マジすか学園inオメガ   作:ヒメール

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6・心

 血の臭いが鼻腔いっぱいに広がる。それは、長年血を浴びてきたことで染みつき、腐敗した臭いだ。

 仁と向かい合う最中、健二は感覚が研ぎ澄まされていることを悟った。

 だが、気づいたところで芽生えた殺意は止まらない。膨れ上がる衝動を解き放とうと、アクセラーグリップを握りしめる。

健二「ふぅ……ふぅ……」

仁「やっぱり、彼女を送って正解だったね」

 獣へ変貌していく過程を目の当たりにして楽しげに微笑む。そして、ぼろぼろになったアクセラーグリップを握り、ゆっくり捻る。

《アルファ》

仁「アマゾン」

 口端を歪に歪め、低く囁いた瞬間──全身を赤い炎が包み込む。僅かな隙間から、緑色に輝く瞳が健二を見据え、変身していく。

 周囲を焼き焦がすほどの熱波が収まり、その姿を表した。

 野生味を感じさせる体。全身に刻まれた傷痕が、数多の死戦を生き延びてきたことを窺わせる。

 その姿──アルファを目にしたら、健二の理性は限界を迎え。荒々しくアクセラーグリップを捻った。

《オメガ》

健二「うぁぁぁあぁぁ!!!アマゾン!!!」

 叫んだら、理性で押さえ込んでいたもう一人の自分が解き放たれた。

 

 

仁「来い」

 変貌した顔から、挑発的に囁かれる。

 それが芽生えた殺意を爆発させ、人間的な思考を振り払った。獣のように鋭利に研ぎ澄まされた体勢で襲いかかる。

健二「うぁぁぁあ!!!」

 本能に飲み込まれた健二は、無作為に腕を突き出した。

 対する仁は防御姿勢すら見せず。やすやすと斬撃が、一直線に肩の肉を引き裂くのを許した。

仁「まだ、そこまで戦いを積んでいないのに。たった一撃で、これほどとは」

 深い傷にも関わらず、仁は微塵も狼狽えない。流れ落ちる血を指で拭い取り、その感触を確かめる。

 常軌を逸した存在を目の当たりにしても、健二は闇雲に襲い掛かる。

 胴体目掛け、回し蹴りを放つ───だが、本能に飲み込まれているがゆえに、動きは隙だらけ

 直撃する寸前、軽々と蹴りを受け止められ。鳩尾にカウンターキックが炸裂する。

健二「ぐっ……ぁぁぁあぁあ!!」

 今の一撃で、内臓が潰れるほどの衝撃が突き抜ける。どれほど肉体が強化されていようと、血反吐を吐いて死に至る一撃だ。

 だが、健二は強靭な脚力で持って踏みとどまった。本能に飲み込まれた意識の奥深く、わずかに残る人間としての理性が力を与えくれたのだ。

 間髪入れずに、突き出された足を弾き飛ばす。相手が反応するより早く、懐へ潜り込む。ガラ空きの腹部に、拳を突き当てた。

 深々と肉を抉るようにめり込み、仁を退かせる。

 明らかに肋骨が数本折れ、呼吸は乱れているはず。が、仁は片膝つく素振りすらみせない。

 繰り出した攻撃が効いていない。健二は本能に飲み込まれながら、歴戦の猛者の風格を肌で感じ取る。───その一瞬の戸惑いが、動きを鈍らせた。

 仁が肉薄する。躊躇なく、首筋にアームカッターを添わせ、掻っ切る寸前で動きを止めた。

仁「君は本当に慈悲深いね。自分を殺そうとした存在を、助けようと必死になっていて」

 血で血を争う最中、飄々と耳元で言葉を紡ぐ。

仁「けどね、君の主観的な見方で人を推し測るのは自己中心的だよ。ただ、反抗心が強く現れたのを祝して今回は特別に、教えてあげよう。君が見た彼女はか弱い少女なんかじゃない。中学生の頃、母親は刺し殺され、その犯人として兄が逮捕された。それからずっと、犯人がいると思われる町で暮らし、雀の涙にもならない弁護士費用を稼ぎ続けている。それでも、君は自分の心を押し付けるのか?相手からしてみたら、未来を奪うというものでも」 

 酷薄に言い切ると躊躇なく刃を振り下ろす───空を覆う雨雲の下、鮮血が地上から降る雨のように噴き上がった。

 

 

 

