私が持ち場に着くと同時、演習開始の合図が会場全体に響き渡った。それと同時に私には目の前にある遮蔽物へと走り出した。
相手の獲物はスナイパーライフルだから、こちらを補足しやすいように高台を陣取るだろう。
だからその高台、相手側のスタート位置近くの高台にあたりをつけてそこから死角になるようにコンテナの間を通っていく。
全く、とことんこっちに不利な条件を突きつけてくれる...羽川先輩!恨みますよ!
そんなことを考えつつコンテナの影を進んでいくと、やがて演習場中央の広場が見えてきた。
ここを越えて相手側の陣地に向かおうとすると絶対にこの広場に身を晒さないといけない。
このフィールドの設計者はとことん意地が悪い人のようだ。羽川先輩とまとめて恨んでやる...
私は一瞬だけ、今潜んでいる遮蔽物の裏から身を乗り出してすぐさま戻ると、その瞬間に私がいた空間を轟音と共に飛んできた弾丸が切り裂いた。
もう既に補足されてたか。
そう考えると、私は懐からスモークグレネードをふたつ取り出すと広場に向かって投げ込んだ。(スモークグレネードはマーケットガードと戦って以降、あった方がやりやすいと思って普通のグレネードと一緒に持ち歩くようにしている。)
そして煙が十分に広がったのを確認すると数瞬置いてその煙の中へとかけ出す。するとその瞬間に煙の中に入った私のすぐ後ろを弾丸が掠めた。
あっぶねぇ!一瞬遅れてたら当たってたぞ今の...
そう考えながらも間髪入れずに私はマガジンから弾を全部取り出し、なるべく広く飛んでいくように右前に投げ出す。相手から、私が煙から飛び出したように見せるためだ。
その作戦は上手くいったようで、右側に銃弾が再び飛んできた。
私はそれを確認する前に飛び出している。
これによって私は広場を無事に通り抜けて相手側のフィールドへ入り込むことに成功したのだった。そしてそのまま潜り込んだ遮蔽物の中で思案する。
今までのいくつかの攻防だけで理解した。
静山さんは非常に優秀なスナイパーだ。
おそらく彼女は最初からやみくもに私を探すんじゃなく、必ず通らなきゃ行けない広場にあたりをつけ、そこに照準を置いていた。私が身を乗り出した一瞬だけで弾が飛んできたのはそういうことだろう。
そして煙の中に潜む私をやみくもに撃つんじゃなく、出てくる瞬間を静かに待っていた。そのまま煙から飛び出した影を動く余裕を与えずに撃ち抜いた。
今回はそれが隙に繋がったが、スナイパーの行動としてはきっと正しいだろう。
そんな優秀なスナイパーが既に数発外して居場所のバレた場所を、そのまま陣取るだろうか?
イツキだって居場所がバレたら移動するようにしていると言っていた。
私が物陰から高台を覗き込み様子を伺うと案の定、静山さんが高台を飛び降りる様子を確認できた。私はそれを確認すると、静山さんが飛んで行った方角から狙撃のやりやすそうなコンテナの積み上がった場所にあたりをつけて、今度はそこから見えないようにどんどん前へと進んでいく。
そのまま数十秒間進み続けると、やがてあたりをつけたコンテナ群の真横へとたどり着いた。
少し身を乗り出してそこを見ると、スナイパーライフルの銃口が見えた。定期的に動いているところを見るに、まだ、私がここまで接近していることには気づかず、探しているところのようだ。
それを悟った私は、少し戻って自分が先程通って来たルートにスモークグレネードを投げ込んだ。
それが爆発すると同時に同じ場所にグレネードを投げ込み、コンテナ群の真横まで走り出す。
そしてグレネードが爆発するのと同時に一気にコンテナを駆け上がるのだった。
私がコンテナを登りきった時、静山さんはまだその場を動かず、私が先程爆発した付近をスコープを覗き込んで探していた。
「...もう既にそこにはいませんよ。降参しますか?」
私がAn Endを静山さんの頭に照準を合わせながら話しかけると途端に静山さんの動きが止まった。
彼女の身体を見る限り、拳銃などのサブウェポンは所持していないようだった。もし隠し持っていたとしても、取り出す隙を晒しているうちにこっちが撃ってしまえばいい。
こうなってしまえば詰みと言っていいだろう。
そのまま降参してくれるかと思ったが、次の瞬間静山さんは一気にスナイパーライフルを旋回させて私に向けた。
「近づかれたからといって、諦めるような正義は掲げていません!」
静山さんが発砲するが、こうなってはタイミングも射線も全てがバレている。私はその1発を横に飛んで避けるとそのまま静山さんの頭に発砲しながら呟いた。
「...そうですか。」
これによって静山さんは気絶した。
こうして久しぶりの演習訓練は私の勝利で終わったのだった。
何とか勝てた...これ私が接近するか、静山さんが私に当てるかのものすごいピーキーな勝負だったじゃん...
