石流龍(石流龍じゃない)の肉体を手に入れた   作:和尚我津

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心より恥じる

 虎杖宿儺から伏黒宿儺になった日の夜、日付が変わる少し前。

 爆音と硝煙の匂いが満ち始めた仙台結界(コロニー)内部。その中心部に位置するマンションの屋上に、オレと宮本は居た。

 

「……石流さん。どんどん結界(コロニー)に人が入ってきます……!」

「やれやれ。マジで来やがったか」

『クソがッ! なんで他国(よそ)の軍隊が俺たちを襲ってんだよ!?』

 

 宮本に憑いているコガネが、仙台結界(コロニー)に入ってきた泳者(プレイヤー)……いや、軍人たちの数を読み上げる。

 分かっちゃいたが、実際に入ってこられるとクソ面倒だな。早く特訓に戻りてぇ。

 

 こいつらは羂索が用意した、死滅回游を終わらせるための爆弾……というより、結界(コロニー)内部に呪力を満たすための人身御供。

 

 色々端折って説明すれば、こいつらが死んだり人を殺したりすると、羂索の計画がまた一歩前進することになるわけだ。

 

 明日の脱出に備えて住人を結界(コロニー)中央部に集めていたおかげで、未だ内部の被害は()()ゼロ。だがそれもこのまま行けばどうなるか分からない。

 普通なら対人を想定した訓練をしている軍人側有利。だけどこちらも結構な時間を非日常で過ごしている。そして結界(コロニー)内部は広大だが、閉鎖空間故のストレスは蓄積の一方。血の気も自然と多くなる。

 結果として、民衆の大半は軍隊を前にしても怯懦ではなく反骨の精神を抱いていた。特に見張り役なんかの半実行部隊で、なまじ経験がある奴らの気が大きくなってやがる。呪霊とかいう訳の分からん存在より、軍隊の危険性は理解できる範疇ってのもある。言い方変えれば、銃が強いってだけの話だからな。

 それら人々の不満の吐き出し口が、隣に居る宮本である。コイツのコガネには住人からの抗議の声が、それはもう多く届いている。マルチ通話可能なせいでモニターがドンドン大きくなり、コガネが苦しそうに呻いていた。軍人へのヘイトが半端ない。

 

 まあいきなりミサイル撃ち込んでくる奴らに、好印象を抱くわけないわな。流石に開幕ミサイルブッパは軍人のモラルの問題ではなく、羂索の仕込みだと思いたい。

 

 こちらも下手に組織化しているせいで、このまま接触すれば最終的には軍人対民兵のような大きな構図での戦いになり、巻き込まれた一般泳者(プレイヤー)に多数の死傷者を出すことになるだろう。

 

「そういうわけだから、まあいいよな?」

「……私には明言できかねます。ですが、非がどちらにあるというのなら、それは軍隊側(アチラ)の方です」

 

 日本人全員の天元同化を阻止する為っていうのなら、極力殺さず殺させず鎮圧させる必要がある。

 勿論、誰も死なせることなく制圧することは可能――しかし、彼らには申し訳ないが、死んでもらうことになる。

 

 正確には、オレが殺すんだが。

 

「撃っていいのは、撃たれる覚悟がある奴だけだ! ってな」

 

 これも羂索(やつ)との契約だから、致し方なし。

 

 奴との契約は2点。

 一つ。仙台結界(コロニー)に呪力を満たすこと

 二つ。この軍人襲来の裏で発生している、天元奪取作戦の妨害をしないこと。

 

 天元奪取についてはもはや言うまでもない。羂索直々に動いている以上、成否は全てアイツに掛かっている。もし失敗したら心の底から笑ってやろう。

 

 アイツが懸念していたのは、どちらかというと仙台(こっち)の方。

 仙台結界(コロニー)は死滅回游開始すぐさま、一人の泳者(プレイヤー)によって平定された。その後も特段混乱が起きることなく、今日にまで至る。

 つまりは泳者(プレイヤー)の死者数が、他の結界(コロニー)と比べて圧倒的に少ない。必然、結界(コロニー)内部に満ちる呪力が、他の大人しい結界(コロニー)と比べてもアホ程少なくなるわけだ。ゴキブリ呪霊は大量虐殺したが呪霊は基本的に周囲の呪力を用いて構成される。つまりは死亡による拡散と再生による吸収がトントンだから、どれだけ殺しても地産地消ゆえにノーカン。

