「恐らく宿儺は土壇場で魔虚羅を放棄することで、その機能を別の式神に継承させる縛りを結んだな」
「なぜそう言える?」
ニヤケ面が張り付いたままの羂索が、自分が呼び出した魔虚羅に襲われている宿儺を笑いながらそう評した。
その態度に腹立ちつつも、裏梅は気になったことをそのままに聞き返した。
「十種影法術の魔虚羅は式神として破格すぎる性能を持つ。それを維持するために調伏した魔虚羅が破壊されたときに、術式を使えなくなるデメリットぐらいは組み込まれているはずさ。縛りはそれだけじゃないだろうけど、それぐらいの縛りも当然含まれているはず。本来リスクとも言えないリスクだけどね。だからさっき宿儺の魔虚羅が破壊されたときには、もう宿儺には十種を使えないと思っていたんだが、実際に宿儺は使用している」
「伏黒恵の式神だから問題ないのではないか?」
「あの魔虚羅は、宿儺が自分のアカウントから伏黒恵のアカウントに不正アクセスした結果だよ。魔虚羅が破壊されアカウントそのものが停止してしまっては、さしもの宿儺でもどうにもならない。そうはなってないってことは、魔虚羅の役割を別の式神に移すような縛りを結んだってことさ」
問題なのは、術式のシンボルとしての役割だけなのか、『適応』という特性までも継承できているか。それだけで戦いの趨勢はかなりの違いを見せる。
それは口に出さず、今はこの戦いの結末を見届けようと羂索は今一度、死合の鑑賞に本腰を入れる。
「随分と機嫌が良さそうだな」
その羂索に向けて、珍しく裏梅の方から声が掛かった。
「うん? そう見えるかい?」
「ああ。端的に言ってキショい」
「酷いなぁ」
「……奴の『極ノ番』に、それほど興味が惹かれたのか?」
裏梅は気付いていた。羂索の機嫌が良くなったのは、当の本人がハズレだと断言した術式の『極ノ番』を見てからであった。
確かに威力そのものは凄まじいものがあったが、同程度の威力を出せる術式も少なからず存在する。裏梅からすれば呪術マニアである縫い目頭の気を引くほどのものであるとは思えなかった。
「まあね。私の予想ではあの極ノ番は
「ほう? 一体何だというのだ?」
「う~ん。私もまだ断言できるほどじゃないんだ。今はまだ語るべき時ではない、って奴」
「そのまま語らずに殺されてしまえ。その方が世界は平和だろうさ」
「おいおい、賭けに負けそうになっている私になんて酷いことを言うんだ?」
「貴様が行う賭けなど、勝とうが負けようがロクなことが起こるまい」
答えが返ってこないことが分かり、裏梅はモニターに意識を集中させる。
そんな彼の様子を見た羂索が、じゃあヒントを一つだけ、と指を一本立てた。
「どうして石流龍は己の領域を『エネルギー吸収アリーナ』などというふざけた名前で呼んだのでしょうか」
そう語る羂索の顔には、面白い玩具を見つけた時のような、
******
術式には、領域展開時にのみ発動する効果を持つものがある。
代表的なのが五条悟の無量空処。その領域名と同じく、領域内部の存在に無限回の知覚を強制する術式効果『無量空処』を発動できる。
このように通常の術式運用では見られなかった効果を、時に領域は発揮することがある。
これが生得術式にもともと備わっている仕組みなのかどうかは不明。
だがオレはこの事実を元に、領域そのものに術式を拡張する余白があると認識。縛りとして『領域展開中にのみ発動する拡張術式』を組み込むことで、その余白を利用。ある拡張術式を組み込むことに成功する。
ところで、どうしてオレは自分の領域のことを『エネルギー吸収アリーナ』などと、ふざけた名前で呼んでいるのか?
だってそうだろう? 仮に似たような名前を付けるとしても、呪力を吸収するだけなら『
前世の
否。それが
オレがこの『呪力の放出』という術式を自覚してしばらく経った時、ふとした拍子に一つの疑問が浮かんだ。
――オレの術式の対象にもなっている『呪力』とは、いったい何なのか。ということを。
人間の負の感情から生まれる、マイナスのエネルギー。これが模範解答であり――考え抜いた末に、それが
そう。人間の感情から生まれるやら、頭にマイナスとやらがついているが、呪力とはとどのつまり只の
肉体強化や結界術、生得術式など。
呪術というものを行使するためのエネルギー
そしてこの
術師や呪霊のお歴々を見れば一目瞭然。
鹿紫雲は呪力を電気の性質へと変換し。
雪崩の呪霊は呪力によって熱を奪い冷気を作り。
両面宿儺は周囲に炎を撒き散らす。
出会ったことはないが、もしかしたら呪力を光に変える者もいるかもしれない。
奇しくも羂索が各国の軍隊をおびき寄せるエサとして喧伝したように、この世全てのエネルギーの代替になりうる存在、それこそが呪力なのだ。
ならば……逆もまた然り。
呪力を他のエネルギーへ変換できるということは、他のエネルギーからも呪力を生み出せるということ。
つまり――
他者にとっては暴論かもしれない。
しかし、『呪力の放出』という
オレは『呪力』をこう定義した。
であれば、電気であれ熱であれ振動であれ光であれ……その全てが
そう。これこそが呑天武座という領域でのみ発動する術式効果。
名付けて拡張術式『
