「おいどうなってんだ? 2体どころか、3体目の魔虚羅が出てきてるじゃねえか」
真希の疑問は、事情を把握している者たち全員の代弁だった。
虎杖たち高専陣営は乙骨のコガネ――要望に応え限界いっぱい、講堂のスクリーン並みのサイズとなったモニターの前に集まって、両面宿儺と石流龍の戦いを見届けていた。
術師に憑いている
そこには当然、石流龍の領域が崩壊する直前のシーンも映っていた。
八握剣異戒神将魔虚羅。
あらゆる事象に適応するという禪院家の虎の子。それを一撃で葬り去った石流龍の極ノ番。
その威力に驚いていたのもつかの間、直後に召喚された2体目の魔虚羅。これを想定していたのか素早く対処しようとした石流の背後に、魔虚羅が三度現れた。
流石に動揺したのか、一瞬動きが止まったその隙を突いて、石流の領域に適応していた2体目の魔虚羅が領域を破壊。
――術式を一時的に失った石流は防戦一方。伏魔御廚子と2体の魔虚羅の猛攻を、ひたすら耐えている状況。
一瞬にして石流を劣勢に追いこんだ要因である複数体の魔虚羅について、高専陣営の者たちは考察を重ねていく。
「基本的に十種の式神は一種につき一体呼び出せて、事前に調伏しないと召喚できない。破壊された式神は二度と召喚できなくなるけど、能力を他の式神に継承できる。これは間違いないよな?」
「しゃけしゃけ」
2年組のパンダと狗巻が十種影法術の基本的な性質について確認する。
「じゃあ単純に複数体呼び出せる、例外タイプの式神の能力を継承させた、とか?」
「玉犬はニコイチだから出来たとしても2体だけ。3体目の説明が出来ん。脱兎は攪乱用のコピーを作るだけだからオリジナルの性能には及ばんだろ。もし匹敵する性能だっていうなら2体3体と言わず、もっとウジャウジャ召喚しているはずだ」
西宮が出したシンプルな答えを、日下部は現状に則さないと否定する。
その最中にも状況は変動していく。
宿儺に向かって吹き飛ばされた3番目の魔虚羅がバラバラに裁断され、すぐさま都合4体目の魔虚羅が召喚された。
十種影法術が破格の性能を誇る、というだけでは説明が付かない、あまりに不可解な事象。
「……伏黒が言ってた」
誰もが答えに至らない中、虎杖が呻くように声を漏らす。
虎杖の脳裏にこびりつく忌まわしき渋谷の記憶。魔虚羅という存在に紐づいて掘り返された
「複数人による調伏の儀は無効化されて……やり直す必要があるって!」
「そうか! 虎杖の言う通り十種影法術の調伏の儀は無効化された場合やり直す必要がある。この性質があるため、
「なるほどな。あえて調伏してない状態をキープして、何回ぶっ壊されようが何度でも召喚できるようにしたって言うことか」
同じ結論に至った日下部の補足説明を受けて秤は納得するが、そこに異を唱えるのは彼の隣に居る綺羅羅。
「でも待ってよ。それじゃあ結局2体同時に召喚できてる理由が分かんないじゃん」
問題なのは同時に複数の魔虚羅が存在することではないのかと声を上げる。
虎杖も日下部もその言葉に返す言葉を見つけることは出来ない。
「……そもそも、式神は共有なのか?」
「どういうことですか脹相さん?」
「十種の式神は『術式に紐づいていたモノ』を共有して使用しているのか、それとも伏黒恵や両面宿儺といった『個別の魂にそれぞれ配布されている』のか、ということだ」
乙骨の質問に、脹相は淀みなく答えをだす。
「もし前者なら原因がどちらにあろうが、一度破壊された式神は誰であろうが呼び出すことはできない。共有物が壊されたわけだからな。だが後者であればそれぞれ別個で式神を所有しているため、どれだけ式神を失おうが相互に影響を受けない。逆に言えば、
仮定に仮定を重ねた推論。それを基に脹相は言葉を紡ぎ続ける。
「悠仁。伏黒恵が失った式神について何か覚えはないか? それと宿儺が東京で呼び出した式神の種類も」
「えーと、確か伏黒は大蛇を壊したとか言ってたっけ? それであの時、宿儺が出そうとしたのは……」
