オンラインなら、離れた場所にいる黄金裔本人とも一緒に遊べるかもしれない。そう気づいた開拓者は、銀狼、マダム・ヘルタ、スクリューガム、レイシオへ構想を説明するうち、もう一つの寂しさに気づいた。
ベロブルグやピノコニーの友人なら、いつか互いを紹介できるかもしれないのに、オンパロスの友人だけはその未来から切り離されている。
ならば、再会するだけの小さな部屋ではなく、星々の友人たちがそれぞれの場所から集まり、新しく出会える世界にしよう。
素朴な「友達を友達に紹介したい」という願いは、惑星を越える大型オンラインゲームの構想へと膨らみ始めた。
紙の中央に描いた円から、ベロブルグ、ピノコニー、仙舟、宇宙ステーション、星穹列車、オンパロスへと線を伸ばしたところで、開拓者の説明はようやく終わった。
星々の友人を一つの世界へ集めたいという願いは、彼女自身が口にしてみても驚くほど大きく育っていたが、だからといって言葉にした瞬間から実現可能になるわけではない。画面の向こうでは、四人がすぐに返事をしなかった。
銀狼は先ほどまで弄っていた半透明のウィンドウを指先で止め、マダム・ヘルタは開拓者が描いた粗い図を見つめたまま紫の瞳を細めている。スクリューガムは記録を続けていたが、その操作速度は先ほどより僅かに落ち、レイシオに至っては書物型端末へ視線を落としたまま、何かの条件を頭の中で順番に並べ替えているようだった。
開拓者は、その沈黙を「無理」と言われる前触れなのか、「どこから突っ込めばいいのか」と考えている時間なのか判断できず、とりあえず姿勢だけは崩さず待った。技術については分からないと最初から宣言してあるのだから、ここから先は詳しい人たちの領域である。
「……で、どう?」
結局、待ちきれずに尋ねた。
「どう、で済ませる規模じゃないんだけど。」
銀狼が最初に返した。声は平坦だったが、開いていた複数のウィンドウには、すでに開拓者の描いた円を簡略化した図が複製され、いくつかの接続点らしきものが追加されている。
「一つの仮想空間へ複数人で入るだけなら、別に珍しくない。でも、あんたが言ってるのは惑星をまたいで、別々の通信環境から、場合によっては存在の仕方まで違う人を同じ場所へ入れて、リアルタイムで遊ばせたいって話でしょ。人数が増えるほど同期する情報も増えるし、誰か一人の通信が落ちるたびに世界全体まで巻き込んでたらゲームにならない。」
「なるほど。つまり難しい。」
「ものすごく雑にまとめればそう。」
銀狼から即座に返され、開拓者は紙の端へ『難しい』と書きかけて、それでは何の情報にもならないと気づいて筆記具を止めた。するとレイシオが、こちらの動きを見ていたらしく小さく眉を寄せる。
「書くなら内容を理解してからにしろ。『難しい』だけ記録して満足するなら、君がこの場にいる意味がない。」
「はい、先生。理解する努力をします。」
「その呼び方で誤魔化すな。第一に距離、第二に通信、第三に言語、第四に接続方式、そして最も厄介なのが参加者の存在形式だ。少なくとも、今の構想にはこの五つが同時に絡んでいる。」
開拓者は今度こそ紙へ五項目を書き写した。距離、通信、言語、接続方式、存在形式。字面だけなら理解できるし、ひとつずつなら何となく分かる気もする。しかし、五つ並べた途端に難しそうな気配が急激に濃くなり、筆記具を持つ指へ力が入った。
「距離と通信って別なの?」
「別です、開拓者殿。」
答えたのはスクリューガムだった。
「遠方へ信号を届けられることと、双方向の通信を安定して維持できることは同義ではありません。たとえば一度だけ情報を送ればよい通信と、複数の利用者が同じ仮想世界で互いの行動を即時に反映し続ける通信では、要求される条件が異なります」
「私が右へ走ったら、他の人の画面でもちゃんと私が右へ走る感じ?」
「概念としては、その理解で問題ありません。貴方が方向を変え、物へ触れ、誰かへ話しかけ、その結果として世界が変化したなら、その変化を他の参加者も矛盾なく共有する必要があります」
それなら分かる。つまり、タイムラグのことだろう。昨夜、銀狼と遊んでいた時も、自分が攻撃を避けた結果は銀狼の側にも反映されていたし、銀狼が敵へ付与した弱点は開拓者からも見えていた。
あれを一つの街、一つの世界、そして多数の人々へ広げていくのだと思えば、素人なりに規模の恐ろしさだけは想像できる。
