恥ずかしい間違え方をしてしまった。
戦場はすでに競技場では収まらず。
建屋は崩壊して瓦礫と化し、飛び出した僕と
「オラぁ!」
「ふっ!」
拳と呪力入り乱れる地獄絵図。
至近で放たれた石流の呪力砲を躱す。
広範囲に拡散されたそれが肌を焦がし地面を吹き飛ばすのを感じながら、カウンターの拳を振るう。
頭部や致命の部位を狙ったそれは、ガードの上からでも絶命齎す絶対の一打。
一発では終わらせない。五打。十打。
今宵何度目かの、致死の濁流。
それをこの男は、またしても凌いでいく。
防ぎ、捌き、耐えきっている。
御三家秘伝、落花の情。
話には聞いたことがある。領域を用いない領域対策。
呪力のプログラミングにより、指定したフィールド内に侵入したものを自動的に撃ち落とす技術だと聞いた。
今の状況に最適な、全くもって嫌らしい技だ。
手数はこちらが圧倒的。如何なる理屈か相手の肉体も一層と頑丈になったが、始まりの1分間とは異なり捌く両手にもダメージを与えることが出来ている。
だけどそれだけ。
致命傷には程遠く、深手を与える事すら儘ならない。
「――っ!」
あまつさえ隙を見て放たれる反撃の一打。
主要関節部から呪力を放出し、底上げされた打撃力!
最初に貰った打撃は一体なんだったのかと問いたくなるほど、一撃の重さが比べ物にならない!
350キロの体勢をも崩せる大砲のような攻撃。
その隙を見逃すはずもなく、呪力砲が放たれる。
リーゼントから放つ、技名を叫ぶ、なんて分かりやすい真似はもうしない。
呪力の放出なんてどこからでも出来るだろうと言わんばかりに、射出点を読ませない刹那の射撃。
強化された動体視力と反射神経を駆使してノーチャージの呪力砲を殴り返し、溜めが入った砲撃は紙一重で躱し続け、再度殴りかかる。
途端、掻き消える石流の姿。
――またかっ!
縦に横にとジグザグに。予測困難な軌道での高速移動。
高い呪力出力により空中での移動すら可能とさせる、呪力放出による超高速移動術。
強化された五感でも、辛うじて残像が追えるだけ。
線の速度は僕が上だが、点の速度は向こうが上。
追いかけようとしても反撃で深手を負うだけ。
ゆえに追うのは諦める。腰を落とし只その時に備える。
そこから2秒後、左側面からの急襲。それに気づいたのは攻撃が終わった後。
何度も同じ手を喰らってしまったが、それもこれまでだ。
手本は何度も見させてもらった。
――落花の情。
呪力プログラミングによって構築された自動反射。
迫る攻撃を捌き、返す肘打ちを顔面に叩き込む!
「がぁっ!」
逃がさない!
一歩踏み込み、顔面への連打。連打。連打!
「しゃらくせぇっ!」
額より打ち出された呪力砲で拳を弾かれ、刹那の間が生まれる。
生まれた空白。僕たちは互いに後退する。
石流は時間を使って回復し。
僕は距離を使って一撃の威力を高める。
「来いや乙骨ぅ!」
「言われなくても行きますよ」
そして再度交錯。
詳細は違っても概要は同じ。
体重差を利用して僕が押し込み。
石流がそれを受けて、流す。
仮に深手を与えたとしても反転術式によりすぐ修復される。
先ほどからこの繰り返し。
壊しても壊しきれない頑健すぎる肉体。
理屈の分からない強化法によって跳ね上げられた防御力。
万が一が起ころうと即座に治してみせる高すぎる回復能力。
そして、呪力砲や反転を使い続けてなお、尽きる様子を見せない呪力。
それが
端的に言って、クソ過ぎる。
常識を超えた力のぶつかり合い。その余波だけで建造物は耐えきれず、木々や草花は死に絶え、それら全てを遠く後方に置き去りにする。
目まぐるしく動き続ける中、石流はこれ以上はないと言わんばかりに笑う。
「ハッハハハハハ! 特級クラスの呪力強化が可能なら、晴れて疑似フィジカルギフテッドの出来上がりってところか!? マジでクソ強術式だなっ!」
まさにその通りだ。
そして
およそ肉弾戦に必要な全ての要素をこの術式は与えてくれる。
そこに呪力強化を乗せた今、かつて耳にした真のフィジカルギフテッドと比べても遜色ない力を発揮できているはずだ。
スピードは負けているかもしれないが体重増加の分、威力だけは上回っている可能性もある。
文字通り触れた瞬間に相手を消し飛ばせるような、純粋な暴力。
異常なのは、それと互角に渡り合うこの男!
