石流龍(石流龍じゃない)の肉体を手に入れた   作:和尚我津

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空に昇る白煙

「若いな。幾つだ?」

「数えで15。そういうアンタは?」

「さあな。五十は超えている、といった所だろう」

「おいおい、病でポックリ逝ってくれるなよ」

「あいにく、病魔にはとんと嫌われておってな。その分、死神には世話になっておるよ」

「世話してるの間違いだろ? 食いっぱぐれないように仕事増やしてやってんだから」

 

 肩を並べて、何でもないかのような話しながら歩みを進めるオレたち。

 その内実は、いつでも相手の喉笛を食い破らんと気を巡らせている。

 戦意、共に上々。

 視線、気配、その全てが互いに向けられている。

 

 うぅん、戦闘経験はそれなりに積んだつもりなのだが、流石は雷神。隙がない。

 

 ギリギリの死闘を演じたいから不意打ちはノーサンキューとはいえ、無様に喰らうような相手では話にならない。

 オレが求めるのは、生と死の狭間で一緒に踊ってくれるずば抜けた強者(ダンスパートナー)だ。

 想像通りの相手であれば言うことはなく、こちらとしては文句がないんだが。

 

 これから殺し合う仲良し二人組が向かった先は、原作でも見たことあるような、山中にポツンと存在する寂しい広場。

 あとは周りに死体が打ち捨てられていたら、羂索と鹿紫雲が話していた場所の、再現完了と言ったところだ。

 

 であれば、どちらかの死体を転がすべきか。

 (むくろ)を晒すのはこちらか向こうか。はてさてどちらになることやら。

 

 ――どちらもありうる。それだけか。

 

「ここがアンタの縄張りかい」

「そうとも言う……しかし、いささか不用心ではないか? 罠があるとは思わなかったのかね?」

「……ぷふっ」

 

 思いもしなかった言葉に、思わず吹き出しちまった。

 

「何がおかしい?」

「いやいや。50も超えたジジイのクセに不満タラタラ血気盛んって奴が、そんなコスい真似するかよ。喧嘩の最中に仕込むってんならまだしもよぉ。それだってのに罠がどうたらなんて言うんだからな。相手をハメて喜べるような性質なら、そんなに溜め込むわけねえだろ。そりゃ笑っちまうってもんよ」

「……俺が、満足してないと?」

「逆に聞くぜ。満ち足りているのかい?」

 

 無表情から一転。鹿紫雲は凄絶な笑みを浮かべる。

 漏れた呪力が、空気を焦がす。

 五条悟といいコイツといい、強い奴はどうして落ち着きがないのかね?

 

 ま、それはオレもか。

 

 呼応するように、我が身からも呪力が滲みだす。

 

 オレと鹿紫雲の呪力が絡み合い、空間を軋ませる。

 まるで領域の押し合いのように、互いを喰らわんと猛っていく。

 それを見た鹿紫雲の笑みが、一層深くなった。

 

「お前は、俺を満たしてくれるのか?」

「やってみれば、分かるだろ」

 

 言葉と同時に、空気が裂けた。

 どちらが先に動いたかなんて分からない。

 気付いた時には、もう世界が音を失っていた。

 

 静寂――そして、轟音。

 

 衝突する拳と棒。

 ただそれだけで、地面は抉られ、木々は薙ぎ倒された。

 

 正面きっての鍔迫り合い。その接触部位から鹿紫雲の――電気の性質を帯びた呪力が流れ込む。

 

 並みの術師ならそれだけで絶命しうる雷の力。恐らく鹿紫雲の必勝パターン。

 だが生憎と、この石流龍(オレ)は並みじゃねえんだわ。

 

 必殺の電撃を、肉体性能と呪力出力(ちからわざ)で受け止める。

 

 熱。焼。痺。

 危険信号の一切合切を無視して、捲れた大地に一歩踏み出して、拳にさらなる呪力をぶち籠める!

 

 強引にかち上げられる棒。無防備となった胴体に向けて、額から呪力を放出する!

