試合終了の合図がなり、リンネさんが私を心配するように視線を寄越しながら近づいてくる。
「ナナちゃん、どうしたの?具合悪いの?」
「いえ...」
私はあえて視線を逸らし、それ以上答えないまま、フィールドの外で待つであろう剣先先輩の元へと向かった。
「...とりあえずだな。リンネ、スナイパーとして地の利を取り続けるのはいいが、一向に相手が見つから無いのに留まり続けるのはダメだ。ほかの候補地を点々としながら探し続けろ。それに接近された場合...」
本来ならリンネさんに対する講評は私も聞くべきだろう。スナイパー側の取るべき行動が分かれば、私もそれに対する対策を立てられる。
しかし私は今、明らかに集中出来ていなかった。
「そしてナナの方だが...途中までは良かった。しかし最後は...どうしたんだ?」
「ごめんなさい...」
剣先先輩の質問には答えない。
「怒っているわけではない。ただ、何があったのかを教えて欲しいんだ。」
「ごめんなさい...」
剣先先輩はいつもと比べて明らかに優しい声で私に語りかけてくれている。今の言葉も本心からのものだろう。
しかし、私は答えない。
...答えられない。だってこんなこと、言えるわけがない。言ってしまえばきっと、正義実現委員会に居られなくなってしまう。
おそらく先輩方は私を追い出すようなことはしないだろう、優しい人達だって言うのはもうとっくに知っている。でも、私が、私の信頼を信じきれない。
追い出されるんじゃないか。そういう思考だけが今、私の中にはあった。
だからこんなこと...人を傷つけるのが怖い...
のではなく、自分が人を傷つけられるようになるのが怖いだなんてこと、言えるはずもなかった。
「...そうか。リンネ、ハル、ご苦労だった...席を外してもらえるか?」
「は、はい...」「...了解しました。」
ふたりが演習場を出ていくのを見届けた剣先先輩は私に向き直る。
「...ナナ、本当に話せないか?私で無理ならイチカや、ほかの同級生でも...話す場を設けよう。」
「...ごめんなさい。」
私はなおも答えられなかった。
ごめんなさい、剣先先輩...話せないのではなく話したくないんです。私のエゴで、私のわがままで。
迷惑をかけてなお、私はここにいたいと思ってしまっているんです。
...私がここにいる理由はこそが、一番のわがままだと言うのに。
あ...これダメだ。
我慢していたものはついに決壊し、どうやっても涙を止められなくなる。こんな私の醜い涙なんて見られたくなくて、必死に拭い続けるが、制服の袖を濡らすばかりで一向に止まる気配は無い。
「ごめんなさい...ごめんなさい...ごめんなさい...」
私の口は、鼻を啜りながら謝罪を黙々と発することしか出来ない。
剣先先輩の求める言葉はこんなものではないだろうに。
それを分かってなお、他の言葉を選べない。自分を責める思考は止むことはなく、ただただ頭を鈍らせる。
涙を拭きながらふと視界に入った剣先先輩の目は四方八方に泳いでいる。おそらく私の様子に困惑し、どうしていいのか分からないのだろう。
あぁごめんなさい、剣先先輩。
こんな私の自己中心的なわがままのせいで、困らせてしまって。
ごめんなさい、剣先先輩。
私が今泣いている理由は、あなたの期待に応えられなかった後悔でも、あなたの教えを無駄にしてしまった悲しみでも無いんです。
全部、私なんです。全部、私のエゴなんです。全部、私が悪いんです。
こんな私なんて...死んでしまえばいいのに...