戦車と例えたが全くのスケール不足。
触れられないから倒せない先生とは違う徒労感。
攻撃は当たるというのに倒れる姿が想像つかない。
何をやっても立ち続けると思わせるその姿は、不沈艦の如し。
戦艦を沈めるのに必要なのは、同じ規模の戦艦の砲撃。
想定になかった異常な防御力。1分で片付けるという意気込みは、あえなく空振りした。
だから、その負担を彼女に強いてしまう。
――ごめん、リカちゃん。プランBだ。
僕らの距離が離れた瞬間、突如として膨大な呪力が上空に現れる。
「――ははっ! アレがお前さんの切り札かいっ!? 随分派手に溜めているじゃねぇかっ!」
膨大な呪力の正体は、空中で佇む完全顕現のリカの手元にあった。
限界を超えてチャージされている、高出力指向放出用呪力。
この戦闘後10日間、リカと接続しないことを縛りとした、出力の上限上昇。
戦艦を沈めるに足る威力を、そこに込める。
それを切り札と見込んだ石流が、呪力のチャージを始めていく。
躱すことなど考えていない、真っ向勝負。
――貴方なら、そうすると思ってましたよ。石流さん。
その隙を逃さず、5倍の速度を乗せた5倍の攻撃を、石流にぶつける。
「腹ペコなのかい!? 貪欲だな!」
チャージを阻害された石流が笑いながら殴り返す。
とにかく攻め続けて、チャージをさせない。
防御も回復も最低限。ひたすらに攻め続ける!
五体のみの暴風雨。吹き飛ばし、吹き飛ばされ、消えぬ破壊の痕跡を周囲に刻み続けていく。
土地を破壊し、壁を打ち壊し、果てに至ったのは運動公園内のスタジアム。
グラウンドの中央を舞台に、僕と石流は足を止めての殴り合い。
スタミナと呪力の底が見えてきた僕と違って、石流が足を止めている理由は単純だ。
楽しんでいる。終わりが近いことに気づいて、最後に僕の切り札を真正面から打ち破ろうとしている。
石流のチャージは完了している。けれどまだ撃たない。
撃たない理由は2つ。
1つは、僕の選択肢――射出点が二つあることに気づいているから。
リカが今居る場所からの遠距離砲撃。
または、僕がリカを呼び寄せてのゼロ距離砲撃か。
僕が先手を打てば、どちらであっても迎撃されて終了。リカには視線すら向けていないが、あれほどの呪力量。放たれれば術師であればすぐに気付ける。
反対に石流が僕とリカ、どちらを狙おうがスカされて反撃を喰らう。
どちらも後手を選ぶ必要がある状況に持ち込んだ。
……無論、石流なら先手を打とうが問題ないだろう。どれほど強力な呪力砲だろうと、一撃であればその耐久力で凌ぐことは容易い。
2つ目の理由は……打撃戦を興じているのと同様、楽しんでいるから。
正面から力を比べたいという、強者との闘いを楽しみたいという、きっと僕には生涯分からない理屈。
だが使えるなら利用させてもらう!
「おいおい! ここに来て力比べか!? 随分と熱いじゃねぇの!」
この戦いが始まってから、今までになかった状況。
手を組み合っての力比べ。手四つの状態。
「熱い、ですか。そうかもしれませんね……必要らしいんですよ、
何を隠そう、ここからは賭けの連続だ。
「――領域展開、真贋相愛」
「――っ!」
石流が驚く。手四つ、僕も石流も両手が塞がっている状態。掌印なしでの領域展開に。
否。天に結ばれた水引。それに見守られた瓦礫の町、剣の墓標――その中央には、掌印を組むリカが居る。
接続状態限定。僕の術式をリカが持つという例外が許した、掌印の委託!