 それを解消するために軍隊を投入するわけだが、内部には殺さずに無力化できる戦力(オレ)が居ると来た。もし大人しく鎮圧なんてされたりすると、本物の夏油傑(夏油傑じゃない)の計画に支障を来たす。

 

 だからこそ、オレの要求を呑む代わりに求められた役割が侵入した軍人の抹殺(そういうこと)だったという訳だ。

 ……まあ、仙台結界(コロニー)の呪力問題に関しては、元から交渉の材料に使う予定ではあったんだが。

 

「軍人なんだから、死んでもしゃあねえよな」

 

 以前に言ったように、オレは大量虐殺は好んでやるタイプではない。

 ――だがやらないとも、出来ないとも言ってはいないんだよな、コレが。

 

 無関係な一般人を殺すのは忍びない。それは間違いない。

 ただどう考えても、侵攻してきた兵士は一般人のカテゴリには入らんだろう。

 すなわち、殺すのに躊躇する必要も、理由もなし。

 オレの魂も言っている。『兵隊なんだし別に良くね?』って。

 

「それでも恨みたいっていうなら、職業軍人を選んだ自分の選択と、己が命すら守れない貧弱さと……仙台(ここ)に割り振られた運のなさを恨みな」

 

 3アウト。残念ながら人生終了(ゲームセット)

 

 というわけで、正直時間が勿体ないからな。

 面倒ごとは早く終わらせてしまうに限る。

 

『0時0分を迎えました! 参加特典(ログインボーナス)として1得点(ポイント)を獲得します!』

「――グラニテブラスト」

 

 呪力砲を天高く打ち上げ、上空100メートルほどで分裂。数多の弾丸が、結界(コロニー)外延部にバラけて落ち続ける。

 非術師には見ることの出来ない絨毯爆撃が、軍人たち(非術師)に降り注ぐ。

 

 死滅回游序盤の夜、呪霊が蔓延る間にはよく見られた、一斉掃射の呪力の雨。

 過去、闇から迫る呪霊(ぜつぼう)を打ち払い続けたそれを見て、オレが庇護していた群衆たちから歓声が沸き上がる。

 同時、結界(コロニー)の様々な場所で、色々な言語の断末魔が連鎖した。

 

『1得点(ポイント)を取得しました』

『1得点(ポイント)を取得し』

『1得点(ポイント)を――』

『1得点(ポイント)――』

『1(ポイ)――』『1()――』

『1――』『1』『1』『1』『1』『1』『1』『1』『1』『1』『1』『1』

『――』

 

『――1得点(ポイント)を取得しました』

 

 ドラクエの連続レベルアップみたいな、尽きることのなかったコガネの通知が止まった。

 

「……よし、終わったな。あとの諸々は頼むわ」

 さっさと特訓に戻ろう。実際に宿儺の実力を見れて、今最高にテンション上がってんだ。

 熱は熱いうちに、って奴だ。

 

参加特典(ログインボーナス)獲得から1分が経過しました。参加料(チップ)を1得点(ポイント)徴収します』

 

 コガネのアナウンスを最後まで聞くことなく、オレはその場を去っていった。

 

******

 

 その後は、まあ特に何事もなく順当に進んだ。

 各結界(コロニー)に軍隊が突入を開始した結果、オレや高専などの支配下にない所では術師非術師問わず、かなりの死者が発生した模様。

 特に東京第二結界(コロニー)は目ぼしい術師が居ないこともあって、見る見るうちにコガネが表示するリストから人が消えていったらしい。

 動ける高専陣営が事態収束に対応している最中、羂索による天元奪取作戦が発動し、ものの見事に成功を果たしたと、羂索本人の口から伝えられた。

 

 これで羂索との契約は完了した。あとは縛りの通りに――仙台(ここ)に来るまでの間に、宿儺の指と即身仏を喰わせるはずだ。

 

 軍人襲撃の翌日には乙骨を含めて、仙台結界(コロニー)から全ての人が退去していた。

 その乙骨には軍人の扱いに対してちょっとだけ苦言を呈されたが、『でもお前気絶してた(ねてた)だけじゃん(意訳)』の一言で完璧に打ち負かすことができた。

 

 その結果出来上がったのは誰はばかることもなく、何にも遠慮する必要のない無人の結界(コロニー)

 宿儺が石流龍(オレ)に敗北を刻んだ、因縁の地。

 

 決闘の舞台として、これ以上はないだろう。

 

