目を覚ますと...この景色も久しぶりだな。
どうやら私は死ねなかったらしい。
あの時、自分のこめかみに向けた愛銃の、その引き金を握る手は震えていた。
朧気ながらも覚えている。
生きていたいという願いを。死にたくないという恐怖を。
きっともう、能動的に自らを殺すチャンスは訪れないだろうと、覚悟を決めて撃ったつもりだったのだが、やはり私は、死にたくなかったらしい。
つい、銃口をズラしてしまったのだろう。最後の記憶にある頭部の痛みは、こめかみよりも上に感じていた。
その事実に溜息をつき、ふと壁にかかった時計を見ると時刻は深夜の1時半を示していた。
私はベッドから立ち上がり、病室の外に出る。
あ、なんかデジャブ。
...後ろ!!...良かった。誰もいないか。
「一人で何をなさっているんですか?」
「うぎゃああああ!!!」
今度は粗相をしなかった。...ちょっと危なかったけど。
「ご、ごめんなさい。驚かせてしまって...」
「はぁ、はぁ...ほんとですよ。やらかすところでした。」
後ろにいたのは鷲見さんだった。
私は大人しく病室に戻ると、鷲見さんと少し話した。
「心配したんですよ。私だけでなく、みんな。」
「えぇ...知っていますよ。だってみんな...メッセージを送ってくれていましたから。」
「意図的に既読をつけていなかったでしょう?まったく...心配させたくないからって、ブラックマーケットにまで行くだなんて。」
「心配させたくないからじゃないんですよ。」
私が即答すると鷲見さんがこちらに目を向ける。
「私は、私が心配されると、肯定されると、自分に期待してしまうから。自分に期待しないために、死ぬために、出ていった。
私は全部、自分勝手に。自分の為に。」
鷲見さんは私の言葉を聞き終わると目を閉じて静かに、緩やかに私に語りかけた。
「あなたは救助が入った時、自分の頭を自ら撃ったそうですね。...どうでしたか?」
その表情から、声色から。私の答えは既に察しているんだろう。
「...残念ながら、怖かったですよ。私は、死ねなかった。死にたくなかった。
まだ、生きていたい。」
「えぇ、そうなのでしょう。どうですか?自分は肯定できそうですか?」
「いいえ。まだ...私は私を嫌いです。消えてしまえばいいと思う。
それでも...みんなが、私の好きな人達が信じる私を、私は殺せません。」
鷲見さんは私の答えを聞くと満足そうに頷いた。
「はい。今はそれでいいんです。それで十分です。あとは、いつかきっと。あなたの好きな人が信じるあなたを、肯定してあげてください。」
「...そうなると、良いですね。」
私は私が嫌い。それは変わらない。
それでも、みんなが肯定してくれる私を、私は否定しきれない。
私はみんなを否定したいんじゃない。私が否定するのは自分だけだ。
...とは言っても私の自己中心的な考えのせいで、否定してしまった人たちもいるが。その人たちにもちゃんと謝らないとな...
それから少し話していると、病室の外から廊下を走るような音が聞こえてきた。
まあ、そうなるだろうな...
「ナナ!!」
病室の扉を大きく開けて入ってきたのはやはりというか、イチカさんだった。
「イチカさん...すみません、ご迷惑をおかけしました。
...それと...助けてくれて、ありがとうございます。」
私がそう言って頭を下げるとイチカさんが私に抱きついてくる。
「ナナ...ほんとによかった...!心配したんだよ...!もう...二度と離れないで...!」
二度とは無理じゃないかなぁ...とは思いつつも、この空気でそれを口に出すほどノンデリなつもりはない。
ふと鷲見さんのほうを見るとじとーっという効果音の付きそうな目で私を見ていた。
...いや、流石に言わないからね?言うと思ったの?
やがてイチカさんも落ち着き、以前と同じようにイチカさんも私の隣のベッドで寝ることになった。
のだが、イチカさんは自分のベッドではなく、私のベッドに入り込んできていた。
「ねぇナナ、まだ...死にたい?...消えたい?」
「...私は、まだ、消えたいと思っています。」
イチカさんは私の返答に少し寂しそうな顔をした。
でも、今はそれだけではなかった。
「それでも、みんなが信じてくれる私を、私は殺したいと思えない。...だってそれは、みんなを否定してしまうから。」
私の返答にイチカさんは少し笑って言う。
「そう...ほんの少しでも、ナナが前を向けてよかった。」
...私は前なんて向けてない。
私は今までと同じく、ひたすらに自分を否定しているだけなのだから。
「...あの、ところでなんで私のベッドに?自分の方は?」
「ナナが心配させるからだよ。もう離れないでって言ったじゃん。」
うぐっ...それを言われると弱い...