 横殴りの雨が、激しく地面を打ちつけている。そこから反響する音が何重にも増幅され、傷ついた体に重く響き、遠ざかっていく。

 荒れた廊下を当てもなく歩くのはもう、やめよう。自然と思ったら、体力が底をついた。

 壁に全身を預け。そのまま腰を下ろそうとしたとき、雨音に混じり、くぐもった声が聞こえてきた。

 何を言っているのか、聴覚が弱っているせいで聞き取れない。雨に打たれすぎたせいか。それとも、心と体が深く傷ついたせいで、無意識に拒絶しているのかもしれない。

 徐々に声は近づき腕を掴む感触が走る。胸中に渦巻く虚無の中で、激流のように引き寄せられ───ぼやける視界で捉えたのは見慣れた場所だった。

 徐々に視界が鮮明さを取り戻し、嗅ぎ慣れたお好み焼きやもんじゃの臭いが鼻先をかすめた。

健二「………皆さん」

 その匂いに安堵し、吐き出された声は弱々しく擦れていた。

 淀みある瞳で一点を見続ける姿に。チームお好み、もんじゃは声をかけようと思うが、張り詰めた空気に圧され言葉は出てこない。

 ただ、言葉は無くても、自然と視線は首に痛々しく刻まれた切り傷に向いてしまう。

 そんな時、イカノメが動いた。ホットプレートで焼かれたお好み焼きを紙皿に乗せ、相手が倒れそうな勢いで健二へ差し出した。

 健二は食べる気力が湧かない。それでも、手は動き、お好み焼きを一口食べる。

 本来、熱々のはずの物が、ほとんど熱を感じなかった。あまりにも疲弊しているせいで、感覚が鈍っているのだろう。

 食べる手が止まらない。心は食べたくないと正反対に拒絶するのに。

 剥離した感覚に凄まじい嫌悪感が勝り、食べる手を止めた。

健二「もう……なにも分からないです……」

ウーチン「なにが、分からないんだよ」

 斜め上に座るウーチンが、視線を床に落としたまま問いかける。

健二「これまで戦ってきたのは、人を助けたいと思ったからでした。けど……言われて気づいたんです。彼女と戦うことは、全てを奪ってしまう……」

 悲痛な思いをつっかえながらも吐露し、生々しく残る傷跡にそっと手を触れた。

 

「それでも、君は自分の心を押し付けるのか?相手からしてみたら、未来を奪うという選択だとしても」

 

 本能に飲み込まれた中で聞いた言葉が、鮮明にフラッシュバックする。

 ここまで、本能に従うだけのアマゾンが相手だった。だから、何も考えず、戦うだけで済んでいた。

 けれど、彼女は人間でありながらアマゾンになった。明確な意思を持った存在に。

 もう一度、戦って自分の心を押し付ければ。深い傷を心と体に残してしまう。

 強い葛藤が胸を満たし、健二の瞳から光が失せていく。

 

 

イカノメ「それでも、健二はどうしたいんだよ?」

 深い沈黙にメスを切り込むように、イカノメが鋭い口調で問い掛けた。

イカノメ「お前は、人間とアマゾンのハーフなんだろう。でも、俺たちが怖がっても守ろうとしたのは、助けたいと思ったからなんじゃねぇのかよ」 

 その言葉は、現実を知らなかった自分を再確認させられるものだった。

 あの時は、人間かアマゾンの間で揺れ動いていた中で、自分の心に従い動いたまで。だが、意思ある相手と戦うのは、想像絶する結末を生みかねない。

 その時、オジュケンが張り詰めた空間を引き裂くほどの明るい笑顔で健二の前に駆け寄り、腰を落とした。

オジュケン「健二くんが、助けたいと思ってくれたおかげで、今、私たちはおいしいお好み焼きとかもんじゃ食べれてるよ!だからさ、あの女の子とも友達になってみんなで食べよ!!」

 向けられた瞳の奥は透き通っていた。それほど、オジュケンの言葉は嘘偽りない本心だった。

 

 

 

 拳から伝わる感触が変わった。今まで殴った瞬間は、拳から衝撃が突き抜けるようだった。だが、アマゾン細胞を注入されてからは、明らかに異質なものに変わった。伝わってくる衝撃は重く、生々しい感触が残るようになった。───まるで打ち込むたびに肉体を抉っているような。

 人気のない道を歩きながら、小百合はスカートの裏地に縫われた、あれを掴んだ。 

 母親が、これをくれたとき言葉を教えてくれた。

 けれど、その教えに背くことをやってしまった。これからやろうとしていることは、ここまで培ってきた仲間も、革命も全て投げ捨てることになる。

 答えのない考えが頭を去来する。けれど、スカートからそっと手を離した。

 遠くも、近くもない場所に誰かが待ち構えている気配──闘争心を感じ取り、顔を上げた。

 

 

