「石流龍。彼は未来を知っていた」
「藪から棒に。急になんだ?」
仲良く――というとかなりの語弊が存在するが、肩を並べて宿儺の戦いを見届けていた羂索と裏梅。
その最中に羂索が口に出した話題がそれであった。
「いやなに、宿儺と闘っている石流龍という男は呪物になる前から、どうやら未来で起こる出来事を把握していたようでね」
「……奴の術式は未来予知だと?」
「それは違う。彼の術式は『呪力の放出』っていうまるで面白みのないハズレ術式さ」
それを宿儺と闘えるレベルにまで持っていったのは、評価していい点だけどね。
羂索はどうでもいいように嘯く。事実、石流龍の術式について興味を抱いていないのだろう。
話が見えん。言外にそう発する裏梅の気配に苦笑しながら、言葉を続けていく。
「予知なのか観測なのか演算なのか、とにかくそういう呪霊から現代に至る未来を教えてもらったようだ。おかげで私の計画も彼には筒抜けだったよ」
「ほう……呪霊ということは、今はお前が確保しているのか?」
「それがそうも行かなくてさぁ。長い間探したってのに未だ見つけられてなくて……念のため聞いておくけど心当たりはないかい? 一つ目の猫の姿をしているらしいんだけど」
「私が知るわけがなかろう」
「だよねぇ」
ヤレヤレといったジェスチャーを示す羂索。それを見てイラつく裏梅。
「ふん! 大方、奴はその呪霊から宿儺様に勝てるとでも聞かされたということだろう。たかが呪霊風情が戯けた予言に浮かれおってからに」
「真相は知らないさ。ただ……宿儺に勝つことだけが目的なら、宿儺に指を取り戻させるような真似はしなかったと思うよ。少なくとも私なら完全体の宿儺と闘うような未来には絶対に持って行かない」
「奴の目的は本気の宿儺様と闘うことだったと?」
「だから知らないって。その仮定が一番しっくりくるってだけさ」
羂索は呆れたような口調で持論を語り始める。
「彼は私が『死滅回游』を発動した目的、実行する方法、そして宿儺のここまでの行動すら予見していた」
そこまで分かっているならば、だ。
「宿儺の能力、弱点、秘技。それらを把握していて対策を講じている可能性が大きい――カードゲームなんかの言葉を借りると、石流は400年前から宿儺に対してメタを張っているということさ。事実、彼は御廚子を完封しているに等しいし、発言から察するに宿儺を殺しうる技すら持ち合わせている。如何に宿儺であっても、これは厳しいのではないかと思ってね」
「……それの何が問題なのだ?」
羂索の懸念とも忠告とも取れる発言を、裏梅は鼻で笑う。
「笑わせるな。強き者と闘う際に雑魚が対策を練るなど当然の事。それら一切を弱者の徒労として打ち破ってきたからこそ、今の宿儺様があるのだ。宿儺様の御力を把握している? 対抗策を講じている? 殺すための術を用意している?……その程度のことで、一体何を憂慮する必要があるというのだ? そんなもの宿儺様の前に立ちはだかろうとするならば前提条件にすぎない。むしろ何の策も持たずに宿儺様に挑むこと。私にとってはそちらの方が無礼に映るがな」
主人である両面宿儺。その強さに対する絶対の信頼。それが羂索の言葉を全て払い飛ばした。
「ふーん。流石は裏梅。その忠誠心には恐れ入ったよ……ま、それも別にいいんだけどね、どうでも。とにかく言いたかったことは、石流龍は恐らく伏黒恵という手札すらも承知の上で準備しているということ。そして十種影法術に対してもメタ張ってる石流からしても多分、ここからは待ちの時間になるってことさ」