「あったぞ」
虎杖が東京での戦いを思い出そうとする横で、日車がサラリと答えを告げる
「宿儺が呪詞も使って呼び出そうとした式神は7種類。鵺、満象、蝦蟇、不知井底、玉犬・渾、脱兎、そして大蛇だ。こいつは今の戦いで使われて破壊されたがな」
「ということは……伏黒が壊した式神を宿儺が呼べたっていうなら、個別に式神を所有している線が濃厚か。そしてこの理屈なら、魔虚羅が2体同時に存在する理由についても説明が付く。伏黒の魔虚羅と宿儺の魔虚羅、この2体が存在するわけだ。そして宿儺は自分の魔虚羅を召喚すると同時に、伏黒の魔虚羅も引きずり出しやがったのか。どんな神業だよ」
飴を転がしながら、日下部は辿り着いた仮説に対して『ありえねぇだろ』と詰った。
仮定から始まった推測は、徐々に肉付き形を成していく。
謎というピースが埋まっていき、全体像が見えてくる。
「そんな連続で調伏の儀は行えるもんなのか? 何かしらリスクがありそうなもんだが」
「恐らく存在しねえな。『調伏の儀を連続で行う』って行為そのものがリスクなんだ。しかもクリアしたところでメリットが何もない、複数人による儀式。リスクなんてあるわけねえ。それを戦術に運用している方がおかしいんだよ」
真希は都合が良すぎると感じているが、日下部はそもそもが『無価値な儀式』である以上、連続での開催に不都合などないと断じる。
「あの、東京では魔虚羅を呼び出してなかったですよね?」
「うん。流石に魔虚羅を影に戻そうとするのは無理だったはず。それに他の式神を呼び出してなかった所を思い返すと、調伏の状況は伏黒くんと共通みたいだね」
「なるほど。式神は
三輪の質問に乙骨が補足を交えつつ答え、冥冥が現状の推測を纏める。
「ちょっと待てよ! 達成状況を共有しているなら伏黒も宿儺も、どっちの魔虚羅も調伏済みってことだろ? じゃあ調伏の儀で何回も召喚しているっていうのはおかしいだろ? 辻褄が合わねえじゃん!」
「縛りじゃねーの?」
猪野の疑問に対して、皆から離れた後方から観戦していた黄櫨がサラリと答える。
「
「そうねぇ。羂索からも聞いたことあるけど、自分優位な縛りを組むの、相当に巧いらしいからね。アイツ」
黄櫨の隣に座るレジィもその言葉に同意して、最後にモニターを指さして一言。
「そんなことよりいいの? あのリーゼント、そろそろヤバいよ?」
******
――そういうことかよ。
術式が焼き切れた状態で、伏魔御廚子の斬撃を落花の情、2体の魔虚羅の猛攻を体術で捌き、負い続ける傷を癒すために反転術式を限界まで稼働させる。
明らかにオーバーワークの中、頭の片隅で冷静さを保っている自分が、3体目の魔虚羅の正体に行き着いた。
前後からの挟み撃ちの形を取る2体の魔虚羅。そのうち1体、3番目に召喚された魔虚羅の腕を掴み、強引に投げ飛ばす。
行き先は――両面宿儺の方!
「気づいたか」
奴に触れる前に細切れにされる3体目の魔虚羅。
そこに惜しむ様子は見られない。
この雑な扱い。間違いねぇ。
1番目と3番目は
疑問ではあった。魔虚羅を失って機能を失ったはずの十種影法術を、伏黒恵は使用できていた。
その答えは東京
つまりは、十種の式神は個々人に渡される代物だということ。
これなら伏黒恵の魔虚羅は破壊されていないわけだから、最終決戦後も十種が使えるってわけだ。
問題なのはそこから。
宿儺が伏黒恵の領域を展開した以上、伏黒の式神を召喚する可能性――ひいては
新宿で使わなかったのは、伏黒恵の意識がある程度ハッキリしていないと、宿儺であっても伏黒恵の式神や領域には干渉できないから、といった所か。
ただ流石に調伏の結果は全アカウント共通だと思っていたから油断した。
縛りで『伏黒恵には調伏の結果を共有しない』とか組み込んだんだろうな。
しかもそれ多分、自分がメリット受けられる側の縛りじゃねぇか?
