石流龍(石流龍じゃない)の肉体を手に入れた   作:和尚我津

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本日2話投稿のうちの1話目です。


それぞれの未来

 時は12月終盤。世間ではクリスマスを終え、新年を迎えようとしているころ。

「ハハハ! 来たぜ、華金終電リーチっ! これは激熱(スウィート)じゃねーの!? やっぱ持ってんのよ、オレ!」

「おおっ! ついに来たかっ!」

「多分、これが石流の本日ラストチャンス……っ! 繋いだ、ここまで……!」

 

 出玉の音と、遊技機の効果音に埋め尽くされた空間。

 虎杖悠仁、秤金次、そして左に義手義足を取り付け、全身に包帯を巻きつけた石流龍が並んで台に座りパチンコに興じていた。

 

 ドル箱を重ねに重ねまくっている秤。それよりは少ないが十分に勝利している虎杖。

 そして箱が一つも存在しないという、百年後の荒野を今ここに作り上げているのは、大絶賛爆死中の石流。

 

 本日一度もいい所がなく、軍資金が尽きようとしていたところに現れたビッグチャンス。

 

 期待値に比例して上昇する興奮。

 それを煽るように演出は進み、電車が去った後、その向かいのホームにヒロインの夢の姿が……なかった。

 そして……何事もなかったかのように演出は終了し、再度抽選画面へと戻っていく。

 そう。何事もなかったかのように。

 

「……あー、これは、ドンマイ」

「ま、ギャンブルなんだ。負けるときは負ける。大事なのはその時の熱だぜ、熱」

「……ちょっとタバコ吸ってくるわ」

 

 両面宿儺に勝った男の、まさかの敗北。

 義足を器用に使いながら喫煙所に向けて去っていく男の背中は、やけに煤けていた。

 

 その背中を見送りながら、虎杖は疑問に思う。彼の貴重な一日を、こんなことで消費していていいのかと。

 

 石流龍。彼は数日後、この世から消滅する。

 

******

 

「いやー、あっという間に年末だねぇ。忙しすぎたから獄門疆の中に居た時と変わってないね、時間の感覚」

 

 後日、高専内の一室。

 現在の『最強』と『元最強』が2人の計3人が集まっていた。

 

 五条悟。

 乙骨憂太。

 石流龍。

 まさに、錚々たる面子であった。

 

「ていうか何回見ても驚くよね。どうして死んでないのか硝子も驚いてたよ?」

「安心しろ。オレにも分かんねぇし、既に何べんも聞かされているから、それ」

 仙台での戦い、その決着直後、憂憂の術式によってすぐさま駆けつけた高専陣営の者たちのおかげで、石流龍は傍で倒れていた伏黒恵と共に高専の下へと収容され、一命を取り留めていた。

 治療に当たっていた家入が言うには『生きている方がおかしい』とのことであったが、身体の半分が黒焦げになっているのだから、むべなるかな。

 

「生きてるのは百歩譲って理解できますけど、なんで歩き回れているのかは今もって理解できませんね」

「憂太も中々言うようになったね」

 いつ死んでもおかしくない半死半生(センターマン)の状態であったが、しかし闘いを終えて2日後には目を覚まし、3日後には義足を付けて高専内を歩き回っていた。念のため言っておくが、彼は反転術式を失っている。

 呪霊を祓う専門機関にミイラ姿のオバケが出たと、笑えない冗談が飛び出る始末であった。

 

「つーか儀式の前にこれは一体何の集まりだ?」

「あぁそうだったそうだった。一応改めて聞くけど、羂索の行方については知らないんだよね?」

 

 目隠しの下、虚偽は許さぬと瞳を青く光らせて五条は睨む。人によってはそれだけで圧迫感を感じるほどであったが、石流は一切怯むことなく口を開く。

 とはいえ、この質問は既に何回も聞かれており、返ってくる答えもまた一緒であった。

 

「ああ。宿儺とやり合う前にコガネ越しで連絡は取ったが、それだけだ。今アイツがどこに居るかは知らねーよ。ただ五条悟(おまえ)が居るんだから、とっくに身体乗り換えて海外に逃亡するなり地下に潜伏するなりしてんじゃねーの?」

「……まあ、そりゃそうか」

 