展開と同時。術式が領域に移されるその前に。
――術式順転。
再度、僕が5人になる。
「ぐぁっ!」
手を掴まれたまま弱体化して、両手を握り潰され呻く僕。
石流の周りに現れ、それぞれ刀を拾う4人の僕。
組み合わせはハズレ――ハズレ――ハズレ――当たり!
当たりを引いた僕が本物として残り、術式の消失によって他の4人が足元から消えていく。
手を組む僕を振り払い、掌印を組む石流。
「領域展開!
『う』『ご』『く』『な』
完全消失する前、消えゆく僕が残した呪いの言葉。
呪言四重唱。
戦闘中絶えず動き続けていた石流の肉体が、初めて止まった。
停止する石流に向けて跳躍。
落下と共に、挟み込むように二刀を振るう。
合わせて、刀身から術式を抽出する。
――術式反転、統合。
攻撃力は上がったが、それでもなお足りない。
ゆえに、もう一刀から術式を取り出す。
狙うは左手首――すなわち
――十劃呪法。
呪力、術式、全霊を込めた僕の一撃に――黒い火花は微笑んだ。
黒閃。
地に落ちた左手は、頑健なる石流龍の牙城を崩した何よりの証明だった。
左手を即座に蹴り飛ばし、次なる刀を掴み――。
「騙されたぜ乙骨! 彼女の料理はブラフかよ!」
呪言四重唱から早くも復帰した石流に蹴り飛ばされた。
呪力防御は間に合った。領域の環境効果もあった。黒閃のゾーン状態にも入っていた。だがそれでも、統合術式を使っていない僕の肉体は耐えられず。
ガードに使った右腕はひしゃげ、刀を離さなかったのが不思議なくらいだ。
「憂太ぁ!」
石流が狙ったのだろう。蹴り飛ばされた先に居たリカに抱き留められる。
その傍にフルチャージで待機している呪力砲があり――それすら凌駕する石流の呪力砲が見えた。
見張るべきは量ではなく、その密度。如何なるものも貫きかねないほどに、濃厚な呪力。
それを見て直感した。アレに打ち勝つことはできないと。
彼の顔は、さながら食後の一服を楽しもうとしている人のようで。
「最後の一発、派手に行って終わろうや……死ぬなよ乙骨」
締めの言葉、だったのだろう。どこか寂しげな口調だったのは気のせいか。
「グラニテブラストォッ!」
石流から放たれる、フルチャージ呪力砲。
それに対してこちらも対抗して呪力砲を……撃たなかった。
分かっていたことだ。こちらの呪力砲では石流さんの呪力砲に打ち勝てないことは。
正面からのぶつかり合い。この状況になった段階で、僕らの呪力砲では石流さんを倒せないことは。
……撃ったところで、なんの意味もない。だから、撃たない。
「リカちゃん……手を」
「うん、憂太ぁ」
迫りくる呪力砲を前に、僕らは抱き合った状態のまま、僕の左手とリカちゃんの右手両方の指を絡ませて――手のひらを叩き合わせて音を鳴らす。
パンっ。
――不義遊戯。
刀身から取り出した術式によって、僕たちと石流さんの位置がそっくりそのまま、入れ替わる!
フルチャージ呪力砲が、撃った本人にそのまま返ってくる!
突然の状況に一瞬の硬直。だが迫りくる呪力に反射的に動こうとして――
「うご く な!」
――その動きを、呪言で止める。
無防備なその背中に、石流さんの砲撃が、直撃した!
「リ゛カァ゛!」
「死んじゃえぇぇっっ!!」
僕の言葉を聞く前に、リカちゃんの呪力砲は放たれていた!