それから剣先先輩は「少し待っていろ。」とだけ言ってこの場を離れた。おそらく他の人に助けを求めに行ったのだろう。
だけど私はその言葉を聞く気にはなれなかった。今何を言われようと...幻滅の言葉だろうと、励ましの言葉だろうと、きっと私には届かない。それくらいに私の負の思考の壁は分厚くなってしまっているのだ。
そして私は涙を拭いながら演習場をあとにした。
それから私は、ひたすらに歩く。全てを忘れられる場所を求めて。何も考えなくていい場所を求めて。
一向に止まらない涙を拭いながら。
途中、他の生徒が声をかけてきてくれたが、私はもはや、誰とも話したくはなかった。
私を心配する言葉に答えることはなく、そのまま知らない道に歩みを進める。
そんな中でも自己嫌悪は鳴り止むどころかその勢いを増していた。
お前みたいな自己中なんか死んでしまえ。生きる意味なんてないだろう?日頃から死にたい死にたいなんて言ってるのは口だけか?ほら、あそこに噴水があるだろう?あの中に飛び込めば死ねるぞ。ただ沈むだけでいいんだ。
私はその声に従って噴水へと歩みを進める。
そして噴水に映った自分を見てひとつ、酷い顔だなと他人事のように思う。
私はそのまま、その噴水の中へと飛び込むのだった。
苦しい。息ができない。苦しい。呼吸がしたい。苦しい。嫌だ。苦しい。生きたい。苦しい。
死にたくない!!!
気がつけば私は噴水から顔を出して一生懸命に息を吸っていた。
私は噴水から上がってそれに背を預けながらその場にうずくまる。
今、私は思ってしまった。
生きたいと。
はっきりと気づいてしまった。
死にたくないと。
もう、自覚するしか無かった。私は本当は死にたくなんかないんだと。死ぬのは怖いんだと。死ぬには後悔が多いんだと。
私が死んだ時、正義実現委員会のみんなは、剣先先輩は、イチカさんは。
果たして悲しんでくれるだろうか?
私は最後の最後まで、悲しませてしまうのだろうか?
そんなの嫌だ。
自己嫌悪に歪む思考は、その中でもはっきりと自分の思いを気づかせてくれる。
みんな私を忘れてくれればいいのに。そうしたら、憂いなく居なくなれるのだろうか?
心配させずに済むのだろうか?
そうだ、私は死にたいのではなく、
消えたいのだと。
「もうやだぁ...誰か私を、殺してよぉ...」
いつの間にか暗くなった校舎に人はおらず、私の零した呟きを拾うものはいない。
自己嫌悪はいまだ止まず、むしろ加速していく。
しかし、死という確実にそれを止められるであろう手段を失った私には、もはや蹲って耳を塞ぐことしか出来ない。
そんな私の負の思考は...
「救護!」
その言葉と共に降ってきた衝撃によって強制的に止まるのだった。
気が付くと私は救護騎士団の病室のベッドに寝かされていた。
私は働かない頭で昨日もそうだったな...とだけ考える。
壁に掛かっている時計を見ると午前3時、真夜中だ。
夜中という事もあり、そばにあるナースコールを押す気にもなれず、かと言って1度起き上がった頭は再び眠ることを許さなかった。
やがて寝ることを諦めた私はトイレを求めて廊下に出る。
うーん...雰囲気すごいな。私ホラーは苦手なんだけど...
でもトイレも行きたいし...
よし!行くk...
「起きましたか。」
「うぎゃああああ!!!」
「静かに。病院ですよ?」
脅かしてきたのはそっちじゃん!ていうか、あ......
人間の尊厳と言うやつは、案外命よりも軽いらしい。
...いや、それが普通か。
まあ、そこの比重はどうでもよくて、今私が言いたいのは...
「うぅ...この歳になってやらかすだなんて...」
「...すみません。私も不用意に話しかけてしまいました。」
はい。学校の病院で粗相をぶちかましました。
今は泣きながら後処理をしている所です。
いやー散々泣いたはずなんですけど、意外と涙って枯れないもんなんですね。
「ところで、あなたは噴水の前で一体何をしようとしていたのですか?」
「......後でいいですか?」
ちょっとさすがにこの状況にシリアスはぶち込めねぇっす。
それから後処理と着替えを済ませ再びベッドに戻った私は看護婦さん(蒼森 ミネ先輩と言うらしい。この前もこの人に診てもらったな...)と向き合う。
「それで、何をしようとしていましたか?」
「...えっと、その...黙h」「許しません。」
はっや。予想してたやん。
目力やばい。これ剣先先輩とは別物のタイプのやべー人だな...仕方ないか...
