荒れ果てた校舎が一望できるビルの屋上で、仁は肉汁滴るハンバーガーにかじりついた。
噛み応えのある感触に舌鼓を打ちながら、咀嚼し続ける。
「お前が離れた計画は、もう完成段階に入ったぞ」
後ろから、聞き慣れた陰鬱な声が響く。仁はハンバーガーを飲み下し、振り向いた。
そこには、全身を黒で統一した服の男が気配を消して立っていた。
仁「もう、あれには興味はない」
ハンバーガーの袋を内ポケットにしまいこみ、向き直る。
男「あの計画の副産物として生まれた、アマゾン細胞が、そんなに良いのか?」
仁「ああ」
『アマゾン細胞』が生まれたのは、ある血清を開発する過程での発見だった。
最初、それはミクロの世界に生まれた一粒でしかなかった。だが、血清に含まれる成分を取り込むにつれ、凄まじい成長を見せ始めた。
その突然変異に、仁は心から感動し、確信した──これはただの副産物ではない、新たな『生命』だと。
以来、取り憑かれたように動物、虫の細胞を掛け合わせ、ありとあらゆる実験に熱中した。
その過程で、人間大まで成長させることに成功し、形となった『アマゾン』をレンズ越しではなく、肉眼で目にするに至った。
だが、一つ大きな欠点があった。
人間の『タンパク質』を本能レベルで求めてしまうこと。
これを、どう克服するべきか仁は考え続けた。──そして、辿りついたのは人間として踏み越えてはならない一線だった。
少量のアマゾン細胞を人間に注入することで、食人本能を抑えられないか。
仁は組織から離れ、金目当てに集まった人間にアマゾン細胞を注入した。
けれど、少量であっても人間の細胞を食べ尽くし、新たなアマゾンが生まれてしまう。
その失敗体を処分するため、自らの体にアマゾン細胞を移植し、戦う日々を送った。
無数の失敗の果て、仁は真っさらな状態にある赤ん坊に可能性を見出す。
しかし赤ん坊も耐えることはなく失敗が続いた。
失敗続きの中──杉山健二という存在はアマゾン細胞と適合し、新たな細胞が生まれた。
男「それで、俺に生み出した『双源生細胞』を注入して何をさせたい」
男は横に立ち。仁の意図を察しているのか、片手を差し出した。
仁「あそこにいる、彼を強くして欲しい」
教室の一角を指差す。
男「あいつを。映像で見たが、動きは大振りすぎるし、本能に飲み込まれて戦ってる。赤子の指を捻るくらい、簡単だ」
仁「君には、そう見えるだろう。けどね…僕には広く真っ白なキャンパスが見えるんだよ。今は、その下書きの最中なんだ」
楽しげに口端を吊り上げ。仁は真っ黒なアマゾンズドライバーを男の手の中へ収めた。
一年の教室が喧騒満ち溢れ出す中、校内スピーカーの電源が入った。
ほんの小さな音に過ぎない。けれど、人よりも発達した聴覚を持つ健二だけは、その音を聞き取った。
どこか異変を予感させる響きに、自然とノイズ音に耳を傾ける。
──喧騒が収まりかけた瞬間、それは唐突に飛び込んできた。
『あ〜あっあっ。高等部一年の杉山健二君、至急、玄関へ来るように』
校内スピーカーから流れてきた声は校長ではない。男の気怠げで良く通る声だ。
その場にいる全員が話すのを止め。不気味な校内スピーカーへ視線を注ぐ。
『もし、来ないようであれば……こいつの腕の骨をへし折る』
物騒な脅しに続いて、女性の小さな呻き声が漏れ聞こえてくる。
イカノメ「……ブラックさん」
後ろから、か細い声でイカノメの口から校長の名を呟く。
それを耳にした健二は、椅子を薙ぎ倒し廊下へ飛び出した。
