しかし、末期の兵士が高橋一等兵は戦場でそれを佐藤二等兵に託し、死にゆく中で奇跡が起きる。
水晶は砕け、十字架だけが残った。
今、異常物体はただ「待っている」だけなのか──?
また、この作品は、SCPをほとんど知らない時期に思いついた原案を、SCP財団の報告書形式として文字に起こしたものです。
処女作ですが、温かい目で見ていただければ本当に嬉しいです。
収容区分: 未確定(低〜中と推定)準危険異常物体(暫定的に再分類審査中)/装身具型
特別収容プロトコル(改正前、要約): ARC-1092は標準保管ロッカーに保管する。実験時以外での生命体との直接接触を避け、移送、点検時は交代制で24時間以上の継続所持を禁止する。
異常性変異を受けて、特別収容プロトコルが改正されました。今後は以下の手順に従って収容して下さい。
特別収容プロトコル(改正後): ARC-1092はサイト-██の地下第4隔離区画に設置された単独収容セルにて保管されます。ただし、収容セルは以下の条件を満たすものに限定します。
・外部からの視認を防ぐための完全遮光構造を有する
・電磁的、魔術的干渉を遮断する多層隔壁が設置されている
・室内への立ち入りは二重認証を必須とし、内部の状況を定期的に記録、保存するシステムを有する
ARC-1092は常に非装着状態で、内張に生体反応遮断材を用いた密閉容器に保管されます。当該容器は生命活動、魔力、霊力を持たない素材のみで構成されるものに限定されます。また、容器内部は常に真空状態を維持し、容器外環境は常温に保たれるよう管理して下さい。
以下の行為はARC評議会の規定によって禁止されています。
・ARC-1092を人体に装着する行為
・素肌で直接接触する行為
・30秒以上至近距離で視認し続ける行為
ただし、やむを得ない、またはARC評議会の承認が下りているという状況下においては、以下の装備を必須とします。
・生命反応遮断加工を施した専用防護手袋
・心拍数、脳波、霊力、魔力を同時測定可能な生体監視装置
・交代要員を含む最低2名以上での作業体制
ARC-1092の状態確認は、月1回に限定して実施されます。点検時に確認する必須項目は以下の通りです。
・水晶部分の有無及び形状変化
・内部の十字架の視認確認
・容器内部でのエネルギー残留反応
異常が確認された場合は、直ちに収容セルを封鎖し、████博士を含む指定研究者以外の立ち入りを禁止します。
異常性変異を受けて、以下の指針が追加されました。
・ARC-1092は、装着者の意思、覚悟の状態によって挙動が変化する可能性が示唆されている
・数値化、制御を目的とした実験は異常性の本質を誤認させる危険がある
・「志願」「末期状態」「自己犠牲」を理由とした装着許可は、倫理的判断として無効である
これらの理由から、今後ARC-1092を用いた全ての実験はARC評議会全会一致の承認がない限り禁止されます。
説明: ARC-1092は大きさ約4.5cmの薄い水色の水晶が付いた首飾りです。水晶の中には未知の金属で作られたと思われる小さな十字架が埋め込まれています。しかし、埋め込まれたような跡が一切なく、どうやって埋め込んだのかは未だに解明されていません。
現在、ARC-1092は装着者の生命力を吸収し、水晶内部に貯蓄することが判明しています。貯蓄量の上限は現在まで判明していません。ARC-1092は装着者の生命活動に影響を及ぼす可能性が示唆されていますが、その影響は緩慢かつ直ちに致死的でないと考えられるため、一般的な医療管理下で把握可能な範囲に留まると判断されました。詳細は下記の実験記録を参照して下さい。現在ARC-1092は突如として異常性変異を生じさせる可能性が示唆されています。変異した異常性の詳細は補遺1を参照して下さい。
発見経緯: ARC-1092は19██/██/██、日本国内██県██市郊外に存在した廃教会跡地より機関によって回収されました。
当該地点では当時行方不明となっていた住民3名が発見されており、住民はいずれも心肺停止、外傷なしで発見され、██県警は集団自殺または儀式的殺害の疑いを視野に入れ、現場検証が進行中でした。機関は警察の捜査を無視して本事件に介入、祭壇中央に安置されていた木製箱からARC-1092を回収しました。回収時、ARC-1092は淡い水色の発光を示しており、水晶内部の十字架は肉眼で明瞭に視認可能でした。
現場の祭壇裏及び崩落前の壁面には、以下の文言が刻まれていたことが回収班の記録映像によって確認されています。
・「その命を 己のために使うな」
・「生き残る者は 選ばれるのではない」
・「背負う覚悟を持つ者こそ これを負え」
尚、ARC-1092の回収に参加した隊員のうち数名がARC-1092回収後数分以内に以下の症状を訴えました。
・急激な倦怠感
・心拍数の一時的な低下
・胸部が締め付けられるような感覚
これらの症状はいずれも短期間で回復しました。
ARC-1092回収後、機関は以下の措置を実施しました。
