何かが空気を押し広げたような、透き通るような青い空。
それをただ、ボウっと眺めていた。
……本当に……なんでまだ生きてんの、オレ?
むしろアレか? ここはもう空港だったりする? 実は滑走路?
痛みもねえし、なんか眠いし、左半身の感触ねえし。右半身もなんか焦げてる。
……どうにか、
まあ数秒で効果は切れただろうから、それ以降の余波的なモンでダメージ受けまくっただろうけど。
正確なところは分からんが、とにかく、どうにか生き残れたか。
言うことを聞かない身体を無理やり動かして立ち上がる。
その拍子に、真っ黒に焦げあがった左腕が肩から捥げる。
指もなく、焼け焦げて一回り小さくなっていて、原型があると言い張ればあるかもしれないといった有様。むしろ今までよく取れなかったな。
左足は……何とかギリギリでつっかえ棒くらいには使えるかな。
右半身は、まあ0.5ナナミンくらい。トータル2ナナミンか。いや、左ももっとヤバくなってるだろうから、3ナナミンってところか。
周囲を見渡すと、そこには何もなかった。
宿儺の『竈』で更地となった土地を、さらに吹き飛ばしたようだ。
爆発した瞬間のエネルギーは吸収できたが、領域崩壊後の吸えなかったエネルギーが余波として色々ふっとばした、みたいな?
タバコ何本分の威力かは分からんが、とにかくヒッデェや。
建物も、植物も、人工物も自然物も、大地ごと吹き飛ばしたかのようなクレーターのような場所に立っていた。
オレのほかに存在しているものなんて……たったの一つしかなかった。
「ハッ、ハッ、ハァッ……! やって、くれたな……石流、龍……!」
……オレもそうだけど、どうして
オレほどではないが、全身至る所に火傷を負って焦げ目が付いていた。
外に突き出た右の眼は骨のような部分ごと削り取られている。
左足も歪に曲がってまっすぐ立ててはいない。
特に大きいのが、宿儺の腕。左右の下腕が焼失して、腕の数はオレと同じく2本。あ、オレ腕1本しかなかったわ。
総じて、オレほどではないが満身創痍。
反転術式とか、式神とか、まあ色々なことを駆使して生き残ったのだろうな――宿儺の呪力は、底を付いていた。もう反転術式も回せないぐらいに。
呪力を奪い取る作戦は、土壇場で成功、って感じかぁ?
「……
「ハッ、ハッ、ハハッ! そんな、詰まらん冗談は、止せ……勝者と、敗者……明確に決めてこそ、だろうが……」
「……ぞう゛だなぁ」
お互いここまでやったんだ。ちゃんと
「
ヤベェ、喉が焼けてもう声が出ねぇ……。
――ドン。
まあいいか……。
――ドンドン。
ここまで来たらもう……。
――ドンドンドンドン!
言葉じゃねぇだろ!!
胸を打ち鳴らす。何度も、何度も。
伝わるように。伝えるように。何度も。
「……ハ、ハハハッ!――――そうだな。とことんまでやろう。石流龍」
おいおい、なんだそのツラはよ……こっちがこんなしんどい目にあっているっていうのに。
――ガキみてぇな顔で、笑いやがって。
宿儺が構える。
オレも呼応するように、呪力を漲らせる。
間違いなく、人生最後の……ド突き合いだ!
宿儺が前進するのを受けて、オレも距離を詰める。
左足はもう動かない。だから――術式順転! 『呪力の放出』で移動しろ!
駆ける宿儺、滑空するオレ。
クレーター中央部で、激突した。
右の拳が宿儺に突き刺さり。
反対に拳を顔面にぶち込まれ。
続く二撃目を額からの呪力砲で撃ち返し。
宿儺の手刀で胸が斬られる。
『呪力の放出』で一回転、焼け焦げた左足を叩き込み。
あっさり掴まれ、肘鉄一発であっけなくへし折れる。
残った右足で跳躍し、頭部へのハイキック。
潜り込まれて、腹部への一発を貰い。
足先から呪力を放出し、軌道を無理やり変更。後頭部に踵を落とす。
宿儺はたたらを踏み、オレは辛うじて片足で着地する。
呑み込んだ呪物か、何かを吐き出そうとして堪える宿儺。
喉が焼き付き、息を飲むのすら一苦労なオレ。
――再度、踏み込んで殴り合う。
オレは肉体が削られていき、宿儺は魂が揺さぶられていく。
肉が尽きるか、魂が剝がれるか――命を削る競い合い。
……限界? そんなもん、とっくのとうに超えている。
それでもなお、殴って、闘って、勝とうとしている。
ああ、なるほど。これは確かに……
――最高の
だが、何事にも終わりはやってくる。
宿儺の呪力は乏しく、ほぼ肉体の性能のみで殴っているに等しい。
されど、呪力を纏っていることには変わりはない。
それは、打撃との誤差0.000001秒以内に呪力が衝突した瞬間に起こりうる現象。
打撃の威力を2.5乗に跳ね上げるのみならず、術師としての覚醒を促す登竜門。
――黒い火花は、両面宿儺に微笑んだ。
黒閃。
宿儺の右膝が黒い火花を散らし。
――黒閃。
その火花は左肘に飛び火して。
――黒閃!