「待つ? 何をだ?」
「何って……決まってるでしょ?――400年費やしたメタに対してその場であっさりとメタを張り返してくる、最悪の式神を、だよ」
******
「魔虚羅、ねぇ」
オレの言葉を聞き、何かを吟味するかのように呟く呪いの王。
「おうよ。思い出してくれたか。音に聞こえた御廚子は随分とナマクラだったからな。次は御三家が誇る名刀の輝きって奴を味わってみたくてね」
「フッ、言ってくれる」
原作の虎杖宿儺、伏黒宿儺、完全体宿儺。
個人的な感想になるが、コイツらが万全の状態で戦ったとするならば、一番強いのは恐らく完全体宿儺で、弱いのは伏黒宿儺。
まあ単純にフィジカルの差がデカい。完全体宿儺とか純粋にチートボディだし。
……だが一番厄介、というか面倒なのは、それは間違いなく伏黒宿儺。
正確には、宿儺に使役される八握剣異戒神将、魔虚羅。
ありとあらゆる事象に適応し無効化するという、曰く最強の後出しジャンケン。
対処法は一つ。適応される前に一撃で破壊すること。
オレの手札の中でそれを成せるのは極ノ番のみ。
「なるほどなぁ。余程警戒しているようだ。俺の魔虚羅を」
「盗人猛々しいぜ。さっさと禪院家に返品してやれ」
「返してやりたいのは山々なんだが、残念なことに既に滅んでおってな。仕方なく俺が引き取ってやっているという訳だ」
「それを昨今じゃあ借りパクっていうんだぜ、ジャイアンくん」
まあ、そもそも同意は不要だ。出してこないならそれで構わん。出さないまま殺す。それだけだ。
さあ攻めるぜ――その機先を制するように宿儺が待ったを掛ける。
「まあ待て。何事にも準備というものが必要だ――裏梅、聞こえているか?」
『はっ! 如何なさいましたか?』
「俺に100
『えぇ? 普通に嫌なんだけど?』
『つべこべ言うな、ゲス』
『えー……全くもう、仕方ないなぁ……はい、今送ったよ』
「コガネ、俺が話しかけるまで黙っていろ」
『承知いたしました』
「おいおい、今更
「なに、念のため、という奴だ」
……あー、これ気付かれてんな。同じ手は流石に無理か。
「魂の打撃はともかく、察するに『呪力の吸収』に関しては貴様の術式だろう? いや御廚子の威力が下がった頃合いからすると『呪力の放出』こそが術式順転と見るべきか」
「……まあ、それぐらいは読めるわな」
隠す気はあれど隠しきれるとは到底思っていない。術式の開示をしなくとも宿儺なら概略ぐらいならすぐに掴むだろうしな。
「つまり貴様の意地汚い鎧は術式によって成り立っている代物。俺からしても実に厄介――そして相手の術式が煙たいのならば、次に取るべき手段は決まっている」
宿儺の両手が閻魔天印を組む。
……来るか!
「魔虚羅を出すのは、貴様がいう
――出現するは奈落の厨房。
中心に鎮座する厨子に収められるは、あらゆる命を切り刻み焼き上げる処刑道具か。
是なる全てを統べるは呪いの王、両面宿儺。
初めて味わう
領域内部のバフ効果によって、その刃は圧倒的な鋭さを獲得! より深く切り込めるようになった刃が、全身を余すところなく斬り続ける!
一秒たりとも立っていられない、ではない。一秒たりとも原型すら留めることができない、暴虐の颶風。
「落花の情!」
だがそれは凡夫の話!
その鋭すぎる鎌鼬を、ひたすらに弾き続ける!
皮はいい。肉も喰らうが良いだろう。だがこの命どころか、骨まで届くと思うなよ!
斬撃を吸え! 吸って治せ! 傷付いた端から治していけ!
