どれくらい時間が経っただろうか?
私は未だにその場にうずくまっている。
動く体力はあるが、そんな気力がなかった。
そうしているうちに、私の元を訪れる足音がひとつ。
私はそれを聞いても、顔をあげることすらしない。
足音は私の前で止まり、言葉がひとつ降ってくる。
「"ナナ"」
男の人の、大人の声。
顔をあげなくてもわかる。先生だ。
「...何をしに来たんですか。」
返す言葉は、棘を持っている。それを気にした風もなく、先生は続ける。
「"ヴェリタスの子達に協力してもらってね。ここら一帯の監視カメラをハッキングして探してもらったんだ。...まだここにいてよかった。"」
ヴェリタスとやらは分からないが、ブラックマーケットの監視カメラをハッキングできるほどの技術力を持つ集団なのだろう。おおかたミレニアム辺りの部活だろうか。
先生もそうまでして、違法なハッキングまで利用して、私を探してくれていた。
その事実は、私を変わらず打ちのめす。
「...イチカには...」
「"まだ...言ってないよ。"」
「......そうですか。」
先生の気遣いだろうか。それとも自分の方が適任だと思ったのか。なんにせよまだイチカが知らないという事実は、私にとっては朗報だった。
「"ナナ、君はまだ、死にたいなんて思ってるの?"」
「...まさか。私はもう...いや、ずっと。死にたいだなんて思っていませんよ。」
「"そっか。"」
先生は私の返事に安心したように息を吐いた。
その動作ひとつひとつが、今の私を苦しませる。
「"でも、それならどうして?"」
「...イチカの隣に、私は立てません。
こんな...みんなを否定するばかりの私じゃ。」
「"イチカがそれを、望んでいても?"」
「はい。結局これは、私のわがままですから。」
「"そっか。...ナナは優しいね。"」
優しい?何を言うかと思えば。
ふ、と盛れた笑みは一体何に、誰に向けたものか。
「適当に肯定するのが優しさだとは限りませんよ。」
「"適当だなんて、まさか。
...ナナは自分のせいで、イチカが傷ついて欲しくないんでしょ?それは優しさ以外の何物でもないよ。"」
「...私のこの選択で、イチカが傷つくなんてことがわかりきっていても?」
分かっていた。私が姿を消すことで、イチカが傷つくことくらい。
結局これは私のわがままで。
「"それでも。ナナは自分がいなくなることよりも、自分が否定する方がイチカが傷ついてしまうと思っただけだもんね。"」
それは...事実だった。確かに私は居なくなることと、自分が傷つけることのどちらがよりイチカを傷つけるのか、それを天秤にかけた。その結果として、姿を消したのだ。
図星をつかれて、心を見透かされたようで、少し気分が悪くなる。元々最悪だと言うのに。
「だから、なんだって言うんですか?」
「"ナナ自身は、どうなの?ナナは、イチカの隣に居たくn"」
「そんなわけないでしょう!!」
つい、声を荒らげてしまった。周りに聞こえるかも、聞いた人がこっちに来てしまうかも。
そんな心配をする余裕なんて、無い。
「私は、私だってイチカの隣に立っていたい!でも...!そんなの!私には望めない!望む資格なんてない!!」
「"...友達の隣に立つのに、資格なんていらないよ。"」
「そんなことはわかってる!私は...!