 石流には伝えられていないが、彼の言うように既に肉体の交換は行われている。

 12月初頭、夏油傑の遺体がとあるアパートの一室で発見された。死後2週間ほど経過したような状況だったことから、宿儺が負けてすぐに肉体を乗り換えたらしい。

 五条悟が獄門疆の封印から解放されたのは、仙台での戦いが終わって2日後――意識を失っていた来栖華が目覚めた、その日のことである。

 彼からすればいっそ憎たらしいまでの判断の早さだった。そうでなければ復活した直後にあっさりと見つけて、すぐさま始末していたことだろう。

 

 逃がしたことにイラつきはある。だが今は、今度こそ親友の遺体を弔えた事実を噛みしめるのみであった。

 

「奴の事だから、もう五条悟(おまえ)が生きているうちは派手に動かねぇだろ。少なくとも表舞台に出てくることはないな。殺されるから」

「そりゃそうでしょ。もしそんな馬鹿な真似をするようなら必ず殺すからね、僕」

 

 次の世代に負債を残すことは確定かぁ。そう内心で独り言つ。

 

「大丈夫ですよ。もし先生がいなくなっても、僕たちは負けませんから」

「お、言うねぇ」

 

 乙骨の言葉を、五条は素直に受け止める。

 そこにはただ新たな『最強』への信頼があった。

 

「にしても勿体なくね? なんでわざわざ自分から消滅されようとしてんの?」

 お題目は終わったとして五条は机の上に置かれた菓子を口にしつつ、石流龍にこの場を設けた本当の話題を振る。

 

「分かってる? 消滅って死ぬってことなんだよ。折角宿儺を倒したっていうのに、死ぬ必要は別にないんじゃね?」

「死ぬ必要はねえが生きる必要もねえのよ。呪術師としてやりたいことが終わっちまったし、見たかったもんもつい先日見れたしな。呪術の研鑽が出来れば、とは思うが反転も使えねぇこの身体じゃあそれも望めねぇ。まあ最後にオレの術式はやっぱ最強なんだなーっていうのが知れたわけだし、ここらでアガリでいいかなって」

「ここ禁煙ですよ」

「いいじゃねぇか、少しぐらい」

「ダメでーす。曲がりなりにも教育機関だよ、高専(ここ)。今日日タバコとか許されないっての」

「殺し合いを学ばせてる教育機関のクセに何をマトモなことを。つーか家入はどうなんだ?」

「硝子は五条家当主の許可が出てるからオッケー」

「じゃあ許可くれよ。当主サマ」

()

「こいつ……本当に……」

 

 はあ、と息を零しタバコを戻した石流は話を続ける

 

「つーかそもそもの話、術式含めてなんもかんも失って、ちょいとだけ呪力を扱えるだけの不具者、惜しくもなんともねえだろ」

「ただの固定砲台として働けばいいじゃん。トラックかなんかに括りつけてブッパするだけ。それだけで一級術師ぐらいの働きは出来るっしょ。()()()()()()()()()今は特にそうだけど、この業界は慢性的に人手不足だし。使える奴は大歓迎だよ~」

 

 五条悟が告げるように日本全土を巻き込んだ死滅回游は、既にその機能を停止していた。

 両面宿儺撃破の翌日、五条悟復活の前日、まさにここしかないというタイミングでの終了だった。

 結界に詳しい者たち曰く、死滅回游の土台として利用されていた天元の浄界。そのうちの一つが破壊されたことで儀式の維持ができなくなったから、とのこと。

 

 ――やってよかった死滅回游! 楽しかったし面白かったよ。次の機会があれば、また遊ぼう。

 機能停止直前、わざわざ総則(ルール)を追加して泳者(プレイヤー)全員に、コガネの無機質な声で伝えられたメッセージがコレであった。

 

 そうして、永続を謡う儀式は僅か1月足らずで終焉を迎えた。

 

 問題はそのあと。儀式終了に伴い全国に点在していた結界(コロニー)は全て消滅した。万が追加した結界(コロニー)の外に出れる総則(ルール)のおかげで、既に内部の人間は殆ど居らず……代わりに、詰め込まれていた呪霊が一斉に解き放たれた。

 その結果、動ける術師たちはその対応に追われ、目覚めたばかりの来栖は、五条悟の暴走リスク度外視で封印を解くハメになった。なお石流はこの時の地震で目を覚まし、レジィと黄櫨はどさくさに紛れて姿を晦ませている。

 

 五条悟の復活により呪霊問題は文字通り一掃されたが、野に放たれた元泳者(プレイヤー)たちへの対応、破壊された天元の結界の補填、何より失われた天元そのものの穴埋め。という諸問題が山積みなのだ。侵攻してきた他国への対応を政府機関に丸投げしたとしても、良識の有無に関わらず大人たちに過重労働が発生するのは目に見えている。

