』の呪いって、念写とかビデオテープとか、媒体を通じて伝染するんじゃなかったっけ?

 ある意味、強力な情報伝達エネルギーの塊だ。

 

「……そうだ、貞子!」

 

 私はテレビ画面の中でくつろいでいる貞子を呼びつけた。

 彼女がのっそりと顔を上げる。

 

「あんた、念写できるわよね? 遠くの人間を呪い殺すために、独自の周波数とか使ってるんじゃないの?」

 

 貞子が小首を傾げる。長い髪がサラリと揺れる。

 

「その能力、デジタルデータにも干渉できない? ……具体的に言うと、呪いの電波をインターネット回線に変換して、ここを爆速のフリーWi-Fiスポットにするの!」

 

 無茶苦茶な理論だ。科学的根拠などゼロだ。

 だが、この世界*7なら、オカルトと科学の融合という悪魔合体もワンチャンいける気がする。

 

「あんたの呪いの拡散力があれば、5G回線くらい余裕でしょ? やりなさい。やらないなら、あんたの井戸に漂白剤をぶちまけるわよ」

 

 脅し文句も忘れない。

 貞子はしばらく考え込み──やがて、諦めたようにテレビ画面に手をかざした。

 ブォン……という重低音と共に、画面の砂嵐が変化していく。

 そして、白黒の画面中央に、筆文字のようなフォントで『5G』という文字が念写で浮かび上がった。

 

「よっしゃ! 5G開通! 貞子Wi-Fi実装完了!」

 

 私はガッツポーズを決めた。

 呪いの電波が5本のアンテナを立てている。

 これで世界と繋がれる。動画も見れるし、アップロードもできる。

 インフラは整った。機材はみこが提供してくれる。

 あとはコンテンツだ。

 

「みこ、明日はそのスマホを持ってきて。……手始めに、こいつらの『踊ってみた』動画を撮るわよ」

「えええええ……」

 

 みこがドン引きしているが、私は止まらない。

 空腹と貧困は、人間をここまで貪欲に、そしてクリエイティブにさせるのだ。

 

 Jホラーオールスターズによる、起死回生の動画配信計画。

 チャンネル名は『博麗の巫女と愉快な仲間たち(呪)』。

 ……BANされないことだけを祈ろう。そして、いつか「銀の盾」をこの床の間に飾るのだ。

 

 ♢

 

 翌朝。

 雲ひとつない快晴の秋晴れの下、博麗神社*8の境内には、爽やかな朝の空気とは裏腹に、ピリピリとした異様な緊張感が漂っていた。

 まるで、これから世紀の大勝負が始まるかのような、あるいは処刑執行前のような静けさだ。

 

「……みこ、カメラ回ってる?」

「は、はい。録画開始しました。……手ブレ補正オンにしてますけど、私の手が震えすぎてて……」

 

 みこが古いスマートフォンを両手で構え、ガチガチと緊張した面持ちでレンズを向けている。

 その先に立っているのは、私ではない。

 純白のワンピースを赤黒い血で汚し、地面につくほどの長い黒髪を風になびかせた、Jホラー界の絶対女王・佐伯伽椰子さんだ。

 

「よし、伽椰子さん。昨日の練習通りにお願いね。笑顔*9で、キレ良く、可愛くよ! アイドルになりきりなさい!」

「……あ、あ、あ……」

 

 伽椰子が喉を鳴らし、カクンと首を傾げて頷く。

 そう、記念すべき動画第一弾の企画は――

 

 『【本物幽霊】伽椰子さんに「恋ダンス」を踊らせてみた【踊ってみた】』

 

 これだ。

 ただの心霊スポット探索や廃墟巡りなどの、ありきたりな企画では埋もれてしまう。

 本物の怨霊が、誰もが知る国民的ヒットソングに合わせてポップに踊る。この強烈なギャップ萌え(?)こそが、現代のネット社会でバズるための方程式だ。

 貞子Wi-Fiもバリ3で飛んでいる。アップロード環境は完璧だ。

 