私は...私が、認められない。資格なんていらなくても。...理由なんていらなくても。...どんなに願っていても。
私は、イチカを傷つける私を...認めることなんてできない。」
溢れた涙は止まらない。漏れ出る嗚咽は引かない。
吐き出してしまった思いは、とめどなく溢れ出す。
「私はただ、イチカと一緒に居たいだけなのに。
私にはそれが出来ない。こんな私なんてって、否定し続けても、死ぬ理由なんて見つからない。
ずっと無意味に、生き長らえる理由だけ並べ立てて、私は、無意味に生きていく。
...全ては虚しい。それが事実で。私にはお似合いで。
諦めて、逃げ出して、目を逸らし続けて。
こんな私なんて忘れて、イチカには幸せに生きて欲しい。」
先生は一言も発することなく、静かに私の言葉を聞いていた。
ただ、その顔にずっと、優しい笑みを浮かべて。
「"ナナはイチカが、好きなんだね。"」
「...悪いですか。」
「"まさか。むしろいい事だよ。人を好きになれるのは。でも、それをナナが我慢する必要なんてないんだよ。
もっと自分に、わがままになっていいんだよ。"」
わがままなんて、既に通してる。
「"
私の考えを見透かしたように先生が言う。
それなら、私はどうすれば。
「"イチカと一緒に居たいんでしょ?それなら、ナナが願うべきなのは、イチカだけの幸せじゃなくて...ね?"」
"
先生の言葉の先は、言われなくても分かった。
ふと、先生が手元のタブレットを1度だけ見て、再び顔を上げた。
「"それに。それを、イチカに言ったことはある?"」
「...言ったことなんてありませんよ。こんな醜い自分なんて、さらけ出したくない。」
「"それなら1度、ぶつかってみない?"」
「...は?」
「"1度、イチカと話そうよ。話してみて、ようやくわかることもあるんだよ。"」
「そんなこと...」「あるよ。」
否定しようとこぼした言葉に、被せられた。その声の主は、見なくてもわかる。何度も焦がれた声。
「...イチカ。」
「ナナ。」
こちらに歩み寄ってくるイチカは、私がいなくなったことに怒ってなんかなくて。
逃げ出したことを責めてなんかなくて。
ただただ真っ直ぐに、私を見据えている。
私はつい、目を逸らした。
「ナナ、1回話そうよ。それで、私がどれだけナナのことが好きなのかを分からせてあげる。」
「...話すことなんて、何も無い。」
「あるでしょ?」
「ない。全部私のわがままなんだから。」
自分でも頑固だとは思う。でもこれは、譲れない。私は私を、認めない。
でもきっと、イチカも諦めない。
...だから。
「どうしてもって言うなら、1度、私と戦って。」
「ナナ...」
「私を負かして。話すとしたら、それから。」
私はAn Endを構える。懐のスモークグレネードを手にする。
イチカには一度たりとも勝ったことはない。
ここで勝てるような秘策がある訳でもない。スモークグレネードも手榴弾も、拳銃の弾も、万全ではない。
勝てる見込みなんて、まったくない。
でも、本気だ。
本気で戦って、イチカに勝って、私を忘れてもらう。
この場を収めるのには、イチカも私も、納得するには、これしかないから。
「...分かった。手加減なんてしない。本気だよ。」
「...当たり前。」
お互いに武器を構えた中、張り詰めた空気が場を支配する。
先生からの静止はなく、ただ静かに見守っている。
仕掛けたのは私から。
スモークグレネードを地面の落とすと同時に横に飛んで遮蔽物に身を隠す。その瞬間、イチカも飛び出してきて私に向けて銃を撃つ。
弾丸は遮蔽物に阻まれて私には届かない。
瞬く間に広がった煙の中、イチカが目の前に飛び出してきた。
何度も戦った...訳では無いが、こういう時のイチカの癖は分かっている。最初に飛んでくるのは、右足の蹴り。私はそこに腕を入れてガードすると同時、地面の手榴弾を落とす。今回はブラフ、ピンは抜いてない。
イチカもそれを分かっているのか、後ろに飛んだ私を真っ直ぐに追ってきた。
イチカが横薙ぎに振った銃をしゃがんで避け、先程転がした手榴弾へ向けて1発。
それによって手榴弾が爆発した。
「...っ!」
イチカが背中からモロに爆発を食らって顔を歪ませた。
私は間髪入れずにイチカへ発砲、そのまま手榴弾を私とイチカの間に転がした。ピンは抜いてある。
それに気づいたイチカが後ろに飛ぶ。私をそれを確認する前から、転がした手榴弾を蹴った。
「ぐぁ...!」
手榴弾に巻き込まれたイチカが苦悶の声を漏らした。私はそのまま後ろに...未だに煙の充満する空間へと入っていった。その場で姿勢を低くしていると、イチカがこちらへと発砲。私の頭上を銃弾が通過した。
牽制射撃ばかりで、イチカが入ってくる気配はない。
それならと私はスモークグレネードを、最後のひとつを前方に投げ出した。
その瞬間、イチカがこちらに走り込んでくる。
やられた!