 ゆえに石流の答えは端から決まっていた。

「悪いがノーサンキュー。ブラック業界はマジ勘弁。見たいもん見れたから未練もなし。そんな底なし沼に人を引きずり込もうとすんなよ」

 

 その連れない返事に、五条はあからさまに大きな溜め息を吐き、話の矛先を自分の教え子に向ける。

「あ~あ、憂太が僕に勝っちゃったせいで、折角の人材が手に入らなくなっちゃったよー」

「えっと、すいません五条先生。何も考えずに先生を倒しちゃって」

「うっわ、超感じ悪っ!」

「おいおい乙骨。お前ナチュラルに煽るじゃん」

「え? いやそんな、煽るつもりは……」

「いーや! 今のは煽ってたね! 『最強先生とかほざいてたのに、ガチでやってみれば特に何も考えずに倒せるレベルの雑魚だったわw』て字幕が六眼のおかげで見えました! あーあ、教え子の成長は嬉しいけど、負けちゃったらこんなに生意気な態度を取られるようになるのか~!」

「うわ出たダルがらみ。しかも生徒に対して」

「強かったら詰られるし、弱かったら舐められるし。先生っていう立場も楽じゃないね~! だからお前も先生になれよー。僕の代わりに宿儺を倒したんだから、実績だけなら問題ないでしょ? 来なよ教師(こっち)側」

「お前の同僚になると思ったら一層ヤル気なくしたわ」

 

 つい先日、五条悟と乙骨憂太の模擬戦が行われた。石流が両面宿儺討伐の褒美として欲した、肝入りの一戦。

 そこで乙骨は五条悟を――『現代最強』を下した。

 

 乙骨は焼け落ちた石流の腕と足を取り込むことで『呪力の放出』の術式を獲得。そして約1ヵ月間、石流直々にみっちりと術式の運用と、それに伴う様々な縛りを叩き込まれ、その強さをモノにしていた。

 そして模擬戦開始直後、『真贋相愛』――『石流の術式を付与している場合』に限定した、石流同様の縛りを組むことで成立させた『乙骨版のエネルギー吸収アリーナ』を即座に展開。

 対抗するため発動された五条の『無量空処』の圧力にかろうじての所で耐えた結果、五条悟の呪力を全て吸収する形で勝利を収めた。

 六眼と無下限呪術を合わせ持ち、史上最高の呪力効率を持ち、全てを持ち合わせた最強が唯一持っていなかったもの。それは『圧倒的な呪力総量』であり、そこを狙い打たれた結果の敗着であった。

 

「先生が手加減してくれたから勝てたにすぎませんよ。本気だったら領域内で殺されていたと思います」

「そりゃまあね。でも勝ったのは事実でしょ」

「そうだぜ乙骨。お前はそこの目隠しを『ざぁこ、ざぁこ、ツラが良いだけのバカ目隠し』と罵る権利がある。同級生の前でこれやってみ? 大爆笑確定だぜ」

「言いませんよ、そんなこと」

「え~? そこは言いなよ」

「なんで先生が乗り気なんですか?」

 事実、模擬戦で五条は手を尽くしてはいたが乙骨を殺そうとまではしていなかった。殺害が選択肢に入っていたら結果は違ったかもしれないが、己が最強を守るためにそこまでやるような馬鹿ではない。

 あの時あったのは、花だと思ってた教え子の成長を喜ぶ、教師の姿があった。

 

「ま、とにかく。僕を倒したんだ。もう誰にも負けちゃだめだよ、僕以外にはね」

「はい。正直言って荷が重いですが……先生から譲りうけた『最強』の称号は、汚さないようにしていきます」

 現代の異能は敬愛する先生に代わって、これからは己が『怪物』になるという覚悟を、密かに固めていた。

 ――将来、乙骨憂太は『現代の異能』と共に『五条悟(最強)を超えた最強』と呼ばれることとなる。

 

 窓の外。冬の空。青い春を迎えるために過ごさなきゃならない(くろ)い冬。だがその下では、未来の花たちが咲き誇らんと今か今かと待ち続けている。

「羂索みたいなヤバい奴も残っちゃったわけだし。僕も『元最強』としてまだまだ皆を導かなきゃ行けないからさ。『最強』はここらで憂太に譲って、本腰入れて先生をやっていこうかね」

 ――春の残滓を弔った五条悟は、青い瞳に映した冬を、静かに受け止めていた。

 