「AD俊雄! 音響スタンバイ!」

「ニャッ!」

 

 全身白塗りの俊雄が、自分の体ほどもあるラジカセの前に立ち、真剣な顔でスイッチに手をかける。

 

「ミュージック、スタート!」

 

 私が合図を出すと、軽快なイントロが神社の境内に響き渡った。

 チャラッチャッ、チャラッチャッ、チャ〜♪

 星野源の爽やかな歌声が、呪われた空間に不協和音のように染み渡る。

 

 伽椰子が動いた。

 イントロに合わせて、手首をクルクルと回す振り付け。

 ……うん、ここまではいい。ちょっと手首の回転角度がおかしい*10気もするし、指の動きがワキワキしてて気持ち悪いけど、許容範囲だ。

 

 そして、Aメロ。

 ステップを踏みながら、軽やかにポーズを決めるパートだ。

 

「……あ、あ、あ……」

 

 伽椰子がステップを踏もうと足を上げる。

 

 ボキッ、グシャッ。ベチャッ。

 

 足首から、生々しい破砕音が響いた。

 さらに、地面に着地した足が、ありえない方向にひしゃげている。

 

(ヒッ……! 音! SEがエグいって! 骨折れてる音じゃん!)

 

 それでも伽椰子は止まらない。怨念の力で無理やり体を動かし、リズムに乗ろうとする。プロ意識が高いのか、単に私の「失敗したら除霊」という脅しが効いているのか。

 そして運命のサビ。

 『胸の中にあるもの〜♪』

 

 伽椰子が両手を胸の前で交差させ、可愛らしく首を傾げ――

 

 バキィィィンッ!! グルンッ!!

 

 首が、真後ろに折れた。

 180度回転し、背中のチャックを見るような体勢で、カメラ目線をバッチリ決める伽椰子。

 さらに、テンションが上がったのか、両肘が逆方向に「くの字」に曲がり、手首がプランプランとちぎれそうなほど揺れる。

 そして極めつけに、白目を剥いて口を大きく開け、あの音を発した。

 

「……あ、あ、あ……♪」

 

(ギャアアアア!! 違う! それ恋ダンスじゃない! 『エクソシスト』のブリッジ歩きだよ!!)

(怖い! マジで怖いって! 動きがキレすぎてて逆に怖い! 残像が見えるレベルで関節外れてる!)

 

 みこが「ひぃっ!」と悲鳴を上げてスマホを取り落としそうになる。

 画面の中の伽椰子は、もはやダンスというより、邪神を召喚するための禁断の儀式を執り行っているようにしか見えなかった。

 ポップな曲調と、凄惨な映像のミスマッチが酷すぎて、脳が処理落ちしそうだ。これはSAN値直葬動画だ。

 

「カットォォォォ!! ストーーーップ!!」

 

 私は腕で大きくバツ印を作り、大声で叫んだ。

 俊雄が慌てて停止ボタンを押す。音楽がプツンと止まる。

 伽椰子が、体は正面に向けたまま、首を真後ろに動かし「……あ?(ダメ?)」というキョトンとした顔でこちらを見た。

 

「ダメに決まってんでしょ! なにその放送事故映像! グロ注意テロップ入れても回避できないレベルよ! YouTubeの規約違反*11で一発BANされるわ!」

 

 私は頭を抱えた。

 素材はいい。やる気もある。知名度も抜群だ。

 ただ、身体構造と演出が、根本的にアイドルダンスに向いていないのだ。

 呪いのポテンシャルが高すぎる。

 

「はぁ……。伽椰子さんはダンス禁止。もっとこう、あんたの特性を活かした企画じゃないとダメね。『階段落ち』とか『屋根裏探検』とか」

 

