一日のうちで、最も闇が濃くなる深夜。差し込む月明かりすら吸い込む森は、健二の荒い吐息を拾い上げる。
長時間、満身創痍の体を苛烈に動かし続けているせいで、視界は機能していない。感覚も鈍くなり始め、内に響く鼓動音が聴覚を奪い去っていく。
無意識に呼吸を整えようと、動きが止まった刹那。左手の暗闇を切り裂き、猛烈な拳打が襲いかかった。
脇腹に走る強烈な痛みをも凌駕する闘争本能を昂らせ、健二は傷が刻まれた腕を力任せに弾き返す。足から地面へ反動を逃し、無防備な獲物を仕留めようと、仁との距離を詰める。
健二「ァァァァァア!!!」
猛然と突き出される拳が届く、その一瞬。仁は顔面への直撃を避けるように身を捻り、弾かれた腕を瞬発的に交差させた。
延々と膨れ上がる荒い吐息が、空気を歪め。そして──楽しげな呼吸音が漏れる。
一瞬の気の緩みが死に直結する状況下で、仁は変貌した顔の奥で狂気じみた笑みを浮かべた。
互いに一歩も譲らぬ拮抗状態を、健二の蹴りが断ち切った。鈍い骨の軋む音を立てながら、二人は闇の中へ弾け飛ぶ。
仁は全面から押し寄せる衝撃に体勢を崩しかけるも、踵で踏み止まる。
一方、健二は脚力の反動で受け身を取ることもできず、満身創痍の体を強かに打ちつけた。その衝撃で破裂した内臓から漏れ出る血が逆流し、複眼を赤く汚す。
健二「ハァ……ハァハァ……ッ……ァァァァ」
息苦しい呼吸音を漏らしながら、鉛のような体を持ち上げた。
その姿を目にしたら仁は、とうとう堪えていた気持ちが、歓喜となって噴出する。
仁「良いね〜獲物を喰らおうとする、その飽くなき食欲!それこそ、アマゾンが持つ純粋な生きる力だ!!」
言葉に応えるように、健二は激しく痙攣する腕を上げ、インジェクターを押し込む。
《ブレードローディング》
右手首の装甲を展開し、アマゾン細胞で構築されるソードがじわじわと伸び上がる。
不完全な状態のまま灼熱の軌跡を描き、本能の赴くまま一気に間合いを詰める。
袈裟斬り、逆袈裟、横薙ぎ──満身創痍の体とは感じさせない身のこなしでソードを振るい続けた。
高揚状態にある仁は体勢を崩さない。冷静に軌道を読み、躱していく。
激しい足捌きの衝撃で一瞬、二人が踏み砕いた石の破片から、光の残滓を携えて砂埃が舞いあがった。
些細な異物に過ぎない──だが、激しい攻防を繰り広げる仁の視界を遮るのには十分。
千載一遇の隙を、健二は腕の筋肉に急激な圧がかかるのも考えず、振り抜いたソードを引き戻す。
切っ先は仁の胸部を横一文字に引き裂き、鮮血が宙に舞う。その一撃が、仁の理性を断ち切った。
仁「アッハハハァハハァハ!!」
嘲笑か咆哮か区別のつかない声を上げ。健二の顔面に、小細工のない純粋な拳打を打ち込んだ。
バイザーに走る小さな亀裂が走り、頭蓋骨が砕けんばかりの衝撃が健二の意識を翻弄する。
それでも、本能は止まることを許さない。
健二「ァァァァアァァァ!!!」
垂れ下がったブレードを振り上げ、隙だらけの首筋へ走らせる。だが、闇雲な軌道は捉えやすい。
案の定、仁はアームカッターで受け止め、刀身を
二人の間を阻むものは消え。生存をかけた殺し合いが始まった。
死角から繰り出される仁の斬撃が脇腹を引き裂く。夥しい量の血が溢れても、健二は感覚のない拳を何度も何度も顔面に叩き込む。
反対に、仁は一点に集中しているのを狙い。鳩尾へ血が滴る拳を突き立て、超人的な膂力で持って頭上へ持ち上げれば、赤く染まった地面へ叩き伏せた。
どれだけ拳打や蹴りを受けても、傷つきはしなかった不完全な装甲に細かなヒビが走る。
ここで勝負は決まる。本能に飲み込まれた中で、微かに残った理性が告げる。
だが、健二という存在は他のアマゾンとは一線を画す存在──トドメを刺されるのを待たず、地面に両肘を叩きつけた。瞬間の反動を推進力に、腕ごと仁を押し返す。
思わぬ反撃に、疲労の蓄積もあり大きく体勢を崩した。
刹那。健二はスロットを上下させ、機械的な音声を轟かせる。
《アマゾンパニッシュ!》
わずかに残るアマゾン細胞を震え立たせ。感覚のない両脚に力を込め跳躍、闇に走る流星のごとき蹴りが仁の脳天を蹴り抜いた。
頭蓋骨を砕くほどの一撃にも関わらず。夥しい量の血反吐が漏らし、その場に踏み止まる。
それが意地なのか、強い生存本能が働いたのかは分からない。
ただ、そこにあるのは荒い吐息を重ね合わせ、睨み合う二人だけ。
健二「アァァァァアアァァアア!!!!」
