外は夕方だというのに、トンネルの入り口は夕陽が刺さらず薄暗い。人が潜もうと思えば、簡単に潜める場所へ不用心にも、一人の少女が歩いて来た。
髪を一つに束ね、端正な顔立ちの瞳は揺るぎない強さを秘めている。
全身、黒ずくめの服装に身を包んだ仁は棒付きキャンディーを口に加え、少女の前に立ちはだかった。
仁「こんにちは」
挨拶からしてみるが、少女は一切立ち止まりはせず通り過ぎて行く。
仁「君のお兄さんが、お母さんを殺した容疑で捕まっているのは知っている。それに、君が通っている学園の生徒に何か困りごとがあるたび、有り金全てを貰い買っているのもね」
突然、彼女しか知り得ない情報が、仁の口から告げられると少女は歩みを止め。振り向き、敵対心を剥き出しに目を鋭く細める。
「貴方は生徒会からの刺客ですか」
仁「あ〜あれとは無関係だよ。僕は君の力に惚れ込んだんだ」
視線など意に介さず、飄々とした態度で少女の周りをゆっくり歩き始めた。
仁「これまで多くの立ちはだかる強敵を倒し、あの腐った学園を仲間と一緒に変えて見せた。けれども、心のどこかで母親を殺した犯人を見つけ出したい、犯人にされてしまったお兄さんを救い出したい。それなのに問題を抱えた生徒達の依頼を有金、全てを貰っても、弁護士費用は雀の涙。だが、僕の依頼を受けてくれば、前金として弁護士費用を半分支払おう」
聞くと、鋭く細まった目が僅かに開かれる。仁は棒付きキャンディーを噛み砕き、少女の首元にそっと触れ、囁く。
仁「完遂した報酬として残りの弁護士費用、この場所にいるであろう犯人も探してあげるよ」
言い切ると、少女は深く考え込む。
それはそうだろう。突然、現れた男に自分が追い求めている最高峰の条件を突きつけられ、考え込むのは正常な判断だ。
だが、少女はどうしても抗うことのできない願いを胸に秘め、悪魔の提案を承諾した。
提案を承諾してから間を置かず、仁は少女を無機質な部屋の中へ、招き入れていく。
中央に置かれた鉄製のリクライニングチェアに少女を寝かせ。腕や足を拘束し、左袖を捲り上げると、純白な肌が顕になる。
仁「これから、君は想像絶する痛みに体が耐えられず、暴走した挙げ句、僕に処分されるか。それか、体に適応し、アマゾンになるかの二択なる」
少女の口を紐で結び。双源生細胞を人間に適応できるよう調節された細胞が、注入された注射器型のインジェクターを腕に押し当て、注射する。
「うっうぅぅううううう!!!!!!」
直後、体の激しい拒否反応が現れた。
純白な肌に黒い血管が浮き上れば、顔や足先にまで瞬く間に広がって行く。
強烈な痛みに襲われ、激しく痙攣させる姿を見ながら仁は願う。この少女が第二のアマゾン細胞と結合を果たせれば、健二を更なる強さの段階へと引き上げられる。
僅かな望みが叶うのを思えば思うほど、満面な笑みが浮かばせ叫ぶ。
仁「さあ!!強く願うんだ!!!母を殺した犯人を、その手で罰し!!!兄を救うと!!!」
この言葉が、少女の内にある激しい憎悪に火をつけたのだろう。それからは阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。
全身から凄まじい熱の蒸気を噴射させ、身につけていた制服は爆ぜ、異形の姿へ変貌させ。叫びは化け物の咆哮へ変わったのを最後に、アマゾンのまま身動きが止まった。
人間とアマゾン細胞の適合は、暴走はしなかったものの失敗に終わった。
完全に双源生細胞を果たせる存在だと思ったが、見当違いだったことに深く肩を落とし、拘束具を解いていく。