 伽椰子がシュンとして*12うつむく。

 その姿はちょっと可哀想だけど、プロデューサーとしては鬼にならねばならない。チャンネル凍結は死活問題なのだ。

 

「れ、霊夢さん……。さっきのテスト配信のアーカイブ、コメントがついてます……」

 

 みこが恐る恐るスマホを差し出してきた。

 どうやら、リハーサルの様子が誤って少しだけ配信されていたらしい。

 私は「終わった……」と絶望しながらスマホを覗き込んだ。

 

『え、なにこれCG? AI? クオリティ高すぎワロタ』

『関節の動きどうなってんのwww 中の人大丈夫? 軟体芸人?』

『一周回って芸術的だわ。前衛舞踏か何か? 高評価押しとく』

『ガチっぽくて草。これ合成じゃなくてマジならヤバい』

『音響SEのこだわりが凄いw 骨折れる音リアルすぎ』

 

(……あれ? 意外と好評?)

 

 ネットの住民たちは、このグロ映像を「高度なVFX技術」か「身体能力の高いパフォーマーによる演技」だと勘違いしているらしい。

 なるほど。

 「本物」だと明言しなければ、エンターテイメントとして成立するのか。

 むしろ、「作り物」だと思い込んでいるからこそ、この恐怖を笑って楽しめるのかもしれない。

 

 私の脳内で、新たなビジネスモデルが構築されていく。

 ――いける。これならいける。

 アイドル路線は無理でも、「ガチ心霊パフォーマンス」としてなら、世界を狙える!

 

「……みこ。プラン変更よ」

 

 私はニヤリと、悪徳プロデューサーの笑みを浮かべた。

 

「可愛い路線は諦めましょう。うちは『ガチ過ぎて逆に笑える心霊パフォーマンス集団』として売り出すわよ! ターゲットはオカルトファンと、刺激を求めるネット民全般!」

「えええ……方向性が……。アイドルの夢が……」

 

 みこが困惑する中、私は次なる指示を飛ばした。

 

「次は貞子! あんたの出番よ! 企画は『テレビ画面から飛び出す瞬間のスピード測定』! ギネス記録狙うわよ!」

「……(コクン)」

 

 貞子がやる気満々でテレビの枠に手をかける。

 こうして、博麗神社の迷走……もとい、伝説への挑戦の日々は、カオスと共に続いていくのだった。

 

 

 ――そして。

 

「……んふふふふ。止まらない。笑いが止まらないわ」

 

 私は社務所のちゃぶ台に突っ伏しながら、スマホの画面を見つめてニヤニヤと締まりのない笑みを浮かべていた。

 再生数、爆上がり。

 チャンネル登録者数、うなぎ登り。

 『貞子RTA・テレビから脱出するまで何秒かかるか検証してみた』も『俊雄のガチすぎる猫真似・チュールを食べるまで帰れません』も、投稿する動画すべてが急上昇ランキング入りしている。

 コメント欄は「神回」「技術力高すぎ」「投稿頻度が異常*13」と絶賛の嵐だ。

 

(キタコレ! 勝ち確! これで収益化通ったら、私の年収は国家予算並みよ!)

(ああ、見える……。札束の風呂に入る私が……。高級焼肉で「ここからここまで全部」と注文する私が……!)

(銀座に土地買って、博麗神社ビル建てちゃおうかな! 最上階は私のペントハウスで!)

 

 私の脳内では、バラ色の未来予想図がフルHDで再生されていた。

 調子に乗っている。完全に調子に乗っている。

 だが、この快進撃は誰にも止められない。

 

 私がルールだ。

 私が正義だ。

 

「ねえ、みこ! 次はもっと攻めた企画やるわよ! 『美々子と行く! 包丁研ぎ講座』とか、『伽椰子さんの喉ケア・おすすめののど飴ベスト3』とかどう!?」

 

 私が鼻息荒く振り返ると、私の隣でスマホを操作していたみこの様子が、どこかおかしかった。

 画面をタップする指の動きが、尋常じゃなく速い。

 タップ音が、タタタタタタッ! とマシンガンのように響いている。

 そして何より、その瞳にはハイライトがなく、口元だけで冷たく笑っている。

 背後から立ち上るオーラは、伽椰子のそれよりも濃く、重い。

 

「……み、みこ?」

 

 私が恐る恐る声をかけると、彼女の手は止まった。

 ゆっくりとこちらを向く。

 

「あ、霊夢さん。……すみません、今、コメント欄の『整理』をしてるんです」

 

 整理?

