難易度1000の異世界生活 ――バカ騎士とポンコツ魔法使いに囲まれて―― 作:晴ノ日
「ごめんなさい!! ごめんなさい!! うちのバカ二人が!」
僕たちは「体が冷える前に」と、シュガさんの家へ案内された。
自分たちが住んでいる家 (馬屋敷)と比べて、あまりにも大きすぎる屋敷を目の前にして、オオガミとエナは口を開けたまま固まっていた。
……いや、僕も同じだ。
財力の差に、ただただ圧倒されるしかなかった。
そして豪邸の中に通された僕たちは、全力で誠意を示す。
赤い高級ソファーに腰掛けるシュガさんを前に、エナとオオガミは正座。
僕は土下座で謝罪した。
シュガさんは「大丈夫ですよ」と穏やかに言ってくれるが、いや、大丈夫じゃないですよね? さっき気絶してましたよね?
なかなか目を覚まさなかったから、殺っちゃった?って思いましたよ。
マジで。
「ちょっとオオガミはともかく私にバカっていうのは__」
「うるさい!! てかなんで僕だけ頭下げているんだよ? 一緒に土下座してよ」
「嫌よ。そんな屈辱的なこと私はでき__」
「い・い・か・ら!」
「………分かったわよ。悪かったとは__」
「おい」
「………ごめんなさい」
僕の圧力に負けたのかエナは慣れない土下座をする。
「土下座するのは嫌」とか言っているけど、さっきから申し訳なさそうな顔をしているから罪悪感はあったみたいだ。
とりあえず、エナは謝った。あとは、
「おっさん。あんたスゲー金持ちだな。俺、びっくりしたぞ」
「びっくりしたぞ……じゃないよ!! オオガミ」
「あぁ、悪かった」
「悪かったじゃないよ!! なんだよ、そのテキトーな謝り方は!」
僕がなんとか謝罪させようと頑張ったが、シュガさんは「いやいや、いいですよ」と笑って言った。
……本当に良い人だ。
その言葉に甘えて、オオガミにこれ以上謝らせるのはやめることにした。
もう疲れた。
「ちょっと!私は土下座したのに、なんでオオガミはしないのよ!!」
しかしエナは黙っていなかった。
「あんたも土下座しなさいよ」と言いながら、オオガミの頭を床に押しつけ、無理やり土下座させる。
「やめろっ! 痛てぇ!」と抵抗するオオガミ。
もう……見苦しいからやめて。
「面白い人たちですね。さあさあ、腰を掛けてください」
僕たちは立ち上がり、高級そうなソファーに座る。
……ふかふかで座り心地がいい、はずなのに。慣れないせいか、僕は何度も座り直してしまった。
まるで美術館のような部屋に落ち着かず、ついキョロキョロと周囲を見回す。
膝ほどの高さの机、壁に飾られた絵画、そしてオオガミの鎧とは比べものにならないほどの輝きを放つ銀の鎧。
僕たちが死ぬ気で働いても、到底手に入らないような高額そうな品々が、この広い屋敷の中にずらりと並んでいた。
エナとオオガミに、目で訴える。
「絶対、触るなよ」と。
……壊したら、死ぬまで借金地獄なんだからな。
どうやらエナには伝わったらしく、「分かってるわよ」と小声で返してくる。
一方のオオガミは、「あの剣、かっけぇ……」と独り言。
……オオガミは要注意だな。
「マルトトーゼ君。お客様にお茶を」
シュガさんが扉の方へ声をかけると、軽いノック音がした。
次の瞬間、きっちり正装した男性が、紅茶とクッキーを運んでくる。
……執事もいるのかよ。
ということは、メイドさんもいるのか?
そんなことを考えながら視線をさまよわせていると、「お待たせしました」と言って、紅茶とクッキーが机の上に置かれた。
ティーカップ一つでも、いったいどれくらいの値段がするんだろう。
これ一個で、今月の家賃が払えたりしないよな……?
