星々の友人を一つの世界へ集めたい――開拓者の願いを前に、技術者たちは距離、通信、言語、接続方式、存在形式という難題を洗い出す。
だが、惑星間通信や共感覚ビーコンという既存の仕組みを応用すれば、星を越えた接続そのものは不可能ではない。ただし「可能」と「安全」は別問題。誰も傷つけず、いつでも帰れることまで含めて初めて遊び場になる。
難しさを知ってなお、開拓者の期待はむしろ膨らんでいく。これだけ頼れる人たちがいるなら、きっと道は探せる――そう信じながら。
画面の向こうに並ぶ四人を見ながら、開拓者は「きっと道は探せる」という自分の結論に、なぜかかなりの自信を持っていた。
通信規格について理解しているわけではないし、異なる存在形式をどうやって同じ仮想世界へ接続するのかと聞かれても、さっき銀狼から教わった「入口が違う」という話をそのまま繰り返すくらいしかできない。共感覚ビーコンに至っては、普段何気なく使っていたものが技術上の参考例になると、つい先ほど知ったばかりである。
それでも、できる気がしていた。なぜなら、ヘルタが「惑星が違うこと自体は致命的ではない」と言い、スクリューガムが「惑星間接続そのものを不可能と判断する理由はない」と説明し、レイシオが安全上の問題を具体的に列挙できて、銀狼にはすでにゲームとしての通信や同期を考える視点があるからである。
開拓者にとっては、それだけ揃っている時点で、もはや「どうにもならない夢」ではなかった。
紙の上に散らばる『距離』『通信』『言語』『接続方式』『存在形式』『安全』『帰還』という文字を眺めても、どれをどう繋げれば完成するのかは分からない。それでも、分からない項目を分かる者へ渡せる状態になったというだけで、彼女の中では相当な前進だった。
「じゃあ、ここからはどうする?」
開拓者が期待を隠す気もなく尋ねると、画面の向こうでレイシオが僅かに目を細めた。
「君はさっきまでの説明を聞いて、どうしてそんなに完成間近のような顔ができるんだ?」
「完成間近だとは思ってないよ。道があるっぽいから、あとは道を作ればいいと思ってるだけ」
「その『だけ』の中へ、いくつ研究分野を放り込んだか自覚しているのか?」
「数えてないけど、みんななら分かるでしょ?」
開拓者が真っ直ぐ返すと、レイシオはすぐに言葉を返さなかった。書物型端末の縁へ置かれていた指が一度だけ止まり、その横では銀狼が口元へ手を当てるようにして小さく笑っている。
「すごいね、その信頼。技術理論を理解した結果の確信じゃなくて、『ここに詳しい人がいるから大丈夫』で全部突破しようとしてる」
「違うよ。全部じゃない。危なかったら止めてくれるところまで含めて信用してる」
銀狼の笑みが僅かに止まった。開拓者にとって、その違いは大きかった。何でも成功させてくれるから信用するのではない。
無理なものを無理だと言い、危険なものへは危険だと線を引き、それでも可能性がある部分については、その理由を教えてくれる。自分では見抜けない穴があっても、この場にいる誰かが見つけてくれると思えるからこそ、分からないことへ向かって胸を張れるのである。
「なるほど。少なくとも、無根拠に万能性を期待しているわけではないようですね」
スクリューガムがそう告げると、開拓者は満足げに頷いた。
「うん。専門的なことは全然分かってないけど」
「そこは胸を張るところじゃない」
レイシオから即座に訂正されたが、開拓者の姿勢はほとんど変わらなかった。その様子を見ていたヘルタが、椅子へ預けていた身体を僅かに起こした。
長い粟色の髪が肩から滑り、画面越しの光を受けて揺れる。先ほどまでは開拓者の願いを実現できるかという方向から話を聞いていた彼女の視線が、今度は机の上へ散らばった構想全体へ向けられているように見えた。
「まあ、技術的な難度だけを理由に捨てるには惜しい案ではあるね」
開拓者は瞬きをした。
「惜しい?」
「仮想世界そのものは珍しくない。惑星間通信だって、既に存在している。異なる言語圏を跨いだ意思疎通も、新発見というほどの話じゃない。でも、それらを一つへ組み合わせたうえで、肉体を持つ者と、記憶や魂に近い形で存在している者まで同じ環境へ入れて、しかも研究施設じゃなく娯楽として継続運用するなら話は別ってことよ」