 

******

 

「石流さん」

「おう、伏黒か。姉貴はまだ目覚めねぇか」

「はい。でも医者が言うには意識を取り戻す予兆的なものは見られるようになったって」

「そうか。ま、道は長そうだが気張れや」

 

 場所は変わって高専の喫煙所。

 寒空の下タバコを吹かしこんでいた石流の前に、伏黒が姿を現した。

 身体に少々傷が残っているが、両面宿儺に肉体を奪われたことを考えれば軽傷であると本人は受け止めている。

 

 傍に来ると同時に、伏黒は深く、深く頭を下げた。

「石流さん、改めてありがとうございます。津美紀を……姉ちゃんを助けてくださって」

 

 石流は万にトドメを刺す時、万という過去の術師を構成している呪物だけを取り除くように術式を行使。結果として被害者であった伏黒津美紀の命は助かった。

 生き残った彼女は宿儺との決闘直前、仙台結界(コロニー)を共に過ごした宮本という補助監督に預けられ、東京の高専に向かって一路搬送されていた。

 無論、命が助かったとはいえ意識は不明のまま。このまま目覚めない可能性も十分にあり得た。

 だが、それでも生きている。目が覚めるかもしれないという希望が残っている。今の伏黒恵には、それだけで十分だった。

 

「別に構わねえって言ってんだろ。流れでそうなっただけだし、少しでも何かがズレてたら殺してた可能性もあった。礼を言われることじゃねえやな。何回目のやり取りだよコレ」

「だとしても、助けてくれたという結果に変わりはありません」

「カテぇなぁ。つかマジで頭上げろ。オレの趣味にウニ鑑賞は存在しねえぞ」

 タバコの煙を当てないように上に向かって煙を吐き出しながら頭を上げさせる。

 

「……なんで消えようとするんですか?」

 頭を上げた伏黒は、言葉を選ぶように思案していたが、直球で思ったことを口にした。

 

「お前もかよ。人様の去就を気にしすぎだろ」

「命の恩人の生き死にを気にしない方がおかしいでしょ」

「……それもそうか。ま、とにかく決めちまったもんだからな。今更変える気はねえよ。華ちゃんには手間かけさせて申し訳ないがな」

「そう思うなら止めてくださいよ。責任なら俺が持ちますから」

「いやいや、こんな発掘したてのミイラ男の面倒をガキに見させるわけにはいかねぇだろ」

「別に構いませんよ。これから先、ずっと俺が石流さんの左側を支えるだけですから」

 

 ドシャ。ペットボトルか何かを砂の上に落としたような音。

 音の発生源に視線を向けると、右手を挙げた不自然なポーズで固まった来栖華の姿があった。

 石流の『呪力の放出(術式)』を取り込んだ乙骨の『正の呪力放出』で治療され、元通りとなった右腕をフラフラと彷徨わせていた。

 

「め、め、恵。今の言葉って……っ!」

「アッハッハッハ! なんかプロポーズみたいだったな!」

「は? いやそういうつもりじゃなくてですね」

「悪いな伏黒! 江戸生まれでも嗜んでなくてなぁ! お前の気持ちは嬉しいけどオレに衆道(ソッチ)の趣味はねえんだわ!」

「違ぇっつってんだろ、聞けや」

「め、恵はBL(そっち)の趣味の人間だったんですか!?」

「おいバカ止まれ。いやむしろ天使止めろ」

『そこまで驚くに値はしないよ、華。そういう趣味嗜好の人間はどの時代でも存在しうるし、むしろ私が生きていたころは上流階級でも嗜みとして』

「あーもう面倒くせぇ」

 

 今の気持ちを現すように、伏黒は頭をガシガシと掻きむしる

 だがその内心に澱のように募った感情はもはやない。今はただ姉が生きているという望外の幸運を噛みしめ、目覚めるという奇跡に掛け、そしてその未来を守るために奮起するだけだった。

「ハッハッハ! すまんが華ちゃん、オレの代わりに伏黒の姉貴に断りの連絡入れといてくれ!」

「っ! そうですね、私もいずれご挨拶に伺わなければと思っていた所です。分かりました、全力で遂行します!」

「頼むからもう黙れ」

 ただ、この手の面倒ごとは勘弁だと、心底から思っていた。

 ――いつか、何気ない日の朝。伏黒恵は目覚めた姉の手を引いて、穏やかな日の下を歩くこととなる。

 

 

 