「噴水の中に飛び込んで、死のうとしてました。」
事前に予想しており、まさにその通りの返答だったのだろう。蒼森先輩は私の返答に動じることなく再び質問を飛ばしてきた。
「どうしてそのようなことを?」
「...死にたかったから。いえ、今となっては違いますね。消えたかったからです。」
「それはどうして?」
まだ深堀るのこれ?
「...私に、生きる価値がないからです。」
「人間は生きる上で必ずしも個人の価値、人生の意味を必要とはしません...とは私の持論ですが、そう言われてもですか?」
「えぇ...そんなことは既に分かっているんです。その上で言いましょう。私には、生きる価値なんてない。」
私だってこんな性格だから、考えたことはいくらでもある。人に生きる意味なんて必要なのか。
私の結論だって同じだ。人間は意味なんてなくても生きていていい。
生きていていいということは、逆に死んでも構わない。
まあ結局こんな思考は言い訳でしかない。
私はこんな言い訳をひたすらに並べて、最終的には消えたいだけなのだ。
私の返答を聞いた蒼森先輩はため息を吐いて言った。
「はぁ...重症ですね。あなたの症状は希死念慮と呼ばれています。
一般に死を求める、直接的でなくても消えたいと望んだり、永遠に眠っていたいと願うこともあるそうです。」
知っている。何も自分が特別だと思いたくてそう願っている訳じゃないのだ。今更そんな情報は何にもなりはしませんよ。
「主な治療方法として取られているのは精神療法、つまりカウンセリングです。
これ以降、あなたには定期的にカウンセリングを受けていただきます。」
「...拒否け」「ありません。」
だからはやいって。まだ言ってないじゃん。
「...カウンセリングなんかで何が変わるんですか?」
「少なくとも、心の健康維持には役立ちます。
あなたの様子を見るに、誰にも話したことは無いのでしょう?
正義実現委員会の皆さんもあなたを心配されていたのですよ?私が正義実現委員会に連絡を入れる直前まで捜索隊を組もうとしていたらしいです。」
「...そうなんですね。」
はぁ...またみんなに迷惑をかけてしまった。やっぱり私なんか...
「それです。」
「はい?」
「今心の中で自分を卑下したでしょう。それを取り除くためのカウンセリングです。
恐らくあなたは他人へ迷惑をかけることを極端に嫌う傾向にあるのでしょう。
誰にも迷惑をかけずに生きることなんて人間には不可能...とは今言ってもあなたには効かないでしょうが、今後のカウンセリングで理解してもらうとしましょう。」
うげぇ...なんか色々面倒なことになっちゃったな...
それに明日の朝を考えると今から憂鬱だ...教室でイチカさんに何を言われるか...
「また、希死念慮の治療には周囲の方のサポートも欠かせません。流石に全員とは行きませんが、どなたかあなたのことを伝えるのに希望される方はいますか?」
...は?
「今、なんて言いました?」
「希死念慮の治療には周囲の方のサポートも欠かせません。流石に全員とは行きませんが、どなたかあなたのことを伝えるのに希望される方はいますか?」
はい、完璧な復唱ありがとうございます。って違う。
誰かに話す?この事を?私のこんな気色悪い願望を?
「嫌です。」
「ダメです。」
「嫌です。」「ダメです。」「いy」「ダメです。」「」「ダメです。」
まだ言ってないだろ!!