その光景を目にしたとき、体の内側を鋭い針が突き刺さる感覚に襲われた。
廊下に、マジ女の校長である柏木由紀が倒れている。綺麗に仕立てられていたスーツは所々が破れ、白い肌に青痣が無惨に浮かんでいる。
そんな満身創痍の由紀の背中を踏みつけ、嘲笑う男の姿を捉えた。
男「この女、昔はこの学校ラッパッパっていう四天王の一人だった。ブラックと言ったかな、少し期待したんだが……お前とは違い、弱すぎだ」
背中から足を離し、無造作に蹴り飛ばす。男は深淵を携えた瞳を、健二達へ向ける。
懐から、真っ黒な物体を取り出した。
健二「………はっ」
相対していた健二は、その物体を見て息を呑んだ。
それは健二と同じ──『アマゾンズドライバー』の形状。ただ、違うのはグリップを除き無機質な黒だということ。
男「まだ、これを使うのには慣れてないんだ。お前を強くするのと一緒に訓練だ」
腰にアマゾンズドライバーを装着し、ゆっくりとアクセラーグリップを捻る。
《シグマ》
紫色のコアユニットが発光し、静かに呟く。
男「アマゾン」
全身を銀色の炎が包み込み、凄まじい熱波となって解き放たれる。
そこから、現れたのはアメジストの複眼。日差しを反射して煌々と輝く銀の肌。
二人の前に新たなアマゾン──シグマが立ちはだかった。
前触れもなく現れた人間は小百合と同じ意思を持ったアマゾン。──ただ、違うのは小百合以上に研ぎ澄まされた圧を、身に纏っているということ。
正面から睨み据えられる健二は、圧に圧倒され思わず足がすくみそうになる。だが気力で踏み止まり、アマゾンドライバーを腰に装着し、アクセラーグリップを捻った。
健二「うぁぁぁぁあ!!」
炎に包まれる中から憤怒の咆哮を轟かせ。燃え尽きるより早く、健二は強靭な脚力で男の前に飛び出す。
理性の欠片もない、身のこなしで拳打を浴びせていく。
その
──だが、男に拳は届く事は叶わない。二手先──四手先まで読まれ、全てを弾き、いなしてみせた。
それでも果敢に挑みかかるが、変わらず軽くいなされ続ける。
余裕のある立ち回りは明らかに、二人の動きを探っている。
小百合は、絶え間なく繰り出す一打一打の中で、確信し始めていた。
そしてその予感は、すぐに現実のものとなった。
男は攻撃を弾いた瞬間、音もなく二人の眼前に躍り出た。それを捉えた時には、鳩尾に内臓を抉るような衝撃が襲う。
健二「がは……」
あまりの鈍痛に、健二は反撃の手を封じられ。首を掴まれるのを許してしまう。
そのまま健二を掴み上げ、下駄箱のドアガラスへ投げ飛ばした。
粉砕するドアガラスの破片で、肉を引き裂きながら全身を強かに打ちつける。
残った小百合は鈍痛で感覚が鈍りながらも、類稀な俊敏さで、男の間合いに踏み込む。
間髪入れず、地面に押し当てた軸足を起点に得意な回し蹴りが、男の腹を捉える。
《バイオレントスラッシュ!》
禍々しい音声が耳元に響く刹那──脚に強烈な衝撃が突き抜ける。同時、腹に焼けるような激痛が走った。
視界は白く弾け飛び。意識は闇の中へ引きずりこまれた。
男「柏木由紀、清水小百合と同じでお前も弱いな。もう少し骨のある奴かと思ったが、飛んだ肩透かしだ」
下駄箱から悠然と歩いてきながら、小百合の腹を引き裂いた時に付着した真っ黒な血を拭い取る。指先から、鉄錆の匂いが風に乗り漂う。
その匂いが、燻り続けていた健二の本能をさらに昂らせた。血が滴り落ちる体を持ち上げ、一心不乱に駆け出す。