「じゃあ、惑星が違う人同士で遊ぶのって、やっぱり無理?」
問いかけながらも、声が少しだけ沈んだのが自分で分かった。せっかく紙の上で星々を繋いだのに、最初の一本から技術的に切られるのは惜しい。
しかし、マダム・ヘルタはそこでようやく口を開き、開拓者が予想していたよりも軽い調子で言った。
「惑星が違うこと自体は、そこまで致命的じゃないわよ」
「えっ」
「何をそんなに驚いてるの。あなたたち、普段から星を越えて通信してるでしょう?」
「あ、ほんとだ」
言われてみればその通りだった。開拓者は端末を見た。今この瞬間だって、四人全員が同じ部屋にいるわけではない。
銀狼がどこにいるかさえ分からないのに会話は成立しているし、画面と音声も届いている。星穹列車で旅をするようになってから、遠く離れた星と連絡を取ることをあまりにも自然に繰り返していたため、それ自体がすでに惑星間通信なのだという当たり前の事実が、頭から抜け落ちていた。
「気づくのが遅い。」
ヘルタが呆れたように言ったものの、開拓者にはそれどころではなかった。最初から全部が未知の技術というわけではない。すでに銀河で使われているものの延長線上に、一部は置けるのかもしれない。
「それに、言語についても似た話です」
スクリューガムが続けた。
「異なる惑星、異なる文化圏の人々が、現在すでに同じ言語体系を学ばずとも意思疎通できている例があります。貴方も旅の中で日常的に利用しているでしょう」
開拓者は数秒考え、それから「あっ」と声を上げた。
「共感覚ビーコン!」
「その通りです」
名前が出た瞬間、頭の中に散らばっていたものがまたひとつ繋がった。ベロブルグでも、仙舟でも、ピノコニーでも、開拓者は言葉そのものの違いへ毎回立ち止まることなく人々と会話してきた。文化も語彙も違うのに、それでも互いの意味を受け取れるのは、共感覚ビーコンによる補助があってこそである。
「じゃあ、その回線みたいなのを使えば、ゲームの中でもみんな話せる?」
「正確には、既存の共感覚ビーコンそのものを丸ごと転用すれば済む、という意味ではありません」
スクリューガムの訂正は穏やかだったが、開拓者が勢いで一足飛びに結論へ向かう前に置かれた柵のようでもあった。
「ただし、異なる星系の通信基盤を跨いで意味情報を伝達し、利用者ごとの差異を吸収するという思想は参考になります。既存の通信網や同系統の基盤と接続し、仮想世界側の通信規格へ変換できるなら、惑星間接続そのものを不可能と判断する理由はありません」
開拓者は、今度は聞き間違えないように数秒黙った。不可能ではない。その言葉だけが、周囲より一段大きく聞こえた気がした。
「……できるの?」
「彼は『不可能ではない』と言ったのであって、『できる』とは言っていない。」
開拓者が勢いよく身を乗り出したところへ、レイシオの声がぴたりと差し込んできた。
「その二つを同義として扱うな。理論的に経路を構築できる可能性があることと、実際に大勢の人間を安全かつ継続的に接続できることには、呆れるほど大きな隔たりがある」
「でも、不可能ではない」
「そこだけ強調するな」
「大事なところだから」
「君にとって都合のいい部分だけ拾う癖は、今のうちに直した方がいい」
レイシオの眉間に僅かな皺が寄るのを見ながら、開拓者は紙へ大きく『不可能ではない』と書き、その下へ少し小さく『安全にできるとはまだ言ってない』と付け加えた。
これなら両方残しているので怒られないだろうと思ったが、画面越しのレイシオが何とも言えない顔をしたため、満点ではなさそうだった。
銀狼はそのやり取りを眺めながら、先ほど作った接続図へ新しい線を足していく。
「ゲームとして考えるなら、惑星間の遅延とか切断は対策できる余地があるよ。全員の通信を完全に同じ条件へ揃える必要はないし、多少ズレても破綻しないように処理すればいい。ただ、問題はオンパロス側でしょ」
開拓者の浮かれかけていた意識が、そこで少しだけ落ち着いた。
そうだった。ベロブルグの人間やピノコニーの人間が遠くから接続することと、永遠の1ページにいる黄金裔を接続することは同じではない。
「魂だから?」
「その言い方で一括りにするのは早いね。あんたたちが『魂』って呼んでるものが、こっちのシステムから見て何として扱えるのかを先に調べないと。データ? 記憶? 意識? それとも全部を含んで別の構造? 入口が分からないものにログインボタンだけ付けても意味ないでしょ」