あーやだやだ、これだから縛り巧者は。
「ほうら、お代わりだ――布瑠部由良由良」
出現する、都合4体目の魔虚羅。
宿儺の傍で召喚されたそいつは、何かしらのトリックがあるのか術師の方を一切向くことなく、こちらに向かって突進してくる。
――2番目の魔虚羅が間合いを広げた。来る!
「
「オラぁっ!」
必中で飛んでくる必殺の炎を迎撃する!
正の呪力を最大限集中させ、できうる限り『竈』の炎を中和していく――そこまでやってなお受け止めた右腕は炭化し、超至近で弾ける炎が全身を焼く。
飛びかける意識を、反転術式で強引に繋ぐ。
その間に距離を詰めた4番目の魔虚羅の膝が腹に突き刺さる。
お返しの左フックを食らわせ、再度距離を開ける。
ガコンと響く音が、打撃にだけ適応したことを祈る。
燃え尽きた右腕を優先的に治すように反転術式を駆使。
状況は再び振り出し……いや、それ以下に落ちていく。
……流石に冗談抜きでヤベェな。
軽口すら言い返せなくなってきた。
幸いと言っていいのか不明だが、『竈』の炎が連発されないことだけが救いか。
間を置かず連射が可能だったのなら、その時点でゲームオーバーだった。
術式はじきに戻ってくる。呪力に糸目は付けるな。反転術式と落花の情だけは死んでも切らすな。
だが一番の問題は魔虚羅だ。
吞天武座に適応している以上、領域展開したとしても次の瞬間には破壊される。そうすれば再度術式を失い元の木阿弥。
だが魔虚羅を倒すためには極ノ番が必須で、
宿儺も恐らくそのことに勘付いている。となるとオレの術式が回復次第、魔虚羅が破壊されないようオレから離すはずだ。そして安全な所で領域を破壊すればいい。より確実を期すなら術式や極ノ番にまで適応するのを待ってから手を下すのもアリ。
領域への適応の早さを見るに、オレの
つまり完全適応までに倒さなきゃならず、時間がない。
万が一魔虚羅を破壊できたとしても、タイミング的に領域の崩壊と同時、という形になるはず。そうなると術式反転で呪力が回復できないまま伏魔御廚子だけが残り、ひたすら斬撃で刻まれ『竈』で焼かれ、いずれ呪力が切れたところを、仕留められる。
すなわち術式が回復すると同時に、呪力の回復を待たず魔虚羅の破壊と伏魔御廚子の崩壊。両方を成す必要がある。
無理難題。詰み盤面だ
……賭け、だな。しかも2回。
もしこの賭けに負ければ敗色濃厚。魔虚羅に斬り殺されるか、『竈』の炎で焼かれて死ぬか、『捌』でミンチになって死ぬか。
だが、勝負に出ねば遠からず死ぬ。
であれば、乗る以外はない。
そのためにはまず――領域の外に向かって全速力で駆け抜けろ!
多少の怪我は気にするな!
ただひたすらに逃げの姿勢を見せつけろ!