洗練さは比べるべくもないが、込めた呪力は膨大。ダメ押しの呪力砲が着弾し、砂埃を上げていた。
リカちゃんの接続が終了を迎える。残りの呪力は約4割、か。
「ハァ゛、ハァ゛……っ!」
反転術式で修復するまでの間、先の攻防に思いを馳せる。
プランB――石流の呪力砲を本人に返す作戦は、上手くいった。
戦艦を沈めるのに必要なのは、同じ規模の戦艦の砲撃。
それを持っていたのは、この場では石流だけだった。
それだけを目的とした作戦。
石流の性格を鑑みれば、こちらが呪力砲を構えればあの人が乗ってくるのは目に見えていた。
途中までの攻防は呪力砲は本命じゃないと思わせるためのブラフ。
だが最終に行き着くまでには賭けの連続。
領域展開後、目的の術式を引けるかどうか。
石流の領域を封じることができるかどうか。
不義遊戯発動のため、リカちゃんの近くに行けるかどうか。
気が変わらずに、呪力砲で決着を付けに来てくれるかどうか。
いやそもそもの話、僕が途中で力尽きないか、という賭けもあったな。
正直、石流の肉体強度が何故か上がって統合術式で決めきれなかった段階で、かなり苦しい思いをした。
綱渡りの連続。だがそれでもここまで来れたのは幸運だと言える。
一つ、明確に予定と異なる点があるとするならば――
「――領域展開、
――この人がまだ倒れていない、ということだ。
「ありがとう。流石は現代の異能。たっぷりと堪能させてもらった」
砂埃の向こう、悠々と歩み寄ってくるのは、石流龍。
「オレも自分のブラストを喰らったのは初めてだが、流石に痛えな」
「……その割にはピンピンしてますね」
語り口とは裏腹に、その肉体には一切の傷が見えなかった。
「そこはほれ。反転術式よ。お前に斬られた左腕もほら元通り。それにテメェの呪力だからかな、随分と呑みやすかった」
左手を見せびらかすように振り回して、懐から煙草を取り出している。
言外に示している。もう闘いは終わったのだと。
それを否定するように領域に呪力を回して外殻の押し合いに――押し合いが、発生していない?
「オレの領域は必中必殺でもねえし、押し合ったりもしねえんだ。相手の領域を潰さない代わりに潰されないって感じでな」
押し合っていない。いないのに、呪力がどんどん抜けて!?
「オレの術式は『呪力の放出』っていう、術師なら誰でもできるしょっぱいというかシンプルというか……もっと言えばハズレ術式でな」
術式の開示! 領域から呪力が抜ける速度が上がって!? 呪力の放出?! 領域に満ちてる呪力を、解き放っている?!――いや違う!
「――
「正っ解!」
場違いなほど明るく、石流は両手の指を突き指してくる。
「
……説明はそれで十分だった。
領域が押し合う時、内部からは必中効果が消えている。
だがそもそも領域同士は、
その接触個所から、
……そうか。
会った時に石流の呪力が感じ取れなかったのも。
僕の攻撃の呪力が減っていたのも。
これだけやっても石流の呪力が切れなかったのも……!
石流龍が呪力を喰って、取り込んでいたから……っ!
「一ついい情報をくれてやるとするなら、オレは領域展開中には順転で攻撃はできないってところだな」
呪力を注ぎ込まないと領域がすぐさま崩壊する。
判断は決まった。
呪力を注ぎ込んで領域を維持しつつ、展開中に決着を付ける。
もはやそれしか手はない!
領域内の刀に手を伸ばし――呪力砲で吹き飛ばされる。
「さっきも言ったがハズレ術式でな。術師なら誰でもできんだよ、
そこからは同じことの繰り返し。
刀を拾おうとして、邪魔されて、また拾おうとして吹き飛ばされて。
僕の領域が崩壊するまで同じことが続いた。
天に結ばれた水引。それに見守られた瓦礫の町、剣の墓標――その全てが吞まれて消えた。
低く覆い被さる曇り空の下、現れたのは巨大な闘技場。
席に並ぶは白く不揃いな椅子。それが列をなし階段状に連なっている。
中央の土は血を吸ったような色合いで、触ればぬめり、踏めば肉のように沈む。
――そこはまるで、巨大な口の中。
完成するは石流龍の領域。
「全てを呑み込む闘技場。これがオレの領域、呑天武座――
無警戒に近づいてきた石流に向けて拳を繰り出し――あっけなく防がれる。
途端、残っていた呪力すら、根こそぎ吸われていくような感覚。
まだだ、まだ、負けちゃ……。
「堪能させてもらったのは本当だ。だが悪いな乙骨。お前はもう、オレのデザート足りえねぇ」
その言葉を最後に、僕の意識は深い闇に、呑まれていった。