・教会跡地の一部の意図的な爆破、焼失
・現場に居合わせた警察官7名の記憶処理
・遺体3名の回収及び機関への移送
・警察内部記録、検視記録への不正介入
・当該事件を「老朽化した建物の崩落事故」とした虚偽情報の流布
結果として、警察側はARC-1092の存在を確認することなく、事件を未解決のまま処理することとなりました。
以下は異常性変異以前の実験の記録(一部抜粋)です。
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実験記録1092-02 - 日付: 19██/██/██
対象: ARC-1092、C-5301
実施方法: 肉体年齢34歳のC-5301にARC-1092を与え、PTIDにより5年間を1年と1ヶ月に短縮した上で肌身離さず身につけてもらい、医師による定期的な診断を実施する。
結果: 実施後、C-5301の肉体年齢は41歳であった。
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実験記録1092-03 - 日付: 19██/██/██
対象: ARC-1092、C-2908
実施方法: 肉体年齢18歳のC-2908にARC-1092を与え、PTIDにより10年間を2年間と2ヶ月に短縮した上で、肌身離さず身につけてもらい、医師による定期的な診断を実施する。
結果: 実施後、C-2908の肉体年齢は30歳であった。
追記: 実験終了から一週間後、C-2908が職員寮の自室で死亡していた。C-2908に目立った外傷はなかったが、C-2908に装着していた魔力量測定装置を解析したところ、死亡直前に魔力量が大幅に減少していることが判明した。C-2908は実験後、強い倦怠感を訴えていたため、自室にて休養を取っていた。また、C-2908の同僚によると「たまにぼ〜っとしたと思ったら、突然訳のわからないことを呟いている時があった」という証言があった。このことから、ARC-1092には未判明の異常性を有する可能性が示唆されている。
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補遺1: ████博士によるより詳細な研究及び実験により異常性が変異し、ARC-1092が装着者の魔力、霊力を吸収する異常性を示しました*1。また、その際ARC-1092を装着者の魔力、霊力と同時に、変異前と比較して生命力を著しく吸収することが判明しました。そのため、ARC-1092は装着者の生命活動に致命的な影響を及ぼし得る可能性があります。これを受けて、ARC-1092の特別収容プロトコルの改正と新たに特記事項の追加がなされました。
以下は異常性変異後、ARC評議会全会一致の承認が下りた実験の記録です。
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実験記録1092-BB-01 - 日付: 20██/██/██
対象: ARC-1092、高橋一等兵
実施方法: ARC-1092の装着を志願した高橋一等兵にARC-1092を無期限に装着させ、医師による定期的な診断を実施する。尚、高橋一等兵は実験開始前時点で末期癌を患っており、高橋一等兵にはARC-1092の異常性を既に説明済みである*2。
結果: 高橋一等兵の殉職により、実験を中止した。詳細は補遺2に記載。
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補遺2: 20██/██/██、ARC-████の再収容を目的に派遣した部隊が壊滅しました。その際、高橋一等兵が佐藤二等兵を庇って殉職しました。また、高橋一等兵は死亡直前、佐藤二等兵にARC-1092を譲渡していました。
実験中止後、帰還した佐藤二等兵をすぐに拘束し、ARC-1092の影響下にあるかどうかの試験が実施されましたが、ARC-1092の異常性が消失していることが判明しました。
佐藤一等兵(現時点で昇格済)が未だARC-1092の影響下にある可能性と彼自身の意思を考慮し、実験対象を佐藤一等兵に変更し、実験を引き続き実施することが決定しました。
以下は高橋一等兵死亡直前の音声記録ログです。記録媒体は高橋一等兵個人携行通信機であり、部隊壊滅後、現場清掃中に残骸の中から回収されました。
本ログではノイズ除去、断片補完処理が施されています。また、一部生命反応の急激な低下と同期して異常な音声の歪みが発生しています。
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音声記録ログ1092-BB-01 - 記録日時: 20██/██/██ 10:47
[音声ログ開始]
(激しい銃声、金属音。息切れ)
高橋: クソッ、通信が⋯⋯
(遠方で爆発音)
佐藤: 先輩! 交代してください! 右腕、血が——!
