死滅回游の方針を決定したその日の内に僕――乙骨憂太は仙台
「おかしい」
羂索の命を含め、自分が全てを終わらせる覚悟で死滅回游に
「なにがぁ? 憂太ぁ?」
「静かすぎる」
時は11月9日の21時過ぎ。人が眠るには少し早いが、呪霊は活発に動いている時間帯。
今の東京と同じく
だというのに、呪いは影も形も見えない。まるで非術師たちが見ている世界のように。
ここから導出せる可能性としては――。
想定していなかった状況に、警戒を一段階引き上げる。
情報が圧倒的に不足している。まずはそこから動くか。
「そういうわけで、お話を聞かせてもらえませんか?」
「――ひ、ひぃぃぃっ!? い、いつの間に!?」
近くのマンション、その一室。僕を遠巻きに監視していた5人組に接触した。
一応驚かさないようにベランダの外から声を掛けたのだが、随分と怖がらせてしまったようだ。
4人は非術師だが、1人は呪力を立ち昇らせている。術師だ。
多分、他者から認識されにくくなるような効果を持つ、隠れるための術式。到着した瞬間に察知出来て良かった。
300点稼ぐために術師は積極的に狩るつもりだったが、それが
力で脅しているのではなく保護ないし協力関係にあって、なおかつ敵対しないのであれば、殺す理由はない。
「安心してください。僕に
「た、助け……? え? え?」
「……アンタ、国の人間か? 1級だが何級だかの術師とかっていう……?」
「ええ、その通りです。乙骨と言います……貴方たちは一般の人だとお見受けしますが、その等級の話は誰から?」
「お、俺たちの上司に保護監督とかいう奴が居て、そいつから聞いたんだ」
「補助監督っすよ、班長」
「あ、そうそうそれそれ」
班長と呼ばれている術師との会話を見るに。関係性は良好。術師が暴力を背景に従えていたパターンではなさそう。ストックホルム症候群が発症している可能性もあるが、情けなく腰を抜かしている術師の姿を見るにそれも否定できる。
暴力の気配も存在しないことから、恐らく受肉型ではなく覚醒型の
結果、一般人と同じく保護対象として判断。殺害はナシだ。
であれば後は情報を聞き出すのみ。
「その補助監督は今どちらに?」
「い、今なら多分ボスの傍に居るよ。だよな?」
「ああ。各地の監視情報を纏めているからそのハズ。さっき報告したばかりだし。っていうか、連絡ならすぐに取れるけど」
一般の人が無線機を掲げる。その先に補助監督が繋がっているのだろう。
連絡を付けるようにお願いしながら、ここまでの話から分かったことを纏める。
判明したことは3つ。
仙台
その組織内部には
補助監督が組織内の指揮を執っているようだが、
静かすぎる内部。存在しない残穢。
この状況と入手した情報から、推測できることが1つ。
恐らく、この組織またはボスが、仙台
「あー、こちらD班。追加の報告がある。どうぞ」
情報追加。彼らと同じような班が少なくとも他に3つは存在すること。僕が現れた地点で待ち受けていたことから、侵入者を見張るのが役目であると推測。となると
『D班、なにがあった。どうぞ』
「先ほど報告した外部からの侵入者が接触してきた。国の術師を自称してて、名前は乙骨っていうらし――」
『乙骨!? 乙骨特級術師がそこに居るんですか!? すぐに代わってください!』
僕を知っている反応であり、声色からは驚愕はあれど恐れはない。補助監督というのも本当だろうか。
――いや待て、羂索側ではないと言い切れるのか? 罠である可能性はないのか?
