列車の仲間たちと育て始めた「企画の種」は、なのかの「どうせ作るなら、どーん!っとでっかく」という一声で、オンパロスの壮大さそのものを伝える世界へ膨らんでゆく。
だが丹恒は、大地の記憶を提供できるとしたうえで、オンパロスを基にするなら当事者へ相談すべきだと告げた。誰かの故郷を、外から来た自分たちだけで決めてはいけない。
開拓者は、何を残し、何を見せ、どう遊ぶかまでオンパロスの人々自身が選べる場所にすると決め、次の一歩として彼らへ相談することを書き加えた。
オンパロスの人々自身に相談する――そう紙へ書き加えたことで、ひとまず列車組との相談会は一区切りついたものの、開拓者の頭の中には、今度は別の問題がずっしりと居座ることになった。誰の世界なのか、誰に決める権利があるのかという大切な線は見えたし、オンパロスの人々と一緒に作るという方針も決まった。
それでもなお、一番最初に抱いた願いへ戻ってみれば、どうにもならない部分だけが手つかずのまま残っている。自分は、皆と新しい冒険がしたいのである。
ところが、今の黄金裔たちは永遠の1ページで新生の日を待っており、開拓者は星穹列車で星海を旅している。どれほど壮大な世界を思い描いたところで、自分だけがそこへ入れても意味がないし、黄金裔だけが入れても、やはり開拓者が欲しかったものとは違う。
皆が同じ場所へ集まり、互いを本人として認識し、自分で動いて、同じ出来事へ手を伸ばせなければ、「一緒に冒険する」という一番大切な部分が成立しないのだった。
その夜、開拓者は自室へ戻ってからも、列車のラウンジで書き散らした紙を机へ広げ直し、何度目になるか分からない睨み合いを続けていた。
窓外では星々が長い尾を引きながら後方へ流れ、列車の走行音が床から椅子の脚へ伝わってくるのに、机の上だけは昼間よりも静まり返り、そこへ書かれた『一緒に新しい思い出を作れる』という一文ばかりが妙に目につく。
(作る場所は、みんなに相談する。そこはいい。でも、作ったとして、みんなはどうやってそこに来るんだろう?)
開拓者は椅子の背へ身体を沈め、天井を見上げながら考えた。永遠の1ページへ自分が赴く方法と、自分たちが用意した別の世界へ黄金裔が来る方法は、同じとは限らない。しかも、自分が欲しいのは記録から作った「ファイノンに似た誰か」や「キュレネらしく振る舞う何か」と冒険することではなく、あくまで本人たちと新しい時間を積み重ねることである。
そこを間違えれば、最初に嫌だと思った「自分で続きを作ってしまうこと」とほとんど同じになってしまう。声や姿だけが似た存在を置いて、自分の望む反応を返させるのなら、それは再会ではなく、精巧な人形を並べるのと変わらないように開拓者には思えた。
しかし、本人たちが永遠の1ページから出られないならどうするのかという問いへ戻れば、思考はまた同じ場所を回り始める。開拓者は紙の余白へ大きく丸を描き、その中央へ『私』、少し離れた場所へ『みんな』と書き、その間へ何本もの矢印を引いてみたものの、図解したところで移動手段が自然発生するわけではなかった。
そこへ、机の端へ伏せていた端末が震え、短い電子音とともに通知を表示した。画面に現れた名前を見た瞬間、開拓者は先ほどまでの真剣な顔をほとんど変えないまま端末を取り上げる。送り主は銀狼で、内容は相談でも仕事でもなく、以前から時々繰り返しているゲームへの誘いだった。
「お……」
『期間限定の協力ボス、今日で終わるけどやる? 野良を引くくらいなら
褒められているのか微妙だったが、少なくとも戦力としては数えられているらしい。
開拓者は机の上に広げた企画の種を一度見下ろし、このまま同じ問いを転がし続ければ再び夜更かしをしてパムに捕まる未来がかなり高い確率で見えると判断して、気分転換も兼ねて誘いを受けることにした。