ヘルタは淡々と挙げながら、指先で画面上へ何かを書き込んでいく。その内容は開拓者から細部まで読めなかったが、少なくとも彼女がもう「友達と遊びたいという相談」だけを見ているのではなく、その先にある仕組みそのものへ興味を向け始めていることだけは分かった。
「存在形式の違う参加者が、同じ仮想環境を同一の現実として共有できるのか。記憶や魂の連続性を保ったまま、別の身体表現へ接続できるのか。しかも、過去を再現するだけじゃなく、その中で新しい経験を積ませる。成功しても失敗しても、観測する価値はあるでしょうね」
「おお……」
「そこで感心してるけど、最初にそれを持ち込んだのはあなたよ」
「私、思ってたよりすごいものを思いついたのかもしれない」
「思いついた時点では『魂だけでも一緒に遊べるじゃん』だったでしょ」
銀狼に正確な初期状態を指摘され、開拓者は一度だけ咳払いをした。発想の出発地点が簡素だったからといって、育った後まで簡素とは限らない。種から大樹が生えることもあるのだから、問題はないはずである。
スクリューガムも、ヘルタの言葉を受けるように画面上の記録へ視線を落とした。
「技術面だけではなく、文化保存の方法としても興味深い試みです。通常、失われる可能性のある都市や文化を保存する場合、記録、映像、文書、復元模型などを用います。しかし開拓者殿の構想は、それらを閲覧するだけではなく、当事者自身が何を残すか選び、その環境で新しい活動を続けられる形を目指している」
開拓者はその言葉を聞き、自分が列車のラウンジで丹恒たちと決めたことを思い返した。
オンパロスを自分たちだけで作らないこと。何を残し、何を見せ、何を変えないのかを、そこに生きた人々自身へ尋ねること。
最初は、それを誰かの故郷を勝手に作り替えないための約束として考えていた。しかし、スクリューガムの言葉を聞くと、それは単なる注意事項ではなく、この世界を作る方法そのものになり得るのだと分かってくる。
「つまり、みんなが『これがオンパロスだ』って言えるものを、一緒に残せるってこと?」
「より正確には、『これを未来へ残したい』という選択そのものを記録へ含められる、ということです。完全な過去の復元ではありませんが、私はそれを欠点とは考えません」
金属の顔に人間のような表情は浮かばなかったが、片眼を囲む観測環の光が僅かに変わった。
「過去を完全に固定するだけなら、標本に近い。しかし、貴方が望んでいるものは、保存した世界の中で当事者が新しい選択を続けることです。その変化も含めて残すのであれば、これは過去の墓標ではなく、未来へ開かれた記録になるでしょう」
その表現が、開拓者の胸へすとんと落ちた。自分が欲しかったのは、過去を精巧に凍結した標本や墓標ではない。
オンパロスを再現した場所で、黄金裔たちが過去の役割へ戻るのではなく、新しい場所を歩き、新しい相手と出会い、昨日までなかった経験を重ねていけること――だからこそ、開拓者は「もう一度冒険したい」と思ったのだ。
「やっぱり、作った方がいいと思う」
開拓者が大きく頷くと、レイシオが額へ指を添えた。
「だから、君が決定するな」
「でも、ヘルタもスクリューガムも面白いって言ってる」
「研究価値を認めることと、開発開始を決定することは別だ。君は本当に、一段ずつ進むという概念を覚えた方がいい」
開拓者は少し考え、それから椅子へ座り直した。ここで勝手に「決定!」と紙へ書いたら、たぶんまた減点される。ならば、三人が検討を終えるまで待つことにする。
もっとも、表情だけはすでに「たぶん作ることになる」と言っていたらしく、銀狼から視線を向けられた。
「顔に出てるよ」
「何が?」
「もう開発決定した気になってる顔」
「だって、かなりいけそうじゃない?」
「この会議で一番技術を理解してない人が、一番自信あるの面白いね」
否定されなかったので、開拓者は褒め言葉として受け取ることにした。
レイシオはそんな二人を無視するように端末へ目を落とし、しばらく記録を確認していたが、やがて低い声で口を開いた。
「研究上の価値だけなら十分にある。異なる存在形式を同一環境へ接続する技術が確立できれば、応用範囲も広い。だが、僕が評価するのはそこではない」