 望みではあった。石流龍(オレ)が敗死したこの場所で、あの時と同じように一対一で、両面宿儺を倒すことを。

 色々原作とは異なる部分も多かったから『願い叶わずか』とも思っていたが、どうやら図らずとも理想的な展開に至ってくれていたようだ。

 

 それからも引き続き、絶えずイメトレに没頭。

 周囲の呪力を吸収し続け、反転術式を回し続け、文字通り不眠不休で、何日間も。

 肉体も高揚しているのか、仮想の宿儺を相手にいっそうとキレていく。

 ありとあらゆる状況を想定しろ。ありとあらゆる用心してもまだ足りないと思え。

 その気構えで、淡々と準備を整えていく。

 

 静かに、沸々と、際限なく上がっていくボルテージ。

 

『仙台結界(コロニー)に侵入者アリ。泳者(プレイヤー)名は伏黒津美紀です』

「おっ、もうそんな時間か」

 

 訓練に漬かりきって数日ほど経ったころ。遂に伏黒津美紀(よろず)が無人の仙台に姿を現した。

 

 特訓を続けたいが、色々と用向きがある以上は流石に優先するべきは万だった。

 後ろ髪を引かれながら、呪力の気配が導くままに足を進める。

 

「ちょっと何なのよココ? 人が全然居ないじゃない」

「つい先日全員退去したばかりでな。誰かさんが追加した総則(ルール)のおかげで」

 

 不気味なほど静まり返った、余りに広いゴーストタウン。

 国道か県道か、道路の真ん中でオレと万は相対した。

 

「最悪。宿儺が来る前に軽く運動しておきたかったのに」

「そりゃあ残念だったな。オレで良ければ付き合うぜ?」

「はあ? 私が他の男に浮気するような女に見えて?」

「少なくとも、両面宿儺の佳い人には見えねぇな」

 

 瞬間、オレに迫る鞭のような何かを呪力で撃ち落とす。

 

 周囲に飛び散るのは原作でも披露した液体金属か。

 ……ほう、これが『構築術式』ねぇ。なるほど、そういう感じの世界なのか……。

 うん。見たかったものは見れた。用件の一つは早くもクリア。

 とはいえもう少し観察もしたいし、所用はまだあるんだよなぁ。

 しゃーない。もうちょっと付き合うか。

 

「おー怖。ヒステリックな女はやっぱ性質悪いな」

「これは躾よ。あまりにも失礼な口を利くバカに対するね」

「なに性根が腐った姑染みたこと言ってやがる。お前みたいな鬼婆が」

「失礼な。どこからどう見ても『お姉さん』でしょ?」

 

 聞いて呆れるとはこのことか。馬鹿にするようにタバコの煙を吹きかける。

 結構な距離があるから届かないというのに、顔を顰めて嫌そうに眼前で手を振る。

 

「ヤニだらけの汚い息を吐き出さないで頂戴。ワタシ、宿儺以外の息は肺に入れたくないの」

「そりゃ悪かったな。もう二度と呼吸できなくなるってのに」

「あぁ、もうホントヤダ。現代での初めては宿儺って決めてたのに、こんな野蛮人が相手だなんて」

「1000歳越えの古代人には言われたくねぇなぁ」

 

 女性に対して年齢の話題はタブー。そのオレの言葉に殺気を返してくる……ということはしない。

 殺気を抑えているわけじゃあない。

 元よりこの場には、オレたち2人の殺気が満ち満ちている。

 

 宿儺と二人で()し合いたい万。

 宿儺とタイマンがしたいオレ。

 

 つまりは互いが互いを邪魔者としか見ていない。

 であればその激突は必至。

 

「殺すついでに都会の礼儀も教えてあげる。田舎者の術師に対しては破格の対応よ。感謝しなさい」

「千年前のマナーが通用すると思ってんのがマジで老害だな。年金も十分受け取っただろうから、そろそろ鬼籍に入れや」

 

 挨拶も十分に済んだところで、オレと万は戦いを始め――。

 

「ぐぁっ! っはぁ! っはぁ!」

「……はぁ、つまらん」

 

 ――そして、こちらの圧倒的優勢のまま進んでいった。

 

 万は術式を発動させ、流体金属を駆使し、肉の鎧を纏ってオレに猛攻を仕掛けた。

 

 万の『構築術式』は、その名の通り呪力から物質を構築する術式。日車のガベルや十種の式神のように、呪力が物質を象っているのではなく、術式の行使終了後も永続的に物質としてこの世に残る。

 