「希死念慮とは立派な心の病です。本人がそれを望まなくとも、私にはそれを救護する義務があります。
ですので、治療は絶対、そして周囲のサポートも絶対です。」
もうこの短いやり取りで分かったことがある。
この人話聞かない。
絶対にそうだ。きっと周りも苦労しているんだろうなぁ...
「...特に希望はありません。」
「では特にあなたを心配していらした仲正 イチカさん、剣先 ツルギさん、早乙女 フタバさんの3名とします。仲正 イチカさんはクラスも同じなようですし、ちょうどいいですね。」
「え゛。ま、待ってください。イチカさんは...イチカさんだけは勘弁して下さい。私はもうイチカさんに十分貰っています。これ以上は...」
「...分かりました。私からは伝えないでおきましょう。
...最も、既に手遅れのようですが。」
蒼森先輩の言葉に私が首を傾げると、部屋の扉を開けてイチカさんが入ってきた。
「え...」
何で!?何でイチカさんがここに!?
今3時半だぞ!?
なんか今までないくらい目開いてるし!ちょっと怖い!
「私が呼びました。目を覚ましたら夜中だとしても連絡して欲しいと言われていたので。」
あんたかぁ!
イチカさんは部屋に入ってきて、呆けている私の前で止まると私に思いっきりビンタをした。
...めっちゃ痛い。
そのままイチカさんはその場に座り込んで私に抱きついて涙ながらに言った。
「なんで...頼ってくれないんすか?友達じゃないっすか!私はそんなに頼りないっすか!?」
「...ごめんなさい、イチカさん。頼りないから頼らないんじゃないんです。むしろ頼りになりすぎて、依存してしまいそうな自分が怖いんです。」
「依存すればいいじゃないっすか!私は!ナナに頼ってもらえる友人でいたいんすよ!!」
そう叫ぶイチカさんに私は咄嗟に言葉が出なかった。
「......なんでそんな出会って数日程度の人にそこまで思えるんですか?」
「時間なんて関係ないんすよ!私はナナと一緒に過ごす日々が楽しかった!...ナナは...違うんすか...?」
そんなわけが無い。私の初めての友達、一緒にいてくれた人、そんなあなたとの短いながらも大切な日々を私は否定できない。したくない。
でも、それでも...
「それでも...私の意見は変わりません。私はあなたから、これ以上貰えない。」
イチカさんは私の言葉に一瞬、目を見開くも、すぐに真っ直ぐ私を見据えて言う。
「それで良いよ。今は。
でも、勝手に私がサポートするから。絶対...頼らせるから。」
その目に、口調にイチカさんの思いを、覚悟を感じ取った私はつい、目を背けてしまうのだった。
「...一件落着...と言うにはまだ時期尚早ですが、ひとまず今日は終わりにしましょう。もうすぐ4時を回ります。仲正 イチカさんも今日はここに泊まっていって下さい。」
「わかったっす。」
あの...蒼森先輩が指さしたベッドってさっきまで私が寝てたベッドの隣なんですけど...
流石に気まずいんですけど!それなら私のベッドを変えてもらうことって...あ、無理?そうですか...
私たちはそのままベッドに横になる。
私は何となく居心地が悪くて、イチカさんとは逆の方向を向く。
「ナナ、安心していいからね。私がちゃんと、支えるから。絶対に。死にたいだなんて思わなくなるまで。」
そんな日は来るのだろうか。私にはそんな自信はない。...だから言葉も返さない。
それでもきっと、そんな日が来たら。きっとイチカと、自信を持って彼女の隣に立てているのだろう。
ナナを書く際に私が最も意識していることがあります。
それは人間臭さ。私はあえて人間臭いキャラクターとして彼女を書きました。
だから今回のような普通なら晴れてハッピーエンド、という展開でもまだまだ曇りは終わらないのです。
現実は非情なり...
現状なんにも考えてないんだけど、ナナのメモロビいる?
-
いる。
-
いらない。
-
どっちでもいい。