開拓者は姿勢を正した。
「これは最初から娯楽として考えられている。つまり、利用者は研究成果を証明するために接続するのではなく、自分が遊びたいから接続する。その前提を崩さないなら、技術者側の都合だけで仕様を決めにくくなる。安全基準を考える上では、むしろその方が健全だ」
「遊ぶためだから、安全にしないと駄目?」
「最低限、それくらい単純に理解しておけ。研究だから危険を許容する、英雄だから負担に耐えられる、復元可能だから壊れても構わない――そういう愚かな理屈を最初から排除できるなら、設計思想としては悪くない」
開拓者は小さく息を吸った。
黄金裔は、長い間、耐えられるから耐えたのではない。誰かがやらなければならなかったから、それぞれに重すぎるものを抱えて歩いた。だから、新しく作る場所では、その続きを強制したくない。
「みんなが遊びたいことをする場所にしたい。戦いたいなら戦ってもいいけど、戦わなくてもいいし、畑を見たい人は畑に行けばいいし、何もしないで寝てもいい」
「仕様としては後で整理が必要だけど、プレイヤー目線ならそれでいいんじゃない?」
銀狼が横から口を挟む。
「ゲームって、技術的に動くだけじゃ駄目だからね。接続成功、同期成功、安全確認、それで終わったらただの実験環境。歩いて面白い、触って反応がある、何か見つけたら寄り道したくなる、他の人と遊び方が変わる――そういうのがないと、ログインする理由が続かない」
「寄り道、大事!」
「そこだけ反応が早いんだ?」
「宝箱も大事!」
「まだ何も置いてないから」
開拓者の頭の中では、すでにオンパロスの街角へ宝箱を置く場所の候補が生まれかけたが、本人たちの許可なく何かを配置しないと決めたばかりなので、ひとまず思考を引っ込めた。
ヘルタは三人の話を聞き終えてから、開拓者がこれまで書き散らしてきた紙をもう一度映すよう求めた。開拓者が端末の角度を変えると、『オンパロスのみんなと、新しい冒険をする』『本人たちが、自分で選べる』『一緒に新しい思い出を作れる』『オンパロスの人たちと一緒に決める』という文字が画面へ映る。
「これを最初の要件として残しておきなさい」
「技術要件?」
「違う。あなたの要件よ」
開拓者は首を傾けた。
「私の?」
「ここから専門家が増えれば、技術上必要な条件はいくらでも増える。演算、通信、認証、安全、権限、監査、感覚同期――数え始めたらきりがない。そのうち『何を実装できるか』の話ばかりになって、そもそも何のために作っていたのか忘れる連中も出てくるだろうからね」
「そこで、私?」
「そう」
ヘルタの返答はあまりにも簡潔だった。
「この案を持ち込んだのはあなたなんだから、発案者として責任を持ちなさい」
開拓者は数秒黙った。
「……責任者?」
「技術開発の責任者じゃないから安心しろ」
レイシオが先回りした。
「今の君に演算基盤や通信設計の判断を任せるほど、僕たちは正気を失っていない」
「ちょっとだけ傷ついた」
「事実だ」
開拓者は胸へ手を当て、目に見えない小さな傷を受け止めてから、改めてヘルタを見た。
「じゃあ、何の責任者?」
「この世界を何のために作るのか決める側の責任者よ。技術的に都合がいいからって、最初の目的と違うものになり始めたら止める。新しい機能を入れる時に、それが本当に必要なのか考える。オンパロス側が『それは違う』と言ったら、外部の技術者よりそっちの話を聞く。あなたが最初に言った『また一緒に遊びたい』を、最後まで企画の中心に残す役ね」
開拓者は、自分の紙へ視線を落とした。難しい理論や通信方式、安全基準の数値は分からない。けれど、「何のために作るのか」と聞かれたなら答えられる。
皆とまた冒険し、友達を友達へ紹介し、黄金裔たちが過去の役割に閉じ込められず、新しい思い出を作れる場所にしたい。その願いだけは、誰かに説明されなくても自分自身ではっきり分かっていた。
「それなら、できる」
開拓者は顔を上げた。
「理論は分からないけど、何のために作るのかは絶対に忘れない。それに、分からない技術のことを分かったふりもしないで、分かる人に聞く」
「後半は特に守れ」