とはいえ狭いんですけど...
とは思いつつも私とイチカさんはお互いに向き合って、気がつけばぐっすりと眠っていた。
朝起きると目の前のイケメンとバッチリと目が合った。
...え、何ですか?
イチカさんは何も言わず、ただじっと私を見ていた。
その様子に私もちょっとムキになってじっとイチカさんを見つめ返す。
が、気恥しさと気まずさとその顔面の破壊力によって私はつい目を逸らしてしまった。
「...私の勝ちっすね。」
あ、やっぱそういう勝負だったのね。
イケメンに勝てるわけがないだろ!いい加減にしろ!
そう考えながら、ふと時計を見ると時間は9時半を指していた。
...9時半!?
「やばい寝坊!イチカさん遅刻!!」
焦る私をよそにイチカさんは私の様子を面白がるように見ていた。
「ナナ...今日は休みっすよ?」
「...へ?」
「ていうか、今夏休みっす。」
あ...私学校行ってなかったから感覚狂ってたのか...
「まあ、私は午後からパトロールあるんすけどね。
ナナはどうするっすか?」
「私は...早乙女委員長と蒼森先輩に謝らないと。」
私の自分勝手なわがままで、その人たちの思いを、信念を否定してしまった人たち。結局、謝れていない。いや、本当は謝る気なんてなかった。あのままブラックマーケットで過ごし、一生出会うことなく逃げるつもりだったのだろう。我ながら最低だ。
それでも、私がやりたかったのは他人の否定ではないから。それは、謝らないと。
そうでないと、私は本当に私を殺したくなってしまうから。
私が生きるために、みんなを否定しないために。謝らないと。
それから昼食を食べ、イチカさんと別れた私はまず正義実現委員会の校舎にやって来ていた。
そのまま久しぶりの校舎を進み委員長室の扉をノックする。
「入っていいぞ。」
「失礼します。早乙女委員長、お久しぶりです。」
「...ナナ、起きたのか。良かった。」
早乙女委員長は私をまっすぐと見据えつつも、どこか居心地の悪そうな表情をしていた。
「今日は、あなたに謝罪しに来ました。すみませんでした。
...あなたの信じるものを、正義を、私は否定してしまった。肯定しきれなかった。」
私の言葉に早乙女委員長が目を見開いて私を見た。
「...まさか、それが辞めた理由なのか?」
「いえ、違うんです。私が正義実現委員会を辞めたのはあの時言ったように正義に私が相応しくないから。そこは変わりません。
でも...あの時の委員長の質問に、正義の正しさを問う質問に、私は肯定を返せなかった。
正直、今も同じです。正義に私は救えなかった。でもそれは、私から正義を手放したからです。
正義が間違っているからじゃない。今日はそれを伝えにきました。」
正義は正しい。間違っていない。
人を救う気持ちは。自分を信じる気持ちは。
...間違っているのは、そう。正義を求めない私だけなのだ。
「ナナ...お前は、優しいな。」
...優しい?