 

 剥き出しとなった老人の腹。直撃すれば貫通必至のそれを、鹿紫雲は難なく回避する。

 如何なる術理か、棒の力を利用した奇々怪々な動きで、滑るように移動していた。

 

 距離20メートルというところで、再度オレたちは相対する。

 

「ッははッ!」

「ククッ……!」

 

 奴が笑い、釣られてオレにも笑みが零れる。

 

 オレの全身に、圧が刺さる。

 ――強い。

 

 原作知識として、奴の術式が実質的に使えないことを知っている。

 故に、心のどこかで奴を侮っていたのだろう。術式が使えない男と下に見ていた。術師として培った常識が思考を鈍らせた。まるでどこかの御三家のようだ。

 

 その侮りは一瞬で拭い去られた。

 理解させられた。実感させられた。鹿紫雲一という男、想像以上に、怪物(スウィート)

 

 もはや笑うしかない。

 想像以上とは、つまり()()()()ということだ。

 

 その怪物と渡り合えるほど強い、オレ自身の強さに。

 更なる高みに連れていってくれる好敵手と、思う存分やりあえることに。

 オレという全存在が喜んでいる。

 

 それは幻聴か。呪力と呪力が擦れ合って、雷鳴のように響いてくる。

 歓喜のように。言祝ぐように。

 ――はたまた、悲鳴のように。嘆くように。

 

 我が意を受けて呪力が唸る。瞬間的に練りあげた呪力を、額から放出する!

 

 時代が時代だから叫ばないけどぉ、必殺のぉ、グラニテぇ、ブラストぉっ!

 

 空間を裂く、極太の呪力砲。

 全てを消し飛ばす一撃は、しかしあえなく躱される。軽く、まるで何事もなかったかのように。

 

 それを見て、呪力砲を分散させる。

 上下左右。四方八方。逃げ場などどこにも作らせない。

 

 だというのに、雷神の名に恥じぬ機敏な動きで軽々と避け続ける鹿紫雲。万が一の期待など抱かせない、余裕に満ちた動き。

 

「オレの術式は『呪力の放出』。ただ単純に、呪力を放出するだけの術式だっ!」

 

 術式を開示し、呪力出力をさらに跳ね上げる!

 加速のため額に呪力を集中し――瞬間、眼前に雷神が現れた。

 

「ハハッ! 貴様硬いなっ!」

 

 笑みを浮かべた雷神の一言と、遅れて伝わってくる衝撃――鳩尾を突かれたかっ!

 呪力を集中させた際に生じた僅かな呪力の乱れ! そこを縫うようにして接近された!

 

 電気の呪力性質が、僅かな隙を更に広げる。

 一切の間を置くことなく、流れる様に動く棒と拳が、オレの肉体を叩き続ける。

 オレが太鼓なら、さぞかしいい音を出しただろうな。

 

「だがそこも、オレの距離だぜ?」

 

 元より肉弾戦は望む所!

 電気の性質を帯びた呪力。並の術師ならそれだけで絶命していただろうが、生憎オレは()じゃねぇ! 

 

 並外れた肉体の頑健さと呪力出力に物を言わせて鹿紫雲の攻撃を凌ぎ、反撃に撃って出る。

 

 陸奥の『大砲』とは、呪力放出の威力だけを指す言葉に非ず。

 肉体性能と呪力出力に合わせて放つ打撃も、また『大砲』。直撃して沈まなかった術師は今まで居ない!

 

「くはっ! バカげた打撃力だ!」

 

 そう。今までは。

 

 数多の術師や呪霊を地に伏せたそれを、鹿紫雲は平然と受け止める。

 否。受け止めるというと語弊がある。

 力に力で対抗されたわけじゃない。洗練された呪力と体術が、『大砲』とまで評された打撃をいなし、逸らし、流している。

 

 技術だけじゃない。老いぼれになっても戦い続けて蓄積された経験値で、圧倒されている。

 

 そこからは呪術とは名ばかりの、殴り合いに発展する。

 

 鹿紫雲の打撃は、もはや雷そのものだ。

 それが唸るたびに視界が白くちぎれる。

 

