難易度1000の異世界生活 ――バカ騎士とポンコツ魔法使いに囲まれて――   作:晴ノ日

4 / 8
第四話 ユニークスキル【取引】

「二人とも、遅いわ! 早くしてよ!」

 

 明日の依頼が決まったところで、僕たちは眠りにつく――……わけじゃない。

 僕たちは馬小屋を出て、数多くの屋台が並ぶ大通りを歩いていた。

 

 向かう先は、野原にある川。

 そこが僕たちのお風呂場だ。

 

 僕たちの住処は馬小屋だから、もちろん風呂なんてない。

 普通なら銭湯に行って体を洗うところだけど、僕たちは一文無し。

 そんなお金はない。

 

 だから体を洗うとなれば、無料で使える川しか選択肢がなかった。

 

 僕とオオガミは「別に毎日風呂に入らなくてもいい」派なんだけど、うちのワガママお嬢がそれを許してくれない。

 まあエナは女の子だし、常に清潔でいたいのは仕方ないと思う。

 

 でも今日は、僕も風呂に入りたい気分だった。

 ゴブリンに追いかけ回されて汗臭いし、体もクタクタだ。

 早く湯船に浸かりたい。あったかいお湯で癒されたい。

 

 川で風呂なんて、とバカにできない。

 拾った壺に水を張って、エナの魔法でお湯を沸かせば、簡易的な露天風呂になる。

 周りには誰もいない。夜空も綺麗だ。

 落ち着いて体を休めるには、ちょうどいい場所だった。

 

「あぁ……腹減った」

 

 大柄な体格のわりに、ほんの少ししか食べていないオオガミが、力のない声を漏らした。

 空腹に苦しむ僕たちにとって、この大通りはあまりにも誘惑が多い。

 通りの奥までずらりと並ぶ屋台からは、肉の香ばしい匂いと、魚を炒める音がしていた。

 オオガミはよだれを垂らし、僕とエナは屋台の食材から目を離せずにいた。

 

「お願いします!」

「ごめんな……お嬢ちゃん」

 

 腹の虫を鳴らしながら歩いていると、ケーキ屋の前で、一人の女の子が店主に必死に懇願しているのが目に入った。

 

「ちゃんとお小遣い持ってきました! お願いします……!」

「だから無理なんだよ。まいったな……」

 

 何かあったのか気になって、僕たちはケーキ屋に近づいた。

 

「どうしたんだ? オッサン」

 

 オオガミが声をかけると、店主は困った顔でこちらを見て、ため息まじりに言った。

 

「ちょっと助けてくれよ」

 

 視線を女の子に向けると、彼女は小さな手をぎゅっと握りしめ、唇を噛んでいる。

 必死に涙をこらえているようだった。

 ……この子、5歳くらいかな?

 

「おい、チビ助。どうしたんだ?」

 

 オオガミが女の子に声をかけたが、巨体で強面だから、子どもにとって恐怖でしかなかった。

 

「うえ~ん、怖いよ!」

 

 女の子は即座に泣き出してしまう。

 

「うおっ! なんで泣いてるんだ? 腹でも痛いのか?」

「あんたの気色悪い顔を見て怖がってるのよ! 私に代わりなさい!」

 

 今度はエナが事情を聞こうと前に出る。

 オオガミとは違い、女の子を怖がらせないようにしゃがみ込み、視線を合わせた。

 

「どうしたのかな?」

「うえ~ん……」

「ママはいないのかな?」

「うわーん!」

 

 穏やかな声で話しかけても、女の子は泣くだけで、理由を話してくれなかった。

 まだ小さな子だ。初対面の大人に囲まれたら、怖くて当然だろう。

 それでも一向に泣き止まない様子に、エナはついに痺れを切らした。

 

「いい加減、泣き止みなさい! 女はね、泣きたいときでもそれをぐっと堪えて、強く生きないといけないのよ!」

「ちょっとエナ! そんな言い方したら、余計に泣いちゃうだけだよ!」

 