「……はぁ。余り興を削ぐような真似はやってくれるな、リーゼント」
50mほど進んだ辺りで伏魔御廚子の領域の仕様が変更され、開かれていた領域が閉じられる。
宿儺の領域に外殻が作られ、伏魔御廚子は逃げ場のない屠殺場へと変貌した。
――ここまでは計算通りの展開。賭けはここからだ。
呪力の予兆を感じ取ったのか、宿儺の魔虚羅がオレから距離を取る。
それを無視し、掌印を組む
「領域展開、吞天武座」
広がっていくオレの領域が、宿儺の領域外殻と接触する。
圧し潰してくるが、潰されることはなく、オレの領域はそこに在り続けようとし。
――宿儺の魔虚羅が、刃を突きこみ、引き裂いていく。
想像の通り、展開直後にオレの領域は破壊された。
分かっていたことだ。
オレから離れる事がなかった4番目の魔虚羅に加え、宿儺の魔虚羅が急接近してくる。
前方から迫る宿儺の魔虚羅の盾にしようと、背後に居る4番目の魔虚羅の腕を絡めとり投げようとしたが、腰を落として対応された。
――正面から振り下ろされた退魔の剣が、左肩から右脇に掛けてを切り裂いていく。
オレの肉体にも適応したのか、殆ど抵抗なくスルリと刃が通って行った。
口から溢れ出ようとする血を必死に呑み込む。刹那に全てを終わらせる。緊張の糸を絶やすな。
「
宿儺の魔虚羅に遮られて見えないが、オレにトドメを刺そうとする詠唱だけが耳に届く。
……つまりは、
両手、孔雀明王印を組み。
右足、退魔の剣を踏み抑えて。
――脳に致命的なダメージが入るのを感じる。
「――領域展開! 吞天武座!」
「なにっ!?」
その一切を無視して、連続での領域展開。
先ほどの焼き直し。異なる点はただ一つ。
――宿儺の領域外殻を利用した、不完全な領域であること。
退魔の剣から足を離し、タバコを一本取り出し、頭上に運ぶ。
剣が自由になった魔虚羅は、領域を破壊せんと、刃を構え――
「! 止めろ魔虚――」
「――極ノ番・
――
曰く、初めての自爆です、という奴だ。
閃光。
轟音。
爆風。
その全てがオレを呑み込み、遠方に居た宿儺にすら襲い掛かる。
「っ! やってくれたな石流龍ぅ!」
指向性を持たずに放たれた極ノ番が、際限ない破壊をもたらしていく。
領域の崩壊と共に放たれたため、本来被害を抑えるべき外殻が消失し、現実世界で周辺の建物に被害を齎している。
領域内部に居た宿儺もまた例外ではない。距離があったが故に呪力強化で凌いではいるが、全身を爆風が襲い、突如の閃光に視線を隠している。
「――がはっ!」
「クリーンヒットしたのは、初めてかもなぁ!」
――そんなハッキリとした隙を逃すなんて、あり得ねぇ!
爆風に乗って、バリスタの如き蹴りを腹部に叩き込む!
浮き上がる宿儺の肉体。吐き出された血が顔に掛かり、鼻から垂れる血と共に、それを舐めとる。
剥きだしの筋肉。飛び出た骨。全て治しながら殴り続けろ。
「オラオラオラぁ」
勢いに乗って連撃を浴びせ続ける。
2発3発! 折れた腕を叩きつけ!
4発5発! 皮膚のない拳でぶち抜いて!
「――余り舐めるなよっ!」
まだまだイケるというところで、キレイなカウンターを貰う。
相も変わらず見事な体術。これ以上はないというタイミング。
……だが、身体のキレと威力は、間違いなく下がっていた。
「先ほどからカチカチと良く転がる。硬いだけの路傍の石が」
「麒麟も老いてはなんとやらってか。小石に躓くようになったらどんな傑物もオシマイだぜ、
「抜かせ、
既に互いの肉体は万全に戻っていた。
そこからの戦いは、術式を失ったままの肉弾戦へと移行する。
オレと宿儺が拳を交える。ただそれだけで周囲は更地になっていく。
一戸建て、コンビニ、ファミレス、マンション。あらゆる場所を破壊しながらのインファイト。
「軽いんだよ攻撃が! もっと肉食え肉!」
「ケヒッ! それに関しては同感だ!」
だが今この状態、術式なしでの接近戦ならオレの方が有利。
体術は間違いなく宿儺が上だが、如何せんフィジカルが不足している。
単純な打撃力不足。虎杖悠仁ではなく伏黒恵だからこその弱点だ。
幾度かの交差。廃墟となったアパート。その残骸から、宿儺が這い上がってきた。
――術式は回復した。恐らく宿儺も。
即座に領域で閉じ込めて……そう思うも実現はできない。
まず、領域展開を行えるほどの呪力がない。
術式なしで魔虚羅軍団と伏魔御廚子に対処するために、反転術式と落花の情をフル稼働。
その窮地から脱するための、2連続の領域展開と極ノ番の発動。
更には焼き付いた術式の回復に、トドメに核爆発に匹敵する自爆によって傷ついた肉体の修復。
以上の度重なる無理の結果として、呪力は枯渇寸前という有様。今は大人しく術式反転で呪力の回復に勤しむのみ。
加えて、術式の回復による脳へのダメージが想像以上に深刻。
領域展開に現状問題はないだろうが、次に同じことをしたら確実に支障がでるのが目に浮かぶ。
オレだって反転術式を習得してから向こう、常に脳を含んだ全身の回復をし続けていたから自信はあったんだが、たった一度の実践でこうなるとはな。
とにかく今は、少しでも脳への負荷を減らすのが最良。
「――布瑠部由良由良」
……目の前の男は、攻めの考えしか持っていないらしい。
というより、お前の魔虚羅は破壊しただろうが。大人しく十種影法術の機能を失ってろよ。
また無限魔虚羅マラソンか。クソがよ。
召喚された魔虚羅がオレの前に立ちはだかり仕掛けてくる。
振り下ろされた刃を躱し、殴り飛ばして距離を広げた。
今はひたすら距離を取って呪力の回復に勤しめ。適応させないように魔虚羅に近づかないように――。
「やれやれ。誰が敵かも分からんらしいな」
吹き飛ばした先に居た宿儺に向けて刃を掲げる魔虚羅の姿が目に飛び込む
――方針変更! 理由は不明だが宿儺も敵と認識した以上、もはや2対1の構図じゃねぇ!