仁「キャアァァァアハッアァハッハッ!!!」
声にならない咆哮を上げ、互いの首筋にアームカッターを沿わせ、力の限り引き戻した。
噴水のように噴き上がった血を、その身に浴びながら二人の殺し合いは、差し込む日の出とともに決着した。
目覚めの悪い朝陽を浴びながら、激痛走る両目を無理やり見開いた。だが、闇の中で神経を研ぎ澄ましていた反動か、視界は白く弾け飛んでいる。
かろうじて嗅覚、聴覚、触覚だけは機能している。
辺り一帯に漂う濃厚な血の匂いを辿り、強く匂う方向を嗅ぎ分け。そこへ深々と腰を落とし、手探りで伸ばした指先に確かな感触が伝わってきた。
所々破けたポケットを探り、注射器型のインジェクターを取り出す。息をしない健二の腕へ突き立て、薬液を注射する。
仁「……跡形もなく……壊れてもおかしくない体が………こんなにも、綺麗な原型を残してるなんて……君は特別だよ」
穏やかに語りかけながら、二本、三本と薬液を注射し終え。今度は内ポケットから、ひび割れたスマホを取り出し、若干不自由な指捌きで操作する。
仁「……杉山健二……これは僕からのプレゼントだ……しばし……休息を楽しんでくれ……」
新たな傷を刻み込んだアマゾンズドライバーを下げ、人気のない道へよろよろと歩き出した。
健二がオペ室から消えて、丸一日。
昨日まで活気に溢れていた教室は、一人の少女が咽び泣く声が延々と響くだけの空間に成り果てていた。
チームお好み、もんじゃの仲間たちの半分は気を張り詰めていたせいで家に帰り、寝込んでいる。
それだけ、健二の身に起きた出来事は数多くの戦いの中でも、深い傷跡を刻んだ出来事だった。
先の見えない状況の中、イカノメは下げていた顔を上げ、両チームの仲間達の表情を見遣っていく。
唯一残ったアマゾンズドライバーを握りしめ声を押し殺し泣く者。残酷な現実に打ちひしがれ、疲れ切った者。沈黙を貫く者。
それぞれが健二に思いを馳せ、わずかな希望に縋りつきながら、この現実を乗り切ろうと踏ん張っている。
今は、これでいい。この悲しみを乗り越えれば、より一層強くなれることを、イカノメは身をもって知っている。
だが、乗り越えるには腹ごしらえは必要だ。
重い腰を上げ、机に置きっぱなしだったホットプレートの電源を入れ。サランラップがかかった、ボウルを掴む。
若干固まった生地をおたまで掻き回しながら掬い、熱気が立ち昇る鉄板へ流し込もうとした──人気のない廊下から、硬い物が床に落ちたような音が響いた。
ペリカン「この校舎……俺達以外、いないだろ」
沈黙を切り裂くように放たれた怯えの言葉に、教室の空気が張り詰める。
けれど、小百合とイカノメだけは違う。ペリカンが発した声のおかげで金縛りが解け、足音を殺しながら、引き戸へ向かっていく。
小百合が引き戸の前に立ち、イカノメが取っ手を掴んだら、一気に引いた。
──そこには、傷だらけの健二が前のめりに倒れ込んできた。
ウーチン「健二!!」
名前を叫ぶ声に、全員の体が衝動的に動いた。
ウーチンが駆け寄り、健二を支え。イカノメは即座に残った仲間へ指示を飛ばす。オジュケンはアマゾンズドライバーを投げ捨て、泣きじゃくりながら健二を抱きしめる。
オジュケン「お帰り……お帰り……」
耳元で、途切れ途切れにか細い声が届く。
健二「ただいま……」
包み込まれるような暖かい体温を感じながら、幸せな気持ちで意識を静かに手放した。
ホットプレートの上で生地が焼ける中、落雷が落ちたかのような衝撃が教室に轟いた。
カンドレ「お好み焼きで、ご飯は食わねぇんだよ!単品っておばあちゃんの時から、決まってんだよ〜!!」
テキサス「こっちだって、お好み焼きにご飯と一緒に食うってババアの時から、決まってんだッ!!!」
突然、焼きたてのお好み焼きを持った二人が、ご飯の有無をめぐって火花を散らし始めた。
周りの仲間は、ご飯論争なんてどこ吹く風。熱さに悶えながら、お好み焼き、もんじゃをほうばる。
普段通りの光景に、満身創痍の体から回復した健二は思わず笑ってしまった。心の底から。
紙一重の差でシグマの男に腹を貫かれ、長い間生死の境を彷徨った。だが目覚めた意識は本能に飲み込まれ、体がズタボロになるまで、夜明けまで戦い抜いた。
時間こそさほど経っていないが、仁からプレゼントされた薬液と大量の食べ物のお陰で、体の傷は全快した。
イカノメ「お前が笑ったの初めて見たよ」
感情に浸っていたら、向かいに座るイカノメが緩んだ笑みを浮かべ、呟いた。
