難易度1000の異世界生活 ――バカ騎士とポンコツ魔法使いに囲まれて―― 作:晴ノ日
「お客様、お待たせいたしました」
マルトトーゼさんと話からしばらくして、僕たちはランシャから少し離れた場所に移動した。人通りが少ない、雪景色が広がっている場所に。
そこにはマルトトーゼさんの他に武装した男性がいた。おそらくこの人がこれから僕たちが戦う狩人だろう。
厚着していても分かる屈強な身体、逞しすぎる広い肩幅にごくりと唾を飲む。右頬につけられている傷を見て、この人が「腕利きの狩人」っていうことに納得してしまった。
「ねぇ、このハゲのおじさんが私たちの相手なの?」
突然失礼極まりないことを言う
「おっしゃる通り。この方が今から戦っていただく狩人のデルタ様です。デルタ様は私が知る中では町一番の狩人、彼が放つ矢は必ず獲物に当たり、自慢の腕力で獲物の息の根を止める。以前、デルタ様は畑を荒らしていた体長4メートルを超える巨大猪を狩って、町の不作の危機から救ってくれました」
「4メートルを超える猪……すごいですね」
「ええ。ですのでお客様が戦うには十分過ぎる相手です。お客様にはデルタ様と戦って打ち負かしてください。そうすれば私はお客様を信用し、安心してご主人様の依頼を任せられます」
マルトトーゼさんは眼鏡をくぃっとかけなおす。
「相手を殺さなければ魔法を使っても構いません。それに町長にはしばらくここに人を近寄らせないように言っておりますので遠慮なく暴れてください……デルタ様は全力で戦いますので、お客様も全力で戦ってください」
「分かったけど。相手はこのハゲのおじさんだけなの? 私たちは3人なのよ? あっという間に倒しちゃうわ」
「はい。デルタ様一人です。先ほどおっしゃいましたが、巨大猪を狩猟した一流の狩人です。油断していると痛い目に遭いますよ」
「いいわ! 私の魔法でさっさと終わらせてあげるわ」
僕たちは狩人のデルタさんと距離をとる。
デルタ様さんも僕たちから離れ、マルトトーゼさんも少し遠くで見届ける。
オオガミは盾と剣を構える。エナもいつ襲われてもいいように相手を睨んで警戒態勢に入る。
僕も持ってきた武器を構える。聖剣(ニセモノ)を。
「ねぇ、まだそのガラクタ使っているの?さっさと捨てちゃいなさいよ。偽物なんだし」
「ダメだよ。せっかく5万ゴールドで買ったんだ。剣が錆びるまで使わないと」
「そうだぞ。これは英雄が使っていた幻の剣、聖剣なんだ!捨てるなんてバカがやることだぞ。バカエナ」
「……ねえサク、このバカ殴っていいかしら?」
「……ダメだよ。僕の相手は
怒りで握りしめた拳を震わせているエナ。それをなんとか落ち着かせる。
ちなみにまだオオガミはこれが本物の聖剣だと思い込んでいる。いくら「これは偽物だ」と説明したけど、まったく信じてくれなかったので、面倒くさくなってしまった。
「それでは開始します……はじめっ!」
「ふんっ!」
「……っ!」
マルトトーゼさんの開始の合図で、デルタさんは一目散にエナに突進。巨大な外見には想像もつかない敏捷さにエナは反応できなかった。
避けられずに直撃。体重差もかなりある。なので軽い彼女は吹っ飛んでしまった。
エナは宙を舞い、雪が積もった地面に倒れてしまう。
今度は僕たちに攻撃がくると思ったが、デルタさんは僕らのことは目もくれず、飛ばされ転倒してしまったエナに追い打ちをかける。
屈強な身体が高く跳躍。そして無防備の彼女を狙って落下する。
「エナ!危ないっ!避けてっ!」
「……くっ!」
このままだと潰される。エナは無理矢理身体を起こして、すぐに横に飛ぶ。
デルタさんがどしんっ!と地面に着いたとき、エナは踏み潰されることはなかったが、雪にダイブしたので彼女の顔は雪に突っ込んでいた。頭には雪が積もっている。
「……ぷはっ!ちょっとあんた!なんで私ばっかり狙うのよっ!狙うならあの男どもを狙いなさいよ!もしかして私のことが好きなの!?構ってほしいの!?」
エナはぷんすかと怒る。最低なことに僕たちのほうを指さして「狙え」と誘導しているし。
「複数の獲物を狩る時はまず狩りやすい獲物を狙うのが基本だ」
「なによ!?その言い方だと私が狩りやすい獲物みたいじゃない!?」
「そうだ、お前は女。力はあそこの奴らとは比べて劣っている。それにお前みたいな魔法を使って戦う者は体術を苦手とする。距離を詰めて戦えば俺のほうが有利になる」
「なんですって~!?随分なめられたものね。上等じゃない!」
エナは立ち上がり、次の攻撃に備える。
「安心しろ、殺しはしない……」
デルタさんは踏み込み、拳を振りかぶる。
地面には雪が積もっていて動きにくいはずなのに、それをものともせずに一瞬でエナと間合いを詰めた。
「あと俺はハゲではないスキンヘッドだ」
殴る前にそんな一言を発した。
あ、気にしていたんですね。エナに「ハゲのおじさん」って言われたこと。
すみません。この子は平気で人の悪口を言うんです。こっちが「貧乳」とか言うとブチ切れるくせにたち悪いですよね。
デルタさんは素早く強烈な一撃を放つ。エナは回避する時間もなく受けるしかなかった。
「……なに!?」
殴った後、デルタさんは一瞬何が起こっているのか分からないだろう。
だって繰り出した拳が彼女の片手だけ止められたのだから。
これには遠くで見ていたマルトトーゼさんも驚いた。
「その程度? もっと全力でかかってきなさいよ」
「……っ!」
さっきまで冷静沈着だったデルタさんは顔色を変える。
まずいと危機を感じて急いで拳を引こうとするが、エナの握力が拳を離さない。
確かに魔法使いは体術が苦手だ。だから距離を詰めれば有利に戦える。
だけどエナは違う。
エナは魔法が苦手で怪力な魔法使いだ。
僕たちパーティーの中で一番力があるのはオオガミじゃない彼女だ。たぶんデルタさんより力はあると思う。
「覚えときなさい。優秀な魔法使いは体術も優秀なの」
「くっ……!! 何かの魔法か?」
彼女の細い二の腕には考えられない怪力に、デルタさんは魔法だと疑う。
「違うわ。フツーに腕力よ。そういえばあんたも自信があるらしいけど、見た感じ私のほうが上みたい」
「俺が力で負けるとは……まさかお前は熊なのか?」
「誰が熊よ!」
「くはっ……!」
エナは拳を止めたまま反撃を繰り出す。
固く握られたパンチはそのままデルタさんの腹部に食い込む。
直撃した一撃は強烈で巨体が飛んでいき、デルタさんは仰向けに大の字で倒れた。
「二度と私をなめないことね」