最後は右拳で花開いた。
まさかの三連発の黒閃。込める呪力がもっと多ければ、即死していただろう3連打。
衝撃が身体を突き抜ける。
麻痺していた痛覚が活動を再開する。ダメージが脳に到達次第、足から力は抜けていく。
そして、来たる4発目の黒閃を受けて、オレは死ぬ。
分かる。これはもう確定だ。次に迫る宿儺の一打は、必ず黒閃となるだろう。
ゆえに、その前に宿儺を倒す!
この右拳が、オレに撃てる最後の一打。
命を捨てる縛り。それはナシだ。両者相討ちなんざ、確かにつまらん!
最後まで、勝ちに行く!
「――――っ!」
声にならない叫びとありったけの呪力と共に、術式を込めた拳をぶつける!
――万の時みたく攻撃じゃなくて治療行為、って認識は無理だろうからなぁ。
そして術式を――
呪力も、術式も、なにもかも、全部を出し切る!
オレが放てる、正真正銘、最後の一撃!
オレの『
この戦いで都合4度、宿儺に微笑んだ黒い火花は――最後の最後に、オレに笑いかけた。
――黒閃。
黒閃を伴った、最後の一撃は――
「
この戦い、散々魂を揺さぶった宿儺という『呪い』を――
「……っお、ああっ!」
――解き放つに、至った。
******
気付けば、辺り一面真っ白な空間に居た。
さっきまでの戦いの傷は消えていて、火傷の跡どころか、かすり傷一つない。服装も一張羅に戻っている。
そこはまるで祓われた呪霊組が集まっていた空間のようで。死した呪胎九相図たちが集まっていた空間のようで。
つまりは、死んだ奴らの待ち合わせ場所……。
「あれ、じゃあオレ死んだ?」
「いや。貴様はまだ生きている――死するのは俺の方だ」
声の方へと振り返ると、そこには何事もなかったかのように四つ腕を組んで佇む両面宿儺の姿が。
「マジで? あの傷で? なんでオレまだ死んでないの? おかしいだろ色々と」
「ククッ、確かにな。貴様の言葉を借りるなら死んでおくべきだな、人として。なんともはや、呆れたしぶとさだ」
「オレもそう思うわぁ。けどすぐこっち来るハメになりそうだけどな」
「決着は付いたのだ。生きるも死ぬも好きに選べ。俺は貴様の選択に口を挟む権利はないからな」
その宿儺の表情は上手く言えないが、なんというか、柔らかいものだった。
「え? なにそのカオ? さっきまでと全然違くねぇ?」
「それを言うなら貴様の口調も随分と違うがな。素はそちらか?」
「あー、まあね。今だから言うけど、この身体って謂わば借り物でさぁ……実は別の世界線だったら、
「別に? 仮にそれが真実だとしても、俺の前に居たのは貴様だった。それだけの話であろう」
「おぉう。それはまあ、そうなんだけどよ……まあとにかく意図せず人生を奪っちゃったから、代わりに頑張ってみるかぁって頑張ってたのよ。で、その結果お前を倒せたってわけ」
「クククっ! なんとまぁ随分と軽い理由で倒されたものよ!」
「いやいや。聞くも涙、語るも涙の、それなりに大変な人生だったんだぜ?」
「ほう? つまらん人生を送ってきたと?」
「いや? メッチャクチャ楽しんだ。それだけは断言できる」
痛い思いは沢山した。腕なんて何回千切れたし千切ったことか。
けどじゃあ辛かったかと聞かれると、それは違う。
規格外の身体。呪術という常識の外にある能力。
そんな超人スペックの肉体を、元は凡人だったオレが限界の限界を超えて
前世では到底味わうことが出来なかった、最高に刺激的な人生だったと、胸を張って言える。
「つーか今はソッチだよ、ソッチ。どした? 悪いモンでも食った?」
「あながち間違いとは言えんな。それなりの人生は送ってきたが、初めて『敗北』というものを味わう羽目になってな。今はその味を噛みしめているところだ」