 オレの術式反転『呪力の吸収』は、これまた文字通り呪力を吸収する術式。術式は呪力によって発動および維持されている。そのため呪術における電気とも言える呪力をそのまま奪えるオレの術式は、およそ殆どの術式に対して優位を取れる。

 だが無から有を生み出す『構築術式』は、その数少ない例外に位置する。呪力ではなく物質になっているため『呪力の吸収』とは相性が悪い。

 オレが知る限り、乙骨が使った『分身術式』に次ぐ2つ目の天敵。術者の呪力で動かせはするが、結局のところ、ただの物理攻撃となるわけだからな。

 

 ――だがそれ以上に、物理的な攻撃は『石流龍(オレ)』と相性が悪すぎる。

 

 石流龍(オレ)の硬さは史上最強のお墨付き。鋼の肉体という言葉ですら過小評価と言ってもいい。

 更には、オレはその肉体を通常の呪力ではなく反転術式で生み出した呪力――2倍の出力を誇る正の呪力で強化している。

 残念ながら単純に強化量が倍とはならなかったが、それでも負の呪力強化を上回る力を齎した。

 仮にその強化すら超えた攻撃でダメージを喰らっても、今度は正の呪力で瞬時に回復する。

 

 液体金属の刃は、そもそも触れる前に呪力を中和され、操作を失い地に零れ、

 肉の鎧でどれだけ殴られても大した痛手になりはせず。反対にオレが数度殴れば壊れる有様。

 

 正直なところ攻撃力だけなら五倍乙骨の方が上だし、術式を開放した鹿紫雲と比べると足元にも及んでいない。

 7対3の位置に強制的に弱点を作ってくるわけでもない。雷速の連撃や全身を焦がす大電圧をぶっ放してくるわけでもない。

 特殊な効果もないシンプルな物理攻撃でオレを破壊するのは、このオレであっても難しい。

 

 その結果、万は封殺に近い形で、敗北の淵に追い込まれていた。

 

「おら、さっさと真球使えや。もうそれしか勝ち目ねーぞ」

「っ! なんっでアンタがそれを知ってんのよぉっ!?」

 

 ゆえに必要なのは、一発で逆転できる切り札。

 オレが知る限り、万が持つ手札の中でそれに該当するのは、無限の圧力を生み出すという真球。

 正直、理屈はあんまり理解していないが、無限の圧力というのなら、石流龍(オレ)の身体を破壊するのも可能だろう。

 より完成度が上がった()()()の試し打ちも兼ねて、その攻撃を正面から打ち破る。

 それが二つ目の用件。

 

「理由なんざどうでもいいだろ? やって死ぬか、やらずに死ぬか。ただそれだけだ」

 

「っ! 後悔させてやるわよっ! 領域展開――三重疾苦(シックシックシック)!!」

 

 万は再度、肉の鎧を構築して身に纏い、その姿のまま領域を展開し――。

 

「――領域展開、呑天武座(どんてんぶざ)

 

 ――そして今、目の前で地を這っている。

 

「はぁっ!? 何これ?! 呪力が、吸われてる……?!」

「その通り。オレの術式は教えたよな? その術式反転を付与したのがオレの領域。ま、エネルギー吸収アリーナとでも呼んでくれや」

「……っ! ざっけんじゃないわよぉ! 何よこの女が腐ったようなクソみてぇな領域はぁ!?」

「オイオイ。人様の領域にケチ付けるたぁ良いご身分だな。順転封じて必中必殺じゃないだけマシだと思えよ」

 

 言いたいことは分かるけど。

 オレの術式反転を付与した領域、呑天武座。人呼んでエネアリ。

 呪力を使ったファンタジーバトルをしていた所にいきなり呪力ゼロ(相手だけ)、拳のみ(相手だけ)、勝者アリ(オレのこと)というクソ空間に引きずり込む領域。

 

 必中必殺の領域でもないし、複雑な術式を付与しているわけでもない。出来ることは呪力を吸いとることだけ。呪力ゼロというのも実は言い過ぎだ。呪力が尽きるまでは普通に使えるわけだし。

 そもそも呪力なしのステゴロでオレに勝てるゴリラだったら何の問題もないという、すごくシンプルな領域なんだがなぁ。

 まあその空間でもオレは呪力を制限なく使えるし、石流龍(オレ)自身がこの世界屈指のヒーラーゴリラーっていうのが、我ながらちょっとクソゲーだと思っている。

 やられた側だったら悪態の百や二百は吐くだろうな。

 