魔虚羅の一閃を躱した先、そこに飛び込んできた宿儺を殴り飛ばす。
距離の問題か、再びオレに攻撃を繰り出す魔虚羅。
であるならば魔虚羅は無視。宿儺に接近する。
オレに追随する魔虚羅を交えて始まるは、互いが互いを敵視する踊り食い。
「おいおい! 飼い犬に手を噛まれてんじゃねえか! ちゃんとエサやってんのか!?」
「なにぶん他所の犬だからな! イキのいい主人に似たようで、誰彼構わず牙を剥く!」
魔虚羅を交えたこの状況は、宿儺にしても不利なはず。
形式は
下手に適応が進む前に一撃で葬りたいのであろうが――
だから倒すには領域展開が必要。そして使えばオレはその領域の呪力を吸い上げて、領域を展開し返す。
さあ、使えよ宿儺!
「だが所詮は
『はい。如何いたしました?』
「
『かしこまりました! 100
……自分からバラした?! 何故?!
――
たった今、死滅回遊の
宿儺が気付いていたことには気付いていた。
乙骨が一度使用した手だ。宿儺ならすぐに察するだろうとも。
だがどうして今?
――宿儺に襲い掛かろうとしていた退魔の剣が、止まった。
魔虚羅の動きが止まって……オレだけを標的にし始めた!?
「伏黒恵の意識を引き出すための一手だったのだろうが、少々熱冷ましに使わせてもらった。今ごろは微睡んでいるころだろう」
……なるほどなぁ。伏黒恵の意識レベルによっては仮死状態として認定される。そんな感じか。
伏黒恵を仮死状態とさせつつ伏黒魔虚羅を呼び出すなんざ、どんな神業だよ。
けど、それじゃあやっぱり……話は簡単じゃねえか!
「構わねえよ! そんなの使わずとも、寝ぼけたガキを叩き起こせばいいだけの話だからなぁ!」
「やってみろ、石流龍!」
宿儺を――伏黒恵の魂をぶん殴って意識を叩き起こす!
それだけでもう魔虚羅は使えねぇ!
何発か分からんがぶん殴るだけで、未調伏状態の魔虚羅は宿儺にも牙を剥く。こいつは敵じゃねえ。潜在的な爆弾だ!
ゆえに魔虚羅を無視し宿儺へと接近する!
「鵺・渾――嵌合獣・顎吐」
新たに呼び出した式神が、再び宿儺の肉体に纏わりついて衣へと姿を変えていき――電撃が迸った。
宿儺の呪力によって強化された鵺の電撃。
身体に伝わる電流が、問答無用で皮膚と肉を焼いていく。
これは……何と言えばいいか。
「ひっさしぶりの痛みだな!」
身体を貫く電気を強引にねじ伏せ、僅かに止まることもなく拳を振りぬく!
痛いには痛い。神経にもとんでもなく響く。だが――術式開放時の
殴り、殴り殴り殴り続ける! 狙いは式神に覆われていない地肌の部分!
背後から迫る魔虚羅は蹴り飛ばして距離を開け、再度宿儺に肉薄!