高橋: いい、いいから⋯⋯クソッ、伏せろッ!
(大きな爆発音。肉体への衝撃音、呻き声)
高橋: 直撃、か。⋯⋯ハハ、耳鳴りがひでぇ。だが、まだなんとか生きてるか。
(遠くからの咆哮、断続的な爆発音)
高橋: 佐藤、無事⋯⋯じゃないな。だが、生きているなら、それでいい。
佐藤: 自分は軽傷です! でも、先輩は——
(布擦れの音、呻き声)
佐藤: 先輩、動かないで! すぐに医療班へ——
高橋: ダメだ。
佐藤: なんで⋯⋯!
高橋: 自分の身体は、自分が一番良く知ってる⋯⋯最初は、ただの実験だと思ってた。すぐにでも死ぬ身体だ。こんな俺でも、使い道があるなら、それでいいって。
(銃声、警告音)
高橋: ⋯⋯でも、お前を見てたら、な——
(呻きながらも、ARC-1092を外そうとする音)
佐藤: 先輩、まさか——
高橋: 正直言って、コレが本当は何をするものなのか、あんまよく分かってなかったんだ。(マスク越しに咳き込む音)でも、今ならわかる気がする。
(ARC-1092を外す音、音声の歪みを確認)
佐藤: 先輩⁈ 危険です!
高橋: 危険? 今更だろ。それに、今の俺にコレは必要ないしな。(呼吸が乱れる)理屈は分からん、が⋯⋯こういうのは生きるやつが、持つべきなんだろう。
(ARC-1092を手渡す音、警告音)
高橋: 俺は⋯⋯ここまでだ。だが、お前はまだ⋯⋯行ける。だから——
(大きな咆哮、衝撃音)
(生命反応消失。心拍停止)
[音声ログ終了]
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補遺3: 20██/██/██、████の討伐を目的に派遣した部隊が全滅しました。その後、遺体の確認中、佐藤一等兵が突如として生命活動を再開しました。また、生命活動が再開した際、身体の欠損が完全に再生されていることが確認されました。
その後ARC-1092を確認したところ、水晶部分が消失していることが確認されました。また調査の結果、ARC-1092が異常性を示していることが判明しました。この異常性は生命力のみを吸収するものであり、変異前と一致していました。
以下は、佐藤一等兵が一度死亡し、生命活動を再開した後に実施されたインタビュー記録です。対象は精神的に不安定である可能性を考慮し、医療班による監視の下で行われました。
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インタビュー記録1092-BB-04 - 日付: 20██/██/██
対象: 佐藤一等兵
実施者: ████博士
[記録開始]
博士: 体調はどうですか、佐藤一等兵。
佐藤: 正直なところ、分かりません。息はできるし、心臓も動いている。でも「生きている感覚」が、以前と同じかと言われると⋯⋯
博士: 違和感がある、と?
佐藤: ええ。でも、痛みだったり、不調だったりとは違うんです。例えるなら⋯⋯そう、一度完全に空になった器に、もう一度水を注がれたような。そんな感じだと思います。
博士: ⋯⋯死亡した時の、記憶はありますか。
佐藤: はい。ヤツに致命傷を与えられて、「あぁ、死ぬんだなぁ」と。そんな漠然とした感じでした。恐怖は不思議となかったです。
博士: その後は?