 禪院家の言葉を借りるなら、オレの領域は呪術師(ヒト)非術師(サル)に堕とす代物。サルじゃなくてゴリラならワンチャンあるかもって感じだ。つまりゴリラにあらずんば呪術師に非ず。呪術廻戦の世界では当たり前の話だ。

 

 自他ともに認めるクソ領域。だからこそオレはこの石流龍(おとこ)ならば最強を打倒しうる……いや、最強を倒せると信じているのだ。

 

「良いわ……殺す……人をココまでコケにしやがって……汚いもん口の中に突っ込んだあと、切り取った頭をテメェのクソ穴にぶちこんでやるよ」

 

 鎧を動かす呪力すら吸われ、起き上がるのすら一苦労の万が、低く怨嗟の声を上げている。

 

「うっわクソキメェ顔してんな。醜い性格滲み出てんぞ。正月明けのゴミ袋の方がまだマシな中身してらぁ」

「この鎧で見えてねぇだろうがっ!」

「見えなくても分かるぐらい汚ぇってことだ。汚物として分かりやすいのはお前の数少ない美点だぜ、ゲロ女」

「黙れ!」

 

 威勢の良さとは裏腹に、放たれた液体金属は球体がぐにぐにと歪んでいて、挙句にオレの正の呪力に触れて、眼前で操作が失われ弾けて散った。

 この領域内で、オレの目の前まで液体金属の操作を失わなかったのは見事の一言だ。だがそれだけだ。オレの命を()るには、余りに温い。

 真球には程遠いその無様な攻撃を見て、思わず溜息が零れた。

 

「おい、オレは真球を作れって言ったんだよ。こんな糞見てぇな攻撃でオレを殺そうとか……舐めてんのか?」

「うっさいわね! この領域でそんな繊細な呪力操作が出来るわけないでしょうが! そんなに欲しがってるなら、アンタがこの領域解きなさいよっっ!!」

「……お前、マジで言ってる?」

 

 領域を破るではなし、解いてもらおうと懇願するとか。

 ……この様じゃあ戦いはもう終わり、か。

 

 ハッキリ言って興ざめだ。鹿紫雲や乙骨のような、オレの糧になってくれる相手になるやもと、ほんの少しでも期待していたオレが馬鹿だった。極上の料理を提供してくれたあいつ等に対して礼を失するような考えだった。

 確実に鎧をぶち抜けるように呪力をチャージしながら、苛立ちを抑えるためにタバコを一本取り出し、火を灯して深く吸い込み――

 

 

 

「――吸ったわね」

 

 

 

 ――鎧越しにニタリと笑った、万の姿を幻視した。

 

「あぁ? ……っ!?」

 

 何だ? 体が……言うことを聞かない……?!

 

「アンタみたいなタイプは、決着が付いたと思ったらタバコとか吸っちゃうと思ったのよね。お姉さんの前だからってそういう風にカッコつけるのは止めときなさい。恥を掻くだけだから。そんな風に」

 

 手足が震え、全身が強張り、冷や汗が止まらないっ!

 

「冥途の土産に教えてあげるわ。この肉の鎧は、虫の生体機能を流用、特化させて作り上げたもの」

 

 酷い耳鳴りの中、開示する万の声だけがやけによく響く……頭が割れそうなほどにっ!

 

「色々と取り入れたわ。高いエネルギー効率、海すら渡る飛行能力、そして……()()()()()()()()()()()

 

 チャージした呪力が霧散し、膝から崩れ落ちそうになる中、導き出される一つの答え。

 毒……そうか、毒か!

 

「反転術式の使い手への対処法は大別して二つ。脳を潰すか、もしくは毒を盛るか。そう、今のアンタのように。常識よね」

 

 あの液体金属の歪な球体の中には『構築術式』で生み出された()()()()()が入っていたのか!

 それをオレは、もうケリが着いたものと錯覚し、何も警戒することなく、タバコと一緒に吸い込んでしまっていた……!