十体の式神のうち能力が不明だった虎葬については、既に顎吐に取り込まれていると考えていい。その顎吐で使ってくるのは電撃だけということは、虎葬の能力はこの場では意味をなさないということ!
であれば知る限り、魔虚羅を除いた十種影法術でオレを倒すすべはない。
殴り返されてもいい。ひたすら殴り続けろ。そうすれば調伏されていない伏黒恵の魔虚羅は、宿儺に牙を剥くことになる。
殴り殴られ殴って殴り。
打撃に適応しているのか、ガコン、ガコンと法陣は回り続け、その感触も硬く、重くなっていく。
このまま行けば、魔虚羅への対処を先に行う必要が生じるか。
――されどその瞬間は、思いのほか早く訪れた。
呪力を用いた空中戦の最中、オレの拳が顔面を――式神に守られていない素肌を捉えた。
吹き飛ばされ、ガソリンスタンドの天井を突き破って落ちた宿儺。
刹那、魔虚羅の殺意の矛先が、突如として分散する。
待ち望んだ瞬間が来たぜ、宿儺!
「――――――!」
良く分からない叫びと共に襲い掛かってくる魔虚羅を、宿儺の元へ投げ飛ばす。魔虚羅の習性は分かりやすい。より近い方を狙う。
だから魔虚羅が目標を変更した瞬間、その後方をオレは付かず離れずの距離で追っていく。
宿儺が魔虚羅に対処しようとした瞬間、そこを狙う。
「
宿儺も魔虚羅が牙を剥いたのを察したのだろう。超威力を秘める炎の矢が天に向かって放たれる。だがその速度は、欠伸が出る程遅くて。
「ガソスタでは火気厳禁って学ばなかったのかい?! 当たらねぇけどなぁ!」
オレも魔虚羅も余裕を以て回避。そのまま大地へと着地し、宿儺を探る。
姿は見えない――だが高まっていく宿儺の呪力。
一度経験しないと気付くことができないほど些少な、だが経験したが故に気づくことができる、領域展開直前のタメ。
だがこちらも呪力は十分に回復した。
合わせてオレも掌印を組み、領域を展開する。
「領域展開――吞天武座!」
一足早く――後出しのオレが先?――構築した領域がオレと魔虚羅、そして宿儺を包み込んだ。
一拍後、追うようにして宿儺の領域が構築されていく。
予想通りの状況。
「領域展開――嵌合暗翳庭!」
――予想と反するは、宿儺が使う、領域の種類。
……ここで、伏黒恵の領域?
オレと宿儺の領域が触れ合うがされど壊れず圧し潰されず。それぞれ確立し、世界を分断していく。
外殻の圧し合いが発生しているということは、宿儺が展開したのは閉じない領域ではなく閉じた領域。
一体何がしたいのか? 意図が読めない領域の変更。
――その問いへの答えは、間を置かずに示された。
「満象」
天地を覆う影の境界。その至る所にフジツボのように穴が生えてくる。上下左右。360度。うじゃうじゃと。
そこから吐き出されるのは、ナニカの霧。留まることなく吐き出し続け、影の世界に揺蕩っていく。
キラキラと細かく空を舞うそれは、影の世界でもよく目立ち、特徴的な臭いが、ツンと鼻を突いてくる。
その臭いが――ガソリン特有の臭いが、何が狙いかを嫌でも伝えてきた。
ここに来て、先の『竈』の狙いが分かった。
あの火はオレでもなければ、魔虚羅を狙ったわけでもない。
己を照らす
科学が生んだ可燃の血潮を、己が影に取り込むための!
「――
本命の
引き絞られる、炎の矢。
満たされていく、
影によって閉じられた、逃げ場のない空間。
――伏魔御廚子を使わずに、宿儺の最終奥義の条件は、ここに整った。
今から瞬きのうちに、世界は臨界を迎える。
「少しばかり火力は高いが、蒸し焼きとさせてもらおう――さらばだ。石流龍よ」
オレを焼くためだけに宿儺が築いた地獄の竈。その開かれた口から種火として焚べられる業火の一矢。閉じた世界を一瞬で――無間へと突き落とす。
その全てをオレはただ、孔雀明王印を組んだまま、眺めていた。