開戦を告げる呪力砲。溜めもなく一瞬で放たれたそれを辛うじて躱し接近する。
僕が知る石流さんの唯一の手札は呪霊を祓う際に見せた正の呪力砲。
あれほどの技量。呪力砲が来ることは当然想定していた。
一度だけとはいえ事前に目にしていて良かった。驚異的な発射速度、知らなかったらそのまま一撃を貰っていた。
呪力の起こりを殆ど感じさせない速攻。ノーチャージの一撃でありながら、勢いよく吹き飛ばされる呪具の気配で、その威力を推し量る。
予想外なのは発射場所。まさかリーゼントから呪力が放たれるなんて。まるで砲塔のようだとは思っていたが、本当にそこから撃つなんて、という思いに駆られる。
場違いな考えを頭から追い出し、回避と同時に一気に距離を詰める。
術式は不明だが、あれほどの呪力砲を撃てる相手に中遠距離戦は愚策。近距離で一気に叩く!
「いいぜぇ! 来いよ乙骨ぅ!」
相手も僕を迎え入れるように拳を構える。瞬間、突如として溢れ出す呪力。
沸騰したかのように湧き出て、しかし清流のように静か。並外れた呪力操作。僕が知る限り、五条先生に次いで2番目。
増した危険度に呼応するように、こちらも呪力を漲らせる。
呪力量にモノを言わせた攻防一体のスタイル。喜んでいるのが石流さんの目を見て分かった。
僕にくぎ付けになった視線――その死角から斧が旋回して飛来する。
「おっ?」
リカちゃんの力で投げられた豪速の斧。並みの術師ならそれだけで仕留められる一撃が苦も無く弾き飛ばされる。
弾いた右腕には傷すら付かず、体勢はびくともしない。衝撃は全て逃がしているのか、踏みしめられた芝生が抉れている。
挙げた右手の対角線。左足首に鎖鎌を巻き付け固定する。
「リカ!」
召喚の応用で傍に転移させたリカに鎖鎌を託して接近する。
リカの力で引かれればバランスを崩すのは確実。
そんな目論見は即座に崩れた。
「佳い女に呼ばれたんなら行かにゃあな」
石流さんは引かれる力に逆らわず跳躍。頭上に浮かんだ彼は、その射線に僕と鎖を重ねる。
「グラニテブラスト」
前転して回避。背後で鎖は砕かれたが、宙に居て身動きできない石流さんに――どうして目の前に居る?!
「これで終いか乙骨ぅ?!」
頭部を狙った左ストレートは辛うじて回避。続く風切り音に肝が冷える。
負けじと放った反撃の一刀。膨大な呪力にモノを言わせた一撃は、しかして痛打に至らず。
避けられたわけじゃない。狙い通り刀は左手首に当たっている。当たっているのに、薄皮一枚切れやしない!
「もっと鋭い一撃を知ってるもんでな!」
急いで距離を――取れない! 引いた分だけ詰められる!
続く一撃を刀で受けとめて、根元からへし折られた。
柄だけとなった残骸を捨てて、正面切っての肉弾戦。
交差する右腕。攻撃を遮られるも、こちらも呪力を高めて的確にガードしている――なのにそれを貫通する攻撃力!
2手3手、4手5手。呪力のガードは間に合っているのに、それが散らされるような、吸われるような嫌な感覚!
結果、呪力で作られた防御力が半減する!
拳を交えるごとに教えられる、石流龍という男のポテンシャル!
高い呪力出力! それを即座に反映する瞬発力! 遺憾無く発揮できる土台となる身体能力!
総じて高い近接性能! 接近戦は
「憂太をぉ、いじめるなぁぁぁぁぁっ!!」
石流の背後からリカが迫る。そのまま挟み撃ちの形に――。
「こっちの方がいいな!」
そのセリフと共に掴まれる左腕。
万力の如き握力。振りほどくことは出来ず、怪力を持って投げられた!