 

「今の時代、調べれば色々と出てくるわね。神経毒、細胞毒、溶血毒……アナフィラキシーは抗体の問題だから流石に無理だけど、人を殺すに足る毒がそれはもうウジャウジャと。それをアンタは愚かにも吸い込んだわけ。何種類も」

 

 それだけ数があると、もう治せないわね。霞む視線の先には、勝ち誇る虫の鎧の姿が。

 

「アンタなんかに私の真球(ハート)をくれてやるわけないでしょ? 田舎術師にはこれが似合いだわ」

 

 万の勝利宣言を、オレはただ黙って聞くことしか出来なかった。

 

 ……恥じる。心より恥じる。

 驚いた。自分がこんなにも()()していたなんて。

 経験値を積むために相手の攻撃を受ける。それは構わない。

 だが、さっきの攻撃は来るとあえて受けると決めて受けたものでも、何が来るか分からない上で受けたものでもない。

 ただ油断していた。それだけだ。一人の呪術師として戦士として、あるまじき事態。

 もう相手に真球以上の手はないと、真球以外の手はないと、見縊っていた。

 そして、もはや自分は両面宿儺と五条悟(さいきょうたち)と肩を並べる存在だと、驕っていた。

 勝ってないのに。闘ってすらいないのに!

 

 闘う者として、余りにも苦い経験。

 

 ――良かった。宿儺と闘う前に、こんな大事なことに気づけるなんて。

 油断も、慢心も、この苦みと共に、流し込もう。

 そして礼を伝えよう。大事なことを教えてくれた、偉大なる先達に。

 

 反転術式は回し続けている。

 肉体の毒は取り除けていないが、意識は常に明瞭であった。

 であるならば問題ない。

 

 ――落花の情。

 

 意識だけで呪力のプログラミングを行い、言うことを聞かない肉体を無理やり動かす。

 術式を使って、関節各所から細かく呪力を放出し、肉体を理想の姿に持っていく。

 

 取ったポーズは慣れ親しんだ、領域展開の掌印。

 孔雀明王印。

 その意味するところは――毒すら喰らい、血肉へと変えるもの!

 

「――極ノ番・純黒(シュガーレス)

 

 ――呑み込め。毒も、慢心も、苦みと共に……!

 

「なっ!?」

 

 瞬間、身に余る膨大な呪力がオレを包み、その全てを正の呪力に変換する!

 

 秤金次同様、呪力量によるゴリ押しの回復で、体内に存在していた全ての毒素を排出し終えた。

 オレの場合だったら漲る呪力(ニコチン)でトぶぜ! って感じだな。

 

「……ふぅ! いやービビったぜ。悪いな! 舐めてたのはどうやらオレの方だった」 

 

 苦い経験。だが良薬は口に苦し。

 まさにいい薬だったぜ。

 

 新たに一本取り出したタバコに火を付けて、深く吸い込む。

 うん、でもやっぱり、こっちの苦みのほうがオレは好きだな。

 

「なによ……今の呪力は?! ありえない……あんな呪力量……っ!!」

「ま、言いたいことは分かるぜ」

 

 オレですら一歩間違えれば内部から破裂しかねないほど、膨大な呪力量だったからなぁ。

 ぶっつけ本番だったが、上手く行って良かった。

 

「ありがとうよ。センパイ」

「はぁ!?」

「テメェの構築術式のおかげで、『極ノ番』は完成したし、何よりもオレが慢心していたことに気づかせてくれた。それらについてだけは、心から礼を言わせてくれ」

 

 恐らく、もう少しで万の領域は呪力を吸われ尽くして崩壊するだろう。

 だが、それより前に、これで終わらせる。

 最大火力で吹き飛ばす。それがこの先達への、オレなりの手向け。

 

 指に挟んだタバコ。その火元をまっすぐ、万の方へと突き付ける。悪寒が走ったのか、すぐさま回避行動に移る。

 それを見届けながら、呪詞を唱える。

 

「『流転』『空界』『無辺(むへん)(さきがけ)』――極ノ番・純黒(シュガーレス)

 

 ――眩い極光が、視界を眩く塗りつぶした。

 

******

 

「最後に、何か言い残すことはあるかい?」

「……そうね。アンタ、宿儺とやるつもりなんでしょ? だったら伝えて。『アナタと()し合う前に去っていく私を許して頂戴』ってね」

「ああ、伝えとくよ」

「……ふふっ、やっぱりいいわ。伝えなくてもあの人なら、妻のことは言わなくても分かってるはずだもの」

「……あー、まあ、そういうことなら止めとくが」

「だから、アンタに一つだけ」

「ん?」

「あの人を、楽しませてあげて」

「安心しろよ。端からそのつもりだ」

「なによそれ。ムカつくわね」

 

 その言葉に、思わず笑い合うオレと万。

 崩壊した領域。仙台結界(コロニー)の空の下。

 右半身を失って倒れている万に、最期となる拳を叩き込んだ。

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