「...まさか。」
「いや、お前は優しいさ。今もこうして私のために来てくれた。お前からすれば、別に私の事なんて気にする必要も無いだろう?そこを人の為に動くことができたんだ。
...正義が相応しくないだなんて言うが、お前は立派に正しいさ。
正義を背負えだなんて、私は言わない。それでも、自分の正しさくらいは、自分で認めてやれ。」
早乙女委員長は私をまっすぐと見据えてハッキリと言う。
そんなんじゃない。私は正しくなんかないんだ。
こうやってここに来たのも、自分のためだ。早乙女委員長のためじゃない。私が私を生かすために。みんなを否定したくないだけ。
それはきっと優しさなんかじゃなくて、ただの自己中心的な思いだから。私は私を肯定しない。
「私が私を認めることはありません。それでも、あなた達を否定したくない。私にはそれだけなんです。
...それでは、お時間を取らせてすみません。ありがとうございました。」
私はそう言って逃げるように委員長室を後にする。
「...そういう所が優しいんだよ。」
去り際に早乙女委員長が小さく呟いた言葉に、私は聞こえないふりをするだけだった。
次に私が訪れたのは救護騎士団の病棟。
受付で蒼森先輩と話したいと伝えると、すぐに確認してくれた。
「蒼森さんは今、診察室に居られますね。あそこの突き当たりを右に曲がって3番目の部屋です。ご案内しましょうか?」
「いえ、大丈夫です。ありがとうございます。」
言われた通りに進んでそこにあった診察室をノックすると中から「どうぞ...?」という声が聞こえてきた。
特に呼ばれてないのに誰か来たことを疑問に思ったのだろう。
「失礼します。こんにちは、蒼森先輩。」
「篠崎...ナナさん...お久しぶりです。戻られたとは聞いていましたが...」
私を見た蒼森先輩は目に見えて落ち着かなそうな表情で目を泳がせた。
あぁ...やっぱり私が、蒼森先輩の信念を否定してしまったから...
自己嫌悪に沈みそうになる思考を、それでも無理やり引き上げて私は蒼森先輩を見据える。
「今日は、これまでのことを謝罪しに来ました。
まず、申し訳ありませんでした、蒼森先輩。」
「急にどうされたのですか?謝るのは私の方で...」
「いえ、違うんです。私があなたの思いを、信念を、優しさを。私の自己中心的な考えで否定したんです。
救護を...救いをいらないと、あなたのことを考えずに。」
「ですが、それでも私にあなたを救えなかったのは事実で...」
やっぱり私のせいで、蒼森先輩は迷いを抱えているらしい。早乙女委員長は私を見てもそこまで動揺しなかった。
この迷いを、私に取り払えるかどうかは分からない。むしろ自信が無い。
それでも、他人を否定するのは私の本意ではないから。
「あなたの信じる救護を、否定したのは私です。それは、救護が間違っていたんじゃなくて、私が救いを拒否しただけなんです。
間違っていたのは私だけで。あなた方の信じるものは、正義は。救護は。
正しいんです。間違っていては、いけないんです。」
「それだと...あなたが...救われない。
私にはそれが、悲しいんです。」
蒼森先輩は悲しそうな表情をしながら俯いて小さく呟く。
確かに、正義や救護が間違っていなくても、それを拒否するのなら、その人は救われない。それは、悲しいことだ。でも、そういうものだろう。
私は救われたいんじゃない。迷惑をかけたくないのだ。
私は前を向きたいんじゃない。周りを否定したくないのだ。
私は死にたいんじゃなくて、消えたいのだ。
迷惑をかけなくていいように。否定しなくていいように。
今は、みんなが私を肯定するから、それを否定しないために私を殺さない。消えられない。
みんなが私を忘れた時、私を否定した時。私はすぐにでも私を殺すだろう。
死ぬのは怖い。生きていたい。
でも、それ以上に。
誰かを否定しなくてもいいのは。誰かに迷惑をかけなくて済むことは。
私にとってそれが一番の救いになるのだから。
「私にとっての救いは、誰とも関わらない事と同義です。それこそが、消えることで達成できるのなら。私は喜んで消えていく。
救護の正しさは、正義の正しさは、私には届かないんです。
...すみません。こんなことが言いたかったんじゃないんです。私が言いたかったのは、あなたの信じるものが正しいってことで...」
つい自分の思考を、マイナスな考えを並べてしまった。
正義を、救護を、正しいと思いつつも私はそれを欲していない。その本心が、余計なノイズとなって言葉を、思考を阻害する。
こんなんじゃ、蒼森先輩の迷いは晴れないだろう。
でも、これ以上言葉を続けようにも自己嫌悪が止まらなくなってしまった。否定を続ける脳内でどれだけ肯定を考えようとも無駄だろう。そう考えた私は、有耶無耶なままに診察室を後にすることを決めた。
「すみません...考えがまとまらなくて。でも、これ以上肯定の言葉を続けられないので...失礼します。」
そう言って私は診察室を出ていく。
扉を閉める瞬間、悔しそうに私を見つめていた蒼森先輩に、罪悪感を抱えながら。
そうやって病棟を後にした時、こめかみにAn Endを当ててみる。
手は、逆に引き金を意図せず引いてしまうんじゃないかと思うくらいに震えていた。
そこに後ろから声がかかった。
「...それがあなたの選択ですか?」
私が振り向くと、そこには浦和さんが立っていた。
「それ、とは?」
「あなたの拳銃を握る手。大きく震えていますよ。
死ぬのが怖いんでしょう?」
浦和さんは私の右手を見ながら言う。彼女は俗に言う天才。以前少し会っただけでも私の事を、心の底に抱えるものを見抜かれてしまった。
「ええ。その通りです。私は死にたくない。私を肯定してくれた人を、否定したくない。
それでも、死ぬ以外の方法で消えられるのなら。私は喜んでそれを望むでしょう。
...誰にも迷惑をかけなくていいなら、誰も否定しなくていいなら、私にとってはそれが全てですから。」
「あなたの望みがそれでも、周りの人がそれを望んでいないから...ですか。難儀なものですね。」
浦和さんは私に笑顔を向けながら言う。
「それならこういうのはどうですか?