羂索は五条先生すら罠に嵌めた狡猾な相手だ。
もちろん、同じ特級といえど僕と先生では力量に大きな開きがある。僕に割り振るリソースがあるなら、その全てを先生対策に費やした方が建設的だろう。
だが客観的に見て、やはり僕も特級である以上、何らかの手を打っていてもおかしくはない。
しかし、全ての
罠である可能性、違う可能性。どちらもありうる。
分かっていることは、どれだけ考えたところで、今この場で正解を導くことは不可能だということ。
そして外からの援軍も期待できない以上、何も動かず停滞していることだけは間違っているということ。
であれば、罠である可能性を念頭に置きつつ動くべきだ。
必要なのは、罠の中に飛び込む勇気。そして、内側からでも罠を食い千切らんとする覚悟と力。
虎穴に入らずんば虎子を得ず。例え罠だとしても、ここは乗って情勢を探るべきだろう。
「代わりました。乙骨です」
******
「ああっ! 本当に乙骨特級だ……っ!」
指定されたマンションに赴くと、そこに居たのは補助監督の男性。名前は確か宮本さん。僕も以前世話になったことのある人物だ。
この時点で罠の可能性はかなり低くなったな。考えたくはないけど、あり得るとしたらこの人が裏切っていた場合だけ、かな。
……それもないか。僕に対する人質だとしたら、避難している非術師が多すぎる。
ショッピングモール、オフィスビル、学校といった周辺施設には多数の一般人が集まっていた。結界内部の一般人が全てそこに居るのではないか、と思うほど。
酷い話だが、僕を脅すのにそれほどの数は必要ない。
集めたのか集まったのかは不明だが、
前代未聞の異常事態。冷静で居ろと言うのが無理な話だ。
だというのに、集団は落ち着いたものだった。
不安はある。疲弊もしている。だがやけっぱちにはなってない。
先が見えない混沌の中でありながら、されど確かに秩序が存在していた。
失礼な話だが、それを齎したのは宮本さんではないだろう。彼では秩序は維持できたとしても作り出すことはできない。
これほどの混沌の中で秩序を通すのに必要なもの。それは他の意見をねじ伏せ、我を通せるほどの圧倒的な力。
ハッキリと言ってしまえば、単純な暴力に他ならない。
そしてそれを持ち合わせているのは間違いなく、彼らがボスと呼んでいる
「早速で済みませんが、この
だからこそ知る必要がある。そのボスについて。
――考えたくないが、敵対する可能性がある存在として。
「ええ。私が知る範囲でよろしければ――」
前置きをしつつ、宮本さんは今に至るまでを詳細に語ってくれた。
始まりはハロウィン終了直後。すなわち死滅回游が発動してすぐの事。
受肉型の術師たちによる戦闘が各地で始まった。
思い思いに力を振るう彼ら。その中でも特に危険だった3人の
強大な力を持つ彼らは自ずと引かれ合い、集結し、互いを仕留めんと争い始めた。
三つ巴の苛烈な戦場。有象無象など気にも留めない――強者だけが呼吸を許される、選別の場。そのまま続けば自分もあっけなく死んでいただろうと、宮本さんは語っていた。
いつ終わるとも知れない、いつまでも続くと思われた呪い呪われの戦争はしかして、その日のうちにあっけなく終了した。
終わりを告げたのは、三つ巴の外から現れた、4人目の
宮本さんたちが作り上げた自治組織の
彼が現れたのを境に、戦場の様子は一変した。
気づけば空を駆けた術師は墜とされ、式神は巨体を沈黙させ消失し、呪霊は首だけとなって狩られた。
独壇場とはまさにそのこと。4者激突の中心地、そこにはただ、石流龍だけが立っていた。
これが初日、死滅回游開始から4時間、三つ巴の戦場発生から2時間――そして石流龍が現れてから僅か30分が経過して起こった出来事だと、宮本さんは語る。
彼も戦場で何が起こったのか、詳しいことは分からないらしい。分かっていることは、彼は幸運にも生き延びることができたこと――そして男の登場から1時間も経たず、仙台
他の好戦的な
死滅回游開催から5時間。たった一人の男の手によって仙台