佐藤: 暗闇に、いやでも、少し赤かったかな⋯⋯そんな感じの空間にいました。
博士: そこは何もない空間でしたか?
佐藤: ⋯⋯いえ、もう一人、いました。(心拍数の上昇を確認)
博士: それは、誰ですか?
佐藤: (沈黙)
博士: 無理はしなくても大丈夫です。ゆっくり、落ち着いて。
佐藤: (深呼吸)⋯⋯高橋一等兵です。
博士: 彼は——
佐藤: ⋯⋯磔にされていました。でも、苦しそうな顔はしてなくて、僕の姿を見て「よお」と。いつもの様に、あっけらかんとした様子で。
博士: いつもと様子が違う様には見受けられなかったと。
佐藤: はい。それで、先輩は、言ったんです。「お前、生きたいか?」って。
博士: それで、貴方は⋯⋯
佐藤: 答えることができませんでした。だって、何となく分かってしまったから。
博士: それは?
佐藤: 僕は、気が付けば槍を握っていたんです。僕は先輩を刺さないと、ここから出られないんだなって。
博士: ⋯⋯でも、あなたは戻ってきた。
佐藤: ⋯⋯はい。でも、刺した感覚はほとんどなくて、代わりに、先輩の想いが伝わってきました。
博士: 具体的にどんな想いかは分かりましたか?
佐藤: 「もう大丈夫だ。次は、お前が生きろ」と。こんな感じだと思います。
博士: なるほど⋯⋯では、ARC-1092について、あなたが考えている認識は?
佐藤: あれは、首飾りじゃない。少なくともただの道具じゃない。
博士: それは、つまり?
佐藤: あれは命を奪うものじゃない。命を——預かっているんだ。
博士: 預かる?
佐藤: はい。無駄に使われた命は、ただ吸われて終わる。だけど、先輩は⋯⋯自分の命を、誰か、というより僕のために使った。
博士: だから、あなたは生き返ったと。
佐藤: はい⋯⋯でも、僕は選ばれたんじゃない。「残された」だけです。
博士: ⋯⋯水晶が消失した件について、何か心当たりはありますか?
佐藤: あります。その後、視界が真っ暗になって⋯⋯同時に、胸が⋯⋯酷く熱かった。何かが砕ける音がして、次の瞬間、息ができた。
博士: 十字架については?
佐藤: あれは残るべきものです。多分、あれは「約束」だから。
博士: 約束とは?
佐藤: 「誰かのために死ぬ覚悟があるならば、誰かのために生き続けろ」⋯⋯先輩が、最期に言っていた言葉です。
博士: 最後に⋯⋯これは無理に答える必要はありません。あなたは再びARC-1092を装着する意思はありますか?
佐藤: ⋯⋯いいえ。
博士: ⋯⋯何か理由は?
佐藤: あれは、覚悟が完成した時にだけ意味を持つ。今の僕には、重すぎる。身につけたら、僕はまた逃げ続けてしまう。先輩の命を、道具にしてしまう。
博士: ——分かりました。以上でインタビューを終了します。
佐藤: ありがとうございました。
[記録終了]
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最終注記: ARC-1092が現行の収容体制において完全に無効化されているとは断言できない限り、特別収容プロトコルの改正は行われません。
特に以下の仮説が否定できない点に留意して下さい。
・ARC-1092は「装着される」ことで機能するのではなく、「受け入れられる」ことで起動する可能性
・収容とは、異常性を抑え込んでいるのではなく、単に発動条件を満たしていない状態に過ぎない可能性
この仮説が正しい場合、ARC-1092は収容されているのではなく、
「待っている」だけである*3。
あの文言は、本当に書かれていたのか?
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████博士による内部メモ
彼は装着を拒否した。
その判断を、私は「非合理的」と記録すべきだった。
⋯⋯そうしなかった理由を、私は報告書には書けない。
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⋯⋯十字架を、負わせるな。