数分後、端末の画面へ色鮮やかな仮想世界が広がった。開拓者が操作するキャラクターは石畳の街へ立ち、その少し先では銀狼のキャラクターが、待ちくたびれたのか同じ場所を小刻みに往復している。
現実の銀狼がどこにいるのかは分からないし、少なくとも星穹列車の同じ部屋にはいない。それでも画面の向こうでは、ごく当たり前のように二人のキャラクターが同じ街角へ並んでいた。
『遅いんだけど、あと三分来なかったら別の人を入れてたよ。今日は高難易度で行くから、前みたいに宝箱へ釣られて逆方向へ走っていかないで。』
「宝箱は開けられる時に開けるものだし、前回はちゃんと間に合ったから問題ないと思う。」
『残り七秒を「ちゃんと間に合った」に含めるプレイヤーとは、タイムアタックを組みたくないんだけど。……まあ、気持ちは分からなくもないから仕方がないか』
銀狼の声は通信越しでも相変わらず平坦で、呆れているのか本気で嫌がっているのか分かりにくかったが、彼女のキャラクターがすでに開拓者の前で跳ねながら目的地を示している以上、本当に追い出すつもりはないらしい。開拓者は画面の指示へ従い、二人で街を抜けて転送装置へ向かった。
ゲーム内の空は青く、遠方には現実には存在しない巨大な浮遊島が幾つも連なり、その隙間を翼の生えた獣が悠々と横切っている。足元の石畳も、道端で会話している住民も、すべてが作られた世界の一部でしかない。
それでも、操作している間に開拓者が考えるのは、それが現実かどうかよりも、次の角を曲がれば何があるのか、自分と銀狼のどちらが先に敵を見つけるのか、道中に寄り道できそうな場所がないかということばかりだった。
『準備ができたら始めるけど、装備だけは確認しておいて。前みたいに採集用セットのまま殴り始めたら、今度はそのまま全滅ログを保存するから。』
ボスのいる区域へ転送される直前、銀狼が通信越しに警告してきたため、開拓者は素直に装備画面を開き、自分でも見覚えのない採集速度上昇装備が混ざっていることを発見して静かに外した。
戦闘が始まると、さっきまで頭の中を占領していた考えは、画面の端へ追いやられた。敵の足元に赤い攻撃範囲が広がり、次の瞬間には画面いっぱいへ巨大な予告表示が浮かぶ。おお、危ない。開拓者は反射的にキャラクターを走らせ、ぎりぎりのところで攻撃をかわした。
現実なら、隣にいる相手の呼吸や足音、視線の動きから次の行動を察するのだろう。けれど、この世界で頼れるのは、銀狼のキャラクターの位置と、画面に表示されるアイコン、派手なエフェクト、そして短い通信だけだった。
それでも、銀狼がどこへ動くのかを見ながら自分の立ち位置を決め、彼女が付与した弱点へ合わせて攻撃を叩き込む。敵の大技が来る前には、指定された安全地帯へ二人で駆け込んだ。
自分の操作が少しでも遅れれば、銀狼の作った隙を無駄にしてしまう。逆に、銀狼が一瞬でも判断を誤れば、自分の攻撃も届かない。画面越しで、しかも別々の場所にいるはずなのに、二人の行動は同じ敵へ向かって自然に噛み合っていった。
その感覚が、開拓者には妙に心地よかった。姿も声もすぐそばにはない。それでも、確かに銀狼と一緒に戦っている。
『そこに残ると即死するから右へ来て、宝箱はないし寄り道する理由もないから、今回は真っ直ぐ私のところまで走ればいいよ。』
「分かってるけど、右に行った先に光ってるものがあるから、終わった後で一回だけ見に行きたい。」
『戦闘中にそれを見つける視野だけは認めるけど、今はボスを見て。』
軽口を交わしている間にも、開拓者の操作するキャラクターの横を銀狼が駆け抜け、続けて放たれた攻撃が敵の防御を崩す。開拓者もそこへ攻撃を重ね、最後の体力ゲージが削り切られた瞬間、派手な光とともにボスの巨体が崩れ落ちた。
「よしっ!」
『やるじゃん。まあ、一回で終わったなら上出来でしょ。これなら野良ガチャより期待値は高いし、次の更新でも使えそう。』