回転する視界。砲弾と化した僕を、リカは受け止める。
――悪手。
「グラニテブラスト」
迫る呪力砲。その射線にリカちゃんが右手を差し出す。
「うぅ! 痛ぁい!」
「こっちの方が痛いぜ?」
弾き飛ばした右手の先、あっという間に石流が距離を詰めていた。
呪力放出による加速で呪力砲と並行するように飛翔、いや滑空したのか!
リカに迫る右拳を蹴り上げ防ぎ、1秒訪れた空白の時間。人数だけ見れば2対1でこちらが有利な状況だが、リカを背中に纏うような姿を見て思った通りと奴は笑った。
「やっぱりな! 宿儺みてぇだ!」
その言葉と共に飛び込んでくる石流。
僕とリカ。二人合わせて腕四本。その攻撃が凌がれている。
全て防がれているわけではない。少なくない数の攻撃が当たっている。だというのにまるで意に介さず。攻撃の手は緩まることを知らず。
受けるダメージは大きく、与えるダメージは0に等しい!
ダメージを反転で……消しきれない!
「リカぁっ!」
以心伝心。僕の身体をあらんかぎりの力で後方に投げ飛ばす。
石流の一撃がリカに当たる前にすぐさま指輪に回収した。
「――っ」
一息付く間もなく、メインスタンドに着地した僕の目に飛び込んできたのは、チャージを終えた石流の姿。
「グラニテブラスト」
天に向かって放たれる、膨大な呪力砲。
その先端が幾重にも別れ、僕目がけて降り注ぐ!
天井を貫き、スタンド席に穴を開け続ける。グラウンド側からも襲い掛かるホーミングタイプの砲撃を、椅子や手すりなどを使って回避し誤爆させていく。
横に横に。メインスタンドから飛び出して巨大モニター前に着地した――僕の目に飛び込んできたのは、チャージを終えた石流の姿。
直感する。上下左右、全てが射角に収まっている!
「グラニテブラストォッ!!」
「はああっ!」
判断は一瞬。発射口のさらに内側。逃げ込む場所は石流の懐へ。
「まあ、そう来るよな」
「がっ……!」
誘いこまれた!
鳩尾への膝蹴り。
身体を浮かされるほどの威力を受け呼吸が奪われる。足が地を離れたその刹那――右の回し蹴りが直撃した。
空を滑るように弾き飛ばされ、芝生の上を転がっていき、奇しくも開始の位置へと戻された。
『
「これは模擬戦だからな。ここまではオレの自己紹介みたいなもんだ」
取り戻した呼吸を整えながら、一段上に居る石流を見返す。
「実をいうとな、オレは乙骨憂太って奴のことを割と良く知ってんだ。全部とは言わんがある程度はな。だがお前さんはオレのことをろくすっぽ知らんだろ? だから自己紹介が必要だと思ったわけよ。模擬戦だしな……で、オレのことは分かってくれたかい?」
「……ふぅ……ええ、十分なほどに」
反転術式で修復しながら立ち上がる。それと同時に石流も最初の立ち位置に戻ってきた。
1分。
先ほどまでの攻防が僅か1分。
たった1分で石流龍という男については嫌というほど思い知らされた。
石流龍は予想通り、いや予想以上に……強い。
圧倒的に、理不尽なほどに。
戦法は極めてシンプルだ。
近づけば殴る。遠ければ撃つ。ただそれだけ。
そして、その
高火力の砲撃。
轢き潰すような打撃。
そして、傷つく気配すら見せない強靭すぎる肉体。
さながら戦車だ。
「そうかそうか、じゃあどうするよ?」
「どうする、とは?」
「続けるのか続けないのかっていう話だ」
……今更なにを言っているんだ、この人?