私の実力を測る訓練としては全然間違ってない?
...それにしても。
"近づかれたからといって、諦めるような正義は掲げていません!"
彼女はほとんど詰みと言ってもいいような状況でも諦めず、最後まで"正義"を掲げて戦った。
別に私が気にするようなことではないが、正義実現委員会には、いい後輩が育っているらしい。
...途中で投げ出した私なんかとは違って。
私はそのまま演習場の入口側まで静山さんを背負って運んだ。
...静山さんは軽いのに武器がめちゃくちゃ重いんですけど。なんでこれ持ってあんな軽快に動けるんだよ...
私がそんなことを考えながら入口に到着すると、1年生達が私の周りに押し寄せてきた。
どうやら先程の戦闘で興奮しているらしい。みんな口々に色々言うからほとんど聞き取れなかったが、何やら「すごいです!」とか「かっこいいです!」とか言ってくれているらしい。
うんうん。そういう言葉は私なんかじゃなくて、イチカ辺りに向けるものだよ。
「ほらほら、みんな落ち着くっすよ!
これでナナの実力はみんな分かったっすね。それじゃあ、ナナ。これからよろしくっす!」
私はイチカの差し出してきた手を取りながら答えた。
「うん、またよろしく、イチカ。」
私たちは握手をして笑い合う。
「ナナ先輩...イチカ先輩と仲いいのかな?」「かっこいい先輩同士のカップル!?」「絶対イチナナだよ!」「エッチなのはダメ!しけぇ!」
周りの1年生がヒソヒソと話していた内容は全然聞こえなかった。
その日、私が以降トリニティ自治区で治安維持活動をするに当たって、自分の部隊を持つことになった。
最初はイチカや剣先先輩の部隊に組み込まれるのかな〜と軽く考えていたのだが、普通に考えて助っ人1人が1部隊に入り込む程度ではサポートとしてほとんど機能していないも同然だろう。
ということで私の部隊は先程戦った静山 マシロさんを筆頭に1年生9名、私を入れて合計10名からなる分隊となった。
なんでも副委員長に就任するにあたって、事務仕事と始業式で新生徒会長が長々と話していたなんたら条約(興味なかったから全然聞いていなかったのでよろしく覚えてない。)関係で他校との外交仕事が増えた羽川先輩の部隊から何人か連れてきたらしい。
元々羽川先輩の部隊という事もあって全員がスナイパーライフル持ちだった。私としては正直やりやすくはあるから嬉しい限りなのだが。
というのも私は戦う上で相手陣地に突っ込んで肉薄するし、辺りに手榴弾をばら撒くしで、アサルトライフル持ちやライトマシンガン持ちとの連携がとても難しいのだ。
ブラックマーケットでもそれでトオコやミミとの連携が上手くいかず苦労した結果、全部私がやることになったことがあったっけな...