 1発入れる間に、2,3発殴り返される。

 手数では圧倒的に負けているが、ダメージレースでは互角というのが、流石は石流龍。

 

 だが、この場で何より恐るべきは、鹿紫雲の呪力特性。

 奴は打撃と共に電荷を敵に蓄積させ、十分量チャージが溜まったら必中必殺の電撃として放出してくる。

 

 領域の代名詞たる必中必殺を、自らの呪力特性で成すのが雷神という男だ。

 

 数えちゃないが、蓄積を完了させるには十分な回数は殴られたはずだ。

 ならば当然、雷速の攻撃がやってくる。

 

 電荷に従い、必中必殺の雷がオレに向かい――飛んでくることはなかった。

 

 絶対の必中必殺がスカされたことで、一瞬だけ硬直する鹿紫雲。すかさずに額から呪力砲を放つが、敵もさるもの。直撃とは相成らず。

 だが距離は開いた。続けざまに呪力を撃ち続ける。

 

「ふっ、まるで長篠よの」

 

 一発の威力にこだわることなく、質より数を重視した呪力放出で、鹿紫雲の接近を許さない。

 

「なるほど。貴様、術式で俺の呪力を飛ばしているな?」

「ご明察!」

 

 絶え間ない呪力放出の雨の中であっても、鹿紫雲は冷静に起きた事象を分析していた様だ。

 

 奴の言う通り。これはオレの拡張術式。『炙り』

『呪力の放出』において、『呪力』の指定はされていない。

 そこに着目し術式対象に『オレに触れている呪力』にまで拡張。

 帯電していようがその本質は呪力。であれば鹿紫雲の操作から外れて、ただ付着しているだけの呪力であれば放出するのは容易。

 如何せん『放出』の定義から外れるためか、空気中の呪力を放出することはできないが、相手の呪力操作のレベルによっては打撃に乗せた呪力すら『放出』し無効化できる。

 

『極の番』開発途中で生まれた派生技術だが、こと鹿紫雲相手なら効果的だと思ってたぜ。

 

 これで奴の直接的な雷撃は防いだ。そこから奴が取りうる選択肢は二つ。

 一つは棒に蓄えた電荷を利用しての間接的な電撃。こちらは位置関係さえケアしておけば恐れる必要はない。

 奴の中遠距離の攻撃はこれで全て潰せた。

 もう一つは――

 

「ハッ! やはり硬いな! 城を崩すのは初めてだ!」

 

 ――ただただ単純な、真正面からの殴り合い!

 

 その突きは内臓を潰すかのように腹に突き刺さり。

 振るえば頭が吹き飛んだかのような衝撃が脳へと伝わる。

 強化全振りの、雷神の純粋な物理攻撃。

 

 ははっ! ゴリラ廻戦と呼ばれるのも納得だ!

 速度が、重さが、桁違いだ。

 ただの一撃にすら、呪力の奔流が乗っている。

 雷神の高揚と共に、雷鳴が肉体に迸る。

 

 だが構わねぇ。

 石流龍(オレ)の肉体なら、その全てを受けきれる。

 

「棒の扱いが上手いじゃねえか! 流石は戦国育ち!」

「生憎、衆道は嗜んではおらぬよ!」

 

 続く連撃に差し込むように拳を突き込むが、殴り合いに完全移行した鹿紫雲は簡単に躱す。

 体術や接近戦では、奴に一日の長がある。

 

 故にその差を呪術で埋める! 拳だけではなく、呪力を額や肩、足の爪先、全身の至る所から放出する!

 

 超至近距離。肉弾戦を演じながら、予測不可の呪力射出。

 

 避けれる道理はない……だってのに、なんで避けてんだよコイツはぁ!?

 

「素直が過ぎる! 蠅頭ですら躱せるわっ!」

 

 呪力砲は紙一重で掻い潜られ、鹿紫雲の拳が突き刺さる。

 オレの動きが読まれている? だが体術ならともかく、呪力砲の射出位置まで読めるものなのか?……いや、呪力の起こりや流れを察知されているのかっ!