男と衝突する寸前のところで跳躍。勢いを丸々吸い込んだ膝蹴りを、顔面へ突き上げた。
これも、軽々と弾かれてしまう。逆に銀色の腕が閃き、振り戻された脚を掴もうと伸び上がる。
転瞬、健二は男の胸に脚を押し当てた。そのまま押し出す力の反動を利用して、体を宙回転させ、地面に着地する。
凄まじい衝撃を受け流しきれず、男は不覚にも後ろへ退いた。
その瞬間から、怒涛の連撃が始まった。
先読みを完全に封じる体捌きで拳打、蹴りが途切れなく打ち込んでいく。
怒涛の連打に思わず膝を突きかけるのを見て、健二はアクセラーグリップを握り、捻る。
《バイオレントストライク!》
跳躍した健二の踵が、男の脳天目掛け振り落とされた。刹那、その足首を掴みとり、自分の元へ一気に引き寄せた。
振り落とされる健二の腹を狙い、躊躇なく手刀を突き出す。
──人気のない校門に、肉を穿つ鈍い音が木霊した。
男「人間っていうのは怒れば怒るほど、自分を見失ないやすい生き物だ。例外なくお前も、清水小百合も同じだ。あと、柏木校長もだ。病弱の息子を言ったら、途端に弱くなったよ」
絶対的な勝者の口ぶりで吐き捨てると、男は辺りに血飛沫を振り撒く健二を見下ろす。
健二「かっ……」
貫かれたまま人間の姿へ収束し、内側を焼き付ける熱さとともに、口から夥しい血を吐き出した。
人間は理解の範疇を越える光景を目にした時、音が消え、声を出すことすら忘れてしまう。
それは下駄箱の影から行く末を見守っていたチームお好み、もんじゃの身にも起こった。
さっきまで楽しく話していた存在が、無慈悲に腹を貫かれ、糸の切れた人形のように血の池へ崩れ落ちていく。
今すぐ、健二の元へ駆けつけたい。けれども、思えば思うほど、残酷な現実に足がすくんで動けない。
だが、イカノメとウーチンだけは違った。
足の震えが止まらないはずなのに。それを上回る使命感に突き動かされ、血の池に踏み込んだ。
二人は着ていたジャージを脱ぎ、出血の多い箇所に力一杯押し当てる。だが、貫通しているせいで血が止まらない。ジャージの細かな隙間から血が絶え間なく流れ出し、二人の手を赤く染め上げる。
イカノメ「死ぬんじゃねぇぞ!!アネキみたいに死ぬな!!!」
腹の奥底から絞り出される悲痛な叫びが、校門一帯に轟いた。
翌日。小百合は行く先の見えないトンネルを、おぼつかない足取りで歩いていた。
その姿は耐え難い罪悪感に蝕まれ、普段見せる凛々しさの欠片もない。
中間まで歩き進んだところで、歩くのも嫌になり、落書きに埋め尽くされた壁にもたれかかる──視界の端に、誰かの足が映った。
気怠い首を上げれば、冷ややかな目で見下ろす仁がそこにいた。
途端、憔悴しきっていた小百合の瞳が憤怒に歪む。低い体勢のまま、目の前の男へ猛然と飛び出した。
小百合「……ぐっ」
到達するよりも早く、男の膝が小百合の喉元に突き刺さる。
息もできぬまま、壁に押し戻され、身動きを完全に封じられてしまう。
仁「驚いた。君は他人を気にしない、一匹狼かと思っていたのに……そこまで、健二君が心配か。いや、母親の面影を重ねてしまったのかな」
その言葉は、内に燻り続けている憎しみを容赦なく抉った。
全身に力を漲らせ、小百合は身動きを封じる枷を押し返そうと、両手で膝を掴み、力を込める。
仁「君に、渡して欲しいものがあるんだ」
必死な抵抗をものともせず。小百合の眼前に、アタッシュケースを垣間見せる。
だが、そんなものに目もくれず。真っ白な素肌に、青白い血管が浮かぶほどの握力で押し返そうとするが、微動だにしない。
