烈日よ、さざ波を追って   作:夜鷹ケイ

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<前回のあらすじ>
 キュレネの言葉から「新しい出会い方」を作る可能性へ辿り着いた開拓者は、ようやく列車の仲間たちへ胸の内を明かす。
 彼女が話せる時を待ち、何も問わず傍にいてくれた皆へ、開拓者は最大級の感謝――「ビックラブ」を抱擁とともに配って回った。
 やがて拙い願いは、なのか、ヴェルト、姫子たちとの対話によって少しずつ形を得る。過去の再現ではなく、黄金裔本人と新しい冒険を作れる場所を。その願いは、まだ名もない「企画の種」となって机の上へ芽吹いていた。


130 世界ごと道にする

 机の上へ置かれた一枚の紙には、まだ四つの短い項目しか書かれていなかったが、それまで開拓者の頭の中だけを漂っていた願いに比べれば、文字という輪郭を得ただけでも大きな前進だった。

 

『オンパロスのみんなと、新しい冒険をする』

『過去をそのまま繰り返さない』

『本人たちが、自分で選べる』

『一緒に新しい思い出を作れる』

 

 並んでいる言葉を上から下まで何度も読み返してみれば、いずれも自分が本当に欲しかったものから外れてはいないし、先ほどまで胸の内にあった焦りも、不思議なくらい静かになっている。

 ただし、静かになったのは「何をしたいのか分からない」という悩みだけであり、ではそれをどれくらいの大きさで作るのかという新しい問題については、今のところ白紙もいいところだった。

 開拓者は筆記具の尻を顎へ当て、紙の四行と睨み合いながら、皆で歩ける場所というからには道が必要で、寄り道ができるなら道は一本では足りず、好きなことを選べるなら立ち寄れる場所もそれなりに必要なのではないかと、まだ技術も仕組みも分からないまま想像だけを広げていく。

 

 ざあっと耳の奥で、黄金の波が小波を打つ音が聞こえるよう。 最初に思い浮かんだのは、エリュシオンの麦畑だった。

 風が渡るたびに穂が波のように傾き、少し離れた場所では木漏れ日が揺れ、村へ戻れば人の声と食事の匂いがあるような、ファイノンとキュレネにとって大切な故郷の景色である。

 しかし、あそこだけを作ればいいのかと考えると、すぐに違う気がした。オクヘイマもある。聖都を歩いた記憶も、別の土地で見た景色も、黄金裔一人ひとりと関わった場所も、名前さえつかない道端の風景もあり、それらをどれか一つだけ選んだ瞬間、自分が語りたいオンパロスを自分の手で狭くしてしまうように思えた。

 開拓者が眉間へ皺を寄せながら紙の余白へ小さな四角を描き、その外へもう一つ、そのまた外へさらに大きな線を足していると、横から覗き込んでいたなのかが、何を作っているのか理解できないという顔で何度か瞬きをした。

 

「ねえ、それ何の図? 最初は部屋っぽかったのに、どんどん外側に増えてない?」

「場所」

「どこの?」

「まだ分からないけど、みんなが遊ぶところ?」

「ええ~……そこからなんだ。じゃあさ、どうせ作るなら、ちっちゃく考えなくてもよくない?」

 

 なのかはそう言いながら身体を起こし、先ほどまで膝の上に置いていた端末をソファへ放るように置くと、両腕を思い切り左右へ広げた。その仕草は、開拓者が紙の上へ描いていた頼りない四角形とは正反対で、ラウンジそのものを抱え込むつもりなのではないかと思うほど大きい。

 

「どうせ作るならさ、どーん!っとでっかくしちゃおうよ!」

 

 いかにも、なのからしい提案だった。細かな条件も、必要な技術も、実現可能性もまだ分からない段階で、まず夢の側を小さくする理由がないという勢いだけが、声の明るさと一緒に真正面から飛んでくる。

 その言葉を聞いた瞬間、開拓者の中で、それまで別々に浮かんでいた景色が一気に繋がった。麦畑だけではない。都市だけでもない。黄金裔たちが立っていた場所だけでもない。自分たちが歩いた道、見上げた空、越えてきた土地、住民たちの暮らしがあった街角、物語になるほど大きな出来事が起きた場所も、何も起きなかったからこそ記憶に残っている小さな場所も含めて、あれだけ壮大だった世界を、最初から一枚の小さな絵へ押し込める必要などないのかもしれない。