画面へ報酬表示が並び、銀狼が淡々と評価する一方で、開拓者は返事もせず、先ほどから画面の中央を見つめていた。
画面の中では、銀狼のキャラクターが自分のすぐ隣にいる。現実の銀狼は同じ星穹列車にいるわけではない。それでも二人は同じ敵を見て、同じ攻撃を避け、互いの失敗へ文句を言いながら、同じ勝利の瞬間を共有した。
そんなことは、今まで何度もやっている。何度もやっているからこそ、開拓者は今まで一度も不思議だと思わなかった。
端末を介して接続し、遠く離れた誰かと同じ仮想空間へ入り、同じ場所を歩き、同じ出来事へ参加する。それは銀河中の多くのゲームで当たり前に使われている仕組みで、開拓者自身も何度となく遊んできた。なのに、今夜に限って、その「当たり前」が別の形に見えた。
開拓者はゆっくりと背筋を伸ばし、画面の中で銀狼のキャラクターが報酬箱の周囲を歩いている様子を見ながら、数時間前に書いた紙の言葉を思い返した。
皆がそれぞれの場所にいながら、本人の意思で同じ世界へ入り、同じ場所を歩き、同じ出来事を一緒に経験できる場所。
『開拓者、急に動かなくなったけど回線落ちてないよね。報酬を拾わないなら私が先に次へ行くけど、今度は何を見つけたの。』
銀狼の声が届いても、開拓者はすぐには返さなかった。現実の銀狼は遠くにいる。それでも声は聞こえるし、意思もあるし、画面の中で自分とは別の判断をして動いている。
開拓者が左へ行けば銀狼が必ずついてくるわけでもなく、勝手に先へ行くこともあれば、必要なら戻ってくる。本人が別の場所にいることは、「一緒に遊べない」という意味ではなかった。
では、オンパロスの皆はどうなのか。肉体ごと列車へ来られず、同じ惑星へ立てない。永遠の1ページにいる彼らと自分は、存在する場所が違う。だから一緒に遊べないと、いつの間にか決めつけていた。
でも今、開拓者は、現実には同じ場所にいない銀狼と、同じ世界で走り回ったばかりだった。
(待って。だったら、場所を合わせるんじゃなくて――)
開拓者の視線が、画面の中の自分と銀狼から、現実の机の上に広がる紙へ移った。新しい世界へ皆の肉体を運ぶ方法ではなく、皆がそれぞれの場所から同じ世界へ入れる方法を作ればいいのではないか。
オンパロスの人々が今どういう形で存在し、その意識や魂をどこまで別の場所へ接続できるのか、開拓者には分からない。しかし、少なくとも発想の入口だけなら、目の前にある。
画面へ入り、同じ場所へ接続する。そこで本人の意識が自分自身として動き、互いに同じ出来事を経験しながら一緒に遊ぶ。
「そうだ! オンラインゲームだったら、魂だけでも一緒に遊べるじゃん!」
通信の向こうが、一瞬だけ静かになった。
開拓者の声は自室に響き、机の紙が立ち上がった拍子の風で数枚ずれたが、彼女自身は気にしなかった。さっきまで何本引いても繋がらなかった『私』と『みんな』の間へ、ようやく一本、名前を付けられる線が現れた気がしたからだ。
『……何の話かは知らないけど、今の一声だけで「思いついたことをそのまま実行しようとしてる顔」なのは分かったから、まず膝をぶつけたなら座れば。』
「う、ぉぉお……美少女の膝が……っ!」
『はいはい』
銀狼の指摘で初めて痛みを思い出し、開拓者は片膝を押さえながら椅子へ戻った。それでも頭の中では、すでに新しい言葉が高速で並び始めている。
「銀狼、聞いてほしいことがあるんだけど、私、オンパロスのみんなとまた冒険したくて、皆が本人のまま入って一緒に遊べる世界を作れないか考えてるんだよね」
『へえ、それで急に魂までゲームへログインさせようとしてるわけ。……説明をかなり飛ばした自覚はある?』
「今できたから、これから話す。聞いてくれる?」
『順番が逆でしょ。まあ、別にいいけど、協力ボスの報酬だけ先に拾ってから話して。消滅したらさすがに笑えないから』