オジュケン「うんうん!健二君が、心の底から笑ったの初めて見た!!」
健二「そうですね。マジ女にきてから、こんなに笑ったの初めてかもしれません」
言うと自然と笑みは深くなり、オジュケンとイカノメも釣られるように笑い出した。
イカノメ「よし!健二だけ、特別に肉四枚でお好み焼き焼いてるか」
ペリカン「ひでぇ!俺のも、肉四枚にしろよ!スーパーで安い肉教えてやった恩返し、貰ってねぇよ!!」
すかさずペリカンが鋭いツッコミを入れたら、教室が揺れるくらいの笑い声が上がった。それに釣られて、ご飯の有無について火花を散らしていた二人も、肩を振るわせ笑い始める。
解放感に満ちた中で、オジュケンが飛び上がるくらいの勢いで立ち上がり、明瞭快活に叫んだ。
オジュケン「皆んなで写真撮ろ!!」
ハンナマ「なんだよ急に、写真撮ろうって」
オジュケン「もう、細かいことは全部取っ払って、ほらほら撮ろう!!」
言い出すや否やオジュケンは手早く、人形のキーホルダーで飾られたバッグからスマホ用の小型三脚を取り出す。
それを中心の席に置いたら、端っこで文庫本を読む小百合の元まで駆け寄り、声を掛ける。
オジュケン「小百合ちゃんも、撮ろう?!」
小百合「私は……」
言い切る前に、腕を掴んで健二と一緒に引き寄せ、そのまま健二の背中に飛び乗った。
健二「おふっ!」
オジュケン「皆んなも来てよ!!」
ぞろぞろと両チームの仲間達は健二と小百合を中心に集まってくる。全員が揃ったところで、ウテナがキョトン顔で切り出した。
ウテナ「でっ誰が、写真撮るんだ?」
オジュケン「考えてなかった」
あまりにも堂々とすっとボケる姿に、健二と小百合以外の全員がずっこけかける。
CG「おいおい、タイマーセットしてから呼べよな」
いやいや言いながらも、CGはカメラアプリのタイマーを起動。カウントが始まると、急ぎ足で集団の中へ戻っていく。
秒針が進む間──両チームの仲間たちはポーズを取ったり、それに押されて転んだりと慌ただしい。
戻ってきた日常を肌で感じながら健二はカメラを真っ直ぐ見つめ、フラッシュが焚かれるその瞬間まで、不出来な笑みを浮かべ続けた。
てんやわんやだった一日は終わり。健二は満足した思いで校舎を出た頃、空はもう夕焼けに染まっていた。
マジ女からの帰り道。目の前を歩く両チームは、いまだ笑い続けている。底知れない体力に感嘆しながら、隣を歩く小百合と同じ歩調で進む。
気まずい空気の中、健二はふと横を歩く小百合の横顔を見遣る。
相変わらず硬い表情を浮かべ、近づき難い雰囲気を漂わせている。
それでも、健二は言葉を慎重に整理しながら口を開いた。
健二「ウーチンさんから聞きました。小百合さんが、あのドライバーを持って、助けてくれたって」
小百合「……あの男に、言われたんです。届けろと」
健二「そうですか」
しばし、二人の間に沈黙が流れる。
遠くの小学校から騒ぐ声が聞こえ、道路に二人の影が伸び上がっている。
健二「小百合さん、前はどこの学校に通われてたんですか?」
小百合「ユートピア嵐ヶ丘にある、私立嵐ヶ丘学園という所に通っていました」
健二「ユートピア嵐ヶ丘」
聞き慣れない地名に興味をそそられる。しかし、マジ女に帰って来てから心の中で燻らせていた考えを絞り出した。
健二「明日になったら、ここから消えるつもりです。だから、小百合さんも元いた学園に戻って欲しいんです。これ以上……アマゾンになって戦わないように」
突然、小百合は立ち止まり、澄み切った瞳で健二を見据える。そして、静かながらも力強い声で切り出す。
小百合「憎しみのあまり、母の託してくれた百合に背きました……思い出したんです。愛は力になる、仲間が居るからこそ、壊せる壁があるんだと。だから、私は健二さんと一緒に戦います」
あなたが、くれた優しさで百合を咲かせる為に──最後の言葉に続く想いはそっと心の奥にしまい込み。
黙って佇む健二の横を、歩き出したら目の前からオジュケンがかけ走ってきた。
オジュケン「健二君、小百合ちゃん、これから皆んなでボウリング行こうって話になったけど。行かない?!」
健二「そうですね、行きましょうか」
小百合も言葉を発さないが、穏やかな表情を浮かべ頷く。
オジュケン「じゃあ、レッツゴー!!」
健二「行きますよ〜!!」
背中に飛び乗り、高々と腕を上げるオジュケンを横目で見ながら健二は伸び上がる影を携え、駆け出した。