 開拓者は紙から顔を上げると、なのかが広げた腕よりさらに先にあるものを見るように、ラウンジの大窓へ視線を向けた。星海を流れる無数の光の向こうに、今は直接見えないオンパロスの空を思い浮かべているうち、胸の奥で先ほど芽吹いたばかりの企画の種が、一気に根を張ろうとするような感覚がした。

 

「そうだね! こんなに壮大な世界だったんだぞって教えてあげなきゃ!」

 

 自分でも驚くほど声が大きくなり、向かいにいた丹恒が僅かに目を細めたが、開拓者は構わず紙へ向き直った。

 小さな四角を塗り潰し、その外へ伸ばしていた線をさらに広げながら、思いつく景色を余白へ次々と書き込んでいく。エリュシオン、オクヘイマ、歩いた道、見た空、黄金裔が生きていた土地、そこで暮らしていた人々の生活――名称を正確に整理するより先に、今は忘れたくないものを片端から置いていきたかった。

 

「あとさ、景色だけじゃなくて、あの世界って場所ごとに雰囲気が全然違ったじゃん? 写真みたいに一個ずつ切り取るより、歩いて『うわ、こんなところまである!』ってなった方が絶対楽しいよ!」

 

 なのかは既に自分の端末を取り戻しており、保存していた写真を次々と表示しながら、これは絶対入れたい、ここも綺麗だった、こっちは色がすごかった、と興奮した調子で画面を切り替えていく。

 その横顔には、単に遊び場を豪華にしたいというだけではなく、自分が見てきたものを誰かにも見せたいという、写真を撮り続けてきた彼女らしい熱が滲んでいた。開拓者も画面を覗き込み、写真の中に収まった空や建物、人影を見つめるうち、少し前まで「自分がもう一度みんなと冒険したい」だけだった願いの外側へ、別の思いが生まれていることに気づいた。

 自分は知っている。オンパロスがどれほど広く、美しく、恐ろしく、時にどうしようもなく悲しい世界であり、それでもそこで暮らした人々が明日を諦めなかったことを、自分は知っている。

 なのかも、丹恒も知っている。けれど、知らない人の方が圧倒的に多い。本へ書けば伝えられることはあるし、写真なら一目で分かる景色もある。

 しかし、本の一頁と写真の一枚だけでは、自分たちが歩いた時に感じた距離までは伝わらない。角を曲がった先に何があるか分からなかったことも、高い場所から見下ろした時に、それまで歩いてきた道が思った以上に長かったと気づいたことも、知らない土地へ一歩ずつ入っていく時の高揚も、紙の上だけではどうしても別のものになる。

 だったら、歩けるようにすればいい。そう思った途端、また規模が大きくなった。

 

「……世界ごと、あったらいいかも」

 

 開拓者が紙へ視線を落としたまま呟くと、ヴェルトの指が端末の上で一瞬止まり、姫子もカップを口元へ運びかけた姿勢でこちらを見た。

 

「今、何と言った?」

「世界ごと。全部同じにするって意味じゃなくて、オンパロスってこんなに広かったんだって歩いて分かるくらいには、いっぱいあったらいいなって」

 

 ヴェルトはすぐに否定せず、眼鏡越しに紙へ目を落とした。先ほど「今は技術から考えない方がいい」と言った本人だからか、必要な演算量や設備の話をここで持ち出すことはなく、ただ開拓者の言葉をどこまでが願いで、どこからが具体的な条件なのか測るように静かに聞いている。

 

「それなら、最初に想定していたものより、かなり大きくなるな」

「大きい方がいい」

「即答だな」

「だって、縮めるのは後でもできるけど、最初から小さく考えたら、入れようとも思わなかったものは最初から消えちゃうでしょ」

 

 口へ出してから、開拓者は自分でも納得した。実際にすべて作れるかは後で考えればいい。しかし、何を残したいかを考える段階で「無理そうだから」と先に消してしまえば、その景色や文化が必要だったかどうかを判断する機会さえ失われる。

 

「だったら、今は欲張っておきましょうか。何を残すかを考える段階で遠慮してしまうと、あとから『本当は必要だった』と気づいても拾い直すのが難しいもの。もちろん、実際に形へする時は優先順位をつける必要があるでしょうけれど、夢の大きさまで先に削る必要はないわ」