 呪力操作と瞬発力には自信があった。だがそれも根拠のない自信だったみてぇだ。真の強者を前にしては、まるで通用しない程度だったとは、考えたこともなかった。

 

 

 ……良い! 実に良いっ!!

 強敵との戦闘でしか知り得なかった問題。死闘の最中でのみ知り得る見地。鎬を削ることでしか得られない経験値。

 それだ! オレが求めていたものは!

 

 テンションに釣られ、呪力が漲る。

 呪力の出力が、一段と上がるのを感じ……透かすように、コロリと転がされた。

 

「なっ!?」

 

 地面の感触を背中に受けて、思わず声が漏れる。

 唐突な場面転換。視界の回転。如何なる術式によるものか?

 否。鹿紫雲の術式には該当せず。

 であればこれは合気道のような技術! 非術師ですら使えるただの技術で、あっさりと地面に寝かされたのだ。

 

 だが衝撃はあれど呪力で強化された体にダメージは――眼球を狙う鹿紫雲の石突!

 

 刹那の肉体硬直! 首を振っての回避不可!

 精神的動揺による呪力の僅かな乱れ! 呪力放出による迎撃不可!

 狙いは眼球! 呪力強化による防御不可!

 

 直感する。このまま行けば死ぬと。

 

 ゆえにここで()()を使うっ!

 

 ――術式順転! 眼球からの『呪力の放出』で正面から迎え撃ち、そのまま棒を破壊した!

 

 

 今までの呪力放出は呪術師なら誰でも使える、いわば汎用的な技術。

 術式を開示して呪力出力は上げつつ、しかして術式による『呪力の放出』は温存していた。

 原作とは異なり『呪力の放出』を見せ札ではなく伏せ札としていた。鹿紫雲の裏をかけることを期待して。

 

 結果は御覧の通りで狙いの通り。オレの隙を突いた鹿紫雲の、意表をつくことに成功した。

 

 必殺の一撃が空振りに終わった鹿紫雲(やつ)が、この戦いで初めて見せた、完璧な隙!

 

 逃してはならない一瞬に、集中が否応なく高まる。

 

 寝転がったままで体勢は不十分。体重は乗らない。ならば呪力をたんまり乗せろ! 石流龍(オレ)の身体を信じ抜け!

 

 必殺の意思を乗せた右足が、鹿紫雲の身体に着弾する!

 

 ――戦場に、黒い火花が散る。

 

 それは、打撃と呪力が限りなく同時に衝突した際に生じる空間の歪み。

 ただの現象であるそれは、しかして限られた術師だけが到達できる、呪力の核心が一つ。

 

 黒閃。

 

 瞬間、全身を駆け巡る呪力の奔流――そうか、これが、黒閃か!

 

 生まれて初めての黒閃が、オレの身体を生まれ変わらせる!

 骨が鳴る。肉が燃える。世界の輪郭が自分の中に飲み込まれていく。

 細胞の一つ一つに呪力が行き渡り、満ちていくのを実感する。

 肉体と呪力。その境目が取り払われ、その全てが意識のコントロール下に入り、そしてその全てを意識せずとも操れる。

 肉体が、呪力が、意識が、ゾーンに入る。

 

 オレという存在が、一段上のステージに至ったことを、魂で理解した。

 

 溢れ出す呪力。高まる本能。ただひたすらに力を振るいたい!

 

 本能のまま、欲求を発散させんと、雷神に向かって一気に肉薄。

 

 流石は雷神。間一髪右腕のガードが間に合った。だがそれだけだ。

 

 鹿紫雲は衝撃から抜け出せず蹲ったまま。破けた袖から覗く右腕は、早くも赤黒く変色していた。

 一歩も動くことなく。微動だにすることなく。

 まさに死に体。

 目の前の相手はもはや、都合のいいサンドバックにしか映らなかった。

 確信する! 今のオレなら、二連続の黒閃も容易に出せる! その衝動に導かれるまま拳を引き――

 

 

 この時のオレは忘れていた。黒い火花は、誰が相手でも平等に微笑むことを。

 

 

 ――黒閃と共に、胸を切り裂かれた。

 

「……カハッ!!」

 

 まさか?! なんで!? 