銀狼が空中へ浮かべた画面を指先で叩くと、そこに表示されていたオンパロスの接続点だけが別の色で囲われた。
開拓者はその表示を見つめた。自分の中ではずっと「皆本人が入る」という一文でまとめていたが、技術者から見れば、まず「本人とは何が本人なのか」を確認しなければならないらしい。
記憶が同じなら本人なのか。魂が繋がれば本人なのか。意思が継続していれば本人なのか。考え始めると、自分では簡単に答えられない問いが次々に出てくる。それでも、だからこそ自分で勝手に決めず、彼らへ相談しようと思ったのだった。
「そこは、オンパロスのみんなにも確認したい。どういう形なら本人として安心できるか、私たちだけで決めたくないから」
「それでいいでしょう」
スクリューガムが静かに頷いた。金属の指先が一度止まり、青緑の回路を走る光がわずかに強くなる。
「存在形式の差異は技術上の問題であると同時に、人格と同一性の問題でもあります。接続できるから接続する、という順序にはすべきではありません。本人の同意、離脱手段、接続中の状態変化、切断後に何が残るかまで確認して初めて、運用可能性を評価できます」
「つまり、入口だけじゃなくて出口も必要」
「非常に簡略化していますが、その理解は正しいですね」
褒められた気がして、開拓者は少しだけ背筋を伸ばした。そこへヘルタが、指先で机を軽く叩きながら話を引き取った。
「結局、あなたの案で一番面倒なのは、世界を作ることそのものじゃない。仮想環境なんて、規模と精度を無視すればいくらでも作れる。面倒なのは、違う場所、違う身体、違う存在形式の参加者を、全員『同じ世界にいる』と認識できる状態へ揃えること」
開拓者は頷きながら聞いたが、半分ほどで頭の中に新しい疑問が浮かんだ。
「同じ世界にいるって、本人たちがそう思えればいいんじゃないの?」
「それだけなら幻覚でも成立するでしょ」
「なるほど」
「納得が早すぎるね」
ヘルタの声に僅かな呆れが混ざる。
「例えばの話をしてあげる。Aが見ているファイノンと、Bが見ているファイノンが別々の状態だったら、一緒に遊んでいるとは言えない。誰かが物を取ったなら、その物が取られたという結果を他の参加者にも共有させる。会話したなら、同じ内容が同じ相手へ届く。世界が変わったなら、その変化を全員の環境へ矛盾なく反映する。それを星を越えて、場合によっては異なる存在形式の相手にまで維持する必要があるのよ」
分かりやすいように言い換えてくれているのだろうが、それでも開拓者の頭の中では、先ほど書いた五項目が互いに線を伸ばし、巨大な蜘蛛の巣のようになり始めていた。
距離。通信。言語。接続方式。存在形式。その全部を解決したうえで、さらに世界の状態まで共有する。
「……すごい難しい。」
「ようやく理解した?」
実感の伴った苦悩の声に銀狼が笑う。
「でも、できるかもしれないんだよね?」
「そこへ戻るんだ。」
レイシオが低く息を吐いた。
「可能性だけならある。だが、安全性については別だ。接続中に意識障害が起きた場合、誰が切断するのか。通信障害で仮想身体と本人の認識が食い違った場合、どちらを優先するのか。外部から侵入された場合、個人の記憶や精神へ到達できる設計なら致命的だ。娯楽として利用するなら、参加者は実験対象ではないという前提から始めろ」
開拓者の指が止まった。
技術の話を聞いているうちに、いつの間にか「できるかもしれない」という言葉ばかり追いかけていたことへ気づいた。自分がやりたいのは、友人を危険な実験へ参加させることではない。皆と遊びたいのであって、遊ぶために誰かが傷つくのなら本末転倒である。
「死ぬのは禁止!」
開拓者が真面目な顔で言うと、ヘルタが僅かに眉を上げた。
「当然でしょ。遊び場を作る話で死人を出してどうするの」
「怪我もなるべく禁止!」
「現実側の身体や精神へ損傷が残ることを指しているなら、その方向で安全基準を考えるべきでしょう」
スクリューガムが言葉を補った。
「そして、本人が望めばいつでも離脱できることも必要です。考案:『安全に接続できる』だけでなく、『安全に戻れる』ことまで含めて一つの接続方式と考えるべきでしょう」
開拓者は紙の空いているところへ『帰れること』と書いた。新しい世界へ行けるだけでは駄目なのだ。