「姫子、ビックラブ第二弾していい?」

「話が終わってからにしましょうね」

 

 姫子が穏やかに言い、カップを置いた。柔らかな笑顔で先回りされ、開拓者は素直に座り直した。先ほど一周してきたばかりなので、さすがにもう一度全員を回るつもりはなかったが、候補としては存在していた。

 紙の上には、いつの間にか四行だけだった「やりたいこと」の周囲へ、無数の言葉と線が増えている。場所、景色、町、文化、暮らし、冒険、寄り道、知らない人にも歩いてほしい――文字同士が重なりそうになるほど書き込んだところで、開拓者は少しだけ手を止めた。

 知らない人にも歩いてほしい。

 その言葉は、最初の願いにはなかったものだった。またみんなと冒険したいという思いから始まったはずなのに、考えれば考えるほど、オンパロスを自分だけの思い出として抱えていたくない気持ちが強くなる。

 黄金裔たちを紹介したい。あの世界に住んでいた人々のことも知ってほしい。壮大な神話の舞台だからではなく、そこに本当に誰かの暮らしがあり、願いがあり、間違いがあり、明日を選び続けた人々がいたことまで含めて伝えたい。――そこまで考えた時、机の向かいから丹恒の低い声が届いた。

 

「オンパロスの“大地”の記憶なら俺がしているから手を貸してやれるが、もし本当にオンパロスを基にしてゲームを作るなら、彼らにも相談するべきだろう。」

 

 筆記具の先が紙の上で止まった。開拓者は顔を上げた。丹恒はいつものように大きな身振りをすることもなく、開いていた資料を静かに閉じている。その声に責める響きはなかったし、開拓者やなのかの勢いを冷ますために言ったわけでもないらしい。

 むしろ、ここまで膨らんだからこそ、今の段階で確認しなければならないものを、彼らしく真っ直ぐ机の中央へ置いたように聞こえた。

 

「彼らって……」

 

 聞き返しかけたところで、開拓者は答えに気づいた。黄金裔たち。そして、永遠の1ページで新生の日を待ち続けているオンパロスの人々。

 自分が知っているからといって、好きなように使っていいわけではない。丹恒が覚えているからといって、その記憶が丹恒だけの所有物になるわけでもない。なのかが撮った写真があり、開拓者が書いた文章があり、自分たちが歩いた記録があったとしても、それらはすべて、外から訪れた自分たちが見たオンパロスの一面に過ぎない。

 そこに生まれ、暮らし、失い、それでも新しい未来を待っている人々が、自分たちの世界をどう残したいと思っているのかまでは、まだ聞いていなかった。

 

「……そうだ」

 

 開拓者の声から、さっきまでの勢いが少しだけ抜けた。夢が萎んだわけではない。むしろ逆だ。世界を大きくしたいと言えば言うほど、その世界へ込めるものを自分たちだけで決めてはいけないということが、急に重みを持って迫ってきた。

 

「私たちだけで『オンパロスってこういうところです』って決めたら駄目だってことだよね」

「そういうことだ。俺たちが見たものは記録できる。大地についても、俺が保持しているものは協力できる。だが、それがオンパロスのすべてではない。歴史のどこまでを外へ見せるのか、何を残し、何を残さないのか、彼ら自身にしか決められないこともある」

 

 開拓者は、自分が先ほど紙へ書いた一文を見た。本人たちが、自分で選べる、とある。少し前、自分はそれを、新しい場所で黄金裔たちが自由に行動できるという意味で書いた。けれど、本当に「本人たちが自分で選べる」ものにするなら、作られた後に何をするかだけでは足りない。

 何を作るのか。自分たちの世界をどう見せるのか。どんな文化を残し、どの記憶を他者へ渡し、どこから先は自分たちだけのものとして守るのか。そこから選べなければ、おかしい。

 

「……私、危なかったかも」

「何が?」

 

 恐れおののきながら、開拓者は紙を見つめたまま言い、なのかが首を傾ける。

 

「『みんなと遊べる世界を作る』って言いながら、私たちだけでオンパロスを作ろうとしてた。本人たちに聞かないまま」

「でも、今気づいたじゃん」

 

 なのかの返しは早かったが、声の調子はいつもの軽快さより少し落ち着いている。

 