仁は更に力を強め、殺気を帯びた声で静かに言い聞かせる。
仁「……清水小百合、お前の思いなんてどうでもいい。これを健二の元へ届けろ。そうしなければ、ここまでの頑張りは全て無駄に終わらせる」
長いまどろみの中から目を覚ますと、トンネルの入り口に夕陽が差し込んでいた。
仁と対峙している間、気を張り詰め過ぎて意識が飛んだのだろう。まだ意識ははっきりしないが、なんとか立ち上がる。
元来た道へ歩き出したとき、足先に固いものがぶつかった。
視線を落としたら、仁が健二に渡すようにと言いつけたアタッシュケースが置かれている。
無視して歩こうかと片足を出す。けれど、引き寄せられるように、小百合の手が取っ手へと伸びていく。
──掴むことはしなかった。
理由は明白だ。倒そうとした自分が、健二を助ける資格はない。
母親と兄のため。弁護士費用と犯人の証拠を引き換えに異形の拳を、刃のように振るった。
もう、それは喧嘩ではなく、殺し合いになってしまう。
それでも、健二は「待ってます」と言ってくれた。
必死に搾り出した言葉に答えるべきか──躊躇していると、懐かしい声が響いてきた。
「リリー、下向いてんぞ。上を見ろよ」
顔を上げると、小百合と同じ制服を着た三人が立っていた。
弱気な少女、勝ち気な少女、能天気な少女。
小百合「お前ら、どうしてここに」
口から、か細い声が漏れる。
「この場所に、めちゃくちゃ強いヤンキーがいるっていう噂を聞いて、来たんだよ」
能天気な少女が頼もしげに呟く。
けれど小百合は、三人の視線から逃れるように背を向けた。
「リリー。私達、革命を成し遂げた仲間で、友達でしょ」
弱気な少女が駆け寄ってきて、小百合の肩を優しく掴む。
それをきっかけに勝ち気な少女、能天気な少女も笑顔を浮かべ、手を添える。
「リリー、帰ろう」
暖かな誘いに、冷え切った心が揺れる。
ここから抜け出せば、『アマゾン』の呪縛から解き放たれる。戦いを忘れ、いつもの日常が戻ってくるかもしれない──だが、健二は違う。
生きている限り、理不尽な悪意は狙い続ける。その度に、健二は自分の体に傷を刻み込んでいく。
普通だったら精神を蝕まれ、狂人になってもおかしくない。それなのに、殺そうとした小百合にまで、優しさを向ける心を持っている。
短いようで長い思案の中、母親の声が蘇った。
「小百合、強い人間と弱い人間がいるなら。弱い人間の力になりなさい」
小百合「すいません。私、助けなきゃいけない人がいるんです」
「助けなきゃいけない人って、誰だよ?」と強気な少女が、不安げに問う。
小百合「その人は、優しいんです。どれだけ傷だらけになっても、助けようと必死になって……その人が今、死に直面してるんです」
そう言い切ると、小百合は戸惑っていた心を振り払い。掴むことを拒んだアタッシュケースを持ち、駆け出した。
聖都大学付属病院の待合室には、息苦しく感じるほどの沈黙が満ちていた。
健二が緊急オペ室へ運び込まれてから、数時間。命を繋ぐため懸命な治療が続いている。
チームお好み、もんじゃは言い知れぬ不安と戦いながら、厚い金属の扉が開くのを待ち続けていた。
ウーチン「くそ!」
長い沈黙に耐えかね。ウーチンは座っていた椅子を蹴り上げて立ち上がった。
ウーチン「なんで、健二がこんな目にならなくちゃいけねぇんだ。あいつが何したって言うんだよ!」
悔しさに満ちた叫びが廊下一杯に響く。けれど、沈黙はその叫びすら飲み込んでしまう。