 私は嫌な予感がして、彼女の手元の画面を覗き込んだ。

 そこには、動画の端々に見切れた巫女姿の私に対するコメントが並んでいた。

 

『ちょ、待って。後ろで指示出してる巫女さん可愛くね?』

『この子もAI生成? 実在するなら推せるわ』

『腋巫女最高かよ。俺の性癖に刺さる』

『博麗霊夢ちゃんっていうの? 俺の嫁になってくれ』

『チャンネル登録した。巫女ちゃん目当てで』

 

 おお、私へのファンコメントだ。悪い気はしない。

 むしろ「もっと褒めろ」と言いたいところだ。私の美貌が世界に見つかってしまったか。

 だが、みこはそのコメント一つ一つに対して、鬼のような形相でリプライを打ち込んでいた。

 

『>>俺の嫁 無理ですね。彼女には心に決めた人がいます(私)』

『>>可愛い 外見に騙されないでください。中身は拝金主義の悪魔です。性格最悪です』

『>>推せる 既婚者です(大嘘)。子持ちです*14

『>>腋巫女 セクハラです。通報しました。IPアドレス特定しますね』

『>>結婚したい 不幸になりますよ。彼女に関わると死にます(物理的に)』

 

 カチャカチャカチャカチャッ!!

 高速で打ち込まれる牽制コメントの数々。

 もはやアンチだ。いや、厄介な古参ファンか、それとも独占欲の塊と化したヤンデレ彼女か。

 コメント欄が地獄絵図になっている。

 

「ちょ、ちょっとみこ!? 何書き込んでんのよ! 営業妨害よ! ファン減っちゃうでしょ!」

 

 私が慌ててスマホを取り上げようとすると、みこはそれをギュッと抱きしめ、潤んだ瞳で私を見上げた。

 

「……だって」

「だって、じゃないわよ!」

「霊夢さんは……私の、神様なんですから。……他の有象無象に、取られたくないんです」

 

 その言葉の重みに、私は一瞬たじろいだ。

 可愛い。悔しいけど可愛い。

 でも、その重すぎる愛が、私の収益化への道を微妙に阻害している気がしてならない。

 「拝金主義の悪魔」って、あながち間違ってないけど、営業妨害もいいところだ。

 

(……まあ、いいか。優秀な広報担当兼ガードマンだと思えば)

(変な虫がつかないように駆除してくれるなら、それもまた『セキュリティ』の一環ね)

 

 私は苦笑いしながら、彼女の頭をポンと撫でた。

 

「安心なさい。私は誰のものでもないわ。……強いて言うなら、諭吉(おかね)のものよ」

 

 私の最低な返答に、みこは「……もう、霊夢さんったら」と嬉しそうに微笑んだ。

 その笑顔を見て、背後で待機していた伽椰子と貞子が「ヒューヒュー」と言いたげな視線を送ってくるが、無視だ。

*1
貞子が念動力でピカピカに磨き上げた

*2
霊権?

*3
喉から変な音がするけど

*4
インターネットと課金

*5
推定10歳

*6
美々子の呪具

*7
クロスオーバー時空

*8
リフォーム済み

*9
物理的に無理だけど心の目で

*10
360度以上ねじ切れている

*11
グロテスク・暴力・不快なコンテンツ

*12
首をゴキッと元に戻して

*13
そりゃ霊だから寝ないし

*14
俊雄

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