落花の情による呪力の反射で宿儺の攻撃を捌き、同じくオートで回すようにプログラムを組んでおいた反転術式で、全身の傷を治していく。
今のオレに意思は不要。ひたすら捌き続けるマシンになれ。
大丈夫だ。宿儺の領域内部で斬撃の威力は上がっても、反転術式が回り続ける限り致命傷には至らない。
であればこのまま、宿儺の攻撃を凌ぎつつ領域内部の呪力を吸収し続け、枯渇させることも――。
「馬鹿げた硬さだが、焼きを入れれば脆くはなろう――
――やはり、そう上手くはいかないか。
宿儺の手に業火が顕現する。
分かっていたことだ。領域内部を火薬で満たす必要もなく、そもそも宿儺の領域内部なら
見て分かる。あの炎はヤバい。オレの防御力を上回る火力。
一撃二撃で死ぬことはないだろう。だが三撃四撃、間をおかず撃たれ続ければどうなるか。
領域を展開せず宿儺の領域をスカそうとするなど、元より甘い考えか。
斬撃の雨を浴びながら、こちらも負けじと掌印を組む。
宿儺から炎の矢が放たれる、その直前――
「――領域展開、吞天武座」
――地獄すら呑み込む、比武の世界を顕現させた。
「……ふう。アブねぇアブねぇ。流石にその炎をモロに喰らうのはヤバすぎる」
「ケヒッ! 領域も使わずやり過ごそうなど甘いことを考えるからそのような目に合う」
背後、間一髪オレの横をすり抜けていった炎の矢の熱量を肌で感じる。
「だが残念だったな。貴様の命もここまでだ」
その言葉と共に呑天武座の領域外殻に斬撃が叩き込まれる。
宿儺の
後出しの領域であったが、通常起こりうる抵抗感は発生せず、そのまま伏魔御廚子に包み込まれた。
当然、オレの領域外部は『捌』によって連続で斬り付けられる。
何度も。何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も斬り刻まれて――。
「……なんだと?」
――しかし、オレの領域は健在であった。
宿儺のその反応に笑みが浮かぶのを抑えられない。
「オレの術式はご明察の通り。その術式反転『呪力の吸収』を付与して作り上げた領域こそがオレの吞天武座――縛りのせいで術式順転は使えないし、必中必殺の領域でもない。ただこの世の全てを吸い続けるために在り続ける、エネルギー吸収アリーナとでも呼ぶべき領域だ」
領域の開示による性能向上、完了。
「押し合い性能を捨てることで、圧し潰されない領域となし――」
縛りの開示による性能向上、完了。
「加えて簡易領域、彌虚葛籠、領域展延といった領域対策を放棄することで――
更なる縛りの開示による性能向上、完了!
「安心しろ、そこまで硬くねえよ。せいぜい――今のオレより硬いぐらいさ!」
一つ開示していく毎に外殻硬度は上昇し、盤石と化した。
この間にも斬撃が外殻を襲い続けるが、領域が壊れる気配は一切なし。
無傷という訳ではない。だが斬撃を構成する呪力、なにより閉じない領域を満たす宿儺の呪力が、付けた傷を瞬く間に治していく。
触れれば触れるほど、攻めれば攻めるほど、傷つければ傷つけるほど、相手から呪力を奪う、対領域戦用領域。
「――クク、クハハハ! そうかそうか! 貴様が用意した全てが全て、俺を殺すためだけの代物かっ!」
「言っただろ、準備は万端ってね」
術師にとっての生命線、生得術式。
それを一時的とはいえ失う可能性がある領域展開は諸刃の剣。
必然、領域対決はその生命線を奪うか奪われるか、どちらが相手の喉笛を噛み千切るのかという勝負になる。
ゆえに、領域戦で絶対に負けないように――絶対に破壊されないように追求して完成させた、自慢の領域!
……だからこそ先に魔虚羅を排除しておきたかったが、こうなってしまっては仕方がない。
魔虚羅を出す前に宿儺を破壊して、領域を崩壊させる!
「行くぜぇ! 宿儺ぁ!」
「叫ばなくとも聞こえているぞっ! 石流龍!……玉犬・渾!」
宿儺の影から這い出た玉犬が……宿儺の身体に、纏わりついている?
満象での穿血のように完全顕現ではなく、一部だけ特性を出現させたのか、かの両面宿儺が全身に黒い毛皮を纏い、鋭い爪を持った、犬耳の男性へと変身を遂げた。
「随分可愛くなっちまったじゃねーか! SNSに上げたらきっとバズるぜ!」
「有象無象の声など、いくら集めた所で腹の足しにもならんな!」
共に遠距離攻撃は無意味。必然の展開として繰り広げられるのは、領域内での接近戦!