誰かを否定したくないのなら、否定しなくていいように、みんなでみんなを肯定するんです。
誰かがあなたを否定するなら、あなたが誰かを否定するなら、他のみんなで肯定する。
みんながあなたを肯定することで、あなたが自分を否定しないのならば、それも可能では?」
「以前救護騎士団でも似たようなことを言われましたよ。...でもそんなものは夢物語でしょう。」
私がそういうと浦和さんは少し考える素振りをした後ぽつりと言う。
「楽園にたどり着きし者の真実を、証明することはできるのか...」
...?急に小難しいこと言い出すな...これだから天才は...
「私の友達が言っていました。
全てに満足のできる楽園に居る人にとっては外界と交流する必要は無いから、外の人からすれば楽園は観測できないだろうという哲学的な問いです。」
「...それが一体なんだと言うんです?」
「でも、それ以外にこうは解釈できませんか?楽園とはこの現実で、その楽園にいる私たちが、ここが楽園であると証明出来るのか、と。」
なんか頭がこんがらがってきたぞ?天才の思考を私に要求しないで欲しいものなんだが...
でも何となくわかったような...気がする。...と思う。...多分。
要はおそらく、全てに満足の行くこの世界にいる私たちは、その全てに満足できるのだろうか?ということだろう。
「そんなもの、この世界が楽園でないと破綻するような問いでしょう?答えの無い問いを証明しようとすることなんて意味の無いことでしょう。」
「えぇ、その通りです。でも、だからこそ証明の難しいものなんですよ。この問いにはきっと、この世界が楽園であって欲しいという願いが含まれています。
証明できないからこそ、そうだと願う心こそが大切だと思いませんか?」
なるほど?この世界が正しいと信じたい人による、そうだと信じるための問いってことか。
でも、この世界が正しいものだとしたら。
「...もしもこの世界が楽園であるのなら、きっと私はとっくにこの世界にいないでしょうね。」
私の望む幸福は、誰にも関わらないことなのだから。
「ふむ...そうなりますか。
私としては、楽園であればあなたはこうも苦しむ必要なんて無くなるものだと思いますが。」
「私が苦しまなくていいのなら、きっとそれは、私の為だけの楽園です。あなた達の望む世界じゃない。」
そう言って私は浦和さんに背を向けて帰路に着くのだった。
なんか最後とか頭が混乱しまくってちょっと適当になっちゃったけど、多分そういうものだよね?
「全てに満足のできる楽園だからこそ、あなたを肯定出来る夢物語が実現すると思うんですけどね...
とはいえ、この世界がそうとも限らないのもただ事実。
...難しいものですね。」
私だって、ここが楽園であればいいと、どれだけ願ったことか。
しかし現実は、そうではない。
みんな
ナナちゃんにはああ言いましたけど、私自身がそうだと信じきれていないから、彼女を説得できなかったんでしょうか?
最後の楽園の存在証明についてはネットで読み漁った考察とエデン条約編に対する私の考えも混ぜ込んだものです。色々間違ってる可能性もあるのであんまり深く考えずボケー(꒪⌓꒪)っと読んでください。
ナナの考えに一貫性を持たせるのが超ムズいっす。一回消した話の中でナナが晴れる瞬間があったせいで、私の中で晴れたナナと曇ったナナが共存してる。記憶消させて...
現状なんにも考えてないんだけど、ナナのメモロビいる?
-
いる。
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いらない。
-
どっちでもいい。