オオガミとエナを見ると、二人とも嬉しそうな顔で、真っ先にクッキーへ手を伸ばしていた。
警戒する様子はまったくない。
まあ、ふかし芋食べて以来、何も口にしていなかったんだから、お腹が空いているのは分かるけど。
……でも、気をつけてくれよ。
「サク、このクッキー美味しいわよ。早く食べないと、すぐ無くなっちゃうわ」
「分かったから。食べるとき、気をつけてよ」
エナが小声で話しかけてきたので、僕もシュガさんに聞こえないよう、小さく返事をする。
――僕の分も残してくれよな。
心の中でそう呟いてから、改めてシュガさんの顔を見た。
「すみません。それじゃ依頼の話をしましょう」
「はい………これを見てください」
シュガさんが見せたのは一枚の写真だった。女の子の写真だ。僕はこの女の子を見たことがある。エナが持ってきた依頼書、そこに載っていた女の子だ。
「依頼書で見たと思いますが、この娘がリシアです。娘を私のもとに連れて帰るのが今回お願いしたい依頼です」
写真に映っている女の子、リシアちゃんは手を広げ楽しそうに走り回っている。おそらくその瞬間をシュガさんが撮ったんだろう。
周りに咲いている花たちに負けないぐらい、明るく躍動感のある写真である。
「妻が早く逝ってしまって私一人で育てた娘なのですが、お恥ずかしいことにリシアと喧嘩してしまって………リシアが出て行ってしまったんです。それきりリシアは帰ってこなくて………」
「家出ということですか……でも依頼書には誘拐されたと書いていますけど?」
シュガさんは机上にくしゃくしゃになっている一枚の紙を置いた。僕はそれを受け取って一枚の紙を見る。エナも横から覗いていた。
『パパたすけて』と手紙にはその一言が書かれていた。
「リシアが家出してから5日経ったときに。私のところに届いた手紙です」
「パパ……これは娘さんが書いたものに間違いないですか?」
「はい、間違いなくリシアの文字です。今この手紙がどこから送られたものか調べていますが……まだリシアは見つかっていません」
「……そうですか。それでは娘さんを連れ去った犯人もまだ分かっていない状態ですか」
「……はい。まだ犯人も分かっていません。ですが心当たりがあります。リシアを攫った犯人はイルム団だと思います」
「イルム団?」
「イルム団というのは子供を攫い、その子供を奴隷商人に売さばいて大金を儲けている悪徳な組織です。街を転々としながら子供を連れ攫っているのですが、最近ランシャにイルム団の目撃情報がありまして………その目撃情報があって以来ランシャでも子供がいなくなる事件が多発しています」
「なるほど、確かにイルム団という組織が娘さんを連れ去った可能性が高いですね」
「はい。なので何か有益な情報を知るために町総出でイルム団を探しているのですが、今ランシャは季節外れの雪が降っていて捜索は難航している状態です」
僕は手紙と依頼書にじっくり目を通す。そして息を吐く。
多数の行方不明者、誘拐、子供売買………
イルム団………なんだか恐ろしい集団が絡んでいるな。
「ちなみに娘さんはどのくらい帰っていないですか?」
「もう家出してから3週間が経ちます」
シュガさんの回答を聞いた時、僕の表情は険しくなった。なんとか反応しようと会津を口に出したが「……そうですか」と弱弱しい声が出てしまった。
隣を見ると、エナも表情を曇らせていた。僕とエナが思っていることは一緒だろう。
リシアちゃんはもうダメかもしれない
「いなくなってから3週間経った」と聞かされた時、僕は最悪な状況が脳内に浮かんだ。
もしリシアちゃんがイルム団に誘拐された場合、もうとっくに奴隷商人に売り飛ばされているだろう。
仮に誘拐されてないとしても、ランシャは異常現象によって雪が降り続けている。
ランシャの天気を調べたところ、外出を禁止されるほどの大寒波がやってきたようだ。
吹雪く極寒の地で、女の子が一人で生きるのは無理。何かしら奇跡が起きない限り無理だ。
「………」
僕とエナは迷っていた。
シュガさんには申し訳ないが………この依頼は成功しない。
今僕たちは生きているかも分からない女の子を探そうとしている。それに行方不明者が多く出ている。この依頼を受けて良いのか?
僕は考える。
部屋の中は沈黙。
しばらくした後、シュガさんの口が動く。
「本当は分かっているんです……もうダメっていうことは。でも……」
シュガさんの声が震えている。
「娘なんだ!! 私の唯一の家族なんだ!! 簡単に諦めきれるわけないでしょ………」
シュガさんの目から涙が流れる。
僕は何も言えなかった。エナもそうだ。
喧嘩して娘がいなくなってからシュガさんは辛い思いをしている。不安で押しつぶされそうになっているだろう。
それはシュガさんが娘のことを本当に愛しているからだろう。
「お願いします………リシアを………娘を助けてください」
シュガさんは頭を深く下げる。
助けてあげたい。
どうにかしてあげたいと思うんだが、『リシアちゃんももうこの世にいないかもしれない』という考えが邪魔して、なかなか言葉が出ない。
依頼を受けた方がいいのか? 断った方がいいのか? どうすれば正しいのか僕には分からなかった。
シュガさんを見ると、体を震わせて頭を下げている。
悩む僕。だけどこのバカは違った。
「おっさん。俺たちに任せけ!」
立ち上がって胸を叩くオオガミ。
「へへへっ」と笑うオオガミにエナは睨みながら怒鳴る。
「あんた!! 任せるって……さっきの話理解できているの!?そんな簡単に引き受けていいもんじゃないのよ!」
「安心しな俺めちゃくちゃ強ぇから」
「強いとかそういう問題じゃないのよ!! このバカ! やっぱり理解できていないじゃない!」
「あ? 理解してるぞ!とりあえずそのイルム団を見つけ出してぶっ飛ばせばいいんだろ?簡単じゃないか!……おいサク、何つまんねえ顔しているんだ?そんなんじゃリシアちゃんを助けられねぇぞ!おっさんも何が「ダメ」なんだよ?俺様が来たんだ絶対リシアちゃんを連れて帰るからよ!」
オオガミはニコッと笑う。その姿に感銘を受けたシュガさんは「ありがとうございます」と泣きながら感謝していた。
エナを見ると「そんな約束しちゃって」とため息をついていた。しかし晴れやかな顔をしている。
僕も喝を入れられて目が覚めた。オオガミの言う通り初めから「この世にいない」とか思っていたらリシアちゃんは助けられない。
僕たちはやれることだけをやろう。
「何泣いているだよ おっさん! 腹でも痛いのか?ならさっさとトイレに行ったほうがいいぞ」
今回はオオガミに助けられた。