こちらが攻撃を仕掛けようと準備する一瞬、その一瞬の隙を疲れた私は後手にまわる。
入れられた蹴りへの反応が遅れて、ガードする前にお腹へと蹴りを入れられる。
こちらが痛みで動きが止まった数瞬を、イチカは畳み掛けてきた。銃弾、蹴り、銃弾。
私は攻撃が急所へ当たらないように体を縮こめる。
のだが、的確に痛いところをついてくるイチカの攻撃についふらついてしまった。
そうしてガードが緩くなった一瞬、頭にしっかりとイチカの蹴りが入った。
私はそれを食らって後方へと倒れた。
でも、まだだ。最後のスモークグレネードと一緒に投げた最後の手榴弾。事前に投げていたそれ。
もはや当たる確信なんてない、博打にも等しいそれが。
上から降ってくる。
ドオォォォン!!
イチカの背中に落ちて、すぐさま爆発したそれは、イチカを巻き込んで爆炎を広げた。
それでも。
「...強くなったね、ナナ。」
イチカは、立っていた。息を切らせながら、それでも立っている。
体は震えていても、倒れそうな気配は無い。
...負けた。勝てなかった。
イチカに、私を忘れさせられない。
「ナナ、これで満足?」
そんなわけ、ない。
「まだ足りないのなら、聞くよ。」
「...私は、戻ったところでみんなを肯定なんてできない。...否定するだけ。」
「私はそれでも構わない。私だけじゃない。みんなだってそう。」
イチカは私の懸念を、抱えた悩みを否定する。
イチカは私に歩み寄って、倒れたままの私を抱き寄せる。私の感触を確かめるように、強く抱き締め、離さない。
「みんなが良かったとしても、私は良くない。みんなに迷惑をかけることを、私が許容できない。」
「私たちは迷惑だなんて思わない。」
イチカは私を肯定する。
私の否定を、上から塗りつぶす。
「あなたが...あなたたちが。
...私を諦めてくれないから。私は、私を諦められなくて、苦しい。
あなたたちのせいで...私は死ねない。消えられない。」
これが私の、奥底にあった、どす黒い感情。
自分の自己嫌悪を、他人のせいにして、逃げ出すための。
自分の根底にある。私の一番醜い部分。
あぁ、出してしまった。幻滅されてもおかしくない。
私を心配して、私を探し出して、私を肯定してくれたみんなに向けた、私自身の不幸の押し付け。
「私があなたの苦しみを取り除く。」
でも、イチカは。
嫌な顔なんてひとつも無く。
「だから、私のために生きて。」
私の醜さを呑み込んで。
「私のために、
私と同じように、わがままを押し付けてくれた。
私はこの先、苦しみ続ける。
あなたがどんなに私の苦しみを取り除いてくれても、きっと無尽蔵に湧いて出てくる。
あなたにはきっと、私の苦しみは永遠に分からない。
それでも。
死にたくなんてないから。
苦しむんだとしても、
消えたくなんてないから。
分かり合えなくても、
あなたの隣に、居たいから。
あなたの為なら、苦しんでもいいと、思えるから。
「...しょうがないな...
...いいよ。イチカのために...苦しんで、もがいて、生き続けてあげる。」
だって私は。
あなたが。
大好きだから。