 エナは女の子の両肩を掴んで説教を始める。

 慌てて、僕は止めに入った。

 

「さて、二人とも。お風呂に行きましょう」

 

 もうどうでもよくなったのか、エナは立ち上がり、その場を離れようとする。

 

「……僕たち、女の子を泣かせただけなんだけど。関わった以上、ちゃんと話を聞いてあげようよ」

「私はこれからお風呂で忙しいの。めそめそ泣いてるガキに構ってる暇はないの」

 

 悪魔か、お前は。

 このままじゃ本当にエナが行ってしまいそうだったので、今度は僕が聞き出すことにした。

 とはいえ、本人は泣きじゃくっている状態だ。仕方なく、ケーキ屋の店主に話を聞くことにする。

 

「何かあったんですか? この子、頭を下げてたみたいですけど」

「あぁ……ケーキは売れねぇって言っても、帰ってくれなくて困ってるんだよ」

「……ちゃんとお小遣い、持ってきたのに」

「え?」

 

 女の子はそう言って、手のひらに握りしめていた小さなコインを見せた。

 確かに、この金額ならケーキのワンホールは買えるはずだ。

 

「オッサン、なんでこの子にケーキを売らねぇんだよ?」

 

 オオガミが睨みつけながら問い詰めると、店主は気まずそうに目を逸らした。

 

「し、しょうがないだろ! 俺だって売ってやりたいさ! でも、もう売るケーキがねぇんだ!」

 

 店主の言葉どおり、ショーケースの中は空っぽで、ケーキは一つも残っていなかった。

 

「だったら今から作れ」

「材料がないんだよ!」

「どうにかしろ。お前、ケーキ屋だろ?」

「そんなの無茶な!?」

 

 脅すように無理難題を突きつけるオオガミに、店主は今にも泣き出しそうになっている。

 

「じゃあ……今から材料を買ってきて、作るっていうのはどうですか? 僕、急いで行ってきます」

 

 僕が提案すると、店主は苦い顔で首を振った。

 

「いや、ダメだ……もうこんな時間だ。どこも、とっくに閉まっちまってる」

 

 どうしようもない状況だった。

 売るケーキもない。作るための材料もない。近くに他のケーキ屋もない。

 困り果てた僕と店主を前に、女の子は再び涙をこぼし始めた。

 

「ごめんね……力になれなくて。でも、明日ならケーキがあると思うよ」

「今日じゃないとダメなの!」

「どうして?」

「だって今日……お母さんの誕生日だから」

「そいつは……困ったね」

「どうしよ……お母さんに、ケーキを買ってくるって約束したのに……」

 

 その言葉に、僕は静かに目を伏せた。

 うーん。本当は、あまり自分の力を使いたくないんだけど……。

 でも、このまま放っておくのは、さすがに可哀想だ。

 覚悟を決めて、僕は微笑んだ。

 

「そっか。じゃあ、とびっきりおいしいケーキを用意しないとね」

「え?」

 

 僕が優しく肩に手を置いて声をかけると、女の子はきょとんと目を丸くした。

 ついでに、店主まで慌て出す。

 

「ちょっと待て! 材料はないって言っただろ!? どうやって作るんだよ!」

「あんたは黙って見てなさい」

「そうだ。サクに任せとけ」

 

 エナとオオガミにそう言われ、店主は渋々口を閉ざした。

 僕は女の子に目線を合わせて聞く。

 

「ねえ、どんなケーキがいい?」

 

 さっきまで泣いていた顔が、ぱっと明るくなる。

 

「イチゴがいっぱい乗ってるやつ。お母さん、それ大好きなの!」

「ショートケーキだね。よし、兄ちゃんに任せて」

 

 僕が親指を立てると、店主が呆れたように言った。

 

「おいおい、一体何をするつもりだよ?」

「僕の力を使います」

「……力?」

「ええ。あんまり自慢できるような力じゃないですけど……それじゃ、さっそく」

「……お兄ちゃん」

 