だが、アマゾンは死んではいなかった。凄まじい執念が突き動かしたのだろう、全身から蒸気が噴き出し、人間の体へ戻っていく。
この瞬間、清水小百合は人間であることを辞めた。
双眸が黄色く輝き始めると、健二の心臓が共鳴するように脈打ち始めた。
この感覚は、初めてアマゾンと戦った時と同じだと分かり。これから、紡がれる言葉が戦いの幕開けなのを察知し、相手が人間、アマゾンなど無視し腰にアマゾンズドライバーを装着する。
小百合「アマゾン」
呟くと小百合の全身から黄色い炎が全身から噴き上がり包み込む。その姿は、カラスに似た容姿、左目だけが黄色い特徴的な顔が露わになっていく。
過程を見ていたら、中に眠るもう一人の自分が目を覚まし。今すぐにでも、目の前に立つカラスアマゾンと戦いを求める衝動に駆られる。
健二「ハア・・・ハア・・・・」
気づけば、汗ばんだ手でアクセラーグリップを握り締め。押し寄せる本能の波に抗うこともできず、グリップを捻る。
《オメガ》
健二「あぁぁぁぁぁぁぁアマゾン!」
全身に緑色の炎で包み込まれた時、僅かに見える炎の隙間から小百合が目前にまで接近したのを捉えると、こめかみに痛烈な痛みが駆け巡った。
オメガに姿を変わった時には、体をバウンドさせ吹き飛ばされる。
直ぐに体制を整え、反撃に出ようとした時には、もう黒い鉤爪が曲線を描き迫って来るのを捉え。咄嗟に腕を上げ、防御姿勢を取る。
斬れ味鋭い鉤爪が腕に抉り込み、凄まじい遠心力で持って引き裂いた。
血が複眼に降り掛かった瞬間、防御など殴り捨て、小百合の腹部に拳を打ち込んだ。
予想外の反撃だったのだろう。受け身も取れず、転がって行く。
健二「ハア・・・ハア・・・ァァァァァァア!!!!」
右腕を振りかぶり、アクセラーグリップを思いっきり捻る。
《バイオレントパニッシュ!》
倒れた小百合目掛け、飛びかかる。
その時、オジュケンが飛び出してきて、小百合を庇うように立ちはだかった。
ギリギリのところで反応することが出来、振り上げた腕の軌道を逸らし、壁に拳を打ち込んだ。
健二「……オジュケンさん」
思わず呟くと、殺気立っていた心に冷静さを取り戻し、血を滴らせながら変身を解除する。
そんなオジュケンの行動を間近で見ていた小百合は、一緒に戦った仲間の姿と重なり。色々な感情が押し寄せてくるのを無理矢理抑え込み、カラスアマゾンの姿のまま校舎から飛び出し、強靭な跳躍力で姿を消した。
ウーチン「さっきのアマゾン、なんで健二みたいに変身できんだよ」
薄暗い保健室の椅子に座り、ウーチンは愚痴ると健二の腕に巻いた包帯を、思わずキツく締めてしまった。
当の本人は自分の他にも、人間からアマゾンになれる存在が信じられず。痛みは感じない。
健二「……オジュケンさん、すいません。僕が抑えられなかったばっかりに」
ベットの方に腰掛け、頬の切り傷に絆創膏をつけたオジュケンへ、視線を向ける。
さっき、巨大化したアームカッターを逸らすことはできたものの。刃先が僅かに当たったことで、切り傷を作ってしまった。
傷を受けても、オジュケンは気にしている様子はなく。優しい微笑みを浮かべ、口を開いた。
オジュケン「平気だよ、このくらい。もっと痛いこと受けたことあるもん」
健二「それでも、僕がもっと抑えられてたら。オジュケンさんを、危険な目には合わせずに済んだ」
深い罪悪感に肩を落とすのを背に、ウーチンが言う。
ウーチン「俺には分かんねぇけど、あの状況で抑えろって言うのは無理なんじゃね。あんま深いところは分かんねぇけど、お前と同じのが現れた訳なんだからさ」