どれだけ楽しくても、そこから戻れなければ旅ではない。星穹列車だって、どこかへ向かうための場所であると同時に、帰ってくる場所でもある。そう考えると、接続技術の話だったはずの一文が、開拓者には妙に馴染んだ。
「分かった。安全に行けて、安全に帰れる。それで、星が違っても話せて、一緒に同じものを見て、同じ世界で動けるようにする」
「その説明だと、途中の技術工程を十段階くらい消してるけどね」
銀狼が言った。
「でも、方向としては合ってるよね?」
「プレイヤー目線ならね」
「じゃあ私はプレイヤー目線を担当する!」
「まだ担当決める段階じゃないから」
銀狼の即答に、開拓者は口を閉じた。確かに、まだ誰も「作る」と決めてはいない。今は、何が問題で、何が既存技術の延長で考えられて、どこから先が未知なのかを確かめているだけである。
それでも、相談を始める前と今では大きく違っていた。昨日までは、「惑星を越えて黄金裔と遊ぶ」など、開拓者自身にもどうやって実現するのか分からない願いだった。今も具体的な方法は分からないが、少なくとも「全部が不可能」ではない。
惑星間通信そのものはすでに存在する。異なる言語圏を繋ぐ仕組みもある。オンラインゲームなら、遠く離れた人間同士が同じ仮想空間を共有することもできる。
残る問題は巨大で、オンパロス人の存在形式という特別な難題もある。それでも、何もないところから奇跡を一つ起こせと言っているわけではなく、既にある橋を組み合わせ、その先へ新しい区間を伸ばせる可能性がある。
開拓者が黙って紙を見つめていると、ヘルタがその様子へ気づいたらしい。
「ちょっと。何、その顔」
「いける気がしてきた」
「今の説明を聞いて?」
「うん」
開拓者は迷わず頷いた。
「だって、ここにヘルタとスクリューガムとレイシオと銀狼がいるし」
四つの画面が、それぞれ違う形で静止した。
銀狼は操作しかけた指を止め、スクリューガムの観測環が僅かに明るさを変え、レイシオは眉間へ皺を寄せる。ヘルタだけは数秒こちらを見つめたあと、面白いものでも見つけたように口元を緩めた。
「あなた、私たちを何だと思ってるの?」
「すごい人たち!」
「語彙が貧弱」
「天才と天才とすごい教授と天才ハッカー!」
「分類も雑」
銀狼が淡々と付け足し、開拓者は少し考えた末に胸を張った。
「でも信用してるんだよ」
冗談ではなく、それだけはそのまま口にした。自分には、通信規格も、意識接続も、惑星間同期も分からない。説明を聞いて理解できたのは、おそらく全体の入口にも届いていない程度だろう。それでも、分からないからこそ、分かる人へ任せるという選択はできる。
そして、この四人が簡単なことを難しそうに言っているのではなく、本当に危険なところを危険だと指摘し、可能なところを可能だと切り分けていることくらいは、開拓者にも伝わっていた。
「難しいって分かった。でも、無理だとは言われてない。だったら、なんとかできる方法を探せばいいんでしょ?」
レイシオはしばらく何も言わず、やがて書物型端末を閉じた。
「……零点ではない。だが勘違いするな。可能性があるからといって、無条件に進めていいわけではない」
「分かってる。安全に帰れるところまでだよね」
「少なくとも、その程度は忘れるな」
開拓者はしっかり頷いた。紙の上には、最初に描いた星々からの線に加え、距離、通信、言語、接続、存在形式、安全、帰還という新しい言葉が増えている。昨日までの紙よりさらに散らかっていたが、不思議と見通しは悪くなっていなかった。
むしろ、何が壁なのか分かるようになったことで、初めて壁の向こう側を想像できる。
星を越えて声が届く。異なる言葉が意味として通じる。離れた場所から、一つの世界へ入る。そして、そこから無事に帰ってくる。それらを繋げた先に、開拓者が思い描いた大きな遊び場があるかもしれない。
まだ誰も、それを作ると約束したわけではない。それでも、「できたらいいな」だけだった願いは、技術者たちの言葉を通して初めて、「どうすればできるか検討できるもの」へ変わり始めていた。
開拓者は画面の向こうの四人を順番に見ながら、期待が顔へ出ないようにする努力を早々に諦めた。
たぶん、かなり出ているのだろうけれど、今くらいは仕方がないと思った。星々の間に橋を架ける方法が、まだ遠くても、少なくとも地図の上には線を引けたのだから。
オムニックってなんだか、ニーアに出てくるポットみたいだよな。って思ったり。