「彼が、アマゾンだからだよ」
鋭いメスを斬り込むように、男の声が唐突に割り込んだ。
その場にいる全員が顔を上げ、見据える先にはブリトーを頬張る仁が、音もなく立っていた。
イカノメ「何もんだ、テメーは?」
仁「僕は、巫沼仁。まぁ想像主といったところかな〜。今回は非常に残念だったよ、腹を貫くなんて考えもしなかった。けど、安心して欲しい。彼は成功……」
言いかけたとき、一番悲しみに沈んでいたオジュケンが目一杯に涙を溜め、胸ぐらを掴んだ。
だが、その力はあまりに弱く、怒り慣れてないせいで身震いしている。
オジュケン「健二君は物なんかじゃない!一人の人間なんだよ、人思いで優しい友達なんだよ!!」
仁「その友達思いは素晴らしい」
満足げにブリトーを食べ終えると、優しくオジュケンの手を振り払い。それ以上は何も言いはせず。そのまま光が当たらない廊下へ、静かに歩き去っていた。
入れ替わるように、廊下から慌ただしい足音が響いてきた。
そこへ視線を向ければ、アタッシュケースを持った小百合が走ってくる。
イカノメ「……小百合」
怒涛のように押し寄せてくる事態に、イカノメはただ唖然とする。
小百合は重苦しい空気など意に介さず、分厚い扉の前に立ち止まる。針ほどの隙間に指を差し込み、人間離れした腕力で少しずつだが開けていく。
チームお好み、もんじゃは小百合が何をやろうとしているのか、察しはつかない。けれど、その必死さに背中を押され。全員は小百合の元へ一斉に駆けつけ、一緒に扉をこじ開け始める。
完全に開くや否や、小百合は一目散に手術室へ飛び込んだ。
思わぬ訪問者にナース達が慌てて制止するが跳ね返し、アタッシュケースを開く。
中には注射型のインジェクター。そして、新型のドライバー。
小百合は生々しい傷を見て、一瞬だけ表情が曇る。それでも強い使命感で突き動かし、健二の腰に装着。スロットにインジェクターを装填し、タンパク液を流し込む。
《ニュー・オメガ》
機械的な音声が鳴り響いたその時、ネオコンドラーコアが発光する。
途端、爆ぜる熱波と共にエネルギーバリアが放出され、健二を覆い包んだ。
「ふん!」
暗闇に紛れ迫る、異形の腕を掴む。それを力一杯へし折る瞬間、荒々しい吐息が漏れる。次に肉を穿つ確かな手応え。耳に響くのは、骨がひしゃげる生々しい粉砕音。
シグマに変身した男は、感触を確かなものにするため、資材置き場に潜んでいた二体のアマゾンを狩った。
肉体が溶けて行く溶解音を聞きながら、腕にへばりつく血を振り払う。荒くなった呼吸を抑えて、一息つく。
その時、全身が総毛立つような殺気を捉えた。
マジ女から数十時間はかかる山奥だ。にもかかわらず、収まりきらない殺気を纏う何かが、山を超え迫ってきている。
男「ふ~ん。双源生細胞のオリジナルは腹を貫いても、生きてるのか」
面倒くさそうに吐き捨てながら、粉砕音を轟かせ着地するそれに視線を向けた。
突風で吹き散らされる粉塵が晴れると、オメガが姿を表す。ただ違うのは、上半身から頭にかけて、不完全な装甲が装着されている。
そして、その腰には獣のような目をしたコアが特徴的な新型『ネオアマゾンズドライバー』。
健二「フゥ、フゥ、フゥ」
男「ふっ!仁には悪いが、今度は完璧に仕留める」
研ぎ澄まされた殺気を纏い。砂利を踏み砕き、飛び出した。
刹那、互いの刃がかち合う。睨み合う暇もなく、健二は強靭な膂力で、刃ごと上段へ弾いてみせた。
凄まじい衝撃に男の体勢が崩され、腹ががら空きになる。