 そのやり取りを遠方から面白がって眺める2つの人影――釘崎野薔薇と虎杖悠仁。

「目が覚めたら全部、本当に全部終わってたのよね。死滅回游ナニソレって感じだったわ」

「まーずっと寝てたからね、釘崎は」

 つい先日目が覚めたばかりの釘崎はまるで浦島太郎。圧倒的情報弱者であった。

 今は寝ている間に起きていた様々なことを取り入れ、情報をアップデートしている最中である。

 それゆえ石流という男について思い入れなどはなく、この後で消滅すると聞いても『なんでわざわざ死ぬのだろう?』と疑問に思うことはあれど、気持ちの面での抵抗感など皆無。

 言い換えれば、何の偏見も先入観もなく、今の石流だけを見ていた。

「何回聞いても信じられないわね、あの男が宿儺を倒したなんて」

 それが客観的に見た、今の石流の全て。半身を失い、全身に包帯を巻いている男の姿は、間違っても史上最強を倒した人物には見えなかった。

 

「……そういうのが嫌なのかもな。『強い自分』じゃなくて『強かった自分』になるのが」

 人の死、人の生き方。それらを高専に来てから考え続けていた虎杖は、石流の判断を否定することができなかった。

 苦しい。辛い。そういうことに余り縁がなかったが故に、それを学び、実感し、どれほど人生に影響を与えるのかを理解しつつあった。

「止めたきゃ止めれば?」

「一応止めたけど、やるって言って聞かないし。本人もどこか満足そうなんだよなぁ」

「ふーん……まあ私としては、アッチの方が問題なわけだけど」

 

 釘崎が視線を向けた先に居るのは、こちらをずっと見つめている髪を2つ結びにして、鼻の上に特徴的な線の入った男――脹相。その視線には悠仁への愛情9割、釘崎への複雑な感情1割が含まれていた。

 相対していないから実感に乏しいが渋谷では敵であり、その後は虎杖悠仁の兄を名乗り、そして己が祓った――いや殺した相手の兄。

 釘崎も脹相も理解はしている。壊相と血塗(おとうとたち)を殺したのは事故であると。鉄火場であった以上釘崎は殺したことを当然のこととして後悔はしておらず、脹相もそれを受け入れている。だがそれはそれとして互いが互いを気まずく思っている。

 いっそ敵の時に一回でも殴り合っておけば、と思わなくもないぐらいには。

 もし今日行われる儀式が失敗に終われば、これから脹相は虎杖の傍に居ることになるため、嫌が応でも顔を合わせる機会が増える。

 むしろそれは良い。その時は殴り合って解消すればいいのだから。

 だが成功すれば、脹相が消えるまでに早急に何かしらの形でケリを着けなければならない。

 そのことを思って釘崎は一つ、溜息を吐いた。

 ――乙骨(ヒーラー)監視の下、脹相と腹を割って全力で殴り合うことになるのは、釘崎野薔薇が2年生になったころ。

 

******

 

『それじゃあ始めるが……覚悟はいいかな?』

「おうよ。やってくれ」

『……石流龍。私は君の選択に敬意を表する。誰であっても選べる事じゃない』

「って言ってもオレもこの身体に入ってから色々やったからなぁ。持ち主の魂が磨り潰されて目覚めない可能性は高いぜ?」

『だとしても、それを確認することに意味がある。伏黒津美紀と石流龍(キミ)自身。共に意識不明という結果に終わるのであれば、高専側の案を受け入れるのは仕方のないことだと』

 

 高専の一室。

 そこに関係者が集まり儀式――『石流龍の中から呪物()を取り除く』ための儀式が始まろうとしていた。

 

 石流龍が両面宿儺に行った呪物の摘出。あれを再現しようとしていた。

 乙骨が模倣した『呪力の放出』術式で石流龍の魂をある程度引き剥がした所で、天使の術式によって消滅させる。

 これが今の所、被受肉者を殺すことなく呪物を取り除くために考案された方法であった。

 乙骨単体でも取り除くことは理論上可能であるが、石流同様の縛りを設ける必要があるため天使の術式と併用する、ということになった。

 この儀式における成否は、被受肉者が意識を取り戻せるかどうかで決まる。成功――意識を取り戻せれば受肉型の術者は殆ど問答無用で肉体から呪物を切り離される。そこには呪胎九相図である脹相も含まれており、本人もこれを受諾。

 反対に失敗――意識喪失のままになるのであれば、協力的な受肉型の術者に関しては高専側で引き受け、呪術界のために働いてもらう形となった。

 