銀狼の返事は呆れたように平坦だったが、通信を切る気配はない。開拓者は急いで報酬を受け取りながら、昼間から今までの流れを頭の中で並べ直した。
自分が皆と冒険したいこと、過去の再現ではなく新しい世界を作りたいこと、オンパロスの人々自身と相談しながら内容を決めたいこと、そして最大の問題だった「どうやって本人たちと同じ場所へ入るか」について、オンラインという形なら突破口があるかもしれないと気づいたこと。
ただし、思いついたからといって、本当に可能だとは限らない。銀狼なら、少なくとも「ゲームとして何が必要か」は分かる。
しかし、オンパロスの魂や永遠の1ページそのものをどう扱うのかとなれば、彼女一人へ丸投げしてよい話ではないことくらい、技術へ詳しくない開拓者にも分かった。
ふと、列車で姫子が挙げた名前も思い出す。仮想環境や大規模な演算なら、もっと詳しい人に聞けばいいと言われたばかりだった。
開拓者はゲームを終了する前に通信画面を開き、銀狼との接続を残したまま別の連絡先を呼び出した。候補を探すまでもなく、頭へ浮かぶ名前はすでに決まっている。
銀狼。マダム・ヘルタ。スクリューガム。ベリタス・レイシオ。
並んだ名前を見た瞬間、昼間に思わず「強い」と評価して丹恒から訂正されたことを思い出したが、今度は間違っていない気がした。少なくとも、自分一人で紙へ矢印を引き続けるより、この四人へ話を持ち込んだ方が何百倍も早いだろう。
『今度は黙って何してるの。まさか、もう誰か呼んでないよね?』
「へへっ、実は呼ぼうとしてる。ヘルタとスクリューガムとレイシオにも聞いた方がいいと思うから、四人まとめて相談できる場所を作るね。」
『ちょ、ちょっと待って、行動が早いっていうか、せめて私に概要を送ってから招待しなよ。説明ゼロであの三人を一部屋へ放り込むの、進行役が一番ダメージ受けるやつだから。』
銀狼に珍しく先手で制止され、開拓者は招待確定の直前で指を止めた。
確かに、自分の頭の中では一本に繋がっているものの、受け取る側から見れば「魂だけでもオンラインゲームで遊べるのではないか」という一文だけが突然届けば、どこから説明すればいいのか逆に聞かれる可能性が高い。
そこで開拓者は、机に広げた紙を一枚ずつ拾い集め、昼間に書いた項目の横へ新しく『オンライン』と大きく書き加えた。その下には、少し考えてから『離れていても同じ場所へ入れる』『本人が自分で動く』『一緒に同じ出来事を経験できるかもしれない』と続け、最後に強く線を引く。
まだ可能性に過ぎない。魂が本当に接続できるかも分からない。永遠の1ページと外部の仮想世界をどう繋ぐのかなど、開拓者には想像さえつかない。
それでも、初めて「できない理由」ではなく、「どうすればできるかを聞ける形」まで辿り着いたのである。
(やるしかないよね! だって、やりたいんだから)
開拓者はその紙を端末で撮影し、銀狼へ送りつけると同時に、三人への相談依頼にも添付した。
文章の冒頭には、自分なりに考えた結果として、『オンパロスの友人たち本人と、新しい世界で一緒に遊ぶ方法について相談したい』と書き、その後へ必要な説明を思いつく限りづらりと順番に並べてゆく。
送信を終えた時には、机の上で止まっていた企画の種に、これまでなかった新しい枝が一本伸びていた。オンラインゲーム。遠く離れていても、同じ場所へ集まれる世界。
今までは遊ぶ側として何の疑問もなく使ってきた仕組みが、今夜だけは、届かないと思っていた相手へ手を伸ばすための橋に見えた。
開拓者は端末の画面に残る四人の名前を見つめ、膝の痛みをようやく気にしながらぎしりと椅子へ座り直した。実現できるのか、どこまで可能なのか、危険はないのか、その答えは、まだ何ひとつ得ていない。
それでも、少なくとも「同じ場所に肉体がなければ、一緒には遊べない」という思い込みだけは、銀狼と過ごした何でもない一戦の中で、綺麗に崩れていた。