その隙を見逃さず。健二は勢いを保ったまま、鋼の肉体を抉るように拳打を打ち込んだ。
空間が震えるほどの衝撃に男は退き、膝をつきかける。寸前で踏み止まり、迫り来る追撃を躱し懐へ潜り込む。
胸を狙い、お返しとばかりに掌底打ちを叩き込む。しかし、鋼鉄の装甲はビクともしない。
瞬時に分が悪いと悟り、早々に飛び退く。
息を整え。冷静に様子を伺えば、速さはあるものの動きは鈍い。瀕死の重傷から目を覚ましたのと装甲のせいで、体が思うように動かないのだろう。
男「うん!」
つけ入る好機を見い出し、男は横に積み重ねられていた鉄骨の端を強靭な握力で掴み──空気を歪ませるほどの速さで投げ放つ。
今の状態の健二ならば、これほどの速さで迫れば避けられないはずだ。
慢心から来る自信は、すぐに打ち壊されることになる。
目前にまで迫る鉄骨を、健二はすんでのところで跳躍。重力を感じさせぬ足捌きで走り渡ってみせ。それを踏み台に、空高く舞い上がった。
健二「ァァァァアアア!!!」
頭上から、暗闇と同化した獣が降り注ぐ。
相まみえる瞬間、男は反射的にアクセラーグリップを捻る。
《バイオレントスラッシュ!》
居合い一閃のごとき拳が健二の脇腹を捉えた。
装甲に包まれた体は、破壊的な衝撃に煽られ。きりもみしながら宙を舞い、トタン造りの屋根へ激突する。
やがて地面へ倒れ込むと、口元から血反吐が溢れ、砂利を赤く染め上げる。
次の一撃で、仕留められる。
短絡的な考えが脳裏に過った。だが、死線を潜り抜けてきた直感が叫ぶ。
男はその叫びに従い、後方に大きく飛び退く。
呼吸もままならないはずの健二が立ち上がった。間を置かず、その姿は暗闇に溶けるように掻き消え、死角から襲い掛かって来る。
健二「ァァァァアア!!」
防御姿勢を取る隙さえ与えず、顔面に蹴撃を打ち込む。
その反動を利用して地面に着地。勢いを殺さず、スロットを上下させる。
《アマゾンストライク!》
確実に獲物を仕留める、無機質な音声が轟く。
低く唸りながら健二は地面を踏み砕き、跳躍した。
暗闇を引き裂くように、血を彷彿とさせる光の軌跡が走るのを男は捉えた。
この一撃で、この殺し合いの果てにある勝者が決まる。全身の血が沸き立つのを感じながら、アクセラーグリップを素早く捻る。
《バイオレントスラッシュ!》
暗闇に同化するフットカッターに向かって、アームカッターを振り上げた。
互いの刃が火花を散らし、すれ違う。
──だが、ここで止まらない。男は類稀な動体視力で、僅かな隙を見つけ。そこへ突きを放つ。
男「……ぶっ」
勝者となる一手は、届くことはなかった。胸に何かが突き刺さる感触。視線を下に向けたら、何者かの腕で貫かれていた。
男「……なんのつもりだ……」
震える手で、貫いた腕──真っ赤な傷だらけの腕を掴む。
仁「彼を強くする、それを破ったからだよ。だが、礼もさせてもらうよ。お前のおかげで、杉山健二を、さらに強いアマゾンに成長させられた」
耳元で一字一句滑らかに告げたら、血塗られた腕を引き抜いた。
さっきまで、人として生きていた体は他のアマゾンと変わりなく。跡形もなく液状化させ、砂利の中へ溶け込んでいく。
健二「ゥゥゥゥウウ!!」
戦っていた存在が消えたのにも関わらず。健二は腰を屈め、仁を睨み据える。
仁「ふぅ~あれだけの傷から、こんなに戦えるまでになるとは。新型のアマゾンズドライバーの出来前は最高だ」
二人は空間に満ちる血の匂いに煽られながら、暗闇に二条の光が走った。