「それにさ、相談したらもっと増えるかもよ? ウチらが知らない場所とか、みんなが『ここは絶対ほしい!』って思ってるものとかさ。逆に、ここは勝手に見せちゃダメっていうのもあるかもしれないし」

「あると思う」

「じゃあ聞けばいいよ。せっかく本人たちに会えるんだから」

 

 単純で、正しい言葉だった。開拓者は紙の余白へ新しい一文を書き足した。オンパロスの人たちと一緒に決める。書き終えてから、その文字をしばらく見つめた。

 先ほどまでの四つとは、少し種類が違う。これは、何ができる場所にしたいかではない。どう作るかについての約束だった。

 開拓者が好きだったオンパロスを、開拓者のためだけのものへ変えないこと。外から来た者が記憶を集め、綺麗なところだけ選んで「これがあなたたちの世界だ」と完成させないこと。黄金裔を、自分が望む通りに動く登場人物へ閉じ込めないこと。

 自分たちが作るのは、オンパロスを所有する箱ではない。本人たちが、自分たちの過去と文化と未来へ手を伸ばし、何を残し、何を見せ、そこでどう遊ぶかを選べる場所でなければならない。

 

「私、みんなに聞きたい」

 

 開拓者は、今度は勢いだけでなく、言葉を確かめながら口にした。

 

「どこを残したいか、何を見せたいか、何なら新しく作ってみたいか。私が覚えてるオンパロスだけじゃなくて、みんなが覚えてるオンパロスも教えてほしい。それで、これは見せたくないとか、ここは変えないでほしいっていうのも、ちゃんと言ってほしい」

 

 自分で言いながら、開拓者の中にあった「世界を作る」という言葉の意味が変わっていくのが分かった。

 初めは、自分が会いたいから作るものだった。次に、壮大だった世界を誰かへ伝えるためのものになった。そして今、それだけでは足りない。

 オンパロスの人々自身が、自分たちの世界をどう未来へ渡すか選べる場所にしなければならない。

 

「それなら、ずいぶん企画らしくなってきたわね。最初は『また会いたい』だったものが、今は『誰と、どんなふうに作るか』まで来ている。それでも、一番最初の願いは消えていないでしょう?」

「消えてない。皆と冒険したい」

「なら大丈夫よ。規模が大きくなっても、何のために始めたのかを覚えていれば、戻る場所はあるわ」

 

 その言葉に、開拓者は小さく頷いた。世界が大きくなるほど考えることも増えるが、残したいものや守るべきものを一人で抱え込む必要はない。最初から皆と一緒に作るものだと分かった今、不思議と先ほどまでの不安は薄れていた。

 ヴェルトが技術について整理し、姫子が実現できる道を探し、なのかが自分では気づかなかった楽しさを拾い、丹恒が大事な線を引いてくれる。サンデーもパムも、必要な時には言葉を返してくれる。そして何より、オンパロスについて決める時には、オンパロスの人々自身へ聞けばいい。それが当たり前のことだと、今になってようやく思えた。

 開拓者は紙の上へ広がりすぎた線や文字を眺め、少しだけ笑った。最初の四行しかなかった時より、よほど散らかっている。それでも、何もなかった時よりずっといい。

 世界は大きくしていい。夢も、今は削らなくていい。ただし、その大きな世界へ何を入れるのかは、自分たちだけで決めない。

 

「よし、やるぞー!」

 

 開拓者は筆記具を握り直し、紙の下端へ少し大きな文字で書いた。次にやること:オンパロスのみんなに相談する。その一文を見たなのかが「分かりやすっ!」と笑い、丹恒は否定も訂正もせずに僅かに頷いた。

 永遠の1ページで新生の日を待っている人々へ、何をどう尋ねればいいのか。自分たちが今考えていることを、どこから説明すれば伝わるのか。それはこれから考えなければならないが、少なくとも向かう先だけは、もう決まっている。開拓者は机いっぱいに広がった企画の種を見下ろした。

 それはもう、彼女一人が黄金裔と再会するためだけの小さな願いではなかった。かといって、オンパロスを外から眺める誰かのためだけに作る展示物でもない。

 そこに生きた人々自身と、これから何を残し、何を新しく作り、どんなふうに遊んでいくのかを一緒に決めるための、まだ名前のない大きな世界。その輪郭だけが、星穹列車のラウンジに散らばる一枚の紙の上で、ようやく最初の形を取り始めていた。

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