「っちぃ!」
「ハハハ! ようやくまともに飾りを入れられたか! どれ、このままタタキにでもしてやろうか!」
「ちょっとばかし切れ目入れられただけでどんだけ喜んでんだよ! 料理下手かテメェはぁ!」
ふざけたその姿とは裏腹に、その危険性は跳ね上がっていた。
毛皮は魂に触れる事を許さず、爪はオレを切り裂く攻防一体のスタイル。
影で編まれた毛皮によって魂への打撃は遮られる。宿儺に効かせるには毛皮に覆われていない箇所を狙うしかない。
より一層厄介なのは玉犬の爪。縛りによって御廚子の刃をも重ねているのか、その鋭さは今までの斬撃とは比べ物にならないものだった。
久々に感じる、骨にまで届きうる刃撃。命にまで届きうる痛撃。
……これだ! 相手は史上最強、両面宿儺! 一方的な展開なんてありえねぇ! どれだけ策を練ろうが、その上を行くバケモノだと思え!
一手仕損じれば立場がコロリと入れ替わる! 優位を失えばそのまま沈め続けられる!
生きるか死ぬか、そんな相手とオレは今、闘っている!
「そこっ!」
「ちぃっ!」
凄まじきは宿儺の体術。余りの動きのキレを前に、振り切られる瞬間も多々ある。
だが微かではあるがその中に、東京で見せた動きを、オレが何日にも渡って想定した動きを見せる瞬間がある。
そこを捉えて殴り返す。
受けたダメージ量ではオレの方が多いが、そんなものは反転で即座に回復。
縛りで最大限にまで効率を上げた術式反転。それを駆使するオレの呪力総量は半ば無限! 少なくとも、目前の宿儺が呪力切れを起こすまでなくなることはない。
数は多くないが魂の輪郭を殴られた宿儺の方が、ダメージレースでは明確に不利!
間違いなく優勢なのはオレの方。
だというのに、嫌な予感が拭えねぇ……!
「ふむ。まあこれぐらいか」
幾度かの交差の後、強引に間合いを広げる宿儺。
僅かな距離。一瞬で埋められる空間。数瞬後には再度拳をぶつけられるほどの近さ。
――つまり、最強の式神を呼び出すには十分な時間!
視界に映る、交差された両腕。
「布瑠部由良由良」
詠唱の完了と共に、オレの背後に突如として現れた強大な気配。
間違いない。魔虚羅がついに、戦場に現れた!
落ち着け。冷静に。最短経路で処理をしろ!
振り返りざまその威容を視界に収め――振り下ろされた退魔の剣を受け止めて――取り出したタバコを一本、押し付ける。
「『流転』『空界』『
閃光。
轟音。
爆風。
そして……消失。
――タバコの消失と共に放たれた、超威力の呪力砲。それが魔虚羅を跡形もなく滅却させた。
時間にして数秒の瞬殺劇。
視線を宿儺に戻す。
奴はまだ、腕の交差を解いていない。
――ガコン!
領域の外より遠い場所、または耳の奥底で、法陣が回る音を、聞いた気がした。
「布瑠部由良由良」
極ノ番による魔虚羅の排除後、立て続けに
オレと宿儺の間に立ちはだかるように仁王立ちする、最強の式神。
その退魔の剣が上ではなく、薙ぎ払うように構えられた。
――
恐らく本命は……オレの領域に適応した
領域破壊まで時間的余裕はない。剣を振り切られた瞬間オレの領域は破壊されるはず。呪詞による指向性は放棄して自爆覚悟で――。
「極ノ――」
「布瑠部由良由良」
「――は?」
――3、体目……?!
再度、オレの背後に突如として現れた強大な気配。
都合3体目の魔虚羅。
完全に想定外の存在に、思考と詠唱が一瞬止まった。止めてしまった。
ほんの一拍。
呼吸より短い、致命的な空白。
「やれ、魔虚羅」
「――しまっ!?」
一刀両断。
その言葉以上に適切な表現はなく、魔虚羅の横薙ぎにより、オレの吞天武座は崩壊。
そして――術式が焼き切れたオレに、『竈』の炎が、襲い掛かった。