 つまり――成否どちらにおいても、石流龍(呪物)が消滅することは決まっている。

 これが正真正銘、最後の時。

 

 この儀式の発案者は、誰であろう石流龍からであった。

『オレがオレとしてやりたいことは終わったから、後は石流龍(オレ)のために綺麗に締めくくりたい』

 彼の言い分を完全に理解できた者はそう居ない。しかし石流龍は元より、近い将来その人生に幕を下ろそうと考えており、選んだ手段がこれだった。それだけの話である。 

 

「オレが消えたらこの身体を治しても、乙骨が取り込んだオレの術式は消えないと思うから、綺麗サッパリ治してやってくれ」

「はい。成否に関わらず、肉体は僕が必ず治します」

「石流さん、言いたいことは色々とありますが……お達者で」

「オレのことはいいから、姉貴や来栖のことでも気にしとけ」

 

 乙骨などのように特別親しかった者たち、伏黒のように命を救われた者たちは、既に別れの言葉を告げている。

「石流!」

 そこに交じっていいものか迷っていたが、虎杖は石流に声を掛けた。

「あん? どうした」

「……ありがとう。多分俺が、死んででも宿儺を止めなきゃいけなかったのに」

「ハッ! 自惚れてんなぁ」

 それを聞いて石流は呆れたように笑い飛ばした。

「オレはオレがやりたかったから宿儺と闘っただけだし、オレが負けた所で五条が先に戦って、手の内まる裸の宿儺は負けておしまい。お前が出る幕なんざ端からねえよ」

「けど……」

「お前の戦いはここじゃなかった。それだけの話だろ。羂索とかも生きてんだ。1年後か、10年後か、50年後か……100年後は流石にねぇとは思うが、どっかで命張ってでも戦わなきゃならん時がお前にも来るんじゃねえの? 死んでもいいと思ってんのかもしれんが、命の使いどころはしっかり見極めろよ。今から死ぬオレが言うセリフでもねえけど」

「……そっか……じゃあ、ありがとう。アンタのおかげで色んな人が助かったと思う。だから、ありがとう」

「いいんだよ。呪術師としてやりたいことは全部やったし。お前らがオレの名前を忘れなきゃそれで」

「いや忘れようがないでしょ」

 

 虎杖のツッコミに、江戸(かこ)を知る石流は冷静に返す。

 

「分からんぜ? 事実としてオレの名前は現代まで残っちゃいなかった。オレが斃した雷神って呼ばれてた強え術師は50そこらまで戦場にいたって言うのに、記録にはとんと出て来やしねぇ。凄い奴も強い奴も、歴史の中じゃあアッサリと消えちまうもんなんだよ。反対にヤベェ奴なんかは残ってたりするけどよ」

 だからよ。

「どんな形であれお前らが伝えてくれるんなら、それでいいのさ」

「そっか……そういうもんか」

「そういうもんだ。というわけで、色々と頼むぜ。虎杖……じゃ、時間だし、そろそろいくわ」

 

 そういうと、石流は儀式の中心場に移動する。

 天使と乙骨。二人が準備を整える最中、タバコを咥えて火を付けようとして……。

「あー、ここってもしかして禁煙か?」

「いいよ。吸っても。僕が許可する」

「そうか? 悪いな」

 

 文字通り、最後の一服。

 奇妙な沈黙の時間が過ぎ去り――その時が訪れた。

 

「それじゃあ、まあ、さよならだ。多分、将来的にはオレのせいで色々とメチャクチャ迷惑かけると思うが――後はお前らに任せた」

 

 乙骨と、来栖の術式が発動し――遺言のような一言を残すと共に、石流龍は、この世から消滅した。

 

 

 

 高専には一つの報告書が収められている。

 新たな『史上最強』として記録されている、石流龍に関する報告書だ。

 作成したのは仙台結界(コロニー)で常に石流龍と共に居た宮本という補助監督であり、石流龍が成し遂げたことを客観的事実として(つぶさ)に記録していた。

 その内容と同じ厚みで、その活躍に対しての補助監督の個人的感想と、助けられた者たちの声といったものが補足として含まれている。

 これは後年には貴重な資料として扱われているが、その報告書における最期の最後――彼の遺言の部分については誰もが頭を悩ませることとなる。

 その遺言は、誰であっても意味は分かるが、誰にとっても意図が分からない、奇妙なものであった。

 

 曰く――『まあ、噛ませ犬の汚名は返上できたかな?』とのこと。

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