戦争終結後すぐさま、宮本さんは男に接触を図ったらしい。
殺戮に快楽を見出すものなら遅かれ早かれ殺される。だったら助けてもらえる可能性に賭けよう。
そんな打算前提の動きだったが意外にも彼は話をすんなりと受け入れてくれたようで、あらゆる雑務を宮本さんに任せることを条件に、仙台
こうして、石流さんは降伏した術師を含む内部の
「今朝、死滅回游に
「ええ、そうです! その通りなんです! 約束していただいた通り石流さんが! あの
興奮する宮本さんを宥めながら情報を整理していく。
――どうやら、当たりを引いたのは僕のようだ。
良かった。敵になるかどうかは措いて、それほど強力な
それと同時に、恐らく仙台は全
「なるほど。良く分かりました。10日近くもの間、一般の方々を守って頂いて、ありがとうございます」
「い、いえいえ! 私なんて特になにもしていませんよっ! 全ては石流さんのおかげです!」
否定の言葉に何かを言うことは出来なかった。それが真実だと、僕も宮本さんも分かっているから。
組織そのものの手綱は宮本さんが握っているものの、それを可能にしているのも石流さんという存在ありきなのは、聞かなくてもわかる。
石流さんという重しがなければ、もっと悲惨な状況が訪れていても可笑しくはなかった。
それを考えると僕の方から石流さんと敵対するという選択肢は選べない。
住人の大半は石流さんに保護されている状況だし、もし殺害してしまったらそれこそ暴動が起きかねない。
だからこそ可能な限り穏便にことを進ませたい。
となればやはり、溜め込んでいるだろう
幸運というか予想通りというか、石流さんはやはり呪霊を使って
であれば、
「そのボスの方――石流さんには会うことはできますか?」
「はい。私の方からお話は通しておりますので、その点に関してはご安心ください。石流さんはこのマンションの屋上に居られます。着いてきてください」
案内に従い屋上に向かう。
だけど……どういうことだ? マンションの屋上からは、人の呪力を感じない。
日下部先生ほど呪力感知は得意じゃないけど、ここまで近づけば流石に感じ取ることはできる。
事実、呪霊由来の呪力は2つ感じ取れている。呪霊操術のような呪霊を使役するタイプの術師なのか? だとしても術者の呪力が存在しないというのは、どうにもおかしい。
呪霊……もしや、羂索の罠の可能性が? もしかしたらただ単に情報の行き違いで、席を外しているだけかもしれないが、警戒はしておくに越したことはない。
エレベーターが最上階に到着。そこから階段を昇り、屋上へ続く扉の前へ。
「石流さん、宮本です。乙骨特級をお連れしてきました」
「ああ。入ってこいよ」
まるで部屋に入るようにノックと共に声を掛けると、中――屋上だから外が正解?――から声が返ってくる。
宮本さんに気付かれないよう、静かに鯉口を切っておく。何が起きても対処できるように。
扉を開けると高層を吹き抜ける夜風が流れ込み、冷たく頬を撫ぜていく。
屋上に居たのは、二体の呪霊と一人の男。
端に構築された結界に閉じ込められているのは頭部だけの呪霊と、呪胎形態の呪霊。おかしな話だけれど、親子のようにそっくりだ。見ているだけで、説明するのが難しい不快感を与えてくる。
これらはどうでもいい。
重要なのは、注目すべきは、
特徴的な男だった。
長身。リーゼント。喫煙者。裸にジャケット。
そしてなにより、
この
煙草の煙を吐き出して、こちらを見てニヤリと笑った。
「おう。来たか。下でウダウダ話し合いやがって。あんまお預けするなよな」
軽い。
仙台結界を平定した人物が纏う空気とは思えないほど。
その軽さが、僕が知る最強を想起させる。
「――貴方が、石流さんですか?」
「そうだ。会いたかったぜ、現代の異能。特級術師――乙骨憂太」
――ぞくりとした。
呪力の圧ではない。
殺気でもない。
上手く説明することは多分できない。
それでも本能が、はっきりと警鐘を鳴らしている。
この人は危険だと。
罠の可能性は頭から消え去った。