これにより領域展開によって増大した呪力消費を、呪力以外のエネルギーで賄うことに成功。例え相手の呪力が尽きたとしても、太陽が、地熱が、風力が、エネルギーと呼ばれるモノが存在する限り、
そして今。
「ククッ」
サーモバリック爆薬によって発生した、一切合切を破壊し尽くす凶悪なエネルギーたちが、領域内を埋め尽くす。
影の世界は撓み、軋み、その衝撃に耐えきれずに崩壊。内部に居た魔虚羅もエネルギーに耐えきれず消滅。
「クハハハッ!」
衝撃、熱、減圧と加圧。
爆発に関連するおよそありとあらゆるエネルギーが、オレと呑天武座を襲った。
砕いて、焼いて、冷やして、潰して、引く。
常人でも超人でも10回死んでもおかしくなかった、地獄の竈。
「アーハッハッハッハ――これを喰らって生き残るかっ! 石流龍っ!」
「悪ぃな! まだまだ食べ盛りなもんでよ!」
――吞天武座がその全てのエネルギーを吸収し、還元し、有り余らせた力で回した反転術式によって、オレはここに立っている。
オレの領域内部には、ただ2人。
領域を展開し、溢れんばかりのエネルギーで呪力を回復しきったオレと。
領域が崩壊し、術式を失ったばかりの両面宿儺。
――待ちに待った、この状況。
「オラぁっ!」
「ハアァっ!」
呪力放出を最大にし、一気に肉薄。拳を振るう。
三度、肉弾戦。だが先までと条件が違う。
術式が焼き切れた宿儺では領域のバフが乗ったオレの打撃を捌き切れず、被弾すること3発目。
魂への影響か、肉体の動きがハッキリと鈍った。
すかさずに懐から取り出したタバコを一本、宿儺に向けて突き付ける。
極ノ番、これで致命的なダメージを負わせる……!
「『流転』――」
つまるところ、オレの極ノ番は『悪食』の延長線上にある術式に過ぎない。
術式対象を『この世全てのエネルギー』にまで拡張したが、扱い切れないエネルギーが存在した。
問題となったのはオレ個人の認識――
物理学において、質量とはエネルギーの一形態であること。
知識としては存在するが、しかしイメージに結び付けることが出来なかった。
「『空界』――」
だからこそ、オレは万と闘った。
より正確に言えば、極めて優秀な『構築術式』の使い手と。
無から有を生み出す術師と。
百聞は一見に如かずとはこのこと。
質量が、
「『
極ノ番作成に当たり、複数の縛りを構築。
生物を術式対象には選べない。
術式対象にできる質量は
指向性を付与するには、手掌と呪詞の詠唱が必要。
上記の縛りを構築して成したことは、
これこそがオレが求めた、我が術式の究極。
言ってしまえば、オレの極ノ番はたったこれだけ。
E=MC^2
とある天才科学者が導いた、質量と
これを100%の効率で、放出することを可能としたのが、我が極ノ番。
あとはただ、触れている
「彌虚葛籠!」
宿儺は必中効果を中和するため印を組み結界を張る。
これほど膨大な呪力放出の起こりを察知することは宿儺にとっては朝飯前だろう。
間合い二歩分。
近距離ではあるが密着しているわけではない。際どいタイミングとなるだろうが、必中でさえなければ宿儺であれば回避することも可能なはず。
「――グラニテブラスト――」
ゆえに、その可能性を潰す。
密着しているわけではないが、この近距離。
眼前の宿儺の両手に向けて呪力砲を撃ち放ち、結界を構築する掌印を崩壊させる。
術式順転は出来ないが――ただの呪力砲ぐらいなら打てるんだぜ?
そして『呪力の放出』の
取り戻した必中。この一撃は必ず当たる。
「――極ノ番・
閃光。
轟音。
爆風。
一個人に向けるには余りに過剰なエネルギーが宿儺に襲いかかり、そして……その場には、何一つとして存在していなかった。
「『流転』『空界』『
領域内部には、オレ以外の呪力の反応アリ。必中効果の存続――つまり奴はまだ生きている!
「彌虚葛籠」
右斜め上方、そこから発せられる呪力。
途端に溢れ出す、濃厚すぎる存在感。
そこに居たか!
「――グラニテブラスト!――」
再度結界を崩さんと掌印目がけて放たれた呪力砲は――
「――極ノ番・
臨界を迎えた極ノ番を苦し紛れに撃つも、直前で空を蹴った宿儺にひらりと躱され、あらぬ方向に飛んでいく。
「チッ、避けんなよ!」
「クハッ! 全く、油断も隙も無いな!」
軽やかに着地する宿儺に向かって接近。背後に回り込んで拳を放つも、4つの眼はオレの影をハッキリと捉え、迫る一打を
宿儺は跳ねるように距離を取り、正面に向き直ってオレを見返す。
その
「自分の首を刎ね飛ばしたのは、流石に初めての経験だったぞ。石流龍」
「なら大人しく死んどけよ。人として」
「ハッハッハッハ! 異なことを言うな!
オレの言葉の何が面白いのか、呵々大笑と威容を揺らす。
曰く、呪術師として完成された姿。
2対の眼は敵対者を捉えつつ周囲を見渡し。
2対の腕は掌印と徒手空拳を両立させ。
2つの口は絶え間のない詠唱を可能とする。
異形の姿にして、術師としての極致。
歴史に謳われる両面宿儺が、ここに完全受肉を果たした。
戦いは、未だ終わらず。
フランス語ではお口直しは『アントルメ』らしいんですが、ここは雰囲気重視で『グラニテ』でお願いします。