レイシオが念を押すように言ったが、開拓者の中ではすでに役割が決まった。
「任せて。発案者としてなら、かなり自信ある」
「その自信の出所は相変わらず不明だけどね」
銀狼が横から言う。
「自分で思いついたから」
「なるほど、完全に自己申告なんだ」
それでも銀狼は拒む様子を見せず、半透明のウィンドウへ視線を戻すと、先ほどまで試しに描いていた接続図を保存した。
スクリューガムも、記録の一部を整理するように指を動かしたあと、静かに告げる。
「私も、検討を続ける価値があると判断します。ただし、オンパロスの歴史、文化、記憶、そして参加者の存在形式へ踏み込む以上、当事者の同意は不可欠です。開発側だけで世界像を確定することには賛成できません」
「そこは最初から決めてる。オンパロスのみんなと一緒に作る」
「それなら、条件の一つは満たされています」
ヘルタが画面の中で腕を組み、最後に残ったレイシオへ視線を向けたように見えた。
「あなたは?」
「僕が賛成しなければ止めるつもりなのか?」
「安全審査を無視して始めるほど退屈な失敗はしたくないだけ」
レイシオは僅かに眉を寄せたものの、長く反論することはなかった。端末に残していた記録を一度見直し、開拓者が書いた『安全に帰れること』という項目へ視線を止める。
「条件付きだ。接続者を実験材料として扱わないこと。本人の同意なく記憶や精神へ踏み込まないこと。いつでも安全に離脱できる設計を前提とすること。そして、危険性が解消できない段階では公開しない」
「うん」
「その条件を開発開始後に『面白そうだから』で曲げるな」
「曲げない」
「なら、検討から開発企画へ進めること自体には反対しない」
その瞬間、開拓者はぱっと顔を上げた。ヘルタは「決まりね」とでも言うように指先で画面を払って新しい文書を開き、スクリューガムもそれに同期するように記録形式を変更した。銀狼のウィンドウには仮のプロジェクト欄らしきものが一つ増え、レイシオだけは早くも安全条件の追記を始めている。
つい先ほどまで紙の上にしか存在しなかったものが、複数の端末へ同時に現れ始めた。
「……これ、作るってこと?」
確認しながらも、開拓者の口元はすでに緩んでいた。
「そう言ってるでしょ。まだ何も完成してないし、調べることだらけだけど、企画として動かす価値はある」
ヘルタの返答を聞き終えるより早く、開拓者は机の下で拳を握った。叫びたい衝動が胸から喉まで上がってきたものの、ここで大声を出せば「話を聞け」と言われる気がして、辛うじて飲み込む。その代わり、紙へ大きく一つ丸を描いた。
「名前もいるよね」
「もうそこ?」
銀狼が呆れたように言ったが、開拓者は構わなかった。オンパロスを舞台にして、オンパロスの人々と作り、星々から誰かが接続できるオンラインゲーム。今のところ、これ以上分かりやすい呼び方を思いつかない。
開拓者は紙の一番上へ、これまでの走り書きより少しだけ丁寧な文字で書いた。
『オンパロス・オンライン』
書き終えてから眺めると、仮の名前にしては妙にしっくりきた。
ほんの数日前まで、それは「またみんなと冒険したい」という、自分一人の胸の内にしかなかった願いだった。そこから列車のみんなへ話し、世界を作るという発想になり、銀狼との何でもないゲームからオンラインという形を見つけ、今では天才や研究者たちの端末へ同じ構想が記録されている。
技術のことは、相変わらずよく分からない。難題がどれほど残っているのかも、たぶん開拓者が想像するより多い。
それでも、今日からこれは空想だけではない。誰かと一緒に調べ、相談し、失敗すれば直しながら、形へしていくための企画になったのである。開拓者は紙の下へ、もう一度あの言葉を書き足した。
『何のために作るのか:またみんなと冒険したい。友達を、友達に紹介したい。』
その二行さえ残っていれば、技術用語で紙が埋め尽くされても、迷った時にはきっと戻ってこられる。
画面の向こうでは、すでに専門家たちが次に確認すべき項目を並べ始めている。その内容の半分も理解できないまま、開拓者はなぜか先ほどよりいっそう自信満々に頷いた。
難しいらしいけれど、作ることになった。それなら、次に必要なのは、この世界を本当に自分たちだけのものにしないための一歩だった。