 直前まで満ちていた高揚が潮のように引いていく。バックステップで距離を取り、動揺を抑える。何が起こったか分析しろ……!

 

 鹿紫雲の左手には抜き身の刀。察するに逆手での居合。

 刀の存在は認識していた。釈魂刀の様な呪具の例がある。だから警戒は怠ってなかった……ゆえに有り得ねぇ! 宿儺の『解』にすら耐えきれるオレの肉体硬度。如何に鋭かろうと、()()()()()()()でオレの肉体に刃を通すなど、できるはずが……っ! いや待て。そもそも奴は、いつ動いた? いつ刀を抜いたっ?! オレが視認できぬほどの速度を、どうやって…………っ!

 

 

「そう、か……っ! 刀に、磁力を、纏わせ、たのか……っ!」

「然様。刀の金属(かね)を磁石とし、鞘中にて加速させた」

 

 間違いねぇ。奴はオレの呪力が攻撃に集中……つまりは防御に回している呪力が減少した瞬間を狙って、カウンターとしての逆手居合を決めたのだ。

 その刹那のタイミングを見切ったのは、恐らくただの勘。戦場を日常とするほど戦い続けた奴にしか身に付かないような、恐るべき勘。

 

 だがそれだけでは不十分。奴の武器は名刀であって呪具ではない。オレの防御力なら鹿紫雲の呪力を乗せられてようが薄皮一枚で済んだはず。それこそ黒閃であろうが、骨にまでは届くまい。

 されど、そこに驚異的な速度を乗せれば話は別。

 さながらモノレールのように刀身と鞘を磁力で反発させ加速! 視認すらできないスピードを生み出した……っ!

 刀でのレールガンだとクソがっ! どこの善悪相殺だテメェはっ!?

 

 だがまだだ。まだ傷は浅い。臓器には辛うじて届いていない以上、速攻で決めれば勝つのはオレ。距離を維持して『呪力の放出』で攻め続ければ――。

 

「先に着けた刀傷。次の一撃、もう一度そこに刀を通す。出来なければ、俺は死ぬ」

 

 ――は?

 ここで、命を懸けた、縛りだと?

 

 刹那、鹿紫雲の呪力が弾けた。

 

 次いで、目で見るより先に、耳に届くより速く、呪力感知が奴の接近を告げる。

 

 黒閃のゾーン状態と、命懸けの縛り、その二重効果によるものか。

 奴が捻り出したのは、オレに比肩するほどの爆発的な呪力出力。

 彼我の距離は一瞬にして0になった。

 

 順手に持ち替えられた刀が、胸元に迫りくる。

 身体の動きは間に合わない。(いかづち)の速度に、オレの運動神経は付いていくこと能わず。

 ただ意識だけが追随する。

 

 ゆえに、勝負はオレの勝ちだ。

 間一髪。術式による呪力砲が、鹿紫雲の刀を根本より砕いた。

 

 ギリギリ。まさにギリギリの綱渡りだったが、オレは勝った! この難敵を打ち勝ったのだ!

 あとは命を懸けた縛りの未達により、鹿紫雲は命を失って――加速した意識が、全てがスローになった世界で見た。

 

 ――鹿紫雲の左手が、手刀を象るところを。

 

 失念していた。呪術師の最たる武器は、その肉体(フィジカル)なのだと。

 

 そのことに気付いたのは、奴の左手が傷口に吸い込まれた後だった。

 

「ぶふっ!」

 

 石流龍となって(この人生で)初めて、膝をついた。

 

 薄く鋭い刀とは違う、厚くて荒いナタのような一撃。

 常であれば肉すら斬れぬ一刀が、オレの身体を抉り取った。

 

 マズい。マズいマズいマズいっ!

 両の肺、胃の腑、そして心の臓が完全に破壊されている!

 

 素手の分だけリーチが短くなったおかげで、肉体が辛うじて繋がっている。ただそれだけだ。

 誰でもわかる。致命傷だ。

 

 死ぬ、死ぬ死ぬ死ぬ。

 オレは、ここで終わるのか?