「え〜...新しくこの分隊の隊長になった篠崎 ナナです。
よろしくお願いします。
みんなスナイパーライフル持ちに対して私は拳銃だけど、私は適当に敵に突っ込んで行って撹乱するし、みんなは撃ち漏らしを撃ってくれればいいから、正直連携のための訓練とかはいらないかなーって思ってます。
まあ一度実践をやってみて調整するような感じで考えてます。」
そんな感じでそれぞれ自己紹介を済ませてからパトロールに出向くことになった。
私たちの担当区域に到着すると早速ドンパチやってる音が聞こえてきた。
私たちは音を頼りに走って現場に向かうとヘルメット団同士の抗争らしかった。
私が早速と言わんばかりにその中に飛び込もうと1歩踏み出した瞬間。
私に向かって戦車が飛んできた。
あ...あの時の...
これは幻覚だ。過去にもこれに苦しめられたことがある。きっと私のトラウマによるものだろう。
幻覚だとわかっているのに体が硬直する。周りの時間が遅く感じる。周りの音が遠くなる。
インカムから後輩たちの私を心配するような声が聞こえてくるが、それもすぐに遠くなる。
怖い。嫌だ。死にたくない。
私の頭の中は昔のように恐怖に支配される。
この幻覚は長らく見ていなかった。それがどうして今更。
恐怖でぐちゃぐちゃになった頭の中は、それでもこの疑問に即座に答えを出した。
私は幻覚を、恐怖を、克服したんじゃない。
正義を捨てて、信頼を忘れて、思いを投げ出して、逃げていただけだ。
私は再び、背負ってしまった。
心の中では正義実現委員会ではないのだから、正義を背負う必要なんてないと思っていた。いや、言い聞かせていた。
そんな半端な覚悟で再び正義を背負って、信頼に応えようとして、思いを持ち出して。
戦場に立った。
再び幻覚が見えるのも必然的だと言えるだろう。
怖い。嫌だ。死にたくない。
私の思考は恐怖に塗りつぶされる。
それでも、私は。
怖い。"前に進まなきゃ"
嫌だ。"立ち上がらなきゃ"
死にたくない。"みんなに、イチカに、応えるために"
「あああああ!!!」
私は渾身の叫びと共に震える腕を無理やりに持ち上げてAn Endで自分のこめかみを撃ち抜いた。
それと同時に視界を埋め尽くしていた戦車が消える。音が戻ってくる。震えが止まる。
頭が痛い。割れそうだ。いっその事気絶してしまいたい。
それでも。
私が進まなきゃ、みんなを、イチカを、否定してしまう。
私を信頼してくれたみんなを。
それだけは、ダメだから。
インカムから私を心配する声が聞こえる。目の前の不良たちは急に自分の頭を撃ち抜くという奇行を見せた私に驚いている。(顔は見えなかったが、全員こちらを見て硬直しているから多分そう。)
「皆さんすみません。もう大丈夫です。」
そう言って私は懐の手榴弾のピンを抜くとそのままヘルメット団がいちばん集まっている場所に投げつける。
私の動きにハッとした不良たちは蜘蛛の子を散らすように動き出すが、ピンを抜いてから一瞬待って投げた手榴弾は退避の隙を与えずに起爆した。私はそのまま敵集団の中へと突っ込んで乱戦に持ち込む。
「皆さん、私が中心で戦うので周りをお願いします。」
簡易的に指示を出しつつ走りながら撃っては手榴弾を投げて退避する隙に他の不良を相手する。フェイントでピンを抜かずに投げた手榴弾を遅れながらに撃って起爆させ安心しきった相手に奇襲を仕掛ける。
その間にも部隊のみんなが私の射線から外れている不良や離れた場所で撃ち合っていた不良を制圧してくれたお陰で一瞬にして現場は片付いた。
私は周りの不良全員がヘイローを消して動かなくなったのを確認すると、大きく息を吐く。
「ナナ先輩!」「大丈夫ですか!?」「お怪我は!頭は!?」
後輩たちが私目掛けて走り込んできた。
あぁ...そういえば最初に自分の頭を撃ち抜いたな...と思い出すと同時についさっきまで忘れていた側頭部の痛みを自覚する。
あー、すごいじんじんする...