ウーチンと言う通り、小百合がカラスアマゾンに変身した時の衝動は、とても抑えるものじゃなかった。
もう一つ、抑えられない衝動の一環には怒りも混じっていたのを、冷静になった今なら分かる。仁は健二では止まらず、少女である小百合すらアマゾンに変えた。それが、どれほど残酷なことか。
思い悩む健二に、心配げな表情を浮かべオジュケンが声を掛けようとするが、ウーチンが静止する。
ウーチン「とりあえず、今日は一旦帰ろうぜ。もう夜になるし、ここに居ても思い詰めるだけだからよ」
半ば無理矢理締める形で会話が終わると、窓越しに見える外は気付けば、夜になっていた。
罪悪感で一杯だというのに、コンビニで買ったハンバーガーを食べる手が止まらない。
どれだけ食べたくないと心で思っても、体は激しい体力の消耗を取りもどそうと必死になっている。
これは人間として自然な摂理なのか、それともアマゾンから来る食欲なのか、分からない。分からないからこそ、改めて思ってしまう。
マジ女一年の輪の中に居て良いのか。もし、今日と同じような出来事がまた起こった時、オジュケンやその他のメンバーを危険に巻き込んでしまうかもしれない。
思えば、思うほど負の渦に飲み込まれていき、ハンバーガーの味が奪われて行く。
健二「やっぱり、僕は生きてちゃ……いけない……」
「死んでもらっちゃ困るね。君がどれだけ苦しみ、死にたいと願っても成功体である限り、僕が死なせない。それにこれから、更に強くなる兆しが見えたんだ」
目の前から、健二の気持ちを逆撫でするような、声が聞こえ。
健二は眉間に皺を寄せ、視線を上げれば。薄笑いを浮かべながら立つ、仁だった。
仁「その腕の傷、カラスアマゾンにつけられたように見えるね。いやぁ彼女は僕が思ったよりも、素晴らしい成果を出してくれた」
健二「なにが素晴らしい成果だ!!」
毎回、仁と会う時は怯えていた青年の表情は怒りに満ち溢れ。人間離れした握力で襟袖を掴み、真正面から睨み据える。
健二「あんたは僕では飽き足らず、少女までアマゾンに変えた!!その人は僕なんかよりも、人間らしい生活が送れたはずなのに!!!なぜ、それを奪った!!!」
声が枯れるほど叫ぶが、仁は健二の気持ちなど他所に冷たい眼差しを向け、語り始めた。
仁「奪った訳じゃない、彼女が求めてるのに対しての交換条件を与え、アマゾンになるかの選択を与えた。そして彼女はアマゾン自身になることを選んだ。それを可能にできたのは、君のおかげだよ」
最後の言葉を聞いた時、怒りが消え去り、世界から音が消え、地面に倒れ込んでいく。
自分が持つ細胞のせいで、少女がアマゾンになった。紛れもない真実が激流のように流れ込み、耐えがたい罪悪感が襲ってくる。
押し潰されそうになる姿など気にせず、仁は同じ視線になるよう腰を落とす。
仁「なぜ、そこまで君が罪悪感を感じる。彼女は君をさらに強くする為にだけ存在する、狩るべき存在なんだ。そこまで気に病まなくていい」
その言葉が音のない世界で、一際大きく聞こえたと思った瞬間、健二の内に凄まじい殺意が芽生え、腰にアマゾンズドライバーを装着した。
明らかな敵意を感じ取り、仁は待ってましたと言わんばかりに、軽やかなステップで距離を取る。
仁「想像主に牙を剥くという意志が、出てきたのは凄く嬉しいよ。杉山健二いやオメガ、僕にその力を味あわせてくれ」
笑みを溢しながら取り出したのは塗装が剥げ、所々に戦いの傷跡を刻む、アマゾンズドライバーを装着する。
静寂に包まれた闇の中で、創造者と成功体の殺し合いが幕を開けようとしていた。