 女の子が不安そうに、僕を見上げてくる。

 そうだ。もうこの子には、僕しか頼れる人がいない。必ず成功させないと。

 安心させるように微笑んで、僕はゆっくりと女の子の頭を撫でた。

 

「ユニークスキル【取引】――イチゴがたくさん乗っているショートケーキ」

 

 巾着から一枚の硬貨を取り出し、親指で弾いて空中へ放つ。

 子供と店主が固唾を呑んで見守る中、硬貨は白く輝き始めた。

 光の粒が空中に舞い、それらが渦を描くように集まっていく。

 まるで何かを紡ぐかのように、少しずつ形を成して――。

 

「……成立」

 

 一瞬の閃光。

 次の瞬間、僕の手のひらの上には、イチゴが山ほど乗った豪華なショートケーキが現れていた。

 よし、成功だ。

 

「わぁ……!」

 

 女の子の目がぱっと輝き、一歩前に出る。

 

「な……なんだこりゃ。一瞬でケーキができやがった……」

 

 店主は目を疑うように、思わず一歩後ずさった。

 

「これで、お母さん喜ぶと思うよ」

 

 そう言って、僕はケーキを差し出す。

 小さな手で皿を受け取ると、女の子は甘い香りに目を細め、可愛い笑顔を浮かべた。

 そして頬を赤くしながら、嬉しそうに小さく呟く。

 

「……おいしそう」

「すみません。崩れないように、箱に入れてもらえませんか?」

「お、おう……そうだな」

 

 店主は慌ててケーキを箱詰めし、ついでにロウソクまで入れてくれた。

 

「お嬢ちゃん、落とさないように気をつけろよ」

「うん! お兄ちゃん、ありがとう!」

「どういたしまして。お母さん、いい誕生日になるといいね」

 

 僕がそう言うと、女の子は力強くうなずいた。

 

「うん! お母さん、きっと喜ぶ! お兄ちゃん、じゃあね!」

 

 大事そうにケーキを抱え、女の子は駆けていく。

 

「気をつけて帰るんだよ!」

 

 その後ろ姿を見送りながら、僕は軽く手を振った。――と、そこで。

 エナがハッとした顔をする。

 

「あ! ケーキ代、もらってないじゃない! 私、回収してくるわ!」

 

 子供を追いかけようとするエナの腕を、慌てて掴む。

 

「ちょっとやめてよ! せっかくのいい雰囲気が台無しじゃないか!」

「知らないわよ。あのガキに社会の厳しさを教えてあげないと! こらぁぁぁ! ケーキ代と手数料合わせて、4000ゴールド払えぇぇぇ!」

「なに、子供からぼったくろうとしてるのさ!」

「サクの言うとおりだ。そんなにごちゃごちゃ言ってると、胸だけじゃなくて器まで小さいって言われるぞ」

「胸は関係ないでしょ!」

「ほらエナ。風呂に入るんでしょ? 早く行くよ」

 

 エナが女の子から金をたかる前に、無理やり川のほうへ引きずっていく。

 その途中で、ケーキ屋の店主と目が合った。

 先ほどの不思議な光景を見ていた彼は、驚いた顔で僕をじっと見つめている。

 眉をひそめ、何か言おうとして――言葉を探すように口を閉じた。

 そして、ようやく絞り出すように問いかけてくる。

 

「……一体、あんた何者なんだ?材料もないのに、一瞬でケーキを作るなんて……まさか神様か何かか?」

「そんな大層なものじゃありませんよ。ただの未熟者(ぺーぺー)の冒険者です。すみません、騒がせてしまって。それじゃ」

 

 軽く頭を下げ、僕はオオガミと一緒にエナを運んでいった。

 

「やめなさい! サク! バカオオガミ!」

「なんで俺だけバカなんだよ!」

「本当のことだからでしょ!?」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。