「へぇ……どうよ、お味の感想は?」
「フッ……敗北の苦汁、舐めるのは初めてだが、存外悪くない。礼を言うぞ石流龍」
「だろぉ? 人生でずっと美味いモンやデザートばっかり求めてきたんだろうけど、甘いモンを喰う時にはな――苦い茶が付き物なんだぜ」
一言で表せば、きょとん。
そんな表情を浮かべた後――大きく口を開けて笑った。
嘲笑うような笑みじゃなく、心の底から面白かったものに出会った時のような、そんな笑い方。
「――確かに。この苦みを知っている方が、今まで喰らってきたモノも、より美味であったかもしれんな」
「そういうことだよ」
そして始まったのは、食後のお茶を片手に行うような、たわいもない雑談。
「てかあの爆発どうやって生き延びたの? 気合と根性?」
「たわけ。その程度で防げる代物ではあるまい。顎吐には破壊された魔虚羅の『適応』を継承させていた。貴様の術式に適応しつつあった顎吐を身に纏い、反転術式を死に物狂いで掛けたのだ。結果として十種の術式を失い、呪力が底を付いたが、命を拾えたわけだ」
共通の話題になるものなんて先の闘いについてぐらい。しかもこちらが一方的に質問攻めしているばかり。それでも宿儺は文句も言わず穏やかに応えていく。
「なるほどねぇ……結果としてオレが勝ったみたいだけどさぁ、そっちがもっと御廚子なり何なりを捨てる縛りを組んだら結果は違ったと思うんだけど。やっぱあれか? この後の高専陣営との闘いとか気にしてやらなかった感じ?」
「そんな詰まらん理由ではない……いや、もしくはそれ以上に詰まらん理由か……自らの呪いに焼き殺されることを恐れていながら、『呪い』として生きるために、呪いを捨てることが出来なかったのだから……ククッ! それで負けていては話にならんがな」
原作でも言っていた、臓腑で蠢く呪いの炎。だがその呪いもまた『呪いの王』を構成するためのピースだった、と……。
「ふーん……じゃあ、さっきオレが『呪いの王』はぶっ飛ばしたから、今のお前は正真正銘、『ただの人』だな」
「……フッ。確かにな。『ただの人』か……それも悪くはないか」
先ほどまで殺し合っていたとは思えないほど、和やかな時間。
それにもいつか、終わりは来る。
「お待たせ致しました。宿儺様」
「来たか、裏梅。ではな石流龍。俺たちは逝く」
この空間は本当に待ち合わせ場所だったみたいだ。
裏梅の到着を待っていたのだろう。彼が現れると共に、宿儺はたった一人の従者を連れて向こうに、死後の世界と呼べる場所へと向かい、歩き出した。
「じゃあな、宿儺。また会うことがあればそん時は……『ただの人』同士、一緒にメシでも食おうぜ」
「……クククっ、それは構わんが、まさかお前が手ずから作るのか?」
「いや? 店に連れていくだけだけど」
「であればこちらがお前をもてなそう。そこらの店のモノより、裏梅が作る料理の方が美味い故な。よいか裏梅?」
「はっ! 宿儺様の期待に背かぬよう、全身全霊を込めて作らせていただきます」
「というわけだ。構わんな、石流龍」
「デザートは?」
「無論、極上だ」
「――いいね。最高じゃん」
次の約束を、まるで友達と結ぶような軽い縛りを結び、宿儺たちは去っていった。
******
現実の世界に意識が戻る。
倒れ伏す伏黒。消滅した宿儺の残穢。その傍で舞う氷の欠片。透き通った青い空。
白い空間はどこにもない。
あそこでの出来事が本当にあった出来事かどうかは分からない。
ただ、今は、一言だけ。
右手を立てて、両面宿儺に向けて、心からの一礼を。
ご馳走様でした。
翌日エピローグを2話投稿します(18時ごろと21時ごろ)