「あー、大丈夫です。ご心配おかけしました。すみません。」
痛いし、長引く予感がしているけどこんな自業自得な怪我でいちいち心配させていられないと、私は強がって事後処理へと移るのだった。
その後、パトロール終了の時間まで5回ほど戦闘行為があったのだが、あれ以来戦車が飛んでくるという幻覚が私を襲うことは無くなった。
これは、克服したと思っていいのだろうか?
自分でも分からないが、あの幻覚に邪魔されることがないのなら、まあ安心していいのだろう。
パトロールを終えて、学園に戻り、部隊の子達と解散したあと、イチカが私の元にやってきた。
「久しぶりのパトロールはどうだったっすか?」
正直、あまり心配させたくないから事実を言いたくはないのだが、後輩の前であれをやっちゃった以上、イチカに伝わるのも時間の問題だろうと私は諦めて、本当のことを言った。
「まあ、最悪でしたよ。また昔みたいな幻覚を見るし、自分で撃った頭はめっちゃ痛いし。」
それを聞いたイチカは目を開けて私に言う。
「ナナ。ダメだったなら無茶しないで。ツルギ先輩とハスミ先輩には私からも言うから。だから...」
「イチカ。」
続けようとするイチカを、私はまっすぐと見据えながら名前を呼んで止める。
「ごめん。無茶はする。心配もさせる。迷惑もかける。でも、やらせて。だってここで辞めたら、私はみんなの、イチカの信頼を裏切ったことになるから。
よりにもよってイチカが、私にみんなを、否定させないで欲しい。だから、お願い。」
私にとっては自分を撃ち抜くことなんかよりも、飛んでくる戦車に引き潰されることなんかよりも、あなた達を否定することの方が恐ろしいから。
頭の中ではわかっている。心の中の自分が語りかけてくる。
否定するのなんて、裏切るのなんて、今更だ。
これまで何度も裏切っておいて、今更どの面下げて。
そんなことは考えるまでもないことだ。
こんなお願いだって、結局は私のエゴだ。ここに来て私はまだ自己中心的な願いをぶつける。
本当だったら、克服できたかどうかなんて分からない。
また戦闘中に不意に恐怖を思い出してしまうかもしれない。足を引っ張ってしまうかもしれない。
それでも私は、否定したくない。
そこまで考えて、ふと思考が止まった。
みんなを、イチカを否定したくないのは、その通りだ。
それでも、
私はここに戻って来て尚、正義を背負えてなんかいないのに。
信頼に応えるなんてものは、同じ土俵にたってこそ成り立つものだ。
私にはそんな願い、相応しくない。
それでも、思ってしまった。願ってしまった。
自己嫌悪に沈む中で何とかそれを放り投げて思案する。
私が自分の願望を、消えたいという自分勝手な思いを、忘れられた時。手放せた時。
その時は、自信を持って、応えたいと、思えるのだろうか。
私はあなたの隣に、立てるのだろうか?
数瞬の思考を終えて目の前のイチカに意識を移すと、イチカは小さく微笑んで私を見ていた。
「わかった。でも、もし本当にダメだと思ったらすぐ私に言ってね。」
「...わかった。ありがと。」
私に正義は掲げられないけれど。私は正しくなんか在れないけれど。
せめて
今更ですが、本作のサブタイトルが英語の場合は、日本語よりもニュアンスや意味をより正確に伝えたいということです。
例えば今回の If I can get through my desire.
そのまま日本語にすれば、私が願いを乗り越えられたら、になります。
乗り越えるという意味の英語はget over,overcome等複数ありますが、その中でも困難を切り抜けるという意味合いの強いget throughを選びました。
願いについても、wish,hope等がある中でそれらよりも、より強く願うdesireを選びました。
英語って同じ意味を持つ単語が多かったりするんですが、ニュアンスを伝える上ではものすごく便利なんですよね。
何よりかっこいい。
現状なんにも考えてないんだけど、ナナのメモロビいる?
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いる。
-
いらない。
-
どっちでもいい。