 

 

 また、あの時のように!?

 

 瞬間、流れ込む、前世における今際の際。

 

 交通事故のように、一瞬で潰えたわけではない。己が人生の終着点。

 

 病に倒れ、苦しみ、ベッドの中で何もできずに、何年も何年も、何の希望もないまま生かされ、その事実に目を逸らして日々を過ごし、そして最後には絶望を抱いたまま、意識が遠のき――。

 

 ――それら全てが霞むほどの、圧倒的な『死』を。

 

 そうだった、あれが『死』だ。

 

 忘れていた。いや思い出さないようにしていたんだ。その余りの情報量に。チンケな絶望など霞むほどの『死』という衝撃に。

 そうだ。死の淵と本物の『死』は、全く違う。情報の濃さが。衝撃の重さが。

 呪術師は死の淵にて『呪力の核心』を掴む。では一度、完全なる『死』を経験した者であれば、一体何を掴むのか?

 

  決まっている。『呪力そのもの』だ。

 

 理解した。そうか呪力とは、こういうものか。

 呪力を掛け合わせるとは、そういうことだったのかっ!

 

 

 ――反転術式。

 

 

 肉体が回復する。胸の傷が、臓器が、雷の火傷が。この戦いで付いた傷が、全て修復していく。

 

「なっ!?」

 

 頭部を狙ったハイキックを辛うじて防ぐ。

 流石は戦国期を生き抜いた武人。反転術式を警戒して、油断することなく一手の緩みもなく、頭部を潰して完全なるトドメを刺しに来ていたか。

 

 最善最短の一手。それでもなお届かなかった。つまりそれは、オレがここで復活するのは、ある種の必然。覆しようのない運命だったという訳だ。

 ああダメだ。自分の思考が傲慢になっていくのが分かる。『死』を思い出したからか、それとも呪力を覚醒させたからなのか。黒閃のゾーン状態も重なるという最高のカクテルで、脳内麻薬がドバドバ出て、際限なくハイになる。

 

 生涯、忘れることがないだろう、この全能感。

 

 ――世界はただただ、石流龍(オレ)のためだけに存在する。

 

「それを教えてくれたのは、間違いなくお前だ。ありがとう、雷神」

「……言っている意味は分からんが、感謝を述べるには少しばかり早いというものだ」

「ああ、勝負はまだ着いちゃいない。オレの脳味噌を潰せばそれで勝てるわけだからな。毒殺がクレバーな方法だとすればこっちはスマートだ。アンタなら出来る可能性は十分にあるぜ――それも、出来たら、って話だがなぁ!」

 

 黒閃を経て、呪力そのものを理解した今なら行ける。オレが思い描く、理想の極地に!

 感謝するぜ。鹿紫雲一。

 これは、お前への手向けだ。

 

 描くは孔雀明王。その意は毒すら喰らう者。

 

 宿儺にはやらん。オレがお前を喰ってやる。

 

「領ォ域展開――呑天武座(どんてんぶざ)!」

 

 ――オレが世界に放たれて、世界がオレに吸い込まれ、

 

******

 

「良かったのかい? オレ相手に術式を使っちまって」

「……使わずに果てるよりかは、よほど良い……いや、見せたのが、貴様で良かった」

「……満ち足りたかい?」

「……さあな…………おい、それ寄越せ」

「ん? こりゃ意外だ。アンタも吸うのかい? ほらよ」

「っすぅー……ごほっ、ごほっ! 不味いな……よく吸えるな、こんなもの」

「人生には、このちょっとした苦味を味わう余裕が必要なのさ。より甘さを味わうためにな」

「……そういう、ものか?」

「そんなもんだ」

「……そうか……お前が言うのなら、そうなのかもな……もう少し……嗜、んで……っすぅ……」

「…………ったく。満足って顔して、逝きやがって」

 

 止まった呼吸、もう動かない口から吐き出された白い煙と共に、雷神、鹿紫雲一は、空へと消えていった。

 




次話は翌日18時ごろ投稿予定です。
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