疑問が顔に出ていたのだろう。どこかつまらなさそうな顔で話し始めた。
「一応こいつは実戦じゃあなく模擬戦だからな。勝ち目がないのでここで諦める、降参するって選択肢がお前さんにはある。行使する権利もな」
「……したらどうなりますか?」
「どうぞお帰りください。二度とツラ見せんじゃねえぞ失せろ。だな」
なんだ。もう満足したから中断しようって話じゃなかったのか。
聞いて損した。
「確かに。あんまり僕のことを知らないみたいですね」
これが僕のためだけの闘いなら一考の余地があったかもしれない。
だけどこれは恵くん、虎杖くん、真希さん、九十九さん、脹相さん、高専の友達や仲間たち、皆のための闘いだ。
なら逃げるわけにはいかない。
「――闘って勝つ。そう決めたので闘って勝ちます。それだけですよ。やりましょう。とことんまで」
「――それでこそだ」
石流龍は、嬉しそうに笑った。
とはいえ、気合でどうにかなることなんて、世の中限られている。
ここまでの戦いで判明したことは5つ。
遠距離戦では勝ち目がないこと。
現状では殴っても切っても傷の一つも入れられないこと。
呪力放出などを多用しているが、呪力に乱れはなく未だ底が見えないこと。
詳細不明だけど呪力の無効化特性により、呪力強化の倍率が大幅に下がること。
結果として、肉体の性能差がモロに出ていること。
結論。呪力切れを狙った長期戦は実行中に逃げきれず敗北。接続状態5分間での超短期決着がベスト。そのために必要なのは、堅い防御を打ち崩すための圧倒的な攻撃力。しかし呪力での強化は無効化ないし半減される恐れがあるため、それを生み出せるだけの肉体が必要。
――本当に良かった。
ここに来ていたのが僕で。
今の僕ならこの条件、クリアできる。
「僕のことを知っているなら説明は不要ですかね? ――おいでリカ。
――接続完了。
5分もいらない。1分以内にケリをつけてやる
完全顕現したリカ。彼女をプランBとしての伏せ札として遠くに離す。
接続により消耗した呪力が補充され、常に限界まで保たれる。
同時に、取り込んだ術式から一つを選んで
「……分身か?」
――僕が五人に分裂した。
分身の術式。かつて五条先生が
試運転した時も思ったが不思議な感覚だ。本物と偽物の区別がなく、全員が分身体で、全員が本物。だけど意思は一つの下に統一されている。
それぞれの僕が周囲に散った武器を拾い上げる。刀。槍。斧。鉈。
そして同時に四方向から石流に向かって接近していく。
「いやいやいや、そりゃ悪手だろ?」
その言葉を実証するかのように、腕、足、腹、首。
同一人物四人による同時四連攻撃。僕の攻撃は全て直撃し、どれ一つとしてダメージを与えられなかった。
当たり前だ。傷一つ付けられなかった僕が何人増えたところで勝ち目なんてあるわけがない。
だから――
「――
消える四人の僕。五人は一人に統合され、始めと同じ位置に居る僕が、石流の正面に居る僕が
あとは真っ直ぐ行ってぶち抜くのみ。
5倍の速度――彼我の距離は一瞬で0に。
5倍の体重――踏み込みに負け、芝生が剥がれ飛び
5倍の膂力――ただ、ありったけをぶつけろ!
石流の顔面に突き刺さる、渾身の右ストレート!
空気が弾け、世界が揺れる。加減も遠慮もない全力の一撃。
「ぐぁ……っ!」
それを受け、石流はのけ反り呻く。即死でもおかしくない一撃を、それだけで済ます異常。
その程度は織り込み済み。一歩踏み込み、全体重を乗せた
低空で吹き飛び、競技場の壁に激突した石流。
逃がしはしない。追いすがって連撃を叩きこむ!
左のフックが肝臓を、右のミドルが肋骨を、右の掌底が顎を打ち抜く!
全弾クリーンヒット。石流龍といえど、無事でいる道理はない。
けれど相手は反転術式持ち。確実に仕留めるなら狙いは一点。
スピード。体重。パワー。その全てを兼ね備えた一撃が――着弾。
極めて局所的な地震を引き起こす。
衝撃でアリーナ席は崩壊し、巨大モニターが外に向かって倒れこむ。
何人足りとも耐えられない必殺の一撃――全てを蹴り潰せるはずの僕の右足は、石流の両腕に止められていた。
「おいおいおいおい……一体何だぁ!? この裏メニューはよぉっっ!!」
「そこは死んどいてくださいよ。人として」
――石流龍、健在。