 精錬された佇まいで歩く小百合を前にして、アマゾンズドライバーを握る手が脱力する。まだ、心と体が戦うことに迷っている。

 当たり前だ。イカノメやオジュケンに背中を押されてから、数日しか経っていない。短い期間で、覚悟を決めるのは無理な話だ。

 それでも、健二はアマゾンズドライバーを握った手に力を込め、腰に装着する。

 無意識に下げていた視線を上げ、今度は小百合を真正面から逃げずに捉えた。

 小百合もまた、強い意志を秘めた瞳で健二を見返す。射抜くような眼光で。

 示し合わせたかのように、異形の姿へ変貌させる言葉を静かに吐き出した。

「「アマゾン」」

 二人の体から二色の炎が噴き上がり、瞬く間に全身を包み込んだ。瞬間──完全に変身を遂げないまま健二は肉薄する。

健二「ぁぁぁぁあ!!」

 地面を踏み砕き跳躍する。カラスアマゾンに変貌した小百合めがけ、斬撃を振り下ろす。

 しかし、届くことは叶わなかった。

 仁とは違う、流れるような体捌きで小百合は腕を絡め取り、勢いそのまま背負い投げの形で叩きつける。

 凄まじい衝撃が背中に集中し、意識が飛びかける。───が、剥き出しになった本能がそれを拒む。瞬発的に体を浮き上がらせ、油断する小百合の顔面に蹴りを打ち込んだ。

 これは効いたのだろう。おぼつかない足取りで後退るのを見ながら、両腕を地面に叩きつけ、上体を起こして体勢を整える。

 息をつく暇もなく。健二は距離を詰め、一打、二打、三打──連打する。

 だが小百合は、脳に衝撃が走ったのかと疑ってしまうほど。軽々と拳打を受け止め、いなしていく。

 わずかに生まれた隙に針を刺すかごとく、拳打が脇腹を鋭く突き刺す。

健二「ぐっ………」

 深く肉を抉り込むような感触が全身に駆け走る。二打目が打ち込まれる刹那、命の危機を感じ取り、反射的に飛び退る。

 人間からアマゾンになった相手は、本能のまま戦うアマゾンとは格が違う。

 この小百合も、仁と同じく強い。しかも、人間の間に多くの修羅場を潜り抜けていることを、うかがいしれる。

 明らかに力の差は歴然。力も、技術も。それでも健二は身を低く構え、小百合に肉薄する。

 案の定、小百合は動きを読み取り、無駄のない体捌きで腹へ拳を打ち込む──が、刹那。突き出したその拳を、健二は突き上げた膝で頭上へ打ち払った。

 凄まじい衝撃の反動で、小百合の上体が大きく反る。千載一遇のチャンスをものにすべく。迅速な拳打が、鳩尾を捉える。

健二「うぁぁぁああ!!!」

 吹き飛ぶ小百合を捉えたまま、健二は獣のような脚力で追従する。だが、カラスアマゾンの特性か。宙に物体があるかのように両足を使い、体勢を立て直す。

 そこから一歩も譲らぬ、激しい殴打の応酬が始まった。

 

 

 激しく地面を打ち付ける土砂降りの中、拳と拳が交差し、互いの胸部に深々とめり込んだ。強固な肉体が引き裂かれ、そこから雨に混じる大量の血飛沫が噴き上がる。

 長時間、全力をぶつけ合い過ぎたせいで脆くなり、立っているのが不思議なほど体力は消耗し切っていた。

 それでも、決着がつかないのは。互いの心をぶつけ合い、目的は違えど──救おうとしているのだから。

「「ぁぁぁぁあ!!」」

 異形の咆哮が轟くと、両者の視界が白く弾け飛ぶ。もう、ギリギリまで踏ん張っていた体の限界が、すぐそこまで迫っている。

 二人は飛び退り、相手の動向をうかがう。

 次に繰り出す一手が、この戦いの先を示すことになる。それは小百合も感じとったようで、肩で荒く呼吸しながら駆け出す体勢を取る。

 震えが止まらない手を気力で抑え込み。健二はアクセラーグリップを握り締め、捻った。

《バイオレントパニッシュ!》

 右腕のアームーカッターを振りかざし、満身創痍の体とは思えない速さで、小百合の前に踊り出る。

 その勢いのままアームカーターは首筋を捉えた──だが、寸前のところでそれを止めた。

健二「……僕は……君を傷つけない」

 遠のく意識を、無理やり押し留め。わずかに動く口で、迷い抜いた先にあった本心を吐き出した。

 健二はそれ以上、言葉を紡ぐことはせず。人間の姿へ一気に収束しながら、ゆっくりと突き出した腕を下ろしていく。

 闘争本能を抑え込んだ姿を間近に見て、小百合はもういない母の言葉が断片的に蘇った。

 

「……この百合の花言葉は純粋、無垢、威厳。小百合、弱い人がいるなら弱い人を助けなさい。そうすれば、自分だけの花を咲かせられる」

 

 スカートの裏地に縫われた『百合の刺繍』。

 これは強くなれるおまじないのようで、仲間と共に革命を成せたのも、これのおかげだった。

 けれど、仁からの依頼を受けたことで。兄を救いたいという気持ち、復讐心が先行し見失っていた。

 小百合は強く縛りつけていた鎖から、解放されていくのを感じながら緩やかに意識を手放した。

 

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